第Ⅰ部:医療現場における感染性微生物の伝播に関する科学的データのレビュー I.A. 2007 年ガイドラインの進化 「隔離予防策のためのガイドライン:医療現場における感染性微生物の伝播の予防, 2007年」は 1970年以降に公開された一連の隔離および感染予防のガイドラインの上に成り立っている。こ れらの従来のガイドラインは表1および「病院における隔離予防策のためのガイドライン,1996 年」の第Ⅰ部に要約され参考文献も記載されている(1)。 目標と方法 このガイドラインの目標は、1)病院、長期ケア施設、外来ケア、在宅ケア、ホスピスなどの医 療ケア提供システムのすべての構成部門に感染制御の勧告を提供すること; 2)すべての医療ケ ア現場において患者ケア時の伝播を防ぐための基本として標準予防策を再度主張すること;3)感 染の原因が確定するまで、臨床症状または症候群および推定病原体に基づいた感染経路別予防策 を実施することの重要性を再度強調すること(表 2)、4)疫学的に有効であり、可能な限りエビデ ンスに基づいた勧告を提供すること、である。 このガイドラインは病院およびその他の医療現場における感染制御プログラムを管理する責任 者が利用できるようにデザインされている。この情報は感染性微生物の伝播を防ぐために、他の 医療従事者、医療管理者、感染制御に関する情報を必要としている人々にも有用である。一般的 に用いられている略語は「ガイドラインで用いられている略語」のセクションに記載されており、 ガイドラインで使用される用語は巻末の「用語解説」のセクションで定義されている。 1996 年以降に公開された研究に焦点をおいて、英語で発表された適切な研究を検索するため に Med-line および Pub Med が用いられた。医療現場の感染性微生物を防ぐために引用された エビデンスの多くは「準実験疫学デザイン」を用いた研究からのものであるが、非無作為割付介 入前後研究デザインとしても参照されている(2)。このタイプの研究は様々な介入の有効性に関 する貴重な情報を提供するが、改善した成果が特定の介入によるものであるということの確実性 をいくつかの要因が低下させている。それには次のものが含まれる:重要かつ頭を混乱させるよ うな変数の制御が困難である;集団感染の期間は複数の介入が行われる;平均値への回帰(訳者 註:ある測定値が「極端である」という理由で選ばれ、その対象を再度測定したとする。この場 合、2回目の結果は1回目よりも平均値により近くなる傾向があること)の統計学的原則によっ て結果が説明されてしまう (介入がないにもかかわらず、時間と共に改善するなど)(3)。 観察的研究は感染制御の介入を評価するためには適切であり、利用されてきた(4,5)。研究の質、 結果の一貫性、無作為化試験の結果(入手できれば)との関連性が、文献をレビューするとき、お よびガイドラインの勧告にエビデンスに基づいたカテゴリーを割り当てるときに考慮されてい る(第Ⅳ部:勧告を参照)。研究結果によって手技を変更すべきか否かを決断することを目的とし て、または新しい研究をデザインすることを目的として、研究を評価するときに考慮すべき特質 を要約した著者もいる(2, 6, 7)。 1 専門用語の変更または明確化 このガイドラインには 1996 年のガイドラインからの専門用語について 4 つの変更がある: ・ 「院内感染」という用語は病院内で伝播した感染のみに言及するために保持される。 「医療関連 感染(HAI: healthcare-associated infection)という用語はすべての現場(病院、長期ケア施 設、外来ケア、在宅ケアなど)での医療提供に関連した感染に言及するために用いられる。患 者が医療を受ける前に、既に病原体を保菌していたのか医療現場の外で曝露したのか、どこで 病原体を獲得したかを確実に決定することはできないこと、また医療ケア提供の状況にあると きに、これらの病原体による感染症が発症したかもしれないことを、この用語は反映している。 更に、患者は医療システム内の様々な現場の間を頻回に移動している(8)。 ・標準予防策の実践的な勧告に新しく追加されたのが、呼吸器衛生/咳エチケットである。標準 予防策は患者ケアをしている間の医療従事者の診療行為に一般適用されるが、呼吸器衛生/咳 エチケットは医療従事者、患者、面会者などの医療現場に入るすべての人に広く適用される。 この推奨は SARS コロナウイルス(SARS-CoV)の伝播に関連した可能性のある気道感染の 症状や症候群を呈した患者、面会者、医療従事者への基本的な感染源制御策の実践に失敗した SARS 流行期での観察から生まれたものである。この概念は SARS およびインフルエンザの パンデミックのための CDC のプランの一部として取り入れられている。 ・ 「空気予防策」という用語には「空気感染隔離室(AIIR: Airborne Infection Isolation Room)」 という用語が補足されたが、これは「医療施設の環境感染制御のためのガイドライン(11)」 「医 療現場の結核菌の伝播予防のためのガイドライン,2005 年(12)」「病院のデザインおよび建 築のための米国建築協会(AIA: American Institute of Architects)ガイドライン,2006 年 (13)」と一貫性のあるものである。 ・ 「防護環境」と呼ばれる一連の予防策が HAI 防止のための予防策に追加された。これらの対策 は他のガイドラインでも明らかにされているが、重症免疫不全の同種造血幹細胞移植 (HSCT:hematiopoietic stem cell transplant)の患者が最も危険な時期(普通は移植後の最 初の 100 日間であるが、移植片対宿主反応が存在すればもっと長期になる)に環境の真菌に曝 露してしまう危険性を減らすための介入の設計およびデザインから成り立っている(11, 13-15)。防護環境の勧告は HSCT 患者にケアを提供する急性期ケア病院のみに適用される。 範囲 このガイドラインは従来のガイドラインと同様に、主に患者と医療従事者の間の相互関係に焦点 をおいている。MDRO 感染の予防のためのガイドラインは 2006 年 11 月に別に公開され、オ ンラインでは www.cdc.gov/ncidod/dhqp/index.html にて入手できる。医療提供に関連し た感染性微生物の伝播の予防のためのその他のいくつかの HICPAC ガイドライン(手指衛生ガ イドライン、環境制御のガイドライン、医療関連肺炎予防のためのガイドライン、医療従事者の 感染制御のためのガイドラインなど)も引用されている(11, 14, 16, 17)。これらを組み合わせ 2 ることによって、患者および医療従事者の安全な環境を確保にするための初期感染制御策の包括 的なガイダンスが提供される。 このガイドラインは他のガイドラインで言及されている限定された集団における特別な感染制 御問題については詳細には議論していない (慢性透析患者の感染伝播の予防のための勧告、医療 施設における結核菌の伝播予防のためのガイドライン, 2005 年、歯科医療現場における感染制 御のためのガイドライン、嚢胞性線維症の患者のための感染制御勧告(12,18-20)など)。例外 は、同種 HSCT のレシピエントに用いられる防護環境のための簡潔なガイダンスを含んでいる ことであるが、これは 2000 年の HSCT レシピエントにおける日和見感染予防のためのガイド ラインおよび医療施設における環境感染制御のためのガイドライン(11,15)の公開以降に、防護 環境の要素がもっと完全に定義されたからである。 I.B.医療現場における標準予防策および感染経路別予防策の原則 医療現場内の感染性微生物の伝播には3つの要素(感染性微生物の感染源(または保存庫)、微生物 を受け入れやすい侵入口のある感受性宿主、微生物の伝播様式)が必要である。このセクション はHAIの疫学におけるこれらの要因の相互関係を記述する。 I.B.1.感染性微生物の源 医療を提供している間に伝播する感染性微生物の感染源は主にヒトであるが、生命体ではない環 境の感染源もまた伝播に関連する。ヒト保存庫には患者(20-28)、医療従事者(29-35, 17, 36-39)、家族および面会者(40-45)が含まれる。そのような感染源の人々は活動性感染症を持 っているかもしれないし、感染症の無症状期や潜伏期にあるかのもしれないし、特に気道や消化 管に病原性微生物を一時的または慢性的に保菌しているかもしれない。患者の内因性細菌叢(気 道または消化管に生息している細菌など)もまたHAIの感染源となりうる(46-54)。 I.B.2.感受性宿主 感染は宿主候補と感染性微生物のあいだの複雑な関係の結果である。感染に影響する殆どの要因 および疾患の発症と重症化は宿主に関連する。しかし、宿主-病原体の関連の特徴は病原性、ビ ルレンス、抗原性に関連しており、感染性微生物の量、疾患発生のメカニズム、曝露経路ととも に重要である(55)。感染性微生物に曝露してからの結末には幅がある。病原性微生物に曝露し ても症状を呈さない人もいれば、重症になったり、死亡する人もいる。一時的または永久的に保 菌してしまうものの、無症状のままの人もいる。曝露直後に発症する人もいれば、無症状の保菌 期のあとに発症する人もいる。曝露した時点での感染性微生物に対する免疫状態、病原体間の相 互作用、微生物固有のビルレンス因子は個々の結末の重要な予測因子である。超高齢や基礎疾患 (糖尿病(56,57)、ヒト免疫不全ウイルス/後天性免疫不全症候群[HIV/AIDS](58,59)、悪性疾 患、移植(18, 60, 61)など)といった宿主要因は感染への感受性を増大するが、正常細菌叢を変 3 化させる様々な薬(抗菌薬、制酸剤、コルチコステロイド、抗拒絶薬、抗ガン剤、免疫抑制剤な ど)も同様である。外科的処置や照射治療は皮膚や他の関連臓器システムの抵抗力を障害する。 尿道カテーテル、気管内チューブ、中心静脈および動脈カテーテルのような留置器具(62-64) や人工物インプラントは、本来ならば侵入を防ぐであろう局所防御を病原体が通過してしまった り、バイオフィルム(微生物の接着を許して微生物を抗菌薬から守ってしまう)の発育の場として 表面を提供してしまうことによって、HAIの発生を促進する(65)。侵襲的処置に関連した感染 は医療施設内での伝播に由来することもあるし、患者の内因性細菌叢に由来することもある (46-50)。著しい危険因子のあるハイリスク患者集団については、セクションI.D, I.E., I.F.でさ らに議論される。 I.B.3.伝播の様式 いくつかのクラスの病原体が感染を引き起こしており、これには細菌、ウイルス、真菌、寄生虫、 プリオンが含まれる。伝播の様式は微生物の種類によって異なっており、感染性微生物は1つ以 上の経路によって伝播することがある:直接または間接接触によって主に伝播するものもあれば (単純ヘルペスウイルス[HSV: Herpes simplex virus]、RSウイルス、黄色ブドウ球菌など)、 飛沫感染(インフルエンザウイルス、百日咳など)や空気感染(結核菌など)によって感染するもの もある。血液媒介ウイルス(B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルス[HBV, HCV]およびHIVなど) のようなその他の感染性微生物は経皮的曝露または粘膜曝露を介して、医療現場において稀に伝 播する。重要なことは、すべての感染性微生物がヒトからヒトに伝播するのではないということ である。これらは付録Aにて識別されている。伝播の主な3経路が下記に要約される。 I.B.3.a.接触感染 最も多い伝播様式である接触感染は2つのサブグループ(直接接触感染と間接接触感染)に分けら れる。 I.B.3.a.i. 直接接触感染 直接接触感染は感染者から他の人に微生物が汚染物や汚染した人を介せず、直接伝播するときに 発生するものである。患者と医療従事者の間の直接接触感染の機会は「医療従事者における感染 制御のためのガイドライン,1998年(17)」で要約されており、下記が含まれる。 ・患者の血液または血液を含んだ体液が粘膜(66)や皮膚の傷(切創、擦過傷) (67)を通過して介護 者の体内に入り込む。 ・手袋を装着していない介護者が疥癬患者の皮膚に直接接触している間にダニが介護者の皮膚に 伝播する(68, 69)。 ・医療従事者が手袋を装着せずに患者の口腔ケアをおこなっているときにHSVに接触し、その後 に指にヘルペスひょう疽が発症したり、手袋をしていない医療従事者(HCW:healthcare worker )の手のヘルペスひょう疽から患者にHSVが伝播する(70,71)。 4 I.B.3.a.ii.間接接触感染 間接接触感染には汚染した物や人を介した感染性微生物の移動が含まれる。単一の感染源による 集団感染でなければ、間接伝播がどのように発生したのかを確定することは難しい。しかし、医 療現場における手指衛生のガイドラインで引用されている広範囲に渡るエビデンスは医療従事 者の汚染した手が間接接触感染の重要な原因であることを示唆している(16)。間接接触感染の 機会の例には下記のものがある。 ・他の患者に触れる前に手指衛生が実施されなければ、患者の感染部分や保菌部分もしくは汚染 している非生体物質に触れたあとの医療従事者の手は病原体を移動させるかもしれない(72, 73)。 ・患者ケア器具(電子体温計、ブドウ糖測定器具など)については、血液や体液に汚染された器具 が洗浄および消毒せずに患者間で共有されると、病原体を伝播させることがある(74,75-77)。 ・小児患者については、共有される玩具が呼吸器ウイルス(RSウイルス(24, 78, 79)など)や病原 性細菌(緑膿菌(80)など)の伝播媒介物になることがある。 ・消毒や滅菌の前の洗浄が不十分であった医療器具(内視鏡や外科器具など)(81-85)や再生の効 力を妨げる製造的欠陥のある医療器具(86,87)は細菌性およびウイルス性病原体を伝播させ ることがある。 個人防護具(PPE: personal protective equipment)として使用された衣類、ユニホーム、検査 着、隔離ガウンは感染性微生物(MRSA(88), VRE(89)、クロストリジウム・ディフィシレ(90) など)を保菌もしくは発症している患者をケアしたあとは汚染しているかもしれない。汚染した 衣類が伝播に直接関与することはないが、感染性微生物を次の患者に移動させてしまう可能性は ある。 I.B.3.b.飛沫感染 飛沫感染は厳密に言えば接触感染の1つの型であり、飛沫感染によって伝播する感染性微生物は 直接および間接接触感染によっても伝播する可能性がある。しかし、接触感染とは異なり、感染 性微生物を運ぶ呼吸器飛沫が感染者の気道から顔面防護が必要なくらいの短距離にいるレシピ エントの感受性のある粘膜面に直接移動したときに感染症を伝播させる。呼吸器飛沫は感染者が 咳・くしゃみ・会話しているとき(92)、吸引・気管内挿管(93-96)、胸部理学療法による咳の 誘導(97)、心肺蘇生(98,99)といった処置をしているときに生み出される。飛沫感染のエビデ ンスは集団感染の疫学的研究(100-103)、実験的研究(104)、エアロゾルの力学(91,105)に 由来している。鼻腔粘膜、結膜、口腔(頻度は少ない)が呼吸器ウイルスを受け入れやすい侵入口 であることが研究によって示された(106)。飛沫感染によって伝播する病原体は下記で議論され る空気感染性病原体とは異なり、長距離の空気を通過して伝播しないものの、飛沫感染の最大距 離は現在も解決されていない。歴史的に、確定された危険範囲は患者周囲3フィート(約1m) 以下の距離であり、これは特定の感染症の疫学的研究およびシミュレート研究に基づいている 5 (103, 104)。この距離でマスクを装着すれば、飛沫感染する感染性微生物の伝播の予防には有 効である。しかし、天然痘の実験的研究(107, 108)および2003年の世界的なSARSアウトブ レイクの調査(101)によると、これらの2つの感染症の患者からの飛沫は感染源から6フィート (2m)以上にいた人々に到達できることが示唆された。呼吸器飛沫が到達できる距離は飛沫が感 染源から飛び出す速度やメカニズム、呼吸器分泌物の濃度、温度や湿度などの環境因子、その距 離の間に感染性を維持することができる病原体の能力に依存しているようである(105)。それ故、 患者周囲3フィート(約1m)以下の距離は、 「患者から短距離」を意味する実例として最もよい表 現であるが、飛沫曝露を防御するためのマスクをいつ装着するかの決定の単一の基準として用い られるべきではない。これらの考察に基づくと、特に、新興病原体や強毒性病原体の曝露の可能 性がある場合、患者から6∼10フィート(2∼3m)以内または病室への入室時にマスクを装着す ることは慎重な対応となる。様々な環境下での飛沫感染の理解を向上するためには更なる研究が 必要である。 議論されている別の変数に飛沫のサイズがある。飛沫は伝統的に5μmを越えるサイズとして定 義されてきた。飛沫核(浮遊している飛沫の乾燥によってできる粒子)は空気感染に関連しており、 5μm以下のサイズとして定義されている。これは肺結核の病因に影響しているのであって、他 の病原体には一般化できない。粒子力学の観察はある程度のサイズの飛沫 (直径が30μm以上 の飛沫を含む)でも空気中に浮遊できることを示した(109)。飛沫および飛沫核の動作は感染予 防の勧告に影響する。感染性を維持できる病原体を含んだ小さな空気感染微粒子が長距離を経て 感染症を伝播するので、施設内での拡散を防ぐためにAIIRを必要とするが、飛沫感染によって伝 播する微生物は長距離に渡って感染性を維持できないので、特別な空気の取り扱いや換気の必要 はない。飛沫感染を介して伝播する感染性微生物の例として、百日咳(110)、インフルエンザウ イルス(23)、アデノウイルス(111)、ライノウイルス(104)、肺炎マイコプラズマ(112)、SARS 関連コロナウイルス(SARS-CoV)(21,96,113)、A群連鎖球菌(114)、髄膜炎菌(95, 103, 115)が挙げられる。RSウイルスは飛沫感染によって伝播するけれども、感染した呼吸器分泌 物への直接接触が伝播の最も重要な決定因子であり、標準予防策+接触予防策の遵守を維持する ことが医療現場での伝播を防ぐことになる(24, 116, 117)。 稀に、日常的には飛沫感染しない病原体が短距離の空気中に拡散されることがある。例えば、黄 色ぶどう球菌は接触感染によって伝播することが殆どであるが、集団感染や実験的な条件下では、 ウイルス性上気道感染が黄色ブドウ球菌を鼻から空気中に4フィートの距離を拡散させること がある。これは「cloud baby」や「cloud adult」現象として知られている(118-120)(訳者 註:黄色ぶどう球菌を保菌しているものの周囲に拡散しない乳児がウイルス性上気道炎を罹患し た場合に周囲に菌を拡散してしまうことがある。これを「cloud baby」という。成人の場合は 「cloud adult」という。「cloud baby」も「cloud adult」も集団感染をひきおこすことがあ り、注意を要する。この現象はEichenwaldらが1960年の論文で初めて指摘したものであり、 6 以後もいくつか報告されている) 。 I.B.3.c.空気感染 空気感染は長時間かつ長距離でも感染性を保つことができる感染性微生物(アスペルギルス属の 胞子、結核菌など)を含んだ吸入可能なサイズの空気感染性飛沫核や小粒子の拡散によって引き 起こされる。この様式で運搬される微生物は空気流に乗って遠距離まで拡散され、感染者と顔面 -顔面の接触のない(または同室していない)感受性のある人によって吸い込まれることがある (121-124)。空気感染する病原体の拡散を防ぐためには、感染性微生物を封じ込めて安全に除 去するための特別な空気処置や換気(AIIRなど)が必要である(11,12)。これが適用される感染性 微生物には結核菌(124-127)、麻疹ウイルス(122)、水痘ウイルス(123)がある。さらに、天 然痘はまれな状況下では空気を通過して長距離を伝播することを示唆するデータが公開されて いるので、この病原体にもAIIRが推奨される。しかし、天然痘のもっとよくみられる感染経路は 飛沫および接触感染である(108, 128, 129)。結核のような空気感染性病原体の感染を防ぐた めには、AIIRに加えて、NIOSH認可のN95マスクまたはもっと上級のレスピレータによる呼吸 器防御がAIIRに入室する医療従事者に必要となる(12)。 インフルエンザ(130,131)やライノウイルス(104) のような特定の呼吸器感染性微生物や腸 管ウイルス(ノロウイルス (132)やロタウイルス(133)など)については、自然環境および実験 的環境下で小粒子エアロゾルを介して病原体が伝播するというエビデンスがある。そのような伝 播は3フィート(約1m)以上の距離で発生するが、限定した空間(病室など)でなければならないこ とから、これらの微生物は長距離を移動する空気流に乗って生き続けることはありそうもない。 このような微生物の移動を防ぐために日常的にAIIRが必要ということはない。飛沫感染にて殆ど 伝播する病原体の小粒子エアロゾル伝播の例についての追加問題は下記で論じられる。 I.B.3.d.感染性微生物の空気感染に関する新しい問題 I.B.3.d.i.患者からの感染 2002年のSARSの出現、2003年の米国へのサル痘の輸入、トリインフルエンザの出現は感染 経路の可能性についての情報の不一致や不確かさゆえに、隔離カテゴリーの指定に難題を呈して いる。SARS-CoVは主に接触感染や飛沫感染によって伝播するが、まだ証明はされていないも のの限定された距離(室内など)では空気感染することが示唆されている(134-141)。これはイ ンフルエンザウイルス(130)やノロウイルス(132, 142, 143)のような感染性微生物では事実 である。インフルエンザウイルスは主に呼吸器飛沫による濃厚接触にて伝播し(23,102)、某セ ンターでは陽圧室が用いられているときでさえも医療従事者への感染が飛沫予防策によって予 防された(144)。しかし、吸入による伝播は同じ旅客機の乗客および乗務員でのインフルエンザ の集団感染では除外できなかった(130)。1957-58年のインフルエンザパンデミック期の結核 患者間でのインフルエンザ予防に用いた紫外線の予防効果に関する観察では空気感染が示唆さ 7 れた(145, 146)。 空気感染(病室環境を越えた長距離)の厳密な解釈とは対照的に、特別な環境(気管内挿管など)で 作り出された小粒子エアロゾルによる患者の至近距離にいる人々への短距離伝播が示された。ま た、100 μm未満のエアロゾル粒子は室内空気流速度が粒子の最終沈着速度を上回ると空気中 に浮遊し続けることができる(109)。SARS-CoVの伝播は気管内挿管、非侵襲的陽圧換気、心 肺蘇生に関連していた(93, 94, 96, 98, 141)。ノロウイルスの最も多い感染経路は接触と食 物と水を介した経路であるが、ノロウイルスが嘔吐物や糞便からの感染性粒子のエアロゾルを介 して伝播することを幾つかの報告は示唆している(142, 143, 147, 148)。エアロゾル粒子が 吸い込まれ、引き続いて飲み込まれるとの仮説が立てられている。 Roy と MiltonはSARSの伝播経路を評価するとき、エアロゾル感染の新しい分類を提案した: 1)絶対的:自然環境において、小粒子エアロゾルの吸入によってのみ微生物が伝播して生じる疾 患(例:結核);2)優先的:自然環境では複数の経路によって伝播するが、小粒子エアロゾルが主な 経路である疾患(例:麻疹、水痘);3)日和見的:特別な環境下では小粒子エアロゾルを介して伝播 するが、普通は他の経路によって疾患を引き起こす微生物(149)。この概念的な枠組みは他の感 染経路によって最も頻回に伝播する微生物が稀に空気感染することを説明できる(天然痘、 SARS、インフルエンザ、ノロウイルスなど)。重症疾患を呈する微生物や治療法のない微生物 の伝播経路が不明または可能性程度であったりすると、それについての憂慮は必要以上に厳しい 予防戦略をもたらしてしまうことが多い。それゆえ、新興感染症の疫学が明確になり、論争のあ った問題が解決すれば、推奨されている予防策は変更可能である。 I.B.3.d.ii.環境からの伝播 環境由来で、普通はヒトーヒト感染しない空気感染性微生物がある。例えば、臼でひかれたよう な微細な粉状態の炭疽芽胞が、汚染環境の表面からエアロゾル化されて、気道に吸い込まれるこ とがある(150, 151)。環境真菌(アスペルギルス属など)の胞子は環境のいたるところに存在し ており、エアロゾル化した芽胞(例.工事の埃を介して)を免疫不全の患者が吸い込めば、病気にな りうる(152, 153)。一般に、これらの微生物のいづれもが感染患者から他の人に引き続いて伝 播することはない。しかし、ICUにおいて、アスペルギルス属のヒトーヒト間の伝播が見事に証 明された報告が1件ある。これは創部のデブリドマンのときの芽胞のエアロゾル化によるものと 思われる(154)。防護環境は同種HSCTが環境真菌に曝露する危険性を減らすためにデザインさ れた隔離手段を参考にしたものである(11, 14, 15, 155-158)。 通常のエアロゾル発生源からヒトに伝播する呼吸器病原体(レジオネラなど)の環境感染源はヒ トーヒトの直接伝播とは異なっている。 I.B.3.e.その他の感染源 感染者以外の感染源からの感染症の伝播には一般的な環境感染源や媒介物(例.汚染した食物、水、 8 薬物(注射溶液など))に関連したものが含まれる。アスペルギルス属は病院の水系システムから 培養されるが(159)、免疫不全患者への保存庫としての水の役割については明らかではない。蚊、 蠅、ネズミ、その他の有害小動物から感染性微生物が伝播するベクター媒介感染 (訳者註:無脊 椎性ベクターにより伝達される感染)も医療現場で発生しうる。ベクター媒介感染の予防はこの ガイドラインでは言及されない。 I.C.医療現場の感染制御において特別な重要性のある感染性微生物 従来の隔離ガイドラインでは詳しく議論されなかったか、もしくは最近発生した感染性微生物で、 感染制御において重要な影響を与えるいくつかの感染性微生物が下記に議論される。これらは疫 学的に重要な微生物(クロストリジウム・ディフィシレなど)、バイオテロリズムの微生物、プリ オン、SARS-CoV、サル痘、ノロウイルス、出血熱ウイルスである。これらの微生物の経験は 伝播様式や効果的な予防法の理解を広げた。これらの微生物が含まれているのは情報を目的とし たものであるが、一部は(SARS-CoV、サル痘など)、新しい感染性微生物に対する準備プラン や対応について学んだ教訓からのものである。 I.C.1.疫学的に重要な微生物 医療現場で伝播する感染性微生物の一部は、限定した状況において制御のターゲットとなるが、 それは疫学的に重要であるか重要であったからである。クロストリジウム・ディフィシレは米国 の医療施設において現時点では重要であるということが広く知れ渡っているため、下記において 特に議論される。何が「疫学的に重要な微生物」であるかを決定するときは、下記の特徴が適用 される: ・発表されている報告および2人を越える患者の一時的または地理的なクラスターの発生に基づ く医療施設内における伝播の傾向(クロストリジウム・ディフィシレ、ノロウイルス、RSウイ ルス(RSV)、インフルエンザ、ロタウイルス、エンテロバクター属;セラチア属;A群連鎖球菌 など)。特定の病原体(術後(160)、熱傷病棟(161)、LTCF(162)でのA群連鎖球菌;レジオネ ラ属(14,163)、アスペルギルス属(164)など)によって引き起こされる医療関連の侵襲的疾患 は1症例であっても調査および制御策の強化の引き金になると考えるのが一般的である。それ はこれらの感染が関連した疾患の追加症例および重症度の危険性ゆえである。 ・第一選択治療に耐性である(MRSA, VISA, VRSA, VRE, ESBL産生微生物など) ・施設内で異常なパターンの耐性を示す通常および珍しい微生物である(嚢胞性線維症のない患 者でのブルクホルデリア・セパチア菌群やラルストニア属、もしくはキノロン耐性緑膿菌の医 療施設内での最初の分離など) ・複数のクラスの抗菌薬に本来耐性または獲得耐性ゆえに治療が困難である(ステノトロホモナ ス・マルトフィリア、アシネトバクター属など) ・罹患率および死亡率が高く、臨床的に重症である(MRSAおよびMSSA、A群連鎖球菌など) ・新興または再興病原体である 9 I.C.1.a.クロストリジウム・ディフィシレ クロストリジウム・ディフィシレは芽胞形成性グラム陽性嫌気性菌であり、1935年に新生児の 便から最初に分離され (165)、1977年に抗菌薬関連下痢症や偽膜性大腸炎で最も頻回にみら れる原因微生物として同定された(166)。この微生物は医療関連下痢症の主な原因であり、制御 が極めて困難な数多くの大規模集団感染を医療現場において引き起こしてきた。医療関連下痢症 に関与する重要な要因には、環境汚染、長期にわたる芽胞の存続、芽胞が日常的に用いられる消 毒薬や防腐薬に耐性、医療従事者の手による他の患者への移動、患者への抗菌薬の頻回投与が含 まれる(167)。クロストリジウム・ディフィシレの危険性の増加に最も頻回に関連する抗菌薬に は第三世代セファロスポリン、クリンダマイシン、バンコマイシン、フルオロキノロンが含まれ る。 2001年以降、罹患率や死亡率が高いクロストリジウム・ディフィシレの集団感染および散発症 例が米国の幾つかの州、カナダ、英国、オランダにて観察された(168-172)。クロストリジウ ム・ディフィシレの同一株がこれらの集団感染に関連していた(173)。これらの株(毒素タイプIII、 北アメリカPFGEタイプ1、PCRリボタイプ027(NAP1/027))は12の異なるパルスフィール ドゲル電気泳動PFGEタイプの分離菌と比較すると毒素A(16倍)および毒素B(23倍)を過剰産 生していることが判明した。米国の感染症医師による最近の調査によると、40%の医師がクロ ストリジウム・ディフィシレの頻度および重症化が最近増大していることに気がついていた。検 査法およびサーベイランスの定義の標準化が病院間での比率の傾向の正確な比較に必要である (175)。新しい株による発症の頻度や明らかに高い感染力は少なくとも一部分はトキシンAおよ びBの大量産生によるものであり、それが下痢の程度を増大させ、さらなる環境汚染を引き起こ していると推定されている。急性期および慢性期医療機関の両者において、クロストリジウム・ ディフィシレ疾患に関連した罹患率、死亡率、入院期間、費用の増大を考えると、この病原体は 以前よりも今の方がさらに重要である。伝播の予防は、下痢患者への接触予防策の症候性の適用、 患者の正確な同定、環境の処置(病室の厳重な洗浄など)、一貫した手指衛生に焦点がおかれてい る。医療施設で伝播がみられる場合には、芽胞を手から機械的に除去するために、擦式アルコー ル手指消毒剤よりも石鹸と水を用い、環境消毒には漂白剤を含んだ消毒薬(5000ppm)を用いる ことが重要である。特別な勧告には付録Aを参照する。 I.C.1.b.多剤耐性微生物(MDRO: Multidrug-Resistant Organism) 一般に、MDROは1クラス以上の抗菌薬に耐性の微生物(大部分は細菌)として定義される(176)。 特定のMDROの名前は1つの抗菌薬のみへの耐性を示唆しているが(メチシリン耐性黄色ぶどう 球菌(MRSA: methicillin-resistant Staphylococcus aureus)、バンコマイシン耐性腸球菌 (VRE: vancomycin resistant enterococcus)など)、これらの病原体は販売されている抗菌薬 の一部を除いてすべてに耐性であることが普通である。この後者の特徴は医療施設において疫学 10 的に重要であり、特別な注意を払うに値すると考えられるMDROを定義している(177)。現在 憂慮されるその他のMDROにはペニシリンやマクロライドおよびフルオロキノロンのようなそ の 他 の 広 域 ス ペ ク ト ラ ム 薬 剤 に 耐 性 の 多 剤 耐 性 肺 炎 球 菌 (MDRSP: multidrug-resistant Streptococcus pneumoniae)、多剤耐性グラム陰性桿菌(MDR-GNB: multidrug-resistant gram-negative bacillus)(特に、基質拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL:Extended spectrum beta-lactamases)を産生しているもの)、バンコマイシンに中等度または高度耐性の黄色ぶど う球菌株(VISAおよびVRSA)が含まれる(178-197,198)。 MDROは抗菌薬感受性病原体と同じ経路によって伝播する。医療現場での患者―患者の伝播(医 療従事者の手を介して伝播するのが通常である)は、MDROの発症率や保菌率の増加(特に、急性 期ケア施設におけるMRSAやVRE)を説明している主な要因である(199-201)。 これらの病原 体の発生と伝播を予防するためには、管理部の積極的な参加と行動(看護人員配置、伝達システ ム、感染制御策の推奨を確実に遵守するための遂行改善過程など)、内科や他の医療従事者の教 育や訓練、抗菌薬の適正使用、ターゲットとしたMDROの包括的サーベイランス、患者ケア時 の感染制御策の適用、環境の処置(患者ケア環境および器具の洗浄と消毒、特定の目的に用いら れる単一患者用のノンクリティカル器具など)、除菌治療(適切ならば)などの広範囲なアプロー チが必要である。 MDROの予防と制御は国家的な最優先事項(すべての医療施設や機関は地域規模の制御プログ ラムに責任があり、参加することが必要であるというもの)である(176, 177)。この話題の詳 細 な 議 論 と 予 防 の た め の 勧 告 は 2006 年 に 公 開 さ れ て お り 、 http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/ar/mdroGuideline2006.pdfにて探し出すこと ができる。 I.C.2. バイオテロリズムの微生物 CDCは炭疽、天然痘、ペスト、野兎病、ウイルス性出血熱、ボツリヌス中毒を引き起こす微生 物をカテゴリーA(高優先度)として指定しているが、これらは環境に容易に拡散してヒトからヒ トに伝播し;高い死亡率を呈して公共の健康に大きな影響を与える可能性があり;公共のパニッ クや社会的崩壊を引き起こすかもしれず;公共の健康の備えに特別な活動を必要とするからであ る(202)。カテゴリーAのバイオテロリズムに対する医療現場の感染制御に関連する一般的情報 は表3に要約されている。カテゴリーAの微生物の最新追加情報のみならず、カテゴリーBおよ びCのバイオテロリズム微生物に関する情報および最新版を得るにはwww.bt.cdc.govを参照 する。カテゴリBとCの微生物は重要ではあるが、カテゴリーAの微生物ほどは容易に拡散せず、 罹患率や死亡率も低い。 バイオテロリズムが疑われる事件に対処するときは、他の伝染性疾患と比較すると、医療施設は 11 異なる問題に直面することになる。各々の疾患の疫学、伝播様式、臨床経過を理解することは、 医療従事者、管理者、サポート職員を疾患にターゲットを合わせて指導するための「アプローチ」 「適切なウエブサイト」「その他の情報源」を提供する入念に起草されたプランと同様に、バイ オテロリズム事件に対応して処理するために重要である。言及されるべき感染制御問題に含まれ るのは下記のものである:1)曝露または感染した人を同定すること;2)患者、医療従事者、面会 者の間での伝播を防ぐこと;3)多数の人々に治療、化学予防、ワクチンを提供すること;4)環 境を守ること(これには十分な数のAIIRを確保するか、使用可能なAIIRの数が不十分なときには 患者のコホートするための区域を指定する兵站学的な側面も含んでいる);5)適切な個人防護具 の十分量を供給すること;6)感染しているかもしれない患者をケアするのに適切なスタッフを 確認すること(天然痘の患者をケアするためにワクチン接種された医療従事者など)。多数の人々 が同時に曝露するかもしれないし、病原性が異なっている可能性があるので、自然界で発生する 疾患と比べると意図的に放出された曝露では対応は異なるかもしれない。 いろいろな情報源がバイオテロリズムで最もありうる微生物に曝露した人々の対処のためのガ イダンスを提供している。最新の情報を得るためには、連邦のウエブサイト (http://www.usamriid.army.mil/publicationspage.html, www.bt.cdc.govなど)および州 と地域の保健所のウエブサイトを参照すべきである。特別な微生物に関する情報源には下記が含 まれる:炭疽(203)、天然痘(204-206)、ペスト(207,208))、ボツリヌス毒素(209)、野兎 病(210)、出血熱ウイルス(211, 212)。 I.C.2.a.医療従事者への天然痘(ワクシニア)ワクチンの事前投与 天然痘曝露の可能性のための準備として職員にワクチン接種することには重要な感染制御の意 味がある(213-215)。これには、ワクシニア関連副作用の危険性が高い人におけるワクチン禁 忌のための細心のスクリーニングの必要性;医療現場および家庭での伝播を防ぐための接種部位 の封じ込めとモニタリング;ワクシニア関連副作用の患者の処置が含まれる(216,217)。2003 年の米国天然痘ワクチン事前接種プログラムは「禁忌についての接種候補者スクリーニング」お よび「接種部位のケアとモニタリング」のために注意深く開発された勧告の有効性の実例である。 2002年12月から2005年2月の間に、国防省では約760,000人、市民または保健所では 40,000人が接種されているが、これには医療現場で働く約70,000人が含まれている。医療現 場または軍関連職場では、種痘性湿疹、進行性種痘疹、致死的な種痘疹、種痘疹の接触伝播の症 例はなかった(218, 219)。医療現場外では、軍の接種者から個人的な濃厚接触者(ベッドパー トナーやレスリングのようなスポーツに参加したときの接触など(220))への接触伝播が53例 にみられた。ワクシニアウイルスが30例において培養またはPCRによって確認され、確認され た症例のうち2例が3次伝播によるものであった。1人の授乳幼児を含む全員が合併症もみられ ず快復した。ウイルス培養およびPCR手技を用いた引き続く研究によって、種痘疹を封じ込め るための半透性ドレッシングの有効性が確認された(221-224)。このような経験は新しく接種 12 された医療従事者が、ハイリスクの患者をケアするならば、接種部位のケアの推奨を確実に遵守 することの重要性を強調している。医療従事者の事前天然痘ワクチン接種およびワクシニア関連 の感染制御の勧告はMMWRにて公開されており(216,225)、CDCのバイオテロリズムのウエ ブサイトで更新されている(205)。 I.C.3.プリオン クロイツフェルト‐ヤーコプ病(CJD: Creutzfeldt-Jakob disease)はヒトにおける急速進行 性の変性神経疾患であり、米国では年間に100万人あたり約1人の頻度で発生している(226, 227)(http://www.cdc.gov/ncidod/dvrd/cjd/)。CJDはプリオンと呼ばれる伝染性の蛋白性 感染性物質によって引き起こされると信じられている。感染性プリオンはプリオン蛋白として知 られている宿主-暗号化糖蛋白のアイソフォームである。潜伏期(すなわち、曝露から症状発現ま での期間)は2年から数十年と様々である。しかし、症状発現してから1年以内に死亡するのが普 通である。CJD症例の約85%が環境感染源が不明で散発的に発生し、10%が家族性である。 医原性の伝播がヒトの死体の下垂体由来の成長ホルモンまたは性腺刺激ホルモンによる治療 (228, 229)、汚染したヒト硬膜移植片の埋め込み(230)、角膜移植(231)の結果として発生し ているのが殆どである。伝播は汚染した脳神経外科器具や定位の脳波電極(232,233 , 234 , 235)の使用に関連している。 動物のプリオン疾患には羊とヤギのスクラピー、牛の海綿状脳症(BSE: bovine spongiform encephalopathy)、シカやヘラジカの慢性消耗病が含まれる(236)。BSEは最初に英国にて 1986年に認識され、汚染した肉や骨の食事を消費した牛の間で大流行した。 BSEがヒトに伝播して変異型CJD (vCJD)を引き起こすことが1996年に初めて記載され、引 き続いて主に英国において、BSEに汚染した牛製品の消費に関連していることが判明した。BSE の原因物質とvCJDの間には因果関係の強い疫学的および実験的エビデンスがある(237)。 vCJDの殆どの症例は英国からのものであるが、ヨーロッパ、日本、カナダ、米国からも少数例 が報告されている。世界の殆どのvCJDの症例はBSEの大規模アウトブレイクの期間(1980∼ 96年)に英国に住んでいたか訪問しており、その期間に汚染した牛製品を消費していた可能性が ある(http://www.cdc.gov/ncidod/dvrd/bse/index.htm)。米国土着の後天性vCJDはない けれども、北アメリカの牛でのBSEの散発的発生によって、そのような感染は発生しうるとい う認識が高まり、サーベイランス活動が活発になった。最新情報は下記のウエブサイトで見つけ 出すことが出来る:http://www.cdc.gov/ncidod/dvrd/vcjd/index.htm。プリオン疾患の公 衆衛生的影響がレビューされている(238)。 ヒトでのvCJDは散発的CJDや古典的CJDとは臨床的および病理学特徴が異なり(239)、下記 のことが含まれる:1)死亡時の年齢中央値が若年である(28歳[範囲16∼48歳] vs. 68歳);2) 13 罹患期間が長期である(中央値14ヶ月 vs. 4∼6ヶ月);3)感覚症状と早期の神経症状が多くみら れるものの、明確な神経症状の出現は遅い;4)vCJDの患者では扁桃およびその他のリンパ組織 でプリオンが検出される(散発的CJDの患者では検出されない)(240)。散発的CJDと同様に、 日常接触や環境接触、飛沫感染や空気感染によるvCJDのヒトーヒト間の直接伝播の報告はない。 米国で進行している血液安全性サーベイランスによって、輸血を介した散発的なCJDの伝播が 検出されたことはない(241-243)。しかし、血液を介したvCJDの伝播が英国の2人の患者で 発生したと信じられている(244,245)。下記のFDAのウエブサイトは、CJDおよびvCJDから の血液供給を防ぐために米国で実施されている手段に関する情報を提供している: http://www.fda.gov/cber/gdlns/cjdvcjd.htm; http://www.fda.gov/cber/gdlns/cjdvcjdq&a.htm CJDまたはvCJDが疑われるか確定している患者をケアするときには、標準予防策が用いられ る。しかし、組織検査室で取り扱われる組織、剖検や死体の防腐処置の実施、剖検された遺体へ の接触には特別な予防策が推奨される(246)。医療施設におけるCJDの伝播を防ぐための外科 用器具の再生についての勧告は世界保健機関(WHO: World Health Organization)によって公 開されているし、現在CDCでもレビュー中である。CJDまたはvCJDの患者からの汚染器具や 血液製剤を介してCJDまたはvCJDに曝露した可能性のある患者への通知についての疑問が発 生するかもしれない。そのような曝露に関連した伝播の危険性は極めて低いと信じられているけ れども、特別な状況によって様々かもしれない。それ故、適切な選択について相談することが推 奨される。英国ではいくつかの文献情報を出しているが、米国の医師や患者にも有用かもしれな い (http://www.hpa.org.uk/infections/topics_az/cjd/information_documents.htm).。 I.C.4.重症急性呼吸器症候群(SARS: Severe Acute Respiratory Syndrome) SARSは2002年末に中国で発生した新しく発見された呼吸器疾患であり、幾つかの国々に拡散 し(135,140)、中国本土、香港、ハノイ、シンガポール、トロントでは大きな影響があった。 SARSはコロナウイルス科の今まで知られていなかったSARS CoVによって引き起こされる (247, 248)。曝露から症状発現までの潜伏期は2∼7日であるが、10日のこともあり、もっと 長期のことも稀にある(249)。最初は他の一般的な呼吸器感染と区別することが困難である。徴 候や症状は38℃を越える発熱と悪寒と硬直がよくみられ、ときどき頭痛、筋肉痛、軽度から重 症の呼吸器症状を伴う。非典型的な肺炎のレントゲン所見はSARSの可能性の重要な臨床的指標 である。成人に比較して、小児は影響をうける頻度が少なく、症状も軽く、SARS-CoVを伝播 させにくい(135, 249-251)。全体的な致死率は約6.0%であり、基礎疾患および高齢は死亡 率を増加させる(www.who.int/csr/sarsarchive/2003_05_07a/en/)。 多数の医療従事者や患者への伝播がみられた医療現場での集団感染はSARSの顕著な特徴であ った。そして、未診断の感染性のある患者や面会者がこれらの集団感染の重要な発端者であった 14 (21, 252-254)。潜在的な感染経路の相対的な寄与は正確には知られていない(訳者註:SARS には飛沫感染、空気感染、接触感染などの感染経路があると推定されるが、どのような感染経路 がもっとも多く、次のどの経路が多いかということについては正確には判っていない)。飛沫感 染および接触感染の十分なエビデンスはある(96, 101, 113)。しかし、日和見的な空気感染も 除外できない(101, 135-139, 149, 255)。例えば、エアロゾル産生処置(気管挿管や吸引な ど)への曝露は米国外では多数の医療従事者への感染伝播を引き起こした(93, 94, 96, 98, 253)。それ故、これらの処置および他の同様の処置によって作り出される感染性小粒子のエア ロゾルは多床病室や共有空間内では他の人への伝播の要因となりうる。2003年のSARSの集団 感染から生み出された感染制御の文献のレビューによると、伝播の最大のリスクは、濃厚接触し、 感染防御策を適切に訓練されず、PPEを終始一貫使用していない人であると結論した。そして、 N95マスクもしくはそれ以上のレスピレータはエアロゾル産生処置およびハイリスク活動に曝 露する人への追加防御を提供するかもしれないと結論した(256, 257)。SARSの感染制御策の 遵守に影響する機関および個人の要因もまた同定された(257)。 SARSの制御には医療現場における複数の訓練による調和したダイナミックな対応が必要であ る(9)。症例の早期検出は呼吸器感染症状を呈している人々を対象に、市中でSARSが伝播して いる地域への旅行の既往やSARS患者への接触の既往についてスクリーニングすることによっ て成し遂げられる。その後は呼吸器衛生/咳エチケット(患者の鼻および口にマスクをする)を実 施し、一般待合室には他の患者から物理的な距離をとることになる。医療従事者を守るための予 防策の明確な組み合わせについては確定していない。今回のガイドライン刊行の時点では、CDC は手指衛生を強調した標準予防策、環境クリーニングを強調した接触予防策(SARS患者が滞在 した部屋の環境からPCRにてSARS CoV RNAが検出されたことによる(138, 254, 258))、 フィットテストされたNIOSH認可のN95マスクもしくはそれ以上のレベルのレスピレータの 使用および眼の防御を含んだ空気予防策、を推奨した(259)。香港では、飛沫予防策および接触 予防策(レスピレータではなくマスクが使用されていた)が医療従事者の防御に有用であった (113)。しかし、トロントでは、N95レスピレータの継続的な使用の方がマスクよりもやや防 御的であった(93)。PPEなどの感染制御策を一貫性なく使用したにもかかわらず、ベトナムに おいて一般病院の職員へのSARS-CoVの伝播がなかったことは注目に値するが、これは他の要 因(疾患の重症度、ハイリスクの処置や出来事の頻度、環境の特徴など)を示唆している(260)。 SARS-CoVはまた、検査室手順の推奨の不履行によって検査室現場にて伝播している。 SARS-CoVを研究している研究検査室は、2003年の冬と春に連続発生した最初の集団感染以 降に報告された殆どの症例の感染源であった(261, 262)。2003年のSARS集団感染および検 査室で発生した伝播の研究によって、感染制御予防策の推奨の有効性が再確認され、これらの方 法を一貫して遵守することの重要性が強調された。 15 SARS集団感染からの教訓はインフルエンザのパンデミックやバイオテロリズム事件のような 将来の公共の健康危機に対応するための計画の作成に有用である。患者および医療従事者での症 例のサーベイランス、十分に利用できる必要品と人員の確保、医療施設へのアクセスの制限は既 に総括されているSARSへの対応の重要な要素である(9)。様々な現場での感染制御予防策のガ イダンスはwww.cdc.gov/ncidod/sarsにて入手できる。 I.C.5.サル痘 サル痘は中央アフリカおよび西アフリカの熱帯雨林の国々でその殆どがみられる稀なウイルス 性疾患である。この疾患は見かけは天然痘に似ているが軽症であり、オルソポックスウイルスに よって引き起こされる。米国におけるヒトのサル痘の唯一の認知されている集団感染が、2003 年6月に発見されたが、ここでは病気のペットのプレーリードッグに接触してから数人が病気に なっていた。プレーリードッグでの感染は、遡ってアフリカからの動物(ガンビアネズミなど) の輸送との接触まで追跡された(263)。この集団感染は、病因を迅速に同定できる医師が異常な 症状を認識して迅速に報告することが重要であることと、動物間の流行性疾患が個人的および職 業的な曝露によって動物保存庫からヒトに拡散する可能性があることを証明した(264)。 サル痘の伝播についての入手可能なデータは不足している。感染した動物およびヒトからの伝播 は主に病変や呼吸器分泌物への直接接触を介して発生すると信じられている。動物からヒトへの 空気感染はありそうもないが、除外はできないし、獣医診療(病気のプレイリードッグへの噴霧 薬剤の投与時など)では発生しているかもしれない(265)。ヒトでは、病院内でサル痘が伝播し たという4例がアフリカの小児で報告されており、それは同じ病棟やベッドを常に共有していた ことに関連していた(266,267)。最近追加された文献では、コンゴ盆地のサル痘の伝播が病院 にて、長期世代に渡って伝播していたことが記述されている(訳者註:ヒトからヒトへの感染連鎖 が6人に渡って発生した事件のことである)(268)。 米国ではサル痘の空気感染やヒトーヒト間伝播のエビデンスはなく、2003年6月の集団感染以 降、サル痘の新しい症例は同定されていない(269)。集団感染の株はコンゴ盆地のサル痘のクレ ード(著者註:共通の祖先から進化した群)とは異なるクレードであり、コンゴ盆地のサル痘株とは 異なった疫学的特性(ヒトーヒト感染の可能性を含む)を持っているかもしれない(270)。これに は一層の研究を待望するものである。天然痘ワクチンはコンゴ盆地サル痘に対して85%の防御 能を持っている(271)。死亡率は10%以下であるため、サル痘の患者または動物に直接曝露し た人に4日以内に天然痘ワクチンを接種することは理にかなっている(272)。サル痘についての もっと最新の情報を得るためには、www.cdc.gov/ncidod/monkeypox/clinicians.htmを参 照する。 16 I.C.6.ノロウイルス ノロウイルスは過去にはノーウオーク様ウイルスと呼ばれていたが、カルシウイルス科の一員で ある。この微生物は汚染した食物や水を介して、ヒトからヒトに伝播し、胃腸疾患の爆発的な集 団発生を引き起こす(273)。環境汚染もまた、集団感染では伝播継続に関与する要因として証明 されている(274,275)。ノロウイルスは細胞培養では増殖できないが、分子診断技術による DNA検出によって胃腸疾患の集団発生でのその役割をもっと正確に知ることができるようにな った (276)。病院(132, 142, 277)、ナーシングホーム(275, 278-283)、クルーズ船(284, 285)、ホテル(143, 147)、学校(148)、ハリケーン避難者のために作られた大規模で混雑し た保護施設(286)で報告された集団感染は、強力な伝染性、医療施設および市中での破壊的な影 響、人々が施設や空間を共有する状況での集団感染の制御の困難さ、を明らかにした。注目すべ きことは、スタッフが発端症例である集団感染よりも患者が発端症例である集団感染の方が、患 者への曝露の危険性は約5倍高い(287)。 ノロウイルスによって引き起こされる胃腸炎の平均潜伏期間は12∼48時間であり、臨床経過は 12∼60時間継続する(273)。疾患は急に発症する吐き気、嘔吐、胃痙攣、下痢という特徴があ る。殆ど自然治癒するが、衰弱した高齢者は稀に重症脱水によって死亡することがある。 ノロウイルスの集団感染の疫学によると、最初の症例が糞便に汚染された食べ物や水に曝露した 結果であっても、二番目や三番目の症例は媒介物の汚染や嘔吐過程での感染性粒子の拡散(132, 142, 143, 147, 148, 273, 279, 280)によって増強されたヒトーヒト間の伝播の結果であ ることが多い(273,288)。広範囲の継続する不明瞭な環境および媒介物の汚染は集団感染を極 めて制御困難なものにしている(147, 275, 284)。このような臨床的な観察や通常触れている 高さよりも5フィート(約1.5m)高い垂直表面でノロウイルスDNAが検出されたことは、特定の 環境では、エアロゾル粒子は3フィート以上の距離を移動できることを示唆している(147)。感 染性粒子が嘔吐物からエアロゾル化され、吸い込まれるか飲み込まれるとの仮説が立てられてい る。加えて、環境の洗浄の担当者への感染の危険性が高いかもしれない。病原体の数が少なくて も感染性があること(100ウイルス粒子未満)(289)、および一般的な洗浄や消毒薬にウイルスが 耐性であること(10ppm以下の塩素でも生存できる)(290-292)は、疾患の発生と伝播を容易 にする。ネコのカリチウイルスに有効であることが知られている代替フェノール薬が1件の集団 感染において環境洗浄に用いられた(275, 293)。手指が肉眼的に汚れていないときの擦式アル コール手指消毒薬のノロウイルスに対する効果を決定するデータは不十分である(294)。集団感 染の間、特定の人々において疾患がみられないことは、B型の組織-血液型抗原によって授けら れた感染からの防御によって説明されるかもしれない(295)。胃腸炎の集団感染についての相談 はCDCのウイルスチケッチア疾患部を介して利用できる(296)。 17 I.C.7.出血熱ウイルス(HFV: hemorrhagic fever virus) 出血熱ウイルスは高熱、発疹、出血傾向、一部の症例では高い死亡率の重症疾患を引き起こす混 成ウイルス集団であり、これによって引き起こされる疾患はウイルス性出血熱(VHF: viral hemorrhagic fever)と呼ばれる。一般的に知られているHFVにはエボラおよびマールブルグウ イルス(フィロウイルス科)、ラッサウイルス(アレナウイルス科)、クリミアーコンゴ出血熱とリ フトバレー熱ウイルス(ブンヤウイルス科)、デングおよび黄熱ウイルス(フラビウイルス科)があ る(212.297)。これらのウイルスは感染した動物との接触や節足動物を介してヒトに伝播する。 これらのウイルスのどれもが米国では流行していないが、流行している国々での集団感染から感 染者や感染動物が持ち込まれる可能性はある。さらに、これらの微生物の一部は生物兵器として 使用される心配がある(212)。エボラ、マールブルグ、ラッサ、クリミアーコンゴ出血熱ウイル スのヒトーヒト伝播が確認されている。 資材が不足している医療現場において、これらの微生物の医療従事者、患者および面会者への伝 播が報告されており、いくつかの集団感染では症例の大部分を説明している (298-300)。家 族内感染も病人やその体液に直接触れた人々で発生しているが、そのような接触のない人々では 発生していない(301)。HFVの伝播に関するエビデンスが要約されている(212,302)。ヒトー ヒト伝播は主に血液や体液に直接触れることに関連している。汚染した血液への経皮的曝露では 特に高い伝播の危険性と死亡率増加がみられる(303, 304)。皮膚および汗腺の管腔においてエ ボラウイルス粒子が多数検出されたことによって、無傷の皮膚への直接接触からも伝播するとい う心配が持ち上がったが、これを支持する疫学的なエビデンスは不十分である(305)。感染した 遺体の死後の取り扱いは伝播の重要なリスクである(301, 306, 307)。稀な状況ではあるが、 明らかな直接接触のない人々における伝播様式が説明できない症例は、空気感染が発生しうると いう推測を導いた(298)。しかし、空気感染によってヒトにHFVが自然に発生したということ は観察されていない。旅客機内でラッサ熱の発端患者に曝露した乗客に関する1件の研究による と、乗客への伝播はみられなかった(308)。 研究室では、鼻、口、結膜への直接接種(309,310)および機械的に作り出されたウイルスを含 んだエアロゾルによって(311, 312)、動物がマールブルグやエボラウイルスに実験的に感染し た。動物施設の研究用霊長類でのエボラウイルスの伝播が報告された(313)。二次感染した動物 は駕籠に入れられており、約3メートル離されていた。空気感染の可能性が示唆されているもの の、著者はこの偶然の観察において、飛沫感染や間接接触感染を除外できなかった。 ヒトーヒト伝播するHVFに対する感染制御策のガイダンスが市民の生物防御戦略のために、 CDC(1,211)およびジョンホプキンスセンターから公開された(212)。この文書が公開された 時点での最新の勧告は2005年5月19日にCDCウエブサイトで公示されたものである(314)。 さまざまな勧告の間に一貫性のないことが、米国の病院で用いられる適切な予防策について疑問 18 をもたらした。開発途上国では、HFVの集団感染は基本的な衛生、バリアプリコーション、安 全な注射手技、安全な埋葬の実施によって制御されてきた(299, 306)。HFVの伝播についての 豊富なエビデンスによって、標準予防策、接触予防策、飛沫予防策を眼の防御とともに実施する ことは感染者を看護する医療従事者や面会者を守るために有効であることが示唆された。日常的 な患者ケアでは手袋のみで十分であり、血液曝露の危険性が高い侵襲的処置(手術など)のときに は二重手袋が奨められる。日常的な眼防御(ゴーグルやフェースシールド)は特に重要である。す べての患者接触において防水性ガウンを着用すべきである。日常的な患者ケアでは空気予防策は 必要ない。しかし、感染性エアロゾルを作り出してしまうような処置(気管内挿管、気管支鏡、 吸引、振動ノコギリを使用する剖検など)を行うならば、AIIRを用いることは慎重なことである。 N95もしくはそれ以上のレベルのレスピレータは、エアロゾル産生処置がおこなわれている病 室内の人々への追加防御を提供する(表3、付録A)。出血熱に一致した症状のある患者に流行地 域への旅行歴があれば、最初から予防策を開始して、情報がさらに得られるに従って変更してゆ く(表2)。生物兵器攻撃が疑われる状況においては、出血熱の症状のある患者をAIIRを含む空気 予防策下で処置する。兵器化されている出血熱ウイルスの流行疫学は予想できないからである。 I.D.特別なタイプの医療現場に関連する伝播のリスク 数多くの要因が様々な医療現場における伝播の危険性の違いに影響を与えている。これらには集 団の特徴(感染への感受性の増大、留置器具のタイプと利用率など)、ケアの濃度、環境感染源へ の曝露、入院期間、患者/居住者間および医療従事者との間の相互関係の頻度が含まれる。これ らの要因は施設の優先項目、目的、財源と同様に、伝播予防のガイドラインを医療現場がその特 有の必要性に合うようにどのように適応させてゆくのかに影響する(315,316)。感染制御措置 の決定は施設の経験/疫学、市中および施設のHAIの傾向、局所・地域・国家での疫学、新興感 染症の脅威に関するデータによって特徴のあるものになる。 I.D.1.病院 感染伝播の危険性はすべての病院現場に存在する。しかし、特定の病院現場や患者集団では患者 が感染しやすく、特別な注意が必要な独特の環境である。これらはその現場特有の新しい伝播の リスク発生の見張り場所になったり、病院内の他の現場への伝播の機会を提供したりしている。 I.D.1.a.集中治療室(ICU: Intensive Care Unit) 集中治療室(ICU)は重症外傷、呼吸不全、生命の危険のあるその他の状況(心筋梗塞、鬱血性心不 全、過剰薬剤、脳卒中、消化管出血、腎不全、肝不全、多臓器システム不全、極端な年齢など) の患者と同様に、疾患の状態や治療によって免疫不全状態になった患者の治療もおこなっている。 ICUは入院患者の比較的少ない割合を占めているが、この区域で生じる感染は全HAIの>20%を 占 め て い る (317) 。 2002 年 の 全 米 病 院 感 染 サ ー ベ イ ラ ン ス シ ス テ ム (NNIS:National Nosocomial Infection Surveillance)においては、HAIの26.6%がICUおよびハイリスク新生 19 児室(NICU)患者から報告された(NNIS、未公開データ)。この患者集団は基礎疾患や状態、ケア に用いられる侵襲的医療器具およびテクノロジー(中心静脈カテーテルおよびその他の血管内器 具、人工呼吸器、膜型肺を用いた体外式酸素化装置、血液透析/血液濾過、ペースメーカー、移 植用左室補助器具など)、医療従事者の接触の頻度、長期入院、抗菌薬の長期曝露(320-331) ゆえに、特に、MDROやカンジダ属の保菌および発症への感受性が高い(318,319)。更に、こ の状況での患者の不運な結末は厳しく、高い死亡率に関連している(332)。共通感染源およびヒ トーヒト伝播による様々な細菌性、真菌性、ウイルス性病原体が関連する集団感染が成人および 小児ICUにおいて頻回にみられる(31, 333-336, 337 , 338)。 I.D.1.b.熱傷病棟 熱傷は保菌、感染、病原体の伝播に最適な状況を提供している。そして、熱傷患者での感染は疾 患や死亡の頻回にみられる原因である(320, 339, 340)。全体表面積(TBSA: total body surface area)の30%以上の熱傷患者では、侵襲的熱傷創部感染の危険性が特に高い(341, 342)。30%未満のTBSAの熱傷患者で発生した感染は侵襲的器具の使用に関連していること が多い。メチシリン感受性黄色ぶどう球菌、MRSA、腸球菌(VREを含む)、グラム陰性菌、カ ンジダは熱傷感染症で広くみられる病原体であり(53, 340, 343-350)、これらの微生物の集 団感染が報告されている(351-354)。熱傷患者において感染を引き起こす主な病原体が時間を 経て変化することによって熱傷ケア行為も変化することが多い(343,355-358)。アスペルギ ルス属やその他の環境のカビによって引き起こされる熱傷創部感染は工事期間に汚染した供給 物(359)または工事やほかの環境の破壊の期間に作り出される埃への曝露の結果かもしれない (360)。 水療法器具はグラム陰性病原体の重要な環境保存庫である。熱傷ケアでの使用は汚染した水治療 器具の使用と感染の間の明確な関連性ゆえに、避けるのが望ましい。多剤耐性緑膿菌(361)、ア シネトバクター・バウマニ(362)、MRSA(352)によって引き起こされる熱傷感染および保菌 は、血流感染と同様に水治療に関連している。それ故、手術室での熱傷創部の除去が好まれる。 熱傷ケアの進化(特に、熱傷創部の早期除去と移植、局所抗菌薬の使用、早期の経腸栄養)は感 染性合併症の減少をもたらした。その他の進化には予防的抗菌薬の使用、選択的腸管除菌(SDD: selective digestive decontamination)、抗菌薬でコーティングされたカテーテル(ACC: antimicrobial-coated catheter)の使用が含まれているが、これらの方法の相対的な利益を示 すために実施された疫学的研究は殆どなく、効果研究はまったくない(357)。重症熱傷患者への 感染や患者からの感染の伝播予防のための最も効果的な感染制御策(個室(368)、層流(363)、 超高性能濾過空気(HEPA: high efficiency particulate air) (360)または他の病棟からの患者 や器材への曝露がない独立した病棟での熱傷患者の収容(364)など)についてのコンセンサスは ない。熱傷患者の日常的ケアでのバリア予防策の必要性や種類に関する議論もある。1件のレト 20 ロスペクティブな研究は、創部の保菌への簡素化したバリア隔離プロトコル、患者への直接接触 時の手洗いの強化、手袋、帽子、マスク、不浸透性プラスチックエプロン(隔離ガウンではない) の使用の有効性と費用効果を明らかにした(365)。しかし、熱傷の現場で用いられる感染制御予 防策の最も有効な組み合わせを決定した研究はない。この領域のプロスペクティブな研究が必要 である。 I.D.1.c. 小児科 小児におけるHAIの疫学の研究はこの集団における特殊な感染制御の問題を見つけた(63, 64, 366-370)。NNISシステムでモニターされている小児集中治療室(PICU: pediatric intensive care unit )およびハイリスク新生児室(HRN: high risk nursery)の患者では中心静脈カテーテ ル関連血流感染が高率にみられた(64, 320, 369-372)。更に、ワクチンまたは自然感染のど ちらによってでも、免疫をまだ獲得していない入院中の乳児や幼児では市中獲得感染の有病率が 高かった。その結果、特に季節的な流行期(百日咳(36, 40, 41);RSV(24)、インフルエンザ ウイルス(373)、パラインフルエンザウイルス(374)、ヒトメタニューモウイルス(375)、アデ ノウイルス(376)、麻疹(34)、水痘(377)、ロタウイルス(38,378)などの呼吸器ウイルス感染 症など)には、小児医療現場に伝染性感染症を持った患者や同胞面会者が存在することになる。 医療従事者と乳児および幼児の間の濃厚な身体的接触(抱擁、授乳、遊技、汚れたおむつの交換、 制御できない多量の呼吸器分泌物の除去など)は感染性物質の移動に豊富な機会を提供している。 玩具や体分泌物が容易に共有される遊戯場に子供たちが集まったり、家族が小児患者と同室する といった行為や行動は感染のリスクをさらに増加させる。入院患者が使用した玩具から病原性細 菌が検出されたり(379)、風呂の汚染した玩具が小児腫瘍病棟での多剤耐性緑膿菌の集団感染に 関与していたりしている(80)。さらに、いくつかの患者因子は、医療現場での病原体の曝露に よって、感染が成立してしまう可能性を増大させている(新生児の免疫システムの未熟性、自然 感染の既往も免疫もない、先天的または後天的免疫不全の患者の割合、先天的な解剖学的異常、 新生児および小児集中治療室における救命のための侵襲性器具の使用など)(63)。発育成果を向 上させる目的でNICUにて用いられた革新的な行為に関連して感染のリスクが増えてしまうと いう理論的な憂慮がある。そのような要因には皮膚と皮膚の接触の機会を多胎妊娠の乳児間、ま たは母親との間で増大させるかもしれないコ・ベッティング(co-bedding)(380)(訳者註:双子 は同じ子宮に長期間滞在していたため、お互いをサポートするような特殊な能力を持っているという理 論がある。これを利用するために、同じベッドに入れることをco-beddingという)(380)およびカンガル ーケア(訳者註:母親が新生児を裸の胸に抱擁する方法をいう。新生児の知覚・認識および運動発 達に良好な影響を与えるとの理論である)(381)が含まれている。しかし、実際にはカンガルーケ アをうけている新生児では感染の機会は減少している (382)。小児ケアセンター(383, 384) や小児リハビリテーション病棟(385)に参加している小児では抗菌薬耐性が全体的に増加して いるかもしれない(例.市中関連MRSA(CA-MRSA: community-associated MRSA)の保存庫 21 として関与したりしている)( 386-391)。長期ケア施設の患者は耐性GNBの保菌率が高い可能 性があり、急性期ケア現場に耐性微生物を持ち込む感染源になるかもしれない(50)。 I.D.2.非急性期医療現場 長期ケア施設(LTCF: long-term care facility)(ナーシングホームなど)、発達障害者の施設、行 動保健サービスが提供されている現場、リハビリテーションセンター、ホスピスなど病院外の 様々な現場でも医療は提供されている(392)。更に、医療は職業健康クリニック、成人デイケア センター、補助生活施設、ホームレスシェルター、留置所や拘置所、学校クリニック、養護室の ような非医療ケア現場でも提供されるかもしれない。これらの現場それぞれに感染制御プログラ ムを企画および実施するときには、考慮すべき特別な環境や集団のリスクがある。最も一般的な 現場やその特殊な努力目標の一部は下記に議論される。ガイドラインは各々の現場について言及 していないが、提供されている原則や戦略を適宜変更して適用してもよい。 I.D.2.a.長期ケア LTCFの名称は発達障害者のための施設から高齢者のためのナーシングホームや小児の慢性ケ ア施設まで様々なグループの居住場所に適用される(393-395)。高齢者用ナーシングホームは 数の上で圧倒しており、1グループの施設として長期ケアを代表することが多い。約180万人 のアメリカ人が国のナーシングホームに住んでいる(396)。1000居住介護・日(resident-care day)当たり1.8から13.5のHAI率の見積もりが、もっと厳格な研究では1000居住介護・日当 たり3から7の範囲で報告されている(397-401)。米国復員軍人省のナーシングホームケア設 備が述べている基盤設備はLTCFのための国家規模のHAIサーベイランスシステムの発展のた めに期待される先例である(402)。 LCTFは感染リスクの高い高齢患者が1つの場所に集まり、その施設に長期間滞在するような他 の医療現場とは異なる。そして、殆どの居住者にとって、それは彼らの家である。居住者は一般 社会の雰囲気に育まれ、食事したり生活したりする共通区域を共有し、施設がスポンサーになっ ている様々な活動に参加している(404)。自分で自分の身の回りのことができる居住者はお互い に自由に交流するので、この現場での感染の伝播を制御することは難しい(405)。特定の微生物 を保菌または発症している居住者は、一部の症例では部屋に制限される。しかし、心理社会的な リスクがそのような制限に関連するので、LTCFの現場では、心理社会的な必要性と感染制御の 必要性のバランスが推奨されてきた(406-409)。様々なウイルス(インフルエンザウイルス(35, 410-412)、ライノウイルス(413)、アデノウイルス(結膜炎)(414)、ノロウイルス(278, 279 275, 281)など)および細菌(A群連鎖球菌(162)、百日咳(415)、非感受性肺炎球菌(197,198)、 その他のMDRO、およびクロストリジウム・ディフィシレ(416)など)によって、LTCFでは集 団感染が引き起こされている。これらの病原体はかなりの罹患率と死亡率を示し、医療費用を増 大させる。それ故、迅速な検出と効果的な制御策の実践が必要である。 22 LTCFの居住者には、感染の危険因子が多い(418)。年齢に関連した免疫低下はインフルエンザ や他の感染性微生物に対するワクチン接種への反応に影響するし、結核の感受性を増加させる。 寝たきり、失禁、嚥下困難、慢性の基礎疾患、機能低下状態、年齢に関連した皮膚の変化は尿路 感染、呼吸器感染、皮膚感染、軟部組織感染への感受性を増加させ、栄養失調は創部治癒を障害 する(419-423)。薬物(意識レベル、免疫機能、胃酸分泌、正常細菌叢に影響を与える抗菌薬 を含む薬剤など)および侵襲的器具(尿道カテーテル、経腸チューブなど)はLTCF居住者において も感染や保菌への感受性を高める(424-426)。結局、制限された機能状態や医療従事者への日 常生活の全面依存は、MRSA (428, 429)およびESBL産生肺炎球菌(430)の発症(401, 417, 427)および保菌の独立した危険因子として同定されている。いくかのポジションペーパー(訳者 註:与えられた資料や課題に関して、自分の考え方や立場を述べること)およびレビューが公開され ており、LTCFにおける感染制御および抗菌薬耐性の様々な側面のガイダンスを提供している (406-408, 431-436)。メディケア・メディケイド サービスセンター(CMS: Centers for Medicare and Medicaid Services)はLTCFにおける感染予防のための規定を確立した(437)。 LTCFの居住者は頻回に入院するので、かれらはLTCFと医療施設の間で病原体を移動させるこ とができる(8, 438-441)。これは小児長期ケア集団でも同様である。小児慢性ケア施設は広域 セファロスポリン耐性グラム陰性桿菌の1つのPICUへの持ち込みに関与していた(50)。小児リ ハビリ室の小児が市中獲得MRSAの保存庫に関連していたかもしれない(385, 389-391)。 I.D.2.b.外来ケア 過去10年間で米国の医療提供の場は、急性期病院入院から外来や社会をベースとした様々な現 場(在宅を含む)に移行してきた。外来医療は病院ベースの外来クリニック、病院をベースとしな いクリニックや開業医、公衆衛生クリニック、独立透析センター、外来外科センター、緊急医療 センター、その他の数多くで提供されている。2000年、8300万人が病院外来クリニックを受 診し、8億2300万人が開業医を受診している(442)。現在、外来ケアは医療ケアシステムの受 診患者の殆どを占めている(443)。これらの現場では、伝播予防のガイドラインの適用は困難で ある。というのは、患者は医療提供者にみてもらうために、または病院に入院するために、一般 区域に長期間待っており、検査や治療のための病室は不十分な洗浄にて素早く回転使用され、感 染患者は迅速には認識されていないからである。さらに、免疫不全患者が他のタイプの患者とと もに、点滴室に長時間滞在して化学療法をうけることも多い。外来現場におけるHAIの危険性に 関するデータは血液透析センターを除いて殆どない(18 , 444, 445)。外来での感染伝播が3件 の刊行物でレビューされている(446-448)。GoodmanとSolomonは1961年から1990年 までの外来に関連した53件の集団感染を要約した(446)。全体で、29件の集団感染が汚染溶液 または汚染器具からの共通感染源による伝播に関連しており、14件が医療従事者からまたは医 療従事者を巻き込んだヒトーヒト間の伝播であり、10件で患者と医療従事者の間の空気感染ま 23 たは飛沫感染が関連していた。集団感染(数百人の患者を巻き込むこともある)において、血液媒 介病原体(HBVおよびHCV、まれにHIV)の伝播が、外来現場で発生し続けている。これらの 集団感染には共通の感染源曝露が関連していることが多く、汚染医療器具、複数回量バイアル、 静注用溶液であるのが普通である(82, 449-453)。全症例において、伝播は安全な注射手技や 無菌テクニックなどの基本的な感染制御の原則を遵守していないことに関連していた。この原因 はレビューされており、推奨される感染制御および安全な注射手技が要約されている(454)。 外来での結核菌と麻疹の空気感染が報告されており、救急外来で発生することが最も多い(34, 127, 446, 448, 455-457)。ワクチン接種率が低く、市中での麻疹の集団感染が定期的に発 生していた時代は、開業医や他の外来現場でも麻疹ウイルスが伝播していた(34, 122, 458)。 風疹が産科外来で伝播したことはあるが(33)、外来での水痘の伝播の報告はない。眼科外来に て、アデノウイルスのタイプ8による流行性角結膜炎が、不十分に消毒された眼科器具を介して 伝播したり、汚染した手指によって医療従事者から患者に伝播している(17, 446, 448, 459-462)。 外来での伝播を予防するならば、感染性があるかもしれない有症状および無症状の人々(特に、 空気感染性微生物[結核菌、水痘-帯状疱疹ウイルス、麻疹など]を伝播させる危険性のある人々) のスクリーニングが、患者との初めての遭遇の最初から必要である。感染性があるかもしれない 患者を同定した上で、予防策 (感染性があるかもしれない患者の迅速な分離、適切な制御策の実 施[呼吸器衛生/咳エチケットおよび感染経路別予防策など]) を実施すれば、伝播の危険性を減 少できる(9, 12)。外来でのMRSAやVREの伝播は報告されていないが、HIVの外来クリニック に勤務している医療従事者にCA-MRSAによるクリニックの環境汚染が関与したことは、外来 での伝播の可能性を示唆するものである(463)。嚢胞性線維症の成人および小児のための外来ク リニックにおいて、バークホルデリア属および緑膿菌の患者・患者間の伝播が確認されている (464, 465)。 I.D.2.c.在宅ケア 米国では在宅ケアは20,000以上の機関によって提供されており、それには在宅医療機関、ホス ピス、耐久性医療器具提供者、在宅注射治療サービス、個人ケア提供者およびサポートサービス 提供者が含まれる。在宅ケアは急性期状態および慢性期状態のすべての年齢の患者に提供される。 サービスの範囲は日常生活の補助や身体的および職業的治療から創部のケア、注射治療、慢性外 来腹膜透析(CAPD: chronic ambulatory peritoneal dialysis)まである。 点滴治療関連感染を除く在宅ケア患者での感染の頻度は十分には研究されていない (466-471)。しかし、在宅点滴治療を受けている患者での中心静脈カテーテル関連血流感染や 経皮的または粘膜曝露を通じた血液接触のリスクのためのデータ収集および感染率の計算は完 24 了しており、この現場でサーベイランスが実施しうることを示している(475)。在宅ケア関連感 染の定義の案は既に開発されている(476)。 在宅ケアの間の伝播の危険性は極めて少ないと推測されている。在宅ケア患者への主な伝播は感 染している医療提供者や汚染器具からのものである。そして、医療提供者はまた、家庭訪問のと きに、感染患者に曝露しうる。在宅ケアには限定した数の職員による患者ケアも含まれているが、 そこには複数の患者はいないし、器具が共有されることもないため、病原体の保存庫になりうる ものが少ない。在宅ケア提供者の感染症(在宅ケア患者への感染の危険性を有している)には、空 気感染または飛沫感染によって伝播する感染症(水痘、結核、インフルエンザなど )、皮膚の外 寄生(疥癬(69)およびシラミなど)、直接または間接接触によって伝播する感染症(膿痂疹など)が 含まれる。在宅ケア患者から他の在宅ケア患者へのMDROの間接的伝播についての発表データ はないが、これは感染患者または保菌患者から持ち運ばれた汚染器具が別の患者に用いられるな らば、理論的には発生しうる。注目すべきことは、在宅でのVISAの最初の症例 (186)および最 初に報告されたVRSAの2症例(178, 180, 181, 183) の調査によると、VISAやVRSAが他 の在宅ケアレシピエントに伝播したというエビデンスがないことである。在宅健康ケアはまた、 抗菌薬耐性に関連しているかもしれない。外来患者のバンコマイシンの使用のレビューによると、 レシピエントの39%はガイドライン推奨に従って抗菌薬を投与されていなかった(477)。 殆どの在宅ケア機関は微生物の伝播を防ぐための方針や処置を実施しているが、現在のアプロー チは他の専門的ガイダンスと同様に1996年の「病院における隔離予防策のためのガイドライ ン」(1)の適応が基本となっている(478,479)。この問題は在宅ケア界において大変苦労するこ とであり、その実践には一貫性がなく、根拠に基づかないものがあった。例えば、多くの在宅健 康機関は「看護バッグテクニック」 (家庭において看護バックと環境の間にバリアを用いること を規定する習慣)を守り続けている(480)。家庭の環境は常には清潔ではないかもしれないが、 2つのノンクリティカルな表面の間のバリアの使用には疑問がある(481, 482)。感染伝播のリ スクに関連した在宅ケアの調査を実施する機会はある(483)。 I.D.2.d.健康ケアを提供するその他の場所 基本的には健康ケア現場ではないものの、健康ケアが提供される施設には、更正施設やシェルタ ー内のクリニックが含まれる。どちらの現場も混雑かつ換気不十分といった最善とは言えない状 態である。慢性疾患および健康ケア問題(アルコール中毒、薬物常習、低栄養、不十分な住み家 が関連している)を持つ経済的に恵まれない人々は主な健康ケアをこのような場所で受けている ことが多い(484)。伝播について特に心配すべき感染性疾患には結核、疥癬、呼吸器感染症(髄 膜炎菌、肺炎球菌など)、性感染症や血液媒介疾患(HIV、HBV、HCV、梅毒、淋菌など)、A型 肝炎ウイルス(HAV: hepatitis A virus)、ノロウイルスのような下痢性微生物や食事を介した疾 患が含まれる(286, 485-488)。これらの集団では結核やCA-MRSAを常に疑うよう念頭にお 25 くことが大切であるが、それはこのような現場や集団での集団感染が報告されているからである (489-497)。 このようなタイプの施設に患者が遭遇することは急性疾患の診断や治療に加えて、ワクチン接種 や結核菌感染のスクリーニングの推奨を実施する機会を提供している(498)。健康ケアを提供す るために指定されたこれらの非伝統的な区域における感染制御策の推奨は他の外来現場と同様 である。それ故、これらの現場では標準予防策および必要時の感染経路別予防策を遵守するため の装備が必要である。 I.E.特別な患者集団に関連した伝播のリスク 新しい治療が複雑な疾患のために生まれると、特別な患者集団に関連した独特の感染制御の難問 に取り組む必要がでてくる。 I.E.1.免疫不全患者 先天的な原発性免疫不全や後天性疾患(治療に引き起こされた免疫欠損など)を持っている患者 は医療ケアを受けている間の様々なタイプの感染に関してハイリスクであり、医療ケア施設の至 る所にいる。免疫システムの特別な欠損は最も獲得しやすい感染の種類を決定する(ウイルス感 染はT細胞欠損に関連し、真菌および細菌感染は好中球減少の患者に発生するなど)。1つの全体 的なグループとして、免疫不全の患者は他の患者と同じ環境でケアされることがある。しかし、 インフルエンザや他の呼吸器ウイルスのような伝播しうる感染症を持つ他の患者への曝露を最 小にすることが常に推奨される(499, 500)。小児白血病の治療のための一層強力な化学療法レ ジメは長期の好中球減少および他の免疫システムの成分の抑制に関連し、感染リスクの期間を延 長し、追加の予防策が特定のグループに必要かもしれないという心配事を発生させる(501, 502)。様々な医学状態(リウマチ性疾患(503, 504)、炎症性腸管疾患(505)など)に対する 新しく強力な免疫抑制治療の適用によって、免疫抑制患者は1つの患者区域(血液癌病棟など)に 局在しているというよりも医療ケア施設の至る所に広く滞在することとなった。特定のグループ の免疫不全患者における感染予防のためのガイドラインは既に公開されている(15, 506, 507)。 公開されたデータは同種HSCT患者を防護環境に入室させることを支持するエビデンスを提供 している(15, 157, 158)。同様に、このような免疫不全患者に特別に必要なこと(抗菌薬予防 の使用、アスペルギルス属および他の環境真菌による感染を防ぐための防護環境を作るための工 学技術制御など)について言及した3つのガイドラインが制作されている(11, 14, 15)。長期の 好中球減少や移植片対宿主疾患に関連した更に強力な化学療法レジメが実施されるにつれて、感 染の危険性や環境防御の期間は伝統的な100日を越えて延長する必要があるかもしれない (508)。 26 I.E.2.嚢胞性線維症の患者 嚢胞性線維症(CF: cystic fibrosis)の患者のための感染制御ガイドラインを作成するときには特 別な考慮が必要である。他の患者に比較すると、CFの患者は汚染した呼吸器治療器具からの伝 播を防ぐための追加防御を必要とする(509-513)。バークホルデリア・セパチア群や緑膿菌の 様な感染性微生物(464, 465, 514, 515)は特徴的な臨床的および予後的な重要性を持ってい る。CFの患者では、バークホルデリア・セパチア感染は高い罹患率と死亡率に関連している (516-518)。一方、慢性的な緑膿菌感染の獲得を遅らせることは長期の臨床的結末の改善に関 連する(519, 520)。 バークホルデリア・セパチア群のヒトーヒト間の伝播が医療ケア施設、様々な社会的接触(523) (最も顕著なのはCFの患者のためのキャンプへの参加(524))、CFの兄弟間(525)において、CF の小児(517)および成人(521)で証明されている。呼吸器分泌物の伝播を防ぐことに成功した感 染制御策には、外来および病院でCF患者を他の患者から隔絶すること(独立したシャワーのある 個室使用など)、呼吸器分泌物に汚染された表面や器具の環境除染をすること、グループでの胸 部物理療法を中止すること、CFキャンプを解体することなどがある(97, 526)。嚢胞性線維症 基金はCF患者のためのエビデンスに基づいた感染制御策の勧告のコンセンサス文書を作成した (20)。 I.F.伝播の可能性がある感染性微生物に関連した新しい治療 I.F.1.遺伝子治療 遺伝子治療は複製しないレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ関連ウイルス、制限増殖型ポ ックスウイルスなどの多くの異なるウイルスベクターを用いてきた。予測できない副反応が遺伝 子治療プロトコールの普及を制限してきた。 遺伝子治療の感染性の危険要因は現時点では理論的なものであるが、in vivoでの組換えの可能 性およびそれに引き続いて伝播する可能性のある遺伝子的に変化した病原体の発生の可能性ゆ えに綿密なサーベイランスが必要となる。最大の心配事は制限増殖型ウイルス(特にワクシニア ウイルス)の使用に伴ったものである。本ガイドライン作成の時点では、遺伝子治療レシピエン トから他の人へのベクターウイルスの伝播を記述した報告はないが、サーベイランスは継続して いる。遺伝子治療の研究の過程を通して感染制御問題をモニタリングする勧告が作成された (527-529)。 I.F.2.血液、臓器、その他の組織を介して伝播する感染症 生物学的製剤を介しての感染性微生物の伝播の危険性は小さいが、ドナーのスクリーニングにも 拘わらず、危険性は存在する。輸血と移植によって伝播した感染症の報告にはウエストナイルウ 27 イルス感染(530)、サイトメガロウイルス感染(531)、クロイツフェルト‐ヤーコプ病(230)、 C型肝炎(532)、クロストリジウム属(533)およびA型連鎖球菌(534) の感染、マラリア(535)、 バベシア症(536)、シャーガス病(537)、リンパ球性脈絡髄膜炎(538)、狂犬病(539,540)が ある。それ故、感染源について患者を評価するときには、生物学的製剤の投与について考慮する ことが大切である。 I.F.3.異種移植 非ヒト細胞、組織、臓器のヒトへの移植は患者を人獣共通感染症の病原体に曝露させるかもしれ ない。既知の人獣共通感染症の伝播(ブタ組織からの旋毛虫症など)は1つの心配事であるが、非 ヒトの細胞、組織、臓器の移植では未知の人獣共通感染症を免疫抑制状態のヒトレシピエントに 伝播させる可能性も心配される(541)。米国公衆衛生局のガイドラインは異種移植の発展分野を 取り巻く多くの感染性疾患と感染制御について言及している(542)。この分野の研究は進行中で ある。 28
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