学付論文内容の要旨

博士(水産科学)篠崎文夏
学位論文題名
キンギョ(
C
a
ra
s
s
z
,
usa
u
r
at
u
s
)
の
カルシウム代謝におけるカルシトニンの
生理作用に関する研究
学位論文内容の要旨
硬骨魚類の耳石、鱗、骨などの硬組織は、水産資源学上有用な年齢形質とし
て資源解析に重用されている。しかし、硬組織の形成、成長およぴ代謝などに
関する基礎研究は少詮く、これらの組織は経験的に年齢査定に利用されている
例が多い。
魚類ではカルシウムは硬組織(骨および鱗)の主成分として体の支持や保護
機能を担っているが、その他にも筋収縮や細胞内情報伝達など生命活動に必須
である。そのため、骨組織と血液との間では常にカルシウム交換が行われ、こ
れにより血中カルシウム濃度は約2.5mMに維持されている。これら組織間で
のカルシウム交換はカルシウム関連ホルモンの作用により調節されているが、
詳細は不明である。
魚類のカルシウム代謝関連ホルモンとしては、プロラクチン、ス夕二オカル
シン (STC)お よぴ カル シトニン(CT)が考えられている。このうちプロラク
チンは血中カルシウム濃度を上昇させ、STCは低下させる。CTについては、
魚類でも哺乳類で知られている血中カルシウム濃度低下作用が推察される。し
かし、魚類では種や条件で実験結果が異ぬり、また魚類硬組織に対する. CTの
作用を調べた研究が少ないため、魚類でCTの作用は明確にされていない。し
たがって、魚類のカルシウム代謝調節様式を明らかにし、硬組織の形成機構を
明らかにするためには、CTの生理作用を明確にする必要がある。そこで本研
究では、硬骨魚類のカルシウム代謝調節機構解明の一助として、キンギョ
(Carassius auratuぷ ) を 用 い て 、 CTの 生 理 作 用 を 調 ぺ た 。
第I章では C
Tの血漿カル シウム濃度 調節について、通常の個体とS
T
C
の影
響 を小さくす るためにカ ルシウム負 荷をした個体で、C
T投与およぴ抗C
T
抗
体を投与し内因性のC
T
を阻害する受動免疫法で調べた。その結果、通常個体
で はC
T投与量10
ng
/g
で血 漿カルシウ ム濃度は減少した。また、カルシウム
負 荷 個体 で はCT投 与量 が 1
0ng
/g体 重で低下し 、5
0n
g/
g体重で上昇 した。
抗C
T
抗 体投与(O
.l
yg
/g
体重 )ではカル シウム負荷個体で血漿カルシウム濃
度が上昇した。したがって、C
T
は血漿カルシウム濃度の変化に応じて血漿カ
ル シ ウ ム 濃 度 を 上 昇 ま た は 減少 さ せる 作 用が あ ると 示唆 さ れた 。
近年、C
T
が索餌後の消化管からのカルシウム吸収を調節することが報告さ
れているが、魚類のカルシウム代謝に重要毅器官である鰓や硬組織に関してC
T
と餌との相乗的効果を調べた研究はない。第I
I
章では環境水からのカルシウム
摂 取に及ほす C
T
の影響を‘℃a
を用いて調べた。C
T
投与は一回あたり1
0n
g
/
g
体 重として、 1
回または反復投与(一日おきに4回)した。また飢餓条件は1
回投与ではC
T
投与前1
0
日間飢餓にし、反復投与では実験期間中飢餓にした。
なお、給餌条件では一日一回給餌した。その結果、餌の有無に関わらず、また
1回または 反復投与のいずれもCT
の影響は認められなかったので、少なくと
も 本 実 験 条 件 で は CTの 鰓 に 対 す る 作 用 は な い と 考 え ら れ た 。
第I
I
I
章では、C
Tの硬組織(耳石、肋骨、咽頭骨、鱗)への作用について、
カルシウム沈着およぴ溶出に対する影響を4
5
C
a
を用いて調べた。餌の条件およ
ぴC
T投与は、カルシウム沈着実験では第I
I章の反復投与と同様に行い、カル
シウム溶出実験では4
5
C
a
プレラベル後から同様に行った。カルシウム沈着量は
CT
により飢餓条件で肋骨、咽頭骨およぴ鱗への増加したが、給餌条件では影
響が認められなかった。次に、4
5
C
a
でプレラベルした個体の硬組織からのカル
シウム溶出に対するC
T
の影響を調べたが、いずれの条件でも肋骨、咽頭骨お
よぴ鱗で影響は認められなかった。したがって、C
Tは飢餓条件で骨や鱗への
カルシウム沈着を促進すると示唆された。
第V
I
章では、第I
I
I
章の結果を骨関連細胞レベルで調べるため、第I
I
I
章と
同様の実験を行い、骨代謝が活発であることが知られている咽頭骨を用いて組
織 観察 およ ぴ骨 形態 計測 を行 った。組織観察では、給餌の有無に関わらず骨芽
細 胞に は目 立っ た変 化は 観察 されなかった。しかし、破骨細胞は給餌条件およ
ぴ 飢餓 条件 とも に対 照群 では 骨表面に接着しているものが多数観察されたのに
対 し 、 CT投 与 群で は破 骨細 胞が 付着 して いな い吸 収腔 が多 く見ら れ、 また 破
骨 細胞 が畏 縮し 骨表 面か ら遊 離している像が観察された。次にこれらの切片に
ついて骨形態計測を行い、類骨面(形成部位の相対的割合)、骨芽細胞面.1(骨
芽 細胞 の付 着し てい る部 位の 相対的割合)、骨芽細胞面-2(形成部位のうち、
特 に形 成活 性の 高い 部位 の割 合)、吸収面(吸収部位の相対的割合)、破骨細
胞 面・1(破骨細胞の付着している部位の相対的割合)、破骨細胞面-2(吸収部
位 のう ち、 特に 吸収 活性 の高 い部位の割合)を算出した。給餌条件は飢餓条件
よ り も 形 成 に 関す る項 目が 高い 傾向 が見 られ たが 、CTの影 響はい ずれ の条 件
で も認 めら れな かっ た。 吸収 に関する項目では給餌の有無に関わらず破骨細胞
面-2が減少した。さらに類骨層の厚さおよぴ骨芽細胞の高さを測定したところ、
CTは 類 骨 層 の 厚さ には 影響 して いな かっ たが 、飢 餓条 件で 骨芽細 胞の 高さ を
増 し た 。 し た がっ て、 CTは 破骨 細胞 活性 を抑 制す ると とも に、骨 芽細 胞の 活
性を上昇させると考えられた。
第 V章 で は 、 鱗 の 形 成お よ び 吸 収 に 対 す る CTの 影響 を骨 芽細胞 のマ ーカ ー
で あ る ア ル カ リ性 ホス ファ ター ゼ( ALPase)およ ぴ破 骨細 胞のマ ーカ ーで あ
る 酒 石 酸 耐 性 酸 性 ホ ス フ ァ タ ー ゼ (TR- ACPase)活 性を 指 標 と し て 調 べ た 。
ま ず毎 日給 餌を 受け た無 処理 の個体で調べたところ、」4LPase活性は主に鱗の
縁 辺部 に帯 状に 検出 され たが 、TR- ACPase活性は 検出 され なかった。次に、2
週 間飢 餓状 態に し鱗 吸収 を誘 起した個体に、飢餓を継続しながら一日置きに合
計 4回 CT投 与 を 行 っ た 後 に 酵 素 活 性 を 調 べ た 。 そ の 結 果 、 ALPase活 性 は 飢
餓 に よ り 低 下 す る 傾 向 で あ っ た が 、 CT投 与 に よ り 鱗表 面 の ALPase活 性 を 示
す 染 色 が 強 く な っ た 。 ま た 、 鱗 の 縁 辺 部 の TR- ACPase活 性 は CTに よ り 変 化
し な か っ た が 、 条 溝 部 で は CTに よ り 活 性 が 減 少 し た。 し た が っ て 、 CTは 鱗
の 骨 芽 細 胞 を 活性 化す る一 方で 、破 骨細 胞活 性を 抑制 する ことが 示さ れた 。
以 上 の 結 果 から 、キ ンギ ョに おい てCTは血 漿カ ルシ ウム 濃度調 節機 能を 有
し 、 そ の 作 用 は投 与量 によ り異 なる こと が示 され た。 また 、CTは 骨や 鱗の 骨
芽細胞活性を上昇させ、カルシウム沈着を促進するとともに、破骨細胞活性を
抑制することが明らかに叔った。さらにこれらの作用は飢餓個体で効果的に機
能することがわかった。
これらのことから、キンギョにおけるCTの機能のーっは、主に飢餓などカ
ルシウム(およぴりン)を必要とする際に、鱗や骨から過剰なカルシウム溶出
を防ぎ、これらを保護することであると考えられる。
学位論文審査の要旨
主査 教授 麦谷泰雄
副査 教授 山内晧平
副査 助教授 清水幹博
学位論文題名
キンギョ(C
a
r
a
s
s
z
,
u
sa
u
r
a
t
u
s
)
の
カルシウム代謝におけるカルシトニンの
生理作用に関する研究
カ ルシ ト ニ ン(CT)は 動 物界 に 広 く存 在 する ホル モンでり 、高等脊 椎動物で は
パラサイロ イドホル モンと拮 抗して血 中Ca濃度の 低下や、 骨組織からのCa溶出抑
制などに働 いている 。しかし 、必要と するCaの大 部分を鰓 を通じて環境水から摂
取し、さら にノヾラサイロイドホルモンが存在しなぃ魚類では、CTの機能は未だ明
らかでない 。本研究 は、魚類 における CTの生理機 能を明ら かにするために、キン
ギョを用い て血液と 硬組織の 両面から 調べたも のであり 、得られた 結果の概要は
次ぎの通り である。
1.外因性CTの 投与(10ng/g体 重)は血中Ca濃度を低下させたが、環境水からの
Ca摂取には影響がなかった。またスタニオカルシン(Ca低下ホルモン)を枯渇させ
るためにCa負 荷をかけ た個体で は、longC11
/gで血中Caは低下し、5
0ng/
gで上昇し
た。さらに 抗CT抗体投 与による 受動免疫 法では、 Ca負荷をか けた個体に抗体を投
与す る こと に よ り血 中 Ca濃 度 は上 昇 し た。 し たがって CTは血漿Ca濃 度の変化 に
応じて、血 漿Ca濃度を 上昇また は減少さ せる作用 があるこ とが示され、感受性の
異なる複数 のCTレセプ ータの存 在が示唆 された。
2. CTは 飢 餓 個体 で肋骨、 咽頭骨(骨 代謝の活 発な組織 )および 鱗の45Caの沈
着を促進し たが、給 餌個体で はCTの影響 はなかっ た。また 45Caでプレラベルした
硬組織から のCaの溶出 を調べた が、給餌 、飢餓い ずれの条 件でもCTの影響は認め
られなかっ た。
3. CT投 与 に より 、咽頭骨 で破骨細胞 が付着し ていない 吸収腔が 多数出現 し、
破骨細胞が萎縮して骨表面から遊離していた。
4.咽頭骨の骨形態計測により、CTは破骨細胞面・2(吸収部位のうち、特に吸
収活性が高い部位)を減少させ、また同時に骨芽細胞高を増し、骨形成活性を上
昇させた。
5.鱗の形成および吸収に対するにCTの影響を、骨芽細胞のマーカー酵素であ
るアルカリフォスファターゼおよび破骨細胞のマーカー酵素である酒石酸抵抗性
酸性フオスファターゼ活性を指標として調べた。その結果、CTにより飢餓個体の
鱗表面のアルカリフォスファターゼ活性が増し、反対に、特に条溝部で酒石酸抵
抗性酸性フオスファターゼ活性が顕著に減少した。
以上の結果から、CTは血中Ca濃度の調節機能を有するが、主な生理機能は硬組
織からのCa溶出を抑制し、同時に石灰化の促進に働くことが明らかになった。ま
たこれらの作用は飢餓条件で効果的に機能することが分かった。これらの成果
は、魚類のCT.の機能に関する研究を大きく前進させたものであり、審査員一同
は申請者が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあるものと判定した。