軽度発達障害の児童・生徒にどう関わればよいのか

京都学園大学人間文化学会主催 第1回臨床心理学セミナー
軽度発達障害の児童・生徒にどう関わればよいのか
日時:2006 年 8 月 27 日(土)
場所:京都学園大学悠心館
講師:門
眞一郎 氏(京都市児童福祉センター副院長・京都市発達障害者支援センター長・
児童精神科医)
[目次]
■軽度発達障害・発達障害とは何か
■厚生労働省による発達障害者支援法
■文部科学省による特別支援教育
■LD と AD/HD について
1)学習障害 LD
2)注意欠陥/多動性障害 AD/HD
■自閉症スペクトラム ASD
1)ASD の対人関係(社会性)
2)ASD のコミュニケーション
3)ASD の想像力、こだわり
4)高機能自閉症/アスペルガー症候群に対する誤解と非難
■自己評価向上を
■適応的なスキルの学習を援助
■自閉症スペクトラムの人たちの声
■視覚的構造化
■最後に:診断の混乱
■質疑応答
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■軽度発達障害・発達障害とは何か
軽度発達障害とは、自閉症スペクトラム(ASD)、学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)
の 3 つを指すようです。知的障害はないか、あっても軽度です。ですから軽度発達障害の「軽度」は知的
障害の程度を指します。発達障害そのものが軽いというわけではありません。この用語は日本のある児童
精神科医が言い始めたのだと思いますが、その言葉が一人歩きしてしまっています。
発達障害は、知的障害(精神遅滞)
、自閉症スペクトラム ASD(広汎性発達障害 PDD)、注意欠陥/多
動性障害 AD/HD、学習障害 LD、特異的言語発達障害、特異的運動機能障害、混合性特異的発達障害、
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その他の発達障害に分けられます。発達障害者支援法では知的障害は発達障害から外されていますが、知
的障害はもともと発達障害の代表的存在です。知的障害は精神発達の遅れですが、ASD、AD/HD、LD
は精神発達の偏りです。
■厚生労働省による発達障害者支援法
知的障害に対しては「知的障害者福祉法」によって手が打たれてきましたが、それ以外の発達障害には
これまで対策がなされてきませんでした。そこで 2005 年に発達障害者支援法が制定された同法第2条に
は次のように書かれています。
・この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障
害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であって、その症状が通常低年齢において
発現するものとして政令で定めるものをいう。
・この法律において「発達障害者」とは、発達障害を有するために日常生活又は社会生活に制限を受け
る者をいい、「発達障害児」とは、発達障害者のうち 18 歳未満のものをいう。知的障害者には知的障
害者福祉法がありますから、知的障害はこの法律の対象から外れる。
■文部科学省による特別支援教育
「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議の答申」(2003)では、特別支援教育について次
のように書かれています。
・これまでの特殊教育の対象の障害だけでなく、対象でなかった LD、ADHD、高機能自閉症も含めて
障害のある児童生徒に対してその一人一人の教育的ニーズを把握し、当該児童生徒の持てる力を高め、
生活や学習上の困難を改善又は克服するために、適切な教育を通じて必要な支援を行うもの。
■LD と AD/HD について
診療の現場で出会うのが多いのは自閉症スペクトラムの子どもたちなので、今日は自閉症スペクトラム
について話します。自閉症スペクトラムについて学習することは、AD/HD、LD の子どもたちと関わる
うえでも有用です。
1)学習障害 LD
「文部省調査研究協力者会議報告」(1999)に即して述べると、LD には基本的には全般的な知的発達
障害はありません。聞く、話す、読む、書く、計算するまたは推論する能力のうち、特定のものの習得と
使用に著しい困難を示す様々な状態です。文部科学省の LD の範囲は、医学の LD の範囲より広くなって
います(言語と推論する能力を含みます)
。
私は、対象とされる学習能力が主要教科に関するものに偏っているように思います。LD に対しては,
つぎのような誤解と非難がよくされます。
・知的障害はない。→それなのに漢字を書かない(書けないのに)、文をまともに読まない(読めない
のに)。→子どもは、「わざと、横着、努力不足、反抗的」などと非難される。→親は、家庭での指導
不足と非難される。
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2)注意欠陥/多動性障害 AD/HD
注意欠陥/多動性障害という診断名は、米国精神医学会の診断基準 DSM、 によるものです。世界保健
機関 WHO の診断基準 ICD-10 では多動性障害となっています。私の所属している診療所では ICD-10 を
用いていますが、AD/HD という名称がずいぶん世の中で流布しているので、この名称と診断基準を用
いています。以下がその診断基準です。
A.
(1)不注意か(2)多動性−衝動性のどちらかが認められる。
・(1)[不注意]について9項目、(2)[多動性]について6項目、[衝動性]について3項目の質問
項目があり、
(1)
(2)のどちらか、あるいはそれぞれについて6項目以上当てはまることが必要。
[不注意]
a:学業、仕事、またはその他の活動で、よく注意することができない。または不注意な過ちをおかす
ことがよくある。
b:課題または遊びの活動で注意を持続することが困難なことがよくある。
c:直接話しかけられたときに聞いていないように見えることがよくある。
d:指示に従えず、学業、用事、または職場での義務をやり遂げることができないことがよくある(反
抗的な行動または指示を理解できないためではない)
。
e:課題や活動を順序だてることが困難なことが多い。
f:(学業や宿題のような)精神的努力の持続を要する課題に従事することをよく避けたり、嫌ったり、
またはいやいや行う。
g:(おもちゃ、学校の宿題、鉛筆、本、道具など)課題や活動に必要なものをよくなくす。
h:外からの刺激にすぐ注意をそらされることが多い。
i:毎日の活動を忘れることが多い。
[多動性]
a:手足をそわそわと動かし、または椅子の上でもじもじすることがよくある。
b:教室や、その他、座っていなければならない場面で席を離れることがよくある。
c:走り回ったり高い所へ上ったりしてはいけない場面でそうすることがよくある(青年または成人で
は落着かない感じを意識するだけかもしれない)
。
d:遊びや余暇活動が静かにできないことが多い。
e:「じっとしていない」
、またはまるで「駆り立てられるかのように」行動することがよくある。
f:しゃべりすぎることが多い。
[衝動性]
g:質問が終わる前にだし抜けに答えることがよくある。
h:順番を待てないことがよくある。
i:人の妨害や邪魔をすることがよくある(たとえば、会話やゲームに干渉する)
。
(これらの質問項目はアメリカのデータであり、日本人にも適切かどうかは調べられていません。ま
た6項目以上という基準もアメリカのデータにもとづいたものです)
。
B.症状のいくつかが7歳未満に存在し、障害を引き起こしている。
C.これらの症状による障害が2つ以上の場(たとえば、学校(または職場)と家庭)において存在する。
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D.社会的、学業的または職業的機能において、臨床的に著しい障害が存在するという明確な証拠がある。
E.その症状は広汎性発達障害、統合失調症、またはその他の精神病性障害の経過中にのみ起こるもので
はなく、他の精神疾患(たとえば、気分障害、不安障害、離性障害、または人格障害)でもうまく説
明できない。
AD/HD に対して次のような誤解と非難がよくされます。
・子どもは「反抗的、挑戦的、授業妨害、暴力的」などと非難される。→親は「しつけができていない」
と非難される。
子どもの行動が発達障害のせいであるという認識がなければ、不幸な場合は親から子どもへの虐待につ
ながります。
■自閉症スペクトラム ASD
自閉症の特徴は、対人関係(社会性)、コミュニケーション、想像力・こだわりの3つにあります。ス
ペクトラムとは連続体のことです。色の帯にたとえれば、濃い方から薄い方へ、カナー・タイプ(対人的
孤立、人に無関心、言葉を話さない、常同運動、反復的な物の扱い)→アスペルガー・タイプ(人に関心
はあるが関わりが一方的、よく話せるが会話が困難、字義通りの解釈、特定の興味に没頭)→健常、と並
びます(実際にはそれほど単純ではありませんが)
。
自閉症スペクトラムは、生まれつき脳の働き具合が偏って発達しています。発達の遅れではなく偏りで、
脳の情報処理の仕方が一般の人とは異なり、物事の感じ方や理解の仕方が違います。また得手、不得手の
差が大きいのです。得意なスキルを伸ばし、苦手なことは得意なスキルで補強することが大切で、その人
の特性を理解して対応すべきです。
自閉症スペクトラムのうちで、知的障害がない場合(およそ IQ70-75 以上)を「高機能自閉症スペクト
ラム」と呼びます。典型的な自閉症(狭義の自閉症)すなわちカナー・タイプのうちで、知的障害がない
場合を「高機能自閉症」と呼びます。「アスペルガー症候群」は,知的障害がなく,しかも言葉の表出面
の発達も遅れがない場合です。したがって,アスペルガー症候群は基本的には全員高機能自閉症スペクト
ラムの中に含まれます。
1)ASD の対人関係(社会性)
ASD の対人関係の特徴をあげます。
・視線が合いにくく、表情の変化が少ない。
・人から働きかけられたときの反応が少ない。
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・人への関心、働きかけが少ない。
・人への働きかけがパターン的で一方的。
・相手に合わせることが少なくマイペース。
ASD に含まれるアスペルガー症候群の人の特徴は次のようです。
・多くの場合、一所懸命人と交わろうとするし、人と接触することが嫌いではない。
・人に関わるときに、相手の反応や相手の心の状態にあまり注意を払わない。
・一方的、自己中心的、自分勝手、わがままなどと見られやすい。
2)ASD のコミュニケーション
ASD のコミュニケーションの特徴は次のようです。
・話しことばの発達の遅れがある。
・特有の話しことば(オウム返し、主客の逆転、同じことばを繰り返し言う)
。
・ことばをコミュニケーションの目的に使わない。
・ことばは話すが、一方的で会話になりにくい。
・ことばの理解が弱い。
・身ぶり、表情、視線などを使ったコミュニケーションでの表現や理解が不足している。
ASD に含まれるアスペルガー症候群の人の特徴は次のようです。
・聞き手の気持ちにお構いなしに、次々と話し続けたり質問し続けたりする。
・非音声言語コミュニケーション(表情など、ことば以外のシグナル)や、場の雰囲気、暗黙のルール
などを理解することが困難。
・ことばを正確に解釈しすぎたり、字義どおりに解釈しすぎたりすることがあり、誇張表現・比喩・冗
談・皮肉などを理解することが困難。
3)ASD の想像力、こだわり
ASD の想像力、こだわりの特徴をあげます。
・同じ遊びを繰り返す傾向がある。
・ごっこ遊びが少なかったり、ごっこ遊びの広がりが少なくパターンが決まっている。
・日常の決まりごと、ものごとの決まったやり方がある。
・反復的動作がある。
・特定の物に固執する。
・特定の興味に没頭する。
ASD に含まれるアスペルガー症候群の人の特徴は次のようです。
・しばしば事実やデータなどの記憶は優れているが、抽象的な思考は苦手。
・興味の対象としては、恐竜・昆虫・コンピューター・交通関係などが多い。
・趣味や収集活動に、ほとんど強迫的ともいえる打ち込み方をする人もいる。
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4)高機能自閉症/アスペルガー症候群に対する誤解と非難
知的障害はないのに「自分勝手、自己中心的、反抗的、挑戦的、授業妨害、パニックを起こす」などと
非難されます。そして、親も「しつけができていない」と非難されます。
■自己評価向上を
LD も AD/HD も ASD も、注意されたり叱られたりすることは多いのですが、ほめられることが少な
いのです。叱られることが続くと、子どもの自己評価は下がります。親は体罰や虐待に至ることがありま
す。自己評価の低い子は「どうせ僕なんて・・・」と、さらに問題行動に走りやすくなります。自己評価を
下げないだけではなく,むしろ上げることが大切です。とくに悪循環が起こっている場合は、ほめること
は簡単にはいきません。そのような場合は、ほめることのできる場面を積極的に作ることが必要です。次
の図を見てください。悪循環から良循環への転換をはかりましょう。
■適応的なスキルの学習を援助
さらに適応的なスキルの学習をさせましょう。下図のように、! 出力(行動)への対応(結果)を操作
して行動を変えます。これは行動療法的な取り組みです(例:ほめる、ごほうび)。また" 入力(情報)
を操作して行動を変えます。これは環境調整によって行ないます(視覚的な支援をする。注意持続時間を
考慮に入れる。余計な刺激(情報)を遮断する)
。
①出力への対応(結果)を操作して行動を変える
がんばりシール表などが有効ですが、目標とする行動はその子が確実にできることから選び、高望みを
せず、むずかしいことは一番最後にまわすのがいいでしょう。そして、目標は子どもと一緒に考えて決め
ることです。目標の数は多すぎず、できるだけ「∼する」と肯定形で記述しましょう。言葉だけではない,
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目に見える形の評価はあとに残り、再確認できます。
②入力(情報)を操作して行動を変える
自閉症スペクトラムの人の不得意技をあげます。
・目に見えないことの理解・想像・推測
:他者の頭や心の中の推測、言わずもがなの常識理解、暗黙の了解、阿吽の呼吸、文脈に応じた柔軟
な意味理解、抽象的なこと曖昧なことの理解などが困難。
・全体状況の把握
:木を見て森を見ず
:1を聞いて 10 を(2 ですら)知ることが困難。
・時間的見通しを立てた計画的行動や自己点検が困難。
・音声言語の意味理解が困難。
ですから、目で見えるような配慮をすればよいのです。よく喋る子をみると言葉で理解できそうに見え
ます。でもそうではありません。視覚的な支援をするとコミュニケーションをとりやすくなります。この
ことは AD/HD でも一緒です。
■自閉症スペクトラムの人たちの声
◎テンプル・グランディン「私は画像で考える。言葉は私にはまるで第2言語のようなもの。私は話し言
葉や書き言葉を、音声つきのカラー映画に翻訳する。ちょうど頭の中でビデオテープを再生するような
感じ」
[
『自閉症の才能開発』
(学習研究社)
]
◎グニラ・ガーランド「私の場合、言葉で説明を聞いても、頭の中で絵(画像)にならなければ、どこか
へ飛んで行ってしまう。あるいは、単に言葉としてだけ意識に残り、“構造の面白さ”や“語感”を味
わうだけで終わってしまう。
」
[
『ずっと「普通」になりたかった』
(花風社)
]
◎ウェンディ・ローソン「私にとっては、文字で書かれたことばの方が、口で話されたことばよりもずっ
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とわかりやすい。音声の会話を消化して、それぞれの単語にくっついている意味を理解しようと思った
ら、ページに印刷してあることばを目で追っていくよりもはるかに時間がかかる。」[『私の障害、私の
個性』
(花風社)
]
◎ケネス・ホール「ぼくは文字を読むとき、確かに一番よくものを覚える。自分の考えが見えることもあ
る。」「ぼくがふつうじゃないところは、人が話しかけてくると、しゃべっている言葉が文章になって見
えるところ。
」
[『ぼくのアスペルガー症候群』
(東京書籍)
]
◎ニキ・リンコ「音声言語をいたずらに駆使していただけで、『言葉のつんのめり』だった。意思を通じ
させる道具になっていたかどうかは怪しい。」(中略)「写真を指さした方がよっぽど用は足せる。言葉
があればエラいっていうわけじゃない。用が足せることの方が大事ではないか。」[『自閉っ子、こうい
う風にできてます!』
(花風社)
]
■視覚的構造化
『構造』とは、場面の「意味」と「見通し」のことです。いつ、どこで、何を、どのように、いつまで
etc.の答えが構造です。『構造化』とは構造を明確にすることです。『構造明確化』された環境は、誰にと
っても必要です。自閉症スペクトラムの人のための構造明確化(視覚的構造化や習慣やパターンによる構
造化)の例をスライドで示します。<優先座席のシール、道路などの行先表示、交通信号の絵や色、小児
歯科の抜糸の説明図・・・(街にある視覚的構造化等の様々な例示)
(注:門先生は、場面の意味と見通し(どう推移していくか)を絵や図でわかりやすく示した例(街の中
にある例をデジタルカメラで撮影されたもの)をたくさん提示されましたが、本ページへの掲載を省略
いたします。
)
■最後に:診断の混乱
障害を一つだけでなく併せ持つ子どもがいます。医師によって注目したり重視するところが異なり、同
じ子どもなのに異なる診断名がつくことがあります。それが現状です。それではこれでお話を終わらせて
いただきます。ご清聴ありがとうございました。
■質疑応答
Q:フロア(質問用紙への記入による)
A:門眞一郎氏
Q:常に電気のスイッチを点灯したり、コンセントに触るなどのモノへの執着を和らげるには?
また自
閉症児には自閉症スペクトラムの兄弟が多いと聞いたが?
A:子どもの個別の状態やそれにもとづいた関わり方については千差万別なので答えられませんが、ヒン
トとして申し上げると、一つは、執着している行為は、特定の場所と特定の時間帯ならやっていいと教え
ることが考えられます。この部屋のこの電化製品だけは触っていい、といったことです。また、スイッチ
の操作に興味があるのなら、それを生産的な活動に換えていくことも考えられます。電灯やテレビをつけ
たり消したりする役目をその子に与え、一日のうちでこういう時にこれをつけたり消したりするのは○○
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ちゃんだよと、見通しを与えるわけです。このように一般的に、問題行動といわれることに対しては、そ
れを全面禁止せずに場所と時を限定することや、生産的な活動に換えることなどがポイントです。それか
ら、兄弟についてのことですが、兄弟だけではなく親や家族に同じように自閉症スペクトラムの方が多い
のは事実です。自閉症スペクトラムは、一定の遺伝形式が伝わる遺伝病ではないことは確かですが、遺伝
子の組み合わせによって起こる遺伝子レベルの問題だという仮説が有力です。
Q:相手の嫌がることを言って相手の嫌だという思いが理解できにくい子には、どういう手立てを?
A:その子の年齢や理解度によっても違いますが、相手が嫌がっていることを教える方法としては「コミ
ック会話」とか「ソーシャルストーリー」があります。それはその子が理解していない対人関係面の重要
な情報を教えるもので、問題になっている場面を絵に描いて、文字が読める子であれば文字による説明も
そえて、相手が嫌がっていることや相手の気持ち、そうなっている理由を教えるのです。そして、こうい
うふうにしましよう、この子と関わるときにはこういうやりかたの方がいいですよということを教えます。
「ダメだ!」と言葉で言ってもダメで、視覚的に、そしてたとえば突き飛ばすのではなくてトントンと肩
を叩くのがいいと具体的に伝えます。
Q:自閉症の診断基準にある「ことばの遅れ」とは、どの程度の遅れのこと?
A:診断基準にあるのは「ことばの遅れ」ではなく、「コミュニケーションの発達の偏り」です。中には
ことばの遅れのある子もいます。典型的な自閉症であるカナー・タイプの子どもは、言葉が遅れることが
多いです。知能検査での知能や言語発達の検査での言語は、その検査の結果が平均より2標準偏差以上低
ければ遅れがあるということになります。
Q:軽度発達障害に自閉症スペクトラムが入っているのが理解しにくいのですが、(自閉症スペクトラム
に入る)カナー・タイプの自閉症で知的に遅れている子どもは、 知的障害にも分類できるのでしょうか?
A:カナー・タイプでも1/4は知的障害がありません。高機能自閉症と呼ばれます。3/4には知的障
害があります。したがって、そういう知的に低い子も含まれた自閉症スペクトラムを軽度発達障害に入れ
るのは矛盾が出てくるわけで、私は軽度発達障害という概念を持ち込むべきではないと思っています。
Q:療育体制が十分に整っていない状況での早期発見は、かえって保護者に不安を与えるだけではないか
との意見がありますが?
A:療育がその子の生活のすべてではありません。毎日療育に通っている子でも、療育の場にいる時間は
一日のほんの一部で、療育の場でしか支援ができないわけではありません。家庭生活でどう関わるかとい
うときには、自閉症スペクトラムの診断がついているかいないかは非常に大きいことです。診断後の適切
なアドバイスによって、どんなことに気をつけてどんなところを育てていけばいいかがわかるし、たとえ
ば視覚的支援によってコミュニケーションの発達を促すようなことができていくわけです。ですから、診
断しっぱなしは保護者に不安を与えるだけで益はありません。何のために診断するかですが、それは子ど
もを理解し、その後の適切なサポートをするためです。診断がされておらずに虐待にまで至ったケースも
あります。療育の場がないから診断もやめとくのではなく、療育がなくても診断にもとづいて日常生活で
どんなことができるかを一緒に考えていくことが大切です。
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Q:児童精神科医による診断が出るまでの間の、援助者としての保護者への関わり方は?
A:診断の場の不足で診断待ちが長期になっているのは事実です。診断以前に発達相談などを受けている
わけで、その場面で、発達相談員から自閉症スペクトラムの疑いを保護者に伝えることができます。発達
検査のプロフィールを見ると、課題ごとの出来不出来で察しがつきます。たとえば、ことばで尋ねられて
ことばで答える課題で、それも「もしもお腹が空いてたらどうする?」というような仮定法の質問だった
りしたら、視覚的な手がかりがありませんからとても苦手です。積み木を同じように積むとかの視覚的手
がかりがあったり、ことばで答えずに手で作るというような課題だったらできます。そういうような検査
での特徴がつかめたら、診断以前でも、ことばだけで伝えずに視覚的手がかりを与えて関わりましょう、
といったアドバイスができるわけです。また、日常の様子を聴いて、検査場面で見られたことから推測し
て関わり方をアドバイスすることもできます。
Q:非言語性 LD とアスペルガー障害が疑われる子ですが、知能検査で視知覚能力が低くあらわれます。
このような子でも視覚的構造化は可能でしょうか。また、対応の工夫の仕方があれば教えてください。
A:視覚的構造化は可能です。検査で言語性検査の結果よりも動作性検査の結果の出来が良くないといっ
ても、その検査結果がその子のすべてを示しているわけではありません。与えられた課題に対してはそう
だったということだけですから。視覚的構造化は経験的にも有効だといえますし、目が見えるかぎりは誰
でも、ただ言葉で説明を受けるよりも絵の資料が添えられている方が、なおわかりやすいでしょう。講演
の中で紹介した本の著者たちは,アスペルガー症候群か高機能自閉症の方々です,ほとんどの方が言語性
の検査の成績がよいと思われます。それでも,目に見えるものがあればわかることも、目に見えなければ
わからないといっています。
Q:自閉症スペクトラムと AD/HD を併せ持っている子どもが、問題を起こすたびに外へ飛び出します。
外へ出たら他の人の目もあるので叱られないと思っているようです。何度注意しても制止できないために
手が出ることが多く、苦しんでいます。
A:二つの障害が合併しているとしたら、なおさら視覚的にほめることが大切です。外へ出れば叱られな
いとけなげに思っているようです。生活の知恵ですね。ほめられる場面をこちらから積極的に作らないか
ぎり、悪循環が繰り返されるでしょう。
Q:1歳半健診で発達の遅れを指摘されましたが、小学生の今は授業に集中出来ずに抜け出したりしてい
ます。発達障害の中にも情緒面の影響でそうなる子もいると聞きましたが、どう接してあげたら?
A:何がベースにあるかわかりませんね。たとえば AD/HD があって注意が集中できる時間が短いのだ
ったら、授業にずっと集中するのは無理です。授業を受ける時間帯を細かく分ける必要があります。とは
いっても、たびたび休憩をとるということではなく、先生の手伝いをするとか、合法的に席を立てる機会
を織り込んでいくことです。そうすると非難されるどころか、お手伝いをしたことでほめられるわけです。
自閉症スペクトラムの問題が絡んでいるとすると、スケジュールを作ってあげる必要があります。一日の
スケジュールもあるし、一時間の中で何をどれだけいつまでやるのかについて視覚的に提示し、できたこ
とを視覚的にほめるような強化システムを作っていくことが必要です。
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Q:「これ」
「それ」という指示語がわからないのは、発達障害の特徴?
A:そういう指示語がわからなければ発達障害だとはいえませんが、自閉症スペクトラムの子などにはわ
からない子が多いですね。
Q:シールを用いて自己評価を向上させるなどの取り組みは、高校生にも有効でしょうか。有効でないと
すればどのような方法が?
A:キャラクターもののシールだったら、高校生や大学生には幼稚に受けとられる可能性がありますが、
それではそういうシステムが無効かというと、そんなことはありません。ポイントカードにポイントがた
まって何か貰えるのも同じシステムです。1か月働いたら給料を貰えるというのも同じことです。具体的
に何を小道具として使うかはその子の趣味に合わせて考えればいいし、基本原理は、人間はいい結果がで
た行動についてはまたやろうという意欲が湧くということです。
Q:AD/HD などの疑いのある大人への“告知”や対応の仕方は?
A:児童精神科医に大人のことを聞くのは、八百屋に魚を売れといっているようなものですが、一言では
言えません。相手によってはそれを言われたことで関係決裂ということもあるでしょう。あるいは、言っ
てもらい診断を受けて納得がいき、言ってくれた人に感謝したという話を聞いたこともあります。
Q:アスペルガー症候群の人の“いいところ”はどんなところ?
A:自閉症スペクトラムの行動特性には、プラスマイナスの両面があります。ことばを耳で聞いて理解す
るのは苦手ですが、逆に目で見て理解するのは得意で、なかにはとくにそれが優れている人もいます。一
度行った所について、親は何も覚えていないのに、こういう所でこういうことがあったとしっかり覚えて
いることがあります。それから、全体を把握するのは苦手ですが、部分に注目するのは得意です。全体状
況を把握するためには視覚的情報で補うことが必要ですが、部分に注目する力は活かしていかなければな
りません。たとえば、特定の興味のあることについては熱心に追求できることがよくありますし、大学な
どで研究者になっている人も少なくないと言われています。同僚とのつきあいはできなくても、自分の研
究に打ち込める環境では力を発揮できるということですが、最近では研究者の人間関係も楽ではないとい
う話も聞きます。いずれにしろ、得意なところを伸ばして苦手なところはうまく補うことが必要じゃない
でしょうか。
Q:亀岡市の近くで診断を受けられるところはどこ?
A:花ノ木医療福祉センターです。
Q:保護者に対して子どもの早めの診断を勧めたい場合に、どのように話したらいい?
A:すべての方に診断を快く受けて貰えるということはあり得ないでしょう。人間は様々ですから。ただ、
いま受け入れられなくても、その後いろんな人の意見を聞き、子どもの実際の状況に接するなかで、2、
3年後に診断を受けに来られる方がいます。ですから、何が何でも今診断を受けさせねばならないとむき
になる必要はないと思います。善意の押し付けはかえって悪意よりもたちが悪いこともあることを肝に銘
じておく必要があります。
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