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第10回 北海道淡水魚保護フォーラム
プログラム&要旨集
ふるさとの魚、サクラマスを考える
~生態系保全と再生~
日時 2009年3月1日(日) 午後1時~4時30分
場所 千歳市民文化センター
主催 北海道淡水魚保護ネットワーク
後援 環境省北海道地方環境事務所,北海道,千歳市教育委員会,北海道新聞社,
HBC,エコ・ネットワーク,千歳サケのふるさと館,北海道大学淡水魚研究会,
パタゴニア日本支社,イトウ保護連絡協議会
このフォーラムは2008年度のPRO NATURA FUNDによる助成金によって実施されます.
ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
第10回
北海道淡水魚保護フォーラム
ふるさとの魚、サクラマスを考える
~生態系保全と再生~
開催趣旨
サクラマスはアジア固有の魚であり、日本ではもっとも古くから利用されて
きた「鱒」です。富山名産の鱒の寿司は、古来サクラマスを材料にされました。
しかし、その漁獲量は近年低いレベルで推移し、ダムなどの河川改修が資源減少
の大きな要因であると指摘されています。また、サクラマスはレクリエーション
の対象としても馴染み深く、幼魚を対象とした「ヤマメ釣り」が北海道の文化と
して定着しているほか、近年ではサクラマスの海釣りも盛んです。
ま す
このフォーラムでは、サクラマスという魚の生態を分かりやすく説明し、生
態系を保全することの意義についても考えた上で、そのサクラマスがどのような
状況に置かれているのか、サクラマスの再生に向けてどのような取り組みが行わ
れているのか紹介します。そして今後、サクラマスをどのように保全し、利用し
ていくべきなのか、来場者を交えて考えたいと思います。サクラマス(ヤマベ)
が、以前のようにもっと身近な、ふるさとの魚になることを願って。
北海道淡水魚保護ネットワーク *
子供が描いたヤマメ
*
北海道淡水魚保護ネットワークとは?
北海道に係わりをもつ魚類研究者やジャーナリストで組織する非営利団体です.
設立趣旨<北海道は日本の中でも自然の宝庫と言われています.自然環境を守るためには,生
態系全体を守るとともに,その基本構成要素の一部である在来種を保存することが重要です.
しかし,近年,北海道でも開発事業に伴う野生生物の生息環境の悪化,乱獲や外来種の影響な
どにより,野生生物の種の減少が進んでいます.例えば,北海道に生息する淡水魚は 71 種 1
亜種を数えますが,絶滅のおそれがあるなど保護上重要な種は 22 種,8 地域個体群,7 留意種
にも及んでいます.また,外来種ブラウントラウトが河川湖沼生態系や在来種に影響を及ぼし
ています.このような現状を踏まえ,北海道の淡水魚と自然生態系を守るため,
「北海道淡水
魚保護ネットワーク」を設立しました.運営委員会 2001 年 1 月 20 日>
ホームページ:http://hffnet.hp.infoseek.co.jp/
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北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
プログラム
開会挨拶(13:00~13:05)
後藤晃(北海道大学大学院水産科学研究院)
イントロダクション(13:05~13:25)
「サクラマスってどんな魚?」
森田健太郎(水産総合研究センター北海道区水産研究所)
……3
基調講演(13:25~13:55)
「生物多様性条約が守る『生態系サービス』とは何か」
松田裕之(横浜国立大学環境情報研究院)
……5
講演(13:55~14:15)
「北海道のサクラマス増殖と生息環境の現状」
宮腰靖之(北海道立水産孵化場)
……7
― 休 憩 ―
パネルディスカッション~人と川とサクラマス~(14:25~16:25)
「北海道におけるダム·堰の建設数とサクラマス沿岸漁獲量の関係」……9
玉手剛(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)
「サクラマスの生活史を考えて、川づくり」
渡辺恵三(北海道技術コンサルタント)
……11
「遊漁と河川利用、およびゾーニングについて」
佐藤成史(フィッシングジャーナリスト)
……13
「生態系保全のための環境教育の役割」
有賀望(札幌市豊平川さけ科学館)
……15
閉会挨拶(16:25~16:30)
帰山雅秀(北海道大学大学院水産科学研究院)
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
イントロダクション
サクラマスってどんな魚?
森田健太郎(北海道区水産研究所)
森田 健太郎(Kentaro Morita)
奈良県出身.1974 年生まれ.2002 年北海道大学水産科学研究科博士
課程修了(水産科学博士)
.学位論文のテーマは砂防ダム建設による
生息地分断化がイワナに及ぼす影響.日本学術振興会特別研究員を
経て、2003 年より水産総合研究センター北海道区水産研究所に勤務.
深山幽谷のイワナ調査からベーリング海のサケ調査まで,陸・海にま
たがる調査に従事.趣味は日本固有のサケ科魚類の水中写真を撮る
こと.著書に「サケ・マスの生態と進化」(分担執筆,文一総合出版)
「水生動物の性と行動生態」(分担執筆,恒星社厚生閣).
桜の咲く頃が旬で、秋は桜色になるサクラマスは、主に北日本で見られる魚で
す。世界的には、台湾の大甲渓を南限とし、日本海周辺地域、サハリン、および
カムチャツカ半島にも生息しています。サクラマスの分布の中心は、ちょうど北
海道です。サクラマスの学名はmasou(ます)で、日本的な印象も感じます。ほか
の太平洋にすむサケマス(Pacific salmon)は、極東アジアから北アメリカまでの
広範囲に棲むのと比べると、サクラマスはアジア固有の珍しい魚です。さらに、
日本海が孤立していた太古の時代にそこで出現したサクラマスが出発点となり、
北太平洋のサケの仲間が誕生したといわれています。
サクラマスは、海と川を行き来する回遊魚です。稚魚は冬に渓流で生まれ、そ
の後の約一年半を川で過ごします。川にすんでいる間は、ヤマメと呼ばれ、渓流
釣りの対象として馴染みのある魚です。また、川の中ではなわばりを作り、川虫
や周りの木から落ちてくる虫を餌としています。二年目の春になると、体色が銀
色に変わり、海水に適応できる体になります。これは、「銀毛」または「スモル
ト」と呼ばれます。春に海に下ったサクラマスは、沿岸域を北上し、夏はオホー
ツク海で過ごします。冬が近づくと日本近海まで南下し、三年目の春になると生
まれた川をめざして遡上するようになります。海での餌は、イカナゴなどの小魚
が中心になります。川に遡上したサクラマスは、産卵までの約半年間を川で過ご
さなければなりません。川に遡上したばかりは積極的に餌を食べることもあるよ
うですが、その後は餌をとることは少なく、絶食するものが多くなります。そし
て、紅葉が始まる頃になると、体色は鮮やかで美しい朱色となり、産卵が行われ
ます。産卵を終えたサクラマスは、3年という短い生涯を終えます。
一方、海へ下ることなく、ヤマメのままで一生を終えるものもいます。これは、
「河川残留型」と呼ばれ、オスに多く見られます。河川残留型となったヤマメは、
産卵に参加した後も死ぬことはなく、長い場合は3年連続で産卵に参加すること
もあるようです。全てのサクラマスがこれらのような一生を遂げるわけではあり
ませんが、以上が北海道の典型的なサクラマスの一生です。
3
北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
サクラマスは、漁業、遊漁、川遊び、食料、教育といった面で、人とのかかわ
り合いの深い魚です。北海道では毎年50万尾前後のサクラマスが漁獲され、鮭の
仲間ではとても美味しい魚として知られています。また、ヤマメの新仔釣りや甘
露煮は、北海道の文化として定着しているといっても過言ではないでしょう。こ
のように、サクラマスは、北日本を代表するふるさとの魚といえると思います。
しかし、そのサクラマスを取り巻く自然環境は、経済成長の影で大きな変貌を遂
げました。おそらく、このフォーラムに来て頂いた方々は、そういった河川環境
に関心があり、サクラマスや川の生態系、ひいては生物多様性を大切にしたいと
考えておられる方々が多いのではないでしょうか? このフォーラムでは、サクラ
マスと川の生態系をどのように保全し、つきあって行くべきなのか、来場者を交
えて考えたいと思います。
1年目5月:生まれて間もない稚魚
2年目5月:間もなく海へくだる銀毛
3年目9月:サクラマスの雄
サクラマスの雌(右)と河川残留型の雄(左)
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
基調講演
生物多様性条約が守る「生態系サービス」とは何か
松田裕之(横浜国立大学環境情報研究院)
松田 裕之(Hiroyuki Matsuda)
1957年福岡県生まれ.1980年京都大学理学部卒業,
1985年に同大学院生物物理学専攻博士課程卒業(理学博士),
1985年日本医科大学,1989年水産庁中央水産研究所,1993年九州
大学理学部,1996年東京大学海洋研究所,2003年横浜国立大学
大学院教授,現在に至る.主な訳書に「つきあい方の科学」(HBJ
出版局/ミネルヴァ書房),著書に「死の科学」(共著,光文社),
「共生とは何か」(現代書館),「環境生態学序説」(共立出版),
「ゼロからわかる生態学」(共立出版),「生態リスク学入門」(共
立出版),「なぜ生態系を守るのか?」(エヌティティ出版)な
ど.専門は生態学,環境リスク学,数理生物学,水産資源学.
2010年10月名古屋で、生物多様性条約第10回締約国会議(CoP10)が開かれます。
この条約は1992年の地球サミットのときに採択され、森林と湿地など生態系の多様
性、生物種の多様性、種内の遺伝的変異の多様性を守ることを目指し、持続可能
な自然資源の利用とその利益の公平な配分を目指しています。2002年には、「生物
多様性喪失の速度を2010年までに顕著に減らす」という2010年目標が合意されまし
た。つまり、2010年の会議はそれを検証する節目の年なのです。
なぜ生物多様性を守るのかという、より根源的な問いに対する答えは、実は明
確ではありません。最近、国連のミレニアム生態系評価などの国際的取り組みで
は、「生態系サービス」という言葉が多用されます。身近な言葉で言えば、「自
然の恵み」や「海の幸、山の幸」に近い言葉です。生物多様性を守ることで生態
系サービスが維持され、それを利用する人間の福利をもたらすという考え方です。
生態系サービスは食料だけではありません。生態系サービスは物質循環や一次
生産などの支持サービス、収穫して食料や燃料などに利用する供給サービス、森
林が酸素を供給したり流域の洪水を制御し、干潟の生物が内湾の水質を浄化する
などの調節サービス、それに文化サービスなどに分けられ、それぞれの人間の福
利への貢献度の評価が試算されています。食料になる供給サービスよりも、調整
サービスのほうがずっと価値が高いと見積もられています。
環境省では、CoP10にあわせて日本の生物多様性の総合評価を試みています。
2006年に改定された第3次生物多様性国家戦略では、人間の過剰利用による第一の
危機、過疎化により持続的に利用していた生態系を放棄したことによる第二の危
機、外来生物、環境汚染などの人為撹乱による第三の危機、それに気候変動によ
る危機に分けて、過去半世紀程度にわたってそれぞれの負荷と多様性自身の状態、
保全対策の時代変化を分析中です。本講演では、私個人の見解を紹介します。高
度成長期とその後のバブル景気までに、湿地の開発による生息地消失が極めて大
きな多様性喪失の要因だったと見られますが、現在ではその程度は減りつつある
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北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
かもしれません。他方、河川改修は生息地を失くすだけでなく淡水魚生息地を分
断しているため、新たな工事が減ったとしても、生息地は分断されたままであり、
その影響は将来も深刻と懸念されます。第三の危機の一つである外来生物は、淡
水生態系でも深刻な影響を与え続けています。また、種苗放流事業による遺伝的
な撹乱、セタシジミなどが放流アユに混ざって全国に分布したと見られるなどの
撹乱も深刻でしょう。このような多様性総合評価を契機に、世界の生物多様性の
現状を知り、対策の必要性と自然保護の意義を考えてみたいと思います。
世界自然遺産に登録された知床半島
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
講演
北海道のサクラマス増殖と生息環境の現状
宮腰靖之(北海道立水産孵化場)
宮腰 靖之(Yasuyuki Miyakoshi)
1968 年北海道旭川市生まれ.1991 年東京大学農学部水産学科卒業.
同年より北海道立水産孵化場に勤務,現在はさけます資源部資源解析
科長.博士(農学).サケ・マス類の増殖技術の研究,特に放流効果
の定量的な評価に力を入れてきた.最近は野生のサケ・マス資源の研
究にも取り組んでいる.著書に「水産資源の増殖と保全」
(分担執筆,
成山堂書店).
北海道に住む人が「ふるさとの魚は?」と聞かれた時、どんな魚を思い浮かべ
るのでしょうか?もちろん育った地域によると思います。旭川市で生まれ育った
私にとって、今回のフォーラムのテーマであるサクラマス(ヤマベ)は「ふるさ
との魚」というより、
「幻の魚」あるいは「憧れの魚」でした。旭川市は石狩川の
支流がいくつも流れる「川の町」ですが、川釣りが好きだった子供の頃の私が近
くの川で目にすることができたのはウグイばかり。サケ・マスの仲間ではニジマ
スがたまに釣れる程度。もちろんニジマスは放流されたものです。当時の石狩川
では 1960 年代に深川市に建設された頭首工が遡上障害となっていて、サケもマス
も旭川市までは遡上できないのだと聞かされました。ヤマベも放流してもらえた
ら釣れるのにと子供ながらに想ったものです。魚がいない原因はともあれ、手っ
取り早く魚を増やすための方法として、
「放流」は真っ先に思いつくものであるの
かもしれません。
現在北海道では、沿岸でのサクラマスの漁獲量を増やすことを目的に全道で約
1,000 万尾の稚幼魚が放流されています。増殖効果の高い放流方法やサクラマスの
生活に適した河川環境についても詳しく研究されてきました。ですが、サクラマ
スの漁獲量は回復するどころか減り続けているのが実情です。
では、放流を続けてもサクラマスが増えないのは何故なのでしょうか?放流は
効果がないのでしょうか?それを考える時、サクラマスが減った原因を考えてみ
ることが大事です。河川改修やダム建設により河川環境が悪化したことがサクラ
マス資源減少の大きな原因ではないかと言われています。原因がそうであるなら
ば、失われた河川環境の復元をすることなく、放流だけに大きな期待をかけてい
たことにはじめから無理があったのかもしれません。最近の研究により、北海道
沿岸で漁獲されるサクラマスの多くは放流魚でなく、野生魚であることがわかっ
てきました。野生魚を守っていくためにも河川環境や生態系を守ることが不可欠
ですし、それは放流した稚魚の生き残りを高めるためにも有効なはずです。
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北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
最近は河川環境の保全に対する社会的な要請が高まりを見せ、1997 年の河川法
の改正や 2002 年の自然再生法の成立により、河川環境の保全に関する法的整備も
整いました。魚の棲みやすい河川環境を復元するための様々な取り組みが行われ
るようになってきています。具体的な対応として、遡上障害となっていた多くの
河川構造物に魚道が整備されています。ただし、魚道が整備されてサクラマスが
遡上できれば十分というわけではありません。稚魚の成育や親が遡上してから産
卵するまでの間、サクラマスは川の中の様々な環境を利用します。魚道で通路を
確保する次の段階として、川の中の多様な環境を守っていくことが必要となって
きます。
河川環境の整備と言うと、河川管理者あるいは行政の仕事のように思われるか
もしれませんがそれだけとは限りません。市民団体、NPO 法人、漁業・農業関係者
など、自然との関わりが深く、環境保全の意識の高い人達が先頭に立って取り組
みをしている例も少なくありません。そのような事例を見るとむしろ、行政主導
のケースよりも進んだ取り組みをしている事例が見られます。
これからもサクラマスが北海道の多くの人にとって「ふるさとの魚」であるた
めに、どのような河川環境の保全が重要なのか、現状はどうなっているのか、ど
のような取り組みが資源回復に有効なのかということを、このフォーラムを通じ
て考えてみたいと思います。
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
話題提供
北海道におけるダム・堰の建設数とサクラマス沿岸漁獲量の関係
玉手 剛(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)
玉手 剛(Tsuyoshi Tamate)
1971 年北海道中標津町生まれ.2002 年北海道大学大
学院農学研究科博士後期課程修了,博士号(農学)
取得.幼い頃から魚と釣りが好きで,現在も魚(主
にサクラマス)を追いかける日々を過ごしている.
専門はサケ科魚類の進化生態学(生活史進化)だが,
最近は生態系サービスを活用した地域社会の形成
に関する学際領域にもチャレンジしたいと考えて
いる.主な著書に「サケ・マスの生態と進化」(分
担執筆,文一総合出版)がある。写真は道南河川に
おける調査風景の1コマ(右が玉手).
本日会場にお集まりいただいた皆さんの多くがご存知のとおり、現在の北海道
の河川には数え切れないほどのダム・堰が設置されています。これらの工作物がサ
クラマスなどの海と川を行き来する生物や河川・沿岸域の生態系に与えた悪影響
については経験則として語られる場合が多く、科学的データと検証研究は意外に
少ないのが現状です。そこで私(と共同研究者)は、50 年以上にもわたる長期間
のデータを用い、北海道におけるダム・堰の建設が道内のサクラマス沿岸漁獲量
(以下、サクラマス漁獲量)に与えた影響について検証を行いました。
先ず不明であった 1980 年以前のサクラマス漁獲量を、道庁の関係部・機関が公
表している漁獲統計データを用いて推定しました(玉手 2008)。その結果、サクラ
マス漁獲量は 1950 年代後半から 1960 年代では年平均で 2,000t を超えていたが、
1970
年代前半に急激に落ち込み(年平均で 1,000t ほど)、それ以来、漸減傾向が続いて
いると推定されました。次に主要なダム・堰(治山ダム、砂防ダム、多目的ダム
等の大型ダム、大型の頭首工)の設置数の経年推移データを公開資料や関係機関・
企業から入手し整理しました(玉手・早尻 2008)。その作業により、これらの工作
物(一括した場合)の建設ペースは 1960 年代に急激に上昇し、以降、そのペース
に大きな変動はなく、現在まで合計で 35,000 基以上設置されていることが明らか
になりました。
上記の結果から、推定されたサクラマス漁獲量急減の大きな要因として、ダム・
堰の建設数の急増が考えられました(玉手・早尻 2008)。今後、
「川の恵み」
(水域
の生態系サービス)の1つであるサクラマスの資源量および漁獲量を回復させる
ためには、本種や他の水生生物、礫などの河床材料の移動に配慮した取り組み(全
断面式魚道の付設などの河川環境復元施策)をより積極的に推進していく必要が
あると考えます。
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北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
引用文献
玉手 剛(2008)1980 年以前の北海道沿岸におけるサクラマス漁獲量の推定.
水産増殖 56: 137-138.
玉手 剛・早尻正宏(2008)北海道における河川横断工作物基数とサクラマス沿岸漁獲量
の関係
河川横断工作物とサクラマスの関係から河川生態系保全を考える
.
水利科学 301: 72-84.
参考文献~流域管理やダム建設などの公共事業のあり方,持続可能な社会の形成について
考察を深めるために
木村尚俊ほか編(1996)『北海道の歴史 60 話』三省堂.
(道内の開発史を含む北海道史を
わかりやすく概説している)
中村太士(1999)『流域一貫
森と川と人のつながりを求めて』築地書館.
保母武彦(2001)『公共事業をどう変えるか』岩波書店.
GHQ占領下における「二重行政」の始まり』
伴野昭人(2003)
『北海道開発局とは何か
寿郎社.
(道開発局などの国の出先機関の存在意義や地方分権のあり方を考えさせられ
る。昭和 32 年の発表当時,大きな反響を呼んだ中谷宇吉郎・北大教授(当時)論文「北
海道開発に消えた八百億円
われわれの税金をドブにすてた事業の全貌
」の概要
紹介もある)
森田健太郎・山本祥一郎(2004)ダム構築による河川分断化がもたらすもの~川は森と海
をつなぐ道~.
『サケ・マスの生態と進化』
(前川光司編)文一総合出版.
鳥越皓之(2004)
『環境社会学 生活者の立場から考える』東京大学出版会.
(学術図書で
あるが,環境社会学の視点や考え方をわかりやすく解説している)
樋口健二(2007)『環境破壊の衝撃
1966-2007』新風舎.
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
話題提供
サクラマスの生活史を考えて、川づくり
渡辺恵三(北海道技術コンサルタント)
渡辺 恵三(Keizo Watanabe)
昭和 49 年生まれ.石川県金沢市出身.
北海道東海大学卒業.在学中に標津サーモン科学館でアルバイト,
道東でオショロコマを採りながら卒論を書く.河川環境の保全に関
わる仕事がしたく,建設コンサルタントへ就職.現在,河川の環境
調査(例えば,改修の影響や魚道の評価)を主に河道の計画・設計
も担当.魚の生息環境に着目して,川づくりに取組んでいます.
豊平川さけ科学館ボランティア.
サクラマスは河川生活期が長く、一般に3年の生涯のうち、約2年間を川で過
ごします。このため、資源の減少は、河川環境の改変による影響が大きいと言わ
れています。
河川におけるサクラマスの生活史段階は、概ね、
「遡上(春に海から川へのぼり)
」、
「越夏(川で夏を過ごして)」、「遡上(増水時に産卵場所へ向けて移動し)」、「産
卵」。世代が代わって、
「発眼・孵化・仔魚(礫のなかで育ち)
」、
「稚魚(春に浮上
する)」、「幼魚(夏から秋に分散・定着・成長して)」、「越冬(冬を越す)」。そし
て「降海(海へと向かう)」です。
これらの生活
史段階や季節に
応じて生息場所
は変化します。
そのため、生活
史段階ごとに制
限要因がありま
す。たとえば、
「遡上」には落
差工やダムなど
の横断工作物が
遡上を阻害する
制限要因となり
ます。
昨今では、ダムや落差工などの横断工作物には魚道が整備されるようになって
きました(機能しているかはおいといて)。この整備はサクラマスの生活史からみ
ると、幼魚の河川内の移動とともに、産卵場所まで遡上を考えたものです。しか
し、魚道が整備されたとしても、その上流に産卵環境がなければ、生活史はつな
がりません。
11
北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
また、秋まで順調に成長しても、北海道のような積雪寒冷地では、越冬期の生
残率が大きく低下する場合があります。適した越冬環境がないために冬を越すこ
とができなければ、ヤマメに春はありません。
このため、河川環境の保全と整備には、たとえばサクラマスの生活史を考えて、
生活史段階によって変化するそれぞれの生息環境を保全することが重要です。ま
た、その川で現在もっとも影響を与えている制限要因に着目して整備(復元)す
ることが必要です。
こうしたサクラマスの生活史を考えて、石狩川水系真駒内川(北海道札幌土木
現業所)で、遡上阻害となっていた落差工の魚道整備とともに、岩盤河床を礫河
床へ再生することによる産卵環境の復元について取組みました。また、越冬環境
について検討しました。
近年、サクラマスが産卵する上流域では、粗粒化(大きな石ばかりになること)
や岩盤化(岩盤が露出して礫がない)がみられるようになってきました。真駒内
川でも同様です。この現象は、砂利採取、ダムなどの河川横断工作物による上流
からの土砂供給の減少、護岸による側方からの土砂供給の抑制などの複合的な要
因によって、河川の土砂収支のバランスが崩れたためと考えられています。岩盤
が露出した河道では、礫(土砂)の運搬、侵食-堆積によって形成される瀬や淵
といった河川形態はみられません。また、川に礫がなければ、底生生物やハナカ
ジカ、フクドジョウなどの生息にも大きな影響をおよぼします。当然ながら、サ
クラマスが産卵できる環境はありません。
ここでは、サクラマスの生活史を考えた川づくりのなかで、特に、サクラマス
の産卵環境の復元事例について、岩盤化した河道における礫河床への再生に向け
た取組みを中心にお話します。
←河床が低下し、岩盤が露出した
河道。この区間に礫を堆積させる
取組みをおこなった。
礫が堆積したことにより、サク
ラマスが産卵するようになった。
石狩川水系真駒内川(札幌市)
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
話題提供
遊漁と河川利用、およびゾーニングについて
佐藤成史(フィッシングジャーナリスト)
佐藤 成史(Seiji Sato)
1957年2月18日群馬県前橋市に生まれる.
生家は海産物問屋.北里大学水産学部水産増殖学科卒業,専攻
はイワナの生理学.大学卒業後,地元情報誌の編集,学習塾経
営,不動産業等を経て,1980年代後半より,フリーランスのラ
イターとして独立.現在に至る.群馬県内水面漁場管理委員.
著書に「フライフィッシング」(立風書房),「徹底フライフィ
ッシング」(立風書房),「The Flies Part 1~3」(つり人社),
「ロッキーの川,そして鱒たち」(つり人社),「瀬戸際の渓
魚たち」(つり人社),「ニンフフィッシング・タクティクス」
(つり人社),
「フライフィッシング常識と裏技」
(つり人社),
「渓魚つりしかの川」(立風書房),「Rise Fishing and Flies」 (地
球丸),など多数.
北海道の河川には、本州のように内水面の漁業協同組合のような組織によって
管理されているところは極稀のようです。
道内では河川の利用目的が異なり、河川に対する意識や価値観に相違があるこ
とは仕方ありませんが、遊漁に関する公的なルールの導入の必要性を感じます。
たとえば釣り人にはいろいろなタイプがあって、数を釣って楽しむ人、大きな
魚を釣って楽しむ人、きれいな環境で静かに一日を送りたい人等々……、釣りと
いうレジャーを通して得ようとする目的は多様化しています。
ところが現実には、異なる価値観を持つ人たちがごちゃ混ぜで同じ水域を利用
するため、ときにはひじょうに嫌な思いをしなければなりません。
このような状況を回避するため、また、釣り場の秩序を維持して資源を保護す
るために、最近ではゾーニングという手法が取られるようになってきました。つ
まり、河川をいくつかのエリアに分けて、それぞれの目的別に利用するわけです。
たとえば C&R(キャッチ&リリース)区間の設定、人数制限、完全予約制等を導
入して、釣り場の特殊化やプレミア化を図っている釣り場もありますし、地域に
大きな経済効果を生み出した例もあります。
禁漁設定や輪番制による資源管理を目的としたゾーニングと併せて、釣り場の
マネージメントの方法は多様化しつつあります。そうした例を参考にしつつ、本
州では漁協、釣り人、地域、行政といった機関が意見を交換しながら、釣り場作
りを始めているところがようやく目立ってきました。
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北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
道内においては、渓流魚資源が豊かで、これまで釣り人はその恩恵を享受する
だけでした。しかし近年では資源の減少が著しく、釣り場としての価値を失いつ
つある河川もたくさんあるようです。
そうした現実を踏まえると、道内でも河川を遊漁目的で利用しながら、資源の
継続的利用を考えていく時期にきていると思います。ふるさとの一員としての在
来魚に対する価値観は、そうした中で育まれていくと思います。
サクラマスは本州ではたいへん人気のある釣りの対象魚です。河川によっては
遊漁者の人数制限を課しながら、高額な遊漁料金を徴収してサクラマスを釣らせ
ている漁協もあります。
道内でもサクラマスを釣りの対象として解禁……というのは、遊漁に対する認
識が浸透して、河川の利用目的やシステムが固まってからの話かもしれませんが、
しっかり管理できる条件が整っているところなら、試験的な解禁を検討してみる
のもいいかもしれません。大きな経済効果を生み出す可能性はありますし、遊漁
料収入を研究費や生態調査の費用に充当することもできるでしょう。
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
話題提供
生態系保全のための環境教育の役割
有賀 望(札幌市豊平川さけ科学館)
有賀 望(Nozomi Aruga)
1973 年生まれ,東京都出身.大学では長野
県上高地で河畔林の形成過程について研究
し,「もっと自然が残っているフィールド」
を求めて北海道に来て,ケショウヤナギを
含む河畔林の形成と河川地形との関係につ
いて研究した.北海道大学大学院農学研究
科修了後,学芸員を志望し,札幌市豊平川
さけ科学館に就職した.
現在は,サケの自然産卵について調査しな
がら,札幌の水辺の生き物について環境教
育をおこなっている.
・なぜ、環境教育は必要なのか?
人口が 180 万人を超える大都市の札幌には、サケが遡上し、自然産卵するという
世界的に見ても珍しく、とても貴重な川(豊平川)があります。サケを求め、オ
ジロワシやオオセグロカモメなどの野鳥が集まり、水辺の生態系が成り立ってい
ます。この生態系のバランスは、過去に人間主体の生活を突き進めたことにより、
崩れてしまったことがあります。豊平川は、もともとサケが上る川でしたが、戦
後、人口が急増した頃、水質が悪化したことにより、サケが姿を消しました。そ
の後、下水道の整備にともない水質は改善し、サケが放流され、再びサケが上る
ようになりました。人間が、水辺の生き物と共に暮らすためには、どうすればよ
いのか、何をしてはいけないか、過去の経験をもとに我々は次の世代に伝えてい
かなければなりません。
環境教育は、子供のみならず、大人にも必要です。水辺の生き物に関わる問題
の中には、原因を引き起こす行為とその影響について十分に認識されていない現
状があります。例えば、ミシシッピーアカミミガメ(通称ミドリガメ)やアメリ
カザリガニなど、ホームセンターやペットショップで簡単に手に入る水辺の生き
物はペットとして多くの家庭で飼われていますが、手に負えなくなると、川に放
す例が非常に多く見られます。日本では「放流」に対するイメージがあまり悪く
ありませんが、この行為が実際に野生生物へどのような影響を与えているかを認
識している大人は多くありません。移入種の問題は、普通に生活している人々が
引き起こしていることが多く、ペットの購入や飼育の指導をする大人の意識を変
えることが、問題を食い止める上で不可欠なのです。
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北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
・アメリカにおける環境教育の事例紹介
アメリカでは、行政と NPO などが連携して、生態系保全のためのさまざまな環
境教育がおこなわれています。アメリカ北西部、コロンビア川支流にある国立孵
化場で開催されていたサーモンフェスティバルでは、マスノスケ(サケの仲間)
が遡上する時期にサケを取
り巻くさまざまな環境につ
いて学ぶことができ、平日は
小学校向けに、週末は家族向
けに開放されていました。事
前に、学校で食物連鎖につい
て学んできた子供たちは、生
命のつながりを感じるゲー
ムに参加していました。その
ゲームとは、まず子供たちが
カエル、キノコ、タカ、コヨ
ーテ、水、花など地域の自然
に扮したかぶり物を身にま
とい(写真1)、生きていく中 写真1 サーモンフェスティバルにおける生態系ゲーム
で必要な者同士をひもで繋
いでいき、目を閉じます。次に、この地域でよく起こる山火事により数個の命(た
とえばキノコと花とカエル)が影響を受けたと想定し、影響を受けたものがひも
を引っ張り、引きを感じた人は座ります。子供たちが目を開けると、全員が座っ
ていることに気付きます。つまり、生態系とは、直接影響を受けたものが数種類
だったとしても、全体に影響が及ぶことをゲームを通して学んでいました。
オレゴン州ポートランドには、森林散策路と川の観察窓がある環境教育施設があ
りました。ポートランドでも、日本と同じように都市に住む市民は川との距離が
遠くなり、河川環境に関心が薄くなっていることが問題となり、農務省森林局が
水辺の環境を学ぶことがで
きる施設を作りました。森
林散策路には、河畔林が持
つ機能(たとえば日光の遮
断による水温上昇の阻止機
能、倒木が河川に流入する
ことによる淵の形成が魚に
すみかを提供していること
など)について、わかりや
すく解説した看板が設置さ
れていました。中でもすば
らしかったのは、川の中を
のぞくことができる観察窓
でした(写真2)。川の中に魚
写真2
川の観察窓
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ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
や水生昆虫がいることは知っていても、網や箱メガネを持って観察しようという
人は多くありません。そこには、河川を断面から観察できる窓が作られ、だれで
も気軽に川の中の様子が観察できるようになっていました。さらに、観察窓には
瀬と淵があり、それぞれの環境に適した生き物が棲み分けていました。私が訪れ
たときは、淵に前年生まれのギンザケが泳いでいました。ギンザケは日本のヤマ
メのように、海に下る前に川で一年間過ごすため、水深のある淵が必要となるこ
とが、実際に確認できました。その日は平日であったにもかかわらず、森林浴に
来ていた親子連れや夫婦と出会いました。この施設は無料で開放されており、環
境教育は一般市民の日常の中に含まれてこそ、その効果が高くなると感じました。
・サクラマスを用いた環境教育の可能性
生まれてから海に下る前のサクラマス(ヤマメ)は、北海道のほとんどの川で
禁止期間を除いて、釣りや網でつかまえることができる身近な魚です。札幌市内
の多くの川でもヤマメは見られ、中流から上流域では海から戻ってきたサクラマ
スが自然産卵しています。この身近な魚を通して、川の水質、エサとなる水生昆
虫、生息場をつくる河畔林など、水辺の生態系の問題を考えることができます。
また、食材としても利用されているため、食育もできる切り口の多い魚です。ふ
るさとの魚から、地域の川や海を考えるよい題材になると思います。
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北海道淡水魚保護フォーラム No.10 in 千歳 (2009)
これまでに開催したフォーラム
第 1 回「北海道の淡水魚を守る―外来種が在来種および自然生態系に及ぼす影響」
2001/1/20 千歳市民文化センター/千歳市
第 2 回「川の環境と淡水魚の多様性を守る―研究者·行政サイド·釣り人·地域住民な
どの合意を求めて」
2001/11/24 大沼国際セミナーハウス/七飯町
第 3 回「ちょっと待った!その移植放流―生物多様性への功罪」
2002/7/6 川湯観光ホテル/弟子屈町
第 4 回「川の環境と魚の豊かさ―現状から復元を考える」
2003/7/13 旭川市大雪クリスタルホール/旭川市
第 5 回「川の環境と魚の豊かさ―復元に向けた連携の和」
2004/7/11 釧路市生涯学習センター/釧路市
第 6 回「なぜ川の自然と淡水魚を守らなければならないの?」
2005/7/16 かでる 2・7/札幌市
第 7 回「命の回廊(コリドー)としての川を取り戻す」
2006/9/23 函館市中央図書館/函館市
第 8 回「川の自然生態系と在来魚を守る―知床を含む北海道の現状と将来」
2007/10/8 北海道大学学術交流会館/札幌市
第 9 回「川の『豊かさ』再生へ向けて」
2008/7/26-27
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三郎川·霧多布湿原センター/浜中町
ふるさとの魚、サクラマスを考える~生態系保全と再生~
北海道淡水魚保護ネットワーク
代表
後藤
晃
北海道大学大学院水産科学研究院
事務局長
帰山雅秀
北海道大学大学院水産科学研究院
運営委員
有賀
望
札幌市豊平川さけ科学館
浦和茂彦
北太平洋溯河性魚類委員会事務局
菊池基弘
千歳サケのふるさと館
工藤秀明
北海道大学大学院水産科学研究院
鈴木俊哉
(独)水産総合研究センターさけますセンター
鷹見達也
†
坪井潤一
山梨県水産技術センター
中川大介
北海道新聞社北海道新聞厚岸支局
永田光博
北海道立水産孵化場
針生
釧路市立博物館
勤
平田剛士
フリーランス記者
福島路生
(独)国立環境研究所
森田健太郎 †
(独)水産総合研究センター北海道区水産研究所
第 10 回フォーラム・コーディネーター
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