2005a - 木竜・岩城研究室

社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS
信学技報
TECHNICAL REPORT OF IEICE
フィールドにおける運動機能評価のための
ユビキタスサービスをめざして
千明
†新潟大学大学院
剛†
牛山
幸彦†
木竜
徹†
自然科学研究科 〒950-2181 新潟市五十嵐 2 の町 8050
E-mail: †{chigira,kiryu}@bsp.bc.niigata-u.ac.jp
あらまし 近年,健康増進のため運動に対する関心が高まり,健康サービスに携わる人々が増加している.ここ
で,アウトドアにおける運動が好まれるが,安全で適切な運動指導を行うまでには十分な環境が整っていない.そ
こで本研究では,小型,軽量で多変量の生体信号が計測でき,かつ無線通信可能な生体信号計測ユニットと運動機
能評価結果をオンサイトでフィードバックするしくみを開発した.これによりユーザーを拘束することなく,自由
な運動を行いながらの運動機能計測・評価が可能となった.運動機能評価では,特に,筋活動を Active と Passive
にわけて筋疲労を評価する方法を検討した.
キーワード PDA,フィールド運動,表面筋電図,関節角度,Active Exercise,Passive Exercise
Towards Ubiquitous Service for Evaluating Functional Activities
in the Field Experiments
Takeshi CHIGIRA†
Yukihiko USHIYAMA† and Thru KIRYU†
†Graduate school of Science and Technology, Niigata University
8050, Ikarashi 2, Niigata city 950-2181, Japan
E-mail: †{chigira, kiryu}@bsp.bc.niigata-u.ac.jp
Abstract Recently, the number of people involving in various health services has greatly increased because of
high-demands in health promotion. However, the environment for wellness, especially for outdoor exercise, has been still
insufficient for providing safe and appropriate exercise services. In this paper, we propose an exercise training system with the
function of biosignal feedback by developing a lightweight and wearable measurement unit and multivariate biosignal
processing. Accordingly, evaluation of exercise performance is available on demand without constraints of locations. The
experimental results in a ski ground demonstrated that change in physica activity, especially focusing muscle activity for
several phases, can be evaluated by this system.
Keyword PDA,Field Experiments,EMG,Joint Angle,Active Exercise,Passive Exercise
1. は じ め に
近年,健康な状態を維持・増進・管理・回復するた
めにスポーツやエクササイズ,リハビリテーションな
ど に 対 す る 関 心 が 高 ま り ,携 わ る 人 々 が 増 加 し て い る .
た,テレメトリーを使用した生体情報の無拘束計測も
行われているが、電波法による屋外での使用制限があ
り場所を選ばなければならない.
そこで,ユーザーを拘束することなく,フィールド
しかし,これらの運動の効果を手軽に認知できる環境
上における運動中の生体情報をいつでも・どこでも計
がないために,活発な運動を長時間繰り返し行ってし
測・解析し,運動機能を評価する健康増進支援システ
まい、疲労が蓄積し,ケガを引き起こしてしまうこと
ム の 構 築 が 提 案 さ れ た [2], [3]. こ の シ ス テ ム は 計 測 機
がある.これにより,効果的な結果を得ることができ
器 と デ ー タ 保 存 用 PC, 閲 覧 機 器 か ら 構 成 さ れ て い る .
ないばかりか,目的達成のモチベーションまで低下し
しかし,実際の使用にはユーザーが装備する機器も多
てしまうことがある.
く,運動のパフォーマンスを制限してしまうものであ
この問題を解決するため,無拘束でいつでも,どこ
った.これを解決するためにはユーザーが携帯する機
でも手軽に生体情報を計測でき,運動による生体機能
器 を 最 小 限 に 抑 え る 必 要 が あ る .ま た ,最 近 で は ,PDA
の変化を把握できるシステムが不可欠である.生体情
の高性能化に伴い,単なる閲覧だけでなく,生体情報
報を計測・解析することで生体の状態を読み取ろうと
の 計 測 ま で 出 来 る よ う に な っ て い る [4].
する研究は多く,表面筋電図から筋活動量や筋疲労が
ここでは,フィールドでの自由度の高い運動を,ユ
推 定 さ れ て い る [1].し か し ,従 来 の 表 面 筋 電 図 計 測 は
ーザーに対しなるべく負担をかけることなく生体情報
大型の計測器が必要で,リード線の届く範囲での運動
を 計 測・評 価 す る た め に PDA を 用 い た 計 測 機 器 を 開 発
しかできず,フィールド計測には不向きであった.ま
す る .PDA に 計 測 機 能 を も た せ ,デ ー タ の 保 存 ,無 線
通 信 を 活 用 す る .こ の PDA を 用 い た 計 測 機 器 を 実 際 に
スキー運動のフィールド実験で使用し,その有効性を
検討した.
利用することができる.
ま た ,A/D 変 換 カ ー ド に よ っ て PDA に 計 測 機 能 を 持
た せ る た め に , LabVIEW PDA Module7.0(National
Instruments 製 )を イ ン ス ト ー ル し た . そ の 上 , 開 発 し
2. シ ス テ ム 構 成
た 計 測 実 行 プ ロ グ ラ ム を 作 成 し ,PDA に 搭 載 し た .こ
2.1. 提 案 するシステム
の プ ロ グ ラ ム は 計 測 チ ャ ン ネ ル ,サ ン プ リ ン グ 周 波 数 ,
提 案 す る シ ス テ ム 構 成 を 図 1 に 示 す .フ ィ ー ル ド 上
計 測 時 間 を 選 ぶ こ と が で き ,START, STOP を タ ッ チ す
で運動を実際に行うユーザーと,サポートセンターで
ることにより計測を開始,終了することが出来る.な
ユーザーの生体情報を保存・管理・評価するスポーツ
お,計測したデータを無線転送するために,フリーソ
ド ク タ ー か ら 成 る .PDA を 用 い た 計 測 機 器 に よ り ユ ー
フ ト ウ ェ ア で あ る CedarFTP for Pocket PC (FTP ク ラ イ
ザーの生体情報を計測し,インターネットを通じて計
ア ン ト ソ フ ト )を 用 い た .
測データをサポートセンターで保存する.スポーツド
クターは計測データからユーザーの運動機能の変化を
評価する.このようにユーザーに生体情報計測可能な
PDA を 持 た せ る こ と に よ っ て ,運 動 パ フ ォ ー マ ン ス を
制限することなく手軽に生体情報の計測が可能となる.
ま た ,計 測 用 の PDA と ネ ッ ト ワ ー ク の ア ク セ ス ポ イ ン
ト 間 は 無 線 通 信 で 接 続 さ れ て お り ,ユ ー ザ ー は PDA と
計測機器を携帯するだけで,生体情報の管理や運動機
能の評価などのサービスを受けることができる.
フィールド
サポート側
計測
閲覧
保存
Internet
サポートセンター
図2
PDA を 用 い た 計 測 機 器
3. フ ィ ー ル ド
評価
PDA
3.1. スキー実 験
フ ィ ー ル ド 実 験 は ,2005 年 3 月 に 3 日 間 連 続 で 実
スポーツドクター
ユーザー
験 を 行 っ た (妙 高 高 原 池 の 平 温 泉 ス キ ー 場 カ ヤ バ ゲ
レ ン デ ).ゲ レ ン デ の 全 長 は 約 4000 メ ー ト ル で あ り ,
平 均 斜 度 は 14 度 で あ っ た . 被 験 者 は 健 常 な 成 人 男 性
図1
システム構成
( 30 歳 ) で あ る .
対象としたスキー運動は 1 日の中で連続的にトライ
2.2. PDA を用 いた計 測 機 器 の開 発
アルを行う繰り返し運動である.ひとつのトライアル
外 部 環 境 と の デ ー タ の 送 受 信 が 可 能 な 無 線 LAN 内
は 約 20 分 の リ フ ト 搭 乗 ( 休 息 ), 約 5 分 の ス キ ー 運 動
蔵 の PDA (iPAQ Pocket PC h5550, HP 製 )と PCMCIA タ
( 運 動 )の 合 計 約 25 分 か ら な り ,1 日 に 午 前・午 後 各
イ プ の A/D 変 換 カ ー ド (DAQCard-6024E, National
4 トライアルを行った.ここで, 2 分間の心電図をリ
Instruments 製 ) , 小 型 の 生 体 情 報 計 測 用 ユ ニ ッ ト
フト搭乗時に,スキー運動開始時から 5 分間の表面筋
(MYO-4, DELSYS 製 )を 用 い て 構 成 し た (図 2).総 重 量
電図および心電図をスキー滑走中に計測した.なお,
が 約 600 グ ラ ム と な っ た .
被 験 筋 は 右 前 脛 骨 筋 と 右 外 側 広 筋 を 対 象 と し た .ま た ,
PDA は 単 体 で の 無 線 通 信 が 可 能 で あ り , ま た , 拡
フレキシブルゴニオメータにて両足の膝関節角度も同
張 パ ッ ク (デ ュ ア ル PC カ ー ド 拡 張 パ ッ ク , HP 製 )と 組
時に計測した.計測したデータは験者が待機している
み 合 わ せ て 使 用 す る こ と に よ っ て , A/D 変 換 カ ー ド を
サポートセンターに転送され,常時データ内容の確認
(a)心 拍 変 動 の時 系 列 変 化
(b) 筋 疲 労 指 標 の時 系 列 変 化
図3 閲覧画面
をすることが出来る.験者は転送されたデータを運動
動 は 計 測 し た 心 電 図 よ り RR 間 隔 を も と め た . こ の
機 能 評 価 し ,結 果 を ウ ェ ブ 上 に ア ッ プ ロ ー ド し PDA か
RR 間 隔 時 系 列 を 等 間 隔 時 系 列 と す る た め に 3 次 ス プ
ら閲覧可能とした.被験者の主観的な疲労具合を知る
ラ イ ン 補 間 処 理 後 ,4 Hz で リ サ ン プ リ ン グ を 行 っ た .
た め に ト ラ イ ア ル の 前 後 に RPE を 計 測 し ,ト ラ イ ア ル
それから 1 秒あたりの心拍数を算出し心拍変動を求
後 に NASA-TLX を 計 測 し た .
め た .心 拍 変 動 は 心 肺 機 能 か ら 運 動 強 度 を 測 る の に 身
近な循環器系に対する客観的評価指標である.
3.2. 計 測 条 件
図 3 の (b)は 筋 活 動 評 価 の 閲 覧 画 面 で あ る . 計 測 し
被験者にはあらかじめプロトコルを説明し,同意の
た表面筋電図より抹消系の客観的指標として筋疲労評
下 に 実 験 を 行 っ た .実 験 で は ,ス キ ー 運 動 時 の 心 電 図・
価指標をもとめた.振幅情報である整流化平均値であ
筋 電 図・関 節 角 度 の 計 測 を 行 っ た .被 験 者 は ,PDA 計
る ARV (Averaged Rectified Value)と 周 波 数 情 報 で あ る
測 機 器 を 携 帯 し た .表 面 筋 電 図 計 測 に お け る 被 験 筋 は ,
平 均 周 波 数 MPF (Mean Power Frequency)を 算 出 し ,時
スキー運動で積極的使う外側広筋,前傾骨筋を対象と
系 列 か ら , こ れ ら の 相 関 関 数 γ A RV- M P F を 筋 疲 労 指 標 と
した.運動中の表面筋電図を計測するため,生体に無
し た [5]. ARV の 算 出 式 は 次 式 と な る .
侵 襲 な 2-bar ア ク テ ィ ブ ア レ イ 電 極 (DE-2.3 electrode,
DelSys 製 )を 用 い , 利 き 足 に 貼 付 し た . 心 電 図 は , 胸
t (m)
arv(m) =
部 双 極 誘 導 に よ り 計 測 し た . こ の 時 , 電 極 は 直 径 3cm
e
1
S (t ) dt
t e (m) − t s (m) ts (∫m )
( 1)
のディスポーザブル電極を使用した.ここで表面筋電
た だ し ,S( t)は 筋 電 図 信 号 ,t s( m), t e( m)は そ れ
図 計 測 と 心 電 図 計 測 は と も に 利 得 60dB と し た .ま た ,
ぞ れ m フ レ ー ム 目 の 開 始 時 刻 ,終 了 時 刻 で あ る .一 方 ,
両 膝 に フ レ キ シ ブ ル ゴ ニ オ メ ー タ (SHAPE SENSOR
各 フ レ ー ム に お け る MPF は , 周 波 数 を f, 対 象 フ レ ー
製 )を 装 着 し , 膝 関 節 の 屈 曲 伸 展 角 を 計 測 し た . 以 上 ,
ム で の パ ワ ー ス ペ ク ト ラ ム を P( f; m) と し て 以 下 の
合計 5 チャンネルの生体信号計測を行い,サンプリン
ように与えられる.
∞
グ 周 波 数 1024H z ,量 子 化 ビ ッ ト 数 12bit で A/D 変 換
後 ,PDA 内 の SD カ ー ド (1GB SD card, HP 製 )に 保 存 し
た.
mpf (m) =
∫ f・P( f ; m)df
0
∞
∫
( 2)
P ( f ; m)df
0
4. 結 果
5 分 間 の ス キ ー 運 動 終 了 後 に PDA 計 測 機 器 に 保 存
さ れ た デ ー タ 量 は 11.6MB で あ っ た .パ フ ォ ー マ ン ス
結 果 の 内 訳 は , 計 測 装 置 か ら お よ そ 40 メ ー ト ル 離 れ
た 験 者 側 の ノ ー ト PC に お よ そ 300 秒 で 転 送 し た .こ
の と き の デ ー タ 転 送 率 は 約 30kB/sec で あ っ た .
閲覧可能な内容は心拍変動と筋疲労評価指標であ
る . 図 3 の (a)は 心 拍 変 動 の 閲 覧 画 面 で あ る . 心 拍 変
こ こ で は さ ら に ,1024 サ ン プ ル を 1 フ レ ー ム と し ,512
サ ン プ ル ず つ シ フ ト し な が ら , フ レ ー ム 毎 に ARV と
MPF の 相 関 関 数 γ A RV- M P F を 筋 疲 労 指 標 し て 算 出 し た .
心拍変動と筋疲労評価指標を閲覧可能にすることによ
って,ユーザーが運動強度と筋疲労を認知することが
できるようにした.また,現在のトライアルとひとつ
前のトライアルを同時に表示することによって運動機
能の変化を表した.このように表示することによって
トライアル毎の運動機能変化を認知できるようにした.
5. 考 察
謝辞
小型で軽量な計測装置を開発することによって生
本 研 究 の フ ィ ー ル ド 実 験 は ,新 潟 大 学 教 育 研 究 支 援
体信号を手軽に,いつでもどこでも計測することが可
経費の補助により実施したものである.ここに感謝申
能となった.そして,ユーザーとサポートセンターを
し上げます.
無線通信でつなぐことによって両者の間でデータ共有
が可能となった.これによりユーザーの運動パフォー
マンスを制限することなく運動支援サービスを提供す
ることが可能である.しかし,計測転送から評価を閲
覧 す る ま で に 時 間 が 300 秒 と 時 間 が か か る . 迅 速 な 運
動機能のフィードバックこそがケガの予防につながる
ので,今回のデータ転送で最も時間がかかった転送時
間をさらに短縮する必要がある.この問題を解決する
た め に 専 用 の FTP サ ー バ ー と FTP ク ラ イ ア ン ト を 開 発
す る こ と が 考 え ら れ る .ま た ,計 測 機 器 と PDA を 接 続
しているケーブルが太く硬いという点,計測機器との
コネクト部が大きいという点があったので解決する必
要がある.
また,自由な運動での筋疲労評価を行うために,ス
キー運動を 2 つの運動場面に分けて評価しようと考え
ている.それは,ターンをしようという能動的な運動
場 面 (Active Phase) と ス ピ ー ド に よ っ て 起 こ る 外 力 か
ら 体 を 支 え よ う と す る 受 動 的 な 運 動 場 面 (Passive
Phase)で あ る . こ の 場 面 ご と の 筋 疲 労 評 価 が 可 能 に な
ることによって短時間での評価が可能となり,フィー
ルドにおける運動機能評価をいつでも・どこでも手軽
に行うことが出来るサービスが実現可能なのではない
かと考えられる.
6. ま と め
本 報 告 で は ,小 型 で 無 線 通 信 可 能 な PDA 計 測 機 器 を
開 発 す る こ と に よ っ て ,ユ ー ザ ー を 無 拘 束 で い つ で も ,
どこでも生体情報を計測可能しサポートセンターとの
データ共有を可能とした.また,自由度の高い運動も
Active Phase と Passive Phase に 場 合 わ け を し , 筋 疲 労
をスナップショット的に評価する方法を確立すること
によってフィールドにおける運動機能評価のためのユ
ビキタスサービスが実現の可能性を探った.
以上のことから,自由度の高いフィールド運動の生
体情報を手軽に計測することができた.将来,運動機
能評価をいつでもどこでも行えるサービスが近い将来
に構築できるのではないかと考えられる.
文
献
[1] R.Merleti, L.R.Lo Conte, and C.Orizio, "Indecies
of muscule Fatigue", J.Electromyography and
Kineology, vol.1, pp.20-33, Jun. 1991.
[2] 村 山 敏 夫 , 木 竜 徹 , 牛 山 幸 彦 , 青 木 航 太 :“ オ
ンサイトでの生体情報フィードバックのコーチ
ン グ へ の 効 果 ”,第 19 回 生 体 ・ 生 理 工 学 シ ン ポ ジ
ウ ム 論 文 集 , pp.293-294. Nov. 2004.
[3] 青 木 航 太 , 木 竜 徹 , 牛 山 幸 彦 :“ 計 測 ・ 解 析 機
能 分 散 型 支 援 シ ス テ ム に よ る 運 動 機 能 評 価 ”, 第
25 回 バ イ オ メ カ ニ ズ ム 学 会 学 術 講 演 会 論 文 集 ,
pp.105-108. Oct. 2004.
[4] 鈴 木 琢 治 , 大 内 一 成 , 土 井 美 和 子 , 森 田 千 絵 、 佐
藤 誠 : LifeMinder: ウ ェ ア ラ ブ ル 健 康 管 理 シ ス テ
ム , 情 報 処 理 学 会 第 65 回 全 国 大 会 5T4B-4,
pp.219-222. Mar. 2003.
[5] T. Kiryu, K. Takahashi, and K. Ogawa, "Multivariate
analysis of muscular fatigue during bicycle ergo
meter exercise," IEEE Trans. BME, vol. BME44-8,
pp.665-672, 1997.