環境大賞受賞論文「日本の酪農家はなぜバイオガスを始めないのか」

日 本 の 酪 農 家 は な ぜ バイオガスを始めないのか
茨城県立中央高等学校科学部
2年3組
佐川貴哉,2年1組
飯塚浩市
1.はじめに
私たちの学校では,夏場になるとときどき異臭が漂ってきます。その臭いは
近くにある牧草地から発生しています。本校の周りには酪農を営む農家が,畑
や田,住宅地の中に散在しています。酪農家では乳牛の排泄物を堆肥化して,
牧草地に撒き,機械で土にすき込むというやり方で処理しています。堆肥は牛
の排泄物を切り返しするなどして,空気中の酸素を取り入れ発酵させる好気発
酵という方法で作られます。この方法では 好気性細菌が働き,酢酸や酪酸など
が発生し,これが臭いの原因だとわかりました。
図1
図2
牧草地と本校
現在の酪農における好気発酵による堆肥化
1
調べて行くと,メタン発酵というものにたどり着きました。メタン発酵とは
家畜の糞尿などを密閉した容器に入れ,空気に触れさせない嫌気発酵をさせま
す。そうすると容器の中で最終的にはメタン菌のはたらきでバイオガスと消化
液 に な り ま す 。バ イ オ ガ ス は メ タ ン と CO2 の 混 合 ガ ス な の で ,燃 料 と し て 使 え ,
消化液は即効性の液体肥料として化成肥料のかわりに使えます。また,メタン
発酵以前に発生した酢酸や酪酸はさらに分解されてしまうので,においは激減
します。海外では家畜糞尿から作ったバイオガスをエンジン燃料にして発電し
て い る 農 家 が 多 数 あ る と 知 り ま し た 。 [1]
なぜ,日本の酪農家はメタン発酵をやらないのか,と思いました。そこで,
色々な資料を使って調べ,考えてみました。
図3
メタン発酵によるバイオガス発電
2 . カ ー ボ ン ニ ュ ー ト ラ ル に つ いて
近 く の 酪 農 家 で 行 わ れ て い る こ と は ,大 気 中 の CO2 を 植 物 が 光 合 成 し た と き
に吸い取り,その植物を牛が食べ,牛が出した糞尿が土に入り,それを微生物
が 分 解 し て CO2 が 大 気 中 に 排 出 さ れ る ,そ う い う 物 質 の 循 環 ,炭 素 循 環 と 考 え
られます。地球温暖化で問題となっている温室効果ガスの排出という点から見
れ ば ,大 気 中 か ら 植 物 に 取 り 入 ら れ た CO2 が 最 終 的 に 微 生 物 の 分 解 に よ っ て 大
気 中 に 出 さ れ る の で ,CO2 排 出 は 全 体 的 に は ゼ ロ で あ り ,こ れ が カ ー ボ ン ニ ュ
ートラルという考え方だと知りました。
しかし,本当にゼロでしょうか。 表1の通り,農業活動によってメタンと亜
酸 化 窒 素 が 大 気 へ 放 出 さ れ て い ま す 。 こ れ ら の 温 室 効 果 は そ れ ぞ れ CO2 の 20
2
倍 と 300 倍 で す 。 国 内 の 農 業 分 野 で 排 出 さ れ る 量 は 2500 万 ト ン ( CO2 換 算 )
に お よ ん で い ま す 。 そ の う ち の 約 26% は 家 畜 排 泄 物 処 理 か ら の も の な の で す 。
堆肥化の過程から,そして堆肥を入れた土からも強力な温室効果ガスが放出さ
れているということです。
一方バイオガス設備と完全に発酵した消化液からは,メタンも亜酸化窒素も
出 ま せ ん 。 CO2 だ け な の で す 。つ ま り ,バ イ オ ガ ス 施 設 は 酪 農 を 本 当 の カ ー ボ
ンニュートラルに少しでも近づける技術だと考えられます。
表1
日本の農業分野からの温室効果ガス排出量
図4
従来の酪農
メタンと亜酸化窒素の排出
3
[3]
3.日本の酪農は小規模
日本の酪農家がバイオガス施設をやらない理由の一つには,多くの酪農家の
規模が小さいということがあります。本州ではバイオガスプラントを作成して
いる個人農家は見つかりませんが,北海道にはいくつか農場があります。これ
らは,牛が数百頭規模の大きな農場です。バイオガスが盛んなヨーロッパ諸国
でもそのような規模の農家がバイオガスプラントを作成していると思われます。
統 計 に よ れ ば 日 本 の 都 府 県 全 体 で は ,図 5 の よ う に ,一 戸 あ た り の 飼 育 頭 数
は 約 32 頭 で あ り , 20 頭 未 満 と 40 頭 未 満 の 農 家 が 主 力 で す 。 近 隣 の 酪 農 家 も
平均以下の頭数です。
例えば発電に必要なバイオガス専用のエンジン発電機はドイツから輸入可能
で す が , Web 上 の カ タ ロ グ に よ る と , 主 力 は 発 電 出 力 100kW 以 上 , 最 低 で も
50kW で す 。50 kW エ ン ジ ン の バ イ オ ガ ス 消 費 量 は 毎 時 24 立 方 ㍍ と あ る の で ,
1 日 8 時 間 だ け 動 か す こ と に し て も バ イ オ ガ ス を 192 立 方 ㍍ 消 費 し ま す 。こ れ
は 乳 牛 380 頭 以 上 に 相 当 し ま す 。 [2]
こ れ で は 日 本 の 普 通 の 酪 農 家 が 導 入 で き る わ け が あ り ま せ ん 。30 頭 飼 育 の 農
家が高額な高性能エンジンを買っても宝の持ち腐れで,設備への投資がいつに
なっても回収できません。それでは,やりたくても出来ないと思います。
図5
酪 農 家 一 戸 あ た り の 養 育 頭 数 の 割 合 (H16 年 度 )
4
[4]
図6
大型プラント用ガスエンジンの例
4.バイオガス用エンジンがカギ
ところで,市販のバイオガス用エンジンは内燃機関なので,クリーンなバイ
オガスでないとすぐに内部が腐食して壊れてしまうということです。そのため
バイオガス中の硫化水素などを完璧に取り除く性能のよい脱硫設備が必ず必要
です。これも設備の一つです。
それならば,外燃機関の方が適し
ているのではないかと考えました。
外燃機関とは燃料をエ ンジンの外部
で燃焼させ,エンジン内部の気体が
仕事をする熱機関です。内部にはバ
イオガスを入れないので,脱硫装置
は簡単なもので良さそうです。さら
に,外燃機関の一種であるスターリ
ングエンジンならば,小型でも熱効
率 が 良 く ,そ し て 爆 発 音 も な い の で 消 音 設 備 や 防 音 付 き 機 械 室 も 省 略 で き ま す 。
発 電 出 力 が 1kW て い ど の 発 電 給 湯 用 ス タ ー リ ン グ エ ン ジ ン は 製 品 と し て 発
売されています。それを規模に合わせて複数台使用すれば,日本の酪農家の規
模に合わせたバイオガスシステムが組み立てられると思います。ただし値段が
高いエンジンでは,初期投資が増えてしまいます。なるべく安価なバイオガス
用エンジンが開発されれば理想的です。
5
図 7
図8
市 販 さ れ て い る 1kW 級 ス タ ー リ ン グ エ ン ジ ン ( 高 価 )
実 際 の エ ン ジ ン の デ ー タ か ら 各 エ ン ジ ン の 出 力 と 熱 効 率 の 範 囲 [5]
( 10kW て い ど 以 下 の 小 さ な エ ン ジ ン と し て ,ス タ ー リ ン グ エ ン ジ ン は 非 常 に 効 率 が 良 い 。)
5.私たちが試みていること
なぜスターリングエンジンの活用を考えたかというと,私たちは科学部の活
動として,従来から模型スターリングエンジンを研究し,製作しているからで
6
す。模型エンジンですが,実用エンジンと 全く同じ仕組みであり,もちろん同
じ動作をします。今までは小さな模型が中心でしたが,現在は,比較的大きい
出 力 の 200W 級 の ス タ ー リ ン グ エ ン ジ ン を 製 作 中 で ,人 が 乗 車 で き る ス タ ー リ
ング自転車に搭載する予定です。市販の実用スターリングエンジンよりは出力
が小さく,熱効率も悪いのですが,身近なものを材料にすることで価格は安く
できるよう工夫しています。
その製作の延長として,実現できるかどうか分かりませんが, 誰でもメンテ
ナンスが出来るシンプルな構造の,1kWていどの発電ができるスターリング
エンジンが完成できれば,小規模な酪農家がバイオガスシステムを作る助けに
なると考えています。
また,近隣の農家に対するバイオガスの説明のため,実際に天然ガスを利用
して発電できるミニモデルを作ることも計画しています。
図 9
製 作 中 の 200W 級 ス タ ー リ ン グ エ ン ジ ン
6.おわりに
小規模な酪農家にバイオガス発電が導入されれば,周辺環境への異臭問題が
解決し,メタンや亜酸化窒素の温室効果ガスの排出を抑え,化成肥料の使用量
を削減し,電力も得られます。地球環境問題とエネルギー問題,両方への解決
策に酪農が貢献することになります。
私たちは,毎日通学時に牧場の前を通っていても,牛を飼っている,とだけ
しか感じていませんでした。しかし,関心を持って詳しく調べたことから,新
たな問題を発見することができ,それが環境とエネルギーの問題にまでつなが
りました。しかも,自分達の今までの研究がその解決に役立つかも知れないこ
とが分かったのです。このように意外と自分たちの身の回りに新しい発見はあ
るものだと思います。また,それをいかに追求し,考え,実践するかというこ
とが大切になのだと思います。
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参考文献
[1]『 ト コ ト ン や さ し い バ イ オ ガ ス の 本 』, 澤 山 茂 樹
[2]『 バ イ オ ガ ス 実 用 技 術 』, 浮 田 良 則
監訳
[3] 日 本 国 温 室 効 果 ガ ス イ ン ベ ン ト リ 報 告 書 , 環 境 省 , 2012
[4] 監 訳 酪 農 全 国 基 礎 調 査 , 中 央 酪 農 会 議 , H17 年 7 月
[5]ス タ ー リ ン グ エ ン ジ ン の 理 論 と 設 計 』, 山 下 巌 他 , H 11 年 7 月
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