マラウイ北部におけるHIVエイズ影響下での キャッサバ農家の社会的

The Murata Science Foundation
マラウイ北部におけるHIVエイズ影響下での
キャッサバ農家の社会的生活環境
Livelihoods of Cassava Farmers in the context of HIV/AIDS in Northern Malawi
A81214
代表研究者 谷 島 緑 ワーゲニンゲン大学 昆虫学教室 博士課程後期在籍
Midori Yajima
PhD Research student, Laboratory of Entomology, Wageningen University
共同研究者
アーノルド・ファン・ハウスワーゲニンゲン大学 昆虫学教室 熱帯昆虫学 教授
Arnold van Huis
共同研究者
ジャニス・ジギンズワーゲニンゲン大学 コミュニケーション・イノベーション科学研
Prof. Dr. ir, Tropical entomologist, Laboratory of Entomology,
Wageningen University
究グループ 客員研究員 教授
Janice Jiggins
Prof. Guest researcher, Communication and Innovation Studies,
Wageningen University
Malawi is one of the poorest countries in Africa with a high population density, and a
high prevalence of HIV/AIDS. Most smallholder farmers grow maize as a staple food, but
its production is dependent on the uni-modal rainfall pattern and off-farm inputs, namely
hybrid seed and inorganic fertilizer. Due to instability of these factors, Malawi has experi-
enced regular food shortages. The ‘New Variant Famine’ hypothesis argues that the HIV/
AIDS epidemic caused the loss of labour, aggravating food insecurity, while it induced
an increase in cassava production with its low labour demand. The Farmer Field School
(FFS) was originally developed for Integrated Pest Management (IPM) to empower farm-
ers through discovery learning. FFS was introduced to Malawi in 1997, but its relevance
on subsistence crops has been challenged. This study examined the ‘New variant famine’
hypothesis and the FFSs on cassava in northern Malawi. Participants and non-participants
of cassava FFSs were interviewed on their perception on crop management using combina-
tion of participatory methods, field sampling and observation of FFS sessions. The data on
life histories concerning HIV/AIDS were collected by in-depth interviews. Pest and disease
study showed that although most farmers recognise visible pest and diseases, they did not
take action. Cultural controls are hardly used. The participation in FFSs did not have a
major impact, and the curriculum design was found crucial. Life history interviews indicat-
ed that HIV/AIDS is one in the continuum of risks. Life history indicated that high mobility
as a known HIV/AIDS risk might not be the most decisive factor in HIV/AIDS exposure.
People’s perception on their risk exposure is changing with the influence of emerging social
organisations. This suggests that increased intervention effort would help them develop
stronger social immunity. Overall, a more flexible and wider focus in FFS curricula design
for small-scale cassava farmers is recommended.
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Annual Report No.23 2009
研究目的
概 要
本研究では、農業普及が地域社会において
世界最貧国の一つであるマラウイでは、不
果たしている役割に着目し、従来の普及体制
安定な降雨量のため、主食であるメイズの収
と参加型手法を比較することにより、地域住民
穫は大きく被害を受け、国家レベルで食糧供
に主体を置くことの有効性や課題、またその社
給の危機的状況が続いている。また同国にお
会的生活環境(Livelihood)への影響について
いては、15-49歳の年齢層の死亡原因のうち、
検討した。また、HIVエイズと農業生産及び食
H I V エイズが 7 5%を占めると言われている
糧危機の密接な関連性を主張した‘N e w
(Malawi National AIDS Commission, 2003)。
Variant Famine’仮説の検証も目的とした。
このため、同国の基幹産業である農業の担い
具体的には、下記のような研究課題に取り
手世代が失われ、農業普及活動を含む公共
組んだ。
サービスは、更に人員不足となり、その結果
・地域の農民は、キャッサバの生産における
農家の食糧・栄養の確保、労働力の配分、作
作物保護、病虫害といった問題点について、
付作物の選択にも大きな変化をもたらした。
どのように認識し、対応しているか。
またエイズ孤児が世帯主となっている世帯数
・H I Vエイズの影響の度合を、家系図、作物
が増加し、こうした子供たちは、学校に通う
のパターンと、食糧確保に焦点を当てた調
機会を奪われるばかりか、貧困や食糧不足か
査において、世帯レベルの指標でどのように
ら売春などのリスクの高い行動に及ぶ傾向が
推定できるか。HIVエイズに対する社会の回
あり、更なる感染の危機に晒されている。こ
復力とはどのようなものであるか。
のように、HIVエイズはマラウイにおいて既に
・H I Vエイズの世帯や個人に与える具体的な
深刻かつ慢性化していた食糧難を更に悪化さ
影響として、特に個人の場所の移動状況や
せ、様々な社会的・経済的問題を引き起こし
社会的生活環境はどのような影響を受けて
ている。
‘New Variant Famine’仮説(de Waal
いるか。
and Whiteside, 2003)は、HIVエイズの影響
・H I Vエイズの推定された影響に対し、人々
はどのように対応しているのか。その対応は、
を受けている地域では、農業に利用可能な労
働力が減少するため、キャッサバを含む根菜
‘New Variant Famine’仮説および社会の回
作物など、より少ない労働力で生産できる作
復力に照らし合わせるとどのように捉えるこ
物に移行するとし(de Waal and Tumushabe,
とが出来るのか。
2003)、マラウイでのキャッサバの全体の生産
・マラウイでは総合病虫害管理(IPM)/農民
が、ここ数十年間に飛躍的に増加した
現場学校(FFS)の概念はどのような発展を
(FAOSTAT, 2009)主要因であると主張した。
遂げたのか。またこの経験は、南部アフリカ
農民現場学校(Farmer Field School:FFS)
での農業教育や自給作物に関する政策には
は、参加型農村開発アプローチとして注目を
どのような意味を持つのか。
集めている。本来は総合的害虫管理(Integrated
Pest Management:IPM)の概念を、農民が
実践できるように開発された手法である(van
den Berg, 2004)。FFSは、農民自身の問題意
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識を出発点とし、その地域固有の農生態環境
らかの対処をしている者は少数であった。ま
のダイナミズムに適応した技術的知識体系の
た、F F Sに参加したことは、農民にとって高
形成を促す。F F Sはアジアと中南米で広く普
収量・早生品種の挿し木を得る機会となって
及し、アフリカの国々でも実施されているが、
いたが、キャッサバの病虫害管理には大きな
マラウイにおける成果に関するこれまでの評
影響はなかった。F F Sを自給用食糧作物に適
価は限定的である(Orr, 2003)
。FFSのマラウ
用する場合には、農民の意識が換金作物の場
イにおける影響に関する研究データの解析は、
合とは異なるため、様々な配慮が求められる。
FFSの有効性を理解する一助となる(van den
特に、カリキュラムの構成を慎重に検討する
Berg and Jiggins, 2007)
。
必要があることが再認識された。
本研究では、農業普及が地域社会において
また、ライフヒストリー法により、H I Vエ
果たしている役割に着目し、従来の普及体制
イズにより農民の作付面積や作物の選択、ま
と参加型手法を比較することにより、地域住
た、彼らの家族構成や個人史上での場所移動
民に主体を置くことの有効性や課題、またそ
の状況にどのような変化があったか、更にラ
の社会的生活環境(Livelihood)への影響に
イフヒストリーの文脈を分析することにより、
ついて検討した。また、本研究はH I Vエイズ
個人レベルの生活の中で、当人や家族がH I V
とキャッサバ生産、食糧危機の密接な関連性
に感染した場合の生活の変化や彼らのリスク
を主張した上記の‘New Variant Famine’仮
認識の変遷について調査した。H I Vエイズが
説の検証も目的とした。
社会生活全体に与えている影響は、様々な面
本研究における一次データは、参加型調査
で伺われたものの、社会的組織や様々な支援
の手法(Mikkelsen, 1995)、個別面接法と現
プログラム、保健サービスへのアクセスの向
地の木製ゲーム盤(B a w o)を用いた集団面
上により、彼らのおかれている状況が徐々に
接法、病虫害の状況についての圃場サンプリ
転換しつつあることも認められた。
ング、参与観察法、およびライフヒストリー
法(Deshpande, 2005)といった手法を用い
て収集された。二次データは主要情報提供者
(Key informant)への面接や文献調査により
収集した。分析は、マイクロソフトExcelおよ
び、統計解析ソフトウェアSPSS、質的分析ソ
フトウェアAtlas.TiおよびAnthropac、家計図
分析ソフトウェアLegacyを用いて行った。
まず、現地における実際のキャッサバの病
虫害の状況の把握と、キャッサバ生産に対す
る農民の意識調査を実施し、F F Sに参加した
農民とそうでない農民との比較を行った。殆
どの農民は、目視できる病虫害についてのあ
る程度の正確な理解と知識を示し、収穫減に
つながる要因として認識していたものの、何
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−以下割愛−