カーテンウォール用耐震懸架装置事件

中国特許審決取消訴訟判例紹介(第13回)
大野総合法律事務所
金杜律師事務所(KING & WOOD PRC LAWYERS)
弁理士 加藤 真司※
「カーテンウォール用耐震懸架装置」事件((2007)一中行初字第698号)
1.関連規定
特許法第22条第3項
創造性とは、出願日以前に既にある技術と比べて、当該発明が際立った実質的特徴及び顕著な
進歩を有しており、当該実用新案が実質的特徴及び進歩を有していることをいう。
特許審査指南第二部第四章第3.2.1.
1節
請求項に係る発明が先行技術に対して自明であるか否かは、通常は以下の三つのステップに
従って行うことができる。
⑴ 最も近い先行技術を確定する
(中略)
⑵ 発明の相違点及び発明が実際に解決しようとする技術的課題を確定する
(中略)
⑶ 保護を要求する発明が当該分野の技術者にとって自明であるか否かの判断
このステップでは、最も近い先行技術及び発明が実際に解決しようとする技術的課題から出発
して、保護を要求する発明が当該分野の技術者にとって自明であるか否かを判断する。判断の過
程で決定しなければならないのは、先行技術全体になんらかの技術的示唆が存在するか否か、即
ち、先行技術において上記の相違点を当該最も近い先行技術に応用してそこに存在している技術
的課題(即ち、発明が実際に解決しようとする技術的課題)を解決する示唆が与えられているか
否かである。この種の示唆は、当該分野の技術者が上記の技術的課題に直面したときに、当該最
も近い先行技術を改良して保護を要求する発明を取得できる動機となるものである。先行技術に
このような技術的示唆がある場合には、発明は自明であるということになり、際立った実質的特
徴を具備しないことになる。
以下の場合は、通常は、先行技術中に上記の技術的示唆が存在すると認定される。
上記の相違点が、公知の常識である場合。例えば、上記の相違点が、当該分野における改
めて決定された技術的課題を解決する慣用手段、又は教科書若しくはハンドブック等において開
※ 大野総合法律事務所からの派遣により北京の金杜律師事務所(KING & WOOD PRC LAWYERS)
に駐在
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示された当該改めて決定された技術的課題を解決する手段である場合。
上記の相違点が、最も近い先行技術に関連する技術的手段である場合。例えば、上記の相
違点が、同一の引用文献のその他の箇所に開示された技術的手段であって、当該技術的手段が当
該その他の部分において奏する作用と当該相違点が保護を要求する発明において当該改めて決定
された技術的課題を解決するために奏する作用とが同一である場合。
上記の相違点が他の引用文献で開示された関連する技術手段であって、当該技術的手段が
当該引用文献において奏する作用と当該相違点が保護を要求する発明において当該改めて決定さ
れた技術的課題を解決するために奏する作用とが同一である場合。
2.事件の概要
「カーテンウォール用耐震懸架装置」の実用新案特許権(第200320100109.X号、出願日は2003
年10月8日)に対して無効審判が請求され、同実用新案特許が創造性(特許法第22条第3項)を
具備するか否かが争われた。審判請求人は、本件実用新案は引用文献1、4、5に対して創造性
を有しないと主張した。
国家知識産権局専利復審委員会(以下単に「専利復審委員会」
)は、本件実用新案は創造性を
有すると判断した(2006年12月19日第9372号無効宣告請求審査決定、以下「第9372号審決」)
。審
判請求人は、専利復審委員会の第9372号審決を不服として、北京市第一中級人民法院(以下単に
「中級法院」)に審決の取消しを求める訴訟を提起した。中級法院は審決を取り消して専利復審委
員会に再度審理をするよう命ずる判決を下した。
3.特許の内容
本件実用新案は、カーテンウォール1の懸架装置に関する。本件実用新案は、
「従来のカーテ
ンウォール懸架装置では、いったん取り付けた後にはカーテンウォールの高さを再度調整するこ
とが困難であり、実際の操作において不便をきたしていた。また、従来のカーテンウォール装置
の耐震性及び安定性はいずれも理想的ではなく、より信頼性のあるカーテンウォールが求められ
ている」という課題を解決すべく提供されたものである。請求項1は次の通りである(図面符号
は筆者が追加)。
1. 上部に逆U字形溝を有するカップル1と下部に取付腹板3とを含み、前記カップル1には
高さ調整ねじ2が設けられており、カップル1の二つの縦板の内側にはそれぞれ隔離パッド取付
け溝7が設けられており、前記取付腹板3は、前記カップル1の外側に位置しており、その上縁
1 カーテンウォールとは、高層ビルや高層マンションにおいて、建築物自身の軽量化を実現し、地震
の際にガラスが飛散することを防止するために開発された非常に軽量な外壁のこと。 通常の高層建
築では鉄骨鉄筋コンクリート構造を採用し、外壁が荷重を支え、かつ地震力や風圧力に対抗する役割
を有しているが、高層化が進むと、外壁自体の重さが課題となった。また高層建築で柔構造(地震の
揺れに抵抗せずにしなって地震力を吸収するような建築構造)が採用されると、地震の際に壁面の変
形によりガラスが飛散することが問題となった。 こうした問題を解消するために、建築物の主要構
造を柱と梁とし、外壁は構造体に張り架けただけのものとし、かつ外壁をウロコ状に配置して建物の
しなりによる歪みの影響をごく小さくするという工法が開発された。 この工法による外壁のことを
カーテンウォールと呼ぶ。http://www.enjyuku.com/d2/ka_003.htmlより
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はカップル1の一方の縦板の下縁又は該縦板の外側に接続しており、カップル1の一方と背中合
わせに取付用の位置決め前面11が設けられ、前記カップル1と同じ側の表面に押圧サポート面又
は押圧サポート辺4が設けられており、該押圧サポート面又は押圧サポート辺4に隔離パッド取
付け溝8が設けられていることを特徴とするカーテンウォール用耐震懸架装置。
[本件実用新案の図1]
4.引用文献の内容
⑴ 引用文献1
図1及び図3にそれぞれ実施例が記載されている。図1の例では、懸架装置は、懸架エレメン
ト26と調節ねじ30、スリットが設けられた箱形断面28を有する。箱形断面28のスリットに横向サ
ポート部材12のリブ20が挿入されて、懸架エレメント26が横向サポート部材12に懸架される。懸
架エレメント26の長辺は横向サポート部材12の前アーム22にサポートされる。調節ねじ30によっ
てファサードパネル14の高さを変更できる。
図3の例では、懸架エレメント72と調節ねじ84が開示されている。懸架エレメント72は一つの
板74を有し、板74の下縁76は湾曲している。懸架エレメント72は断面U字形の上縁78で横向サ
ポート部材62の上リブ板70に懸架される。調節ねじ84は懸架エレメント72のU字形上縁78にねじ
込まれて高さ調節に用いられる。懸架エレメント72は横向サポート部材62のリブ板70に設置さ
れ、ファサードパネル86は懸架エレメント72に取付られる。
⑵ 引用文献4
引用文献4は、『金属と石材のカーテンウォール工程技術規範』(中華人民共和国業界標準
JGJ133)であり、その第4.3.2には、「カーテンウォール中の異なる金属材料が接触する箇所で
は、ステンレススチール以外は全て耐熱のエポキシ樹脂ガラス繊維布又はナイロン12のパッドを
設けなければならない」と記載されている。
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⑶ 引用文献5
引用文献5は、『金属及び石材のカーテンウォール工程技術規範応用ハンドブック』であり、
その1075頁の図2には懸架装置が示されている。また、395頁の下の図には、嵌込み溝が開示さ
[引用文献1の図1]
[引用文献1の図3]
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れている。396∼400頁には、O形ストリップ及びK形ストリップの型材設計図形が示されており、
図からストリップと型材との固定方式はいずれも嵌込み溝式であることが明確に見て取れる。
5.専利復審委員会の審決
専利復審委員会は、上記の引用文献1、4、5に対する本件特許の創造性について次のように
判断した。
本件特許の請求項1を引用文献1と比較すると、複数の相違点があるが、少なくとも、(1)
カップル1の二つの縦板の内側にそれぞれ隔離パッド取付け溝7が設けられ、(2)押圧サポー
ト面又は押圧サポート辺4に隔離パッド取付け溝8が設けられるという相違点がある。本件特許
は、これらの相違点が存在することによって、被取付部材の水平方向の取付信頼性を確保した上
で、良好な制振効果も得られ、同時に懸架装置と金属サポートのサポート板との間の直接接触が
引き起こす電気化学反応を防止できる。即ち、請求項1に係る考案は、これらの相違点を有する
ことで、先行技術に対して、従来のカーテンウォール懸架装置の安定性及び耐震性の技術的課題
を解決し、有益な効果をもたらしている。
引用文献4には「カーテンウォール中の異なる金属材料が接触する箇所では、ステンレスス
チール以外は全て耐熱のエポキシ樹脂ガラス繊維布又はナイロン12のパッドを設けなければなら
ない」と記載されている。そこに取り付けられるのは隔離パッドであり、二種類の異なる金属を
隔離するという作用を奏する。その目的は、異なる金属材料の接触によって引き起こされる電気
化学反応を防止することである。また、引用文献5には懸架装置が開示されている。
しかしながら、引用文献4及び5は、本件特許の請求項1と比較すると、引用文献1と同様
に、少なくとも上記の二つの相違点を開示していない。引用文献5には取付ゴムの溝が開示され
ているが、それは型材上に設けられたものであり、本考案が解決しようとする制振という課題を
解決する示唆は与えられていない。よって、先行技術中には、懸架装置に隔離パッド取付け溝を
設けて制振の目的を達成するという技術的示唆は開示されておらず、この相違点を導入すること
で本実用新案が解決しようとする技術的課題を解決するという教示も与えられていない。引用文
献1、4及び5をどのように組み合わせても請求項1に係る考案は得られず、よって当業者に
とって請求項1に係る考案は容易に想到できるものではなく、即ち請求項1は引用文献1、4及
び5、又は引用文献5及び4の組合せに対して創造性を有する。
6.原告(審判請求人)の主張
上記の第9372号審決に対して、審判請求人は中級法院にその取消しを求めて次のように主張し
た。
専利復審委員会は、引用文献4及び5が標準及びハンドブックであることを看過し、引用文献
4が与えている組合せの示唆も充分に考慮しておらず、引用文献1の出願人がドイツの会社であ
ることも看過している。引用文献4及び5は、標準及びハンドブックに該当することから、それ
らは当業者にとっては公知の常識であり、そこに記載された知識を臨機応変に本技術分野に応用
することは自明である。従って、それらを引用文献1と組み合わせることは容易である。引用文
献4の「カーテンウォール中の異なる金属材料が接触する箇所では、ステンレススチール以外は
全て耐熱のエポキシ樹脂ガラス繊維布又はナイロン12のパッドを設けなければならない」は、国
の強制的な業界標準であり、よって隔離パッドを設置するということは、もはや示唆ではなく、
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必須ないしは強制である。引用文献5中の図には、隔離パッドを設置する方式として溝に嵌合さ
せる方式が示されている。引用文献1、4、5から本実用新案の請求項1の考案を自明のものと
して導き出せる。よって、第9372号審決を取り消して本件特許の無効を宣告するよう請求する。
7.被告(専利復審委員会)及び特許権者の反論
⑴ 被告の反論
まず、引用文献1、4及び5のいずれにも「カップル1の二つの縦板の内側にはそれぞれ隔離
パッド取付け溝7が設けられており」、
「該押圧サポート面又は押圧サポート辺4に隔離パッド取
付け溝8が設けられている」という構成要件は開示されていない。本件特許は、この相違点が存
在することによって、被取付部材の水平方向の取付信頼性を確保した上で、良好な制振効果も得
られ、同時に懸架装置と金属サポートのサポート板との間の直接接触が引き起こす電気化学反応
を防止できる。次に、引用文献4において取り付けられるのは隔離パッドであって、二種類の異
なる金属を隔離するという作用を奏する。そして、その目的は異なる金属材料の接触によって生
じる電気化学反応を防止することである。引用文献5は、取付ゴムの溝が開示されているが、そ
れは型材上に設けられており、本考案が直面している制振という課題を解決する示唆は与えてい
ない。よって、引用文献1、4及び5では懸架装置に隔離パッド取付け溝を設けることで制振の
目的を達成するという技術的示唆が与えられていない。以上より、専利復審委員会が9327号審決
において認定した事実は明瞭であり、適用した法律は正確であり、審査手続は合法である。
⑵ 特許権者の反論
隔離パッド取付け溝を設けることは、中国の強制的な標準ではなく、引用文献4で、隔離パッ
ドを設けている目的は、異なる金属間で電気化学反応が生じることを防止するということであ
り、隔離パッドを設置する方式も溝の使用に限定されていない。引用文献5の溝は単なる一つの
構成要素にすぎず、引用文献1、4、5を組み合わせても本件特許の考案を得ることはできな
い。
8.北京市第一中級人民法院の判決
中級法院は、「本件特許の請求項1と引用文献1とを比較すると、
『カップルの二つの縦板の内
側にはそれぞれ隔離パッド取付け溝7が設けられており』、
『該押圧サポート面又は押圧サポート
辺4に隔離パッド取付け溝8が設けられている』が相違点であることは双方当事者がいずれも認
めており、本院もこれについて異議はない」として、相違点については審決と同様に認定した。
その上で、
「本考案は、引用文献1と比べると、上記の相違点の存在によって、懸架装置とカッ
プルの二つの縦板の内側、押圧サポート面又は押圧サポート板との間での金属接触が引き起こす
電気化学反応を防止できるとともに、制振効果も得られる」として、
「本件の争点は、引用文献
4及び引用文献5が、両相違点を引用文献1に応用することでそこに存在している技術的課題を
解決する技術的示唆を与えているか否かである」と認定した。
中級法院は、カップル1の二つの縦板の内側、取付腹板の押圧サポート面又は押圧サポート辺
4に隔離パッドを設けるという相違点について次のように判断した。「引用文献4は、国家業界
標準として、『カーテンウォール中の異なる金属材料が接触する箇所では、ステンレススチール
以外は全て耐熱のエポキシ樹脂ガラス繊維布又はナイロン12のパッドを設けなければならない』
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ことを要求しており、その目的は、金属間の電気化学反応を防止することにある。当業者は引用
文献1を基礎として、引用文献4の技術内容を組み合わせて、創造的な労働を要さずに、容易
に、引用文献1の箱形断面28、懸架エレメント26の長尺支持辺のそれぞれの横向サポート部材12
の金属と接触する箇所にパッドを設けて本件特許の請求項1のカップルの縦板の内側、押圧サ
ポート面又は押圧サポート辺に隔離パッドを設けるという考案を得て、それによって電気化学反
応を防止するという作用を得ることを想到できる。実際には、ガラス繊維布やナイロンパッドを
隔離パッドとするか、その他の材料で隔離パッドを製造するかに係わらず、それらはいずれも一
定の厚さを有するため、カーテンウォールの異なる部材の結合箇所に設置されれば、いずれの場
合も一定の緩衝、制振の作用を得ることができる。つまり、制振の作用は、隔離パッドを設置し
て電気化学反応を防止する際に必然的にもたらされる客観的な技術的効果である。従って、引用
文献4は、引用文献1が開示している装置に隔離パッドを設置し、それによって電気化学反応を
防止し、制振の作用を得るという技術的示唆を与えている。」
中級法院はまた、本件特許の請求項1の隔離パッドとカップルの二つの縦板の内側、取付腹板
の押圧支持面又は押圧支持板が嵌込み溝式の接続方式であるという相違点について次のように判
断した。
「引用文献5の395∼400頁には、複数の箇所の図に、嵌込み溝式の接続方式でゴムを固
定する態様が開示されており、それらの作用と相違点の本件特許の請求項1での作用は完全に同
一である。また、引用文献5は本分野における技術ハンドブックであり、それに記載された嵌込
み溝方式は本分野の公知の常識に該当する。当業者にとっては、嵌込み溝方式をカーテンウォー
ル懸架装置に応用することもまた、慣用の技術手段に対する運用に該当し、創造的な労働を要し
ないものである。」
以上に基づいて、専利復審委員会が、引用文献4及び5は上記の相違点を導入して関連する技
術的課題を解決する示唆を与えていないと認定したのは、誤りであると認めた。そして、専利復
審委員会は、本件特許の請求項1に係る考案は、引用文献1と比較して「少なくとも」上記の相
違点を有していると認定しており、このほかに他の争点があるか否かについては明確に認定して
いないとして、専利復審委員会に対して、上述の認定を基礎として本件特許の請求項1の考案に
ついて、引用文献1と比較してその他に相違点があるか否か、及びその相違点が本件特許の創造
性に影響するか否かについて再度審査するよう命じた。
9.考察および実務上の注意点
⑴ 相違点の認定について
本考案と本考案に最も近い先行技術である引用文献1との間に、⑴カップル1の二つの縦板の
内側にそれぞれ隔離パッド取付け溝7が設けられ、⑵押圧サポート面又は押圧サポート辺4に隔
離パッド取付け溝8が設けられる、という2つの相違点があるという点については、特許権者、
審判請求人、専利復審委員会及び中級法院が一致して認めた。そして、引用文献4及び5の開示
事項の認定についても、専利復審委員会と中級法院とで相違はなかった。しかしながら、本件特
許の請求項1に係る考案が創造性を有するか否かについては、専利復審委員会と中級法院とで異
なる結論が出された。専利復審委員会と中級法院とで、創造性判断の考え方にどのような違いが
あったのかを分析したい。
まず、本考案の創造性を検討するに当たって、本考案の構成要件について検討する。請求項1
には、カップルの二つの縦板の内側、及び押圧サポート面又は押圧サポート辺に「隔離パッド取
付け溝」を設けると規定されている。しかしながら、本考案のポイントは「隔離パッド取付け溝」
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を設けること自体にあるのではなく、その溝にはめ込まれる「隔離パッド」にある。この「隔離
パッド」によって、安定した取付け、制振、電気化学反応の防止といった効果が得られる。請求
項では、侵害製品の態様を考慮して、「隔離パッド」を直接の構成要件とせずに、「隔離パッド取
付け溝」という構成要件によって「隔離パッド」を間接的に限定していると考えられる。侵害製
品として、懸架装置本体と隔離パッドとが別々に取引されることが予想される場合には、本件の
ように「隔離パッド取付け溝」という懸架装置本体の特徴を限定することで「隔離パッド」を間
接的に考案の構成要件とするという手法は有効であるといえる。
専利復審委員会は、引用文献1、4、5のいずれにも「隔離パッド取付け溝」が開示されてい
ないとして、これらの引用文献を組み合わせても「隔離パッド取付け溝」は得られず、請求項1
に係る考案は得られないとした。これに対して、中級法院では、隔離パッドを取り付けるという
ことが自明であるかという問題と、隔離パッドを設ける際の具体的な構成、即ち取付け溝の方式
が自明であるかという問題とをそれぞれ分けて検討した。そして、前者については引用文献4か
ら自明であり、後者については引用文献5から自明であると認定された。
専利復審委員会の判断手法は、あまりに機械的であり、本考案の本質を捉えていないものとい
える。安定した取付け、制振、電気化学反応の防止といった効果は、
「隔離パッド取付け溝」に
よって直接もたらされるのではなく、その取付け溝に取り付けられる「隔離パッド」によっても
たらされるものである。このことを考慮すると、「隔離パッド取付け溝」という構成要件の本質
は、隔離パッドが取り付けられるということにあり、この構成要件では隔離パッドを「取付け溝
の方式で取り付ける」ということがさらに限定されていると考えるのが妥当である。この意味
で、
「隔離パッド取付け溝」という構成要件を隔離パッドを取り付けることとその取り付け方式
とに分けて考えた中級法院の判決は妥当であると考える。
このような、本考案の把握の仕方、特に相違点についての把握の仕方の相違によって、専利復
審委員会と中級法院とで本考案の創造性判断の結論が異なることになったといえる。
⑵ 作用効果について
判決中にはもう一つ注目すべき点がある。審査指南によれば、相違点について、引用文献と本
考案とで作用が同じである場合に当該引用文献を他の引用文献と組み合わせて本考案を得ること
が自明であると認定できる。本件特許では、隔離パッドを設けることの効果として、被取付部材
の取付けの安定性、制振、及び異種金属部材間での電気化学反応の防止という効果があるとされ
ている。これに対して、引用文献4では、電気化学反応の防止のために隔離パッドを設けること
が示唆されているが、その隔離パッドによって被取付部材の取付けが安定し、振動を制限すると
いう作用効果があるとは記載されていなかった。本判決では、引用文献4に取付けの安定性及び
制振の作用が記載されていないことについて、離隔パッドは一定の厚さを有することから、一定
の緩衝、制振の作用を得ることができ、制振の作用は、隔離パッドを設置して電気化学反応を防
止する際に必然的にもたらされる客観的な技術的効果であると認定した。即ち、組合せが自明で
あるかを判断する際に検討する作用とは、先行技術において主観的に認識されている作用ではな
く、先行技術に開示されている構成から客観的に得られる作用をいうということである。
(ここに掲載した内容は、個人的な見解を含み、大野総合法律事務所又は金杜律師事務所の意見
を反映するものではありません。)
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