エイズの影響

助成番号
08-062
松下国際財団 研究助成
研究報告
【氏名】谷島
緑
【所属】(助成決定時)Laboratory of Entomology, Wageningen University (ワーゲニンゲン大学昆虫学教室) 【研究題目】マラウイ農村における稲作とキャッサバ生産地域での HIV エイズの影響を受けている世帯の ライフヒストリー分析
【研究の目的】
本研究では、下記の研究課題に取り組んだ。 マラウイ北部の農民は、キャッサバの生産における作物保護・病虫害の問題点について、どのように認
‐
識し、対応しているか調査する。 マラウイでは総合病虫害管理(IPM)/農民現場学校(FFS)の概念はどのような発展を遂げたのか調査し、こ
‐
の経験が南部アフリカでの農業教育や自給作物に関する政策に対してどのような意味を持つか考察す
る。 HIV エイズの影響の度合を、家系図、作物のパターンと、食糧確保に焦点を当てた調査において、世帯
‐
レベルの指標でどのように推定できるか。HIV エイズに対する‘社会的免疫力’とはどのようなもので
あるか検討する。 HIV エイズの世帯や個人に与える具体的な影響として、特に個人の移動状況や社会的生活環境はどのよ
‐
うな影響を受けているか観察する。 HIV エイズの推定された影響に対し、人々はどのように対応しているか、‘New Variant Famine’仮説お
‐
よび‘社会的免疫力’に鑑みて分析する。 【研究の内容・方法】
世界最貧国の一つであるマラウイでは、不安定な降雨量のため、主食であるメイズの生産は大きく被害を
受け、食糧難が続いている。また、15‐49 歳の年齢層の死因のうち、HIV エイズが 75%を占めると言われる1。
このため、主産業である農業の担い手世代が失われ、農家の食糧・栄養の確保、労働力の配分、作付作物の
選択にも大きな変化が起きている。
‘New Variant Famine’仮説2は、HIV エイズの影響を受けている地域では、
農業に利用可能な労働力が減少するため、キャッサバを含む根菜作物など、より少ない労働力で生産できる
作物に移行するとし、マラウイでのキャッサバの全体の生産が、ここ数十年間に増加した3主要因と主張し
た。キャッサバを主食とするマラウイ北部では、病虫害管理の原則に基づく FFS が導入されているが、その
効果は未検討であった。本研究では、マラウイ北部の農村地域においてキャッサバ、農民現場学校(FFS)、
HIV エイズの関連性について検討した。 本研究における一次データは、参加型調査手法4、個別面接法と木製ゲーム盤(Bawo)を用いた集団面接
1
Malawi National AIDS Commission (2003). National Estimate of HIV/AIDS in Malawi in 2003 de Waal and Whiteside (2003). New variant famine: AIDS and food crisis in southern Africa. The Lancet 362 (9391) 1234‐1237. 2
3
4
FAOSTAT (2009). FAO Statistical Databases. http://faostat.fao.org/ Mikkelsen, B. (2005). Methods for Development Work and Research. London: Sage Publications
法、病虫害の状況についての圃場サンプリング、参与観察法、およびライフヒストリー法といった手法を用
いて収集された。二次データは主要情報提供者(Key informant)への面接や文献調査により収集した。分析
には、マイクロソフト Excel および、統計解析ソフトウェア SPSS、質的分析ソフトウェア Atlas.Ti および
Anthropac、家計図分析ソフトウェア Legacy を用いた。特に、マラウイ全体における IPM/FFS の状況を把握
するため、文献調査と並行し、農業普及員や農業試験場、農業省、非政府組織(NGO)、援助機関等の関係
者に対する聞き取りや、2007 年に行われた FFS ワークショップの流れや、それを機に発足した FFS ネットワ
ークの発展について考察した。また HIV エイズに関連した調査にあたっては、人文・社会科学の諸分野で用
いられるライフヒストリー手法を用いた。その定義は、「ある個人が時間的経過を踏まえ、自らの経験や社
会に関して解釈した記録」5であり、「個人」の生活史に踏み込むことに主眼を置く。本調査では、国連食糧
農業機関(FAO)により開発された Biographic Narratives Methods (BNM)6のマニュアルに基づいたインタビュ
ーを実施し、その質的データを Atlas.Ti ソフトウェアによってコード化し、統計解析に用いることで、質的・
量的に分析することを試みた。 【結論・考察】
キャッサバ生産に対する農民の意識調査と圃場における実測により、FFS に参加した農民とそうでない農
民との比較を行った。殆どの農民は、目視できる病虫害についてのある程度の正確な理解と知識を示し、収
穫減の要因として認識していたが、何らかの対処をしている者は少数であった。また、FFS に参加したこと
は、農民にとって高収量・早生品種の挿し木を得る機会となっていたが、キャッサバの病虫害管理には大き
な影響はなかった。FFS を自給用食糧作物に用いる場合には、農民の意識が換金作物の場合とは異なるため、
様々な配慮が求められる。特に、カリキュラムの構成を慎重に検討する必要があることが再認識された。 また、ライフヒストリー法により、HIV エイズにより農民の作付面積や作物、また、彼らの家族構成や個
人史にどのような変化があったか、更にライフヒストリーの文脈をコード分析することにより、個人レベル
の生活の中で、当人や家族が HIV に感染した際の生活の変化やリスク認識の変遷について調査した。HIV エ
イズが社会生活全体に与えている影響は、様々な面で伺われたものの、社会的組織や様々な支援プログラム、
保健サービスへのアクセスの向上により、彼らのおかれている状況が徐々に転換しつつあることが認められ
た。
5 川又俊則 2002 「ライフヒストリー研究の基礎」-個人の「語り」にみる現代日本のキリスト教- 創風社 6 Deshpande, C. (November 2005). Training Manual on the Biographic Narrative Methods: Interview and Analytical Procedures. Rome: Gender & Development, FAO