アボット感染症アワー 2005年2月4日放送 ペットの輸入届出制 国立感染症研究所感染症情報センター 中島 一敏 ●はじめに● 本日は、2005 年9月1日から施行される動物の輸入届出制度についてお話し致します。 日本は、世界有数のペット輸入大国です。しかも、近年のペットブームにより、あまり感 染症のリスクが把握されていないエキゾチックアニマルが、何の制約も無いままペットと して輸入されている現状があります。今回お話しする輸入届出制度は、昨今の「輸入動物 によるヒトの動物由来感染症」への危険性の認識に応じ、そのリスクをさげるための、法 律に基づく制度です。 ●新興感染症と動物由来感染症● 近年、SARS や鳥インフルエンザ等、新たな感染症が人類の脅威となっています。このよ うな従来知られていなかった感染症を新興感染症と呼びますが、実は、新興感染症の多く が、動物から人に感染する動物由来感染症です。その中には、感染力が強く、重症化した り、治療法が無かったりするものが知られており、予防や早期発見に基づく拡大防止が重 要です。例としては、主にアフリカで発生しているエボラ出血熱や、北米を中心に見られ るハンタ肺症候群、1998 年にマレーシアで発生したニパウイルス感染症等があげられます。 エボラは人が感染した場合は 50‑90%が死亡します。また、人から人へも感染が起こります。 サルが感染・発症する事が知られていますが、元々の宿主動物は不明です。ハンタウイル ス肺症候群はシカネズミが宿主として病原ウイルスを保有します。人は、ウイルスに汚染 された糞や尿のエアロゾルを吸い込むことで感染し、発熱や呼吸困難などの症状を示し、 40−50%が死亡します。ニパウイルスはオオコウモリが宿主としてウイルスを維持していま す。マレーシアのアウトブレイクでは、感染したオオコウモリを食べたブタが多数、発症 死亡し、養豚業者を中心に 250 人余りが感染し、約 40%が死亡しました。 ●日本に輸入される動物の公衆衛生対策● 現代の高速大量輸送時代にあって、輸入動物による動物由来感染症のリスクは高まってい ます。家畜に関しては、今回、触れませんが、家畜伝染病予防法によって、人と動物の共 通感染症を含む家畜の感染症対策が実施されています。家畜を除き、これまで、我が国に 輸入される動物の公衆衛生対策は、狂犬病予防法に基づく犬などの検疫制度と 感染症の予防及び感染症患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)に基づく輸入 禁止動物の指定及び検疫制度の二つに依っていました。 狂犬病予防法では、海外から持ち込まれる全ての犬、猫、キツネ、あらいぐま、スカン クに対して、輸出国における狂犬病発生状況、輸入動物個体の健康状態や予防接種状況、 輸出国での健康観察期間(待機期間)などに応じて、180 日以内、動物検疫所の施設での係 留や検査が行われています。この検疫制度は、昨年 11 月6日から新制度がスタートし、マ イクロチップによる個体識別の導入や係留期間の一部変更などが行われています。この輸 入検疫は、現在飼っている犬、猫等を一旦外国に持ち出して、再度持ち込む場合にも適応 になりますので、もし、該当する場合は、事前に動物検疫所等で確認されるとよいでしょ う。 二番目の感染症法では、サル、プレーリードッグ、イタチアナグマ・タヌキ・ハクビシ ン、コウモリ、ヤワゲネズミの輸入が禁止されています。また、輸出国を限定したサルの 輸入検疫も行われています。 これらの現行制度では、明確な危険性が立証された動物のみが輸入規制対象となってい ました。そのため、世界各地の多種・多数の野生動物が、公衆衛生上の安全性が未確認な ままペットとして輸入されていました。また、外国で動物由来感染症が発生したときでも、 国内での輸入状況が把握できないという状態でした。 ●動物由来感染症対策の強化● ここで、一例として、平成 15 年 3 月に輸入が禁止されたプレーリードッグのエピソード を紹介しましょう。 プレーリードッグは、リス科のげっ歯類で、北米大陸に生息していますが、以前はペッ トとして日本にも多数輸入されていました。平成 14 年6月から 8 月にかけて、米国テキサ ス州の動物流通施設で、プレーリードッグに野兎病が発生し、取り扱われていた 3600 匹の うち、250 匹が死亡しました。野兎病の病原体はバイオテロでも使用する事が想定されてい る細菌で、人に重篤な感染症を引き起こす事があります。当該施設のプレーリードッグは、 米国内で流通されただけでなく、日本を初めとする複数の国に輸出されていました。当時、 プレーリードッグには輸入規制はありませんでしたが、厚生労働省は緊急に輸入自粛を呼 びかけると同時に、情報収集を行いました。幸いにして、国内で野兎病の発生は確認され ませんでしたが、一歩間違うと、人の感染も起こっていたかもしれません。また、プレー リードッグは、ペストを媒介する事も知られており、米国で、1998 年に動物業者に捕獲さ れた群でペストの発生があり、多数のプレーリードッグが死亡しました。この時は、ペス トが発生した群は輸出されていなかったため大事には至りませんでした。これらの事例を ふまえて、プレーリードッグは平成 15 年 3 月には輸入が禁止されるに至ったのです。ちな みに、プレーリードッグは、野兎病やペストに感染した場合、速やかに発症し死亡するた め、現在国内で飼育されている元気な個体がこれらに感染している心配は無いと考えられ ます。 その後も、狂犬病予防法と感染症法に基づく動物由来感染症対策の段階的な強化に伴い、 特定の感染症のリスクが確認された動物の輸入禁止が実施されています。平成 15 年には、 SARS との関連が推定されているハクビシン等の輸入禁止、また、同年の感染症法の一部改 正に伴って狂犬病の感染源となりうるコウモリ、リッサ熱の病原体の自然宿主であるマス トミスの輸入が禁止されました。 ●輸入動物の感染症対策の強化● 2001 年のペット動物の輸入状況を見ると、現在では輸入が禁止されている、プレーリー ドッグが1万3千頭、コウモリが 200 頭、ペットとして輸入されていました。一方、輸入 規制に該当していない、その他様々なげっ歯類、100 万頭のハムスターや6万7千頭のリス、 20 万羽の鳥等が、人への感染性上の安全性がチェックされないまま輸入されています。 そこで、今年9月に施行されるのが輸入動物の届け出制度です。この制度では、従来の 特定動物の輸入禁止と検疫制度に該当しない動物のうち、げっ歯目、その他のほ乳類、鳥 類、げっ歯目の死体、ウサギ目の死体が届出の対象となります。 ●動物の輸入届出精度の概要● 輸入届出制度の概要を説明します。届出対象動物、すなわち、げっ歯目、その他のほ乳 類、鳥類、げっ歯目の死体、うさぎ目の死体を輸入する場合、輸入する人は、届出書と衛 生証明書を動物検疫所に提出しなければなりません。届出書には、動物の種類や数などの 情報、輸送の情報、輸出者や輸入者の情報等の記載が必要です。衛生証明書は、動物毎に 定められた感染症にかかっていない旨等を記載した輸出国政府機関発行の証明書です。ち なみに、届出書の様式や衛生証明書の例は、厚生労働省ホームページ (http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/10/tp1015‑2.html)からも入手可能です。提出さ れた書類が審査されたあと、受理されれば、輸入許可書が発行され、通関を経て、輸入動 物の国内への持ち込みが可能となります。 ●おわりに● 私たち人類は、SARS 等の経験を通して、未知の病原体による動物由来感染症がいつ何時 おこるか分からないことを学びました。人類は、地球環境を変化させ、行動・生活様式を 変容し、大量の人と物を短時間で輸送しています。世界保健機関 WHO は、「我々は、今や世 界規模で感染症による危機に瀕している。もはや、どの国も安全でない」と警告を発して います。いかなる国でも、新興感染症の多くを含む動物由来感染症の脅威に対して、予防 的に取り組むことが重要です。今回のペット等動物の輸入届出制度は、そのリスクを少な くし、感染症発生時の迅速な対応をするための重要な取り組みといえるでしょう。
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