緊急地震速報をエレベーター制御に活用するための 課題整理検討委員会報告書 平成17年3月 財団法人 日本建築設備・昇降機センター 緊急地震速報をエレベーター制御に活用するための課題整理検討委員会 委員名簿 委員長 藤田 聡 東京電機大学工学部機械工学科教授 委 員 翠川 三郎 東京工業大学大学院総合理工学研究科教授 委 員 山海 敏弘 独立行政法人建築研究所環境研究グループ上席研究員 委 員 磯野 徹郎 (社)日本ビルヂング協会連合会(三菱地所㈱) 委 員 碓井 安秋 (社)日本エレベータ協会技術部長 委 員 宮田 毅 委 員 羽生 利夫 (財)日本建築設備・昇降機センター常務理事 協力委員 石坂 聡 国土交通省住宅局建築物防災対策室課長補佐 協力委員 磯部 孝之 国土交通省住宅局建築物防災対策室防災企画係長 事務局 髙木 堯男 (財)日本建築設備・昇降機センター認定評価部長 事務局 橋本 滋 (社)日本エレベータ協会(東芝エレベータ㈱) (財)日本建築設備・昇降機センター昇降機部長 報告書目次 1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 2.緊急地震速報のエレベーター制御への活用に係わる動向の整理 ・・・・・2 (1)緊急地震速報に係わる検討状況について (2)エレベーター制御に係わる技術的検討状況について 3.緊急地震速報をエレベーター制御に活用した場合の課題の整理 ・・・・・9 (1)建築基準法又は関連法規に係わる課題について (2)その他必要な留意事項 4.おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 5.参考資料 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 1.はじめに 兵庫県南部地震から10年が経過、さらに、昨年10月に発生した新潟中越 地震、そして12月のスマトラ沖地震の発生と、度重なる大地震により世界的 にも甚大な被害が発生したことから、地震に対する関心は大きなものとなって いる。 また、ここにおいて内閣府中央防災会議の首都直下地震対策専門調査会から、 首都直下地震の被害想定の発表があり、その関心は更に高まっている。 東海地震等大規模地震に関しては、地震に対する観測体制が強化されるとと もに、地震発生直後に震源地の近くにあって地震を捕らえ、地震が都市部に到 達する前にこの情報を分析し伝送・活用する技術(緊急地震速報)が確立され つつあり、現在、関係各方面で活用方策の検討が進められているところである。 建築物においても、これらの技術をエレベーターの制御等に活用し、より安 全な避難方法に役立てることが期待されているところであり、国土交通省では、 このため、財団法人日本建築設備・昇降機センターに対し、エレベーターの制 御等緊急地震速報を活用した場合の建築基準法に係わる課題、利用上の課題等 について取りまとめを要請した。 これを受け、財団法人日本建築設備・昇降機センターでは、緊急地震速報の 専門家等、学識経験者並びに関係各位のご協力のもと、「緊急地震速報をエレベ ーター制御に活用するための課題整理検討委員会」を設置し、建築基準法に係 わる課題、利用上の課題等について取りまとめを行ったものである。 1 2.緊急地震速報のエレベーター制御への活用に係わる動向の整理 (1)緊急地震速報に係わる検討状況について 関係諸官庁、関係団体等では、緊急地震速報に係る対応についてそれぞ れ取り組んでいるところであるが、現段階での状況を整理すると、以下の とおりである。 (1)−1.気象庁での試験運用の開始 1)試験運用の概要 気象庁は、緊急地震速報の活用のため、財団法人鉄道総合技術研究所と の共同研究等を行っている。その結果、九州東岸から関東地方までの地域 で発生する地震を対象に、平成16年2月から試験的な運用を開始した。 2)緊急地震速報の活用方策の検証 活用方策については、以下の観点から検証を行っている。 ①自動制御系における活用方策 列車やエレベーターの制御など ②住民等の危険回避行動への活用方策 建物内にいる人々への周知や地方自治体への伝達 ③情報伝達システムの実用化の検証 携帯電話や衛星通信を使った伝達の実験 (1)−2.文部科学省、気象庁、独立行政法人防災科学技術研究所の取り組 み 文部科学省、気象庁、独立行政法人防災科学技術研究所は、平成15年 度より緊急地震速報の実用的な伝達を行うことを目的として、リーディン グプロジェクト「高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト」を開始 した。 このプロジェクトは、平成19年度までに「リアルタイム地震情報(防 災科学技術研究所)」と「ナウキャスト地震情報(気象庁)」を実用化に 向けて統合し、地震情報の高速・高度化を行い、迅速で正確な伝達手法の 開発を目指したものである。 (1)−3.リアルタイム地震情報利用協議会 リアルタイム地震情報利用協議会は、「緊急地震速報の利活用の実証的 調査・研究」に関する部分について、分野ごとのニーズに対応するリアル タイム地震情報を利用した地震防災対応システムの開発を進めている。 2 また、開発したプロトタイプシステムを用いての効果の検証や、実際の 運用に向けた試験評価もあわせて行うこととし、この目的を達成するため に、大学・研究所・行政機関・関連業界などから、選定する学識経験者をメ ンバーとした利用分野別のワーキンググループ(WG)を設置、技術的課 題の選定、システム開発の仕様検討、開発されたプロトタイプの検証評価、 普及促進に向けての標準化などの課題を調査・検討している。 *リアルタイム地震情報利用協議会(略称:REIC) 「地震観測網データを地震災害軽減に多角的に応用するべく、国民、企 業、地方自治体、関係行政機関などの防災対策に実用的かつ有効な形で活 かせるように、リアルタイム地震情報の創生・流通を促進し、地震への高 度な対応が行える社会的環境の整備に貢献することを目指す(ホームペー ジ設立趣旨より)」ため、平成 14 年、関係省庁、自治体、民間からなる特 定非営利活動法人として設立されたもの。 (2)エレベーター制御に係わる技術的検討状況について リアルタイム地震情報利用協議会(REIC)は「緊急地震速報の利活用に 関する調査研究」の一環として、平成15年度に緊急地震速報を適用した エレベーター用地震防災システムを試作して実証実験を実施した。(社)日 本エレベータ協会は平成15年度より、リアルタイム地震情報利用協議会 が開催するワーキンググループの主要なメンバーとして参加し、緊急地震 速報を適用したエレベーター用地震防災システムの具体的な検討を行って きた。 本検討の詳細は、「昇降機への緊急地震速報利用計画」として参考資料 に掲げた。ただし、 4 B.エレベーターシステムへの具体的応用 及び 本文、(2)−2に関しては今回新たな考え方を追加している。 (2)−1.緊急地震速報の利用活用実験 1)実験の目的 ①緊急地震速報の実システムでの動作確認 ②伝送時間の確認 ③信頼性の確認 2)緊急地震速報システム系統図 東京・四谷のリアルタイム地震情報利用協議会サーバーからの地震 情報を、現場エレベーターとみなした東芝エレベータ(株)府中工場 のエレベーター研究塔、エレベーターの監視を行っている東京サービ ス情報センター及び東芝データセンターと専用回線及びインターネッ 3 トで接続し、実用擬似試験を実施した。 3)実験結果 ①リアルタイム地震情報利用協議会サーバーからの信号を東芝エレベ ータ(株)府中工場のエレベーター研究塔で受信、制御装置の動作ま での時間は1秒未満であった。 ②専用線とIP網での伝送速度の差は殆ど無かった。 ③伝送信頼性に関しても高い評価が得られた。 この結果を踏まえて、エレベーターへの具体的応用の検討を始めた。 緊急地震速報 システム系統図 協議会サーバ(四谷) 協議会サーバ(四谷) 東芝エレベータ株式会社 東芝エレベータ株式会社 府中工場 府中工場 エレベータ研究塔 エレベータ研究塔 リアルタイム 地震情報 PC1(専用線検証用) ルーター2 ルーター1 専用回線 インターネット PC2(IP網線検証用) VPN VPN 専用回線 DSU エレベータ 制御装置 ルーター2 東芝エレベータ株式会社 東芝エレベータ株式会社 ONU 東京サービス情報センター 東京サービス情報センター VPN VPN VPN VPN 配信サーバー DSU 東芝データセンター 東芝データセンター メール配信 PC3(地震監視端末) (2)−2.エレベーターへの緊急地震速報の具体的活用検討 1)エレベーターへの適用の狙い ①緊急地震速報を活用し、早期にエレベーターを停止し被害の最小化を 図る。 ②エレベーターの停止階の中で何処の階が最も被害が少ないか、その最 適位置の検討を行う。 ③緊急地震速報をうけ、地震を受けた後の早期復旧の検討については、 4 非常に重要な課題であるが、現状のエレベーターに関しては保守員に よる安全確認後、エレベーターを復旧する事となっている。安全震度 限界等を建物条件等により決定し、再運転の可否の判断について、今 後も検討する必要がある。 震度及び到達時間を考慮した運転方式の一例をここに示す。 イ.最優先はリアルタイム情報で停止させる運転方式である。 ロ.実震度レベル(建物に取り付けている地震感知器情報)により再 運転の判断を行う。 2)ケース分けによるエレベーターの運転方式 実地震が到着するまでの余裕時間を判断し、最適な運転方式を選択す る。ケース分けに関しては3ケースとした。具体的応用に関してはエレ ベーターの速度・階高等を考慮し定量的な判定をする必要がある。 Case1:直下地震に近いもので余裕時間が0∼20秒位の場合 ⇒現状の地震管制運転のS波またはP波を用いている地震管制フロ ーチャートでの最寄階停止方式とする。 最寄階停止 停止中⇒停止継続 Case2:地震の感知地点が少し離れていて余裕時間が20∼40秒 位の場合 ⇒現状の地震管制運転のS波またはP波を用いている地震管制フロ ーチャートに時間条件を入れ、下記運転方式とする。 ①走行中のエレベーターは建物の安全な避難階に止める ②停止中のエレベーターはエレベーターの被害が最も少ないと考え られる安全待機階にまで動かす。 5 停止中 ⇒安全待機階 への運転 避難階 安全待機階 避難階停止 Case3:地震の感知地点が離れていて十分余裕時間がある場合(4 0秒以上) ⇒現状の地震管制運転のS波またはP波を用いている地震管制フロ ーチャートに時間条件を入れ、下記運転方式とする。 ①走行中のエレベーターは建物の安全な避難階に止め、その後安全待 機階まで動かす。 ②停止中のエレベーターはエレベーターの被害が最も少ないと考え られる安全待機階まで動かす。 安全待機階 停止中 ⇒安全待機階 への運転 安全待機階へ 避難階 安全待機階 避難階停止 (注)使用用語の定義 ・最 寄 階:エレベーターが停止できる最も近い階 ・避 難 階:乗客を最も安全に降車出来る階 ・安全待機階:建物から考えられるエレベーターにとって最も被害が少な 6 いと考えられる階 3)エレベーターにとって被害が少ない最適階の検討 建物の地震動に対する特性より、エレベーターにとって最も被害の少 ないと考えられる最適階(安全待機階)を決定する。 現状の考えられる最適位置は、単純に考えると下記となる。 ①最下階付近 ②中間階付近 A.最上階付近 ③最上階付近 B.中間階付近 C.最下階付近 また、建物の状況によっては、どの階が最も安全かを決定し、選定 する要素としては下記項目がある。 ①地震状況 ・速度系 ・加速度系 ・変位系 ・継続時間 ②建物条件 ・中低層ビル ・S造 ・高層ビル ・RC造、 ・超高層ビル ・免震 ③エレベーターシステム構成 ・中低速 ・高速 7 ・制震、 ・耐震基準差 4)緊急地震情報を考慮した地震時管制運転フロー 従来の地震時管制運転フロー(図中では「一般地震管制運転」で表現) に復旧運転フローを追加した形基本的考え方の一例を紹介している。 緊急地震情報のフローに関しては、地震が到達するまでの余裕時間の大中 小の3ランクの運転方式とした。復旧運転フローに関しては、概念は構築 出来るが実際にどう対応するかは今後の研究課題と考える。 今後は更に詳細な検討を行う必要がある。 緊急地震速報を考慮した地震時管制運転フローチャート 地震時管制運転 NO A 緊急地震速報 受信 YES 小 時間判定 一般 地震管制運転 大 中 小時間処理 中時間処理 復旧条件 不成立 成立 大時間処理 復旧運転 RET A 5)長周期地震動の緊急地震速報の可能性の検討 下記検討項目を踏まえ、今後、詳細な検討が必要である。 また、計画的に長周期地震動のデータを収集するためには、超高層ビルに 地震計の取り付けを指導することが望ましい。 ・地震受信場所での長周期地震動の予測 ・長周期地震動を検知した場合のエレベーターの動作 避難階、安全待機階の概念をいれる。 8 ・長周期地震動検知器の開発 地震受信場所での長周期地震動の予測活用 長周期地震動の予測⇒該当地域への情報提供 必要な 必要な 事前予防処置の実施 事前予防処置の実施 ⇒ ⇒ エレベーター停止、 エレベーター停止、 振れ防止装置のセット等 振れ防止装置のセット等 3.緊急地震速報をエレベーター制御に活用した場合の課題の整理 (1)建築基準法又は関連法規に係わる課題について 地震に関する昇降機の関係法令では、現在のところ「建築基準法施行令第 129条の4第3項第三号および第四号」に地震時のレールからの外れ防止 及び滑車からのロープの外れ防止、「令第129条の7第四号」にロープ類の 引っ掛り防止、「令第129条の8第1項」に機器の転倒移動防止、「昇降機 耐震設計・施工指針」に地震時の耐震強度及び昇降路内機器の引掛り防止措 置および地震時管制運転動作の詳細について規定されている。また「(社)日 本エレベータ協会標準(JEAS)」でも、地震時管制運転に関する標準が規定さ れている。 緊急時地震速報をエレベーター制御等に有効活用していくためには、緊急 時地震速報をもとにしたエレベーター制御方法の更なる検討及び効果を評価 する必要がある。また、現在「昇降機耐震設計・施工指針」及び JEAS で規定 している地震時管制運転との整合を行う必要がある。更に、災害防止の重要 性から地震時管制に関する運行方法は従来の「昇降機耐震設計・施工指針」 の改定もしくは JIS などの国家規格で規定しあまねく周知を図っていくこと が重要である。 1)設置基準の制定 9 地震に対する効果を考えると、先ず現状の地震時管制運転装置の取 り付けの義務化がある。更に、今回検討の緊急時地震速報をエレベー ター制御の効果を見極めた上での有効的な活用を進める必要がある。 2)JIS 等の制定 緊急地震速報を取入れた新しい地震管制運転方法を検討し、「昇降 機耐震設計・施工指針」の改定または新たに JIS として制定する。 3)建築基準法施行令の改正 地震時のエレベーター運行管制方法に関する標準を「昇降機耐震設 計・施工指針」に追加または新しく JIS 化した場合の法的根拠となる 施行令条文の追加を行う。また、ISOとの整合を図る必要がある。 4)非常用エレベーターの関係法令との整合 建築基準法施行令第129条の13の3第7項及び第9項には非常 用エレベーターの運行方法等の規定がある。緊急時地震速報を活用し た場合の運行方法に法的根拠を定めた場合、非常用エレベーターの運 行方法との整合をはかる必要がある。 ①非常用エレベーターの標識、運転性能に関する JEAS の JIS 化 非常用エレベーターでは消防運転の管制運転方法が定められてい る。詳細な内容については JEAS-D401 に記載されているが、「昇降機 耐震設計・施工指針」に記載の地震時管制運転と同じレベルの公的 規定とすることが望ましい。 ②運行制御の優先順位の決定 非常用エレベーターの地震時管制運転フローは「昇降機耐震設 計・施工指針」に記載がある。ここに緊急時地震速報を活用した場 合のフローが新たに加わるため、管制運転の優先順位を適正に定め る必要がある。 ③避難階待機と安全待機階との関係 非常用エレベーターでは基準階での待機が必要になるが、エレベ ーターの被害が少なくなる地震時の安全待機階とは相違しているの で、火災の有無を考慮したエレベーターの待機階について検討が必 要である。 5)昇降機の検査標準の改正 現行の昇降機の検査標準(JIS-A4302)では、法的根拠はないが、地 10 震時管制運転装置が検査項目として掲げられている。地震時管制運転 装置および緊急地震速報を活用したエレベーター制御を法的に規定す る場合、検査標準の様式の見直しや判定基準の整備が必要となる。 (2)その他必要な留意事項 1)緊急地震速報が外れた場合の被害想定及び復旧方法 エレベーターの場合は一般的には停止することによる損失は殆ど ないと考えられるが、特殊な例(救急患者等の搬送等)の検討を考え る。 4.おわりに 今回の検討において、関係機関での緊急地震速報に係わる動向について、 その概要を確認しつつ、現在の知見から得られる緊急地震速報をエレベータ ー制御に活用するための課題について確認を行ったところである。 しかしながら、実用に関しては、これらの課題についていろいろな角度か らのさらなる検証が必要と考える。また、今回のテーマに関する事項として、 エレベーターにとって、地震が発生した際のいわゆる「閉じこめ」対策が大 きな課題としてあげられる。これに関しては、新たなテーマとして今後の研 究が待たれるところである。 本検討が、緊急地震速報をエレベーター制御に活用するための一助となれ ば幸甚である。 5.参考資料 (略) 11
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