走行時の接地パターンの違いによる内側縦アーチの動態の検討 五十嵐 將斗 <要約> 後足部接地(RFS)は前足部接地(FFS)に比し下肢 overuse 障害の発生が多いことが報告されてい るが,これに関する運動学的なメカニズムは明らかではない.本研究の目的は FFS と RFS における走 行時の内側縦アーチの動態の違いを検討することとした.FFS 群および RFS 群各 7 名のトレッドミル 走行を,三次元動作解析装置により記録し,体表マーカーの座標データから内側縦アーチ角を算出した. RFS 群は FFS 群に比し,初期接地時の内側縦アーチ角が有意に大きく(RFS 群 149.7±2.80°,FFS 群 146.5±2.21°,P=0.03) ,その変化量は有意に小さかったが(RFS 群 4.4±2.0°,FFS 群 6.5± 1.0°,P=0.03),最大値には差を認めなかった.本研究は接地パターンの違いにより,内側縦アーチ の動態が異なることを示した.RFS 群は FFS 群に比し,内側縦アーチによる衝撃吸収能が低い可能性 がある. Ⅰ.背景 走行時の接地パターンは以下の 3 パターンに分 類することができる. 下肢 overuse 障害の発生が多いことに関する運動 学的なメカニズムは明らかではない. RFS と FFS では下肢 kinematics,特に足部セ rearfoot strike(RFS):踵部が初めに接地する走 グメント間の kinematics が異なることがいくつ 行パターン か報告されており 7~9),RFS と FFS で内側縦アー midfoot strike(MFS) :踵部と前足部が同時に接 チの動態も異なることが予想される 9).また,走 地する走行パターン 行時の内側縦アーチの過度の低下はシンスプリ forefoot strike(FFS):前足部が接地した後に踵 ント,疲労骨折,コンパートメント症候群などの 部が接地する走行パターン 1~3). 下肢 overuse 障害の危険因子であることが報告さ 一般的に長距離ランナーでは RFS が多いこと れている 10).それゆえ,走行時の接地パターンの が報告されている 4,5).しかし,Hasegawa らは 違いによる内側縦アーチの動態を検討すること 札幌国際ハーフマラソンの参加選手の内,上位ラ は,接地パターンの違いによる下肢 overuse 障害 ンナーでは FFS の割合が多いことを報告した 5). の発生メカニズムを理解する上で重要である. また彼らは,FFS は RFS に比し接地時間が短く, 走行速度が速いと結論付けた 5). また,RFS では FFS に比し,股・膝関節痛, したがって,本研究の目的は RFS と FFS にお けるトレッドミル走行時の内側縦アーチの動態 の違いを検討することとした.RFS は FFS に比 腸脛靭帯炎,膝蓋大腿部痛,シンスプリント,疲 し, (1)初期接地(IC)時の内側縦アーチが低い, 労骨折(中足骨を除く) ,足底腱膜炎などの下肢 (2)内側縦アーチ低下のピーク値が大きい, (3) overuse 障害が多いことが報告されている 6~8). 内側縦アーチの変化量が大きいと仮説を立てた. したがって,パフォーマンスおよび障害予防の観 点から FFS が推奨されている.しかし,RFS で Ⅱ.方法 1.被験者 対象は本学に所属する健常男女各 9 名 (22.1±0.7 歳,164.4±8.7cm,55.0±6.6kg)とし, 除外基準は下肢の骨折歴,手術歴および 6 ヵ月以 内に下肢の整形外科的疾患の既往があることと した.測定側は全例利き足とし,利き足はボール を蹴る足と定義した.なお, 本研究は本学保健科 図 1.アーチ高率測定 学研究院倫理委員会の承認および各被験者から ①足背高:全足長の 50%の位置における足背の高さ 同意を得て実施した. ②切頂足長:踵骨後縁から第 1 中足趾節関節中心までの長さ ③全足長:踵骨後縁から第 1 趾先端までの長さ 2.手順 課題は裸足でのトレッドミル走行(MINATO 社製)とし,走行速度 8km/h で 3 分間実施した. また,接地パターンに関する指示は与えず,被験 者本来の接地パターンでの走行とした.走行中に 修正 Borg scale を聴取し,主観的運動強度を 1 分ごとに記録した. 反射マーカーを利き足の下腿・足部に計 19 個 貼付し,赤外線カメラ 6 台(Motion Analysis 社 製)および 3 次元動作解析装置 EvaRT4.4 (Motion Analysis 社製)を用いて,3 分経過後 の 5 ストライドを記録・解析した. その後,静的足部アライメントとしてアーチ高 率を計測した(図 1)11).アーチ高率は足背高(図 1:①)を切頂足長(図 1:②)で除した値とし, 算出した. 図 2.内側縦アーチ角 踵骨低部・舟状骨・第一中足骨頭マーカーを矢状面上に投影 した際のなす角 部マーカーの座標データから同定した 12).矢状面 上における第 5 中足骨頭マーカーと踵骨低部マー カーのピーク加速度の時期の差が-5ms 以下を FFS,-5〜15ms を MFS,15ms 以上を RFS と した 12).IC に関して,FFS は第 2 中足骨頭マー カー,RFS は踵骨低部マーカーのピーク加速度の 瞬間と定義とした 13).Toe off は膝伸展角度が第 2 ピークを迎えた瞬間と定義した 14). 3.データ解析 解析区間は立脚相とした.Matlab software R2009(The Mathworks 社製)を用い,先行研 究に基づき接地パターン,IC および toe off の瞬 間を同定した 12,13,14).これらは IC 時の足関節底 背屈角度,床反力との誤差が少なく,妥当性が高 いことが報告されている. 接地パターンは第 5 中足骨頭マーカーと踵骨低 内側縦アーチ角(図 2)は踵骨・舟状骨・第一 中足骨頭マーカーを矢状面上に投影し,踵骨・舟 状骨を結んだ線と舟状骨・第一中足骨頭を結んだ 線のなす角とし,Visual 3D(C-Motion 社製)を 用いて,(1)IC 時,(2)最大値,(3)変化量を 算出した.変化量は最大値と IC 時の差とした. 内側縦アーチ角が大きいことはアーチが低いこ とを示す. 表 1.対象特性 前足部接地群 後足部接地群 P値 7 (3/4) 7 (3/4) − 年齢(歳) 22.0 ± 0.82 22.1 ± 0.69 0.730 身長 (cm ) 165.8 ± 6.63 163.9 ± 10.40 0.693 体重(kg) 53.3 ± 5.32 55.5 ± 6.75 0.506 アーチ高率 0.357 ± 0.03 0.355 ± 0.02 0.911 修 正 B o r g s c a le 1.14 ± 1.34 2.41 ± 1.49 0.134 前足部接地群 後足部接地群 P値 初期接地時(°) 146.5±2.2 149.7±2.8 0.034 最大値(°) 152.3±1.6 154.2±2.3 0.295 変化量(°) 6.49±1.0 4.41±2.0 0.032 N( 男 性 / 女 性 ) 平均値±標準偏差 表 2.内側縦アーチ角 平均値±標準偏差 前足部接地 4.統計解析 後足部接地 156 統計解析には SPSS ver.18(IBM 社製)を対応 体特性および(1)IC 時の内側縦アーチ角,( 2) 内側縦アーチ角の最大値, (3)内側縦アーチ角の 変化量の違いを検討した(P<0.05) . 内側縦アーチ角(°) の無い t-検定を用い FFS 群と RFS 群における身 154 152 150 148 146 144 142 140 Ⅲ.結果 MFS の 3 名(男性 2 名,女性 1 名)と測定項 0 20 40 60 立脚相(%) 80 図 3.平均内側縦アーチ角時系列データ 目(内側縦アーチ角の変化量)で平均値±2SD を 超えた男性 1 名の計 4 名を除外し,RFS 群およ 2).内側縦アーチ角の最大値は両群で有意な差が び FFS 群各 7 名(男性 3 名,女性 4 名,表 1) 認められなかった(表 2) . となった.群間で年齢,身長,体重,アーチ高率, 平均内側縦アーチ角の時系列データを図 3 に示 修正 Borg scale に有意な差は認められなかった す.FFS 群は立脚初期で急激に内側縦アーチが低 (表 1) . 下し,その後は緩やかに低下している一方で, 内側縦アーチ角の群間差を表 2 に示す.IC 時 RFS 群では内側縦アーチの急激な低下は見られ の内側縦アーチ角は FFS 群に比し,RFS 群で有 なく,特に立脚初期において内側縦アーチの低下 意に大きかった(表 2) .内側縦アーチ角の変化量 が少ない. は FFS 群に比し,RFS 群で有意に小さかった(表 100 Ⅳ.考察 い 8).接地パターンの違いで垂直床反力が異なり, 本研究の主な所見は,FFS 群に比し,RFS 群 FFS に比し RFS では荷重速度が大きいことが報 は IC 時の内側縦アーチが低く,内側縦アーチの 告されている 2,7,8).本研究は FFS 群に比し,RFS 変化量が小さかったことである. 群で内側縦アーチの変化量が小さく,さらに RFS 静的内側縦アーチは足趾伸展により上昇する 群で荷重率のピークが生じる立脚初期に変化量 と報告されており,これは windlass mechanism が小さいことを示した.これらのことが RFS に と呼ばれている 15~17).FFS は前足部で接地する おける荷重速度の増大と関連し,RFS 群で下肢疲 ため,踵部から接地する RFS に比し,足趾伸展 労骨折(中足骨を除く)の発生が多いことの一因 が大きいことが考えられる.それゆえ,windlass となる可能性がある.また,RFS では IC 時から mechanism が影響し, FFS 群の IC 時の内側縦 内側縦アーチが低下しているため,FFS に比し立 アーチが高くなったと考えられる. 脚相を通してより長い時間内側縦アーチが低下 本研究の仮説とは異なり,内側縦アーチ角の最 していることが考えられる.これは内側縦アーチ 大値は FFS 群と RFS 群において有意な差が認め の支持組織である足底腱膜と後脛骨筋への伸長 られなかった.FFS は前足部での接地に続き踵部 ストレス大きくすることが考えられる 21).これら が接地すると報告されており,立脚相において のことが RFS 群で足底腱膜炎およびシンスプリ RFS と同様に全足底接地する相があると考えら ントの発生が多いメカニズムに関与している可 れる 1~3).内側縦アーチは全足底接地した際に, 能性がある. 機能的に形態を変形し,衝撃を分散する機構を有 本研究は,走行速度を 8km/h としたが,走行 している(truss mechanism)18).そのため,全 速度は接地パターンや,IC 時の足関節角度に影 足底接地した際に truss mechanism が働き,両群 響を与えることが報告されている 22,23).また走行 で内側縦アーチが同程度につぶれたため,内側縦 速度の増加は立脚時間を減少させるため,truss アーチ角の最大値に有意な差が認められなかっ mechanism に影響を与える可能性がある 24).こ た可能性が考えられる. れらのことから,今後速度の影響も考慮する必要 内側縦アーチ角の変化量は仮説に反して,RFS に比し,FFS 群で大きかった.これは内側縦アー がある. また,本研究は運動学的な検討のみであり,力 チ角の最大値において有意な差が認められなか 学的な検討を行っていない.接地パターンの違い ったが,IC 時の内側縦アーチ角に有意な差が認 により床反力が異なることが報告されており 2,7,8), められたため,IC 時の内側縦アーチ角が大きく 接地パターンの違いによる,より詳細な下肢 影響した可能性が考えられる.先行研究において, overuse 障害の発生メカニズムを理解するために FFS で前足部背屈・外転および後足部外反角度変 は力学的な検討も同時に行う必要がある. 化量が大きいことが報告されている 9).これらの 運動は内側縦アーチに影響するため 19,20),本研究 謝辞 結果を支持する. 本卒業研究にあたり,ご指導下さった諸先生方, Daoud らの報告によると,股・膝関節痛,シ 客員研究員の越野裕太氏,本学大学院修士の奥貫 ンスプリント,足底腱膜炎,下肢疲労骨折の発生 拓実氏,ならびに実験に協力して頂いた本学学生 が,FFS のランナーに比し RFS のランナーで多 の皆様に感謝申し上げます. 引用文献 2008. 1) Stearne SM, et al.: Joint kinetics in 10)Willems TM, 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