オーストラリアのRMBS市場概観

01
レ ポ ート
オーストラリアの RMBS 市場概観
かみくら ゆたか
住宅金融支援機構 経営企画部 経営計画グループ長
神倉 豊
慶應義塾大学経済学部卒業後、住宅金融公庫に入庫。財務省大臣官房総合政策課(派遣)
、財務部市場資金室、総
合企画部業務企画課、業務企画部 MBS 企画グループ等を経て、2014 年4月より現職。現在は、国際対応にお
ける渉外も担当している。
住宅金融支援機構 財務企画部 財務戦略室
ALM・財務戦略グループ 推進役
だ て
ゆう じ
伊 達 裕治
学習院大学理学部卒業後、ペンシルバニア大学ウォートン校より経営学修士(MBA)を取得し、2008 年8月に
住宅金融支援機構入構。現在は、機構の資産・負債の総合管理(ALM)業務に従事している。住宅金融支援機構
に入構する以前は、銀行および証券会社に勤務しており、主に証券化商品の組成業務、プリンシパル・インベス
トメント業務に従事していた。
[要
旨]
1.オーストラリアの RMBS(Residential Mortgage-Backed Securities:住宅ローン担保証券)市場は、
日本と同様にこの 10 年あまりで残高 10 兆円程度に発展しており、足元では年間 2.5 兆円程度が発行
されている。
2.しかし、金融機関が RMBS を発行する主な目的は、これを担保として中央銀行から与信を受けるた
めであり、日本とは全く異なっている。その背景には、①預貸率が圧倒的に高く資金不足状態になって
いること、②国債発行額が非常に少ないことなどが挙げられる。
3.民間金融機関が自発的に RMBS を積極活用する中で、政府関係機関が関与、支援をする必要性は低
かったが、リーマン・ショック前後の世界金融危機時には、RMBS 市場安定化のため政府による
RMBS の買い入れが一時的に行われた。
4.一方、オーストラリアではカバードボンドの発行が 2011 年に認可され、継続して一定に発行されて
いる。調達コストは RMBS よりも低く、海外投資家へもアクセスしやすいが、当局より発行上限が決
められている。
1 はじめに
●
界5位となっている。同国の実質 GDP 成長率は 23 年
連続でプラスに推移しており、日本と比較した場合、相
当に堅調な経済成長が続いていると言える【図表2】
。
オーストラリアは、人口増加率が 1.7%(2013 年)と
このような社会経済状況を背景とする中、このところ
高い伸びを示している先進国である。足元(2014 年3
のオーストラリアの住宅市場は過熱とも言えるほどの活
月末)で 2,343 万人の人口が、2030 年には 3,000 万人
況を呈している。
まで増加すると見込まれている【図表1】
。
住宅価格は、都市部を中心に高騰しており、シドニー
また、同国の経済は、鉄鉱石を中心とするコモディテ
では前年比 16.2%の上昇、全国平均でも実に 10.9%の
ィ価格の下落等によってその伸びに減速感が見られるも
上昇となっている(平均価格は、戸建てが 548,000 豪ド
のの、一人当たり GDP は、64,578 米ドル(2013 年(IMF
※1
ル(約 5,480 万円)
、マンションが 467,500 豪ドル(約
より)
)とアメリカ(53,001 米ドル(同)
)を上回って世
4,675 万円)
。いずれも 2014 年8月時点(オーストラリ
※1 1豪ドル≒ 100 円で計算。以下同じ。
36
Housing Finance 2014 Winter
図表1
オーストラリア居住者数および人口増加率
居住者数(左軸)
万人
2,400
人口増加率(右軸)
前年比
2.5%
2,300
2.0%
2,200
1.5%
2,100
1.0%
2,000
0.5%
1,900
0.0%
1,800
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014 年
(資料)オーストラリア統計局より
図表2
実質 GDP 成長率(年率換算)
日本
オーストラリア
25%
20%
15%
10%
5%
0%
ー5%
ー10%
ー15%
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
−20%
年
(資料)内閣府、オーストラリア統計局より
Housing Finance 2014 Winter
37
01
レ ポ ート
図表3
オーストラリア住宅価格指数の変化
(2003 年 9 月=100)
シドニー
メルボルン
キャンベラ
8 大都市平均
200
190
180
170
160
150
140
130
120
110
100
2013 年 9 月
2013 年 3 月
2012 年 9 月
2012 年 3 月
2011 年 9 月
2011 年 3 月
2010 年 9 月
2010 年 3 月
2009 年 9 月
2009 年 3 月
2008 年 9 月
2008 年 3 月
2007 年 9 月
2007 年 3 月
2006 年 9 月
2006 年 3 月
2005 年 9 月
2005 年 3 月
2004 年 9 月
2004 年 3 月
2003 年 9 月
90
(資料)オーストラリア統計局より
ア証券化フォーラム(ASF)より)
)
。2003 年9月時点
ローンの貸出姿勢は積極的である。オーストラリアの銀
の住宅価格指数を 100 とした場合、2013 年9月時点に
行が保有する居住用不動産向け住宅ローン残高は、2004
おける住宅価格指数は、シドニーは 154、メルボルンは
年9月時点は 3,000 億豪ドル(約 30 兆円)だったが、
186、キャンベラは 151 となっており、この 10 年間でオ
2014 年9月時点では 8,400 億豪ドル(約 84 兆円)とな
ーストラリアの大都市の住宅価格は、おおよそ 1.5 倍か
っており、10 年間で 2.8 倍になった。また、投資用不動
ら 1.9 倍に上昇したことになる。また、
住宅売買件数は、
産向け住宅ローンも残高を増やしており、2004 年9月
前年比 9.9%増の年間 44 万件(2013 年(オーストラリ
時点では 1,600 億豪ドル(約 16 兆円)だったが、2014
ア証券化フォーラム(ASF)より)
)となっている。これ
年9月時点では 4,500 億豪ドル(約 45 兆円)と、こちら
らは、人口増等による旺盛な需要に対して住宅供給が過
も同期間で 2.8 倍になっている【図表5】
。
小状態にあることや投資目的の不動産所有が増えている
ことに加え、中央銀行の金融政策によって、短期金利が
低い水準に維持されていることもその要因とされている
【図表3】
。
このような状況に対し、オーストラリア健全性規制庁
(Australian
Prudential
Regulation
Authority:
APRA)は、2014 年 12 月に住宅市場の過熱抑制を企図
したマクロプルーデンス政策措置を発表した。内容は、
2009 年の4月から9月にかけて 3.0%だったオース
他の先進国(イギリス、ニュージーランド等)において
トラリアの政策金利(銀行間市場金利の無担保オーバー
講じられているような厳しい措置ではなく、物件価額に
ナイト)は、2010 年に 4.75%まで引き上げられた後、
対する借入金の比率(LTV:Loan to Value)の高い融
2011 年半ばより段階的に引き下げられ、2013 年8月以
資などに対する監視の強化が中心であったが、住宅市場
降は 2.5%となっている【図表4】
。
に対する当局の関心の高さを表していると言える。
活況を呈する住宅市場に対して、市中銀行による住宅
38
Housing Finance 2014 Winter
一方、RMBS 市場に対しては、当局による特別の措置
2014 年 9 月
2014 年 3 月
2013 年 9 月
2013 年 3 月
2012 年 9 月
2012 年 3 月
2011 年 9 月
2011 年 3 月
居住用不動産向け
2010 年 9 月
2010 年 3 月
2009 年 9 月
2009 年 3 月
2008 年 9 月
2008 年 3 月
2007 年 9 月
2007 年 3 月
2006 年 9 月
2006 年 3 月
2005 年 9 月
図表5
2005 年 3 月
2004 年 9 月
2014 年 12 月
2014 年 8 月
2014 年 4 月
2013 年 11 月
2013 年 7 月
2013 年 3 月
2012 年 10 月
2012 年 6 月
2012 年 2 月
2011 年 9 月
2011 年 5 月
2010 年 12 月
2010 年 8 月
2010 年 4 月
2009 年 11 月
2009 年 7 月
2009 年 3 月
2008 年 10 月
2008 年 6 月
2008 年 2 月
図表4
オーストラリア政策金利の推移
8%
7%
6%
5%
4%
3%
2%
1%
0%
(資料)オーストラリア準備銀行(RBA)より
オーストラリアの銀行の保有する住宅ローン残高の推移
100 億豪ドル(≒兆円)
投資用不動産向け
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
(資料)オーストラリア健全性規制庁(APRA)より
Housing Finance 2014 Winter
39
01
レ ポ ート
図表6
RMBS 新規発行額の推移
日本
兆円、100 億豪ドル(≒兆円)
6
オーストラリア
5
4
3
2
1
0
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014 年
(資料)日本証券業協会、オーストラリア証券化フォーラム(ASF)より
RMBS 残高の推移
オーストラリアの RMBS 残高
(100 億豪ドル(≒兆円)
)
日本の RMBS 残高
(兆円)
18.1
11.8
10.6
10.6
16.6
17.5
18.6
18.2
2008 年3月末
2010 年3月末
2012 年3月末
2014 年9月末
(資料)日本銀行、オーストラリア証券化フォーラム(ASF)より
は講じられていない。オーストラリアにおける RMBS
であるとされる。
市場は、日本と同様に足元 10 年あまりで拡大してきて
本稿では、2014 年 11 月下旬に筆者らが同国の主要機
いるが、2008 年のリーマン・ブラザーズ証券破綻に始ま
関を訪問して収集した情報を中心に紹介することを通じ
った世界的な金融危機による信用収縮の影響を受け、
て、オーストラリアにおける RMBS 市場を概観してみ
RMBS の新規発行額はピーク時の半分以下となってい
たい。
る【図表6】
。
また、オーストラリアにおいては、RMBS の組成や発
行 に 関 し、ア メ リ カ に お け る GSE(Government
Sponsored Enterprises:政府支援企業)や日本におけ
る弊機構のような政府関係機関の関与がないことが特徴
40
Housing Finance 2014 Winter
【訪問先】
AOFM(Australian Office of Financial Management)
→オーストラリア財務省債務管理庁
APRA(Australian Prudential Regulation Authority)
→オーストラリア健全性規制庁
図表7
四大銀行の保有する住宅ローン(投資用含む)残高およびシェアの推移
残高(左軸)
100 億豪ドル(≒兆円)
120
シェア(右軸)
100 %
95 %
100
90 %
85 %
80
80 %
75 %
60
70 %
40
65 %
60 %
20
55 %
50 %
2014 年 6 月
2013 年 12 月
2013 年 6 月
2012 年 12 月
2012 年 6 月
2011 年 12 月
2011 年 6 月
2010 年 12 月
2010 年 6 月
2009 年 12 月
2009 年 6 月
2008 年 12 月
2008 年 6 月
2007 年 12 月
2007 年 6 月
2006 年 12 月
2006 年 6 月
2005 年 12 月
2005 年 6 月
2004 年 12 月
2004 年 6 月
2003 年 12 月
2003 年 6 月
2002 年 12 月
2002 年 6 月
0
(資料)オーストラリア健全性規制庁(APRA)より
四大銀行の総資産および住宅ローン(投資用含む)残高
住宅ローン(投資用含む)残高
総資産
(100 億豪ドル(≒兆円)、括弧内はシェア)(100 億豪ドル(≒兆円)、括弧内はシェア)
ウェストパック銀行
71.7 (23%)
66.4 (22%)
32.4 (25%)
35.1 (27%)
オーストラリア・ニュージーランド銀行
58.4 (19%)
47.8 (16%)
21.8 (17%)
19.8 (15%)
その他銀行
61.1 (20%)
20.7 (16%)
305.4(100%)
129.8(100%)
オーストラリア・コモンウェルス銀行
ナショナルオーストラリア銀行
合計
(資料)2014 年 10 月時点、オーストラリア健全性規制庁(APRA)より
ASIC(Australian Securities and Investments Commission)
ASF(Australian Securitisation Forum)
→オーストラリア証券化フォーラム
→オーストラリア証券投資委員会
RBA(Reserve Bank of Australia)
→オーストラリア準備銀行
Australia New Zealand Bank
2 オーストラリアの住宅ローン
●
市場等
→オーストラリア・ニュージーランド銀行
Westpac Banking Corporation
→ウェストパック銀行
QBE Australia and New Zealand
→ QBE 社
まずは、RMBS の裏付けとなる住宅ローンについて
確認しておきたい。
オーストラリアにおける居住用不動産向け住宅ローン
および投資用不動産向け住宅ローンを合わせた住宅ロー
Housing Finance 2014 Winter
41
01
レ ポ ート
ン市場の規模は、1.3 兆豪ドル(約 130 兆円)であり、日
いる。
本の3分の2程度である。その8割程度の残高シェア
を、四大銀行と呼ばれる民間金融機関が占めている【図
オーストラリアにおける住宅ローンの特徴として、一
般 的 に 住 宅 ロ ー ン 保 険(LMI:Loan Mortgage
表7】
。
利用されているのは、8割程度が変動金利型住宅ロー
Insurance)が付されているということが挙げられる。
ンであり、足元では 5.0〜6.0%程度の金利で融資され
貸し手である銀行が借り手に LMI の付保を要求するの
ている。融資期間は 25〜30 年程度で、借り手の 80%が
は、LTV が低くても年収や資産・負債の証明書類を提
給与所得者となっており、LTV は平均で6〜7割が一
出できない場合や LTV が高い場合であり、LMI がある
般的であるとされている。
ため、幅広い層の借り手への融資が可能となっていると
なお、政府による住宅取得促進策として、初回の住宅
も言われる。一般的に、信用不安事由が発生した場合、
購入者向け助成金制度がある。また、初めて住宅を取得
LMI による填補割合は、住宅ローン借入額の 100%とな
する個人には、利息に対する課税率を低く設定した初回
っている。
住宅購入資金専用の預金口座を設けることが認められて
図表8
LMI の付保は義務ではなく、信用力の高い借り手に
四大銀行の保有する住宅ローン(投資用含む)の 90 日超延滞率および貸倒率の推移
貸倒率
延滞率
1.6 %
1.4 %
1.2 %
1.0 %
0.8 %
0.6 %
0.4 %
0.2 %
2014 年 9 月
2013 年 9 月
2012 年 9 月
2011 年 9 月
2010 年 9 月
2009 年 9 月
2008 年 9 月
2007 年 9 月
2006 年 9 月
2005 年 9 月
2004 年 9 月
0.0 %
(資料)オーストラリア健全性規制庁(APRA)より
2014 年9月
LMI 付保なし
LMI 付保あり
ウェストパック銀行
オーストラリア・ニュージーランド銀行
78.7%
79.0%
21.3%
21.0%
(資料)ウェストパック銀行、オーストラリア・ニュージーランド銀行より
42
Housing Finance 2014 Winter
対しては、LMI の付保を要求することはない。資産規
)
。RMBS
身が現地調査して再評価することもできる。
模で最大手銀行であるウェストパック銀行の保有する住
の組成という観点から言えば、担保価値が適正に評価、
宅ローンのうち、LMI が付保されているのは、全体の
維持される仕組みが組み込まれていることになる。
21%程度(2014 年9月末時点、ウエストパック銀行)と
なっている。同行が 2014 年 12 月に発行した RMBS 案
住宅ローン供給に関する政府関係機関の関与という面
件に関する格付機関 S&P 社のプリセール・レポート
では、1985 年頃、ニュー・サウス・ウェールズ州に
「Series 2014-2. WST Trust」
(2014 年 11 月 27 日発行)
FANMAC という州政府の住宅ローン貸出機関が存在
によると、当該 RMBS の担保となる住宅ローンについ
した。低所得者向けに元利金がステップアップする住宅
ては、Genworth(ジェンワース)社と自社関連会社によ
ローンを貸し出していたが、住宅ローンが不良債権化し
る LMI が全体の約 14%に付保されている。一般的に
た結果、破綻したと言われている。現在、州政府レベル
LMI 保険料は、0.5〜5.0%の水準に設定されており、保
で住宅ローンを貸し出している機関はなく、低所得者向
険料は借り手が負担する。代表的な引受保険会社は、
けの住宅支援としては、賃貸住宅を提供しているのみと
Genworth 社と QBE 社であり、両者で住宅ローン保険
のことである。
市場の大半を担っている。
ちなみに、住宅ローンがデフォルトした場合、90 日超
の延滞があった時点で委託金融機関から引受保険会社あ
3 RMBS の発行状況
●
てに報告が来る。その後、
回収まで6〜9か月かかるが、
保険金は金融機関の損失が確定するまで支払われない。
RMBS は、オーストラリア証券化市場において主要
四大銀行の住宅ローンの 90 日超の延滞率および貸倒率
なシェアを占めている。少なくともカバードボンドが発
は、2014 年9月時点でそれぞれ 0.4%程度および 0.6%
行されるようになるまでは、証券化市場の大部分を
程度となっており、住宅ローンのパフォーマンスは、総
RMBS が占めていた。年々増加した新規発行額は、
じて良いと言えよう。この結果、四大銀行は LMI の必
2006 年には 570 億豪ドル(約 5.7 兆円)にまで膨らん
要性を感じていない可能性があり、例えば、四大銀行の
だが、リーマン・ショックによる世界金融危機を機に一
一角であるオーストラリア・ニュージーランド銀行にお
気に縮小し、その後徐々に回復して、足元では 250 億豪
いても、自行で保有する住宅ローンに LMI を付保して
ドル(約 2.5 兆円)が発行されている。発行残高は、リ
いる住宅ローンの割合は、2014 年9月時点で 21%程度
ーマン・ショック前の概ね半分程度に当たる 1,000 億豪
にとどまっている【図表8】
。
ドル(約 10 兆円)となっている。なお、近年の特徴とし
20 年程前までは、オーストラリア政府が LMI を提供
していたが、
民間会社に払い下げられて今に至っている。
て、カバードボンドの発行が増加していることが挙げら
れる(後述)
。
オーストラリア政府は、
「民間でできることは民間で」と
RMBS の発行体は、大手銀行とその他の地方銀行、ノ
いうスタンスが強く、LMI を払い下げたのも同じ理由
ンバンクといった中小金融機関の2つに大別される。自
と考えられる。
行の保有する住宅ローンのうち、証券化された住宅ロー
LMI 以外の保全措置としては、第1順位の抵当権が
ンの割合を調べると、中小金融機関ほど RMBS による
設定され、担保物件からの回収で不足する場合は借り手
資金調達への依存度が高く、結果、世界的な金融危機に
に請求する形となる(フルリコース)
。
よる信用収縮の影響を最も受けた業態であると言えよ
う。2014 年9月時点における証券化された住宅ローン
もう一つの特徴は、住宅ローンの借入れ時に、住宅評
の割合は、四大銀行で 0.5%程度、その他銀行で 12.1%
価会社による担保評価書を金融機関に提出する必要があ
になっており、中小金融機関による RMBS 発行による
ることである。借入れ時のみならず、借入れ後も3年ご
資金調達の依存度は、足元においてもなお、大手銀行に
とに評価することを借り手に要求している(金融機関自
比べて高い水準となっている【図表9】
。
Housing Finance 2014 Winter
43
01
レ ポ ート
図表9
住宅ローンのうち、証券化された住宅ローンの割合の推移
四大銀行
その他銀行
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
2014 年 9 月
2014 年 3 月
2013 年 9 月
2013 年 3 月
2012 年 9 月
2012 年 3 月
2011 年 9 月
2011 年 3 月
2010 年 9 月
2010 年 3 月
2009 年 9 月
2009 年 3 月
2008 年 9 月
2008 年 3 月
2007 年 9 月
2007 年 3 月
2006 年 9 月
0%
(資料)オーストラリア健全性規制庁(APRA)より
RMBS の発行通貨は、世界金融危機までは米ドル、ユ
ーロなどの外貨建てが5割程度見られたが、それ以降は
4 RMBS の特徴
●
海外投資家の需要も減退し、借り手の期限前償還等によ
り変化するキャッシュフローを通貨スワップでヘッジす
オーストラリアで発行されている RMBS は、年限、
るコストが高くつくため、現在ではその大半が自国通貨
信用補完水準によって、3〜5のクラスにトランチング
建てで発行されている。
されていることが多い。
クーポンは、いずれのトランシェも、オーストラリア
このように一定の規模を誇っているオーストラリアの
の LIBOR(London Interbank Offered Rate)に当た
RMBS 市場だが、セカンダリー市場における取引は非
る1か月 BBSW(Bank Bill Swap Rate)をベースとす
常に少なく、1回当たりの金額も 2,000 万豪ドル(約 20
る変動金利で設定されていることがほとんどである。ス
億円)程度と少額である。国内の投資家が 15 社程度し
プレッドは、AAA 格の最上位トランシェで+70〜90bp
かいないため、RMBS をトレーディング目的では保有
程度となっている。
していないということがその大きな理由であると思われ
る。
償還方法は月次パススルー方式となっており、残高が
10%未満となった場合に発行体が買い戻すことのできる
なお、関係機関へのヒアリングによれば、オーストラ
「クリーンアップコール」オプションが付されているの
リア RMBS 市場については「今は何の問題も生じてい
が一般的である。過去には行使されなかったケースもあ
ない」状態であるとの認識である。
るが、預金金融機関の発行する RMBS については行使
されなかったことは一度もなく、オーストラリア
RMBS の投資家は、当然行使されるものと認識してい
る。発行体においては、クリーンアップコール行使また
44
Housing Finance 2014 Winter
図表 10
四大銀行の預貸率および貸付金に占める住宅ローンの割合の推移
住宅ローン残高(右軸)
預貸率(左軸)
100 億豪ドル(≒兆円)
貸付金に占める住宅ローンの割合(左軸)
80%
80
60%
60
40%
40
20%
20
0%
0
2014 年 9 月
100
2013 年 9 月
100%
2012 年 9 月
120
2011 年 9 月
120%
2010 年 9 月
140
2009 年 9 月
140%
2008 年 9 月
160
2007 年 9 月
180
160%
2006 年 9 月
180%
2005 年 9 月
200
2004 年 9 月
200%
(資料)オーストラリア健全性規制庁(APRA)より
は不行使の議論がこれまでも行われてきたと推定され
る。しかし、オーストラリアにおいて、過去、クリーン
5 RMBS の発行目的
●
アップコールが行使されなかったのは、発行体の財務状
況が悪化した場合や発行体が破綻した場合がほとんどで
弊機構が、市場からの資金調達目的に加えて、金利リ
あったため、
「コールしないこと」は財務状況の悪化を市
スクや期限前償還リスクを投資家に移転するために
場に示唆することにつながると考え、発行体は行使を続
RMBS を発行しているのに対して、オーストラリアに
けてきたものと思われる。なお、コールが行使されなか
おける RMBS の発行目的は、銀行によって温度差はあ
った場合、シニア債のスプレッドがステップアップ(+
るものの、純粋な資金調達、又は資金調達手段の多様化
25bp)するように仕組まれているのが現在では一般的
のためであると言える。
である。
この背景には、住宅ローン、RMBS 共に変動金利がメ
インであるため金利リスク等をヘッジする必要性が低い
オーストラリアには住宅ローン借入れ当初の税制優遇
こともあるが、日本と異なり、銀行の預貸率が 110%台
措置がないことなどにより、借り手の期限前返済インセ
と圧倒的に高い上に、好景気に支えられて住宅ローンの
ンティブは高く、期限前償還率(CPR:Conditional
残高が大きく伸びていることもあり、オーストラリアの
Prepayment Rate)は 20% 程 度 と 高 い。そ の 上、
金融機関は慢性的な資金不足状態にあることが挙げられ
RMBS の担保となる住宅ローンは、借入時点から2〜
る【図表 10】
。
3年程度経過したものが大半であるため、オーストラリ
RMBS は、プライマリー市場において投資家向けに
アの RMBS の足元における加重平均償還年限(WAL:
発行するだけにとどまらず、中央銀行による銀行向け貸
Weighted Average Life)は、3〜5年程度とかなり短
出の担保目的で発行されることも多い。極端なパターン
い。
にはなるが、オーストラリア・ニュージーランド銀行は、
Housing Finance 2014 Winter
45
01
レ ポ ート
図表 11
国の債務残高(対 GDP 比)
日
本
オーストラリア
2012 年
219.1%
32.4%
2013 年
226.1%
32.6%
(資料)中央情報局
2004 年以降、
投資家向けの RMBS を発行していないが、
(A Bill for an Act to Amend the Banking Act 1959)
」
中央銀行への担保目的では 486 億豪ドル(約 4.9 兆円)
が施行されたことにより初めて可能となった。これを受
発行している(2014 年9月末時点、オーストラリア・ニ
けて、同年 11 月にオーストラリア・ニュージーランド
ュージーランド銀行より)
。
銀行より第1号(12.5 億米ドル、年限:5年)が発行さ
民間銀行は、インターバンク市場取引の終了時間後に
資金の融通が必要な場合、中央銀行に RMBS を差し入
れ、それ以降、各金融機関がカバードボンドを順次発行
している。
れて融資を受けることができる(これを CLF(Comitted
カバードボンドは、RMBS よりも低利で調達できる
※2
Liquidity Facility)と呼んでいる)
。担保掛目は 80%
上、海外投資家の需要も高いため、豪ドル以外の他国通
であり、
中央銀行により利用の上限が設定されているが、
貨(米ドル、ユーロ、英ポンド等)でも発行されている。
2014 年6月末時点では 251 億豪ドル(約 2.5 兆円)程
ただし、預金者保護の観点から、カバードボンドは、
度が活用されている(オーストラリア準備銀行(RBA)
APRA により銀行の保有するオーストラリア国内資産
より)
。
の8%を発行上限として設定されているため、その使用
割合は四大銀行で4割程度(銀行の保有するオーストラ
オーストラリア国債は、AAA 格(S & P:AAA、ム
リア国内資産の3%程度)である。
ーディーズ:Aaa、フィッチ:AAA。いずれも 2014 年
したがって、カバードボンドは特にオフショア調達で
12 月末現在)を取得しており、本来であれば銀行が保有
有効な資金調達手段であり、主に国内調達に用いられる
するオーストラリア国債が担保に用いられてもおかしく
RMBS との使い分けがなされている。
ないところだが、オーストラリア国債の発行量が日本国
債に比べて極めて少なく、国の債務比率(対 GDP)比率
は 33%(日本:226%)に留まっている。このため、同じ
7 RMBS への政府関係機関の関与
●
く AAA 格を持つ RMBS が担保として用いられている
のである【図表 11】
。
冒頭にも記したとおり、オーストラリアの RMBS 市
場においては、発行や組成に関して政府関係機関による
6 カバードボンドの発行
●
関与がない。政府の方針として、
「民間でできることは
民間で」という精神が根強いこともその一因であるが、
「その必要性がなかった」というのが主な理由であると
投資家向けに RMBS を発行していない理由として、
無担保長期債やカバードボンドによる調達の方が事務負
思われる。
しかしながら、これまで全く関与がなかったわけでは
担が少なく、
割安に調達できるということも挙げられる。
ない。リーマン・ショックにより RMBS 市場がシュリ
オーストラリア国内金融機関によるカバードボンドの
ンクした 2008 年秋から数年間、AOFM により RMBS
発行は、2011 年に「1959 年銀行法の改正に関する法律
が購入された。当時、AOFM 以外の買い手がほとんど
※ 2 担保掛目は、RMBS の裏付けとなる住宅ローンの 90%以上(残価ベース)が、①オーストラリア国内の住宅ローンであり、②年収や資産・負債の証明書類が提出
されており、③ LMI が付保されている住宅ローンで構成されていれば、90%に引き上げられる。
46
Housing Finance 2014 Winter
図表 12
AOFM による RMBS 購入額および売却額の推移
RMBS 購入額
100 万豪ドル(≒億円)
2,000
RMBS 売却額(マイナス表示)
1,500
1,000
500
0
2014 年 5 月
2014 年 2 月
2013 年 11 月
2013 年 8 月
2013 年 5 月
2013 年 2 月
2012 年 11 月
2012 年 8 月
2012 年 5 月
2012 年 2 月
2011 年 11 月
2011 年 8 月
2011 年 5 月
2011 年 2 月
2010 年 11 月
2010 年 8 月
2010 年 5 月
2010 年 2 月
2009 年 11 月
2009 年 8 月
2009 年 5 月
2009 年 2 月
2008 年 11 月
(500)
(資料)オーストラリア財務省債務管理庁(AOFM)より
2013 年3月
2014 年9月
2013 年9月
2014 年3月
(100 万豪ドル(≒億円)) (100 万豪ドル(≒億円)) (100 万豪ドル(≒億円)) (100 万豪ドル(≒億円))
AOFM の RMBS
保有残高
9,916
8,682
7,114
5,508
(資料)オーストラリア財務省債務管理庁(AOFM)より
市 場 に お ら ず、発 行 さ れ た RMBS の 8 〜 9 割 を
額は、額面ベースで 155 億豪ドル(約1兆 5,500 億円)
AOFM が購入していた。
に達したが、購入した RMBS の売却と償還によって、
2010 年3月には、発行体に AAA 格の RMBS をトラ
ンチングさせて、短期債(WAL1.5 年程度)を市中銀行
2014 年9月時点の保有残高は、55 億豪ドル(約 5,500
億円)まで減少している【図表 12】
。
が、長期債(WAL 7年程度)を AOFM が買うように
AOFM は、保有している RMBS の管理業務の一環
して、マーケット参加者が増えるように仕向けた。これ
として、少額の RMBS をセカンダリー市場で売却して
により、銀行が発行できずにいた RMBS の在庫は、
いる。売却することによって、AOFM のリスクを減ら
2011 年には一掃された。
すのみならず、マーケットの透明性を維持することを企
2011 年3月には、復活した投資家需要を背景に、
図したものと推測される。RMBS のスプレッドが圧縮
AOFM が購入せずとも投資家需要が満額に達する
すると、購入しない投資家が増える。それによってマー
RMBS の発行が、金融危機以降で初めて行われた。
ケットが停滞することのないように、AOFM が自ら
2012 年8月になると、AOFM への配分は全くされなく
RMBS を売り、セカンダリー価格の公示性の維持に努
なり、それを見た財務相は、2013 年4月に RMBS 購入
めているものと思われる。
プログラムの中止を決定した。
2013 年4月までに AOFM が購入した RMBS の総
なお、上記の AOFM による RMBS の購入は、
「1997
年財政の管理と執行に関する法律のセクション 62A
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レ ポ ート
01
(Section 62A of the Financial Management and
は、中小金融機関の救済という側面がなかったとは言え
Accountability Act 1997)
」に基づき、2008 年 10 月に
ないものの、根本的には国民に対する住宅ローンの安定
財務相の発令した指図(direction)によって可能となっ
的な供給を支援するためであった。住宅ローンという個
ていたが、当該指図は 2013 年4月に停止されたため、
人が抱えうる最大の金融負債に関し、一定の審査基準は
今後 AOFM が RMBS を購入する場合は、財務相の新
適用されるものの、必要な金額を、いつでも、一定のコ
たな指図が必要になる。
ストで借りられるという利便性を維持するために政府が
一定に支援することは、手段の差はあれども、いずれの
元々、RMBS 購入プログラムは、住宅ローン市場の競
国においても必要なのではないかと思料する。
争を促進することが目的で開始された。金融危機当時、
オーストラリアでは、中央銀行に RMBS を差し入れ
中小の銀行およびモーゲージバンクは無担保長期債が発
て融資を受けることができるいわゆる RMBS のレポ取
行できず、資金調達が困難な状況だった。AOFM は、
引が大きく発達している。日本においても、弊機構
住宅ローンの平等な競争を促進することを目的に、それ
RMBS の売買ではなく貸借によってセカンダリー市場
ら中小金融機関の発行する AAA 格の RMBS を購入し
が発達する可能性を考えてみたいが、日本銀行によるい
た(AOFM は、四大銀行の発行する RMBS を一度も購
わゆる異次元の金融緩和が行われている中、資金運用に
入していない。
)
。
困る金融機関は存在しても、資金調達に困る金融機関は
過去、RMBS に関する政府関係機関がオーストラリ
極めて少ないと考えられる。結果、足元の日本において、
アに設立される可能性もあったと考えられるが、当時の
弊機構 RMBS のレポ取引が大規模で行われる可能性は
政権は、政策において「タイムリー(timely)
」で「ター
低いと言わざるを得ない。
ゲットが明確(targeted)
」で「あくまでも一時的な
その反面、日本では、RMBS の売買を行うセカンダリ
(temporary)
」ものを実行することに強いこだわりを持
ー市場がオーストラリアと比べて大きく発達している。
っていたため、実現に至らなかったものと推測される。
弊機構 MBS のセカンダリー市場における取引実績は、
万が一、AOFM による RMBS 購入が順調に進まなけ
市場環境によって刻々と変化するため、具体の数字を申
れば、カナダにおける CMHC(Canada Mortgage and
し上げることは控えるが、オーストラリアの RMBS 市
※3
Housing Corporation
)のような機関が設立されてい
たかもしれない。
場における取引実績を大きく凌駕しているものと思われ
る。このセカンダリー市場における取引実績の違いは、
ディーラーのマーケットメイク能力、投資家のリスク許
8 おわりに
●
容度、金利・経済環境の違い等の様々な理由が考えられ
るが、今回の訪問で明らかに見て取れたのは、プライマ
リー市場に参加する投資家数の違いであった。日本では
オーストラリアの RMBS 市場は、世界でも珍しいノ
50〜80 社程度(弊機構平成 25 年度業務実績書)の機関
ンエージェンシーの市場として発展してきたが、金融危
投資家がプライマリー RMBS 市場に参加しているが、
機等の市場イベント発生時にはその脆弱性を露呈した。
オーストラリアでは 15 社程度しか参加していない。こ
一般的に、RMBS 市場に恒常的に参加できる発行体、投
のプライマリー市場における投資家数の違いが、RMBS
資家は、RMBS の特殊性を反映して、国債市場とは異な
の売買を行うセカンダリー市場の厚みの違いにつながっ
り一定に限られている。このことからも、市場イベント
ているものと考えられる。当然のこととして、債券市場
が発生した場合でも RMBS 市場が安定的に発展するた
の発展のためにはセカンダリー市場の充実が不可欠であ
めには、バックストップとして政府による一定の関与が
るが、セカンダリー市場における売買はプライマリー市
必要であると言えるだろう。AOFM が介入した目的
場での発行残高が増えれば自然に増加するものではな
※ 3 CMHC は、住宅ローン保険および RMBS に対する保証を提供するカナダの政府系金融機関である。訪問先の一機関より、オーストラリアの住宅ローン制度は、カ
ナダを参考に設計されたとの情報を得ている。
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Housing Finance 2014 Winter
く、投資家層の絶対数の増加、更には投資家業態の多様
化が重要であると言えよう。
いずれにしても、今回のオーストラリア訪問を中心と
する調査を通じて、世界における様々な事例を収集し、
参考とすることが、本邦 RMBS 市場の更なる発展にお
いて重要であることを確認できた。
※本稿において、意見に関わる部分は執筆者個人のものであ
り、住宅金融支援機構の見解ではありません。
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