Ashby によって提案された材料教育の ユニークな手法とその世界的な普及

解 説
Ashby によって提案された材料教育の
ユニークな手法とその世界的な普及
AnUniqueApproachProposedbyAshbyforMaterialsEducation,andItsGlobalPopularization
有 本 享 三※1 楢 原 弘 之※2
KyozoARIMOTO
HiroyukiNARAHARA
1.はじめに
するところを明らかにする.
各種の建造物,機械・装置には多様な材料が用いら
れており,その改良あるいは新規開発には不断の努力
2.チャートによる材料選定と材料教育
が重ねられている.その結果として,材料に関して教
えるべき情報は日々増加している.
従来の材料に関する教育は,知識の詰め込みを避け
るという意味もあり,その特性の理論的な解説に片寄
りがちであった.しかし,材料を学ぶ学生の多くが,
材料の設計・開発に携わるより,材料の利用に従事す
るという現実に対応するには,奥深い理論ではなく,
まずは,個々の材料そのものとその適用面についての
教育が先決となる.
このような状況において,材料教育を変革するため
の新たな手法がAshbyによって提案された1),2).この
手法では現実の製品設計を簡略化し,種々の条件を満
たす材料を選定するという課題を学生に与える.学生
は,材料の特性に関するチャートおよび物理現象を理
想化した公式を用いてこれに取り組む.その過程で,
自ずと個別の材料についての知識を吸収し,さらに生
じた疑問を理論的に解決するための自発的な学習へ
と導かれる.Ashbyはこのような教育手法を設計主導
(design-led)
,そして従来のものを科学主導(scienceled)と呼んでいる3).
設計主導によるAshbyの手法は,当初,教科書の形
で普及するが,最近ではそれを効果的に支援するため
のソフトウエア4) が開発されている.このソフトに
ここでは,Ashby 1),2) により,材料教育の変革の
ために提案された材料とプロセスの選定をキーとする
教育手法について述べる.
2.1 材料の分類と材料特性チャート
Ashbyの手法は,機械設計における材料選定に関
する教科書1),2)に示されているが,そこでは材料(57
種類)を合金,セラミックス,ガラス,ポリマー,エ
ラストマー,ハイブリッドのグループに区分する.一
方,材料の特性についても表1に示すように明確に分
類する.
Ashbyは,たとえば,図1に示すように,個々の材
料に対してヤング率と密度に対する両対数のチャート
を描いている.その結果として,個々のデータが,材
料グループごとに包絡線で囲まれた領域に存在するこ
表1 材料特性とその分類
分 類
一
般
機械的特性
熱 的 特 性
摩 耗 特 性
特 性
密度,相対価格
ヤング率,強度,靭性,破壊靭性,損失係数
熱伝導率,熱拡散率,比熱,融点,ガラス
転移点,線膨張率
Archardの摩耗定数
より,材料特性チャートの作成や材料の選定がインタ
ラクティブに行える.また,そこには,材料そのもの
の説明と特性データ,各種の事項に対する理論的な注
記などの膨大な情報が含まれる.
本解説では,Ashbyの手法とそのソフトウエアの概
要について述べた後,これに基づく筆者らの授業の内
容およびこの手法に関する国際シンポジウムでの発表
事例を紹介することにより,その世界的な普及の意味
平成 22 年 12 月 20 日受付
※1有限会社アリモテック
※2九州工業大学大学院
工学教育(J.ofJSEE),59–2(2011)
図1 ヤング率-密度の材料特性チャート
91
とを明らかにした.教科書には,ヤング率-密度を含
め16種の同様のチャート,たとえば,強度-密度,破
壊靭性-密度,熱伝導率-熱拡散率などが掲載されて
おり,
これらは材料特性チャートと名づけられている.
2.
2 材料選定と材料指標
logE =logρ+2logv
(2)
この式に具体的な音速を指定し,log Eとlogρの関
係を描くと,図1に含まれる破線が得られる.
図1は,材料グループが異なっても同程度の音速の
材料が存在することを示している.したがって,材料
Ashbyの手法では,個々の材料とその特性の違いを
教えるのに,例題や演習問題を援用する.機械設計の
ための材料選定の教科書1),2) には,表2に示すよう
に,各種の材料特性チャートに基づく材料選定の事例
選定の基準が音速ならば,この図より複数の候補が見
いだせる.他の選定条件でも音速と同様の量が存在し,
が示されている.これらの例題を通じ,個々の材料に
対する強度や靭性などの機械的特性,熱伝導率や熱拡
散率のような熱的特性,さらには相対価格などについ
げまたはねじり部材の断面形状効果を断面の形状因子
ての具体的な理解が可能となる.
ここでは,材料特性チャートによる材料選定につい
て理解するため,図1のヤング率-密度の関係を用い
た簡単な例を示す.固体中での縦波の速度(音速)v は,
以下に示すようにヤング率 E と密度ρから求められ
る1),2).
(1)
v=
(E/ρ)1/2
上式に含まれる量を常用対数で表すと,以下の関係
が得られる.
表2 材料特性チャートの種類と例題の内容
種 類
ヤング率-密度
強度-密度
ヤング率-強度
比剛性-比強度
破壊靭性-ヤング率
破壊靭性-強度
損失係数-ヤング率
熱伝導率-熱拡散率
熱膨張率-熱伝導率
強度-熱膨張率
摩耗速度-最大摩
擦圧力
ヤング率-相対価格
強度-相対価格
92
材料選定のターゲット
◦テーブルの脚(座屈)
◦反射望遠鏡の鏡(自重による変形)
◦フライホイール(蓄積エネルギーと
遠心力による発生応力)
◦高流量ファン(空気の流量とファン
の根元応力)
◦タイプライターのプリントヘッド(殻
壁に作用するせん断応力)
◦小型バネ(単位体積当たりの弾性エ
ネルギー)
◦弾性ヒンジ(曲げによる最大応力)
◦シール(接触応力)
◦圧力計のダイアフラム(圧力による
たわみ)
◦ナイフエッジとピボット(接触荷重)
◦軽量バネ(単位体積当たりの弾性エ
ネルギーと密度)
◦脆性ポリマーのたわみ限界(脆性破壊)
◦圧力容器の脆性破壊評価
◦高剛性・高減衰の起振台
◦短時間での等温保持が可能な容器
◦エネルギー効率のよい炉壁
◦性能のよい蓄熱壁
◦精密機器の熱変形(温度勾配がある
場合の熱膨張)
◦セラミックス製バルブの評価(熱衝撃)
Ashbyはこれを材料指標と名づけている.
Ashbyの教科書1),2) には,上記の事例の他に,曲
を用いて評価する手法,さらには,各種の材料と製品
形状に適した個別のプロセス(成形,接合,表面処理
に分類)の選定手法などが示されている.
3.Ashby手法のソフトウエア化
Ashbyの教育手法は,まず教科書1),2) の形で普及
したが,現在ではそれを支援するCES(Cambridge
Engineering Selector)EduPack 3)というソフトウエ
アが開発されている.そこには,現時点で約3,000種
類の材料と230種類のプロセスに対し,その特徴を説
明したテキスト,特性データなどが含まれている.こ
のソフトは,機械,材料および生産の一般的なコース,
そしてデザイン,建築,ポリマー,航空宇宙,バイオ,
原子力,エコデザイン,持続可能性・建造環境の学科
において用いられている.
材料およびプロセスに関するデータは,それぞれ図
2と図3の例に示す構造3) に基づいて整理されてい
る.材料の特性データには,機械設計のための材料選
図2 材料データ構造の例
◦船舶の方向舵軸受
◦建築構造材料の価格(曲げ荷重支持
の部材)
◦建築構造材料の価格(垂直荷重支持
の部材)
図3 プロセスデータ構造の例
工学教育(J.ofJSEE),59–2(2011)
表3 ソフトウエアで追加された材料特性
分 類
機械的特性
熱的特性
電気的特性
特 性
体積弾性率,せん断弾性率,ポアソン比,
曲げ弾性率,伸び,引張強さ,圧縮強さ,
曲げ強さ,降伏強さ,疲労強さ(107 回),
ビッカース硬さ,形状係数
最大使用温度,最小使用温度
比誘電率,絶縁耐力,誘電正接,電気
抵抗率
透磁率,保磁力,残留磁気
屈折率,透明度
可燃性,耐酸化,耐紫外線,耐溶液性
磁気的特性
光学特性
耐久性
材料の生産,加工,
CO2フットプリント,エネルギー,水
リサイクルに関わ
使用量,など
る量
化学組成
元素と化合物の含有率
定の教科書と比較すると,表3に示すように多数の項
目が追加されている3).
ソフトウエアには,データを検索・抽出し,さらに
は特性データを自由に組み合わせて材料特性チャート
を作成する機能が用意されている.このことにより,
学生のレベルに応じた演習問題を自由に設定すること
が可能となっている.一方,演習の過程で学生が抱く
疑問点に対しては,その答えを含むテキストへのリン
クが設けられている.
近年,地球環境への配慮から,材料の創製,製品の
製造と使用,さらにはその処分に対するライフサイク
ルアセスメント(LCA)が要求されるようになって
きている.そのため,このソフトウエアでは,ライフ
サイクルでのエネルギー収支とCO2 の排出量を求める
ためのツール3)を用意している.
4.Ashbyの教育手法を用いた授業
筆者らは,Ashbyの教育手法をそれぞれ材料強度
学およびメカトロ材料学における授業に適用してい
る.以下では,個々の授業における本手法の活用の状
況について述べる.さらには,2009年と2010年に開催
されたこの手法に関する国際シンポジウムでの事例4)
を紹介する.
まず,材料強度に関する背景として,破断強さ,破
壊エネルギー,転位について概説した.その後は,
Ashbyの原書2) に基づいて各種材料とその特性,材
料特性チャート,そして教科書に含まれる材料選定の
事例について講義した.この事例には,延性と脆性の
破損モードの評価に関するものが含まれている.
材料特性チャートには多様な材料に対する特性デー
タが示されており,学生はおのずと材料がその種類に
よっていかに強度が異なるかということについて学ぶ
ことになる.なお,原書2) に基づく授業により,学
生に対して材料とその特性などに関する英語の用語に
接する機会を与えることができた.
Ashbyによる材料選定の事例には,構造物の変形,
座屈,接触問題,減衰能,熱伝導,熱膨張,摩耗,コ
ストなど,材料強度学の範囲には含まれない事項があ
るが,これらは間接的に強度に影響するものであるの
でそのまま活用した.試験問題には,材料特性チャー
トに基づき,棒高跳び用のポールの材料選定,氷の熱
衝撃強度の評価などに関するものを新たに作成した.
4.2 Ashbyソフトを用いたメカトロ材料学
九州工業大学情報工学部機械情報工学科では,CES
EduPackを用いた講義をメカトロ材料学という講義
名で2002年から実施している.
本学科の学生の場合,材料系企業よりも機械系と情
報系の企業へ就職することが殆どであり,材料との関
わりで言えば,卒業後は材料の開発よりも材料を利用
する立場の職業に就くことになる.そのため本学の学
生に関していえば,材料をどう選定するかを理解して
おく必要性の方が高い.
2002年度より前には,金属状態図などの材料科学を
中心としたいわゆる一般的な材料工学の講義を実施し
ていた.現在のような新しい講義形式に移行するまで
は,講義内容や形態について,幾つかの課題を抱えな
がら講義を進めていた.
一番目の課題としては,材料工学で扱う材料の範囲
の問題である.日本の教科書の多くは金属材料を中心
に扱う場合が多く,本学科のように材料を概論として
教える場合には,金属材料のみならず,最近増えてい
4.
1 Ashbyチャートを用いた材料強度学
ここでは,工業高等専門学校の機械系の学科におけ
る材料強度学の授業に対し,Ashbyの手法を援用し
た事例について述べる.
るプラスチック材料やセラミックス材料,複合材料な
ど最新の材料についても系統的に学ばせる必要性を感
じていた.
二番目の課題としては,講義の進め方であった.従
材料強度学は,材料の損傷モードとその評価法につ
いて教えるための学科として位置づけられる.破損
来この種類の科目はうまく授業を進めていかないと,
学生達には暗記科目と認識されて受講されがちであっ
た.学生達が学んだ知識を応用して適切な材料選定が
モードには,延性,脆性,疲労などによるものがある.
一般に,
材料強度学では,伝統的な教科書に沿って,弾・
塑性理論,転位論,破壊力学,疲労強度などに関する
講義がおこなわれる.しかし,この授業では,延性破
壊と脆性破壊の評価の部分に対してAshbyの手法を
援用した.
工学教育(J.ofJSEE),59–2(2011)
行えるように,必要なことは全部教えて覚えてもらう
という形式にとらわれてしまうと,限られた時間内で
さらに細かく教えなければならないことになってしま
い,これまで自分が行ってきた授業方法では限界を感
じていた.
93
そのような課題を抱えながら講義を進め
つつ,新しい講義形態を模索していた時に,
Ashby法に基づくソフトウエアを用いた新し
い講義方法が海外の主要大学で実施されて
いることを知り,早速2002年度の後期から,
本学でも新しい講義形式で実施することを決
断した.
新しい講義形式を進めるうえで問題と
なったのは,講義の時間配分と材料科学や
材料の性質などの専門用語に対する知識を
どうやって身につけさせるかということで
あった.ソフトウエアを併用した講義を実
施すれば,これまで講義で費やせた材料科
学や材料の性質などに触れる時間が減るこ
とになる.
その欠点を補うため,材料に関する基礎
知識は各自で教科書を読み終えて授業に臨
むことを前提にした形式に変えた.
表4 授業項目
回
テスト等
1
2
トピック1
予習確認テ
スト#1
ヤング率1
3
応用課題1
4
応用課題1
5
予習確認テ
スト#2
6
トピック3
操作1b
LimitStage
応用課題2
操作2b
Advanced
Selection
操作2a
Selection
Line
予習確認テ
スト#3
ヤング率2
(品質工学
関連)
8
予習確認テ
スト#4
降伏
9
応用課題4
10
応用課題4
予習確認テ
スト#5
このことを確実にするために,第1回目
12
の授業の際にシラバスを渡し,各単元の内
13
容と小テスト範囲を示して,各単元の回の
14
期末試験
授業の初めに専門用語の予習確認としての
小テストを実施するようにした.さらにそ
の小テスト受験後には,同じ問題をグループで解かせ
ながら答え合わせをする形式とした.
この講義の進め方で,学生達は専門用語を理解した
後に,ソフトウエアを併用した応用授業に取り組むこ
とができるようになった.
講義の進め方としては,講義の達成項目としての4
項目の修得を目的に,演習,レポート等を課している.
講義では,機械工学の基礎としての機械工学の基礎
概念について広く理解し,機械情報工学へと応用でき
る物の見方,および論理的思考を養うことを目標とし
基本操作1a
bubbleChart (1)応力,ひずみの定義
(2)原子間結合の種類
Ashbyチ ャ ー
トの概要
7
11
トピック2
工業材料と
その性質
破壊・疲労
応用課題5
(1)原 子 の 充 填 構 造(2)ミ
ラー指数(3)ガラス転移温
度(4)工業用ポリマー(5)
熱可塑性ポリマーと熱硬化
性ポリマー
(1)ク リ ー プ の 定 義(2)ポ
リマーのクリープの機構
(粘弾性)
操作3・加工 (1)転 位 と は 何 か(2)金 属
工程
の 強 化 法(3)拡 散 の 定 義
(4)固体結晶中の拡散の形
態
操作4・コス (1)靭 性 と は 何 か(2)応 力
ト見積
拡大係数とは何か(3)疲労
の定義
総合課題6
総合課題6
図4 材料の加工コスト
ている.また機械工学に関連する専門技術,材料と構
造に関する知識を習得することを目標としている.さ
らにそれらを問題解決に応用できる能力を養うことを
選定したり,また制約条件となる複数の物理特性を考
慮しながら,総合的に評価を行う設計問題に取り組む.
表4には,具体的な授業項目を挙げた.
目標としている.具体的には以下の項目が達成目標と
なる.
(1)ソフトを正しく操作できる.
以下には,講義の中で行っている演習問題を挙げて
おく.
演習問題1:バッチサイズを1000としたときの各材
(2)材料指標の概念を理解する.
(3)材料に関する専門用語を理解する.
(4)ソフトの英語文書を読解できる.
料の加工コストを求めて,加工方法を吹き出しにして
グラフで表して印刷しなさい.回答例を図4に示す.
演習問題2:自動車設計における材料とエネルギー
講義では,
各種材料の基礎科学(ヤング率,塑性変形,
破壊)を簡単に説明した後,材料指標に基づいた設計
問題(ヤング率,降伏,破壊)を扱う.その後,材料
選定に関する設計ケーススタディ演習に取り組む.
演習では,単一の物理的特性に対する材料選定の設
計問題だけでなく,加工方法の違いによる数量とコス
の内容について,
(1)与えられた剛性と寸法を有する最も軽いパネル
は,E(ヤング率)とρ(密度)について,最も大
きな値の E 1/3/ρを有する材料である.チャートを
作成し,表5の材料について凡例を表示させ,2つ
の候補だけが残るようにセレクションラインを移動
トのコストモデルを考慮したり,必要とされる加工形
状への加工が可能な加工方法を,複数の方法の中から
させなさい.
降伏応力:弾性限度)
(2)塑性降伏に対しては,σy(
94
工学教育(J.ofJSEE),59–2(2011)
表5 自動車パネル用の候補材料
軟鋼
高張力鋼
アルミニウム合金
GFRP
Lowcarbonsteel
Lowalloysteel
AluminumAlloy
GFRPepoxymatrix
り,2009年からCambridgeで国際シンポジウムが開催
されるようになっている.また,2010年からは,北米
でのユーザを中心とする同様のイベントが米国で開か
れている.ここでは,過去のシンポジウム4) におけ
る口頭発表に基づき,海外でのAshby法に基づくソフ
トの適用事例について紹介する.
(1)大規模コースへの適用
まず英国であるが,Cambridge大学のDepartment
of Engineeringは,エネルギー-流体力学-ターボ機
械;電気工学;機械工学-材料と設計;土木-構造お
よび環境工学;生産工学;情報工学の各部門から構成
図5 密度-降伏応力:弾性限度チャート
されている.そこでは,全学部の学生を対象とした材
料に関するコースが用意されており,“設計主導”に
よる授業が行われている.Ashby法に基づくソフトは,
初学年での材料に関する入門から第2-4年度におけ
る講義で活用されている.
Birmingham大学では2003年に学部の統合があり,
図6 複数の制約条件を通過した材料候補の表示例
とρ(密度)について,σy1/2/ρの高い値を有する
材料が良好である.チャートを作成し,表5の材料
について凡例を表示させ,2つの候補だけが残るよ
うにセレクションラインを移動させなさい.回答例
を図5に示す.
(3)
上記の条件(1)と(2)の両方をパスし,通過しな
かった材料を表示しないようにして(1)の結果のみ
について印刷しなさい.回答例を図6に示す.
最近の工学分野では,Ashbyチャートのようなあ
らゆる材料を考慮に入れた開発が可能となるような知
識体系を教える教育方法の必要性が高くなっていると
筆者は考えている.というのも最近の開発案件では,
類似のカテゴリの材料(例えば金属同士)のみでなく,
同じ機能を満足する材料転換によって問題解決を行う
状況が増えてきているからである.例えば飛行機の新
規開発でのジュラルミンからGFRPへの採用等がその
例である.
またソフトの利用は,学生自身が能動的に学習する
アクティブラーニングという最新の講義形態に向いて
いるというのが筆者の意見である.
4.
3 材料教育に関する国際シンポジウムでの事例
Ashby法に基づく材料教育用ソフトは,すでに700
個所を超える教育機関に導入され,それぞれのコース
の状況に合わせて使用されている5).そのため,材料
教育やユーザ事例に関連する情報交換の必要性によ
工学教育(J.ofJSEE),59–2(2011)
化学,土木,電気・電子,機械・生産,金属・材料の
分野の学生を含む大規模な学部が生まれている.そこ
では初年度の学生を対象とした“材料の特性と適用”
という共通のコースが設けられ,Ashby法に基づくソ
フトが利用されている.Liverpool大学の工学部にお
いても同様の改組が行われ,初年度の学生に対して同
種のコースが設定されている.
米国のCase Western Reserve大学の大規模学部に
おいても同様の初年度コースが設置されているが,さ
らに,2-4年度の学生に対しては,“材料科学・工
学入門”,“機械・生体化学工学”のコースおよび設計
プロジェクトが用意されている.
(2)個別分野のコースへの適用
Ashby法に基づくソフトは,機械,建築,生産デザ
インなどの個別の分野における材料教育コースにおい
ても利用されている.
建築工学の分野において,オランダのDelft工科大
学では,材料科学の授業でAshby法に基づくソフトを
用いた演習がなされている.そのテーマとして,透明
なプラスチック製ボックスユニット複数接合法のトン
ネル建造への適用が取り上げられている.その他,材
料強度の統計的な性質に関する演習が設定されてお
り,その結果として学生は材料データが持つ制限につ
いて理解することになる.
機械工学の分野でも,Ashby法に基づくソフトが適
用されている.ドイツのKarlsruhe工科大学における
学部3年度では,専門コース“機械設計における材料
選定”が用意されている.このコースでは,学生に対
して標準的な教科書に示された内容よりも高度な問題
に挑戦させている.米国のMississippi州立大学では
材料選定に関する選択科目が設置されており,そこに
はAshby法に基づくソフトが導入されている.その他,
学生のチームが仮想的に会社を設立することで,現実
95
の部品の設計を体験するコースが設けられている.カ
ナダのエコールポリテクニークMontréalにおける機
械工学の学部では,軽量の模型飛行機の設計と製作,
パイロンの設計,ダストと空気の分離機の設計,そし
て複雑な機械系の設計に関するプロジェクトにおいて
ソフトが使用されている.
生産デザインのコースについても同様の事例があ
る.英国のLoughborough大学では,デザインの演習
中に材料について学ぶためのプロジェクトが設定され
ている.そこでは,たとえば自動ドアの材料選定,音
楽療法のためのおもちゃの設計,フィットネス設備
の設計,水筒に対する環境面で持続可能な代替品の
選定に対してAshby法に基づくソフトが適用されて
いる.一方,オランダのDeft工科大学のコースでは,
生産プロセスの選定で必要となる幅広く深い知識を学
生に提供するため,学生に対して少数のプロセスを綿
密に教えることに集中している.そして,具体的な設
計の課題に対してソフトを適用させている.スペイン
のValencia工科大学のコースには製品のライフサイク
ルを考慮した材料選定のプロジェクトが設けられてお
り,ソフトの材料選定の機能だけでなく環境監査ツー
ルが使用されている.
(3)ケーススタディと特殊な問題への適用
Cambridge大学のDepartmentofEngineeringでは,
Ashby法に基づくソフトが単に材料選定だけではな
く,講義や演習で使用する図や情報の作成に用いられ
ている.たとえば,降伏応力と破壊靭性のチャートに
より,炭素鋼に対してはその炭素量とミクロ組織の特
性への寄与,焼入れ焼もどし条件が異なる0.4%C鋼
に対しては焼もどしとその温度レベルの影響を図化し
ている.さらには,アルミ合金の析出硬化の特性を明
らかにする同様のチャートを作成している.
一方,フランスのGrenoble工科大学の“材料選定と
設計”
に関するコースにおいては,産業界のパートナー
によって実際的なケーススタディが提供され,それに
対してAshby法に基づくソフトが用いられている.す
でに200件以上の事例があるが,最近では,電気接点
のための材料,熱交換器,FeTiB2 の応用に関する調査,
第4世代原子力発電システム用の熱交換器における材
料,熱慣性のための材料,サーモスタット,燃料被覆
管などに関するものが取り上げられた.今では,産業
界にいるかつての受講生がケーススタディの問題を提
供するまでになっている.
英国のNewcastle大学鉄道研究センターでは,鉄道
車両の軽量設計にAshby手法が適用されている.地下
鉄車両の軽量化のため,内部の手すり,歯車ケーシン
グ,外部扉および内部の床板に対するケーススタディ
が行われた.
96
5.おわりに
材料は実に多種多様である.したがって,それを
教えるには,一教育者の経験を述べるだけでは足ら
ず,そのため世界各国において教育手法に対する試行
錯誤が日々なされている.一方で,本解説で紹介した
Ashby手法は各国の教育機関に対して着実に浸透しつ
つある.材料に関する教育は,各教育機関の事情に
よってどのような形で行われてもいいのではあるが,
Ashby手法の世界的な普及については認識を新たにし
ておきたいところである.
筆者らは,Ashby手法を授業に適用した経験により,
この手法には見習うべき革新性が種々含まれていると
考えている.さらに,この手法には,単に材料だけの
教育にとどまらず,より体系的な工学教育への道筋が
示唆されていると感じている.いずれにしても,学生
と教師が共感できる授業という理想に近づくために
は,色々な手法を試行してみることが必要であると考
える.
参 考 文 献
1)M.F.Ashby,金子純一,大塚正久訳:機械設計の
ための材料選定,内田老鶴圃,1997
2)M. F. Ashby:Material Selection in Mechanical
Design, Butterworth-Heinemann, 1st Ed.;1996,
2ndEd.;1999,3rdEd.;2005
3)M.F.Ashby,H.Shercliff,D.Cebon:Materials-
engineering, science, processing and design,
Elsevier,2007
4)Granta Design Limited:Materials Education
Symposia, http://www.grantadesign.com/
education/events/,2010
5)Granta Design Limited:CES EduPack Customers Worldwide, http://www.grantadesign.com/
customers/education.htm,2010
…………………………………………………
著 者 紹 介
有本 享三
㈲アリモテック取締役工学博士
学 歴 大阪府立工業高等専門学校 機械
工学科卒(1972年)
職 歴 日 立 造 船 ㈱, ㈱CRC総 合 研 究
所[現:伊藤忠テクノソリュー
シ ョ ン ズ ㈱ ],Scientific Forming Technologies Corporation
(米国,オハイオ州)などを経て
2002年 よ り 現 職.2006年 度 の 大
阪府立工業専門学校非常勤講師
工学教育(J.ofJSEE),59–2(2011)