法政大学政策科学研究所 法政大学大学院政策科学研究科

HPSI Working Paper Series
EU 農村振興政策における
パートナーシップ型地域振興モデルの導入と成果
−アイルランドにおける LEADER 事業の事例分析−
吉井
美和子
Working Paper No. 2006-4
HPSI
Hosei University Policy Science Institute
法政大学政策科学研究所
法政大学大学院政策科学研究科
法政大学政策科学研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズは、同研究所・法政大学大
学院政策科学研究科メンバー、および外部研究者による暫定的な研究成果を取りまとめたもの
であり、学界、研究機関、実務者など幅広い層の方々との意見交流をつうじて、研究の一層の
進展を図ることを目的としたものである。論文の内容や意見は、あくまでも執筆者個人のもの
であり、政策科学研究所あるいは執筆者の属する機関としての見解を示すものではない。
なお、本論文に関するコメント、質問等は、直接、執筆者に連絡されたい。
法政大学政策科学研究所連絡先
〒162-0843
東京都新宿区市谷田町
法政大学大学院事務
ii
2−15−2
Tel. 03-5228-0550
政策科学研究所ワーキング・ペーパー2006−4
2006 年 3 月
EU 農村振興政策におけるパートナーシップ型地域振興モデルの導入と成果
−アイルランドにおける LEADER 事業の事例分析−
吉井
美和子 1
要
旨
EUの地域政策の1つであるLEADER事業は、農村経済振興のための実験事業として導入
され、1991年以降現在まで3期にわたって実施されてきた。地域ベースの統合的アプロー
チ、パートナーシップによる地域活動団体(ローカル・アクション・グループ、LAG)の
組織化、ボトムアップ、イノベーション、ネットワーキングといった新しい手法を導入す
る革新的プログラムとも評価されている。本稿は、LEADER事業が模範的に展開している
といわれるアイルランドの事例分析を通じてLEADERの革新性の源泉を明らかにし、日本
の地域振興政策への適用を検討することを目的としている。
LAGは、公的部門、民間部門及びコミュニティ・ボランタリー部門のパートナーシップによ
り組織されるが、アイルランドにおいては、民間主導で運営されてきた。EU及び中央政府か
ら公的資金を受け、自分たちが作成した地域のビジネスプランに基づき、新しい事業に取り組
む個人やグループなどに助成を行っている。地域住民やコミュニティの意識変革を促し、主体
的な取組を引き出したといえる。この アイルランドのLAGの事例から、理念を実現させる
LEADERの革新性の源泉として、「権限委譲」と「競争性」を取り上げた。
今後、日本の地域が自立を図っていく上で、LEADERの実践から学ぶべき点は多い。ア
イルランドと比べ、日本の自治体は大きな権限を持っている。地域の振興は住民に一番身
近な市町村が中心となりつつ、民間の主体的な取組を喚起し、競争性が発揮される方向を
目指す必要がある。その際、専門的人材の確保と活用、新しい発想を持つ個人やグループ
の積極的支援、地域の能力構築、自治体間のネットワーク、民間やコミュニティとのパー
トナーシップといった観点が重要と考える。
キーワード:ローカル・アクション・グループ(LAG)、パートナーシップ、ボトムアップ
権限委譲、競争性
1
鳥取県東京事務所(法政大学大学院政策科学研究科修士課程)
e-mail:
[email protected]
本稿は、法政大学大学院政策科学研究科に提出した修士論文を加筆修正したものである。本稿の作成にあた
っては、指導教員である中筋直哉教授から多大な御指導、御援助をいただいた。また、研究アドバイザーの岡
本義行教授をはじめ横浜国立大学大学院の田代洋一教授、明治大学の井上和衛名誉教授、田畑保教授、法政大
学の後藤浩子助教授、農林水産省農林水産政策研究所の市田知子室長、茨城大学の柏雅之教授、高崎経済大学
の村山元展教授から貴重な示唆と御助言をいただいた。加えて、ヒアリング調査に御協力いただいたアイルラ
ンド及び鳥取県の関係機関の皆様に大変お世話になった。深く感謝申し上げたい。
iii
目
次
第1章
課題と構成
第2章
EU の地域政策、農村振興政策と LEADER 事業
第3章
アイルランドにおける LEADER 事業の実施状況
第4章
ティパラリ・リーダー・グループの取組
第5章
ゴールウェイ・カウンティ・ディベロップメント・ボードの取組
第6章
アイルランドにおける LEADER 事業の特徴と革新性
第7章
鳥取県の取組
第8章
LEADER 事業の成果と日本の地域振興政策
参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
6
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
18
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
27
・・・・・・・・・・・・・
38
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
64
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
70
iv
第1章
課題と構成
本論文は、
「EU 農村振興政策におけるパートナーシップ型地域振興モデルの導入と成果−ア
イルランドにおける LEADER 事業の事例分析−」と題して、EU における統合的な農村振興
政策として取り組まれている LEADER 事業(LEADER Initiative)について、アイルランド
の事例を取り上げて分析するものである。
「LEADER」は、フランス語の事業名”Liasons Entre Actions de Development de l’Economie
Rurale” の 頭 文 字 を と っ た も の で あ る 。 英 語 事 業 名 は ”Links between Actions for the
Development of the Rural Economy”となっており、直訳すると「農村経済振興のための諸活動
間の連携」事業となる。
本章では、まず、LEADER 事業に着目した背景と本研究により明らかにしたい課題を提示
する。さらに、先行研究との関わり、本研究に当たって筆者が行った現地訪問調査の概要につ
いて述べた上、本研究の論文構成の概略を示す。
1.
本研究の背景と課題
1.1
背景
EU の地域政策の1つである LEADER 事業は、共通農業政策(Common Agricultural Policy、
CAP)の改革による農業保護水準の削減を背景に、農村経済振興のための実験事業として導入
され、1991 年以降現在まで 3 期にわたって実施されてきた。従来の部門別の政策から、地域
ベースの統合的アプローチ、パートナーシップによる地域活動団体(Local Action Group、LAG)
の組織化、ボトムアップ、能力構築といった新しい手法を導入するものであり、相対的に少な
い公的資金の投入で大きな成果をあげうる新しいプログラムとも評価されている1。
この LEADER 事業は、アイルランドにおいて「模範的に展開していると評価」されている
(井上編[1999、p.143])。アイルランドは、EU 内の最貧国の 1 つから 1990 年代に飛躍的
な経済発展を遂げ、1 人当たり GDP が加盟国の上位にランクされるまでとなった。EU におけ
る成功モデルといえる。しかし、急激な経済発展の影響を受けたアイルランド農村の変貌も著
しい。このような中、LEADER 事業は、農村社会の環境を維持し、経済的な振興を図るため
の有効な手法として力を入れられている。その特徴は、徹底的な民間主導による事業実施の喚
起にあるといえる。
一方、日本においては、戦後の高度経済成長の傍ら、農業は競争力を喪失し、農村の人材は
流出し、農業・農村は自立性を失い、保護行政依存体質に陥ってしまった。昨今の国と地方の
税財政改革の議論は、地方分権改革の名の下に、これまで以上に地域の経済的自立を求めよう
とするものである。もとより、地域の自立を図ることは重要である。しかし、現在の議論は、
地方自治の本旨の実現よりは、国と地方の財政問題のつけ回しが中心となっているように見受
けられる。とはいえ、地方が率先して変革を遂げなければ、将来展望は開けないであろう。戦
後の成長政策の中で自立機能を奪われてきた農村地域は、改めて自らの地域のことを自ら考え、
取り組もうとする自治の精神を回復するとともに、そのための能力を回復することが喫緊の課
1
Ray[2000a、p.165]は、1994-1999 の期間中に LEADERⅡに投じられた資金が農村振興のために配分さ
れた構造基金のわずか 1.7%にすぎなかったことを示し、「実質的にお金のかからないプログラム」という言
葉を紹介している。また、LEADER は「民間とボランタリー部門の応分の貢献を期待し、相対的に少ない公
的資金の投入で衰退する農村地域の困難な問題解決を図ろうとする、現代的な介入方式」という点が注目す
べき特徴の1つだとしている。
1
題といえる。さらに、中山間地域をはじめとする経済条件が不利な地域においては、条件不利
性を補い、公正な競争が保証されるよう適切な支援政策も必要とされている。
日本における地域振興の取組について、これまで全国で様々な優れた事例が紹介されてきた。
その成功の要因としてあげられるのは、優れたリーダーの存在と、地域の特性に目を向け活性
化に取り組む人々の頑張りであろう。これらの事例はそれぞれすばらしいものであるが、他の
地域がまねをしてうまくいくというものではない。LEADER 事業も全てうまくいくわけでは
決してないが、地域のボトムアップによるパートナーシップの組織化、人材確保など普及性の
ある枠組みを提供する事業であり、EU において 15 年間の実験的取組を通じて、一定の成果を
あげたと評価されている。地域の自立へ向けた日本の地域振興政策に対しても重要な示唆を与
えるものと考える。
1.2
課題
LEADER 事業の内容は、パートナーシップによる地域の活動団体(LAG)の組織化を促し、
LAG が主体となって地域振興のためのビジネスプランを作成、このプランに基づき、地域の能
力構築、コミュニティの振興、事業振興を図るものであるが、LAG の事業の主要な部分は EU
及び政府から受け入れた補助金の配分である。一見したところでは、単なるばら撒き補助金と
大差ないようにも思える。また、個々の事業内容も、農家民宿のための自宅の改装や中小企業
の投資の一部補助といったものが多く、日本各地で取り組まれている地域振興の取組と比較し
て特に優れているようには見えない。
では、EU において実験事業として実施されてきた LEADER 事業が、革新的なアプローチ
として評価され、主流事業化されようとしていることをどう考えたらいいのであろうか。
LEADER の優れている点は、その政策スキームであり、
「事業の仕組み自体に理念を実現しな
ければならない仕掛けがビルト・イン」されているとの指摘がある(井上編[1999、p.33])。
本論文では、この LEADER 事業の仕組に内在する革新性の源泉は何か、LEADER が模範的
に展開しているとされているアイルランドの事例の検討を通じて見出したい。その上で、
LEADER 手法の日本の地域振興政策への適用が可能かどうか、具体的に適用する場合にどの
ような方策が望ましいかを検討し、LEADER 事業の研究から得られた知見をもとにした提案
を行いたい。
2. 先行研究との関り
EU の農業農村政策の中でも、LEADER 事業について日本で取り上げた文献は比較的少ない
といえる。LEADER 事業が一見して優れた事例に見えにくく、また EU においても小規模の
事業とみなされているため、これまで十分注目されてこなかったと思われる。この中で、日本
における研究としては、アイルランドを含む各国の事例と制度の概要を紹介した井上編[1999]
や、英国の事例を取り上げて分析した柏[2002]などがあげられる。これらの研究は、主に
LEADERⅡを取り上げたものである。
井上は、「LEADER の手法に学ぶ点は多い」として、LEADER 事業は「これまでの行政主
導、縦割り・トップダウン、ハード優先の画一的事業といった従来型の助成事業ではなく」、
「地
域住民のエネルギーを最大限に引き出し、地域活性化につなげていくといった、新しい手法を
採用した住民本位の助成事業」であるとしている(井上編[1999、p.32])。
柏は、英国の LEADER の事例から、「成果の最大の要因が LAG による徹底した自立能力構
築施策に基づくコミュニティ・ディベロップメントの促進、そしてその中で形成されてきたソ
2
ーシャル・キャピタルであったといえる。」と指摘し、実験事業としての LEADER に期待され
る本質的部分として、①住民参加とボトムアップのプロセスのなかでコミュニティの力量を養
成し引き出すための手法開発、②(農村)地方行政における政府の失敗の是正手法開発の 2 点
をあげている(柏[2002、pp.341-342])。
また、LEADER+を取り上げて紹介した後藤は、その印象として、①ソフトを主体的基盤と
してハードのメニューを選び取っていく手法、②地区間の協力、連携を重視、③国レベル、EU
レベルのネットワーク、④地域レベルの関係当局がグループの公募、選定を行う仕組み、⑤事
前、事後の評価、⑥国、地域が第一次的権限と責任を持つ、⑦農業総局が主導権を持つに至っ
た点をあげている(後藤[2004、pp.22-23])。
本論文においては、これらの先行研究を踏まえつつ、LEADERⅠから LEADER+までを通
して各プログラムの成果と課題を分析することとしている。また LEADER 事業が成果をあげ
ているといわれるアイルランドの事例について現地調査を踏まえて考察することにより、
「理念
を実現させる LEADER 事業の仕組み」について、その革新性の源泉を見出し、今後の日本の
地域振興への提言を目指している。
3.
調査の手法
EU の農村振興政策及び LEADER 事業についての日本及び欧州の研究者の論文並びに EU
及びアイルランド政府の公式文書を参照するとともに、2005 年 2 月 7 日(月)から 11 日(金)
の 5 日間にわたり、図表 1-1 に掲げるアイルランドの関係機関を訪問して聞き取りを実施した。
図表 1-1
区分
LAG
行政
アイルランド訪問先一覧
訪問先
面談者
ティパラリ・リーダ 事務局長
ジョン・ディヴァーン
ー・グループ
コミュニティ振興オフィサー
メアリー・バリー
ゴ ー ル ウ ェ イ 農 村 事務局長
エイモン・ケリー
振興
事業オフィサー マジェラ・マクナマラ
コミュニティ・ワーカー
ポーリック・マッハー
中 南 ロ ス コ モ ン 農 事務局長
パット・ダリー
村振興
コ ミ ュ ニ テ ィ ・ 農 農村振興Ⅱ担当者
村・ゲール語地区省
パット・モイナン
首相府
対外政策局長
ジョン・ケネディ
ゴールウェイ県
大学
コミュニティ・事業部長
フランク・ドーソン
ア イ ル ラ ン ド 国 立 政策科学・社会学部教授
大学ゴールウェイ
クリス・カーティン博士
校
地理学部
マリー・コーリー博士
リムリック大学
政治・行政学部
聞取項目
LEADER 事業につ
いての LAG の取組
LEADER 事業につ
いての中央政府の
取組
地域振興について
の自治体の取組
LEADER 事業、自
治体改革について
の評価
ブリッド・クウィン博士
このうち、ティパラリ・リーダー・グループ及びゴールウェイ県については、事例として詳
3
細に取り上げる2。アイルランドを事例として取り上げた理由は、LEADER 事業がアイルラン
ドで模範的に展開しているとされているためである。その特徴として、中央政府が農村振興の
手法として積極的に取り組んだこと、地域のパートナーシップが民間主導で行われ、ボトムア
ップが機能したこと3、アイルランド全域が EU 構造基金の目的 1 地域に指定されていたことか
ら、農村地域全域での取組が行われたこと、そのため EU に先駆けて LEADER アプローチの
主流事業化が図られたことが指摘できる。
併せて、日本の地域振興政策への適用を考える上での参考とするため、日本の地域における
取組事例として、鳥取県における「自立支援交付金」及び「日野郡民行政参画推進会議」の取
組について、聞き取り調査を行った。鳥取県は、中山間地域などの自立に向けた取組を積極的
に行い、特に「自立支援交付金」制度は、地域のボトムアップによる事業実施を特徴としてい
ることから、LEADER 事業との共通性が大きいと考え、取り上げることとしたものである。
図表 1-2
鳥取県訪問先一覧
訪問先
面談者
聞取項目
鳥取県庁
企画部地域自立戦略課長
地域の自立へ向けた県の支援方策
鳥取県日野総合事務所
日野総合事務所長、県民課長、 日野郡民会議の取組
主幹
鳥取市鹿野町総合支所
地域振興課長、産業建設課長
地域の取組・市の支援方策
三朝町役場
地域振興課室長
地域の取組・町の支援方策
4.
論文の構成
LEADER 事業がどのような事業か一般的にはあまり知られていないと思われるので、第 2
章において、実験事業として導入された背景、EU 地域政策の中の位置づけ、事業の展開と今
後の展望について概説する。議論の前提として、LEADER 事業導入の契機となった EU 農村
振興政策への取り組みは、日本における農村振興とは目指すところが違うと感じているので、
EU 農村振興政策の導入と理念についても示したい。
本論文では、EU の中でもアイルランドの事例を取りあげることから、第 3 章において、ア
イルランドの概況と EU との係わり、LEADER 事業の背景となる農村の変貌、自治体改革に
ついて述べる。併せて、アイルランドにおける LEADER 事業の実施状況について LEADERⅠ、
LEADERⅡ、LEADER+への展開を紹介する。
第4章と第 5 章では具体的な事例を取りあげる。第 4 章は、LEADERⅠから3期にわたって
事業を行っている、ティパラリ・リーダー・グループの取組について、組織と事業の運営、ビ
ジネスプランを中心に紹介する。第 5 章は、自治体の係わりに焦点を当てる。近年の自治体改
革で誕生したカウンティ・ディベロップメント・ボードについて、ゴールウェイ県の取組を紹
介するとともに、地域振興における自治体の役割、LEADER 事業との連携について考察する。
第 6 章では、他の EU 諸国との比較やアイルランドにおける他のパートナーシップ事業との
比較を行い、事例の分析と併せて、アイルランドにおける LEADER 事業の特徴と地域振興モ
2
ティパラリ・リーダー・グループについては、1996 年 2 月 26 日(月)∼3 月 1 日(金)の 5 日間訪問し、
滞在した際の体験も参考とした。
3 リムリック大学のクウィン博士によると、他の EU 諸国ではいい事例が1、2ある一方うまくいっていな
いものも多いが、アイルランドは全体的にうまくいっているのが特徴とのことである。アイルランドの LAG
は積極的で、国境を越えて活動し、良い事例を学んでいるそうである。
4
デルとしての革新性の源泉は何かを考察する。
第 7 章では、日本の地域における取組として、鳥取県の事例を紹介し、LEADER 事業との
比較を試みる。
最終章となる第8章は、これまでの日本の地域振興政策の限界を踏まえ、LEADER の特徴
を明らかにし、最終的には日本の地域振興政策への適用の在り方についての検討を行い、まと
めとしたい。
5.
用語の整理
本論に入る前に、ここで用語の整理をしておく。EU において「rural development」は重要
な課題として位置づけられており、LEADER 事業もその方策の1つである。これを日本語に
置き換える場合、
「農村開発」とするのが一般的のようである。しかし、日本語の「開発」には
「国土開発計画」のようにハード中心的なイメージが強く、EU における「development」の
内容とずれがあるように感じている4。どちらかというと、「地域振興」といった方が適切かも
しれない。しかし、これでは、「regional development」や「local development」との区別が
つかない。また「community development」という用語もよく登場する。そこで、本稿の記述
ではこのような「development」に原則として「振興」の訳語を当て、「rural development」
は「農村振興」と訳すこととした。
また、「community」については、人々が暮らす地域社会の「community」と欧州共同体
(European Community、EC)の「community」の両者があり紛らわしい。そこで、地域社
会の場合は「コミュニティ」とし、EC の場合は、「共同体」と表現して区別することとした。
なお、1993 年に欧州連合(European Union、EU)が発足するまでの EC についても、原
則として「EU」と統一的に表記している。
4
後藤[2004、p.23]も、EU 農政について、「農村開発政策(その内容の幅広さから「農村振興政策」と呼
ぶべきかもしれないが、ここでは伝統的訳語に従う。)」としている。このほかの文献では「農村開発」
「農村
振興」「農村地域振興」などいろいろな表現が見られ、定まった訳はないようである。
5
第2章
EU の地域政策、農村振興政策と LEADER 事業
本章では、LEADER 事業とはどのような事業なのか、その概略を示す。まず、農村振興の
ための実験事業である LEADER 事業導入の背景と理念、EU 地域政策における位置づけにつ
いて述べた上、3 期にわたる LEADER 事業の展開と評価、今後の展望について紹介する。
1.
EU における農村振興政策の導入と理念
1.1
農村振興政策導入の背景
EU で農村振興が政策課題として取り上げられたのは、1980 年代末になってからである。そ
れまでは、共通農業政策(CAP)による農業振興政策が中心であった。CAP は、1970 年代に
は EU 予算の約 3 分の 2 を占める重要政策であった。CAP の起源は、1957 年に締結され、欧
州経済共同体(EEC)設立の根拠となったローマ条約の第 3 条に共同体の事業として「農業の
分野における共通政策の樹立」が規定されたことにさかのぼる。域内の食糧の自給化を目指す
政策であり、1968 年に域内の関税撤廃と域外に対する共通関税が実施された。価格支持政策の
もと、1980 年代には、EU における主要生産物の自給率は 100%を大きく上回るようになり、
生産過剰が大きな問題となった。EU 予算の大半を占める CAP 予算は EU 財政を圧迫するよう
になった。また、国際的に農業保護の削減が迫られる中、CAP の見直しは避けられない状況と
なった。
このような中、1988 年、欧州委員会は EU 農村振興政策導入の契機とされる文書「農村社会
の将来」を発表した。この文書において、「過去 2∼30 年間にわたって欧州の農村社会は大き
く変化し、その様々な機能のバランスが危うくなった。CAP 改革はこの変化のごく一部に責任
があるにすぎないものの、やはり注目を引く。農村社会の本質的な均衡を保護し、場合によっ
ては復元する一種の農村振興の促進は、欧州にとって非常に重要な目標である。」とされている
(Commission of the European Communities[1988、p.15])。農村地域の雇用や生産に占め
る農業の重要性の低下が指摘され、将来的に農業における農地の過剰と農業者の高齢化が見込
まれ、地域固有の潜在力の活用と中小企業の振興による多様性のある農村経済が求められると
された。そのため、直接所得援助のような社会的視点をより重視する仕組みの迅速な適用、併
せて、構造基金改革による農村振興又は地域振興事業の速やかな実施が重要とされた。
1988 年には構造基金改革も行われた。①集中の原則、②パートナーシップの原則、③計画性
の原則、④追加の原則などが導入され、加盟国との協調のもと、地域や目的を絞った重点的な
支援が行われることになり、予算額も大幅に増額された5 。LEADER 事業もこの改革を受けた
構造基金第 1 期プログラムの中で、共同体事業の一つとして導入された。1992 年には CAP 改
革が実施され、農産物支持価格の引き下げとあわせ、直接支払い制度が導入された。
EU の「アジェンダ 2000」戦略の一部として 1999 年に合意された CAP 改革において、農
村振興政策は CAP の第 2 の柱として位置づけられ、農村振興のためのプログラムが導入され
た。2003 年にはさらなる CAP 改革が合意され、CAP の第 1 の柱(従来の部門)から第 2 の
柱(農村振興)へ資金を移転する「モジュレーション」や直接支払いを受ける農業者に環境基
準の遵守を求める「クロス・コンプライアンス」などの強化が図られた6。
5
6
構造基金など EU の地域政策については、岡田[1996]、辻[2003]を参照。
EU の農村振興政策については、市田[2004]、柏[2004]、後藤[2004]、柘植[2002]などに詳しく取
り上げられている。
6
図表 2-1
1951. 4
1957. 3
1973.
1975.
1981.
1986.
1988
1
3
1
1
1989
1990.10
1992. 2
1992. 1
1992
1993
1994
1995. 1
1997. 7
1997.10
1999. 1
1999
2000
2002. 1
2004. 5
2005.10
EU拡大の歩みと地域政策・農村振興政策の展開
フランス、ドイツ(西ドイツ)、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの 6 カ国が欧州
石炭鉄鋼共同体(ECSC)設立条約(パリ条約)に調印(1952. 7 同条約発効)
欧州経済共同体(EEC)および欧州原子力共同体(EURATOM)の設立条約(ローマ条約)調印
(1958. 1同条約発効)
第 1 次拡大:イギリス、アイルランド、デンマークの加盟(加盟国数 9)
欧州地域開発基金(ERDF)の導入を決定
第 2 次拡大:ギリシャの加盟(加盟国数 10)
第 2 次拡大:スペイン、ポルトガルの加盟(加盟国数 12)
構造基金改革
EC 委員会「農村社会の将来」を発表
構造政策第 1 期プログラム(1989∼1993 年)の開始
→LEADERⅠ(1991∼1993 年)の導入
東西ドイツの統一
欧州連合(EU)条約(マーストリヒト条約)調印(1993.11 同条約発効)
域内単一市場の完成
共通農業政策(CAP)改革
構造基金規則の改正:結束基金の設立
構造政策第 2 期プログラム(1994∼1999 年)の開始
→LEADERⅡ(1994∼1999 年)の導入
第 3 次拡大:スウェーデン、フィンランド、オーストリアの加盟(加盟国数 15)
欧州委員会「アジェンダ 2000」を発表
欧州連合条約(アムステルダム条約)の調印(1999. 5 同条約発効)
「ユーロ」が通貨同盟参加諸国共通通貨となる(単一通貨制度の開始)
構造基金規則などの改正
構造政策第 3 期プログラム(2000∼2006 年)の開始
→LEADER+(2000∼2006 年)の導入
「ユーロ」の現金流通の開始
第 4 次拡大:キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトヴィア、リトアニア、マルタ、
ポーランド、スロヴァキア、スロヴェニアの加盟(加盟国数 25)
「農村振興のための欧州農業基金(EAFRD)による農村振興支援に関する規則」公表
出所:辻[2002、P20]をもとに筆者作成
図表 2-2
EU-15:農村振興プログラムの型と共同体の財政支援の概況(2000-2006)
プログラム数
農村振興プログラム
農村振興手法の
目的 2 プログラム
農村振興手法の
目的 1 プログラム
LEADER+
68
支援元の欧州農業指
導保証基金の部門
保証部門
EU 支援額
(億ユーロ)
329
20
保証部門
69
指導部門
175
73
指導部門
21
合
計
230
出所:European Commission[2003、p.8]
525
図表 2-2 のとおり、2000∼2006 年のプログラム期間中、EU 拡大前の 15 カ国において、農
村振興に関わる 230 のプログラムが実施され、CAP と構造基金プログラムとを併せた欧州農
業指導保証基金(EAGGF)の支援額は約 525 億ユーロとなっている。これは、この期間中の
CAP と構造基金の予算総額の約 1 割強である。このように、1980 年代後半以降の政策の動向
をみると、支援金額に占める割合はまだ大きくないものの、農業中心の政策から地域としての
農村振興を図る方向への移行が図られていることがうかがえる。LEADER 事業も、この流れ
の中で、新しい農村振興の手法として実験的に取り組まれてきたものである。
7
1.2
EU の農村振興政策の目指すもの
前章で、EU と日本の「農村振興」の目指すものが違うのではないかということに触れた。
ここで、EU の農村振興政策の目指すものを確認しておくことが重要と考える。EU 文書「農
村社会の将来」(Commission of the European Communities[1988])おいて、農村振興の理
念は、次のようにうたわれている。まず、農村社会の変化を踏まえ「平衡を保つ、又はむしろ
復元する」農村振興の促進が必要とされ、基本的に考慮する点として①経済的、社会的結束、
②市場との調整、③環境保護があげられている。農村社会の課題への共同体のアプローチとし
て、
「農村振興は地域の特性に応じる」ことを打ち出した上で、①近代的開発の圧力に対しては、
経済開発の促進ではなく、農村環境の保護を強化、②農村の衰退に対しては、経済の多様化(農
業部門以外での雇用の創出)及び統合的農村振興事業の立ち上げ、③辺境地域の危機に対して
は、農業人口の維持、既存小企業の強化、地域住民への必要な支援及び自然環境・文化資源の保
護といった方向性を示している。
以上から、EU における「農村振興」は経済的な発展や基盤整備を目指すものではなく、
「農
村を農村として保全する」ことを第一に目指すものといえる。そのため、農業や農家だけでは
なく、地域としての農村に存在する多様な産業、環境や生活、活動を政策対象としているので
ある。
併せて、本論文の事例として取り上げるアイルランド「農村振興への新しいアプローチ」
(National Economic and Social Council[1994])における位置づけについてもみておく。こ
の文書は、1994 年に出版されたアイルランド経済社会委員会による農村振興に関する指針であ
る。専門家による勧告を踏まえてまとめられたものである。アイルランドの農村振興の方向性
を示したものといえる。この中で、「振興(開発)」は「都市化」ではないとし、目指すものと
しては、①地域グループの活性化、能力の喚起(振興「前」段階)、②社会からの疎外の減少、
③企業・事業振興の3要素を挙げている。アイルランドの特徴として、EU が重視する自治体
の役割に否定的7であり、パートナーシップの重視があげられている。また公正と社会正義を重
視している。LEADER は、経済に特化した事業との位置づけである。政策が農村振興に関わ
る理由としては、①効率、②公正、③環境への配慮をあげている。現実問題として、事業振興
による経済活性化を目指しているが、その前提としての地域の能力構築、また公正や環境が併
せて重視されていることが注目される。
2.
EU 地域政策の中の LEADER 事業の位置づけ
LEADER 事業は、EU 構造基金の事業のうちの共同体事業(Community Initiative)の1つ
に位置づけられる8。構造基金の主流事業である加盟国事業(National Initiative)は、基金の
事業目的の枠内で、各国がそれぞれの課題に対応した事業プログラムを作成して助成を受ける
ものである9。これに対し、共同体事業は、EU に共通するテーマを選び、新しい方法論の開拓
7
これは 1994 年時点での状況である。この後、EU の地方自治憲章の批准などを受け、アイルランドで自治
体改革が行われ、地域振興におけるパートナーシップのコーディネーターとして自治体の役割の向上が図ら
れた。
8 アイルランドのコミュニティ・農村・ゲール語地区省のリーフレットには、
「LEADER は、農村振興のた
めの EU の共同体事業で、承認を受けたローカル・アクション・グループに、彼ら自身の地域の振興に係る
複数部門のビジネスプランの実行のため、EU 及び加盟国の公的資金を提供するものである。」と紹介されて
いる。
9 EU は、加盟国が作成した National Development Plan(NDP)に基づき、地域ごとに重点事業、各基金
からの助成見込み額、加盟国負担、助成期間、評価手続き等を定めた Community Support Frameworks( CSF
s)を採択し、これに基づいて助成が行われる。
8
を通じて問題解決に貢献し、そこから得られたものを EU 全体に普及することをねらいとした
ものとなっている。金額的には加盟国事業が基金の約 9 割を占めており、共同体事業への配分
は少ないものの、EU としての政策への影響という観点からは注目すべき事業といえる。
EU における本格的な地域政策の開始となる欧州地域開発基金(ERDF)の導入は、イギリスや
アイルランドなどの加盟により域内の経済的、社会的不均衡が拡大したことを契機としている。
この後、1988 年の構造基金改革により現行制度にほぼ近い政策体系が確立され、これを受けて
構造政策第 1 期プログラム(期間:1989∼1993 年)が実施された。集中の原則により、目的 1
から目的 5 までの「優先目的」が定められ、これらの目的に支援を集中するものである。共同
体事業の1つとして LEADER 事業が、1991∼1993 年の実施期間10で、目的 1(後進地域の振
興)及び目的 5b(農村地域の振興)の指定地域を対象11として導入された。
引き続き、第 2 期(期間:1994∼1999 年)及び第 3 期(期間:2000∼2006 年)のプログラムが
実施されているが、各プログラム開始に当たっては、従前のプログラムの評価と制度改正が行
われた。第 3 期の概要を図表 2-3 に示している。優先目的が 3 つに集約され、それまでの目的
5b は目的 2 に統合された。また共同体事業も 4 つに絞られたが、LEADER は、LEADER+と
して継続された。
図表 2-3
EU 構造政策第 3 期プログラム(2000-2006)の概要
構造基金(欧州地域開発基金、欧州社会基金、漁業指導基金、欧州農業指導保証基金の指導部門)
→予算額 1,950 億ユーロの配分には、明確な優先順位を設定
□目的1:後進地域(人口の 22%)の振興・構造調整の促進に〔基金の 70%〕
□目的2:構造問題を抱える地域(人口の 18%)の社会的経済的転換の支援に〔基金の 11.5%〕
□目的3:教育、職業訓練、雇用に関する国の制度の近代化支援に〔基金の 12.3%〕
☆共同体事業:特定課題への共通の解決策の追求に〔基金の 5.35%〕
・国境を越えた協力、地域間の協力(InterregⅢ)
・地域の先導による農村振興(Leader+)
・都市及び衰退都市地域の持続可能な振興(UrbanⅡ)
・労働市場へのアクセスにおける不平等と差別への取組(Equal)
☆その他:目的1以外の漁業調整のための特別配分に〔基金の 0.5%〕
開発に係る新しいアイデアを伴う革新的活動に〔基金の 0.51%〕
結束基金(国民 1 人当たり GDP が共同体平均の 90%未満の国:ギリシャ、ポルトガル、スペイ
ン、アイルランドが対象)→予算額 180 億ユーロ
出所:EU ホームページ(http://europa.eu.int/comm/regional_policy/index_en.htm
2004.1.26)をもとに筆者作成
3.
LEADER 事業の展開
3.1 LEADER 事業の仕組みと特徴
LEADER 事業は、共同体事業の1つとして、新しい方法論の開拓による問題解決と EU 全
10
LEADERⅠ、Ⅱの実施期間については、文献によって 1 年程度のずれが見られる。これは、実質的な事業
開始が遅れたこと、最終的な実施期限が 1 年延長されたことによると思われる。本稿では、もともとの構造
基金のプログラム期間と一致させた。
11 LEADERⅡでは、1995 年のフィンランドとスウェーデンの EU 加盟を機に導入された目的 6(人口密度
が極端に低い地域の振興)地域も対象となった。
9
体への普及を目的としている。従来型の政策との違いとして、
「地域(エリア)ベース」で「ボ
トムアップ型」の取組の導入を図るものである。LEADER 事業の助成の仕組みを図表 2-4 に示
す。LEADER 事業の実施に当たっては、各国又は地域(リージョン)の事務局(仲介団体)
が広域レベルのプログラムを作成し、EU の承認を得ることになっている。その上で、地域レ
ベルの事業を募集する。各地域で事業の実施主体となるのは、地域の自治体等の公的機関、民
間企業、団体、コミュニティなどのパートナーシップによって設立されるローカル・アクション・
グループ(LAG)である。
LEADER 事業の最大の特徴は、この LAG の組織化にあるといえる。LAG の区域は、原則
として人口 10 万人未満のエリアとされている。必ずしも自治体の区域と一致している必要は
ない。LAG は、自分たちの地域の実態に応じ、自分たちが実施する「ビジネスプラン」を作成
し、EU などの助成をもとに地域の振興に主体的に取り組むことになる。各加盟国の選択によ
り、包括補助金(global grant)方式をとることができるとされており、この場合、一定の基
準や監視はあるものの、具体的な資金の使途は各 LAG の決定に委ねられる。1 つの LAG が計
画期間中に配分を受ける公的資金の額は平均して数億円規模である。EU の農村振興プログラ
ムの中では、LEADER は金額的に小さい事業と言われているが、日本において、このような
地域の活動団体に億単位の資金を自由裁量で使わせるような事例はあまりないのではないか。
極めて柔軟性が大きく、金額的にもインパクトのある助成方式と考える。
そのため、実施に当たっては、政府の支援の在り方から地域における事業実施内容まで、各
国、地域、LAG 間でのバリエーションが様々である。パートナーシップの構成も、アイルラン
ドでは民間部門主体であるが、ドイツでは公的部門が強いといった違いがある。また、イタリ
アでは、LAG に地方銀行が入っている例が報告されている(Westholm ほか編[1999])。
LAG の事務局は、専任の事務局スタッフを抱えるが、人件費を含む事務局運営費の大半は公
的資金でまかなわれている。スタッフは、必ずしも地元の雇用にこだわらず、専門的知識を有
する人材が雇用されている。EU レベルで LEADER のネットワークが構築され、運用されて
いるのも大きな特徴の一つである。機関紙の発行やセミナーの開催などにより、経験や成果の
交換と普及が図られる仕組みになっている。
前述のように、LEADER 事業は、これまで 3 期にわたって実施されてきた。その実施箇所
数と EU 資金の総額を図表 2-5 に示している。LEADERⅠでは限られた地区数と資金で実験的
に実施されたが、LEADERⅡでは地区数、資金を大幅に増加して実施された。LEADER+で
は、対象地域を限定せず全農村地域に拡大した上、実施地区数を絞り込んで実施されていると
ころである。
3.2
実験事業としての LEADERⅠ
LEADERⅠは、実験的な事業として実施されたが、12 カ国の 217 箇所において約 600 億円
の EU 資金を投入したものであり、大胆かつ大規模な実験だったといえる。その結果は、今後
の地域振興政策を検討する上で参考になる点が多いと思われる。そこで、LEADERⅠについて、
やや詳しく取り上げることとする。このプログラムについては、欧州委員会による詳細な事後
評価(European Commission[1999])が実施されているので、この中からいくつかの特徴的
な点を紹介する。
LEADER アプローチの主な特徴としては、①地域(エリア)ベースのアプローチ、②地域
住民、企業、団体及び公的機関の積極的関わり、③ローカル・アクション・グループ(LAG)
の組織化、④地域の分析に基づいたビジネスプラン、⑤EU レベルのネットワークの構築、
10
図表 2-4 LEADER 事業の助成の仕組み
(包括助成方式)
EU
②プログラム作成・助成申請
③契約締結
①ガイドライン
④EU 資金
仲介団体:各国の事務局(全国又は地域)
⑥パートナーシップ形成
ビジネスプラン作成・応募
⑦契約締結
⑤プロジェクト募集
監視
評価
報告
⑧EU 資金+加盟国資金=公的資金
ローカル・アクション・グループ
←・人口 10 万人未満のエリア
・パートナーシップ、ボトムアップによる
☆公的部門、民間営利部門、ボランタリー部門
事業実施
のパートナーシップ
・能力開発、地域間の連携の重視
・1 グループ当たりへの公的資金の配分は
☆専任の事務局スタッフ
数億円12
⑩ビジネスプラン作成・応募
⑨事業の募集、指導
⑪公的資金
(+民間資金(マッチングファンド)※事業主体が調達)
地域の事業主体
(個人事業主、団体、コミュニティグループなど)
<LEADER+の対象事業(補助率)>
・訓練(100%)
・分析・開発(コミュニティベースの事業は 80%、他は 50%)
・革新的な農村事業、工芸、地域のサービス・設備(50%)
・農林水産業製品の開発(50%)
・環境の向上(50%) など
出所:アイルランドの事例をもとに筆者作成
図表 2-5 LEADER 事業の実施状況
区分
期間
実施地区・団体数
支援総額
LEADERⅠ
1991∼1993
217
4 億 4,200 万 ECU
LEADERⅡ
1994∼1999
998
17 億 9,500 万 ECU
LEADER+
2000∼2006
892
20 億 2,000 万 EUR(予算)
出所:EU 資料を基に筆者作成
LEADERⅡにおけるアイルランドのローカル・アクション・グループへの配分実績は、1 グループ平均で 276 万 IR£であ
った。1IR£=170 円(2004.7.29 現在)とすると約 4 億 7 千万円になる。
12
- 11 -
⑥包括補助金を通じたグループへの財政支援の6点があげられている。さらに評価に当たって
は、従来型の成果指標のみでなく、LEADER の持つ各特性が、従来のトップダウン型ではで
きなかった農村振興へのより効果的なアプローチをいかに達成したかを評価する必要があると
している13。その理由として、LEADERⅠは、地域ベース、ボトムアップ、ネットワーキング
などといった農村振興へのアプローチ方法と、革新性、複数部門、相互連携など助長しようと
する活動の性質の両面において、実験的で革新的な事業であるためとしている。
また、対象地域の多様性が特徴としてあげられる。LEADER 事業を実施した農村地域の割
合は、国によって 2%から 60%まで、また地域の面積は、111k ㎡から 7,800k ㎡まで幅があっ
た。LEADER 地域は、丘陵、山岳地域が多く、人口密度が低く、農業中心の経済活動がみら
れた。この中で、グループから最も多くの指摘があった点として、最小規模(minimum critical
mass)の必要性が議論されている。特に地域の規模が小さすぎる場合、活動の維持が困難であ
り、必要な資源の確保はより大きい地域の方が容易であったというものである14。
支援内容については、LEADERⅠでは、図表 2-6 の左欄にある6つの手法が対象とされた。
実際に使われた額は、農村ツーリズムが 45%と最も多く、次いで農産品と中小企業がそれぞれ
17%となっており、農村ツーリズムへの支援の集中が顕著であった。各手法の中で取り組まれ
た活動は、地域、事例によって大きく異なっており、LEADER が農村地域の多様なニーズに
応え得る事業であることが明らかとなったとされている15 。
数値指標をみると、これらの活動により、5,204 件の新規事業、11,237 件の事業の拡張、2,878
件の新規生産、1,814 件の新製品、4,015 件の新規市場が取り組まれ、フルタイム換算で約 25,000
人の雇用創出があったと見積もられている。このほか、図表 2-6 に掲げる成果があげられてい
るが、農村ツーリズム、中小企業など事業支援の最終受益者が約 4 万 2 千人にのぼる一方、技
術支援のための住民との会合や指導員の数、職業訓練の参加者の数が多いことが注目される。
これらの指標から、LEADERⅠの成果として、雇用の創出、幅広い経済部門における活動の
多様化や内発的起業に影響があったことがわかる。また人的資源の開発にも重要な成果が見ら
れ、LEADER グループは、事業の実施を通じて徐々に彼らの潜在力を知り、これまで見過ご
されていた地域資源の掘り起こしを行ったと評価された。自営業、リスクを取る活動、内発的
資源の活用、小さな事業へ力を入れたことは、雇用の面で相対的によい結果をもたらし、今後
の農村における雇用促進に関して重要な教訓を与えるものであった。
LEADER の付加価値とされた各特性の実施状況についは、選定条件である「地域ベースの
アプローチ」及び「LAG の結成」は完全に実施されたが、
「参加型アプローチ」、
「革新性」、
「複
数部門性」及び「ネットワーキング」については、LEADERⅠにおいては戦略的な特質となり
えなかったと総括されている。その理由は、LAG が必ずしも当初からそれらの機能の関連性を
理解しておらず、機会を十分活用しなかったためである。スタートまでの期間が短く、定義不
13
LEADER 事業によって導入された革新的要素をここでは、
「LEADER の付加価値」と呼んで評価してい
る。また、Ray[1998、p.80]も、いくつかの LEADERⅠの評価の中で、評価方法は、量的より質的アプロ
ーチを重視すべきと主張されているとし、大きな理由として、量的な評価は、新しいアプローチの本質を見
失わせる恐れがあると指摘している。
14 LEADER 地域が人口密度の低い地域であることを考えると、人口 10 万人は大きすぎるかもしれないが、
この議論には簡単な答はないとも指摘されている。LAG は普及活動のためのスタッフの雇用やある程度意味
のあるビジネスプランを作成するために最低規模の確保が必要である。一方、地域の人々の参加や相互活動
のためには規模は小さい方がよい。
15 とはいえ、農村ツーリズムへの取組への集中傾向がみられ、イノベーションといっても、現実問題として
新しいものを打ち出すのはなかなか難しいことがうかがえる。
- 12 -
足、準備不足、理解不足、知識不足、手続きの混乱や遅延、失敗などが多く見られ、本来期待
された LEADER の特質を十分発揮するには至らなかったようである。これらの特質の完全な
実施が将来的な課題とされた。
図表 2-6
LEADERⅠの支援対象と成果指標
対象手法
指標
実績
a)農村振興のための技術支援
住民との会合
フルタイムの指導員
b)職業訓練と採用支援
訓練コース
うち、ツーリズム関連
参加者
c)農村ツーリズム
新規ベッド
新規宿泊設備
うち、農家民宿
最終受益者
d)中小企業、工芸、地域サービス
新規企業
新規サービス
最終受益者
e)農産品の開発とマーケティング
新規企業
最終受益者
f)その他
新規企業
出所:European Commission[1999、p.10]
20,640
1,036
3,920
559
55,193
37,630
3,750
840
8,470
1,552
934
27,267
1,075
6,405
226
LEADER 事業によって導入された LAG は、地域における新しい活動主体を創出するもので
あり、既存組織にも影響を与え、又はこれまで存在しなかった新しいガバナンスの創出をもた
らしたといえる。パートナーシップの経験について、これまで全く経験のないグループが約
50%、ある程度の経験があるグループが約 20%、既に地域振興でパートナーとして活動してい
たグループが約 30%であった。組織の構成では、公的機関が支配的なものが 50%を若干上回
っており、これらのグループは財政力や管理能力は高いものの、LEADER の付加価値はあま
り見られなかった。民間が支配的なものは約 10%強であり、活動は最も革新的であったが、既
存組織との競合があり、資金調達や公的資金の管理能力に問題があった。公的機関と民間のバ
ランスのとれた LAG は比較的少数であったが、地域における新しい交渉アリーナを創出し、
最もよい結果が得られたとされている16。ビジネスプランの当初計画に対する達成率をみると、
LAG の約 6 割が 95%以上であったが、10 グループは 30%未満しかなく、他に実質的に事業
を開始できなかったところが 4 グループあった。LEADERⅠの LAG の選定基準が甘かったこ
ともあり、開設時点でグループは総体的に弱い存在であったと指摘されている。
筆者がアイルランドで LEADER 事業に出会った際には、民間主導での取組に感銘を受けた
のだが、この評価結果からは、少なくとも、LEADERⅠが EU で取り組まれた時点では行政主
導の方が優勢だったようである。行政中心の LAG では、既存の取組との違いがはっきりせず、
住民の関心を得ることができなかったとされている。また、当初、加盟国によっては、LEADER
は既存の政策決定システムを脅かすものと恐れを持ったところもあり、各加盟国の支援体制に
16
アイルランドの事例は、この分類だと明らかに2番目の民間が支配的な部類に入っていたと見受けられる
が、その後の実践を通じて、公的機関と民間のバランスの取れたより理想的な状態へ移行したといえる。
- 13 -
はかなりの差があったとのことである。LEADERⅠの評価からは、多くの問題点が指摘されて
いる。そもそも実験事業であるから、様々な問題点が抽出されたことに大きな意義があったと
いえる。日本の地域において、このような大規模な実験はなかなかできないと思われるので、
LEADER の成果は貴重な経験だと考える。
3.3
LEADERⅡから LEADER+へ
LEADERⅠの成果を受けて、LEADERⅡが同じく共同体事業の一つとして、対象地区と支
援額を大幅に増加して実施された17。LEADERⅡについても、欧州委員会の委託により事後評
価報告書(ÖIR[2003])が作成されているので、この中から特徴的な点を紹介する。LEADER
Ⅰでは、LAG の選定などで欧州委員会が主導的な役割を果たしたのに対し、LEADERⅡでは、
可能な限りの分権を図るとして、加盟国レベル又は地域レベルの実施計画にゆだねられた。
支援対象は、①手法 A:能力獲得、②手法 B:農村革新プログラム、③手法 C:国境を越え
た連携、④手法 D:ネットワーキングの 4 手法とされた。うち、手法 B が全体の 9 割以上を占
め、中でも「農村ツーリズム」が LEADERⅠよりは少なくなったものの、最大の支出先であ
った。LAG の大半は LEADERⅡの実施のために設立されたものであり、公的機関によって支
配されたパートナーシップが多かったとされる。LEADERⅡでは、「革新性」がより重視され、
「その地域にとって新しいもの」であり、他の手段では補助されない補完的な活動であることが
要件とされた。国境を越えた連携やネットワーキングは LEADERⅠよりは積極的に取り組ま
れた。
LEADERⅡの効果として、地域住民のボランタリーワークの潜在力を引き出したこと、地域
のパートナーシップに責任を持たせ、公共と民間、営利と非営利、基盤整備と企業家活動の連
携に貢献したことなどがあげられる。また、LEADER は、受身から積極的な態度へと地域の
主体の精神的な変化を誘発し、民間投資のレバレッジ効果は、ほとんどの地域において予想よ
り平均して 5∼10%高かったとされている。一方、
「ボトムアップ」に関しては、時間がかかる
ことが強調されており、最低でも 5 年間の資金援助が必要であり、しかも 10 年以上の戦略展
望を持った計画が必要と指摘されている。この点について、今後、日本の地域の自立へ向けた
支援を検討する上でも考慮が必要と考える。
LEADERⅠ及びⅡの成果を受け、2000 年からは LEADER+が開始された18。引き続き実験
的な事業としての位置づけである。LEADER+では、それまでの地域指定がなくなり、全ての
農村地域が対象となった。その代わり、地区数は、公開かつ厳正な選定手続きを経て、最も有
望なところに絞り込むこととされた。
LEADER+の対象は、①活動 1:ボトムアップ・アプローチと水平的パートナーシップを基
礎とする、実験的性質の、統合された地域の農村振興戦略 19、②活動 2:地域間及び国境を越
えた連携の支援、③活動 3:共同体における全ての農村地域のネットワーキングの 3 つである。
活動 1 においては、①農村地域の製品、サービスの競争力を高めるための新しいノウハウ、技
17
辻[2003、p.126]によると、共同体事業については加盟国からの批判が大きく、
「共同体事業は不必要で
あり、あまりにも小規模でかつあまりにも官僚主義的煩雑さを伴うものである」とみなされたが、欧州委員
会は共同体事業の意義、役割を考慮して第 2 期においても存続させたとのことである。このような背景から、
LEADERⅡにおいては、加盟国や地域レベルへの分権が図られたと思われる。一方、LAG からは、加盟国政
府や地方政府の官僚的な関与が強まり、かえって LEADER 本来の活動がやりにくくなったとの指摘もある
(井上編、[1999])。
18 ここで、LEADER+に関する記述は、主に European Commission[2000]を参照した。
19 LEADERⅡの能力獲得に係る支出は、LEADER+では活動 1 の支援対象となる。
- 14 -
術の利用、②農村地域の生活の質の向上、③地域の産品の価値の向上、④自然及び文化資源の
有効活用の 4 つの優先課題が示され、各地域振興戦略の提案に当たっては、これらの1つに基
づくことが必須とされている。また、女性と若者の登用が重要とされ、加盟国が作成する計画
の選定基準にも盛り込むことが求められている。さらに、LEADERⅠ、Ⅱの取組の中で、既に
主流事業で取り組むことが可能になったものもあるので、LEADER+においては、これらの経
験を深め、さらに独創的で意欲的な取組を支援することとされた。
活動 2 の地域間及び国境を越えた連携は、LEADER+において、LEADERⅡよりさらに積
極的に支援され、取り組まれている。EU 以外の地域との連携事業であっても、助成対象とな
りうる。活動 3 のネットワーキングについても、EU 内の成果、経験、ノウハウの交換を図る
ものとして、LEADERⅡに引き続き力をいれられており、特に LEADER+の受益者は積極的
な参加が義務付けられている。LEADERⅠやⅡの評価結果を受け、モニタリングの基準や事前、
事後評価のシステムも確立された。
4.
LEADER 事業の評価と展望
欧州委員会の委託により作成された LEADERⅡの事後評価報告書(ÖIR[2003])は、
LEADER は、農村地域の振興のための経験的アプローチを象徴しているとし、このアプロー
チを「LEADER 手法(the LEADER method)」と名付けた。そして、この手法を構成するも
のとして、図表 2-7 に掲げる8つの特性をあげている。これをみると、基本的に LEADERⅠで
導入された LEADER の特質が継承され、LEADERⅡにおいて手法として確立されてきたこと
がうかがえる。これらの特質は、当然ながら、LEDER+に継承、強化が図られている。
イノベーションは LEADER の特質の一つに掲げられているが、多くの地域の関係者が、
「最
も重要なイノベーションは、LEADER 手法の導入そのものである。LEADER 手法の導入によ
り、信頼と自信が生まれ、人々が変化を信じるようになった。」と語っている(ÖIR[2003、
p.25])。農村地域の経済的な振興を目指した事業であるが、地域の振興を地域の住民が自らの
力で行おうという意識の変革を促した点が大きかったと思われる20。
LEADER+では対象地区が絞られた結果、LEADERⅡ後に活動を終了したグループも多か
ったが、地域の様々な利害の交渉と集約の場としてのパートナーシップの重要性が認識された
ことが、LEADER 事業の具体的な成果だともいわれている。また、スペイン、フィンランド
及びアイルランドにおいては、農村振興の主流事業として、LEADER+以外の地域をカバーす
る LEADER 的事業が導入された。EU レベルの主流事業化を先取りする動きといえる。
2005 年 6 月 20 日、EU 閣僚理事会(農相理事会)は次期計画期間(2007 年∼2013 年)に
おける新しい「農村振興のための欧州農業基金」を通じた農村振興支援に関する規則について、
政治的合意に達した。その主要目標は、①農林業の競争力の向上、②環境及び農村部の支援、
③農村経済の多様性と生活の質の向上、④ボトムアップによる地域振興戦略(LEADER アプ
ローチ)の活用の 4 点とされている。
この合意を受け、7 月 5 日、欧州委員会は、EU の農村振興に関する戦略的指針を採択した。
また、2005 年 10 月 21 日付けの EU オフィシャル・ジャーナルにおいて 2004 年 7 月 14 日に
20
逆に言うと、具体的な目に見える成果がなかなかわかりにくい事業だともいえる。アイルランドコミュニ
ティ・農村・ゲール語地区省の担当者も、「LEADER で何が変わったかは答えるのが難しい質問だ。毎年少
しずつ改善してきた。農業者だけでなく地域の住民が支援対象となったところが今までになかった点であ
る。」のこと。地域の能力構築などに力を入れてきているが、この成果は短期間には現れないものの、将来的
に長期にわたって地域の振興に影響してくるものと思われる。
- 15 -
採択された欧州委員会の勧告に基づく「農村振興のための欧州農業基金(EAFRD)による農
村振興支援に関する規則」(Council of the European Union[2005])が公表された。この中
で LEADER 事業について、「3 期にわたる経験を経て、LEADER 事業は、農村振興の主流事
業の中でより広く農村地域に LEADER アプローチを実施させうる完成レベルに達した。」とし、
「LEADER アプローチの重要性から、EAFRD 資金の相当の部分をこの手法に使用しなければ
ならない」としている。
図表 2-7 LEADER 手法の8つの特性
地域の特性
地 域 ベ ー ス
(The local features) (Area-based)の
※地域グループや振 アプローチ
興戦略による特性
ボトムアップ・ア
プローチ
地域グループ(パ
ートナーシップ・
アプローチ)
イノベーション
部門的なアプローチではなく、特定の地区、地域
資源の活用、地域活動の水平的な統合、共通認識
及び地域のビジョンの共有を焦点とした振興。
全ての関心ある人々と組織が、計画策定、意思決
定及び社会的、経済的振興の実行に積極的に参加。
同一目的、同一条件で全てのパートナーを結束す
る、契約に基づいた個人又は団体の一時的な連合。
農村振興の抱える課題に、付加価値を与え、地域
の競争力の向上となる新しい対応の提供。
複数部門の統合
同一プロジェクトにおける異なった経済部門の活
動又は公的、私的な活動の組み合わせ、ビジョン
を共有する異なったプロジェクト間の戦略的結
束。
地域を越えた特性
ネットワーキング 共通の目的のため、他の独立したアクターとの集
(The trans-local
団活動をする能力とやる気。
features)
国境を越えた共同 少 な く と も 2 つ の 加 盟 国 に 在 る 不 定 数 の
※地域グループ間や 活動
LEADER グループによる商品又はサービスの共
そ れ ぞれ の戦 略 間
同デザイン、生産、マーケティング活動。
の 相 互作 用に よ る
特性
縦の特性
マネジメントと資 プログラム・レベルにおける「計画策定と意思決
(The vertical
金調達の分権化
定パートナーシップ」への欧州委員会の関わりを
feature)
縮小し、LEADER 事業の実施を加盟国の国、地域
※計画権限による特
政府、ローカル・アクション・グループへ委任。
性 。 地域 グル ー プ
実施計画は別として、加盟国は、地域のパートナ
が 活 動す るガ バ ナ
ーシップへの地域活動計画のための財源移譲を特
ン ス の枠 組を 提 供
徴とする「包括補助金(global grant)21」と呼ば
するもの
れる介入方式を選択できる。地域グループは、国
又は地域当局によって設定されたルールに基づ
き、事業実施者へ資金を配分する権利を与えられ
る。
出所:ÖIR[2003、p.14]
EU の農村振興において、LEADER 事業は 3 期 15 年の実験事業としての実践を経て、その
手法が確立し、主流事業に組み込まれることとなったといえる。LEADER の理念や手法の特
性そのものは普遍的なものであるとしても、これを実際に地域の現場で実施するには、住民や
公的機関の意識の変革やノウハウの取得、能力構築など様々な課題があり、15 年間の試行錯誤
が必要だったといえるのではないか。2004 年の EU の東方拡大により、EU 全域に占める農村
地域の割合は高まっており、農村振興において地域住民のボトムアップによる主体的な取組を
21
加盟国が、欧州委員会の同意を得て、地域の開発事業と資金の管理運営を一括して行う中間機関を指定し、
これに対して一括して助成する方式
- 16 -
喚起する LEADER アプローチは、効率的で効果的な農村振興の手法として、一層重要になっ
てくると思われる。
- 17 -
第3章
アイルランドにおける LEADER 事業の実施状況
本章では、まず、事例としてとりあげるアイルランドの概況について、特に EU との関わり、
農村社会の状況を中心に概説する。その上で、LEADER 事業の実施状況をみていく。併せて、
EU 政策や LEADER などの地域におけるパートナーシップ事業の展開を契機に改革が行われ
た自治体の役割について取り上げる。
1.
EU の中のアイルランド
1.1
アイルランドの概況
アイルランドは、ヨーロッパの西端に位置する島国である。1800 年に隣の英国に併合された
が、独立闘争を経て 1922 年に自治国(北アイルランドを除く。)となり、1949 年には完全な
独立国となった。面積は 70,283 平方キロメートルで北海道とほぼ同じ、人口は、1996 年 4 月
の 363 万人から 2005 年 4 月には 413 万人と増加している。近年の経済成長を受け、自然増と
あわせ、他国からの純移住が増加したことによるものである22。
IT 産業などを中心とした海外からの積極的な企業誘致戦略の成功により 1993 年∼2000 年
の GDP 実質成長率が年平均で 10%近いという、OECD 諸国最大の高成長を記録した。1993
年に 15.6%に達していた失業率も 2001 年には 3.8%まで低下、近年は 4∼4.5%程度で推移し
ている。また、1 人当たり GDP(購買力平価換算)が 2004 年には 35,800US ドルと EU 諸国
ではルクセンブルグに次ぐまでとなった23。
アイルランドは、25 歳以下の人口が 4 割を超え、欧州の中では最も人口構成の若い国の一つ
である。この人的資源を競争力の源泉とするため、政府は教育への投資、特に高等教育の充実
に力を入れてきたといわれている24。
1.2
EU の地域政策におけるアイルランドの位置づけ
1973 年 1 月、アイルランドは英国及びデンマークとともに EU に加盟した。EU の地域政策
は、この第一次拡大を契機に域内の経済的、社会的不均衡が拡大したことから、英国やアイル
ランドなどの強い要求で導入されたといわれている25。1988 年、EU 地域政策の画期となる構
造基金改革が実施された。ここで、アイルランドは全域が構造基金の「目的 1」地域に指定さ
れ、その事業対象となった。なお、
「目的1」は「相対的に低開発状態の地域の開発及び構造調
整を促進すること。」となっている。また、1992 年に成立したマーストリヒト条約において、
単一通貨制度へ向けて相対的に貧困な諸国を支援するため「結束基金」が新たに設立され、ギ
リシャ、ポルトガル、スペインとともにアイルランドが対象国となった。この構造基金と結束
基金のアイルランドへの経済的効果をみると、第 1 期(1989∼1993 年)が対 GDP 比 2.5%、
22
アイルランド(北アイルランドを含む。)では、英国統治時代の 1845 年∼1850 年の大飢饉で、100 万人
を超える人が死亡、250 万人以上がアメリカ合衆国を中心とする海外に移住したため、かつて 800 万人を超
えていた人口が半減した。この後もアイルランドは移民を送り出す国で、長い間人口は停滞状況にあった。
1990 年時点で、アイルランド本国の人口が約 350 万だったのに対し、アメリカ合衆国に約 4,300 万人、全世
界で約 7,000 万人のアイルランド系の人が住んでいたといわれている[波多野、1994]。近年になってこの
流れが逆転し、アイルランドへの移住者数が他国への移民数を上回る状況となった。
23 OECD in Figures 2005 edition による。なお、EU15 カ国平均 28,700、日本 29,600、英国 31,400、アメ
リカ 39,700、ルクセンブルグ 57,500。
24 アイルランド首相府のケネディ対外政策局長は、
「アイルランドの経済成長は、なるべくしてなったもの。
企業誘致に補助金を支出したが、長期的には税金でかえってくる。限られた予算の中で、インフラ整備より
は、教育に力を入れてきた。人材の面で、まだ企業を引きつけられると考えている。」と語っていた。
25 原加盟 6 カ国の 1 人当たり GDP に比較して、英国は 85%、アイルランドは 60%にすぎなかった。
- 18 -
対総固定資本形成比 15.0%、第 2 期(1994∼1999 年)が対 GDP 比 1.9%、対総固定資本形成
比 9.6%となっている(辻[2003、p.227])。
アイルランドは、第 2 期までは全域が「目的1」地域であったが、
「目的 1」地域は、一人当
たり GDP が加盟国平均の 75%未満の地域とされている。アイルランドは、構造基金の確保を
図るため、1999 年に NUTS26Ⅱレベルの地域として「国境・中・西部地域」と「南・東部地域」
の 2 地域(リージョン)を設置し、第 3 期プログラムにおいて、前者は「目的 1」地域、後者
は「過渡的目的127」地域として継続して支援を受けることになった。
EU から大きな恩恵を得てきたアイルランド 28であるが、今後も同様に利益を受け続けるこ
とは困難となっている。EU 構造基金は、1999 年まで規模拡大してきたが、2000 年以降は減
少に転じた。2004 年 5 月の東欧 10 カ国の EU 加盟により今後の EU の財政運営はますます厳
しくなることが予想される。アイルランドが目覚しい経済成長を遂げたことは、一方で EU か
らの支援継続には逆風となり、相応の責任と負担が求められてくると思われる29。
1.3
アイルランド農村の変貌
アイルランドの経済発展に伴い、農村地域も大きく変貌している 30。近年のモータリゼーシ
ョンの進展により通勤距離が拡大し、農村地域に住みつつ都市部へ通勤する者が増加し、農村
における農業の位置づけの低下が著しい。
アイルランドの GDP に占める農業の割合は、1973 年の EU 加盟時の約 17%から 1999 年に
は約 3.8%にまで低下したが、それでも EU 平均の 2 倍であり、他の加盟国と比べると農業の
重要性は高いといえる。1991 年から 2000 年の間に、農家数は約 17 万人から 14 万人へと減少
し、平均農場規模は 26ha から 31.4ha へ 21%増加した。専業農家の割合が 74%から 56%へ減
少し、農業を従とする農家の割合は 21%から 30%に増加した。また、農家の高齢化が進み、
35 歳未満は 11%にすぎず、65 歳以上が 23%を占めている。農業所得が漸減する中、直接支払
いの割合が増加し、1999 年には 56%を占めるまでになった(Department of Agriculture, Food
and Rural Development[2001])。
農産物の生産費が高いため、他国との競争にさらされ生産中止においこまれた品目もある31。
アイルランドでも農業は衰退傾向にあるといえる。一方、経済成長により農村部でも人手不足
で外国人労働力を入れるような状況もある。1990 年代までは、「雇用の創出」が LEADER 事
26
欧州委員会による階層的な地域分類制度で、統計上の地域の単位の名称。構造基金においては、NUTSⅡ
と NUTSⅢリージョンが重要。
27 1999 年時点では目的 1 地域であるが、2000∼2006 年には基準に該当しなくなった地域。特別な取り決め
により、2000∼2005 年の間、段階的撤退ベースの支援を受けることができる。
28 Department of Finance[2004]の表 10 から、アイルランドが EU 予算から受け取った額(構造基金、
結束基金、CAP 含む。)と EU へ支払った額の差額の純受取を算出すると、1989∼1993 年が約 98 億ユーロ、
1994∼1999 年が約 119 億ユーロであった。1980 年代後半は GDP の 4%程度、1990 年代前半には GDP の 5
∼6%を占めていたが、2000 年代には 1%強まで低下した。
29
Collins と Cradden(編)[2004]によると、このような中、アイルランド国民の EU に対する意識もゆ
らいでいる。従来、アイルランドは EU の政策に忠実であったが、2001 年 6 月、EU 拡大へ向けたニース条
約の第 1 回目の国民投票が否認されたことに変化が見受けられる。
30 かつてのアイルランドのイメージは、緑の丘陵に牛や羊がのんびりと草を食む、時間が止まったような田
舎の国であった。2005 年 2 月に訪問した際、農村風景は相変わらずであるが、田園の中に突然出現する新興
住宅地や建設中のサイトが多く見受けられた。道路も 10 年前に比べると改善され、車の数が増え、しかも新
しい車ばかりであったのが印象的であった。列車やバスの車両もリニューアルされ快適になっていた。
31 中南ロスコモン農村振興のダリー事務局長は、ロスコモンはマッシュルームの生産地であったが、ポーラ
ンドとの競争に敗れ、生産がなくなってしまった。コモディティ生産では外国との競争に勝てないと話して
いた。
- 19 -
業を含めあらゆる施策の最大の政策目標に掲げられていたが、最近では「生活の質の向上」や
「環境の保全」が掲げられるようになった。
しかし、中心となる都市部から離れ、交通手段も乏しく、投資効率の悪い辺境地域が多いの
もアイルランドの特徴である。これらの地域では、人口減少や高齢化、若者の流出が続いてい
る。また、貧困や社会的疎外も農村地域における大きな問題として残っている。アイルランド
の人口の 3 割近い約 110 万人がダブリン首都圏に集中し、第 2 の都市コークの人口は約 18 万
人であるが、他に人口 10 万を超える都市はない。海外からの企業誘致に頼った経済発展のみ
では脆弱性も抱えているといえる。環境保全に対する問題意識も高まっている。取り残された
農村地域の内発的な発展を誘発する手法として、アイルランドにおいて LEADER 事業に期待
される役割は大きいといえる。
2.
アイルランドにおける LEADER 事業の実施状況
2.1
LEADERⅠの実施状況と評価
1991 年 3 月 19 日に欧州委員会から LEADER 計画が公表されたのを受けて、アイルランド
の LEADER 仲介機関である農業食糧林業省(Department of Agriculture, Food and Forestry)
は、地域のグループにビジネスプランの提出を呼びかけた。34 のグループから応募があり、委
員会との交渉を経て、16 グループが選定された。このうち 1 グループは 2 つの地域に分かれて
活動したため、実施段階では 17 グループ(LAG)となった。EU 助成金 2,080 万アイリッシ
ュ・ポンド(IR£)にアイルランド政府支出 1,390 万 IR£を加えたものが公的資金総額であ
り、マッチング・ファンドとして同額の民間資金が必要であることから、およそ 7,000 万 IR£の
総事業費となった。1989 年∼1993 年において、農村振興に係る EU 及びアイルランド政府の
公費支出に占める LEADER 事業の割合は約 3%と見積もられており、アイルランドにおいても、
LEADER は、相対的に小さい事業と認識されている。
各 LAG の対象区域は、単県(county)が 2 つ、2 つの県の全部を含むものが 1 つ、県の一
部が 7 つ、2 つ以上の県の部分を含むものが 5 つ、2 つの県と他県の一部を含むものが 2 つで
あった。このように、既存の地方行政の区域に関わらず、それぞれの地域の実情で決められて
いることがうかがえる。面積は、最小が 887k ㎡、最大が 4,900k ㎡、平均 2,494k ㎡であった。
人口は最少が約 9,300 人、最多が 126,000 人、平均 62,570 人であった。LEADER 実施地域が
アイルランド全国に占める割合は、面積で 61%、人口では 30%であった。
アイルランド農業食糧林業省は、この LEADERⅠの評価を外部機関に委託して実施した。
この評価(Kerney ほか[1995])において、アイルランドにおける LEADER 事業の実施が関
係者の努力により多大な成果を達成したと総括するとともに、以下のような分析を行っている。
LEADER 事業は、ほとんどの LAG にとって、自分たちの地域の潜在力を検討し、革新的な
地域振興戦略の考案と実行のために協働する最初の機会を提供するものであった。方法別にみ
ると、平均的な LAG において、事業数の 44%が「農村ツーリズム」、18%が「小企業」、15%
が「地域産品」であった。また、支出金額では、それぞれ「農村ツーリズム」が 51%、「小企業」
が 20%、「地域産品」が 19%であった。「農村ツーリズム」において目立つのは「宿泊設備」
で、民宿(B&B)と自炊施設(Self-Catering)とで全体の約 35%を占めていた。事業の約 40%
が「コミュニティ」又は「協同組合その他」に分類され、これらの分類が支出金額の 33%を占め
ているが、このことは一方で、約 3 分の 2 の予算が民間の事業に支出されたことを意味してい
る。LEADER 事業によって、フルタイムに換算して 1,445 人の雇用が生まれたとされており、
うち、女性は 40%以下であったと報告されている。方法別にみると、雇用創出に関しては、
「農
- 20 -
村ツーリズム」に比べて、「小企業」の方がより効果的であった。LEADER は、「活性化」や
「能力構築」過程の様々な戦略を検討する機会を提供した。その結果、多くの革新的な方法が
試され、その多くは他の地域へ移転可能なものであった。LAG 間の経験を共有するため、アイ
リッシュ・リーダー・ネットワークが設立された。しかしながら、LEADERⅠの時点において
は、その機能は十分働いていないとされた。
以上の分析結果から、今後の取組について、①段階的振興過程を含む戦略の多様性の容認、
②農業食糧林業省内に LEADER 専門組織の立ち上げと体制強化、③地方における、コミュニ
ティ、民間及び公的機関、行政の連携、④LAG の役員及び事務局の能力向上、⑤包括的な資源
の評価、戦略の優先順位付け、リーダシップと管理能力を持つ担い手の確保、⑥LAG の能力を
基準とした選定、⑦事業実施の進捗状況を評価する手続きの確立といった改善点が示された。
上記の農業食糧林業省の評価に加え、LEADERⅠについては、政府の総括監査官による会計
検査も実施された(Government of Ireland[1994])。これは、主に公費のバリュー・フォー・
マネーの視点で、管理の効率性及び効果測定の在り方について検査するものである。LEADER
事業の管理の在り方については、政府が比較的短期間に適切で効率的、経済的な体制を確立し
たと認める一方、いくつかの LAG における不適切な執行(対象外の事業への支出、役員関係
者への支出、内部監査の不徹底、費用超過等)を指摘し、意思決定の大部分が LAG に委任さ
れていることから、定期的な監察の重要性を指摘している。また、他の機関によって運営され
ている類似の支援事業との重複のおそれについても言及されている。
効果の測定のあり方については、①LEADER 事業が経済及び地域社会の発展という目標を
掲げながら、事業の出発点において、EU からもアイルランド政府からも達成すべき具体的な
目標が示されなかったため、各 LAG のビジネスプランにおいても明確な目標が記載されてい
なかった、②評価に必要なデータを収集する体制が確立されていなかったとの理由により、評
価が困難であったと指摘されている。雇用については、1,445 人のフルタイム雇用が創出され
たとの主張は過大であり、800 人がより正確な数字だろうとしている。さらに、LEADER グル
ープによる支援を受けた個別事業が、補助金がなくても実行された可能性があるとの言及がな
されている。これは、企業家への誘引としての効果に疑問を投げかけるものであり、総じて厳
しめの評価となっている。
EU 全体においても、LEADERⅠの導入においては混乱があったが、アイルランドにおいて
も十分体制が整わないまま開始され、試行錯誤的に実施されたことがうかがえる。ただし、第
3 者機関による実施状況の評価が行われ、LEADERⅡの実施に当たっては、評価結果がきっち
り改善点として取り入れられたことは特筆すべき点である。
2.2
LEADERⅡの実施状況と評価
1995 年 3 月 29 日、欧州委員会は、アイルランドにおける LEADERⅡの実施計画(期間:
1994 年 10 月∼1999 年 12 月)を認定した。この実施計画は、アイルランド農業食糧林業省(当
時、評価時点では、農業食糧農村振興省)によって立案され、ダブリン市街地を除く全ての農
村地域を対象としたものであった。国をあげての LEADER 事業への取組は、アイルランドの
特徴といえる32。LEADERⅡのエリアは、面積 68,292k ㎡でアイルランド全土の 97%を占め、
対象人口(1996 年)は約 232 万人で全人口の 64%であった。LEADERⅠの 17 グループ全て
32
LEADERⅡは、構造基金の目的1、目的 5b 等への地域限定のプログラムであった。したがって、アイル
ランドが LEADERⅡにおいて全農村地域で事業実施可能だったのは、アイルランド全域が後進地域として目
的 1 地域に指定されていたことによるものである。
- 21 -
を含む 34 のグループ33と 3 団体 34が LEADERⅡの事業実施を行った。34 グループへの公的資
金の配分は 9,386 万 IR£となっており、LEADERⅠの 3,470 万 IR£の 2.7 倍であった。
LEADERⅡにおいて、LEADERⅠからの重要な改正点としては、①「イノベーション」の
重視、②「環境保全と生活環境の向上」の事業対象への追加、③LAG の体制への監視と評価指
標の確立があげられる。さらに、④他の支援事業との協調、⑤地域振興の助長、支援過程への
誘導の強化が取り入れられた。これを見ると、LEADERⅠの事業評価による勧告の結果が、
LEADERⅡの実行に反映されていることがうかがえる。
LEADERⅡの実施に当たっても、外部機関による事後評価(Kerney ほか[2000])が実施
された。LEADERⅡの実施状況については、LEADERⅠと違い、あらかじめ様々な評価指標
や数値目標が掲げられ、その成果がとりまとめられている。雇用については、フルタイム換算
で 4,849 人の雇用が創出されたのに加え、3,508 人の雇用が維持されたと見積もられている。
うち、44.9%が女性であった。事業内容を見ると、「農村ツーリズム」は、「宿泊設備」の補助
率が LEADERⅠの 50%から 20%へ引き下げられたにもかかわらず公費支出金額の 22.4%を占
め、引き続き最大の支出先であった。事業数では、「訓練・採用」が 24.1%で「農村ツーリズ
ム」の 23.2%をわずかであるが上回った。「訓練」の受益者は、大半がコミュニティ部門であ
った。また、「環境・生活条件」の事業数 17.6%が次いでいるが、内容の大部分は文化環境事
業であった。結果的に、
「農村ツーリズム」と「環境」に係る事業が当初の計画より多く実施さ
れた。
LEADER 事業の中心的な特質といえる LAG の活動状況についてみておきたい。アイルラン
「LEADER 会社」と
ドの LAG は、全て法人格を持つ組織35として設立されている。そのため、
呼ぶこともある。役員会(Board)の構成は、LEADERⅠの評価結果や政府のガイドラインに
基づき、コミュニティ、民間及び公的機関の 3 者からより幅広い代表を持つものとなった。特
に女性のメンバーが 14%から 21%に増えたことが特筆されるが、多くはコミュニティやボラ
ンタリー部門の代表であった。それでもなお、女性や若者の代表が少ないことが引き続き課題
とされている36。また、LEADERⅡ実施期間中の 1998 年 11 月、農業食糧農村振興省は、選挙
で選ばれた地方議員を LAG の役員に入れるよう要請し、この結果、各 LAG に平均 2 名の議員
が参画することになった点も重要な改正点である。
グループは高い責任感と権限を持ち、自律性の程度は満足のいくものであったとされた。ア
イルランドにおいては、包括補助金方式がとられており、この支援方式は全てのグループに好
評を得ている。他の財政支援手段として、貸付金方式の提案もあるが、管理上の困難性がある
とされている37。LEADER の設立は、他の地域団体にも影響を与えた。これらの機関は、当初
は LEADER への抵抗感があったものの、現在ではより協調的となり、コミュニティとのパー
トナーシップへの意識が高まったとされる。また、LEADER の LAG は、特にコミュニティ事
業について「触媒」としての働きが大きく、約 4 割のコミュニティ事業は、LEADER の補助
33
政府の呼びかけに応じて 48 グループから応募があり、外部コンサルタントによるビジネスプランの評価
を経て採択が決定された。その際の評価ポイントは、①地域における革新性、②モデルとして取り組む能力、
③普及性であった。LEADERⅡに移行する際、いくつかのグループにおいては、地理的境界の調整が行われ
た。しかし、自治体(county)単位での実施には至らなかった。
34 LEADERⅡから、地域の LAG に加え、部門別の協同団体などの利益団体も支援対象となった。
35 チャリティ資格を持つ有限会社(private companies limited by guarantee with a charitable status)
36 役員会への代表(特に、公的部門と民間部門の代表)に女性が少ないのに対し、事務局職員は女性が多い。
また、事業の受益者にも比較的女性が多い状況である。
37 貸付金の場合は、返済が終わるまでフォローが必要であるが、補助金は 1 回限りで、より受益者の自己責
任が問われるとの考えのようである。
- 22 -
金なしで実施されたものである。LEADERⅡにおいて、コミュニティ振興の取組が進んできた
ことがうかがえる。
今後の方向性として、LEADERⅡが開始された時点とは雇用環境など社会経済状況が大きく
変化してきていることから、事業計画の定期的な見直しが必要であり、環境問題や生活の質、
社会的統合により力を入れていく必要があると勧告されている。より戦略的な計画立案と自己
評価の実施、スタッフの雇用条件への配慮も課題とされた。また、LAG への女性と若者の参加
を高める必要があり、地域振興における参加型民主主義を強化し、コミュニティの役割を高め
るべきと指摘されている。能力構築についても、個人事業者を対象としたものから、コミュニ
ティや特に女性や若者のグループを対象としたものにより力を入れるべきとしている。全体的
に、今後はよりコミュニティの振興に力を入れるべきと方向付けされているように見受けられ
る。LEADER は、もともと経済振興を目的とした事業であり、LEADERⅠ、Ⅱの取組を通じ
て中小企業の投資の促進に重要な役割を担ってきた。しかし、アイルランドにおいては、カウ
ンティ・エンタープライズ・ボード(CEB) 38などの支援制度も創設されていることから、こ
れら他の制度との調整を図りつつ LEADER の特性を活かすことが求められていると考える。
2.3
LEADER+と NRDP の導入
LEADERⅠと LEADERⅡの経験を踏まえ、また外部コンサルタントによる事前評価を経て
LEADER+の実施計画39が導入された。LEADERⅡにおいて、アイルランドは農村地域全域に
LAG が設立されたが、EU の共同体事業としての LEADER+においては、対象地区を絞り込
む必要があった。そこで、アイルランドは、構造基金の主流事業である加盟国事業の中で、
LEADER+ と ほ ぼ 同 内 容 の 事 業 で あ る 全 国 農 村 振 興 事 業 ( National Rural Development
Programme、NRDP)を導入40し、LEADER+の対象とならなかった地域をカバーすることと
した。農村振興における LAG の存在の重要性が政治的に判断された結果である41。
公募による選考過程を経て、LAG は、22 の LEADER+グループと 13 の NRDP グループが
選定された。LEADERⅡより 1 グループ増えたのは、複数県にまたがっていた LAG から 1 グ
ループが分かれたためである。LEADER+と NRDP の支援内容は、LEADER+では「農村ツー
リズム」が対象外となったほかはほぼ同じである42。公的資金の配分は、LEADER+が 7,370
万ユーロ、NRDP が 7,560 万ユーロで、合計で約 1 億 5,000 万ユーロとなっている。LEADER+
の数値目標として、図表 3-1 のような目標が掲げられたが、この中でも見られるように、女性、
若者の登用、環境への配慮が LEADER+の実施計画を通じて強調されている。また、CEB な
どの他のプログラムとの連携も求められており、LEADER+は、NDP の主流事業を補完する
38
EU 構造基金の加盟国事業として、1993 年よりスタートした地域の小企業の支援制度。詳しくは第 6 章で
紹介する。
39 Department of Agriculture, Food and Rural Development[2001]
。なお、政権交代により中央政府の再
編があり、現在の LEADER の所管省庁は、コミュニティ・農村・ゲール語地区省となっている。
40 加盟国事業である NRDP はアイルランド全国振興計画(National Development Plan、NDP)の中に位
置づけられ、構造基金の助成を受けているが、LEADER+は別枠。公的資金に対する EU からの支援割合は、
NRDP は、目的 1 地域の国境・中・西部地域は 75%、過渡的目的 1 地域の南・東部地域は 50%、LEADER
+は 65%である。
41 アイルランドの LAG のうち、14 グループは、既に LEADER 以外に「社会的統合事業」という NDP に
位置づけられ、公的資金配分で LEADER に匹敵するプログラムを併せ受け持っている。コミュニティ・農
村・ゲール語地区省の担当者の話では、今後農村地域に新たな組織は作らず、新しい農村振興プログラムも
LEADER 会社に担わせようという考えとのこと。
42 LEADER+グループも NRDP 資金の配分も受けており、
農村ツーリズム事業はこちらの資金で実施できる。
- 23 -
位置づけであることが明記されている。LEADERⅡの評価を受けての展開と思われる。
図表 3-1
アイルランドにおける LEADER+の数値目標43
指
標
新規雇用の創出
うち女性
うち若者
雇用の維持
うち女性
うち若者
新規事業の設立
訓練コースの開設
2006 年の目標
1,700
850
425
850
425
212
150
400
10,000
5,000
2,500
30%
訓練受講者
うち女性
うち若者
環境に配慮した事業の割合
LAG 役員会における女性代表の割合
40%
出所:Department of Agriculture, Food and Rural Development[2001、p.42]
また、LEADER での管理運営費(事務局の人件費など)の補助率は当初は 80%であったが、
LEADERⅡの中間報告を受けて 90%に引き上げられ、さらに LEADER+では民間資金集めの
困難性に配慮し、100%まで公的資金で手当てされることになった。LAG は、運営費の資金集
めの苦労から解放され、本来の地域振興の任務に集中することが可能となった。
アイルランドの LEADER について批判的な見方がないわけではない。Storey[1999]は、
アイルランドにおいては、農村地域において最も援助を必要としている人々はコミュニティの
活動に参画していないことはデータ上明らかだとし、地域の参画といっても限られた人たちの
参画でしかないとしている。また、LEADER の実績では、コミュニティ・グループの事業より
は、民間部門の事業への支援が勝っており、このことは、力のある人がより事業の形成に参画
しやすいことを示していると指摘している44。彼は、パートナーシップ・モデルの適用は、「ボ
トムアップ」として誇られているところの地域のコミュニティ・グループの活動を、
「トップダウ
ン」の振興プロセスへ編入するものともいえるのではないかと結論付け、LEADER が一定の
成果をあげたことは認めつつも、地域の力を高めるよりもかえって脱政治化をもたらすのでは
ないかと指摘している。
また、Varley と Curtin[2002]は、コミュニティが主体となった地域振興が様々な政策と
して打ち出される中で、「コミュニティ」とは何かを問うている。いわゆる「コミュニティのグ
ループ」は「地域コミュニティ」を代表するものではなく、それぞれ特定の利益グループを代表
するものにすぎないとしている。それゆえ、彼らは外からの利益によってコントロールされる。
そこで、国家や超国家(EU)のエリートが圧倒的な地位と資源によってローカル・パートナー
シップを支配しており、コミュニティの活動家は、彼らエリートの手による操り人形よりは少
しましな程度の存在とみなしているようである。パートナーシップ型モデルの将来も、支援の
43
LEADER+のみの目標。NRDP の成果はこれとは別に期待されている。
より貧しい人を対象とした社会的統合事業などと比べ、LEADER は一定の投資能力のある人たちのため
の事業だということは明らかである。しかし、それは事業の目的が違うということであり、地域振興におけ
る LEADER の意義が低下するわけではないと考える。
44
- 24 -
継続の保障がないため、今後については悲観的であった45。
確かに、LEADER の LAG が公的支援なくしては、存続困難であることは明らかである。
LEADER の最終受益者にとっても、公的資金の援助はありがたい存在であろうが、例えば、
民間が行う事業になぜ公的資金を投入するのか、日本的な支援の在り方と LEADER には違う
考え方が存在するように思える。この点についてアイルランドコミュニティ・農村・ゲール語
地区省の担当者に尋ねたところ、「外国企業の誘致に公的資金を使うのと基本的考えは同じ。
LEADER の資金を獲得するには、農村に住んでいること、革新的なアイデアを持つこと、一
定期間事業継続することなどの条件が設定されており、採択のハードルは高く、評価や監視も
厳しい。農村地域にとって何が最大の利益かを考えて事業を実施しており、補助金による支援
は適当と考えている。」との答えであった。
前章でも触れたが、LEADER 事業の成果については、雇用数や事業実施数の実績では図れ
ない問題だと考える。今回、アイルランド訪問した際に LEADER の効果について尋ねると、
一様にいい事業だとの答えが返ってきた。従来は、CAP の農業者への支援を除き農村地域には
公的支援がなかったが、LEADER の導入により、人々の意識が変わり、農村の衰退を押しと
どめたといわれている。LEADER 以外にも、社会的統合事業やカウンティ・エンタープライ
ズ・ボード(CEB)など様々な事業がパートナーシップ型の事業として導入された。自治体改
革が行われた背景にも、LEADER などのパートナーシップ型地域振興機関の取組の影響は大
きかったと思われ、地域の変革を促す事業であったことは間違いない。
3.
アイルランドの自治体改革と地域振興への係り
そもそもアイルランドで LEADER が地域振興プログラムとして存在感を持つことができた
理由として、アイルランドが極端な中央集権国家で、自治体の力が弱いという背景が指摘でき
る46。アイルランドには、歴史的、地理的に 26 の県(County)があるが、自治体としては、
34 の区域(Administrative County)に分かれる。29 のカウンティ・カウンシル47と 5 つのシ
ティ・カウンシル(ダブリン、コーク、リムリック、ゴールウェイ、ウォーターフォードの五
大都市)である。カウンティ・カウンシルとシティ・カウンシルの行政エリアは重複せず、両
者でアイルランド全土をカバーする。カウンシルの議会は直接選挙によって選ばれた議員(カ
ウンシラー)によって構成され、政策策定的機能を担う。執行機関の長であるマネジャーは、
公選職ではなく、国の地方公務員指名委員会の推薦に基づいて自治体が任命するが、自治体の
効率的かつ効果的な運営に努める職責を担っている。
アイルランドでは、警察、福祉、保健などは国の機関が担っており、自治体は住宅、道路、
上下水道など日本や他の EU 諸国と比べて極めて限定された機能しか担ってこなかった。
LEADER などのパートナーシップ組織が、地域振興機関として公的資金の配分を行うように
なったのに対し、自治体側からは、選挙で選ばれた地方議員が口を出せないことへの不満があ
った。パートナーシップ組織の民主的正当性についての懸念も表明された(OECD[1996]な
ど)。アイルランドでは、1990 年代後半に参加型民主主義か代表性民主主義かといった議論が
45
このうち、カーティン教授には直接お会いして話を伺うことができた。カーティン教授の専門はコミュニ
ティ・グループやコミュニティの歴史であり、直接 LEADER を研究されているわけではないが、LEADER
は、特に経済的な特質において良い事業といえるとのコメントであった。
46 このことは、筆者が 1995 年 9 月∼1996 年 3 月にアイルランドに滞在していた際に強く持った印象である
が、Moseley ほか[2001]でも同様の指摘がされている。
47 ティパラリ県には、伝統的に北ティパラリと南ティパラリの 2 つの自治体が存在。また、1994 年よりダ
ブリン県が 3 自治体になった。
- 25 -
巻き起こったようである。
このような中、自治体の機能を高める自治体改革が行われた。直接的には、補完性の原理を
うたう EU の方針や 1997 年にアイルランドが批准した EU 地方自治憲章48の影響があるとい
われているが、地域におけるパートナーシップ組織の取組も影響したものと考える。地方自治
制度を刷新するための方針を策定するためにアイルランド政府が設置したタスクフォースは、
地域における公共サービス供給の統合的、パートナーシップ・アプローチを目的とした新しい
取り組みとして、カウンティ/シティ開発局(County/City Development Board、CDB)の組
織化の勧告を行った。1999 年に 4 月に CDB の設立に関するガイドラインが示され、全国に
34 の CDB が設立された。
2001 年改正地方自治法により、CDB の法的設置根拠が整備されたが、同法において、①地
方議員の役割を高める、②自治体の運営に地域のコミュニティ等の参加を促す、③自治体に関
する法整備を行うとともに、自治体が効果的かつ効率的に運用されるよう、財政や行政手続の
枠組みを示す、④自治体改革のための計画の強化といった重要な改正が行われている49。
この自治体改革によって新たに設立された CDB は、地域振興に関する長期計画の策定と運
用を行っているが、LEADER の LAG もメンバーの一員であり、自治体がコーディネーターと
しての役割を果たすものである。一方、1998 年の政府指導により、LAG には地方議員がメン
バーとして参画するようになった。これらの動きにより、LAG と自治体の相互理解が深まり、
当初の対立関係から、現在では比較的良好な関係になっている。アイルランドにおいても、今
後は、自治体に期待される役割が大きくなってくるものと思われる。
48
補完性の原理に基づき、住民に身近な自治体の機能を重視している。
アイルランドの自治体及び自治体改革については、財団法人自治体国際化協会[2003]、Department of the
Environment, Heritage and Local Government[2004]及び Callanan ほか編[2003]を参照。
49
- 26 -
第4章
ティパラリ・リーダー・グループの取組
本章では、アイルランドにおける LEADER 事業の事例分析の1つとして、ティパラリ・リ
ーダー・グループ(Tipperary LEADER Group、TLG)を取り上げる。TLG は、アイルラン
ドに 35 ある LAG のひとつである。1992 年に LEADERⅠの実施団体として設立され、
LEADER+まで 3 期にわたって、アイルランド内陸部のティパラリ県を中心に事業を実施して
きた。南北ティパラリ両県にまたがる唯一の地域振興団体である。情報公開に力をいれ、
LEADER 理念を実現すべく地域のビジネスへの補助金の配分やコミュニティの振興に地道に
取り組んできた。アイルランドで特別に優れた事例というわけではないが、一般的にうまく運
営されている事例として分析の対象とした。
筆者は、LEADERⅡ実施中の 1996 年 2 月 26 日(月)∼3 月 1 日(金)の 5 日間、TLG 事
務局に滞在し、スタッフの現地訪問に同行するなど、事業実施状況を観察する機会を得た。ま
た、LEADER+実施中の 2005 年 2 月 10 日(木)に再度訪問し、事務局長及びスタッフの話
を伺った。本章では、まず、ティパラリの地域の概況、LEADER の事業実施に当たる組織体
制と実際の事業運営の流れ、ビジネスプランについて具体的に記述する。さらに、スタッフへ
の聞き取りと 2 回の訪問からわかった 10 年間の変化を踏まえ、成果と課題について考察する。
1.
地域の概況
1.1
活動地域
TLG は、北ティパラリ県の全域、南ティパラリ県の一部を除く区域及びリムリック県の一部
を活動地域としている。アイルランドでは、LEADERⅠを立ち上げた際、ほとんどの LAG の
区域が自治体の区域と一致していなかったが、TLG の場合も同様であった。行政区域より実際
の地域活動のまとまりを重視したためであり、自治体の関与が少ないアイルランドの LEADER
の特徴の一つと思われる。
しかし、LEADERⅡ以降、アイルランドの農村地域全域に LAG が設置され活動するように
なると、自治体の区域との不一致は、自治体との連携を疎外する要因と認識されるようになっ
....
てきた50。TLG も、リムリック県の一部を活動区域としているが、そもそも名称も「ティパラ
.
リ・リーダー・グループ」であり、リムリック県の人々に帰属意識を持ってもらうのには苦労
しているとのことであった。
1.2
地域の特徴
ティパラリはアイルランドの中央部、内陸部に位置する。アイルランドの LAG のうち、TLG
の面積 4,040k ㎡は 3 番目に大きく、人口 13 万人は最も大きい。LEADER は原則として人口
10 万人未満の区域を対象としているので、ティパラリはかなり大きい地域といえる。
しかし、域内に大きな都市はない。一番大きな町であるクロンメルは、区域の南端に位置し、
人口が 1 万 5 千人である。この外は、人口規模 4∼6 千人の 5 つの町が散在している。事務局
があるティパラリ・タウンは人口 4,600 人で、近隣の都市リムリックからウォーターフォード
へ続く国道 24 号線の途中にあり、リムリックからは 30 数kmの位置にある。
50
中南ロスコモンの事務局長も自治体との区域の不一致が問題だと話していた。しかし、線引きの見直しは、
利害調整が大変でなかなか実現していない。最近のアイルランドの自治体改革で、自治体がこれまでより地
域の振興に関与していく方向性にある中、自治体区域との一致は今後の課題といえるであろう。
- 27 -
ティパラリ県の人口は、19 世紀の大飢饉前の 3
分の1にとどまり、近年も停滞状況にある。域内
人口は漸増しているが、近隣地域や国の平均にく
らべると低い増加率である。最大の町クロンメル
の人口増加率は高いが、ティパラリ・タウンは逆
に人口が減少している。経済発展により主要産業
や雇用が大都市とその周辺に集中する傾向がある
中、ティパラリは取り残されている感じが否めな
ティパラリ・タウン
い。
ティパラリは、伝統的に畜産、酪農中心の農業・農村地帯である。しかし、平均以下の規模
の農家が多く、衰退している。1986 年までは、農業が第 1 の産業で、人口の 27%を占めてい
た。牛乳と牛肉が主産品で穀物と甜菜が続いていた。最近は、森林の重要性が増してきた。製
造業は労働力の 19%であった。最近(1996 年)の統計では、製造業が 21.7%と農業の 20.9%
を抜いて最も雇用者数の多い部門となった。このほか、商業は 17.6%、専門職が 15.8%、建設
業 7.4%となっている。しかし、製造業、サービス業でも農業関連のものが多く、撤退や縮小
が起こっている。
課題は、農村地域において、農業の衰退を補う現代的な職業やビジネスをひきつけることが
困難であることである。これらの職業をひきつけるような地域の環境整備は、LEADER の中
心的課題として位置づけられている。
2.
組織
2.1
法的位置づけ
TLG は、LEADER+のローカル・アクション・グループであり、組織形態は、他の LAG と
同様、アイルランド会社法に基づく有限会社(company limited by guarantee51)である。ま
た、チャリティ資格(charitable status)を取得している。日本の組織と比較すると、NPO 法
人などに比較的近い存在と思われる。
2.2
役員会
役員会(Board)は総括的な方針及び政策、財務など主要事項の意思決定機関である。LAG
が行う補助事業の認定に当たっては、役員会の承認が必要である。
役員会の活動は、一部の実費支弁を除き、無償(ボランタリー・ベース)である。役員は、
図表 4-1 に掲げる構成団体から任命されている。現在の会長(Chairperson)は農業団体の代
表(女性)である。*印は、LEADER+で新たに加わったところである。国の LEADER+実施
計画で強調されている「CEB との連携、環境重視、青年・女性の活用」を反映し、役員会メン
バーを充実したものと見受けられる。また、地方議員(公選による代表)の役員会への追加も
中央政府の指導に基づくものである52。
51
構成員の責任は、会社の資産へ貢献を引き受けた額(最低 1 ユーロ)に限られる。
過去には LAG と自治体との折り合いが悪く、ディバーン事務局長は、1996 年に訪問した際には「自治体
は足を引っ張る存在だ」と言っていた。議員の LAG への参加により、今回訪問の際には「関係は改善した」
とのこと。
52
- 28 -
図表 4-1 TLG の役員構成
公的部門
北ティパラリ県(マネジャー)
南ティパラリ県(マネジャー)
地方議員*
カウンティ・エンタープライズ・ボード(CEB)*
コミュニティ・ボラン Munitir na Tire53
タリー部門
東リムリック・コミュニティ・グループ
北ティパラリ・コミュニティ団体
南ティパラリ・コミュニティ団体*
青年*
環境・文化部門*
女性団体*
民間部門
ティパラリ県農業協同組合
ティパラリ県商工会議所
農業団体
出所:TLG 資料
2.3
評価委員会
評価委員会(Evaluation Committees)は、事業申請の評価、役員会への勧告、事務局への
助言を行う。図表 4-1 の団体に加え、国や地域の専門機関(シャノン開発、職業教育委員会、
国の訓練機関等)、ツーリズム団体、金融関係などのメンバーにより構成されている。評価委員
会の活動もボランタリー・ベースである。TLG では、ツーリズム、工芸・小企業、農業、訓練、
環境、コミュニティ振興、マーケティング分野の 10 の評価委員会を設置している。
TLG の役員会議室
元は刑務所だった建物を改装して事務所に
している。右側のドアはかつての独房。2
階が休憩室になっており、お茶の時間には
スタッフが全員集まって懇談する習慣であ
る。なお、執務室は別棟となっていた。
2.4
事務局
事務局(Staff)の構成と現員は、図表 4-2 のとおりとなっている。スタッフ 5 人のうち、事
務局長のディバーン氏を除き、全員女性である。TLG は LEADER 以外の大きなプログラムに
取り組んでいない。標準的な規模のスタッフといえる。事務局スタッフの人件費は、LEADER+
では、100%公的資金(EU 及び中央政府からの資金)でまかなわれている。
ディバーン氏は、TLG 設立時からの事務局長で、10 年以上同じ職にあるのはこの国では異
例と思われる。役員会のメンバーは、ローテーションで交代することもあり、TLG は事務局長
の個性の影響が大きいように見受けられた。事業振興担当のイザベルは LEADERⅠがスター
トして間もなく TLG のスタッフに加わった。LEADERⅠから継続しているスタッフはこの2
53
1943 年に設立され、全国規模で農村振興に係る活動を行っている。本部はティパラリに所在。
- 29 -
名のみである。LEADERⅠからⅡへ、また LEADERⅡから LEADER+へ移行する際には補助
金のタイムラグがあり、公的資金により運営している LAG はスタッフを継続して雇用するこ
とが困難であった。TLG においても、移行期間を最小限のスタッフで遣り繰りするため、他の
スタッフは解雇されたとのことである54。
図表 4-2
ティパラリ・リーダー・グループの事務局構成
職名
現員
事務局長(マネジャー)
ジョン・ディバーン
アシスタント・マネジャー/事業振興担当
イサベル・キャンビー
コミュニティ振興担当
メアリ・バリー
食料品振興担当
フランキー
事務
マリア
出所:Tipperary LEADER Group(2000)を基に作成
ジョン・ディバーン事務局長
書類の山に囲まれて執務している。
身振り手振りで、非常に早口で話さ
れた。日本の団体でも希望があれ
ば、国境を越えた連携事業に取り組
みたいと意欲的。
図表 4-3 に現在のスタッフの役割分担を掲げた。TLG では、一時的にツーリズム担当(男性)
を置いていたが、仕事が少なくなり、離職してしまった 55。代わって、新たに食料品振興担当
が雇用されていた。募集は全国公募(全国紙に募集広告を掲載)し、専門的な能力、経験、知
識を評価して採用したとのことである56。コミュニティ振興担当のメアリは LEADER+から加
わった。彼女は、環境開発の修士号を持っている。メアリも地元出身ではなく、アイルランド
第 2 の都市コークの近郊から通勤している57。
54
このため、筆者が 1996 年当時に知り合ったスタッフのうち、2 名は TLG を去っていた。したがって、プ
ログラム期間の末期になると、LAG のスタッフは次の職を探さねばならず、落ち着かない状態になるとのこ
とである。スタッフにとっては、不安定で厳しい状況といえる。
55 LEADERⅠとⅡでは、ティパラリでも他の地域と同様ツーリズム関係の事業が大半であった。しかし、ア
イルランドの物価上昇で観光客が減り、アクセスが悪く、これといった目玉のないティパラリは観光客を集
めることができなかった。現在はツーリズムには力を入れていないとのこと。
56 他の LAG でもスタッフを地元採用という考えはないようである。専門能力、経験が重視される。また、国
内どころか海外まででも働きに出かけるのが移民国であったアイルランド人の特徴だと思われる。したがっ
て、技術者、専門的職業に関しては、流動性は高いといえる。
57 近年、道路がよくなり車での長距離通勤が可能となった。近年アイルランド農村に増加しているコミュー
ターの一人(というよりは、彼女の場合は都市から農村に通勤する逆コミューターか)と言える。
- 30 -
図表 4-3
スタッフの役割分担
職名
事務局長(Manager)
主な職務内容
・中央政府との契約及び役員会の指示に基づく事業の管理
・スタッフの採用、管理
・外部機関との連携
・資金管理、事業の総括
コミュニティ振興担当
(Community Development
Officer)
・地域における社会的・経済的生活水準の向上を図る計画の
ため、グループ・個人との連携、支援
・主要な活動家の掘り起こし、グループの設立
・ニーズの把握と必要な訓練の実施、マネジメントの向上
事業振興担当
(Enterprise Officer)
・地域における企業家精神の高揚、新規アイデアの創出や既
存事業の発展などの助言・指導
・ビジネスプラン作成の助言・指導(他事業を含む。)
食料品振興担当
(Food Development
Officer)
・食料品部門の振興の促進、
「食料品振興・マーケティング計
画」の実行
・新製品の掘り起こしの支援
・付加価値、輸出入代替機会の識別
・「地域食品」の振興、「ティパラリ・ブランド」の地産食品
のマーケティングの支援
出所:Tipperary LEADER Group[2000]を基に作成
3.
事業の運営
3.1
運営費の調達
LEADERⅠの立ち上げに際しては、公的資金が入るまでのつなぎとして、構成団体から
21,000IR£を無利子の 6 ヶ月ローンで借り上げた。LEADER+では、管理運営費は、公的資
金の 3 割を上限に、100%補助金でまかなうことが認められている。LEADERⅠ及びⅡにおい
ては、一部自己資金が必要であったが、この運営費は補助事業者からの手数料の徴収等により
まかなわれた。
3.2
具体的な業務の流れ
TLG の主な業務の流れを図表 4-4 で示した。まず、LAG として地域振興のビジネスプラン
を策定し、これに基づき地域内の個人やグループに事業への応募を呼びかける広報を行ってい
る。地元ラジオや各地での説明会などで周知を図っており、図表 4-5 のような文面のチラシで
募集を行っている58。
事業者から申請があると、事務局スタッフによる事前指導、審査を経て評価委員会による評
価を行う。最終的には役員会で決定される。事業者による事業実施と経費の支払いを確認した
上で、補助金を交付することになる。単なる補助金の交付機関ではなく、申請前の段階から相
談を受け、助言や指導を行うため、専門的なスタッフを擁しているのがアイルランドの LAG
の特徴といえる。
58
TLG の取組は 10 年以上の実績があり、地域にかなり浸透しているはずと思われるが、ディバーン事務局
長が最近会った中で LEADER を知らない人がまだ残念ながらいたとのことである。
- 31 -
図表 4-4
業務の流れ
(TLG)
(事業実施主体=地域の個人・グループ)
地域のビジネスプランの策定
↓
事業の広報・募集
広報・募集
地元紙、ラジオ
PR ちらし配布
新規事業の構想・相談
ビジネスプランの作成
など
↓
事業の申請・相談の受付
相談
実施可能性の審査
指導・助言
事業内容、現地審査
↓
事業の指導・助言
補助金申請
補助金の申請
↓
評価
評価委員会での事業評価
↓
補助金の決定
役員会で補助金の決定
↓
↓
事業の監視
監視・指導
自己資金の調達
事業主体へ補助金の支払い
完了報告
事業の実施
補助金の支払い
経費の支払い
出所:聞き取りを基に筆者作成
図表 4-5
説明会の案内チラシ
アイデア募集!
あなたは、ビジネス、環境、文化又はコミュニティ振興に関する革
新的なアイデアを持つ個人又はグループですか?もしそうであれ
ば、
来たれ
ティパラリ・リーダー・グループの
説明会へ
場所 バンシャ、オールドチャーチ
期日 5 月 13 日(火)
時間 午後 8 時
バンシャ出身でマウントジョイ刑務所長のジョン・ロナガン氏が来
賓として出席し講演予定
出所:TLG 資料
- 32 -
3.3
事業振興とコミュニティ振興
TLG が行う事業は、事業振興とコミュニティ振興に大別され、それぞれ担当オフィサーを設
置している。事業振興は、個人や企業などの事業主が対象であり、どちらかというと申請が出
てくるのを待って対応するのであるが、コミュニティ振興は、LAG 側からの働きかけが重要で
ある。今回訪問した際には、コミュニティ振興担当のメアリから話を聞くことができた。
LEADER+でコミュニティのプロジェクトワークの事業を募集したところ 30 の応募があり、
4 地区をピックアップし、パートナーシップの形成や地域プランの作成などの支援をしている
ところである。彼女の仕事はコーディネートであり、現場の指導は、独立の推進員に委託して
行っている。また、コミュニティトレーナーと契約し、訓練プログラムの実施を行っている。
ユニークな取組として、
「ティパラリ・ゴールデン・マイル」という競技会を行っている。地
域の人たちに地域の環境について意識してもらい、後世に伝えることを目的としている。
「なる
べく手をかけない」ことがこの競技会のルールとのことである59。
1996 年に 5 日間訪問した際は、LEADERⅡの取り組みが始まったところで、個人や団体か
らの申請が出され、担当者はそのビジネスプランの審査、指導に追われていた。その際、申請
者の自宅訪問、事業内容の聞き取りに同行させてもらい、実際の現場を見ることができた。そ
こで登場していたのは、農家民宿を開設するための自宅の改装や納屋の改装が大半で、そのほ
か、青少年のキャンプ場の設置、葬儀会社の設備整備といった事業であった。特に先駆的なプ
ロジェクトとは思えず、どちらかというとばら撒き補助ではないかという印象を受けた。
事業選定に当たってのポイントは、
「①ビジネスとしての成功性、②雇用の創出、③地域社会
への貢献」を見るとのことであった。LEADER 事業の公的資金の補助率は、原則として 50%
であるから、事業実施主体は、マッチングファンド(自己資金)の確保を求められる。自己資
金の確保ができるかどうかも重要なポイントとされていた。
3.4
情報公開
TLG の補助金を受けた事業は、次のような標識を掲示することになっている。
TLG の標識
「この事業はティパラリ・リーダー・グ
ループの支援事業である。
全国振興計画 2000-2006 のもと、EU 及
びアイルランド政府の補助金を受けて
いる。」
これは、公的な資金を受けていることを対外的に明示するものである。他の広報資料も同様
であるが、TLG、LEADER+、EU 及び全国振興計画(NDP)のロゴマークが入っている。
59
この「ゴールデン・マイル」のリーフレットを見ると、アイルランドの田舎らしさの残るティパラリも結
構いいところだと思えてくる。
- 33 -
TLG は、特に情報公開には積極的に取り組んでいるといえる60。LEADERⅠが終了した時点
では、全ての補助事業について受益者の氏名と補助金額を新聞広告に掲載した。公的な資金を
使っているのだから公開は当然という姿勢である。
4.
LEADER+のビジネスプラン
LEADER 事業の特徴の1つとして、地域のパートナーシップによる LAG に自分たちの地域
のことを自ら考え、地域振興のための「ビジネスプラン」の作成を求めていることがあげられ
る。このビジネスプランは、地域の資源と課題を踏まえ、目標を設定し、事業計画を示すもの
となっている。以下に TLG の LEADER+のためのビジネスプラン61の具体的内容を示す。
4.1
地域の資源と抱える課題
TLG は、農業、農村景観を活かし、ツーリズムに力を入れてきたが、これといった目玉やプ
ログラムがなく、アクセスの悪さもあり、期待したほどには成功していない。歴史遺産も上げ
られているが、名があるものはない。LEADER+のビジネスプランでは、低投入農業、新エネ
ルギーに取り組むほか、自然景観や文化資源の活用を図ることとしている。
他の農村地域と同じく、ティパラリの抱える課題は多い。中でも LEADER+が取り組むべ
き課題としては、次の項目があげられている。
・特に女性、若者、高齢者が、経済成長の恩恵を得ることの困難性
・農業の衰退、離農者と雇用者が求めるスキルのミスマッチ
・農村地域の人口減少と他地域の人口増加圧力
・交通混雑の増加にみられる環境悪化、自然環境の悪化、水質悪化、農地の富栄養化、住宅建
設圧力、大規模廃棄物処理施設
・一部地域へのツーリズム活動の集中
4.2
目標
上記の資源と課題を受け、総合目標は「農業中心からポスト農業のハイテクノロジー社会へ
移行しつつある農村地域に典型的な経済的、社会的ニーズに取り組む」ことである。併せて、
目標達成のため、自然・文化資源の保全と向上に寄与する方法をとることとしている62。
個別の目標としては、次の 4 つの目標を掲げている63。
・従来の食料生産の経済的重要性の低下に伴って引き起こされた中長期的な社会的・経済的問
題(人口減少など)及び環境問題への対応:適度な農家数の維持、土地の活用、農外雇用の
供給など
・コミュニティの能力の向上
・地域内、国内、国際間の連携の助長
・参画精神の促進:弱い立場の人たちが疎外されないように
60
ティパラリでは、最初に設立された LAG で資金の不正使用が発覚して問題となり、新たに LAG を設立し
て出直した経緯があるため、特に透明性に気をつかっているといえる。
61 ビジネスプランの作成に当たっては、TLG は、コンサルタントへの委託は行わず、自分たちの手で作り上
げたとのことである。
62 LEADER+では、各 LAG が自分のテーマを選択する。TLG は「自然・文化資源」をテーマとする。
63 LEADERⅡの目標(①富の創出、②雇用の創出、③適切な助言の提供、資金調達手段、グループの能力振
興等の基盤整備、④事業主体として自立可能なグループの設立)と比べ、事業振興に重きをおくスタンスか
ら、環境やコミュニティを重視するスタンスへのシフトがうかがえる。
- 34 -
図表 4-6 事業計画
手法
行 動
低 投 入 ・Teagasc(農業食料品振興機関)及び
IOFGA(アイルランド有機農業者協
食料品
会)の有機農業計画の支援
生産
・食料品振興担当の雇用
・省力技術の考案
・有機生産の調査
・伝統的な種子、食料品の保持
・マーケティング:生産者グループ
・消費者教育、支援プログラム
低 投 入 ・食料品振興・生産センター
食 料 品 ・付加価値機会の発掘
処理
・マーケティング:ブランドの展開、実
行可能性調査、調査研究、訓練
連携先
Teagasc
FAS(訓練雇用機関)
IOFGA
小売業者
農業組織
CEB
大学
内
容
ティパラリには有機農業の登録生産者が 29 いる。LEADER+でこれを 200 に増やすのを目
標とする。全国的な労働力不足の中、有機農業では、集約的な労働投下が課題となっているこ
とから、有機牛肉、有機穀物など労働投下が少なくてすむ分野への集中、未開発労働力の開発、
省力装置の開発などが求められている。TLG は、省力研究開発、農業訓練就学者やツーリスト、
移民、退職者などの未開発労働者の掘り起こしを支援する。
また、地域の自然資源の質の向上及び環境バランスの維持のため、種の多様性に取り組むこ
ととし、関係団体と連携する。
さらに、生産者と消費者のリンクを図るため、有機生産者グループの立ち上げを支援する。
商品価格の引き下げ圧力、調理済食品への需要の増大があり、農家の間で食料品部門におい
て付加価値生産の必要性の認識が高まってきた。TLG は、LEADER+において、食料品部門
におけるニッチマーケットレベルでの付加価値生産を振興する。そのため、民間、コミュニテ
ィグループの試作品開発、マーケットリサーチ、訓練、生産の立ち上げ等に補助する。
特に、ティパラリ・ラベルの重要性を認識し、ティパラリ食料品生産全体でのラベルとマー
ケティング機構を振興する。
ティパラリ・エネルギー機構や LEADERⅠ、Ⅱで補助したリムリック大学の水力発電プロジ
アイルランドエネルギ
再 生 可 ・再生可能エネルギーの検討
ェクトとの連携を確立する。小風力、小水力、嫌気性分解プログラムの農家支援特別パッケー
能 エ ネ ・調査研究:水力発電、バイオマスなど ー機関
TRBDI(ティパラリ農 ジの提供、再生可能エネルギーの教育、訓練などを提供する。
ルギー
・風力
専門機関と連携し、農家や民間、コミュニティ部門へ助言・相談サービスを提供する。農業
村振興協会)
・嫌気性分解
廃棄物の資源への転換を進める。
農業組織
・集団的下水・水処理
自治体
・助言サービス
TLG の関心は、持続可能な開発にある。自然景観の向上を基本としたプログラムの実行に取
Duchas(アイルランド
自 然 資 ・空間戦略
り組む。都市のスプロールや開発、ツーリズムが農村景観とコミュニティへの新しい圧力とな
遺産サービス)
源
・田園計画
っている。
遺産評議会
・集水池の保護
自治体を中心とする地域振興パートナーシップの一員として空間戦略に取り組む。競技会の
自治体
・美化
コミュニティグループ 開催、コミュニティグループへの資金援助により水の保全、環境美化に取り組む。
・伝統建築
・野生生物の保護プログラム
・教育プログラム
LEADERⅠ、Ⅱを通じて、コミュニティグループの組織化、地域の課題に取り組む能力育成
Duchas
文 化 資 ・伝統音楽
に努めてきた。引き続き、コミュニティ計画、事業化の支援、グループ間ネットワークの促進
芸術・文化グループ
源
・伝統製品のマーケティング
に取り組む。
職業訓練センター
・コミュニティ遺産の調査
また、伝統音楽、伝統工芸品、食料品生産の保存、マーケティングの支援、コミュニティの
FAS
・コミュニティ・プランニング
資源の掘り起こし、地域の歴史や文化研究の支援を行う。
自治体の学芸員
・事業への助言
LEADERⅡを通じ、地域でグループの組織、管理、計画を行う人材の不足を痛感。訓練コー
など
・部門別組織
スを提供する。
・訓練者の訓練
特に再生可能エネルギーについて、情報交換、技術移転を図る。ウェブ・サイトの開発、海
地 域 ・ウェブサイト
LEADER グループ
外技術の視察、国際会議の組織に取り組む。
間・国境 ・再生可能エネルギーの視察
地域の関係者
間連携
・政策フォーラム
自治体
ティパラリ・エネルギ
ー局
出所:Tipperary LEADER Group[2000]を基に筆者作成
シャノン開発
CEB
取引評議会
商業関係者
- 35 -
4.3
事業計画
目標達成のため、図表 4-6 に掲げる事業を計画している。取り組む分野として、
「低投入食料
品生産」、「低投入食料品処理」、「再生可能エネルギー」、「自然資源」、「文化資源」、「地域間・
国境間連携」があげられており、それぞれ行動内容や連携先、具体的な事業内容が掲げられて
いる。LEADERⅠ及びⅡで中心であった農村ツーリズムは前面に出ておらず、食料品関係やエ
ネルギー関係に力をいれるようになったことがうかがえる。
5.
事業の実施状況
TLG は LEADER+のグループに位置づけられているが、NRDP の資金も受けている。第 3
期プログラムの 2004 年 9 月末時点の実施状況は図 4-7 のとおりとなっている。
図表 4-7
TLG の事業実施状況
事業の区分
単位:千ユーロ
予算額
+
NRDP
事業承認済額
計
+
NRDP
差引残
計
+
NRDP
計
訓練
157
13
170
252
4
256
-95
11
-84
分析・開発
313
55
368
142
49
191
171
6
177
革新的中小企業
313
149
462
298
10
308
15
139
154
農業の活用
670
670
163
163
507
507
自然資源の活用
392
392
404
404
-12
-12
環境事業
627
627
239
239
388
388
国境間事業
316
316
78
78
238
238
事務管理
593
187
780
593
187
780
0
0
0
能力構築
644
200
844
644
200
844
0
0
0
農村ツーリズム
430
430
267
267
163
163
農業ツーリズム
215
215
203
203
12
12
1,248
5,274
918
3,732
330
1,542
4,026
計
2,814
1,212
出所:TLG 資料
ツーリズムは、もはや革新的ではないということで、LEADER+の対象からは外れたが、
NRDP の資金で実施できるようになっている。能力構築に最も多く予算が配分されており、事
務管理が次いでいる。そのほか、事業計画に掲げられた農業の活用や環境事業に多くの予算が
配分されているが、実際に事業承認された割合は少ない。目標として掲げているが、現実には
なかなか進んでいないようである。途中経過ではあるが、農村・農業ツーリズムへの承認額が
比較的多い状況となっている。
6.
成果と課題
LEADERⅠとⅡの成果は図表 4-8 のように総括されている。例えば、この成果を新規雇用数
のみで見ると、LEADERⅡでは新規雇用一人当たり約 300 万円要したことになる。費用対効果
としては、あまりいい数字とはいえない。しかし、LEADER の補助金が呼び水となり、それ
まで実現していなかった事業の提案が喚起されたり、実際に投資されるようになったこと、今
後発展していく可能性を勘案すると長期的なビジネスの振興としては成果を上げているといえ
- 36 -
るのではないかと考える。また、LEADERⅡでは、LEADERⅠに比べて「新グループの結成」
や「グループの再生」といったコミュニティ振興に関わる成果が増加している点が注目される
ところである。
図表 4-8
LEADER 提案の
喚起
補助件
数
平均補助
額
維持雇
用
新規雇
用
新グル
ープの
結成
グ ル ー 新ビジ
プ の 再 ネスの
生
形成
Ⅰ
375
197
£ 7,900
251
89
2
7
19
Ⅱ
480
235
£12,900
142
158
30
152
33
出所:Tipperary LEADER Group[2002]
ティパラリの状況は、アイルランドの中でも辺境というわけではないが、主要都市からは離
れたやや不便なところ、またこれといった目を引く資源も乏しい。平凡だが美しい景観が残る
という、日本の多くの農村地域と似た状況にある。アイルランドの経済発展の中で、取り残さ
れそうになりつつ、生活の向上や能力構築に力を入れてきている。
その成果は具体的にはまだ見えない。農村ツーリズムに力を入れてきたものの、あまりうま
くいっていないという現実もある。1996 年に訪問した際、ディバーン事務局長は、
「LEADER
の導入により、小さな組織やコミュニティが公的な支援を得られるようになり、人々が希望を
持てるようになった。住民から LEADER は、自分たちのものだという意識(ownership)を
持たれている。相手の立場に立った親切なアプローチが LEADER の特徴であり、地域の人々
にとって心のよりどころになっている。」と主張されていた。地域住民やコミュニティの意識変
革を促し、将来へ向けた地域づくりへの意欲を引き出したことは大きな功績といえる。地域の
人々は、自らもリスクを負いつつ、新事業に取り組んでいる。これらの投資が、将来の地域振
興にいかに生かされるか、今後の課題である。
- 37 -
第5章
ゴールウェイ・カウンティ・ディベロップメント・ボードの取組
本章では、アイルランドの自治体改革により、近年新しく誕生したカウンティ・ディベロッ
プメント・ボード(CDB)の取組について、ゴールウェイ県(County Galway)の事例を取り
上げて紹介し、その意義と限界について考察する。
併せて、ゴールウェイ県の LAG であるゴールウェイ農村振興の取組を紹介し、CDB の導入
により変化した自治体と LAG の関係について検討する。
1.
地域の概況
ゴールウェイ県は、アイルランドに 29 あるカウンティ(県)の 1 つで、大西洋に面するア
イルランド西部の真ん中に位置する。大半が農村地域であり、面積 6,149k ㎡、人口約 13 万人
(1996 年)となっている。ただし、ゴールウェイの中心都市、ゴールウェイ市(人口約 5 万 7
千人)は、アイルランドの 5 大都市の一つであり、独立した別の自治体に区分される。
ゴールウェイは、アイルランドで最もゲール語 64人口の多い地域である。したがって、伝統
的なアイルランド色の強く残る地域といえる。風光明媚なコネマラ地方やアラン諸島など著名
な観光地、美しい自然と独特の文化に恵まれている。ツーリズムは、ゴールウェイ市及び県に
おいて重要な産業である。また、県土の約 54%は農地となっている。
ゴールウェイ県の主要産業は、農業(22.6%)、製造業(17.3%)のほか、林業、漁業、観光
などである。農業規模は一般的に小さく、兼業が多い。人口の増加率は、全国平均を下回って
いる。
2.
ゴールウェイ CDB の設立と活動経緯
2.1
組織と役割
ゴールウェイ CDB は、ゴールウェイ市を除くゴールウェイ県をエリアとし、2000 年 3 月に
設立された。図表 5-1 に掲げる地方政府、地域振興機関、国の機関及び社会的パートナー31 機
関の代表 31 名で構成される。地域振興機関には、LEADER 事業の LAG も含まれている。ゴ
ールウェイ県の大半をエリアとする「ゴールウェイ農村振興(Galway Rural Development、
GRD)」、アラン島などアイルランド内の人が居住する 33 の島をエリアとする「Comhda’il
Oirea’in na hE’ireann」及びアイルランド内のゲール語地区をエリアとする「MFG Teo」の 3
つである。GRD は、LEADER 会社のほか、社会的統合事業のパートナーシップ会社にもなっ
ている。31 機関のうち、国の機関が 10 を占めており、地域行政の中で国機関の役割が大きい
ことがうかがえる。
CDB の役割は、域内の公的資金を使ったサービスの統合である。LEADER 事業も当然、こ
の中に含まれる。しかし、CDB 自身は資金を持っていない。CDB は各機関のプロジェクトを
調整、統合し、2002∼2012 年間の長期計画「協働で未来を創る−ゴールウェイ県経済・社会・
文化振興戦略」を策定した。現在は、この計画に沿った事業の実施を各機関に求めているとこ
ろである。
64
アイルランドの公用語は、アイルランド語(ゲール語)であるが、日常生活ではアイルランド語を話す人
は少なく、英語人口の割合は英国より高いといわれている。
- 38 -
図表 5-1 ゴールウェイ CDB を構成する関係組織
地方政府
(4) ゴールウェイ・カウンティ・カウンシル
タウン・カウンシル65 (Ballinasloe、Tuam、Loughrea)
地域振興機関(6) ゴールウェイ CEB66
LEADER 会 社 ( ゴ ー ル ウ ェ イ 農 村 振 興 、 Comhda’il Oirea’in na
hE’ireann、MFG Teo)
パートナーシップ会社67(ゴールウェイ農村振興、Cumas Teo)
国の機関
(10) ゴールウェイ県職業教育センター
社会コミュニティ家族省
エンタープライズ・アイルランド
FA’S(訓練雇用機関)
An Ga’rda Si’ocha’na(警察)
西部地域 IDA アイルランド(産業振興局)
アイルランド西部観光
Teagasc(農業食料品振興機関)
西部振興委員会
西部保健委員会
社会的パートナー 雇用者・ビジネス関係団体(CIF、ゴールウェイ商工会議所、IBEC、SFA、
(11) WestBic)
農業関係団体(ICMSA、IFA、Macra na Feirme、ICOS)
労働組合
コミュニティー・ボランタリー部門(ゴールウェイ県コミュニティ・フ
ォーラム)
出所:Galway County Development Board[2002、p.3]を基に作成
2.2
活動経緯
CDB が 2002 年3月に 10 年計画を策定するまでの経緯を図表 5-2 に掲げている。パートナ
ーシップアプローチによる地域の計画はアイルランドでは新しい取り組みであり、この 8 段階
のプロセスは、国の示したガイドラインに沿ったものである。
まず最初に取り組んだのは、県内のサービス水準の現状の評価と将来の振興を導く展望表明
(Vision Statement)についての合意である。そのため、4 つのワーキンググループを設置し
た。また、県内のコミュニティやボランタリー組織の声を反映するため、6 つの地域フォーラ
ムが設立された。地域フォーラムは、327 のコミュニティとボランタリーグループを代表し、
これらの機関を戦略的な計画立案過程に公式に巻き込む仕組みとなるものである。
このような議論を通じて次の展望表明が形成された(Galway County Development Board
[2002、p.7])。
「ゴールウェイ県−美しく大切に育まれた景観。そこは、活気あるコミュニティの中で自信
に満ち、健康的で教養ある市民が住むところ。文化的差異が尊重され、奨励されるところ。誰
もが経済的、社会的、文化的生活に活発に参加できるところ。そして、人々が妥当な水準のサ
ービスと社会基盤へ平等にアクセスできるところ。」
65
カウンティ(県)の多くの部分(しかし全部ではない)にある町レベルの自治体。アイルランド全体で 80
町あり、人口の約 14%が居住する。県の議員と町の議員を兼ねることは可能。
66 County /City Enterprise Board(CEB)は、労働者 10 人以下の小企業へ補助金等の支援を行う。詳しく
は第 6 章で紹介する。通常カウンティとシティには別々の CEB があるが、ゴールウェイの Galway County &
City Enterprise Board の場合は例外的に両方のエリアをカバーする。
67 社会的統合事業のパートナーシップ組織
- 39 -
図表 5-2
長期計画策定経緯
段 階
①活動開始
時 期
2000 年 3 月
内
容
・CDB の設立
・4ワーキンググループ「基盤整備」、
「雇用・社会的統合」、
「経済振興」、「ゲール語地区・島嶼・文化」の立ち上げ
・ゴールウェイ県コミュニティ・フォーラムの設立
②提供サービス 2000 年 3 月 ・26 の主要課題の抽出
の精査
∼6 月
・ゴールウェイ県の社会的、文化的、経済的概観を示す 70
の地図とデータ表からなる図表集の作成
③経済的、社会 2000 年 3 月 ・76 回のワーキンググループのプレゼンテーション
的、文化的現 ∼2001 年 4 ・地域フォーラム会議で主要課題の議論(2000 年 11 月に
327 グループを代表する 6 つの地域フォーラムを設置)
月
状の分析
④SWOT 分析
⑤展望、目標、
目的の展開
⑥振興戦略の選
択と認定
2001 年 4 月 ・ワーキンググループ報告
∼5 月
・地域フォーラム会議
・259 の公的、地域振興、コミュニティ機関の参加による「協
働で未来を創る」協議会
2001 年 6 月 ・地域フォーラム会議
∼11 月
・展望、目標、目的について CDB 及びワーキンググループ
による検討
・ワーキンググループ報告の修正準備
2001 年 11 ・ゴールウェイ県コミュニティ・フォーラムの指導的グルー
プの公式選定
月∼2002 年
・「ゴールウェイ県社会経済文化戦略 2002-2012」の素案
2月
・戦略素案の修正のための公開の機関・フォーラム会議
2002 年 3 月 ・「ゴールウェイ県社会経済文化戦略 2002-2012」最終案の
CDB による採択と議会による公認
・「協働により未来を創る」
2002 年 ∼ ・「協働により未来を創る」の実行
2012 年
⑦指標と主要な
成果分野の確
立
⑧監視、フィー
ドバック、評
価
出所:Galway County Development Board[2002、pp.4-5]を基に作成
3.
ゴールウェイ CDB の活動と評価
3.1
長期計画の概要
策定された長期計画「協働で未来を創る(Working Together Shaping Our Future)」は、ゴ
ールウェイの人々の経済的、社会的、文化的幸福を促進するため、8 分野の戦略目的を掲げて
いる。さらに、それぞれの分野別に、数個の副課題が設定され、副課題ごとに、1つの目標(Goal)、
複数の目的(Objectives)、そのための行動(Actions)と担当組織(Partners)、成果目標
(Outcomes)を示すものとなっている。
具体的な例として、戦略目的 4 の「コミュニティへの投資」を取り上げてみる。まず、コミ
ュニティは、人々が暮らし、働き、学び、付き合い、様々な活動を行う中心だとして、4 つの
副課題が設定されている。
この中で、「4.1
コミュニティへの積極的関わり」については、
県内にはコミュニティ及びボランタリーな活動の強い伝統が存在するものの、ボランティア人
口が減少しつつあるため、ボランティア活動を支持するための戦略が必要とし、図表 5-3 のよ
うな目標と目的、行動計画(ここでは目的 4.1.1 に係るもののみ掲載)が掲げられている。
- 40 -
このように、長期計画は、ゴールウェイ県の目指す姿である<展望表明>から、そのための
<戦略目的−副課題−目標−目的>を掲げるとともに、具体的な<行動計画−担当組織−成果
目標>を体系的に整理し、各パートナーシップ組織の役割と達成期限を明示するものとなって
いる。
それぞれの戦略目的ごとに掲げられた行動計画は、
「強い経済基盤」が 28、
「豊かな自然資源
の管理」が 65、「働き、学ぶ機会」が 40、「コミュニティへの投資」が 89、「サービスへのア
クセス」が 24、「生きたゲール語地区」が 58、「活気ある島コミュニティ」が 34、「すばらし
い文化的多様性」が 28 である。全体で 366 の具体的な行動が、担当する組織、成果目標とと
もに明示された計画となっている。特徴は、コミュニティの活性化や文化の多様性が重視され
ていること、いわゆる「ハード事業」がほとんどなく、
「ソフト事業」中心だということである。
また、地方政府が直接担当する行動はごく一部にとどまり、大半の行動計画は、国機関、地域
振興機関、社会的パートナーの組織が分担する事業となっている。
この中で、例にあげた目的 4.1.1 は、「コミュニティ能力構築事業の展開」となっているが、
この行動計画の担当組織としては、LEADER の LAG であるゴールウェイ農村振興が主要な役
割を担っていることがわかる。
図表 5-3
長期計画の構成
<戦略目的>
1 強い経済基盤
2 豊かな自然資源の管理
3 働き、学ぶ機会
4 コミュニティへの投資
5 サービスへのアクセス
6 生きたゲール語地区
7 活気ある島コミュニティ
8 すばらしい文化的多様性
→
<戦略目的 4 の副課題>
4.1 コミュニティへの積極的関わり
4.2 コミュニティ資産の構築
4.3 安全なコミュニティの創出
4.4 コミュニティの健康と安寧
↓
<副課題 4.1 の目標>
4.1「地域コミュニティの能力を強化し、ボランタリー活動を支援し、全ての個人とグループ
が十分に社会貢献できる潜在力を最大化するための機会を創出する首尾一貫し、統合さ
れた社会的投資戦略の振興」
↓
<副課題 4.1 の目的>
4.1.1「コミュニティ及び末端のグループがより大きな参加、代表及び自信を達成するため、
より優れた知識、技術、能力の獲得を援助するためのコミュニティ能力構築事業の展
開」
4.1.2「コミュニティが、自らのコミュニティの振興に積極的に貢献するために必要な人的資
源及び財政的資源へのアクセスができるようにする調整及び統合された投資戦略の振
興」
↓
- 41 -
<目的 4.1.1 の行動計画>
行動
担当組織68
成果目標
地域コミュニティとボランタリ CDB、ゴールウェイ農村振興 2003 年までに
ーグループのニーズ調査の実施
ほか
ニーズ調査を完了
コミュニティ及びボランタリー
グループの事業振興サポートを
提供する助言者団の設立
コミュニティ及びボランタリー
グループのための能力構築プロ
グラムの展開
社会的統合を実践するため、ボラ
ンタリーグループを援助する実
施方法の認定と合意
ゴールウェイ県コミュニティ・フ
ォーラムの目的を助長する行動
計画の実行
ゴールウェイ県コミュニティ・フ
ォーラムと連携した若者フォー
ラムの振興
資源を最大限活用するための地
域基盤に係るコミュニティグル
ープのネットワークの振興
代表制及び参加型コミュニティ
グループ組織に関する優良事例
の調査と記録
CDB ほか
2006 年までに
助言者団を設立
ゴ ー ル ウ ェ イ 農 村 振 興 、 2006 年までに
Cumas Teo ほか
いくつかのプログラムの
実施
ゴ ー ル ウ ェ イ 農 村 振 興 、 2006 年までに
Cumas Teo、MFG Teo ほか
優良事例の認定と記録
ゴールウェイ県コミュニテ
ィ・フォーラム、ゴールウェ
イ農村振興、Cumas Teo ほか
職業教育委員会ほか
ゴールウェイ県コミュニテ
ィ・フォーラム、Cumas Teo、
ゴールウェイ農村振興
ゴールウェイ県コミュニテ
ィ・フォーラム、Cumas Teo、
ゴールウェイ農村振興
2006 年までに
コミュニティグループに
よる参加と関与の増加
2006 年までに
若者のコミュニティ・フォ
ーラムへの活発な参加
年当たり
最大 6 事業の資金を賄う
財源の提供
2003 年までに
優良事例に関する情報の
収集と調査研究の完了
出所:Galway County Development Board[2002、p.99]を基に作成
3.2
CDB の評価
3.2.1
自治体の役割
CDB の事務局は、自治体のコミュニティ事業部が努めており、ゴールウェイ県では、コミュ
ニティ事業部長のフランク・ドーソン氏69が、CDB の実質的なコーディネーター役である。ド
ーソン氏は県のマネジャーの下に 5 人いる部長の 1 人である。現在のスタッフはドーソン部長
の外 5 人であり、他県の CDB の2∼3 人と比べると比較的多い。ゴールウェイ県が CDB の取
組に力を入れている現われといえる。
図表 5-3 に行動計画の一例をあげているが、全体的にみても、担当組織としてゴールウェイ
県の担うところは少ない。アイルランドの自治体は、もともと地域におけるサービスの一部し
か担っていなかったためである。CDB における自治体の役割は、調整にあると思われる。した
がって、CDB がうまく機能するかどうかは、コーディネーターの力量にかかってくる。
ドーソン部長の場合、CDB のコーディネーターであるとともに、CDB メンバーの 1 人であ
68
実際の計画書では、主導パートナーとその他のパートナーの組織名が掲げられているが、ここでは、主導
パートナーのみ名前をあげた。
69 ドーソン部長は、ゴールウェイに来る前は、スライゴーの CEB の執行責任者を務めていた。当時スライゴ
ーには LEADER がなく、彼が LEADER の導入を図ろうとしたところ、他の CEB のメンバーに反対された
そうである。他のメンバーは LEADER を脅威と感じたが、ドーソン部長は、LEADER は少ないコストの助
成でビューロクラシーが少なく、脅威ではないと考えている。
- 42 -
る県マネジャーの部下でもある立場である。したがって、CDB の運営に当たっては、他のメン
バーから不公平だと思われないよう気を使うとのことである。ドーソン部長の考えでは、パー
トナーシップ関係がうまくいくかどうかは、人間関係にかかっている。そこで、彼は、人を平
等に扱い、公正な決定をすることに留意している。これは、かなり、デリケートな仕事と思わ
れる。
ゴールウェイ県庁70
3.2.2
フランク・ドーソン部長
成果と限界
ゴールウェイでは、CDB の立ち上げに当たって、コミュニティグループの掘り起こしを行っ
た。ドーソン部長の話では、それまではコミュニティグループの把握がされていなかったため、
リストアップが大変だったとのことである。CDB の取組をつうじて、地方自治体は、これまで
のハード中心 71から、より人々に近づいたとし、彼はこれを「ガバメントからガバナンスへ」
の動きと考えている。一方、中央政府が導入した機構であるにも関わらず、国の機関が非協力
的でビジョンがないと感じている。CDB の定義が明確でないため、タスクフォースが十分機能
していないと嘆いている。
これまで、アイルランドの地方政府が限定的な機能しか担っておらず、地域の統合的な振興
が図られていなかったことを考えると、CDB の導入と取組は画期的なことと考える。地域のコ
ミュニティやボランタリーグループの掘り起こしと計画への参画が図られたこと、地域におけ
る様々な機関が参集して、総合的戦略的な長期計画が策定され、実施されていることなど、取
組自体の成果は大きいといえる。
しかし、今回のアイルランド訪問時のインタビューでは、CDB について、理念はともかく、
実際にはあまり効果が上がっていないのではという声が多かった。本来ばらばらの機関をまと
めるのは至難の技であるが、CDB に実質的な権限がないのが課題と思われる。
4.
ゴールウェイ農村振興の取組
4.1
特徴
CDB のパートナーとして、LEADER の LAG も大きな役割を果たしている。ゴールウェイ
CDB では、3 つの LEADER 会社がメンバーとなっているが、島嶼部とゲール語地区を除く県
土の大半の区域を所管するのがゴールウェイ農村振興(Galway Rural Development Company
70
71
自治体としては別組織のゴールウェイ市の中心部にある。
アイルランドの自治体は、従来、住宅や道路などの限定的な機能しか担っていなかった。
- 43 -
Ltd.、GRD)である。面積 4,690k ㎡はゲール語地区を所管する MFG Teo に次いで 2 番目 72の
大きさである。人口は 109,000 人、今期の LEADER の予算額は 740 万ユーロ、うち公的資金
は 490 万ユーロとなっている。
GRD は 1994 年 7 月に設立された。LEADERⅠでの取組はなく、LEADERⅡからの取組で
ある。公的機関、社会的パートナー、事業者、農業者、コミュニティ及びボランタリー部門を
代表する 23 のメンバーのパートナーシップで構成される。次の事業目的(Mission Statement)
を掲げている。
「ゴールウェイ農村振興は、農村コミュニティが地域の経済的及び社会的振興に関われるよ
う、コミュニティの能力向上に取り組む。また、パートナーシップ・アプローチを通じて、周
辺的地位にある社会的に疎外されたグループが困難を克服し、生活の質の向上が図られるよう
能力を付与し、支援する。」
町の入り口
アセンリーの中心街
GRD の事務局
GRD の事務局は、ゴールウェイ市から車で数十分、アセンリーというとても小さな町にあ
る。GRD は LEADER+ではなく NRDP(National Rural Development Programme)の LAG
に位置づけられている。このほか社会的統合事業(Social Inclusion Programme)73などの事
業にも取り組んでいる。したがって、事務局長以下 21 人と LAG としては大きなスタッフを抱
えている。GRD の事務局構成は、図表 5-4 のようになっている。
事業目的を見ても、事務局構成からも、GRD がコミュニティやグループの能力構築を第一
の目的とし、LEADER と併せ、失業者や低所得者、若者などを対象とした社会的統合事業に
かなり力を入れていることが見受けられる。GRD では、補助金の支給のみでは持続的な振興
は図れないとし、「振興の支援」と「補助金支給」の2つを自らの役割としている。このうち、
「振興の支援」では、農村コミュニティや個人が、地域のニーズを認知してそれに基づき行動
できるよう、適切な情報の提供、スタッフによる支援、助言と指導、ワークショップやセミナ
ーの開催を行うとしている。GRD は、LEADER と社会的統合事業の両事業を横断するコミュ
ニティ振興と失業者への事業・サービスの2つのチームを設けて活動している。このように、
2つの主要事業に1つの組織で総合的に取り組むことにより、農村地域におけるより幅広いニ
ーズに応える事業実施が可能となっている点が GRD の特徴である。
72
MFG Teo は、アイルランド各地に分散している。まとまった地域としては、ゴールウェイの面積は最大で
ある。
73 失業者に仕事を斡旋するなど、社会的弱者を支援する事業。アイルランドの 35 の LAG のうち、社会的統
合事業にも取り組むところは、ゴールウェイを含め 14 ある。これと比べると LEADER は恵まれた人(投資
力のある人)のための事業ということになる。
- 44 -
図表 5-4
職
ゴールウェイ農村振興の事務局構成
名
役
割
事務局長
事業・失業者サービス ・LEADER 事業での小事業支援の調整
コーディネーター
・社会的統合事業での失業者サービス(職業紹介、再就職事業など)
の調整
・LEADER 事業での事業取組に関心を持つ小企業及び個人への助言
事業オフィサー
と事業支援の提供、補助金申請の手助け
農村資源オフィサー
事業ワーカー(再就
職・事業手当計画)
職業紹介担当
コミュニティ振興コー
ディネーター
コミュニティ振興ワー
カー
住宅問題オフィサー
教育コーディネーター
特定課題ワーカー
・農業及び農業外の事業拡大に関心を持つ農家への助言と情報提供
・低所得農家を対象とした Teagasc(農業食料品振興機関)など他
機関と共同の新規事業の立案
・長期失業者のための事業支援
・再就職計画の実施
・雇用・訓練に復帰しようとする人々の支援
・顧客と 1 対1で、雇用、教育訓練機会探しの取組、面接技術や履
歴書準備の支援
・LEADER 事業及び社会的統合事業の両者のコミュニティ振興活動
の総括と取りまとめ
・コミュニティ及びグループが彼らの生活に影響を与える課題につ
いて共同で活動を行う展開過程を通じての助言と支援
・住宅問題を抱えている人々の支援
・例として、障害者の使いやすさを向上する方法の発見、県内へ又
は県内で転居する人々の支援、新居住者の統合、資産管理の助言
と訓練、住宅需要に応えるための社会的住宅の促進
・学校制度において早期離学や成績不良のおそれのある若者の教育
ニーズの支援
・彼らの両親が子供たちを助けるために必要な技術と教育が得られ
るよう支援
・障害のある人、トラベラー74、保育、交通などへの重点的取組
出所:GRD 資料を基に作成
4.2
LEADER 事業の実施要領
LEADER 事業については、振興の支援のほか、図表 5-5 に掲げる事業に補助金を支給してい
る。補助金の交付に当たっては、図表 5-6 に掲げる選定基準、留意事項が設けられている。選
定基準に掲げられている「革新性」
「デッドウェイト」
「置き換え」は、LEADERⅠの事後評価
などで問題ありとされていた項目である。LEADER 事業の有効性に関わる項目であり、選定
基準として重視されていると思われる。
留意事項をみると、コミュニティ事業に限ってではあるが、無償労働を事業経費の 50%まで
認めている。補助率が 50%であるから、実質的に自己資金(マッチングファンド)がなくても
事業の実施を可能とするものである。また、施設などの寄付も自己資金への計上を認めている。
LEADER 事業の実施で大きなネックの1つとなるのがマッチングファンドの資金調達である
が、これらの取扱によりコミュニティベースでの事業実施を促進しているといえる。また住民
のボランティア参加や経済的な貢献を促す規定である。
74
アイルランドの漂白民
- 45 -
図表 5-5 GRD の補助事業
種別
補助率
訓練
要件等
100%
・企業(設立前及び設立後)及びコミュニティ・グループ、
特に若者、女性を重点とする。
・ニーズが明らかであること、地域の社会的、経済的便益
となること。
分析開発
コミュニティ ・実現可能性調査、資源調査、試作品・サービスの開発な
事業 80%
ど。
私的事業
・未実施の分析開発であること。
50%
・限度額は、コミュニティ事業 12,500 ユーロ、私的事業
7,500 ユーロ
革新的な農村事
50%
・提案された製品又はサービスの市場が存在し、事業の経
業、工芸、地域サ
済的実現可能性があること。
ービス・設備
・新規雇用の創出又は既存小企業の雇用の維持に直接貢献
すること。
・全体の資金調達が得られること。
・事業者に事業を実施する十分な管理及び技術力があるこ
と。
※サービスの場合は、地方の小企業を支援する事業を重
点とする。通常の小売サービスなどは対象外。
農林水産品の開
50%
・ニッチマーケット向け処理設備、適当な部門の開発とマ
発
ーケティング、革新的な園芸事業、革新的な林産品、水
産養殖など。
※主流事業の補助事業による制約がある。
自然、建築、社会
50%
・小規模環境改善活動、既存のコミュニティ施設の改善、
的、文化的環境の
コミュニティ施設内の商業設備の開発、地域の文化遺産
向上
事業など
環境にやさしい
50%
・代替エネルギー、再生可能エネルギー事業、新しい技術
事業
やノウハウを使った廃棄物処理事業など
農村・農業ツーリ
ズム
50%
国境間、地域間活
動
出所:GRD 資料を基に作成
・まとまった市場性の高い既存のツーリズム製品の集積が
ある地域における新規又はグレードアップしたレジャー
施設やアトラクションの開発。
※宿泊設備は対象外
・投資額 10,000 ユーロ以下の個人、40,000 ユーロ以下の
グループのマーケティング活動。3 年間のマーケティン
グ計画を提出すること。
※個人の印刷物、ウェブサイトの開発は対象外
・アイルランド国内や他の EU 諸国(特に北アイルラン
ド)、EU 外のグループとの共同事業
図表 5-6 補助事業の選定基準、留意事項
(選定基準)
・革新性⇒手法、製品、処理、市場が地域において革新的であること。
・デッドウェイト⇒補助金がなくても実施可能な事業への補助は避ける。
・置き換え⇒地域において、類似の企業の置き換えとなる事業への補助を避ける。
・職の創出⇒新規企業の立ち上げ、既存企業の拡大、新規雇用の創出、既存雇用の維持、農
村地域における追加的、代替所得の喚起など経済活動、起業重視
・地域への便益⇒経済的便益に加え、社会的及び環境への影響・便益を審査する。
- 46 -
(留意事項)
1)設備投資の対象経費は、①建設費、②新しい機械設備の購入、③建築家、技術者などへの
報酬等諸経費(①と②の経費の 12%を上限)
2)無償労働は、コミュニティ事業に限り、事業経費の 50%まで認められる。事業の申請時
点で、無償労働の総額、労働提供者の氏名、各人の貢献額、技術水準を提出し、承認を受
けなければならない。また、終了時点で適切な第 3 者の認証を受けなければならない。会
議への出席は対象外。
3)建物、設備、サービスの寄付は、コミュニティ事業で、事前にコミュニティ・農村・ゲー
ル語地区省の書面による承認を受けた場合には、民間マッチングファンドに計上してもよ
い。
4)事業は、より適切な他の機関や事業の補助金がないか事前審査される。
5)同一事業に NRDP と併せて他の公的補助金を受けることは認められない。ただし、特定
の宝くじ資金と地域コミュニティの一般的な利益となる小規模な自治体の仕事を除く。
6)事業者(コミュニティグループを除く。)は、CEB など他の機関からの補助金を合わせて、
3 年間で 10 万ユーロを超える額を受け取ることはできない。
7)ネットワークづくり、共同・統合事業を特に促進する。
出所:GRD 資料を基に作成
4.3
事務局スタッフの活動
GRD の事務局があるアセンリーは、古い教会跡の残る遺跡の町であるが、ほんの 10 分もあ
れば町中見て廻れるくらいの小さな町である。ゴールウェイ市からは、インターシティ(列車)
で結ばれている。この町のメインストリート沿い(といっても、小さな店舗が並ぶごく短い通
り)に事務局がある。周囲は緑の田園である。スタッフは親切で親しみやすい雰囲気である。
ほとんどのスタッフは若く、前向きで、仕事への自信にあふれている感じであった。LEADER
事業を中心に、3 人から話を伺った。
事務局長のエイモン・ケリー氏の話では、GRD の
LEADER 事業で力を入れているのは、①訓練、②ツ
ーリズム、③コミュニティの向上とのことである。コ
ミュニティと一緒に働き、事業へのアドバイスをして
いる。能力向上のため、アイルランド国立大学ゴール
ウェイ校にディプロマコースを設けている。また、自
治体(県)とはいい関係を築いたと考えている。事務
局のスタッフは、地元雇用にはこだわらず、修士号を
エイモン・ケリー事務局長
持つものなど専門能力で選考している。今は、たまた
ま全員アイルランド人であるが、特に国籍にもこだわ
らない考えである。LEADER の良いところは、ビューロクラシーが少ない点である。アイル
ランドで LEADER が成果をあげている理由として、アイルランドは国が若く、人々の独立心
が強い。人の言うことを聞かず、自分で何かやろうとする傾向が強い。これが LEADER のボ
トムアップアプローチに適合したのではないかという意見であった。問題点としては、
LEADERⅡでは雇用に補助金を使うことができたが、NRDP では認められなくなったため75、
柔軟性が減ったと考えている。
LEADER 担当の事業オフィサーのマジェラは、ゴールウェイ県の隣のクレア県の出身で、
75
現在は、LEADER の代わりに CEB の補助金を使っている。
- 47 -
アイルランド国立大学ゴールウェイ校を卒業した後、リムリック大学で経済学の修士課程を修
了した76。彼女の仕事は、最初に問い合わせを受けるところから始まる。内容が適格であれば、
正式に申請してもらう。募集開始した頃は、週 20 件くらいの問い合わせがあったが、現在は
週2∼3 件である。彼女は、LEADER は、使いやすく、自分で決定でき、自分のものだという
意識を持てるため、良い事業だと考えている。事業者の能力、専門性、革新性が重要である。
不満な点は、アイルランドの補助率が、他国に比べて低いことである。スペインのグループと
国境を越えた連携事業を行っているが、同じような事業内容でも、スペインやポルトガルでは
100%補助されるものに対し、アイルランドでは 50%しか補助されない例がある。また、フラ
ンスでは自治体が上乗せ補助をしている。さらに、LEADER に限らないが、書類仕事が膨大
で、農村部の事業者に理解を得るのが大変だと考えている。
NRDP のコミュニティ・ワーカーのポーリックは、北部地域のコミュニティ振興を担当して
いる。コミュニティが行う事業に対し、原則として 50%を補助している。残りの 50%は、無
償労働や宝くじ資金で調達されている。スポーツ施設や集会施設、コミュニティセンターの整
備、地域の文化歴史の出版などの事業が行われている。コミュニティの能力の向上が中心であ
る。訓練事業として、アイルランド国立大学ゴールウェイ校にコミュニティ振興のコースを設
置している。毎月、適格な小提案があり、評価委員会にかけられ、役員会で最終決定される。
経費の支払いを確認した上で補助金を支払っている。アイルランドでは、地域の基本単位とし
て教区(パリッシュ)があるが、近年大きく変化している。15∼20 年前は地域への支援はあま
りなかった。建築ブームとなり、地域に新しいグループが形成された。またいろいろな地域の
課題に対応するためのグループが結成され、当初は課題ベースであったものが、地域ベースに
変わっていった。この 10∼15 年で人々の流動性が高まり、地域のコミュニティは変化した。
教区では、神父が高齢となり、教会へ行く人々が減ってきた。神父のいない教区も出ており、
教会の力はなくなったといえる。司教が所有していた土地や資産をコミュニティに移管する例
も多い。彼は、事業振興も重要だが、コミュニティ振興がより重要と考えている。
5.
CDB と LAG の連携
第 3 章でも述べたが、アイルランドにおける LEADER 事業の特徴の一つとして、自治体の
存在感が少ないことがあげられる。もともと、EU の中でもアイルランドは中央集権国家であ
り、地方政府は限定的な機能しか担ってこなかった。自治体改革により CDB が発足するまで
は、地域の振興への関与は少なかったといえる。アイルランドの自治体機能が弱いことは、逆
にアイルランドにおいてパートナーシップ型の地域振興事業がうまく機能した理由の1つと考
えられる77。
LEADERⅠ、Ⅱの LAG において、自治体もパートナーシップの一員ではあったが、実質的
には民間主導の運営が行われた。他の EU 諸国において、自治体の関与が大きかったところで
は、官僚的で柔軟性が失われ、LEADER 手法がうまく機能していなかったのと対象的といえ
る。しかし、アイルランドにおいても、他の EU 諸国と同様、LAG と自治体の確執はある程度
は存在した。自治体の議員から見ると、地域の振興のための補助金配分が一地域振興機関にす
ぎない LAG によって行われ、選挙によって選ばれた代表になんら権限がないことは不満であ
った。一方、多くの LAG にとって、自治体は非協力的な存在と見なされていた。
76
77
彼女は、JET プログラムの外国人指導助手として日本で働いた経験もある。
Moseley ほか[2001] においても同様の指摘がされている。
- 48 -
アイルランドの自治体改革と CDB の導入により、自治体の地域振興への関与が位置づけら
れた。LAG は、正式に CDB の一員となり、自治体のコーディネーターの関与が可能となった。
また、中央政府の指導により、LAG の理事会メンバーに自治体の議員を入れることが義務付け
られた。この 2 つの動きにより、相互の理解が深まり、自治体及び LAG の関係の改善が図ら
れた。ティパラリにおいても、ゴールウェイにおいても、自治体との関係改善が指摘されてい
る。アイルランドの LEADER 事業が成果をあげていると言われる中で、大きな問題点の一つ
であった LAG と自治体の確執については、きわめてうまく解決されたといえる。
- 49 -
第6章
アイルランドにおける LEADER 事業の特徴と革新性
本章では、これまでの事例分析をもとに、アイルランドにおける LEADER 事業の特徴とそ
の革新性について考察する。その前提として、他の EU 諸国の事例及びアイルランドの他のパ
ートナーシップ事業との比較を行い、LEADER の特徴を抽出する。
1.
他の EU 諸国との比較
他の EU 諸国の中から、ここではまずスペインの事例を取り上げる。スペインは、アイルラ
ンドと同じく、EU の中でも相対的貧困国である結束諸国78に位置づけられている。LEADER
Ⅰでは 52 の LAG が、また LEADERⅡでは 132 の LAG と 1 団体が事業に取り組んだ。Perez
[2000]によると、スペインにおいて、LEADER は、後進的農村地域の社会経済問題に取り
組む初めての公的な政策であり、また、それまで地域ベースの内発的発展アプローチはスペイ
ンでは知られていなかった。LEADERⅠにおいて、LAG の構成は地方自治体によって支配さ
れていた。EU と地域(リージョナル)政府の狭間で権限の縮小に直面した農業漁業食料省
(MAPA)は、LEADER に似た仕組みであるが MAPA が官僚的に管理する事業を導入し、権
限維持を図った。地域政府は、LEADER を自分たちの農村地域における存在感を増長する機
会とみなした。現場では、LEADER は公的資金を地域にもたらす外部からの事業と理解され
た。内発的発展の理念は普及されず、LEADER の重要性は地域の関係者に理解されていなか
った。ビジネスプランの作成は、単に公的補助金を得るための手続きであって、LEADER が
地域の将来を考えるための事業との認識はほとんどなかった79。スペインにおいては、LAG が
自治体主導で運営され、LEADER は単なる補助金獲得手段とされ、LEADER の理念であるボ
トムアップ型の地域振興が図られていなかったことがうかがえる。
このほか、Westholm ほか編[1999、p.17]は、
「LEADER 事業は、このような環境の中で、
民間部門、公的部門及びボランタリー部門の間をつなぐことができることを立証した事業の一
例である。」と指摘している。しかしながら、スウェーデンでは、伝統的に強力な地方政府が財
源を手放そうとしなかったため、パートナーシップの形成が困難であったとしている。また、
ドイツでは、公的部門がパートナーシップを支配しようとする傾向があることが指摘されてい
る。
これらの事例をみると、アイルランドでは民間主導が LEADER 事業の特徴であるが、他の
EU 諸国では、必ずしも民間主導で行われていないことがわかる。特に自治体と LAG はしばし
ば競合関係にあり、確執があることが指摘されている(井上編[1999]ほか)。柏[2002]は、
英国において、当初自治体主導のトップダウン的運営でやろうとして失敗し、住民参加型へ転
換して成功した事例を紹介している80。
2.
アイルランドにおける他のパートナーシップ事業との比較
アイルランドの LEADER の特徴は、他のパートナーシップ型事業と比較するとわかりやす
78
1993 年マーストリヒト条約において、加盟国間の経済的格差の縮小を目的に設置された結束基金の援助対
象国。国民 1 人当たり GDP が共同体平均の 90%未満の国と規定。ギリシャ、ポルトガル、スペイン、アイ
ルランドの 4 カ国。
79 ただし、経験や情報交換ネットワークによって徐々に理解が進み、現在では、多くの LAG や関係者が
LEADER は単なる補助金の供給先ではなく、内発的発展のための仕組みと認識してきているとのことである。
80 北部イングランド沿岸地域 LEADER については、柏[2002、pp.313-322]を参照。
- 50 -
図表 6-1 アイルランドのパートナーシップ比較
事業名等
LEADER
CEB(County/City Enterprise Boards)
CDB(County/City Development Boards)
所管省庁
コミュニティ・農村・ゲール語地区省
通商産業雇用省
自治環境文化省
性
格
EU 構造基金の共同体事業
EU 構造基金の加盟国事業
アイルランドの新しい自治組織
目
的
農村経済の振興
地域の企業の振興
地域内の公的資金を使ったサービスの統合
事業開始
1991 年
1993 年
2000 年
設 置 数
35 LAGs81
35 CEBs
33 CDBs
設置エリア
全農村地域(全人口の約6割)をカバー
全自治体(カウンティ/シティ)をカバー
区域は、自治体の境界とは必ずしも一致しない。
公的資金の
約1億 5000 万ユーロ(2000∼2006)
配分
組
織
アイルランド会社法に基づく有限会社
公的部門(自治体、CEB)
、コミュニティ・ボラ
ンタリー部門、民間部門のパートナーシップ
事務局は独自組織
マネジャーは民間からリクルート
約 3,000 万ユーロ(2005)
独自の予算はなし
アイルランド会社法に基づく有限会社
民間部門、自治体、国機関、コミュニティ代表
のパートナーシップ
事務局は自治体
チーフエグゼクティブは自治体職員
2001 年改正地方自治法に基づく自治組織
自治体、地域振興機関(LEADER、CEB 等)
、
国機関、社会的パートナーのパートナーシップ
事務局は自治体
コーディネーターは自治体の事業部長82
独自のビジネスプランに基づく農村地域におけ
労働者 10 人以下の小企業の起業等の支援、補助
事業内容
る革新的な事業、コミュニティ事業などへの支
金の交付
援、補助金の交付
良い成果。民間の投資を誘発。経済に多様性を 本来の目的である地域の発展のための事業戦略
もたらした。コミュニティ組織にチャンスを与 の形成と実行能力に乏しいため、もう1つの目
評
価83 えた。農村の衰退を押しとどめた。人材の流出 的である補助金の配分に活動が集中。地域振興
を止めた。国境を越えて活動し、良い事例を学 への貢献能力に疑問がある。
LEADER を脅威と
んでいる。政治家の介入が少ない。
みなして導入に抵抗した例も。
出所:National Economic and Social Council[1994]
、Moseley ほか[2002]などを参考に筆者作成
81
82
83
全自治体(カウンティ/シティ)をカバー
地域の振興に係る 10 年計画を策定し実行中(個
別の事業の実施は、各パートナー機関)
原則はいいが、あまりうまくいっていない。真
剣に取り組まれていない。協働したくないのが
実態。国の機関が非協力的。難しいプロセス。
人的な関係が重要。自治体に非常に少ない権限
しかない。予算がない。
LEADER+に加えて National Rural Development Programme(NRDP)の支援団体を含む。
アイルランドでは、自治体職員も流動性が高いので、民間からのリクルートはありうる。LEADER の LAG の場合は、プログラム期間終了後の職の保障がない。
現地調査の聞き取りによる。CEB については主に National Economic and Social Council[1994]による。
- 51 -
い。アイルランドでは、LEADER の導入を皮切りに、1990 年代に様々なパートナーシップ事
業が展開された。EU 諸国の中で、人口当たりのパートナーシップが格別に多いと指摘されて
いる(OECD[1996])。このうち、CEB(County/City Enterprise Board)及び CDB(County/City
Development Board)との比較を図表 6-1 に掲げた。
CEB は 1993 年に通商産業雇用省により導入された。EU 構造基金の助成を受け、労働者 10
人以下の小企業へ補助金等の支援を行う。民間部門、地方自治体、国の機関及びコミュニティ
代表のパートナーシップによる有限会社として各県・市に設置されている。LEADER と仕組み
や 事 業 内 容 が 極 め て 似 て お り 、 LEADERⅠ の 評 価 で は 支 援 の 重 複 も 問 題 と な っ て い た 。
LEADER との最大の相違点は、CEB の会長及び事務局は自治体が持つことになっている点で
ある。これまでの評価は、LEADER ほどには高くなく、地域振興への貢献能力に疑問が持た
れている。本来の目的である地域の発展のための事業戦略の形成と実行能力に乏しいため、も
う 1 つの目的である補助金の配分に活動が集中してしまっているとの評価である84。
CDB については、第 5 章の事例で詳しく取り上げたが、アイルランド自治体改革の一環と
して、地域における公共サービスの供給の統合的、パートナーシップ・アプローチを図ること
を目的に、2000 年に全国の県・市に設置されたものである。国の機関、地方自治体、地域振興
機関、民間部門、コミュニティ及びボランタリー部門の代表により構成され、事務局は自治体
が持つ。LEADER の LAG もこのパートナーの一員になっている。CDB の役割は、地域内の
公的資金を使ったサービスの統合であるが、CDB 自身は資金を持っていない。アイルランド政
府は、CDB を画期的な自治制度と位置づけているようであるが、理念はいいとしても、実質的
には十分機能していないとみなされている 85。様々な機関の調整は困難な任務であるが、CDB
に十分な権限がなく、コーディネーター役の自治体職員の見識と能力、人間関係に頼っている
状況である。
3.
LEADER 事業の地域振興モデルとしての革新性
これまでの比較により、アイルランドの LEADER の特徴として、①LAG が補助金の配分権
限を持つこと、②自治体の存在感が少なく民間主導であること、③スタッフの専門能力が高く
LEADER の理念が理解され実行されていること、があげられる。
3.1
LEADER の理念を実現させるもの
LEADER 事業を語る際にしばしば登場するのが革新的(innovative)というキーワードであ
る。しかし、一見したところでは、LEADER 事業の内容には革新性は乏しい。当事者の話を
聞いていると、彼らのいう「革新的」とは、その地域の中で「新しい」といった程度の意味に
解釈されているようである。すなわち、他の地域では普及しているものであっても、その地域
で新しく事業を行う場合には、
「革新性」の要件をクリアするのである。しかし、これだけでは、
LEADER がなぜ EU の地域振興政策の中で普遍化すべきモデルとして評価されるに至ったの
か理解できない。本当に「革新的」な要素があるはずである。ここで、この LEADER の持つ
革新性とその源泉について考えてみる。
84
National Economic and Social Council[1994]。また、Walsh[1999、p.133]などによると、LEADER
の LAG が指導支援する新規事業プロジェクトにおいても、財政支援は CEB を利用するものも多く、LAG が
他の支援事業も含めた地域振興のコンサルタント役を果たしていることがうかがえる。
85 中南ロスコモン農村振興のダリー事務局長、アイルランド国立大学ゴールウェイ校のコーリー博士、カー
ティン教授らに伺った見解。
- 52 -
最初に着目したのは、LEADER の理念である。地域における徹底したボトムアップという
理念による事業実施の追及こそが革新的と考えた。特にアイルランドの LEADER では、民間
主導のボトムアップによる事業実施が定着している。地域の関係者が、自分たちの地域のこと
を自分たちで考え、計画し、実行すること、住民自治の体現でもある。LEADER の優れた点
はこの理念に沿った事業展開が実現していることといえよう。
しかし、理念がなかなか実現しないのがこの世の常である。日本の基本法農政も掲げた理念
は正しかったと思われるが、実現させる方策が伴わなかった。
「事業の仕組み自体に理念を実現
しなければならない仕掛けがビルトインされている」
(井上編[1999、p.33])という、LEADER
の理念を実現させる仕掛けは何なのだろうか。これまでの検討から、現場への「権限委譲」と
民間主導の「競争性」が重要なキーワードになっていることが見出される。LAG への補助金配
分「権限の委譲」によりパートナーシップが機能し、民間主導で「競争性」が発揮されること
により成果の達成が維持されるのである。ここに、LEADER の革新性の本質があると考える。
3.2
「権限委譲」
LEADER の特徴として、地域の取組主体である LAG が実質的に公的資金の配分権限を持つ
ことがあげられる。EU の農村振興政策の中では小さい事業と言われるものの、1 団体当たり、
数年間の事業期間で数億円規模の資金 86はインパクトのある金額である。公的資金の支出とし
て、公の監視や評価は当然あるものの、現場レベルでの柔軟性が認められている。民間主導の
活動団体にここまで思い切った権限委譲をしている事例は他にはあまりないのではないか。同
じようなパートナーシップ組織の CDB が自前資金も権限も持たず、パートナーシップの調整
に苦労しているのとは対照的である。コーディネーターの人格と能力は重要であるが、それに
頼るだけでは、安定した効果的な仕組みとは言えないであろう。
多くの人が LEADER に期待する機能の大半が補助金の交付(つまり金蔓)だというのも現
実である87。しかし、この資金配分権限を持つことにより、LEADER が地域で認知され、パー
トナーシップの結束と住民参画の促進が可能となり、ひいては地域の能力構築への取組も可能
となるのである。
3.3
「競争性」
もう一つの特徴として、
「競争性88」があげられる。LEADER は他の EU プログラムと同様、
5∼7 年の短中期のプログラムである。次期のプログラムがどうなるか、補助金が継続される
のか、EU 次第の不安定性が問題であり、地域の能力構築という長期的な目標を掲げながら、
期間限定のプログラムでは戦略的な事業展開が困難との批判がある。
一方で、この期間限定で更新される仕組みにより、LAG は継続して事業実施するためには、
自らの能力を証明し、再度事業採択を勝ち取らねばならない。現在事業を実施しているからと
いって、次期のプログラムで採択される保障はない(確率は高いとはいえるが)。また、各プロ
グラム期間の間には公的支援のタイムラグがあり、次の雇用が保証されていないスタッフは、
短期間に集中して成果をあげる必要がある。専門能力の向上を図り、地域の住民や事業者の立
86
例えば、ティパラリ・リーダー・グループの LEADER+(2000∼2006)の予算額は 5,274 千ユーロ(約
6 億円、NRDP を含む。)である。
87
National Economic and Social Council[1994]
88
ここでは、成果の達成へ向けて自らをかりたてる性質は、自然な競争意識をもつものであると考え、
「競争
性」と表現した。
- 53 -
場に立ったアプローチに努め、LEADER 理念の実現へ向けた事業にまい進することになると
考える。制度上の弱点が逆に強みの源泉にもなっているといえるのではないか。
アイルランドの CEB は LEADER とよく似た内容の事業を実施している。またパートナーシ
ップで会社を設立して運営する点も同じである。しかし、CEB の評価は必ずしも高くない。最
大の相違点は、CEB は自治体主導である点である。競争性はなく、能力不足に陥っている。
LEADER を脅威とみなして導入を渋るなど、地域の発展より自分たちの保身に走るような組
織のようである。また LEADER でもスペインの事例やイギリスにおいて当初行政主導で失敗
した事例など、自治体主導でやろうとすると、おおむねうまくいっていないようである。アイ
ルランドの LAG は民間主導が特徴であり、特に競争性が発揮されやすい、又は、競争性を発
揮しなければ地域における存在意義を主張できない組織ともいえる。
4.
地域振興における LAG の役割
アイルランドにおいては、LEADERⅡの段階で農村地域全域に LAG が設立された。LEADER
+の段階で、対象とならない地域をカバーするため、LEADER+とほぼ同じ内容の事業である
NRDP(National Rural Development Programme)を独自に導入している。国のコミュニテ
ィ・農村・ゲール語地区省の担当者は、今後、農村地域に新たな組織は作らず、農村振興にか
かる新規事業の受け皿として、LEADER の LAG を活用したいと考えているとのことである。
自治体(特に地方議員)政治への不信と LEADER の取組を高く評価してのことであろうが、
農村地域の中で、今後 LAG が第 2 のオーソリティと化し、革新性を喪失してしまわないかと
いった懸念が生じる。しかしながら、15 年間に及ぶ LEADER の取組により地域のコミュニテ
ィグループの結成や住民の意識と能力向上が促進された。主体的参画の理念は地域に浸透した
と思われる。地域の人々の支持がある限り、LAG は存在意義を持ち続けることができるだろう。
LAG には、そのための競争性の維持を期待したい。
また、LEADER をはじめとするパートナーシップ型地域振興の取組は、自治体改革の刺激
となり、カウンティ・ディベロップメント・ボードの取組を促し、自治体を住民やコミュニテ
ィに近づけたともいわれている。アイルランドでは、民間主導のパートナーシップの取組が行
政を巻き込み、地域の振興における自治体の役割を高める方向に作用したといえる。このこと
は、結果的にではあるが、LAG の活動の大きな貢献の1つだったと考える。
- 54 -
第7章
鳥取県の取組
日本でも地域レベルにおいて、独自に様々な地域振興方策が取り組まれている。LEADER
手法の日本への適用の可能性や有効性を検討するに当たっては、日本の地域の実情を踏まえる
必要がある。本章では、各地の事例の中から、ボトムアップ型の自立支援施策に取り組む鳥取
県の事例を取り上げ、LEADER との比較を試みる。
1.
鳥取県の概況
鳥取県は、中国地方の北東部に位置し、北は日本海に面し、南は中国山地である。人口約 61
万人(平成 15 年)と、全国で一番人口の少ない県である。また、人口は近年漸減傾向にある。
うち、65 歳以上の老年人口割合が 23.4%で全国 10 位と高齢化が進んでいる。
一人当たり県民所得は 2,461 千円(2002 年)で全国第 34 位、県財政の自主財源比率は 34.3%
(2002 年)で全国第 34 位である。経済基盤は脆弱といえる。
市町村数は、2004 年 4 月現在で 39(4 市 31 町 4 村)であったが、市町村合併が進展した結
果、2005 年 10 月時点で 19(4 市 14 町 1 村)に減少した。県庁所在地である鳥取市は、周辺
の 8 町村を吸収合併して人口 20 万人となり、山陰地方では初めて特例市の指定を受けた。一
方、合併せずに単独存続となったのは、主に山間部の県境の町村である。各市町村とも財政状
況は厳しい状況にある。
このような中、鳥取県では、知事を本部長とする「改革・自立推進本部」を設置し、地域の
自立へ向けた取組を進めている。この中で、①鳥取ルネッサンス推進、②次世代育成・青少年
対策、③障害者・高齢者対策、④自立型経済構築、⑤文化・観光振興、⑥自然エネルギー開発、
⑦総合交通体系整備、⑧地方分権推進の 8 つのプロジェクトチームを設けて具体的課題への対
応施策の立案を行っているところである。
2.
鳥取県自立支援交付金(旧中山間地域活性化交付金)
2.1
中山間地域活性化交付金の概要
「鳥取県中山間地域活性化交付金」は、後藤[2004、p.65]が「地域でワークショップ的話
し合いを積み重ねることを採択審査において重視し、事業内容についてはほとんど制約のない
「鳥取県中山間地域活性化交付金」のような「LEADER 的事業の事例」
(小田切徳美氏の教示
による)が出てきている。」と紹介しているものである。
小田切[2004 p.346]は、
「①主体性を促進するボトムアップ型支援、②長期にわたる支援、
③自由度の高い支援」という特徴を持つ新しいタイプの支援事業で、県レベルの地域づくり支
援策の最も特徴的な事例として、本事業をあげている。
「農山漁村地域の自立支援に向けた徹底
的なしくみをもつ点で、特筆すべきもの」としている。
この交付金は、中山間地域 89において、過疎化・少子高齢化等の諸問題を抱えている市町村
等がその問題点を解決し一層の活性化の図るための支援事業として、2001 年度から 4 年間に
わたって取り組まれた。2005 年度からは新しく創設された「自立支援交付金」に集約された。
図表 7-1 には、2004 年度の制度概要を示す。市町村内の単独又は複数の集落を対象とする「地
域振興事業」と市町村又は市町村が認めた団体を対象とする「地域創造事業」があり、事業期
89
過疎地域自立促進特別措置法、辺地に係る公共的施設の総合整備のための財政上の特別措置等に関する法
律、山村振興法、特定農山村法に基づく地域指定のある市町村としている。平成 16 年 4 月時点における 32
市町村、面積で県土の 92.4%、人口では約 65%をカバーしている。
- 55 -
間は 3 ヵ年、県の交付率は対象事業費のうち市町村が支出又は交付する額の 2 分の 1 となって
いる90。
図表 7-1
区
分
概
要
鳥取県中山間地域活性化交付金制度(2004 年度)の概要
地域振興事業
地域創造事業
中山間地域の諸問題を解決するために 新たな地域将来像を創造するために市
やる気のある地域の活性化活動を支援
町村が取り組む施策を支援
効
果 地域の実情・意向等を十分反映した住民 中山間地域の市町村が自由な発想で地
参画型の中山間地域の振興が可能
域の活性化施策を展開することが可能
実施主体
市町村内の単独又は複数の集落
市町村又は市町村が認めた団体
県交付額
20,000∼2,500 千円/箇所
10,000∼2,500 千円/箇所
県交付率
対象事業費の1/2(市町村1/2)
事業期間
3箇年度/箇所
実施箇所 H13∼ 17 箇所
H14∼
5 箇所
H14∼
8 箇所
H15∼
3 箇所
H15∼ 10 箇所
H16∼
2 箇所
H16∼ 11 箇所
計
46 箇所
計
10 箇所
留意事項 ○計画立案段階から住民参加型の取組 ○住民ニーズを把握し活性化への着眼
点が独創的で計画性があること
(例:ワークショップ)を行うこと。
○実施主体によるプレゼンテーション ○継続性があり実現性の高いもの
○鳥取ルネッサンスなどの自立計画を
を受けて採択
策定している場合は、優先採択
○実施主体によるプレゼンテーション
を受けて採択
出所:鳥取県[2004、p.29]
2.2
事業の特徴
この交付金のうち、地域振興事業の最大の特徴は、従来型の補助金と違って対象となる事業
内容があらかじめ決まっておらず、地域の集落などが自由な発想で話し合い、自分たちで作成
した元気が出る地域づくりの計画の実行を支援するものだという点である。したがって、ハー
ド、ソフトに限らず、原則として交付金の使途に制約はなく、地域の自主性にゆだねられてい
る。そのため、計画立案段階からワークショップなどの住民参画型の取組を行うことが必要条
件となっている。
ワークショップは、交付金による地域の活性化に非常に重要な役割を果たしている。県は、
これまでの取組を通じて、
「鳥取県型ワークショップ」のノウハウを確立したといえる。子供や
お年寄り、女性を含む幅広い世代が一堂に会し、自由な意見交換を行い、地域住民の総意を反
映した結論が得られるように工夫されている。1 年目は話し合い、2 年目から事業実施という
パターンが中心である。交付金の使い道は自由だが、実際には集会施設など施設整備の要望が
90
地域振興事業で、市町村が集落に交付する額は、市町村の判断に任せられており、実態は対象事業費の 75%
∼100%と幅が生じている。県は市町村の支出額の1/2を市町村に対して交付する。県交付金の下限額が
250 万円となっているので、事業費 500 万円以上が対象となる。また、上限額は、地域振興事業が 2,000 万
円、地域創造事業が 1,000 万円であり、市町村の負担と併せると、最高 4,000 万円の公的資金を利用した事
業が実施できることになる。
- 56 -
多かった 91。一方、地域で何が必要か具体的に話し合いを重ねる中で、必要な事業費が減って
いく傾向があり、県予算の相当部分を使い残す結果となった。
この地域振興事業を実施した集落では「○○活性化協議会」といった名前の組織が新たに作
られている。従来の地域組織である自治会(町内会)とは別に、幅広い住民参加により組織さ
れ、事業の継続性を図るために代表者も 1 年交代でなく継続することが求められている。
一般的に、中山間地域の振興は、都道府県では農林水産部局が担当している。鳥取県も以前
は農林水産部の所管であったが、農林水産部では農業中心の取組になりがちであることから、
企画部へ所管換えした。また、
「農村」という呼び名は、実際に住んでいる人の多くが勤労者で
あるという実態とそぐわないとして「集落」と言い換えることとした。EU の統合的な農村振
興政策に通じるアプローチであるといえる。また、この交付金は、地域の住民の総意の形成、
ボトムアップによる企画立案と事業の実施を支援するという点で、EU の LEADER 事業にか
なり近い事業といえる。
2.3
今後の展望
中山間地域活性化交付金は、国や県からのトップダウンの事業実施に慣れ親しんでいた市町
村や住民の意識変革を促した 92。県内の多くの集落がワークショップに取り組み、地域が自立
心を持つ雰囲気が出てきたとのことである。
しかし、この事業による新規の採択は 2004 年度を最後に打ち切りとなった。先に述べたよ
うに、鳥取県は 2005 年度から「中山間地域活性化交付金」のほかいくつかの事業を統合し、
さらに柔軟性と自由度を高めた「地域自立支援交付金」を創設した。その狙いは、
「住民参加に
よる事業実施」の次のステップとして、「地域からの起業化」を促進することにある。
図表 7-2
自立支援交付金の支援内容
事業区分
交付率
交付金額
市町村(広域行政機構を含む)事業
(市町村等公共団体が事業主体で間接補助事業を
含む)
住民・団体等事業
(団体、企業、集落、NPO、個人等が事業主体) 1/2
1件 200 千円∼10,000 千円
(ただし、複数年度の取組みは、
20,000 千円)
1 件 200 千円∼1,000 千円
特認事業
(大規模ソフト事業など知事が特に必要と認める
事業)
事業主体が市町村の場合
1 件 50,000 千円上限
事業主体が市町村以外の場合
1 件 2,500 千円上限
出所:鳥取県[2005、p.10]
自立支援交付金制度は、真の地方分権時代に向けて、市町村、民間団体、個人が自ら企画し、
自ら実践する自立を目指しての事業を支援することを目的としている。事業主体は、市町村(広
域行政機構を含む)、団体、企業、集落、NPO、個人等とされており、誰でも申請可能といえ
91
アイルランドの LEADER のコミュニティ事業でも、集会施設やコミュニティ・センターなど、地域の拠
点となる施設整備が取り組まれており、共通性がうかがえる。
92 県地域自立戦略課の岡崎課長の話によると、当初交付金を導入した際、制約のない交付金に戸惑いがあっ
た。市町村によって差が出るのは困るので、何らかの基準を設けて欲しいという要望があったとのこと。市
町村が自立していないことがわかったそうである。
- 57 -
る。対象事業は、地域の自立につながるような事業であれば、内容に制約はない。事業期間は、
原則は単年度であるが、
「中山間地域の振興策」のように単年度では効果の出づらいものについ
ては、3 年を限度に複数年の取組も可能とされている。また、同一主体が複数の事業を申請す
ることも可能である。
極めて自由度が高く、事業主体の能力が問われる交付金といえるが、その事業の採択手法も
ユニークである。年 3 回開催する公開の審査会の場で申請者に事業のプレゼンテーションを行
ってもらい、審査会委員による採点で採択を決定することになっている 93。審査会では、①住
民ニーズ・関係者のニーズ、②地域資源の活用度、③「地域の自立」への寄与度、④独自性・
将来性、⑤継続性といった項目について採点される。また、中山間地域活性化対策事業につい
ては、①住民参画度、②総意(住民意見の反映度)、③継続性、④「地域の自立」への寄与度が
ポイントとなっている。
平成 17 年度の審査会は既に終了し、53 団体の事業が採択された。事業終了後、事業者には
事業の自己評価の公開が義務付けられている。
「事業を行う」のみでなく、事業を行ったことに
より、「どのような活性化につながったか」「どれだけ波及効果があったか」などを事業者に自
ら検証してもらい、継続的な取組につなげることをねらいとしている。また、公的資金を使う
事業であることから、透明性の確保が必要である。事業者に自らの決定について責任を持つよ
う求めるものとなっている。
今後、条件の厳しい中山間地域の集落が消滅していくことは避けられないかもしれない。こ
のような自立促進の取組により、主体的な取組を引き出し、高齢者が自信と誇りを持てば、若
い人も地域に魅力を感じるようになる。地域の再生につながる取組となることが期待される。
3.
鳥取県日野郡民行政参画推進会議
3.1
地域の概況
日野郡は、鳥取県の南西部、岡山県、島根県、広島県との県境に位置する。一級河川日野川
の中・上流域にある。かつては、4町で構成されていたが、2005 年 1 月に隣の西伯郡内の町
と合併した 1 町が西伯郡に編入されたため、日野町、江府町、日南町の3町94となった。3町
合わせて、面積約 600k ㎡と、県全体の約 17%を占める95。人口は、昭和 45 年には約 24,000
人であったが、2004 年には約 14,000 人へ減少した。高齢化率が日野町、江府町は 3 割超、日
南町は 4 割超と、過疎化、高齢化が進んでいる地域である。
県の地方機関で、日野郡内を管轄する日野総合事務所があり、地域振興に取り組むほか、土
木、農林、福祉、保健などの事業を行っている。
3.2
制度の概要と特徴
「日野郡民行政参画推進会議」
(通称:日野郡民会議)は、鳥取県が住民の行政参画の新しい
手法として、条例により設置しているものであり、2002 年 10 月に発足した。県庁から最も遠
く、過疎化、高齢化が進んでいる日野郡において、社会を構成する老若男女のバランスのよい
住民の意見を県政に反映し、地域の発展と住民の福祉の向上に資することを目的としている。
制度の導入に当たって、当初の県提案は郵便による「投票」で選出する案であったが、県議会
93
94
95
特認事業については、プレゼンテーションを経ず、直接県が事業の適否を判断する。
江府町と日野町の合併が検討されたが、結局合併はせず、これらの 3 町は、単独存続することになった。
9 市町村合併した鳥取市の面積は約 766k ㎡と、日野郡 3 町より大きい。
- 58 -
の反対があり、議論の結果、現在の「抽選」という形になった。18 歳以上の老若男女のクオー
ター制のもとに 24 人 96の委員を抽選で選出し、交代制で郡内の行政について監視、建議する。
委員の任期は 2 年で、現在は2順目に入っている。
郡民会議の役割は、郡内における県政の運営や県の事業について調査審議し、知事に意見を
述べることとされている。会議で出された意見は、全て知事に提出される。知事は、意見を精
査した上で、これを尊重し、日野郡の地域の発展と住民福祉の向上のため、県政に反映させる
ことが定められている。
図表 7-3
年度
2003
2004
2005
当初予算において日野郡民行政参画推進会議の意見を取り入れた事業
件数
事業の例
新規
6件
・女性・児童保護体制のあり方検討事業(新規)
拡充
4件
・地域が育む河川環境保全事業(新規)
継続
12 件
新規
6件
・農山村の活性化を図るためのチャレンジプラン支援事業(新規)
拡充
2件
・新規就農者総合支援事業(拡充)
継続
14 件
新規
8件
・県民協働型新エネルギー導入推進事業(新規)
拡充
−
・道路の整備(継続)
継続
19 件
・統合型地域スポーツクラブ育成事業(新規)
・地域養殖業振興事業、アユ資源保護対策事業(新規)
・溝口警察署の廃止に伴う黒坂署の機能強化(新規)
出所:鳥取県資料を基に筆者作成
これまでの 3 年間の取組で、約 70 件の事業が県の当初予算の事業に反映された。中には、
既存の事業が十分に認知されていないものや必ずしも日野郡内の問題でないものも見受けられ
るが、福祉、生活環境、教育など身近な疑問や課題に基づく意見が多く出されている。中でも
2003 年度「地域が育む河川環境保全事業」は、この郡民会議で出された意見が発端となって導
入され、それまで企業に発注していた河川の草刈などの保全作業を地元の集落が行うようにし
たものであり、住民参画につながった事業である97。
郡民会議の特徴として、委員の選任方法があげられる。委員は、10 人以上の者の推薦を得て
公募に応募した者の中から、年齢別、性別に抽選により選出することとされている。従来の議
会の議員が「年配の男性」に偏りがちなのに対し、
「老若男女」のバランスを重視している。ま
た、従来の審議会などが主に団体代表や有識者から構成されるのに対し、郡民会議の委員は全
て公募となっており、郡内に住む有資格者 98であれば誰でも応募することができる。地域で生
活する普通の住民の意見を汲み取ろうとしているものといえる99。
96
当初は 4 町で 30 人の委員であったが、郡内の1町が合併で他郡に移ったことから、現在の委員は 24 人。
郡民会議で「県は河川改良は行ってもその後の維持管理が不十分。地元住民は「300 万円を企業に発注す
るのであれば地元にもらえれば、河川の整備、管理くらいは自分たちでする。」という考えを持っている。や
はり自分たちでできることは、自分たちでやっていかないといけないと思っている。」という意見があり、抜
開除去作業を行う集落を募集し、作業実施した集落に交付金を交付する事業が導入された。
(鳥取県資料より)
98 郡内に住民登録している者か、郡内に居住する一定の在留資格を有する外国人で 18 歳以上の者。公務員、
議員は除く。
99 郡民会議の事務局を努める県の事務所でも、各委員のバックグラウンドを必ずしも把握していない。
(把
握するシステムになっていない。)鳥取県の片山知事は、アリストテレスの「究極の民主主義は輪番制」とい
う言葉を紹介し、「抽選」は民主主義を実現する有力な手段だと発言している。
97
- 59 -
3.3
今後の展望
日野郡民会議が始まって、3 年が経過した。条例には 4 年間の有効期間が設定されており、
今後の在り方が注目される100。
今後の住民自治の在り方を考える上で、1つの実験的な取組であり、これまでの成果を生か
し、さらに発展させることが望まれるが、課題も多い。導入時には様々な議論があったが、最
近は会議の傍聴も少なく、住民の関心が見えにくい状況にある。会議での発言も身の回りの困
りごとへの意見、要望が中心となりがちであり、長期的な展望を持った県政への提言といった
レベルには至っていない。また、委員の発言には身近な町に対するものが多いのであるが、町
の方は「県の事業であるから」と身を引いている状況のようである。本来、住民に一番身近な
自治体である町の関わりは、大きな課題といえる101。
一方で、県行政を住民の身近な存在とし、理解を高めたことは、第一歩として成果があった
といえる。当地は、もともと地域性として、住民があまり声を出さないところであり、これま
で、県行政は遠い存在だった。県の方も、情報を十分に住民へ出していなかったため、行政へ
の理解が不十分だったともいえる。最近は、住民が県の事務所へ行きやすくなったと言われる
ようになった。
今後、地域の自立へ向けた取組を進めるためには、地域の自立能力の向上が必要であり、そ
のためには住民の行政依存体質からの脱却が必要である。しかし、過疎化や高齢化が進む地域
において、住民が将来の地域づくりにどうやって主体的に取り組んでいくのか、意欲を引き出
すことを含め、大きな課題である。現在の郡民会議は、県の公聴の一手法との位置づけである
が、この取組をつうじて、住民の行政への理解と参画意識が高まり、次のステップとして地域
づくりへの主体的な取組が進展することが望まれる。
4.
鳥取市鹿野町の取組
4.1
地域の概況
鳥取県東部の西端の内陸部に位置する。かつては、気高郡 3 町の 1 つで、面積が約 53k ㎡、
人口が約 4,500 人の町であった。市町村合併により、2004 年 11 月に鳥取市に編入された。市
の中心部へは車で約 30 分の距離であり、通勤する者が多い。かつての町役場は、現在は鳥取
市の鹿野町総合支所となっている。戦国時代末期に亀井茲矩が築城した城下町で、当時の面影
を残している。また、山中鹿介ゆかりの地であり、鹿野温泉のある町である。
4.2
地域振興の取組
4.2.1
街なみまちづくり
鹿野町では、1994 年度から、20 年後を見越したまちなみ整備、保存に取り組んできた。城
下町の風情ある街なみを残したいという行政の発案でスタートしたが、住民の理解と協力を得、
1996 から 1997 年にかけて、旧鹿野城下の 8 つの町内会で、それぞれ「街づくり協定書」が住
民によって締結された。和風を基調とし、瓦の色、屋根の勾配、軒高、外壁、建具、郵便受け、
表札などの色や形を町内会ごとに定め、住民は新築や改築の際はこの協定にしたがうこととな
100
県の地方機関は、かつては福祉、保健、土木、農林などの事務所がバラバラに設置されていたが、2001
年度、管轄区域のサービスの統括機関として、県庁から最も遠い日野郡に日野総合事務所が設置された。そ
の後、県の他の地域にも同様の組織を設置し、現場重視の取組を推進するようになった経緯がある。
101 会議での議事録は町に送付しており、また町との意見交換も実施されている。しかし、町の方からは積
極的に関わる姿勢が乏しいとのことである。
- 60 -
っている。各町内会に協定を運営するための「街なみ協定運営委員会」が設けられ、また地区
施設(道路、水路、ポケットパーク等)の日常的な清掃は、協定者が行うことになっている。
町は、公共施設を整備するとともに、景観ガイドラインや協定書にそって行われた個人の住宅
整備に費用の 3 分の 2、最大 100 万円の補助金を交付している。
この街なみ整備のテーマは「祭り」、整備イメージは「祭りの似合う町」である。鹿野町には、
400 年の伝統を誇る「鹿野祭り」があり、住民の心のよりどころとなっている。この祭りは鳥
取県の無形民俗文化財に指定されており、従来は毎年 4 月に開催されてきたが、近年は隔年に
開催されている。榊や屋台(山車)、幟差し、獅子、御神輿の御幸行例が練り歩き、多くの人で
にぎわう。普段は都会に住んでいても、祭りの時だけ帰ってくる住民も多いとのことである。
基本的に、人を呼ぶための観光資源としてではなく、地域住民のための祭りとして大切にされ
ているようである。
4.2.2
NPO 法人いんしゅう鹿野まちづくり協議会の取組
行政による街なみ整備の取組に刺激を受け、2001 年 10 月、住民有志により「いんしゅう鹿
野まちづくり協議会」が設立された。2003 年 2 月には NPO 法人格を取得した。構成メンバー
は、イベントを開催してきたサラリーマンのグループ「セクションドリーム」を中心に、伝統
工芸の職人グループ「匠の会」、農産加工グループ、盆踊り実行委員会、ボランティアなどであ
る。2000 年 8 月に県が実施した「鳥取県街なみ整備コンテスト」にセクションドリームのメ
ンバーが空地、空家を活用した地域振興のグランドデザイン「いんしゅう鹿野童里夢(ドリー
ム)計画」を提案して最優秀賞を受賞、賞金 200 万円を獲得したことが設立のきっかけとなっ
た。
計画を夢で終わらせるのではなく、実現させようと、町の補助金や県の中山間地域活性化交
付金(3 年間で総額 4,550 万円の事業)を活用し、事業を推進してきた。2002 年に空家を改装
した活動拠点「鹿野ゆめ本陣(1 号館)」を立ち上げ、観光客の休憩の場などに活用するほか、
骨董市などのイベントの実施、藍染等の体験、農産加工品の開発などを行っている。2004 年 4
月には、1 号館の向かいの空家を改装した食事処「夢こみち」をオープンした。
40 人の会員のほか、80 人の応援団員がおり、年間約 120 万円の収入をあげている。1 人年
12,000 円の会費、1 口 5,000 円又は 10,000 円 102の応援団費、ゆめ本陣での農産物、藍染販売
の手数料(売り上げの 5%)が収入源である。現在は、県や町からの補助金はなく、後述の「株
式会社ふるさと鹿野」からまちづくり事業への補助金として月 15 万円(事務局人件費相当)
が交付されている。
4.2.3
株式会社ふるさと鹿野の取組
鳥取市との合併を控えた 2004 年 10 月、町有施設の運営主体として株式会社ふるさと鹿野が
設立された。5 万円の株式 700 株を発行、過半数を町(現在は鳥取市)が保有するが、残りは
町民から株主を募集した。かつては町直営の施設だった国民宿舎「山紫苑」のほか、旧町の外
郭団体だった「ふるさと鹿野振興公社」が管理していた「温泉館ホットピア鹿野」、「鹿野そば
道場」、「鹿野おもしろ市場」、「鹿野ふるさと加工所」の4施設を経営している。
これらの施設は、旧鹿野町が観光や地域の振興のために整備した施設である。合併により地
域の衰退が懸念されることから、地域産業の活性化、まちづくり活動の推進、地元雇用の創出
102
10,000 円の半額相当をふるさと小包として還元
- 61 -
を目指し、指定管理者制度を利用して公の施設の経営主体となる株式会社を設立したのである。
株主となった住民には「まちづくりに参加している」という意識が生まれる。
設立当初は、合併前の町長が無報酬で社長を務めたが、半年後に退任し、民間出身の社長 103
を迎えた。行政からの運営費の補助はなく、民間のノウハウを取り入れた経営の改善を目指し
ているところである 104。また、まちづくり事業にも取り組むこととしており、収入の中から、
前述のNPO法人に補助金を支出している。
4.3
今後の展望
鹿野町の取組をみると、常に行政がイニシアチブを取り、住民が協力する形でまちづくりが
進められてきた。行政主導による住民と行政の連携がうまく機能してきた事例といえる。役場
職員の果たす役割が大きく、地域振興における市町村の存在の大きさを感じさせられた。
しかし、鳥取市への吸収合併により、地域振興の中核であった役場がなくなってしまった。
現在、鳥取市の鹿野町総合支所が置かれているが、政策の意思決定権限は少ない。何かしよう
とすると、本課に要求し、執行の委任を受けなければならない。柔軟な対応はできなくなった。
そのため、職員もこれまでのように住民の中に入っていくことができにくくなってしまった。
住民と行政との距離が生じている。
新しく設立された株式会社ふるさと鹿野が、民間活力を生かして、効果的な地域づくりに貢
献することが望まれる。ただし、計画はコンサルタントに委託して描いたものであり、まだ現
場に浸透していない。将来展望は不透明である。同社が運営する鹿野そば道場は、県内では初
めてのそば打ちが体験できる施設として、スタート時は好調であったが、近隣に類似施設がで
き、現在は厳しい状況にあるとのことである。
今後、行政の支所の人員は削減されていくだろう。また人事交流により、地域になじみのな
い職員が異動してくることも予想される。地域の住民自身が、これまでの受身の姿勢を転換し、
地域づくりに動かなければ、将来的な地域の不活性化が懸念される。
5.
LEADER 事業との比較検討
これまで、鳥取県に係る3つの事例を取り上げた。それぞれの事例が、なんらかの形で
LEADER 事業との共通点を持っていることが指摘できる。そこで、これらの事例と LEADER
との比較検討を行い、LEADER モデルの日本への適用を考える上での参考としたい。
小田切[2004、p.351]は、鳥取県の中山間地域活性化交付金の特徴を「地域移譲型事業」
であるとし、
「こうした支援方法は、自由度が高い資金をあたかも「基金」としてプールしたよ
うな効用をもつことから、「地域基金方式」といえる。」と指摘している。LEADER 事業は、
EU 構造基金のプログラムの 1 つで、包括補助金方式により、地域の LAG に資金の配分を委ね
ている。基金方式という点で類似の仕組みといえる。また、鳥取県の交付金がボトムアップを
徹底しているところ、柔軟性や自由度の高さといった理念的にも重要な点が LEADER と共通
している。平成 17 年度からは、地域自立支援交付金に衣替えし、起業支援も視野に入れるな
ど LEADER の事業振興的な要素も持つに至った。日本における地域振興の支援制度としては、
かなり LEADER に近いといえる。
一方、最大の相違点は、LEADER 事業の革新性の根幹にある LAG のような組織化を促進す
103
町内出身者で民間企業を退職した人。営業経験者。
初年度の決算は黒字であったが、減価償却費を加味すると赤字になる。施設整備に係る約5億円の負債が
あり、鳥取市が償還している。
104
- 62 -
る仕組みではないところにある。鳥取県の交付金では、集落の幅広い住民の組織化と意見の集
約は図られているが、LAG のように専門のスタッフを抱え、地域の関係団体のパートナーシッ
プ組織として独自に地域のビジネスプランの作成や補助金の配分を行う組織とは本質的に違う
ものである。集落内部のリーダー育成は図られたとしても、外部から専門的な人材を導入する
仕組みでない点が指摘できる。鳥取県の交付金は、資金の最終的な配分は県が行っているが、
対象集落の選定や支援要件などを市町村の裁量に委ねている。市町村が LAG 的な役割を果た
しているともいえる。したがって、人材は市町村の人材にかかっている。アイルランドの LAG
のような民間主導による競争性の発揮が課題となる。
日野郡民会議は、地域の老若男女のバランスのとれた住民の意見を幅広くくみ上げ、県政に
反映させようとする点で、ボトムアップ型であり、また地域の能力開発的な要素が、LEADER
との共通点といえる。しかし、制度の設計が公聴及び県政の監視を目的としており、住民の主
体的な取組には、至っていない。地域の能力構築には時間を要する。まず第一歩として意識の
変革が不可欠である。LEADER の地域振興の取組と比較すると、初歩的な段階にあるといえ
る。
鳥取市鹿野町では、NPO 法人いんしゅう鹿野まちづくり協議会や株式会社ふるさと鹿野とい
った地域振興を担う組織化が図られている。株式会社の設立による民間主導の試みは LAG の
ような取組に発展する可能性があるといえる。また、地域資源の活用などにも積極的に取り組
まれている。しかし、これまでの取組は行政主導の域を出ておらず、LAG のようなパートナー
シップ組織とはなっていない。民間主導のビジョンは描けておらず、民間の経営力を生かした
取組が今後の課題である。
ここで紹介した鳥取県の取組は、日本の地域レベルにおける振興方策として、相当ユニーク
で革新的な事業といえるだろう。LEADER 事業は、包括補助金としてかなりの額の資金の配
分権限を LAG に委譲するものであり、パートナーシップの形成と併せ、ワンランク上の柔軟
性と規模を持った支援制度である。LAG の事務局は地域の内外を問わず、専門的な人材を集め
ている。構造基金の共同体事業であることから、EU 域内のネットワークの存在も強みである。
日本の地域振興方策では、なるべく地域内の人材を活用しようとする傾向が強いように思え
る。地域の埋もれた人材を発掘、育成することは極めて重要な課題である。併せて、過疎化や
高齢化が進む地域において、いかに外部の人材と資金を取り込むかも検討する必要がある。
LEADER 事業のように、期間限定ではあるが、事務局運営費を 100%公的資金でまかない、地
域の内外を問わず専門的能力のある優秀な人材を雇用して地域の振興に取り組むといった方策
も有効なのではないか。LEADER 的要素を取り入れることにより、地域の自立能力の一層の
向上が図られると考える。
- 63 -
第8章
LEADER 事業の成果と日本の地域振興政策
本章では、まとめとして、アイルランドの LEADER 事業から学べることが日本の地域振興
政策へ適用できるかどうかについて検討する。
1.
日本の農村振興政策と LEADER の違い
1961 年に制定された農業基本法は、農業の生産性の向上と他産業との所得の均衡を目標に掲
げていたが、これ受けて展開された基本法農政では、法の理念を実現するような政策が打ち出
されなかった。1962 年に導入された農業構造改善事業は、国庫補助事業により土地基盤整備、
農業近代化施設の整備を進めようとするものであったが、農業基盤の強化にはつながらず、む
しろ農林水産省から都道府県を経由して市町村へという中央集権型補助金行政のラインを確立
し、農業・農村の活力を失わせる結果をもたらした。例として、鳥取県においては、三朝町の山
間部の集落で構造改善事業を実施したものの、高度経済成長とともに従来の地域資源を活かし
た生産構造が崩壊し、兼業化と後継者の離村が進んだことが報告されている(真山[1992])。
そもそも地域の農業者のニーズをくみ上げたものではなく、いわば上から押し付けた事業であ
った。
LEADER をはじめとする EU の農村振興政策は、経済がグローバル化し、域内の農業中心
の保護政策の維持が困難となる中で登場してきたものであり、1960 年代に展開された日本の基
本法農政とは時代背景が違う。ただし、アイルランドについてみると、農村の貧困が大きな問
題となっていたこと、国家の高度経済成長の影響を農村社会がこうむり、農業の衰退、農家の
兼業化が進展する中での農村振興政策の展開という背景が共通している。しかし、その手法は
対照的である。
日本の政策は、中央集権的、行政主導型である。国が事業の枠組みやメニューを決め、市町
村が補助金獲得のための計画を作成する。重点事業は、施設整備などのハード中心である。補
助金配分は国の権限となっている。現場の農家のニーズに対応していないため、補助金で高価
な共同利用機械を導入したものの、使われないまま放置されたような事例が多かったとの話も
聞く。一方、アイルランドの LEADER では、EU が示す大枠のメニューはあるが、統合的な
地域振興のためのビジネスプランは民間主導の LAG が地域の実情に基づいて作成し、また最
終的な資金の使途も LAG にまかされているため極めて柔軟性が大きい。重点事業は、地域の
能力構築や起業支援である。地域の人々が LEADER は自分たちのものという意識を持つこと
ができる。共通点は、両者ともに地域の有力者を利する面があることが指摘されていることで
ある(阪本楠彦編[1965]、Storey[1999]、Shucksmith[2000]など)。同じ補助金行政で
ありながら、このようなアプローチの違いから、日本では地域の活力の低下をもたらし、アイ
ルランドでは地域の活力の向上に寄与したことは明らかである。加えて、ソフト中心で民間マ
ッチングファンドを要件とする LEADER 事業の方が必要な公的資金の規模は少なくてすむ効
率的で効果的な支援方策ともいえる。
2.
LEADER の成果の活用方策
2.1
日本型 LEADER 事業導入の是非
アイルランドで成果をあげている LEADER アプローチであるが、日本の地域振興方策への
適用は有効であろうか。まず、EU の LEADER 事業のような助成事業を日本で導入すること
の是非について考えたい。EU においては、パートナーシップ型の農村振興モデルとしての
- 64 -
LEADER アプローチを確立し、EU の基金配分を通じて、域内加盟国に広く事業実施を誘導し
ている点に特徴がある。ただし、アイルランドにおいて模範的に展開しているといわれている
が、各加盟国や各 LAG によっては目指す理念の達成度にはばらつきがあると思われる。
この制度を日本において導入しようとする場合、国レベルの新たな地域振興交付金制度の導
入が想定される。これは、現在検討が進められている地方分権改革に逆行することになり、適
当でないと考える。そもそもアイルランドで LEADER 手法がうまく適用できた背景として、
アイルランドの地域に行政依存体質がなかった点が指摘できる。行政主導が根強い日本におい
て、新たな地方への交付金や補助金制度の導入は、中央集権型補助金行政のラインの温存又は
再構築となる恐れが大きい。したがって、ボトムアップ、住民の主体的参画による地域の振興
という LEADER 理念を踏まえた取組の実現のためには、地方自らの意思によって方策が検討
されるべきである。そのための財源は、自治体が自らの裁量と権限によって使える地方税や地
方交付税といった必要な一般財源が確保された上で、それぞれの地域において、地域の特性や
ニーズを踏まえた取組がされることが望ましい。
2.2
アイルランドの LEADER の実践から学ぶもの
新たな補助事業としての日本型 LEADER 事業の導入には否定的であるが、限られた財源の
中で地域が自立を図っていくためには、特にアイルランドの LEADER の実践から学ぶべき点
は多いと考える。ただし、日本とアイルランドでは地方行政の役割が大きく違う。アイルラン
ドの自治体が限られた機能しか果たしていないのに対し、日本の自治体は大きな権限と機能を
持っている。日本においては、地域ベースの統合的アプローチなどあらためて導入を検討する
必要もなく、自治体の当然の機能といってもよいくらいである105。
そこで、地域の振興の取組は、まず、住民に一番身近な自治体である市町村が中心となって
行われることが必要と考える。アイルランドにおいては、最初に民間主導の取組があり、これ
に行政機関が参画する形でパートナーシップが形成されていた。もし、地域に民間主体の取組
があるのであれば、行政はそれをなるべく阻害しないよう、側面的支援に努めるべきと考える。
しかし、日本のほとんどの地域において、このような民間の取組が乏しいのが実態だと思われ
る。当面は、行政が主導的役割を果たしつつ、民間や住民主体の取組の喚起を目指す必要があ
る。その際、アイルランドの LEADER の経験から、次のような視点の施策の導入を検討する
ことが有益ではないかと考える。
第一に、専門的な人材の確保と活用があげられる。アイルランドの LAG では、事務局スタ
ッフに専門的な人材を確保し、彼らの知識や経験を生かして地域の人々の中に入り込み、信頼
を獲得し、ビジネスプランの実現に努めていた106。人件費への補助は、日本の場合は避けられ
る傾向にあるが、LEADER の場合、期間限定ではあるものの 100%公的資金でまかなうことが
認められている。公募での選考を経て実績と能力が認められれば、さらに継続しての実施も可
能となっている。また、日本の場合は、地元雇用が優先され、なるべく内部の人材を活用しよ
うとする傾向があるように思える。アイルランドの LAG の場合は、地元雇用には全くこだわ
っていない。能力があれば外国人でもよいとのスタンスであり、様々な経験を持った人材が集
105
これまで、国の省庁ベースの縦割りが自治体の業務にも持ち込まれていたのであるが、自治体の主体性
により、本来の総合行政が展開されることが期待されるところである。
106 ティパラリとゴールウェイの事例で紹介したように、筆者が面談した LAG のスタッフは、全国公募で採
用され、大学院の修士号を持ち、海外での勤務経験があるなど多彩であった。また、若く、自信に満ち、農
村地域の振興に取り組む熱意が感じられ、印象深かった。
- 65 -
まっている。また、そのような専門人材を大学院で養成し、専門知識を身につけた若者を農村
地域の振興機関へ供給する体制も整えられている107。特に、日本の中山間地域などでは、高齢
化と若者の流出により人材不足が懸念されている。市町村の中にタスクフォースを設け、この
ような外部専門人材を取り入れる方策は、一つの有効な手法と思える。そのためには、外部の
人材を引き付ける仕事の魅力や処遇も必要となる。後述のパートナーシップ型地域振興機関な
どの組織を立ち上げる場合、場合によっては、そのスタッフの人件費について公的資金での手
当ても考慮する必要があると考える。
第二に、補助金に対する考え方の転換があげられる。LEADER 事業の LAG は、農村地域の
企業を振興し、多様な産業の振興と雇用の確保を図るため、地域において革新的なビジネスプ
ランを持つ事業者へ補助金を交付して支援している。日本でも、商工業振興の支援施策は取ら
れているが、個人の資産形成につながるものへの公的資金の投入には極めて慎重である。特に
農村地域において、農業以外の分野での事業への支援施策は少ないのではと思われる。一方で、
既存の団体等への補助金が既得権益化している状況もありうる。LEADER 的発想では、個人
の事業への補助金であっても、それが地域の振興につながるものであれば支援してよいという
考えになる。また、公的資金の投入でそれを上回る民間投資を引き出すことができ、効果的と
いう考えである。LEADER 事業の最大の効果は、それまで公的支援の無かったところに支援
の手が差し伸べられたことにより、地域住民のやる気を引き出したことといわれている。地域
において、新しい発想を持つ個人やグループを積極的に支援し、意欲を引き出すことは、地域
の自立へ向けて極めて重要と考える108。当然ながら、公的資金を支出するに当たっては、透明
性が不可欠である。適正な評価と監視のシステムは必要と考える。また、ビジネスプランの審
査には専門的な能力が必要であり、外部の専門機関との連携が求められる109。
第三に、能力構築とコミュニティ振興があげられる。LEADER は、地域の経済振興のため
の事業であるが、その手法の中で地域の能力獲得に力が入れられている 110。日本においても、
地域の町内会活動や公民館活動などの取組は幅広く行われている。LEADER 事業におけるコ
ミュニティ振興は、コミュニティが地域振興のパートナーシップの一員となりうる能力構築を
目指しているところに特長があると思われる。併せて、職業訓練、ビジネス能力の向上にも取
り組まれている。LEADER 補助金を受けて事業を実施する際、コミュニティが実施主体の場
合には、必要な自己資金にボランタリーワークなどを算入することが認められており、コミュ
ニティベースの事業実施と住民のボランティアによる積極的な参加を促進している。2005 年 2
107
アイルランド国立大学ゴールウェイ校の政策科学・社会学部カーティン教授のところには、コミュニテ
ィ振興に関する 2 年間の修士課程が設置されている。1 年目の前期は、ゴールウェイ校においてコミュニテ
ィ振興の理論と実践、ビジネス、政策研究開発技術の授業があり、後期はオランダの大学において農村振興
や EU 政策など国際的視点の授業が行われる。2 年目前期は、地域振興機関における実務の実習、後期は、
ゴールウェイ校での授業、グループワークなどとなっている。専門的な知識や技術の獲得とともに実務能力
も養成するプログラムとなっている。
108 第 7 章で紹介したように、鳥取県においては、平成 17 年度より、個人を含め対象を限定しない自立支援
交付金制度を開始した。
109 アイルランドの LAG では、
補助事業の審査のため分野別に専門機関の入った評価委員会を設置している。
また補助金の最終決定は、公的部門、ボランタリー部門、民間部門のパートナーシップの役員会の権限であ
る。これらの活動は、基本的にボランタリーベースで運営されていた。日本においても、可能であれば、こ
のような形にできれば望ましい。
110 「訓練」のための補助金がこれに該当する。アイルランドの LEADERⅠでは、補助率が 50%だったため
に利用が少なかった反省から、LEADERⅡ、LEADER+では補助率が 100%に引き上げられた。また、LAG
は、補助金による支援だけではなく、コミュニティ振興オフィサーなど専門スタッフによる地域コミュニテ
ィの取組の喚起、助言指導などの支援を行っている。
- 66 -
月にアイルランドを訪問した際、10 年前と比べて LAG においてコミュニティ振興に一層力が
入れられているように見受けられた。このような取組には時間はかかるものの、住民の主体的
な参画による地域振興のために必要なものであろう。特に、行政主導の伝統が強い日本の地域
においては、住民や地域の能力構築の取組が今後の重要な課題となると思われる 111。併せて、
LEADER 事業では、地域の能力構築とともに、LAG の役員などパートナーシップ構成員の経
営主体としての能力構築も必要とされ、研修などに力が入れられている点も付け加えておきた
い。
第四に、ネットワークの活用があげられる。LEADER 手法の大きな特徴の1つに、EU レベ
ルのネットワークの存在があげられる。また、アイルランドにも、独自のネットワーク組織が
構築されている。これらの活動は、LEADER 事業の予算の中で実施されているものである。112
アイルランドの LAG は、これらのネットワークを通じて、他の優良な事例を学び、成果をあ
げているという。また、国境を越えた連携事業も積極的に推進されている。日本の自治体レベ
ルでも、各種団体や協議会など様々な連携組織があるが、国への要望活動が主要目的のものが
多いように見受けられる。地域の自立へ向けて自治体間でベストプラクティスを交換し合い、
切磋琢磨するような取組がもっとあってもいいように思える。さらに、ティパラリのように
LEADER グループは連携先の相手を探している。これらの LAG と日本の地域の振興グループ
との国境を越えた連携事業が実施できれば、日本のグループにとっても大変刺激になるのでは
ないかと考える113。
第五に、パートナーシップ型地域振興の取組があげられる。地域のパートナーシップによる
LAG の組織化は、LEADER 事業の特質の筆頭に掲げられるものである。アイルランドにおい
ては、パートナーシップ型の取組は 1990 年代になって盛んになり、LEADER の LAG をはじ
め様々な事業が実施されるようになった。権限と競争性を獲得した LAG は、地域の振興に大
きな役割を果たしている。アイルランドにおいては、最初に民間主導の取組があり、行政機関
との確執や議論を経た上で相互理解が深まり、より良好なパートナーシップが形成されたとさ
れている114。日本においては、逆に行政主導の取組の中から、民間やコミュニティの主体的な
参加を得てパートナーシップを形成することが求められる。
その際、必ずしも LEADER 会社のような組織を作る必要はないと思われるが、例えば、ア
イルランドのカウンティ/シティ・ディベロップメント・ボード(CDB)のように、自治体が
コーディネート役を務め、各関係機関がそれぞれの役割を果たすような取組が望まれる。CDB
には実質的な権限がないため、力を発揮しにくいという限界が指摘されていたが、日本の自治
体は、権限的には問題ない。逆に、行政主導からの脱却を目指し、官民双方の意識の変革が必
111
鳥取県の中山間地域活性化交付金で取り組まれたワークショップは、この手法の一つになると思われる。
LEADERⅠの評価では、EU 全体でもアイルランドでもネットワークの取組は十分ではなかったとされ、
LEADERⅡ以降特に力が入れられてきた。実際の事業は、欧州委員会やアイルランド政府から委託を受けた
機関が実施している。2005 年 2 月にアイルランドを訪問した際、ちょうど LEADER+のアイルランドのサ
ポートユニットが開設されたところだった。プログラム期間の後半になってからの発足であり、さすがに遅
いといわれていた。
113 例えば、ティパラリ・リーダー・グループなどで現在力を入れている、新エネルギー関係の研究開発や
食料品のマーケティングなどの共同研究、情報交換、文化交流などが考えられる。その際、LEADER グルー
プ側は公的資金の支援を受けることができるので、日本側のグループへもなんらかの支援が必要と思われる。
114 1995 年にアイルランドに滞在していた際には、LAG と自治体は対立関係にあるととらえていた。このた
び訪問した際に、両者の関係が改善していたのは意外であり、実はアイルランドから最も学ぶべき点といえ
るかもしれない。日本においても、行政と民間、NPO、住民などとの協働が重要と言われているが、現実に
はなかなか難しい。お互いが相手の立場を理解しようと努め、変化を受け入れることができれば、パートナ
ーシップの改善が望めるといえる。
112
- 67 -
要である。自治体の予算策定と執行の過程で、民間の主体的な取組が喚起され、競争性が発揮
されるような取組が求められる。
また、LAG のような組織を立ち上げ、思い切って権限と財源を移譲し、自律的な運営を目指
すことも一つの方策だと考える。LEADER の実践のように、当初は多少の混乱はあるかもし
れないが、実践の中で能力を獲得するという面が期待できる。このような組織の活動範囲は、
LEADER 同様、自治体の区域と一致していなくてもいいと思われる。LEADERⅠの評価で、
地域資源や人員配置の点から必要最低規模が問題となっていた。EU と日本では地理的、経済
的な条件が違うのでどの程度の範囲が適当かは一概にいえないところである。広域合併して大
きくなった市町村の範囲の一部や、又は合併しなかったところが他の自治体と一緒に立ち上げ
ることも可能と考える。
以上、アイルランドの LEADER の取り組みから参考とすべき点をあげたが、LEADER 手法
の特徴とされる地域ベースの統合的アプローチ、ボトムアップ・アプローチ、パートナーシッ
プ・アプローチ、イノベーション、ネットワーキング、分権化などは、日本の地域振興の取組
においても考慮すべき重要な観点である。これからの行政は、住民に身近な市町村を中心に、
地域の主体的な自立へ向けた取組が促進される必要がある。そのため、都道府県レベルでも、
これらの観点を踏まえた支援施策の推進が望まれる。また、中山間地域などの条件不利地域に
おいては、投資効率が悪いために他の地域と同じ条件での競争は困難である。いわゆる三位一
体改革の中で、地方交付税制度の改革の行方は不透明であるが、少なくとも、条件不利地域の
不利性を補い、地方の創意工夫のもとでの自立へ向けた取組を可能とする財源の確保への配慮
が必要と考える。また国レベルにおいては、これまで培った高度な人材、知識、技術などの資
源が豊富にあると思われる。これらの資源を地域レベルの活性化に生かす支援方策が望まれる。
3.おわりに:地域の自立へ向けて
本論文では、EU の LEADER 事業のアイルランドの事例に絞って調査研究を行った。
LEADER 事業については、各国、地域の実情に応じ、多様な取組が行われている。それぞれ
参考となる点があると思われるが、他国の事例までは力が及ばなかった。また、LEADER と
ソーシャル・キャピタルの関係について、欧州研究者の文献で取り上げられており115、柏(2002)
も LEADER 手法はソーシャル・キャピタルの形成をもたらすものととらえている。
「おそらく
最も明確にソーシャル・キャピタルを公共政策の中核に据えているのはアイルランド政府であ
ろう。」116という指摘もあり、アイルランドの LEADER が成功した要因としてソーシャル・キ
ャピタルの観点にも着目したのであるが、今回の訪問調査ではそこまで具体的につかむことが
できなかったため、取り上げるに至らなかった。
そもそも、EU の農村振興政策である LEADER 事業を研究しようとした背景として、日本
の中山間地域の将来展望を描くための参考事例にしたいという思いがあった。EU の農村振興
政策においては、
「農村を農村として保全すること」が目指されているようである。しかし、日
本の山間部などにおいては、保全すること自体がかなり困難な状況にあるといえる。今現在あ
る集落でも、高齢化が進み、後継者もなく、消滅する恐れのあるところが少なくないと思われ
る。山間部の集落を抱える鳥取県三朝町の担当者は、
「今後、公共サービスをどこまで供給する
115
Shucksmith[2000]に能力構築との関連でソーシャル・キャピタルに関する議論が紹介されている。
(彼
自身は懐疑的な立場のようである。)
116 宮川公男・大守隆編[2004]
『ソーシャル・キャピタル』東洋経済新報社、p.31
- 68 -
かの選択が必要になるだろう。」と述べていた。結局、中山間地域の問題はあまりに大きく、全
く手付かずとなってしまった。
本研究の政策目標としては、
「地域の自立」を掲げた。しかし、その具体的な姿までは描けて
いない。まずは、「地域に暮らす人たちが、自分たちの地域のことを自ら考え、自ら行動する」
といった地方自治の本来の姿を回復するための提案を目指したものとなった。今、いくつかの
自治体においては、民間のノウハウを取り入れた取り組みや公共サービスの運営主体の見直し
などの改革も始まっている。EU の LEADER の取組からも、ボトムアップによる地域振興が
根付くには、かなりの時間がかかることが指摘されている。全国の地域、自治体が競い合い、
また連携しつつ、それぞれの地域において、住民の主体的な参画のもと、望まれる地域の姿を
描き、かつ支えていていくことができればと願う。
- 69 -
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