オランダでもイギリスでもFMのプロが育ち 先進的なオフィスづくりと

ファシリティマネジメント特集
オランダでもイギリスでもFMのプロが育ち
先進的なオフィスづくりとサービスを進めています。
富士ゼロックスにおいてオフィス戦略の立案と実行を担当されてきた熊谷比斗史さんは、今年の6月まで2年
間、オランダとイギリスに滞在して、ヨーロッパのファシリティマネジメント(FM)について勉強されてきまし
た。大学院における実践的な教育とFM専門会社のスタッフ経験を活かし、現在は「プロフェッショナルのファ
シリティマネジャー(FM'er)」としていくつかの企業のFMサービスに参画しています。今日はヨーロッパの
最新FM事情と、そこから学ぶ新しいオフィス戦略についてお話しを伺います。
ど、
ヨーロッパの中でもFMの先進国なのです」
……米国式のFMとヨーロッパ式の違いを具体的に教えていた
だけますか?
富士ゼロックスゼネラルビジネス株式会社
ビジネスサービス事業部
サイト営業部担当課長
FM修士
認定ファシリティマネジャー
http://www.fxgb.co.jp/index.html
「米国の場合、FMはあくまで経営効率化のための手法の一つと
して捉えられており、中心になっているのは経営者側の視点です。
一方、
ヨーロッパではもっとユーザー側の視点、つまりワーカーへ
のサービスの向上がFMの大きな目的になっています」
……つまりFM'erがオフィスコンシェルジェのような役目を果たす
熊谷比斗史氏
のですね?
「そうですね」
……その違いはどこから生まれているのでしょうか?
「理由の一つは、やはりワーカー側がそれだけの力を持っている
経営効率を追求する米国式FM
オフィスサービス中心の欧州式FM
ということでしょう。ヨーロッパでは労働組合(ユニオン)が強く、
職場の環境について常に経営者側と話しあってきた歴史がある。
このため、経営者もワーカーが満足できるサービスを提供するた
……今回の欧州留学はどのような形で行われたのですか?
めにFM'erにオフィスのリニューアルや運営を任せるようになっ
「富士ゼロックスの企業派遣留学制度に応募し、2000年6月から2
たのです。つまり、ワーカーを大切にするのも経営戦略の一つと
年間にわたってヨーロッパに滞在しました。この制度は社内公募に
いえます。」
よるもので、自分でプランを立てて応募するのですが、私は前半の1
……ちなみに日本流のFMというのはあるのでしょうか?
年間をオランダの大学(Saxion Hogeschool IJselland)で過ごし
「日本の場合は、もともと建築に携わってきた人がFMに関心を
てFM修士(European Master Facility Management)の資格を
持ち始めたという歴史があったため、
どうしても“箱もの”からの
取得し、後半の1年間はロンドンにあるFMコンサルタント会社(Axima
発想になりがちですね。たとえばワークプレイスプランや不動産
FM Ltd)において実務研修にあてました」
戦略のほうが重視されて、ワーカーへのサービスという観点から
……日本では「FM先進国といえば米国」というイメージが強いので
FMを進めている企業は、
まだ少ないように感じます」
すが、
オランダの大学に行かれた理由は?
「ヨーロッパもFMの考え方は非常に進んでいます。私は、JFMA(日
本ファシリティマネジメント推進協会)に出向してスタッフ業務を行っ
ていた1996年に、欧州視察団の一員として向こうの企業のオフィス
戦略を調べに行きました。そのとき、オランダ流のFMに興味を持っ
たのです」
……オランダ流FMというのは?
「実は、
これは私の造語なのですが(笑)、いろいろな国でオフィスを
見てみると、オランダの企業のケースがかなり参考になるのは確か
です。あの国は、アムステルダムの国際空港を運営するスキポール
公団をいちはやく民営化し、成功させるなど、経営手法においても
新しい試みを積極的に進めていますし、
スキポール公団のヘールト・
フレリングさんがIFMA(国際FM協会)の会長を務めたことがあるな
熊谷氏が参加した欧州視察団の集合写真
ファシリティマネジメント特集
サッチャー政権による構造改革が
イギリスのFMを大きく進歩させた
……FM修士の資格をとられたそうですが、オランダにはそのような
コースを持つ大学が多いのですか?
オランダでもイギリスでもFMのプロが育ち
先進的なオフィスづくりとサービスを進めています。
が増えていくとともに、FMの重要性が広く認識されるようになっ
が分かれているように、do'er(行為者)
とthink'er(思索者)によっ
シングするものだという意識が一般的になっています」
たのです」
て役割が異なります。そして当然、FMのプロジェクトを進めるには
……その場合も、think'erが担当する以外の部分はさらに外部委託
FMのポリシープランを立案する
FM'erが日本では不足している
「多いですね。小さな国なのに、4年生の大学でFMの学部や学科(バ
think'erが欠かせないのですが、
日本ではdo'erとしてのFM'erはい
するのですか?
るものの、think'erのFM'erがまだ少ないですね。think'erはあくま
「そうですね。ちなみに、
クライアントがオフィス経費として支払う予
で経営者の視点でFMのポリシープランを立案し、会社全体を引っ
算のうち9割以上は、
そのまま実務を行う会社にスループットされ、マ
張っていかなければいけないのに、
日本企業は課長や、
ときには部
ネジメントフィーは1割以下にすぎません」
……日本の場合は、
そこまでシステマチックにはいっていないようで
チュラー)を設けているところが7校ありますし、修士課程(マスター)
……オランダのFMの場合は、不動産までは含まないのですか?
長であっても『現場の代表』であって、経営者意識は持ちにくい。こ
も多い。私が留学した大学のように英語で講義をするケースもあり
「不動産の取得や運営はFMの範疇ですが、少なくとも建築に関
ういう環境では、
なかなかthink'erは育たないのです」
すね。
ます。ちなみにアメリカでバチュラーのFMのコースは聞いたことが
わる講義はマスターコースにはなかったですね。基本的にオフィス
……think'erとdo'erという区分は他のヨーロッパ諸国でもあるので
「実はそこが、FMのアウトソーシング化がなかなか進まない原因の
ありませんし、
イギリスでもマスターコースだけだと思います」
に関するソフトウェアを担当するのがFMだという考えで、大学院
すか?
一つでもあるのです。FM会社もクライアントもオフィスに関する経
……イギリスとオランダでも結構違うのですね。
ではポリシープランの立案の演習をやらされました」
「イギリスでも同じですね。FMのアウトソーシングを受ける専門会
費のすべてを明確に捉えようとしないため、
クライアントからすれば、
「同じヨーロッパ流のFMということで、
どちらもユーザーへのサービ
……ポリシープランというのは?
社も基本的にはthink'erの集団であって、プランニングとマネジメン
マネジメントフィーばかりが目に付き、すぐに『高いからまけろ』という
スを基本に置いているのですが、
イギリスは、アメリカ的概念とヨー
「ある企業に対してFMを進めるための基本方針のようなものです。
トが事業のメインであり、実行はさらに外部の専門会社に委託する
話になり、マネジメントフィーそのものが値下げされてしまいます。イ
ロッパ大陸的FMとを併せ持っているように思います。おもしろいの
マネジメント原論ともいってもいい。つまりオランダのFMは経営
ケースもあるくらいですから」
ギリスではオープンブック方式といって、実務を行う会社からの請求
ですが、
イギリスでの研修先の業務内容を見たら、
これがJFMAの『フ
学の一部で、経済学部に属しています。」
書をすべてクライアントに見せるので、
コンサルタントフィーまでは下
FMのアウトソーシング化は
ヨーロッパでも進んでいる
ァシリティマネジメント・ガイドブック』に非常に似ているのですよ。つ
……マスターとバチュラーでは教える内容も少し違うのですか?
まり最初に不動産関係の話があって、徐々にオフィスづくりの解説
「バチュラーの場合は、
もっと具体的なプラクティス(実践)に重き
になっていく。思うに、
イギリスと日本はほぼ同時期に米国からFMの
を置いていますね。オフィスのスペースプランニングとかリニュー
概念が導入され、同じように発達していったのではないでしょうか」
アル案、清掃の効率的な方法といった授業があったように思います。
……イギリスではFMコンサルタントの専門会社で実務を経験され
……しかし、今では、
イギリスのほうが進んでいるという声は多いよう
要するに特定の分野のサービスリーダーを育てるのが大学のFM
たそうですが、FMのアウトソーシングの具体例について教えていた
予算超過の場合はペナルティを、予算以下で収めたらボーナスをも
ですが……。
コースで、大学院ではそれらを統括するマネージャーを育成するの
だけますか?
らうという契約もあり、マネジメントフィーに対する責任も明確です。」
「それはサッチャー首相のおかげでしょうね。彼女が構造改革の大
です。したがって、私もポリシープランの他に、プロジェクトマネジ
「たとえば、
クライアントから100万㎡のオフィスの構築と運営につ
……つまり、
コンサルタントフィーとスループットの金額を明確にした
鉈をふるったとき、公団などのパブリックセクターから企業まで一斉
メントやリサーチメソッド
(方法論)の講義に参加しました」
いて依頼されたケースがあります。それこそ不動産取得からベンディ
ほうがいいということですね。
にノンコア部分のアウトソーシング化を進めて経営効率の向上を図
……オランダ流FMでは、FM'erの役割をどのように定義している
ングマシンの導入と管理まで私たちが担当しますが、
それに関わるス
「そうですね。それにより、FMの専門会社はクライアントと利害を共
ったのですが、
その段階でFMの専門会社が生まれ、社会のメインプ
のですか?
タッフは30人ぐらいのチームでした。一方、
クライアント側は3人の担
有するパートナーとなれるわけで、経営に直結するFMを任されるた
レイヤーとなっていきました。*PFIや*PPPなどの新しい事業形態
「FMコースでもバチュラーとマスターで明確にそのカリキュラム
当者だけで済みますから、効率化という意味からも、FMはアウトソー
めにはそのような関係が必要なのです」
Keyword
■PFI(Private Finance Initiative)
公共施設などの建設、維持管理、運営等を民間の資金や経営能力、技術的能力を活用して行う手法。これにより、国や地方公共団体の事業コストの削減と、
より質
の高い公共サービスの提供ができる。イギリスなどで1980年代に始まり、有料橋、鉄道、病院、学校といった公共施設の整備、再開発に大きな成果をあげたことから、
わが国でも平成11年(1999年)7月に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が制定された。
オランダの大学の前面写真
デザインが特長的なオランダの大学の校舎
げられない。オフィスコストの10%にも満たない部分をカットしても
効果は少ないですからね。それより、
『その分は下げないから、外注
分を抑えろ』といったほうが成果はあがります。さらに、私のいた会
社では、
このスループットの総予算の管理をコミットするケースもあり、
■PPP(Public/Private Partnership)
イギリスで保守党政権時代に始まったPFIをさらに拡大するため、労働党政権になった1997年に設けられた新しい事業形態の枠組みのこと。公共セクターと民間セ
クターが協働しながら公共事業を進めていく。
オランダ「Schiphol公団」の個室中心のオフィス
ファシリティマネジメント特集
構造改革と雇用安定の制度づくりが
日本のFMを大きく進歩させる
……日本でも徐々にFMへの関心は高まっていますが、FMのアウト
ソーシング化は進むのでしょうか?
オランダでもイギリスでもFMのプロが育ち
先進的なオフィスづくりとサービスを進めています。
ヨーロッパで経験してきたことを活かして、FMマーケットや法律レ
はありませんでした。ある日、
オフィスのレイアウト変更があり、
“Hitoshi
宣言をすることから、
日本のFMを変えていこうと考えました」
ベルのことまで、積極的な提言などを行っていきたいですね」
は手伝わなくていいから、
あした(レイアウト変更の日)は家で仕事した
……このような時代の変化の中で、
日本の企業は何を考えればい
日本のオフィスづくりが
大きく変わっていく時代に
「イギリスで日本のニュースを見ていたとき、小泉政権の誕生を知っ
ら?”と同僚にいわれ驚いたこともありました。」
いのでしょうか?
……オフィスレイアウトは日本とかなり異なりますか?
「やはり、もう一度、オフィスで働くワーカーのことを最優先に考え
「ヨーロッパ大陸の場合、日本のような大部屋は少なく、原則は個
るべきでしょう。これからの時代、高品質のオフィス環境やサービス
室ですね。大きくても4∼5人で一つの部屋を使うという感じです」
によるワーカーのモチベーションマネジメントは、
そのまま企業の競
て、
『これで日本も大きく変わるのではないか』という期待を持ちまし
……最後に、ヨーロッパのオフィス事情について教えていただけ
……インテリアやデザインはどうなのですか?
争力に直結していきます。そんなときに、いつまでも『総務』という
たね。その後、構造改革のスピードは決して期待通りとはいえない
ますか?
「働く環境への意識は高いですから、非常にきれいにしてますね」
古い業務の枠組みでオフィス戦略を進めていては、勝ち残っては
のですが、それでも郵政のようなパブリックセクターの民営化が議
「オランダは日本のような固定席のオフィスは少なく、ほとんどが
……そう考えると、
日本のオフィスはまだまだ改革の必要がありますね。
いけないですし、アメリカ的な経営効率至上主義も限界があると
論の対象になったこと自体、大きな進歩だと思っています」
シェアードオフィスですね」
「勤務形態やデザインのことはともかく、FMのアウトソーシング化は
思います。」
……やはり「公」の動きは大きいですか?
……自席はないのですか?
もっと進めるべきでしょうね。専門家がオフィスづくりとサービスを担
「もちろんです。民間企業の中にはすでにFM業務のアウトソーシン
「これは勤務形態の違いもあるのです。向こうでは雇用契約の多
当することで環境は向上し、
ワーカーへのサービスの質も上がります。
グ化を行っているところもありますが、
まだまだ動きは少ない。しかし、
様化が進んでいて、たとえばある社員は週に3日しか出社しないと
そしてもちろん、経営の効率化も図れるのですから」
公的機関がノンコア部分の外部委託を始めれば、サービスを行う会
か、午前や午後しか来ないパートタイマーが社員と同じように仕事
……オフィスコストの削減と環境やサービスの向上が同時に実現で
熊谷さんが留学したオランダの大学は「国立」でありながら、運営方法にお
社も増えるでしょうし、状況は一気に変わるかもしれません。たしかに、
をしているなど、勤務形態が非常に自由ですから、固定席では効
きることになりますね。
いては民間企業と同じような形態がとられていたそうです。
イギリスでは一時的に失業率があがりましたが、
その後、FMというマ
率が悪くなってしまいます」
「そう主張しているのですが、
日本の経営者はなかなか頑固で、
オフ
「大学の校舎を建てるときには、PFI事業として民間から資金を集めています。つ
ーケットが急速に立ち上がり、むしろ雇用を促進しました。日本の人
……それは一種のワークシェアリングですか?
ィスづくりに外部の力を使いたがらないんですよね(笑)。国内だけ
まり建物は出資した年金基金がオーナーであり、大学側は賃料を支払っているの
たちにも“変化をおそれないで”と言いたい。」
「それもあるでしょうし、オランダモデルといって、
それぞれが自分
でビジネスができるならそれでもいいのでしょうが、国際的な競争力
……他に、解決しなければいけない課題はありますか?
の働ける条件で仕事をしようという考え方が一般的になっている
をつけるには、海外企業と同じようなコスト構造を実現しなければな
「アウトソーシング化が進むのはいいのですが、
そのとき、米国型に
のです。このため、パートタイマーであってもフルタイム社員と同
りません。欧米でFMのアウトソーシング化が進んでいる以上、
日本
なってしまっては社会不安を煽るだけだと思いますね」
様の保証が受けられます」
だけその流れに逆らうことはできないでしょう」
いときは、すぐに建物を改修してオフィスビルとして貸し出そうという考えなので
すね」
……米国型というのは?
……イギリスも同じですか?
……ただ、
日本ではまだ、FMサービスを専門的に行う会社も多いと
「米国はシビアな社会ですから、
ある企業がFM業務を外注すると、
「オランダほど雇用形態の多様化は進んでいないものの、基本的
はいえませんね。
Column ■オランダの大学では、
運営自体がFMの最前線
です」
おもしろいのは、
そのとき、出資者が出した条件です。
「建物の設計をするにあたって、年金基金側は『学校らしくしないでくれ』という
条件を出したそうです。つまり、
もし学生が集まらずに大学の経営が成り立たな
ちなみにオランダでは、建設省などのビルも同じような形で建てているそうです。
「このようなケースは、大学の講義の中で『公的な設備であってもコスト意識を
その部門の社員は職を失ってしまいます。しかしヨーロッパ、たとえ
にはモバイルワーカーといって、採用時に特定の勤務先を言われ
「専門家として認識されることも少ないと思います。帰国してから今
ばイギリスではFM部門の社員を委託された会社が雇用するような
ない人々が増え、
この人たちが使うホットデスキングと呼ばれるフ
の会社でオフィスサービスの事業を本格的に従事するにあたって、
しくみが法律で規定されていますから、アウトソーシング化が進んで
リーアドレスのオフィスが主流ですね。ちなみにホットデスキングと
私があえて『FM修士』という肩書きをPRしているのは、専門家であ
も失業者は生まれません。またインハウスのFM部門がそのまま独立
いうのは、着席する人がどんどん変わるために暖まってしまうとい
ることを強調したいからです。つまり『FM'erのプロフェッショナルと
これほどの違いが生じてしまっていることに、
われわれはもっと関心を持つべきで
することもできる。そのような制度を日本でも実現するために、私は
う意味でしょうかね。私も一年間はモバイルワーカーで特定の席
してクライアントのオフィスづくりとサービスにに責任を持つ』という
しょう」
イギリスの大学「University of Greenwich」の校舎
Axima FM社の本社写真。
モバイルワーカーが多い郊外型オフィス
持って運営している』例の一つとして紹介されたのですが、非常に驚きました。
一方、
日本では役所の資産運用や公共事業に関して、
コスト管理そのものが明
確にはされていない。FMのレベルの差を考える以前に、
日本とヨーロッパでは、
ロンドン中心部、
リージェントストリート。ロンドンは古い建物を使っているの が主流だ