地域の活力をかたちにする仕掛け人: 論 説 <中間支援組織>としてのJAへの期待 三重大学大学院 生物資源学研究科 教授 石田 正昭(いしだ まさあき) 1.協同組合とフェアアイン 注1)F.W.ライファイゼン (独)(1818 ∼ 1888 年) ライファイゼン型農村信用 組合がわが国の産業組合 から農業協同組合につな がる信用事業の前身とな った。 注 2)フェアアインとは、 ライン川とモーゼル川が合流するドイツの都市コブレンツのすぐ北隣りにノイ ヴィートという小都市がある。そこから北へおよそ 50km 先のハムまで、ライファ イゼン街道が延びている。ハムはライファイゼン注1)の生地、そしてその街道沿いの ヴァイエルブッシュ、フラマースフェルト、ヘッデスドルフは、彼が村長として活 躍した基礎的自治体である。 ライファイゼンは、経済的に恵まれた層から寄付金や資金を集め、ヴァイエ ルブッシュではパン組合(Brotverein)、フラマースフェルトでは貧農救済組合 (Hülfsverein)、ヘッデスドルフでは福祉組合(Wohltätigneits-verein)をつくり、貧 しい村民たちにパンを与え、家畜を譲渡し、資金を貸し付けたりした。 ただし、関係者の間では、これ以降に設立された信用組合とは異なって、これら は協同組合(Genossenschaft)とはみなされていない。ドイツ協同組合の 3 大原則 である「自助」「自己責任」「自己管理」という点で、欠けるものがあるためである。 それらは人的結合体(社団=アソシエーション)による慈善活動であって、事業体(エ ンタープライズ)による継続的な経済活動ではないとされている。 パン組合、貧農救済組合、福祉組合は、確かに、自らの暮らしを守り高めるとい う(経済的な目的を達成するための)相互扶助型の自助組織ではない。地域(みんな) の暮らしを守り高めるという(社会的な目的を達成するための)共同作業型の他助 組織である。隣人愛の精神のもと、豊かなものが自らの能力の範囲において貧しい ものを支え、それにより生活空間としての地域社会を維持・発展させるという意味を もっている。 こうした社会的な目的を備えた他助組織は、その名称からもわかるように、ドイ ツではフェアアイン(Verein)注2)と呼ばれ、協同組合とは一線が画されている。フェ 原義としては、ひとつにな るという意味のドイツ語だ が、人々の集まり、つまり 社団を意味している。 【写真】 子どもたちにパンを差し だすライファイゼンの像 (ヴァイエルブッシュの ライファイゼン・バンク 前の広場で) 8 《論説》地域の活力をかたちにする仕掛け人 JA 総研レポート/ 2008 /夏/第 6 号 アアインと協同組合、これらはともに非営利、自発的協力の組織という点では共通 するが、フェアアインは社会的な目的をかなえるための共同作業型の他助組織をな し、協同組合は経済的な目的をかなえるための相互扶助型の自助組織をなすという 違いがある。 日常の暮らしの側面からすれば、ドイツでは、協同組合(法人:eG)よりもフェ アアイン(法人:eV)のほうがはるかに広く深く浸透している。伝統では数百年の 歴史があるフェアアインのほうが勝っており、また組織数ではフェアアインはドイ ツ全体で約 20 万を数え、1 人平均でおよそ 4 つのフェアアインに入っているとされ る。一般に、フェアアインの活動は大都市よりも地方の小さな村のほうが活発で、 人口 2000 人程度の村でも 40 くらいのフェアアインがあるのが普通である。 地域に活力を与えるには、経済的な目的ないし社会的な目的の一方をかなえるだ けでは十分ではない。その両方をかなえることが必要である。こうした点からすると、 協同組合とフェアアインは、その両者ががっちりとスクラムを組むことが望ましい。 フェアアインをわが国へ射影すると NPO が浮かび上がるが、その活動は NPO より も幅広く多彩である。このため、仮にこのような性格の組織を NPO 型組織と呼べば、 わが国の農山村の活性化には協同組合(JA)と NPO 型組織の融合が不可欠とい うことになる。 2.地域の活力をかたちにする わが国と同様、ドイツの農山村の経済空洞化は著しい。グローバリゼーションの 進展とともに森林と農地の経済的価値が低下し、地域の地盤沈下が進んでいるため である。そこでは人口流失や通勤兼業の増加とともに、森林や牧草地が荒廃する、 郵便局がなくなる、銀行がなくなる、パン屋・肉屋・商店がなくなる、小学校がな くなる、などの現象が起きている。こうした現象に歯止めがきかないというなかで、 若者たちがいなくなるような農山村には未来がないといった閉塞感が広がっている。 しかし、それにもかかわらず、わが国と違う点は、こうした閉塞感を打破するた めの仲間の活動、とりわけ、まち・むらづくりの活動が活発に行われていることで ある。それは家を単位とした半強制的な活動ではない。個人を単位とした自発的な 活動である。その機会を提供しているのがフェアアインであるが、彼らはそこへの 参加を通じて、地域をよくするためにやりたいこと、やれることを能動的に取捨選 択して行動している。 その一例を挙げれば、バイエルン州の人口 9800 人を数える平坦地の農村(ステファ ンスキルヒェン)では、消防団、自然保護、青少年育成、子育て、病人・高齢者介護、 コーラス、オーケストラ、音楽隊、スポーツ、観光、民族衣装、乗馬、狩猟、漁業、 園芸、養蜂、農産物直売など、全部で 60 のフェアアインが活動し、またバーデン・ヴュ ルテンベルク州の人口わずか 300 人にすぎない中山間地の農山村(ノイエンベーグ) でも、観光、自然保護、スキー、音楽、テレビ共同受信、園芸セラピー、ディスコ、 料理、綱引きなど、19 のフェアアインが活動している。 こうした活動の参加者へのインタビューから明らかになったことは、美しいまち・ むらづくりは、自然や景観など見た目の美しさだけではなく、その活動が未来、す なわち地域社会の再生に結び付くものでなければならないという点であった。すな わち、農家ないし農家世帯員はそこで生まれ育った者の責務として、森林と農地を 荒らさないこと、いいかえれば移動しない資源としての土地というものについて、 しゅんべつ 保全すべきものと活用すべきものを峻別し、自然や自然とかかわる農林業や農山村 の価値を低下させない努力をなすことが重要であるという点であった。 ここで、農家ないし農家世帯員が払うべき努力とは、森林・農地からの恵みであ る農林産物の加工や直売と、それに付帯する観光、休養・保健、飲食、体験などの 機会の提供、ならびに景観の維持、文化・芸能の伝承、都市市民の移住、自然エネ JA 総研レポート/ 2008 /夏/第 6 号 《論説》地域の活力をかたちにする仕掛け人 9 ルギーの開発など、農山村由来のさまざまな財やサービスの創造を通じて、農山村 に暮らすための基礎的条件を改善することを指している。 このような森林・農地に起源をもつ活動・事業を農村版コミュニティ・ビジネスと 呼べば、わが国におけるこの種の取り組みでは、目的・目標を共有できる仲間が集 まって共同作業型の他助組織(NPO 型組織ではあるが、必ずしも NPO 法人である 必要はない)を設立し、そこを拠点として継続的な事業を展開し、そうすることに よりわずかではあっても経済的な報酬を獲得することが重要である。そこで得られ る何がしかのお金は、経済的な成功を意味するだけではなく、仲間づくり、生きがい、 地域からの承認など、社会的な成功を意味しているからである。 3.想いをかたちにする 注3)イギリスでは一般 的にも普及している散歩 道のこと。ここで紹介さ れているのは、牧場内を 巡回する散歩道のこと。 注4)地域のさまざまな 企業等が集まって群や集 団を形成した状態を産業 クラスターと呼ぶ。 以上のような意味の農村版コミュニティ・ビジネスの展開は、 「食と農」「健康」「助 け合い・福祉」 「資源・環境」「生きがいづくり」「都市農村交流」などの領域に区分 することができる。以下では、そのうちの「健康」に区分されるフットパス注3)の事例、 それもJA青年部の有志たちが設置した事例を紹介したい。(詳しくは、石田正昭編 著『農村版コミュニティ・ビジネスのすすめ』〈家の光協会発行〉を参照のこと。そ こでは、この事例のほかに、農村版コミュニティ・ビジネスを数多く紹介している) あっとこ べ っ と が このフットパスは AB-MOBIT と呼ばれ、根室市厚床地区にある厚床パス、別当賀 はったうし おちいし 、落石パスという 4 本の回遊ルートから構成されてい パス、初田牛パス(自転車用) る(建設中を含む)。ここで A は厚床、B は別当賀、MOBIT は厚床から別当賀ま でに点在する 5 人の酪農後継者の名前、すなわち村島敏美、小笠原忠行、馬場昌一、 伊藤泰道、富岡美智雄の頭文字を取っている。 彼らは 2001 年度、JA根室青年部の役員であったが、その立場上、北海道酪農の 将来について語らいの機会を頻繁にもったという。その語らいのなかから「いずれ 歩く時代が必ずやってくる」「歩くことで牧場のよさをアピールしよう」「牧場に散 歩道をつくろう」というアイデアが生まれた。しかし、この時点で彼らはイギリス のフットパスのことを知っていたわけではない。 そんなアイデアを根室市観光協会に話したところ、十勝支庁・音更町の高野ラン ドスケーププランニングの高野文彰代表の紹介を受けた。この高野代表をコーディ ネーターにしてワークショップを何回も開催し、自分たちのアイデアを固めていっ た。その結果が4本の回遊ルートの開発につながったのである。 アイデアを実行に移す過程で、大企業や行政など、自分たちとは違った社会と出 会い、新しいかかわりをもてるようになった。彼らにとってこれは大きな収穫であ る。具体的には、用地交渉の過程で、自分たちのアイデアを熱い言葉で語りかける ことによって、地権者である明治乳業、JR北海道、根釧西部森林管理署、市役所、 東京在住の個人地権者などの同意を取り付け、自然保護団体・野鳥の会との覚え書 きも交わした。実際に歩いてみるとわかるが、牧草地の真ん中を突っ切るようなか たちでフットパスが設けられており、本場イギリスのそれよりもぜいたくである。 今ではフットパスのほかに、来訪者のためのキャンプ場、農産物加工体験館、直 売所・レストランなども設置され、取引業者(パン屋、ケーキ屋、スモークサーモ ンの生産者、明治乳業など)との間で新たな産業クラスター注4)を形成するに至っ ている。また、こうした交流施設の建設や運営に当たっては、北海道大学の現役学 生(主として女性) 、日本女子大学の卒業生、根室市役所、明治乳業の退職者などに よるボランティア労働の提供もあり、賛同者の輪が着実に広がっていることを物語っ ている。 これらの応援に加えて、リピーターを中心にサポーターズクラブもできて、これ には根室市のハイカラなおばさんたち 30 人が加入している。実際、レストランには 犬を連れた家族や夫婦づれなど、漁港の街・根室の雰囲気とはちょっと違う人たち 10 《論説》地域の活力をかたちにする仕掛け人 JA 総研レポート/ 2008 /夏/第 6 号 が集まっていた。お茶を飲んで、会話を楽しんで、カップケーキを買って帰るよう な人たちである。リピーターが多いのは、そこにのんびりとした雰囲気が広がって いるからであると直感した。 4.中間支援組織としてのJAへの期待 注5)1980 年に開催さ れた国際協同組合同盟 (ICA)の第 27 回I CAモスクワ大会に提 出されたA . F . レイド ローの報告で、一般に 『レイドロー報告』と呼 ばれる。 以上の事例で注目すべき点は、AB-MOBIT の仲間たちが高野ランドスケーププラ ンニングの高野文彰代表の指導・助言を得たこと、そしてその高野代表を紹介した のが根室市観光協会であったことである。これは彼らのもつ人的ネットワークがJ Aを超えて、地域の経済団体に広がっていることを意味し、歓迎すべき事態である。 とはいえ、どうしてこのような事態に至ったのであろうか。最も身近な存在であ るはずのJAに、どうして彼らは相談しなかったのであろうか。一般にコミュニティ ・ビジネスの分野では、①情報の受発信、②資源や技術の仲介、③資金の仲介、④人 材の育成、⑤マネジメント能力の向上、⑥対内的・対外的なネットワークの形成、 ⑦活動・事業主体の評価、⑧地域社会の価値創出など、各種の支援を行う組織のこと を「中間支援組織」と呼んでいるが、JAがこの種の中間支援組織の役割を果たし 得なかった理由は何であろうか。 全国各地の事例によれば、こうした事態の発生はJA根室に固有なものではない ことは明らかである。その原因としては次のようなものが考えられる。 ①すでに役職員は「いっぱい・いっぱい」の仕事をしていて、組合員の願いやニー ズをくみとるような肉体的、精神的な余裕を欠いている、②組合員・地域住民の願 いやニーズがどこにあるかは知っていても、それをかなえるような財源に乏しい、 ③相互扶助型の自助組織であるJAは、経済的な目的をかなえることに注力してお り、共同作業型の他助組織を支援する必要性を感じていない、④地域社会の維持・ 発展に主体的にかかわるようなオーガナイザー(仕掛け人)となるべき人がいない、 あるいはそういう能力のある人材はすでにやめてしまった、などである。 しかし、その一方で、「JA綱領」では、JAは「農業と地域社会に根ざした組織 として社会的役割を誠実に果たします」と宣言している。この宣言をたがえるよう なことがあってはならないはずである。筆者のみるところ、およそ 800 JAのうち 200 JA以上はその責務を誠実に果たしている。問題はそれ以外のJAにある。 レイドロー『西暦 2000 年における協同組合』注5)が指摘するように、思想的な危 機に直面している協同組合にとって、 「社会的な目的と経済的な目的の統合」は最重 要の課題である。ただし、レイドローは自助組織である協同組合が他助組織に転換 すべきことを要求しているわけではない。自助組織としての協同組合が担うべき経 済的な目的の追求のなかで、他助組織としての NPO 型組織が担うべき社会的な目 的の追求をとけこます必要があることを指摘しているのである。 そのための決め手とは何か?ここではテクニカルなことには触れない。基本的に 重要と思われる点だけを述べれば、常勤役員層には「いかに個人的な能力が高くて も、上昇志向が強く、連携プレイのできない人は要らない。多少、個人的な能力は 落ちても、懐が深く、連携プレイのできる人が選ばれるべきである」と考えている。 足の引っ張り合い、これが組織をダメにする最大の要因であろう。 JA 総研レポート/ 2008 /夏/第 6 号 《論説》地域の活力をかたちにする仕掛け人 11
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