30歳前後の節目において日本人のホワイトカラーは どのようにキャリアの

30歳前後の節目において日本人のホワイトカラーは
どのようにキャリアの方向性を決めるのか?
○荒井 理江
今城 志保
瀧本 麗子
(株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所)
How young Japanese business persons decide their career next steps?
○Rie Arai, Shiho Imashiro, Reiko Takimoto
(Recruit Management Solutions Co., Ltd.)
1 . 問題意識
キャリア発達論の観点 からいえば、30 歳前
2 .方法
28∼ 35 歳で 、 大 手企 業 に 勤務 す る 男 性 9
後は、キャリア の節目である と言われている 。
名に対して、社会人に なってからの キャリア
Lev inson(1986) は、キャリア発達論 の文脈で
の歩みと今後の方向性 に関するイン タビュー
28 歳頃までに大人の仲間入 りをし、33 歳頃
調査を行った(表 1) 。なお 、性別・企 業 規 模 ・
から一家を構える段階 と位置付け、 その間に
雇用形態などによる影 響を統制する ため、今
は 「 30 歳 の 過 渡 期 」 が あ る と 論 じ て い る 。
回は対象を大手企業の 男性正社員に 限定した 。
Hall(1976) は 、 25∼ 30 歳 を 自 己 確 立 期 、 30
データ収集方法は、イ ンターネット調 査を
代を発展期と位置付け る。働く自分 がどうい
通じて、25 歳∼40 歳の会社勤務男性 50759
うものかを自覚し始め 、改めて自分 のキャリ
名から、勤務先の従業 員規模 1000 名以上の
アを見直そうという意 識を持ち始め るのが、
ホワイトカラー正社員 、転職経験な し、年収
30 歳 前 後 の ビ ジ ネ ス パ ー ソ ン の 状 況 で あ る
400 万円以上などの 条件で 1441 名に絞った。
と考えられる。
その中から更に年齢を 26 歳∼35 歳 に限定し 、
鈴木(2007) は、そういった日 本の 30 代 の
事前に「人生の転機に 差しかかって いる」ま
ホワイトカラーのキャ リアに対する 心理状態
たは「仕事と人生の見 直しの必要性 を感じて
について、キャリ ア・ミスト(先が不 透明な感
いる」と回答した首都 圏在住の 201 名に対し
覚) 、 キ ャ リア ・ ド リ フ ト(キ ャリ ア を 自 分 で
てインタビュー協力意 向を確認し、 同意のと
デザインする意思が弱い) の存在を論じてお
れた 40 名のうちから 日程調整でき た対象者
り、キャリアの見直し が行われにく い現状を
9 名にインタビューを 実施した。対 象者選定
指摘する。とはいえ近 年の変化の激 しいビジ
にあたっては、勤務先 企業の業種・ 職種に著
ネス・雇用環境では、 先が不透明な 中でも自
しい偏りが出ないよう に配慮した。
分のキャリアについて 検討し、意志 決定や選
表1 インタビュー対象者のプロフィール
択をしていかざるを得 ない。
年齢 業種
そこで本研究では、終 身雇用を前提と する、
職種による専門性の積 み上げが弱い 、など日
本独特の雇用慣習を土 台にしながら 、近年の
ビジネス・雇用環境変 化への適応も 求められ
つつある、現在の日本 の 30 歳前後 ホワイト
A
B
C
D
E
F
カラー層を対象に、キ ャリアの転機 への対処
G
に影響を及ぼす要素を 探索的に把握 する。
H
I
32 製薬
34保険・
金融
27保険・
金融
29食品
32 卸売
35ITサービス
29ITサービス
28食品
28ITサービス
職種
役職
扶養家
族有無
研究
財務
営業企画
営業
営業
企画・
開発
企画・
開発
財務
企画・
開発
一般社員
係長相当
一般社員
一般社員
係長相当
一般社員
一般社員
一般社員
一般社員
なし
あり
なし
あり
あり
あり
なし
なし
なし
表 2 概 念 の 一 覧 とバ リエ ー シ ョン数
概念
カテ ゴ リ ー
1 自 分 の 軸 を認 知 ・強 化 す る経 験
対 極例
Ⅰ.
働 く経 験
2 自 己 効 力 感 を強 化 す る集 中 体 験
対 極例
3 働 く上 で の 自 分 の 軸
Ⅱ.
働 く自 分 の
概念形成
対 極例
4 働 くこ とへ の自 己 効 力 感
対 極例
5 環境の見積もり
対 極例
Ⅲ.
環境の影響
6 ベ ン チ マ ー クす る他 者 の 存 在
対 極例
7 上 司 ・会 社 の 支 援
対 極例
Ⅳ.
方向性の
確定
総計
バ リエ ー
シ ョン数
人数
8 方 向 性 の 見 定 め と計 画 立 案
対 極例
9
0
8
5
9
2
7
5
9
6
9
4
9
7
6
6
9
35
0
31
8
53
2
21
9
26
8
35
8
32
14
25
13
246
A
B
C
D
E
F
G
H
I
4
4
2
4
3
8
7
2
1
3
1
7
7
3
6
6
5
4
1
7
5
6
1
2
5
1
2
5
1
2
4
3
1
4
1
4
3
4
3
3
1
6
4
5
29
6
1
6
2
3
3
5
1
35
1
3
2
6
1
6
4
1
4
3
3
27
26
6
1
3
5
1
32
9
1
4
2
1
4
8
1
1
1
32
1
2
1
3
1
1
4
1
2
3
2
4
2
3
18
3
26
1
2
1
2
3
3
1
4
21
※ イン タビ ュ ー 内 容 ・年 齢 か ら、Fは 既 に 転 機 が 終 了 し、Cは 転 機 前 で あ ると推 定 され た た め 概 念 の 関 係 性 の 考 察 に お い て対 象 外 とし た
Ⅰ. 働く経験
図1 方向性を定める上での要素の関係性
<概念① 自分の軸を確
Ⅲ.
環境の影響
⑥ ベンチマークする
他者の存在
⑤ 環境の
見積もり
認・強化 する経験 >
働くことへの自身の 価
⑦上司・会社の支援
① 軸を自覚する
経験
値観や指向の自覚を 促す
③ 働く上での
自分の軸
経験を表す概念であ り、
9 名全員に該当した 。自
② 効力感を強
化する集中体験
④ 働くことへの
自己効力感
Ⅰ.
働く経験
Ⅱ.
働く自分の
概念形成
⑧ 方向性の見定
めと計画立案
Ⅳ.
方向性の
決定
覚を促された結果の 例と
しては、
「 元々こっち でい
きたいなっていうの はぼ
んやりあったんです けど、
やってみてやっぱり こっ
インタビュー時期は 2013 年 3 月、所 要時
間は 1 人 約 90 分間で あった。主な 質問は(1)
ちだなと」(D) 、「こういうのじ ゃなく て、も
職務経歴の確認、(2) 社会人になって から今ま
っとクリエイティブな 、ものづくり がやりた
でのキャリアの考え方 に影響を与え た出来事 、
いと思うようになって 」(F ) などがあった。
(3) 今後のキャリアの方 向性について 、である 。
<概念② 自 己効力感 を強化 する集 中経験 >
インタビュー内容は録 音しテキスト 化した。
自身の仕事において、 自身が集中して 取り
分析には修正版グラウンデッド・セオリ
組み、効力感を得た経 験のことであ り、9 名
ー・アプローチ(木下, 2003) を用いた。企業に
中 8 名が該当した。例と しては、「初めの 1
入社した後、社会人と しての自分の キャリア
ヶ月、2 ヶ月くらいは苦 戦して(略) 何とか管理
に対する考え方を醸成 しながら、30 歳前後の
で き るよ う に な っ た(略) 結 構 いい 評 価 を し て
節目においてキャリア の方向性を定 めていく
いた だい た」(F ) 、対 極例 には、「厳 しい 言葉
プロセスについて 、最終的に 8 概念を抽出し 、
と か で言 わ れ た り して (略) 落 ち込 む と こ ろ も
概念を 包括する 4 カ テゴ リーを 作成 した(表
あ り(略) 解 消 さ れる 前 に 異 動 にな っ て し ま っ
2) 。更に、 概念 とカテ ゴリー の関 係を結 果図
た」(I ) と、充実感を得るまでやり切 れなかっ
にまとめたものが 図 1 である。
た例があった。
3.結果と考 察
Ⅱ. 働く自分の概念 形成
3.1
<概念③ 働 く上での 自分の 軸>
概念の内容
働くことに対する価値観や指向が自覚さ
今専門性を活かして企業対応で活躍してい
れているという概念で 、9 名全員に 確認され
る」(C ) 、反面 教師:「 視点と か考 え方と かに
た。元々自覚されてい るものが強化 された例
は非常に温度差があっ たので。自分 も環境が
と、働く経験を通じて 改めて顕在化 した例と
変わらずにいることは 非常にリスク 」(E ) 、ラ
が あ った 。 前 者 の 例は 「 や っ ぱ り(略) み ん な
イバル:
「みんな同じよ うなところで がんばっ
とやっていく方で進ん でいきたいな というの
ているんだなあってい うのは、結構 自分の励
が強まりました」(D) 、後者の例は「10 年以
みになりましたね」(A) 、対極例には「実際見
上やってくる中で、こ ういうのが肌 にあって
ていても、40・50 代でプログラム開 発してい
る な って (略) 仕 事の 中 で だ ん だん 気 付 い て き
る人はいない」(I ) 「その人だからそ うなんだ
たんです」、「やってみ て、ちょっと 向いてな
ろうなと」(H) と、現実的に自分がベ ンチマー
いと思いますね」(G ) などがあった。
クできると思える人が いない例があ った。
<概念④ 働 くことへ の自己 効力感 >
<概念⑦ 上 司・会社 からの 支援>
「働くことへの自己効 力感」は、自分 はビ
上司・会社からの期待 を込めた仕事・ 役割
ジネスパーソンとして やっていける という実
の付与や意味づけとい った仕事の支 援、また
感を表す概念であり、 9 名中、7 名 に確認さ
はキャリアチェンジの 承認や本人の キャリア
れ た 。例 と し て は 「(自 分に は ) 課 長 職 と し て
支援の取り組みなどを 表す概念であ り、9 名
海外に行ける可能性が 十分ある」(B) 、対極例
全員に該当した。前者 の例には「こ の所長は
には、
「 自分は(略) アピール材料はな かなかな
す ご く 私 に 期 待 し て く れ て ( 略 ) (仕 事 を 任 せ
いような気がします」(G ) などがあった。
ても ら って) す ごく 良か っ た」(D) 、 後者 の例
Ⅲ. 環境の影響
と し ては 「 (上 司 か ら) 目 標 が ある な ら 、 忙 し
<概念⑤ 環 境の見積 もり>
くても時間を見つけて 少しずつでも 勉強して
自身を取り巻く環境に 対し、自身のキ ャリ
いくしかな いねって(略) 後 押しして もらえ
ア へ の 影 響 力 (特 に 望 み ど お り に い か な い 可
た」(A) などがあり、対 極例には、会 社から役
能性) に気付くことである 。9 名全員 に該当し
割変更の経緯の説明が なく、本人の 中でそれ
た。
「○ ○の営業をやっ ている人間は(略) 今の
を意味づけられない状 態「なぜ動か されるの
10 分の 1 でいいん だよ、というビジ ョンを会
か(略) 上司自体も知らなくて 、
「辞令 が来たの
社が出しましたので。 それに対する 危機感は
で」って」(E ) などがあった。
かなり 持って いま すね」(E ) 、「ず っと続 ける
Ⅳ. 方向性の決定
人 は 半分 以 下 。(略) 次 が あ る 、と い う 安 心 感
<概念⑧ 方 向性の見 定めと 計画立 案>
はまったくないですね 」(A) などがあった。対
最終的に 30 歳前後の 転機において、 自分
極例には「入社してか らそれなりに 業績もま
の方向性を積極的に定 め、具体的な 計画を立
あまあいい感じで続 いているので」(H) 、「こ
てたり実行している状 態を表す概念 である。
の ま まい て も 、 ま あ分 か ん な い で すけ ど (略 )
9 名中 6 名が該当した 。例には「課 長のラン
普 通 に 過 ご せ る の か な と い う 気 も し て 」 (G )
クになってたいなという目標を考えまして
などがあった。
(略) 今の 10 年計画なんです。」(D) 「(計画と
<概念⑥ ベ ンチマー クする 他者の 存在>
して) 少な くても 3 年 はしっ かり やろう かな
自 分 が なり た い 姿(ロ ー ル モ デ ル) 、 な り た
と」(A) 。対極例には「まあうーん、これなの
く な い姿 (反面 教 師) 、 ラ イ バ ルの 存 在 を 表 す
かなって」(H) など明確に回答できな い例、
「そ
概念であり、9 名全員 に該当した。 それぞれ
うですね、うーん 」(G ) と、そもそも 方向性が
の 例 に つ い て 、 ロ ー ル モ デ ル :「 課 長 は (略 )
見えていない例があっ た。
3.2
概念間の 関係
知ることで、働く上で の自分の軸を 、実際の
③働く上での自分の軸 、④働くことへ の自
働き方として具体化し 、自分が実現 する可能
己効力感、⑤環境の見 積もりの全て の該当数
性や現実味をより確認 しやすくする ことがう
が多い場合、⑧方向性 の見定めと具 体的な計
かがえた。
画立案に至っているという特徴が見られた
4 .今後に向 けて
(A,B,D,E ) 。ただし、各概念の影響の 強弱には
今回のインタビューの 結果から、30 歳 前後
バリエーションが見ら れた。例えば 、A はそ
のホワイトカラー男性 がキャリアに 対して転
もそも会社に依存せず 自発的にキャ リアをデ
機や見直しを感じた際 は、働 く経験を通じて 、
ザインして働くという 軸を強く持っ ており、
働 く 上で の 自 分 の 軸(価 値観 や 指 向) 、 ま た 自
環境要因はあくまでき っかけに過ぎ なかった
分はこれからもやって いけるという 感覚が、
と予想されたが、D は部署の半数が 退職する
形成されているかどう かが、自身の 方向性を
などの厳しい環境が大 きく影響し、 上司の支
定める上でのポイント であることが 分かった 。
援もあって軸と効力感 が強化される ことで、
Schlossberg (1989) は、キャリアの転機 を認
方向性を定めるに至っ ていた。⑧に 至るまで
識した場合に、転機を活か すための 4 つの資
に 、 ③,④ ,⑤ が ど の よ う に 関 係 す る か に つ い
源(状 況 、 自己 、 周 囲 の 支え 、 戦 略) を 挙 げ て
ては、今後も更なる検 討が必要であ る。
いるが、今回、本研究 と照らした場 合には、
一方で、⑧に当てはま らず、方向性を 曖昧
自己に含まれる自我発 達段階や、自 己効力感
に予測しているものの 、それに対し て積極的
の要素が抽出された。 また、状況・ 周囲の支
な発言がなかったり、 具体的な計画 を立てて
えともゆるやかに関連 している概念 が抽出さ
はいない G ,H,I は、③は自覚されて いるもの
れており、より汎用的 なモデルへと 発展でき
の、前述の対極例にも あるように④ が弱く、
る可能性も示された。
⑤も職を失う危機を感 じる程のレベ ルの認知
ではなく、かつ対極例 も多かった。
今回、必ずしも初めか ら軸や効力感を 強く
持たずとも、働 く中でそれら が醸成されれば 、
また、③働く上での自 分の軸、④働く こと
厳しい環境を契機に自 分の方向性を 定め、計
への自己効力感は、前 述の具体例で も挙げた
画・行動へと移す動き が促進される ことが示
と お り、 働 く 経 験(① 、 ②) を 通じ て 自 覚 ・ 形
唆された。そのために 、軸や効力感 を形成す
成・強化されていた。 また、そうい った経験
る経験の量・質を高め ることが重要 となる。
を積む機会を得る上で は、⑦上司・ 会社から
今回、上司・会社の支 援の重要性が 示唆され
の支援が影響しており 、逆に⑦が機 能しない
たが、他にどのように 経験の量・質 を高めら
ことで、軸の形成や自 己効力感を得 る機会を
れるかは今後の検証課 題である。ま た本研究
失っている例も見られ た。例えば⑦ の対極例
は調査人数が限られる ため今後は定 量調査な
のケースは、自分の働 く軸に関連す る部署へ
ども組み合わせ更なる 検証を行って いきたい 。
の異動でも、上司から 意味づけや背 景説明が
ないことで機会と認知 できず意欲が 下がって
いた(E ) 。また、より難 易度の高い仕 事へアサ
インされたが、上司か らその意味や 本人への
期待を伝わらず、本人 が自分の機会 ととらえ
なかった例(H) などもあった。
⑥ベンチマークする 他者の存在は 、実際に
自分の価値観・指向に 合う例・合わ ない例を
引用文献
Levinson, D. J. (1986). A conception of adult development.
American psychologist, 41(1), 313.
Hall, D. T. 1976 Careers in organizations. Goodyear Publishing.
Schlossberg, N. K, (1989) Overwhelmed: Coping with life’s ups
and downs. Lexington Books. (
武田圭太・
立野了嗣監訳 2000
「
選職社会」
転機を活かせ 日本マンパワー出版)
鈴木竜太(2007). 自律する組織人 生産性出版
木 下 康 仁 (2003). グラウンデッド・セオリー・アプロ
ーチの実践 弘文堂