ブランド構築のためのデザイン ~企業戦略におけるデザインの領域と目的

ブランド構築のためのデザイン
~企業戦略におけるデザインの領域と目的~
枚数
:
23枚
指導教員名
:
水越康介准教授
学修番号
:
07159215
氏名
:
梶浦
光太郎
目次
p.2
はじめに
コモディティ化市場
第1章 デザインとは
(1-1) 歴史
(1-2) 定義
(1-3) 源泉
(1-4) 意義
p.5
第2章 デザインの領域
(2-1)消費者心理
(2-2)企業とデザイン
p.8
第2章のまとめ
第3章 デザインとブランド
p.16
第4章 まとめ
p.22
1
はじめに
本稿の目的は、デザインの領域、本質を捉えなおし、マーケティングにおけるデザイン
の目的というものを明確にすることだ。周知の通り、嶋口・石井・余田・栗木(2004)
はマーケティングとは、
「企業が、顧客との関係の創造と維持を、さまざまな企業活動を通
じて実現していくこと」としている。
(嶋口・石井・余田・栗木
2004
31頁)だが、
マーケティングとデザインの関係はいまひとつはっきりしていない。マーケティングとデ
ザインの本質は「消費者に重きを置く」という点で、非常に近いものとして考えることが
できる。つまりこの両者は、お互いに補完関係にあるといえるのだ。
現在はコモディティ化が進み、非常に早いスピードで様々なモノが生まれは消えていく。
どのような状況であれ、企業にとって差別化は生き残っていくために必要不可欠である。
差別化には、価格、技術、プロモーション、サービス、ブランド、デザインなどの手段が
ある。なかでも日本において重要視されてきたものは、価格と技術である。よりよいモノ
をより安く。しかし、そのような時代は終わった。市場平準化が進み、価格競争、技術競
争だけでは勝ち残れない。さらには、どの業界においてもセグメンテーションが細分化さ
れ消費者のニーズが多様化している。そこで、注目されているのがデザインだ。逆に言っ
てしまえばデザインしかない、ともいえるであろう。企業にとって最後の命綱のような存
在である。デザインの最大の特徴は、情報伝達手段である。表層的な見た目だけではなく、
より深く消費者とつながっていくことを可能にする媒体である。顧客にとって製品とは「認
知」→「取得」→「使用」→「廃棄」である。この流れをすべてにおいてデザインするこ
とがデザインである。つまりは、消費者のライフスタイルをデザインしているのだ。しか
し“デザインが重要だ”といっても、デザインもコモディティ化されないということはな
い。短期的に見れば、デザインは差別化には非常に有効である。しかし、その先を見据え
たときに、売れるためのデザインだけではない、長期的な視点でデザインを捉えることが
必要である。既存の研究では、“売るためのデザイン”、“売れるデザイン”とはどういうも
のかという議論が多くされてきた。もちろん、モノを売るということはマーケティングの
基本であり、企業にとっても死活問題に関わる。だが、デザインの本質や領域を捉えなお
した際に、“売れ続けるためのデザイン”に焦点を当てるべきである。これは、ブランド構
築に類似している。企業にとっての「らしさ」であるアイデンティティを消費者に伝える
力をデザインは持っている。なぜなら、ブランドにとって製品は欠かせない。そして、そ
の製品と消費者を深くつなげることがデザインの役割だからだ。
つまりデザインは企業のアイデンティティを体現、ブランドを醸成することが真の目的
であるということだ。
2
コモディティ化市場:現在の企業を取り巻いている状況
最初に市場背景としてのコモディティ化を確認しておく。
企業のコモディティ市場における差別化の手段として「デザイン」が大きな役割を果た
す。日経ビジネスでも「デザインで不況に克つ」という特集が組まれている(『日経ビジネ
ス』、2009年3月2日号、42頁)。この「デザイン」を使った企業戦略をどのように
すべきか研究を進める。
コモディティ化とは
企業間における技術的水準が次第に同質的となり、製品やサービスにおける本質的な部
分での差別化が困難となり、どのブランドを取り上げてみても顧客側からするとほとんど
違いを見いだすことのできない状況がコモディティ化である。そもそも、コモディティと
いうのは「日用品」や「一般商品」という意味であるが、差別化される商品においてもそ
れが困難になってきているのが現状である。恩蔵(1997)は一般に、市場が成熟し、
消費者のニーズや好みの変化が早くなり、市場の不確実性が増大してくると、企業は、そ
の不確実性を低減させるために、短期間のうちに多様な製品を素早く開発するようになる
としている(森永
2010
2頁)。その結果、どの企業も類似した商品による競争を余
儀なくされている。
このようなコモディティ化では、まず価格競争が行われる。
次に示すグラフはコモディティ化の結果、価格競争に至った事例である。
主要デジタル家電の価格推移
延岡、伊藤、森田(2006
3
7頁)を基に筆者作成
図は、日本の主要販売店で実際に販売された各製品の1998年時点での価格を100
としたときの相対的な価格推移を月ごとに表したものである。データは2005年12月
まで示している。各製品ともに8年間のデータが示してあるが、その間、それぞれ数百機
種の新製品が発売されてきた。本図表では、同等カテゴリー(たとえばデジカメではコン
パクト、テレビではチューナー付き)の販売価格を取っている。しかし、詳細仕様(パソコ
ンのメモリやクロックスピードなど)の向上は考慮してないため、実際には、市場での価格
低下感覚は、さらに大きいと思われる。
どの商品を見ても、5年以内には価格が下がっていることがわかる。特に顕著に表れて
いるのが、DVD プレーヤーである。このように、優れた商品を効率的に開発して販売量が
増えても、それが利益に結びつかないという問題がある。グラフから読み取れるように、
新商品を導入しても、すぐにコモディティ化してしまい、価格低下が急速に進んでしまう
からである。
そして、このコモディティ化のメカニズムとして、延岡たちは3つの要素にまとめて考
えている。①モジュール化、②中間財の市場化、③顧客価値の頭打ち、である。次に示す
表は、これら3つの要素のそれぞれの内容とコモディティ化への影響について簡単に整理
したものである。
コモディティ化の3要素とその影響
要因
モジュール化
中間財の市場化
コモディティ化への影響
インタフェイスの単純化
統合・組み合わせの容易化による付
標準化
加価値の低下
モジュールの市場化
モジュール(部品)の市場が形成さ
れ、調達の容易化
システム統合の市場化(すり合
商品システムの標準設計(リファレ
わせの市場化)
ンスデザイン)が購入可能になり、
統合・組み合わせの付加価値低下
顧客価値の頭打ち
顧客の機能こだわりの低さ
主要機能のみでの競争となり、それ
顧客の自己表現性の低さ
以上の付加価値創出が困難
延岡、伊藤、森田(2006
8頁)より作成
上記の表の要因を考慮すれば、市場のコモディティ化は避けられない状況にある。つま
り、現在の価格競争は必然なのだ。しかし、今日では価格においても競争に優劣をつける
ことは難しく、消費者の購買における決定的な要因にはなりえていないのである。
4
日経ビジネスでは、『機能重視の製品を作り続けてきたメーカー。従来型のモノ作り手法
では冷めた消費者を振り向かせることは難しい。今、世界中でデザインの価値が再び脚光
を浴びている。』としている。(『日経ビジネス』、2009年3月2日号、43頁)デザイ
ンによって、市場における差別化を実現しようというものだ。しかし、コモディティ化と
いうのは製品機能だけのことではなく、製品デザインに関してもまったく同様な問題を抱
えている。現代では製品デザインも早い段階で同質化してしまうのだ。
英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)でデザインを武器にいかに、イノベーシ
ョンを起こすのか、経営的な視点を入れながら教壇に立つ教授のジェレミー・マイアスン
は、「デザインでイノベーションを起こすのはかつてないほど難しくなっている」と提言し
ている(日経ビジネス
53頁)。人々の暮らしかたが急速に変化し、消費者が求めるデザイ
ンを生み出すのは一筋縄ではいかないということだ。そこで、差別化の手段として大きく
取り上げられている「デザイン」を企業戦略におけるマーケティングにどのように組み込
むことが最適かを探る。そのために、デザインの本質から捉えなおしていくことにする。
第1章
デザインとは
1-1 歴史
デザインという概念の発生は、社会思想家のジョン・ラスキンや、同じく思想家であり
芸術運動化であったウイリアム・モリスの思想がその源流と考えられている(原
2003)。
十九世紀の半ば、イギリスは産業革命によってもたらされた機械生産で活気づいていた。
粗雑な機械製品はヨーロッパのデリケートな伝統文化に抵抗なく受け入れられるものでは
なかった。ものの周辺に息づいている繊細な感受性を踏みつけにして前に進もうとする機
械生産に異議を唱えた代表者がラスキンとモリスである。生活環境を激変させる産業のメ
カニズムの中に潜む鈍感さや不成熟に対する美的な感受性の反発、これがまさに「デザイ
ン」という思想、あるいは考え方の発端となったのである。ところが、大量生産へ向かっ
て加速し続ける機械生産は後戻りができない。いくばくかの美意識と知性がそれに反論を
唱えても、産業革命によって前に進みはじめた生産と消費の爆発は決して押しとどめられ
るものではなかった。ジョン・ラスキンの著作や講演、そしてウイリアム・モリスの芸術・
デザイン運動は、機械生産による弊害を厳しく批判し、職人の技術を擁護し復興させよう
という反近代への傾斜の強い主張でもあったために結果として時流に受け入れられず、社
会の変革を押しとどめる力にはなり得なかった。しかしながら、その根底にあるセンス、
つまりものづくりと生活との関係の中に喜びを生み出す源泉が存在するという着眼あるい
は感性は、デザインという思想の源流として、後のデザイン運動家たちに支持され、やが
ては社会に深い影響を与えていくことになる。
デザインは、時代を流れるにつれて変化してきた。社会の変化に伴い、人々がデザイン
に対して求めるもの、さらには「良いデザイン」というのもその時々の社会背景によって
異なってくる。
5
現在では世界各国で企業だけでなく、政府も関与したデザイン活動がさかんになってい
る。
『世界各国で、国を挙げてデザインを普及させる動きが見られる。1992 年、日本の名古屋に設立され
た国際デザインセンターは日本政府と103の日本企業が出資したもので、国際的なコンペを主催し
ている。イギリスやデンマークには展覧会や出版物事業、財務調査などを活動的に行うデザインセン
ターがある。また韓国や台湾にも国家レベルでのデザイン政策がある。
』
(モゾタ
2010
69頁)
モゾタによれば、20年前から日本でも国としてデザインに働きかけていることがわか
る。日本だけでなく世界がデザインというものに目を向け、企業だけではない国家レベル
での取り組みがされている。
さらに、モゾタ(2010)は、デザインがますます一国の経済発展に関わるようになるに
つれ、マクロ経済の問題を無視することはできなくなっているとしている。つまり、デザ
インは国際競争の指標となるもの、技術、R&D、貿易の商業的バランスなどに間接的に影
響を与えているということだと述べている。
1-2 定義
デザインには多くの定義がある。それは、デザインの領域が非常に広いことに起因する。
田中は著書である『デザイン論』で次のようにデザインを次のように定義している。
『デザインは、ある主義・主張にもとづく芸術性をもつが、明日の生活の質的向上を目指すという社
会的使命をもつのであるから、その主義・主張は決して唯我独尊であってはならない。この点でいわ
ゆる純粋芸術とは異なる。ここの生活者あるいは社会全体を未来へ誘う、新たな価値観を常に提示し
ていかなければならない。』(田中
2005
113頁)
デザインと消費者、生活の距離は非常に近い。身の回りのモノはすべてデザインされて
いる。つまり、デザインをより消費者の視点で考えることが必要であるといえるのだ。デ
ザインは消費者のためにあり、より豊かな生活、社会を形成していくために欠かせないツ
ールの一つである。
1-3 源泉
デザインの源泉とは何かという議論は非常に困難である。従来の「デザイン論」とは工
学に近い文脈で捉えられてきた。
デザインと工学の思考法を比較してみる。
デザイン→直観的、感覚的、主観的、芸術的
工学→分析的、演繹的、客観的、技術的
(田中
2005
6
1頁~2頁)を基に筆者作成
デザインと工学の相反する思考をつなぎあわせてきたのが「デザイン論」である。
田中央は著書である『デザイン論』でこう語っている。
『モノ作りのうえで、デザインと工学とは極めて密接な関係にある。機能や性能がいくらよくても人
間にとって使いやすく快適なものでなければよいものとはいえない。逆に、魅力的な形態をしていて
も必要な働きを備えていなければ役に立たない。人間や環境にとって望ましい姿の模索はデザインと
工学がそれぞれ単独で行うのではなく、融和することではじめて可能になる。』(田中
2005
3
頁)
デザインとは科学でもあり、芸術でもある。デザインとは、論理的性質を持つ科学的ア
プローチと、直観的で芸術的な創造的努力を結びつけ、芸術と科学の間に橋を架ける。デ
ザインは単なる“見た目”を表現するものではないということだ。
1-4 意義
以下に列挙するものは、デザインの意義について(田中
2005
14頁~19頁)を基
に筆者が作成したものである。
(a) 実用性
人が生活に使用する道具はそれぞれ実用上の目的をもち、逆に、目的から実用性
または効用性が合理的に設定される。
(b) 審美性
いくら用途にかなった機能を有する道具であっても、最終的に美しいものでなけ
れば魅力は半減する。
(c) 独創性
デザインは、常に新しさ、言い換えれば独創性を表現してゆくところに意義があ
る。
(d) 操作性
取り扱うのはあくまでも人間である以上、年限の立場にたった操作性を配慮しな
ければならない。
(e) 安全性
道具は人間のためのものである以上、絶対に人間を脅かすものであってはならな
い。
(f) 経済性
商品力というのは、総合的な価値(機能)と価格の関係の上に成立する。つまり、
機能によって格付けされ、逆に価格によって機能が位置づけられるわけである。
デザインには、それぞれのランクのなかで最大の効果を求め、ランクそのものを
新たに企画し、設定する役割がある。
7
(g) 秩序性
多様な思考を持つ個人の集まり、本来なら混沌としたカオスともいえる状況であ
る。デザインは、人と人との関係、新たな秩序を生み出し、社会を育む礎となる。
実用性・審美性・独創性・操作性・安全性・経済性はモノ自体の価値を高める。先述し
たように、芸術と工学の両面に通ずる要素であり、消費者に直接影響を与える。秩序性に
ついては、社会への影響力を考慮した見解である。もちろん製品だけではなく、公共物な
どの消費者の購買には関係ないモノもすべてデザインの対象だ。つまり、デザインとは人
間と人工物の関係をよりよくしていくことこそが意義であり、生活文化に密着したもので
もある。
上記のことを踏まえると、デザインは企業に対しても大きく貢献ができることは明白だ。
マーケティングとは企業と顧客の関係構築を目的とした活動である為、消費者の生活に密
着しているデザインをマーケティングの手段として使うことは有効である。次章で、マー
ケティングにおけるデザインの領域を明らかにしていく。
第2章
デザインの領域
先述したように、デザインとマーケティングというのは切っても切り離せない関係にあ
るといえる。デザインはマーケティングと同様に顧客に重きを置くものだからだ。モゾタ
(2010)では、デザインとマーケティングは、バラバラな関係というよりも相互補完
的な関係にあるとしている。つまり、時代が変わっていくなかでマーケティングも変化し、
デザインも変化していくということだ。そのような変化の大きい環境において、デザイン
をマーケティングからの知見から分析する。具体的に、デザインが消費者に与える影響と
企業に与える影響は何かということだ。
2-1 消費者心理:デザインと消費者
近年、人々のデザインに対する関心は高まっている。現代の市場がコモディティ化する
につれて、製品の機能だけで差別化することが難しく、他社製品との違いをデザインの中
に見出している。雑誌業界でも、デザインがひとつのブームになっているという。書店に
行くと、「ペン」や「ブルータス」などは、しょっちゅうデザイン特集を組んでいる。その
他の雑誌でも、新たにデザインを切り口にした雑誌が登場したりもしている。編集者と話
していると、デザイン特集を組んだ号は売れ行きがいいという(川島
2005
30頁
~31頁)。つまり、デザインという領域に消費者が関心を向け出しているといえるのだ。
デザインと消費者の関係を心理学から捉えたものを(モゾタ
9頁) を参考に述べる。
8
2010
133頁~13
認知としてのデザイン:知覚と認知心理学
知覚とは瞬間的に捉えられ、整理され、それらが再編成されるものである。これは、視
覚認知の基本原則である。例として、文書やパソコン画面を目にするとき、その目は瞬時
に光度を序列化し、最も暗いところを最も重要な場所のある場所であると認識する。次に、
ひとつひとつのグループを近いものから順にグループ化する。最終的には、サイズや形が
似通ったもの同士が再グループ化される。
さらにデザインは、視覚的イメージによって心理的なイメージ(心像)を描く過程を活
性化させる。人が何かものを見るとき、自由な連想と投影の結果である心象風景が構築さ
れる。そのため、形は、記憶、無意識の考え、あるいは信念を呼び起こさせたりできるの
だ。
感情としてのデザイン:知覚と感情心理学
プロダクトデザインは経験に結びつくとされる。つまり、プロダクトデザインがめざす
ところは、消費者がその製品に出会ったときにネガティブではなく、ポジティブな反応を
引き出させるところにある。
デザインを認知と感情の心理学から捉えると、消費者というのは一方で性能、費用など
目に見える属性に注目するが、他方では自己表現、主観的な価値、目に見えない属性にも
興味を持つ。人は購買を決定する際にデザインを手掛かりに想像を働かせる。製品とは、
今までの経験、使っている自分などの心理を刺激し、消費者にとって意味をもつ何かのた
めに購入されなければならないのである。これは、ブランドのもつ機能と非常に近いとい
える。このことについては、次章で取り上げる。
消費者に与える製品デザインの影響力
デザインには審美性といった表面的な見た目だけでなく、消費者の想像や経験を刺激す
ることは先述してきたとおりだ。そこで、実際に成功した企業の例を挙げる。
<ダイソン>
『世界初のサイクロン掃除機で有名になったダイソンだ。当時の主流であった紙パック式の掃除機で
は考えられないデザインを採用した。紙パックを使わないために吸引力が衰えないという斬新な技術
に加え、吸い取ったほこりが外部から見える構造にした。
「汚いものは誰も見たくないはず」という常
識への挑戦であった。しかも、価格は一般の掃除機の2倍であり、ダイソン以外誰もが失敗すると思
っていたという。だが、発売2年後には英国で売上トップに躍り出る。埋もれた消費者の購買意欲を
掘り起こし、ダイソンは「不況下でも、すぐれた技術とデザインがあれば、値段が高くても売れる。」
と語っている。(『日経ビジネス、2009年、3月2日、52頁』)』
ダイソンの例のように、表層だけでない消費者の心理をうまく読み取ったデザインは実
9
際に売れる。さらに、この例では価格よりもデザインを重視して消費者は購買したという
ことだ。市場のコモディティ化が進んだ結果、価格競争になるが、消費者は価格だけで購
買行動を決定しているとはいえない。良いと思える機能やデザインには付加価値としての
対価を消費者は支払うのだ。デザインには価格以上に消費者の購買行動を引き起こすこと
がある。次に、価格とデザインの関係を述べる。
デザインの付加価値
実際にどのような製品に消費者がデザインの付加価値としての対価を支払うのか調査す
る。どのような製品であれば価格より個人が気に入ったデザインを、購買行動の決定要因
にするのかということだ。
日比(2006
7頁)より、2005年、11月号の日経デザインが行った調査を参
考にする。日経デザインでは、デザインの影響力を測るために以下のようなアンケートを
実施した。
携帯電話から豆腐のパッケージに至るまでの18種類の製品において、それぞれ300
人の消費者に
「デザインが優れていれば、もう少しお金を出して購入してもよいと思うかどうか?」
「既存の一般製品の価格を基準値として、優れたデザインに対していくらまでなら出せ
るか?」
というものだ。基準値を超える価格の上昇分がデザインの価値に支払われる対価となる。
その結果、携帯電話や掃除機などは優れたデザインに対して70%以上の消費者が高く
ても購入すると答え、20%以上の付加価値を支払うと答えている。それに対して、缶詰
や豆腐のパッケージに関しては高くても購入すると答えた消費者は30%程度であり、支
払う価値も6~7%にとどまった。
消費者は製品項目に差異はあるものの、総じてデザインに価値があれば対価を支払って
もよいとしている。これには、耐久財であるのか非耐久財であるのかが関係していると考
えられる。しかし、そのモノに対する重要性は個人の心理面に大きく左右されるため、カ
テゴライズするのは困難である。
さらに(川島
2005)では人の年齢や世代とデザインへの関心の調査をしている。
著者の所属する伊藤忠ファッションシステムで行っている調査方法の一つである「おし
かけデプス調査」というものだ。さまざまな年代や世代の人を対象に、家中の写真を撮っ
て調査する。15年続け、経年変化を見てきた結果、明らかに消費者が家の中のインテリ
アに関心を持ちだしているという。そのなかで、世代に着目して論じられている。
次の表は川島(2005)を参考に筆者がまとめたものだ。
10
世代別によるデザインの嗜好
世代
育ち
特徴
デザイン(家電)
団塊
純和風の家
米国のモダンな暮らしに憧れる
主張しすぎない
DC 洗礼
ビジュアル雑誌
雑誌がお手本
輸入家電など一部の
ハナコ
に親しむ
雑誌を真似たようなインテリア
人がデザインにこだ
が登場
わる
ばなな
団塊ジュニア
モノや情報に囲
従来の常識を破る
こだわりがある
プリクラ
まれている
取捨選択=編集能力がある
ひとそれぞれ
注:団塊世代(1946~1951年生まれ) DC 洗礼世代(1952~1958年生まれ)
ハナコ世代(1959~1964年生まれ) ばなな世代(1965~1970年生まれ)
団塊ジュニア世代(1972~1976年生まれ)
プリクラ世代(1977~1983年生まれ)
(川島
2005
30頁~33頁)
このように、その世代の生まれ育った文化や社会を含めた環境によってデザインに対し
ての嗜好に差異があることがわかる。ここからもデザインと社会や消費者との密接さが感
じ取れる。しかし、消費者にとってデザインの影響力はあるが、それは万人に等しくとい
うものではもちろんない。デザインは認知から感情に至るまで消費者の心理を動かしてい
くが、本当に「良いデザイン」というのは人それぞれということである。それによって、個
人の考えるデザインと価格の関係も変わってくる。ダイソンの成功例は稀であり、個人に
よって異なるデザインに対する欲求を満たしていくことは、企業にとって大きな課題であ
る。
小売店におけるデザイン:消費者が製品と触れ合う場
アソートメントの優位性というものもデザインのなかに見られる。アソートメントに着
目することで、個別の製品・サービスを開発するだけでは解決できない問題のへの対応が
可能になる。消費者が商品と一番近い位置で接触する場を提供しているのが小売店である。
よって、製品・サービスのアイテムだけでなくラインの数を拡大していけば、自社の製品・
サービスによる販売コーナーや店舗を展開できるようになる。例として、無印の文具や家
具は、個々よりも組み合わせたときに魅力的であるということや、ipod のカラーバリエー
ションが店頭でも目を引くというようなことである。
1973年の文献で、フィリップ・コトラーは「雰囲気」という言葉を用いて、顧客の
購買可能性を増やすような感情をつくり出す小売環境を準備する意図的な行為を説明した
という(モゾタ
2010
133頁)。小売環境デザインは、周囲の条件、売り場のレイア
ウト、サインやシンボルなどを含み、従業員と顧客の両方に認知的、感情的、生理機能的
11
内的反応を引き起こし、そしてそれゆえの行動が起こされる。つまり、製品のデザインと
売り場環境のデザインは相互に作用し、消費者の購買行動に影響を与えているということ
だ。
さらに、川下の消費者に届けるために、川中である流通にもデザインが影響を与えてい
ると(中村博
2001)で言及されている。具体的に、流通業に新製品を採用してもら
うためのポイントとして、
「新製品の品質の良さや独自性」
デザインの影響
「パッケージの目立ちやすさ」
「競合店への配荷を考慮した提案やプレゼンテーションのうまさ」
「セールス・プロモーションのサポート等」
が重要であると指摘している。
このように、デザインというものは、さまざまなマーケティングツールと関わり合いな
がら消費者の購買行動を決定する。重要なのは、デザインは見た目だけの表層的なもので
はなく、消費者の連想や経験を呼び起こすものだと認識することだ。
2-2 企業とデザイン
消費者と製品をつなげるデザインは企業の戦略とっても欠かせない。まず初めに、企業
に対してデザインがどのような影響を与えるのかということを述べていく。
下のグラフはデザイン、イノベーション、創造性がどのようにさまざまな企業に貢献す
るかを示したものである。
デザイン、イノベーション、創造性の与える企業への影響
出所:英国におけるデザイン 2005-2006。デザインカウンシルによる。
2001年に、デザインカウンシルは、デザイン、イノベーション、創造性がどのよう
12
にしてさまざまな業種の企業に貢献したと考えられるかの国勢調査を行った。上のグラフ
は、デザイン、イノベーション、創造性が社内のそれぞれの面に影響を与えたと見なす会
社の割合である。
「この調査はイギリスの4000のデザイン会社で働いている76000人のデザイナ
ーに対して行われた(モゾタ
2010
70頁)。
これによれば、デザインが企業にとってさまざまな役割を果たしているということがわ
かる。しかし、市場の拡大→売上増大→企業の利益増→雇用に影響といったような、製品
が売れたことによって派生した効果に重点が置かれた議論であるといえる。簡単に言えば、
「売れるデザイン」が企業に影響を与えているということだ。企業にとって大きな影響、
実質的に会社の生き残りのためにも必要なデザインを戦略どう捉え、どう扱っているのか
という事例を挙げていく。
デザインを取り巻く環境が変化していくなかで、企業における「デザイン」というもの
の立ち位置も変化してきた。坂本(2010)は多くの企業において、これまでデザイナ
ーに委ねてきたミッションを開発から販売までのプロセスのなかで捉えなおすことが必要
だとしている。デザイン部門を含めたデザイナーの求められる役割が変わってきているの
だ。
<Sony>
NIKKEI DESIGN(2010
10月号) INTERVIEW 佐藤一雅
『デザインに求められるものが形だけではなくなってきた。むしろどのように相互的な体験価値を創
出できるかを考えることが、デザインの役割になってきた。
ユーザーがどんな価値観を持っているか。その勘所を押さえた者が勝つという時代になり、デザイナ
ーの業務自体が変化してきている。そのために新しいデザイン手法が必要になった。
1人のデザイナーが1つの製品を担当する個人競技ではなく、集団で戦っていこうという考え方にし
た。ある、カテゴリーの製品群のプロダクトや UI、パッケージや広告、店頭のグラフィックデザイン
までをトータルにコントロールする。』
Sony といえば、「ウォークマン」や「アイボ」などといった新しい領域の製品を生み出
している。消費者にとって「Sony はデザインが良い」といったイメージが定着している企
業である。その企業の中でデザイナーの業務が大きく変化しているというのだ。製品のス
タイリングだけではなく、新素材や、新技術、製品にあったインターフェースを作るソフ
ト開発にも関与し、それらを複合的に活用するために組織横断的に動いている。さらに製
品開発に深く関与するだけでなく、マーケティング担当者とも仕事をする。本来はマーケ
ティング部門の仕事であるユーザー調査にも参加している。よりマーケットに近い感覚で
のデザインというものが求められ始めているのである。
また、
『新たな価値はデザイナーの豊かな体験価値から生まれる』としている(日経デザイ
ン
32頁)。まったく新しい発想でデザインするために、デザイナーに日常とは異なる体
13
験を与えるという試みを行っている。具体的には、デザイナーを世界各地へ派遣し、デザ
イナーの手や頭の動かし方を変えてもらうことにより、そこから得た気づきや体験した感
動を、新しいデザイン表現に落とし込むというものだ。
このように試行錯誤しながら、時代に変化に合ったデザインを生み出している。これは、
デザイナーだけでなく、他部門を巻き込んだ改革であるといえるのだ。このデザイナーや
デザイン部門と他部門とのコミュニケーションの必要性は Lorentz(1990)でも言及され
ている(森永2010
91頁)。主に、コミュニケーションの側面に注目して事例分析を行
っている。一般に、デザイナーが初期に提案するデザイン案には個性的なものが多く見ら
れるが、製品開発が進むにつれ、様々な部署から出させる要求や制約を前提として個性が
そぎ落とされていく。そのため、デザイナーが早い段階から、幅広い部署のメンバーと頻
繁に接触し、デザイナーが提案するデザイン案に対するコンセンサスを形成しておくこと
が大事だと論じている。
上記の議論は、実際の企業でも類似した部門編成や認識がなされているが、あくまで
も論理的な部分であり、それが直接的に売り上げにどのように関係しているかといったよ
うな、企業に与えている影響を数字で見ることは難しい。さらに、製品特性の違いによる
部門編成、統合主体の異なる可能性には注意を払っていないといえる。しかし、細分化さ
れた市場を製品特性によって安易にカテゴリー化することもできないのが現状である。実
際に、次に挙げる<ダイソンの例>では sony と同じく家電を扱っている企業だか、デザイン
へのアプローチが異なっている。
<ダイソン>
デザイン重視の経営といわれるダイソンに、職種としてのデザイナーは一人もいない。
実は、約800人のエンジニアの大部分がデザイナーとしての訓練を受けており、デザイ
ナーとしての役割も担っているのだ。ダイソンでは、デザインが製品開発の初期の段階か
らすべての仕事に統合されている。ダイソンにとってのデザインは“見た目の良さ”だけ
ではなく、製品の機能、感触など、すべての価値の集合である。つまり「機能美」こそが、
デザインなのだ。デザイナーにデザインを丸投げする危険性を指摘し、単に今風なデザイ
ンを製品に押しつけ、機能をないがしろにすることを致命的だとしている。(『日経ビジネ
ス』2009年3月2日号
52頁~53頁参考)
Sony の例と大きく違う点は、デザイナーの仕事をエンジニアが請け負っているというと
ころだ。両社ともに、デザインの評価が高い企業であるが、アプローチの仕方が異なって
いる。しかし、共通して言えるのはデザインと製品や消費者の距離が非常に近いというこ
とだ。
企業によっては、デザインを社内ではなく、外部に委託することも多い。コラボレーシ
14
ョンといった形で製品を発表している企業もある。(モゾタ
2010
73頁
2002
年に行われた DMI の調査)によれば、90%の企業が外部にデザインを委託しているという。
そのデザイナーがどのようにデザインを生み出しているのかをいくつか挙げる。そして、
デザイナーと企業の関係の例も示す。
原研也は「デザインのデザイン」でデザイナーのするべきことについて以下のように述
べている。
『デザイナーの仕事には、実際にデザインを実践するという側面だけでなくデザインというフィール
ドを社会の適正な場所に再配置していくという側面がある。
「デザイン」は日本の社会の中でなぜか表
層的なサービスにとどまりがちで、常に相応しい機能とポジションを主張していかないとその力を発
揮する場所が得られずうまく機能しない。また、社会におけるデザインの役割やポジションは、それ
を問わないまま放置すると、職能の反復によって一定の場所に凝り固まって動かなくなる。デザイン
は技能ではなく物事の本質をつかむ感性と洞察力である。だから、デザイナーの意識は社会に対して
いつも敏感に覚醒している必要がある。そういう意味でも、時代の変化に応じてデザインのフィール
ドを揺さぶって、それを世の中の適正な場所に再配置していくことが大事なのだ。
』
(原
2003
2
02頁)
企業にとって必要なデザイン戦略を社会のためにするべきという見解だ。企業のデザイ
ン通して社会を構築していくことがデザイナーの仕事である。これは、時代の変化を読み
取らないと成り立たない。一見、企業の戦略とは違う見方のように思えるが、結局は企業
の業績にもつながっていく。つまり、これができる企業は時代に遅れないのだ。
深澤直人は「デザインの輪郭」でデザイナーと企業の関係を以下のように述べている。
『デザイナーとは、依頼主がまさに星のように散りばめられた要因を投げかけ、その中から星座のよ
うに輪郭を見出す仕事である』(深澤
2005
182頁)。
『今デザイナーがしなければならないことは、すべての抽象を視覚化、具体化することである。その
中から、必然の解答を導きだすことである。(186頁)』(深澤
2005
186頁)
デザイナーによってデザインに対する思想やアプローチなどは様々である。深澤直人の
ように、そのモノの意義(アイデンティティ)や外部の状況(モノの使われる場面)を考慮した
結果、そのモノの“デザインは必然であり、一つしかない”としている。一方で IDEO の
Tom kelly は“よいアイデアとはアイデア数の豊富さである”という考えだ(モゾタ
10
20
208頁)。集団である企業、個人であるデザイナーの観点からしても、デザインの
発生に対する考えや方法は異なる。つまり、デザインの発生における“正解”は企業によ
ってさまざまであり、定義できないのだ。
2章のまとめ
2章で述べてきたように、デザインは消費者の購買活動に大きな影響を与える。そのた
15
め、企業もデザインを取り入れたマーケティングや戦略は欠かせない。しかし、デザイン
に対する欲求の違いや、デザインの発生が様々なことから「良いデザイン」や「絶対に売
れるデザイン」の本質は定義できない。そこで、企業にとってのデザインはどこに向かっ
ていけばよいのか、デザインを通した最適な戦略とは何かということを明確にしたい。2
章での成功した企業の例から考察すると、一つ共通して言えるのが、デザインを通して企
業の「らしさ」を構築していったことが挙げられる。
「らしさ」=「ブランド」だ。つまり、
「企業は売るためのデザインだけではない、ブランディングのためのデザインが必要であ
る。」と考えられる。すべてのデザイン活動はブランドの構築につながっている。消費者は
デザインを手掛かりに意識的、無意識的にブランドイメージを抱く。つまり、デザインを
短期的ではなく、長期的なコミュニケーションと捉える。そのため、デザインの目的はブ
ランドの構築である。コモディティ化する市場では、デザインを通して「らしさ」を作り、
表層的ではない差別化をさせることが企業にとって必要だ。
第3章
デザインとブランド
先述してきたように、デザインというものは社会、文化によって変化していくものであ
る。「良いデザイン」≠「売れたデザイン」であり、「良いデザイン」とは時代によって変化す
る。コモディティ化する市場において、“見た目”だけのデザインによる差別化も一過性の
もので、デザイン価値が下がるのも早いといえる。デザインは長期的な消費者とのコミュ
ニケーションであるため、ブランド構築と関連した戦略が必要だ。そこで、企業戦略にお
けるデザインの目的をブランド構築とし、両者の関係を明らかにしていく。
ブランドについて
下記は、(モゾタ
2010
159頁)を参考にまとめたものである。
ブランドの機能
1、
製品の属性を消費者に伝えることにより、消費者にとっての価値をつくり出すこ
と
2、
製品を差異化し、目に見えない無形なものを目に見える有形なものにすることに
より、会社にとっての価値をつくり出すこと。
ブランドの定義
アメリカマーケティング協会によれば、ブランドとは「一企業やグループが製品・サ
ービスを自己主張し、そして競合他社と区別するために意図された、ネーム、用語、サイ
ン、シンボル、またはデザイン、またはこれらの組み合わせ」としている。ブランドとは
提供物を独自なものにする、あらゆる(有形無形双方の)特徴の総計である。ブランドは、コ
ミュニケーションと経験の両方を原動力とする、一連の知覚である。それは、特徴的なサ
イン、シンボル、付加価値の源泉といったもののことである。
16
ブランドのアイデンティティ
1、
提供物に独自性をもたらす、有形無形のあらゆる特徴の総計
2、
それによって他と区別できるような、ブランドを定義づける要素(ネーム、シ
ンボル、色)
製品ブランド
1、
そのモノの物理的な特徴もさることながら、その情動的、文化的連想も含む、ブ
ランド全体のこと。
2、
1つの製品やサービスもしくは同種の製品やサービスに適用される、自己識別の
ための視覚的体系
デザインとブランドの結合点はグラフィックデザイン、ロゴ、サインに限ったことでは
ない。デザインはブランド価値をつくるあらゆる資産、すなわち、使命、約束、ポジシ
ョニング、表現、評判、および品質に浸透している。ブランドのネームやシンボルには
グラフィックデザインがあり、製品のパフォーマンスにはプロダクトデザイン、販促用
の展示にはパッケージデザイン、売り場設計には環境デザインといった具合である。
ナイキ、ラルフ・ローレン、スターバックスといったロゴは、ブランドの真髄ないし
ビジョンを表す。グローバル市場では、視覚的シンボルが言葉よりも大きな可能性を持
っている。
コンサルティング会社のエンタープライズ IG(Enterprise IG)は、優れた企業ブラン
ドを持つ30社に共通する四ある属性の一つに「強力でありうまく管理されている、明
確な視覚的アイデンティティ」と定義している。
つまり、ブランドを構築していくうえで、視覚的シンボルであるデザインは欠かせな
いといえるのだ。
ブランドとは記号論的事実であって、製品やサービスが形になるときだけ存在するの
に対し、製品は物理的要素を有する。(jean-Noel Kapferer)は、企業に「物理的側面」
を再認識することを唱え、物理的モノの存在なしではブランドに価値はないと考えてい
る(モゾタ
2010
165頁)。
ブランドのあらゆる非言語的要素、すなわち、外観、色、肌ざわり、匂い、仕上げ、
音は「デザインする」ことが可能である。よって、ブランドは複数の感覚に対応可能なデ
ザインアイデンティティを持っているのだ。
次に表すグラフはデザイン価値の認識に関してのものだ。
デザインポリシーの有無によるデザイン価値の認識の違い
17
出所:(Walsh&Roy,1983)(モゾタ
2010
86頁)
デザインポリシーの有無について
企業ごとに異なるデザインポリシーを、①デザインの責任についての定義、②デザイン
の経験、③戦略的ポジショニング、④デザインの統合に対する見識を主な変数として捉え
たものである。
ここで着目するのは、デザインにポリシーがある会社ほど形、目に見える外観にデザイ
ン価値の認識をしていないということだ。加えて、それ以外の項目では全てにおいて、デ
ザインポリシーのない会社よりポイントが上回っている。これを分析すると、デザインポ
リシーのある会社にとってデザインとは、「認知」の部分だけではない、よりライフスタイ
ルに近い部分で捉えているということである。後述するが、いわゆるスローなコミュニケ
ーションをとっているといえるのだ。この点がブランド構築に深く関与している。
<ipod mini>
米アップルコンピュータの携帯音楽プレーヤー「ipod mini」は 2004 年の大ヒット商品だ。
同年のグッドデザイン賞にも選ばれている。
『大ヒットの陰には前刀氏が主導した独特のマーケティングがあった。従来の携帯音楽プレーヤーは
鞄に入れておくものであり、外見を気にする人は少なかった。前刀氏はあえてアイポッドミニを「見
せて歩く機器」と位置づけて、ファッションの一部であることをアピールした。この試みで、最先端
のデジタル機器にあまり関心を示さない若い女性などの支持を集めるのに成功した。』日経 BP net
http://www.nikkeibp.co.jp/archives/350/350019.html
18
これはブランド機能である、自己表現の媒体化に焦点を当てて開発された製品である。
単に外観だけによる差別化ではなく、消費者の利用シーンを含めてデザインしたブランド
構築であり、戦略である。
1980年代から90年代前半にかけて、日本の自動車企業や電機企業では、市場の成
熟化に対応するために、製品の開発効率や開発速度を上げ、製品のバリエーションを増や
してきた。そして、そのことが競争力の源泉として賞賛されてきた(Clark and Fujimoto,
1991 ; 延岡,1996)(森永
2010
3頁)。ただその反面、日本のメーカー、しかもいわゆ
る一般的な「大企業」が生み出す製品デザインの多くは、没個性的で、一貫性(ないしはア
イデンティ)がないなどの批判にさらされることも少なくなかった(浜野,1985;Stalk and
Webber, 1993;榊原,1996)(森永
2010
3頁)。常に新しいモノを日本人に合わせてデザ
インを開発し、多種多様な製品を生み出すことによって、デザインに一貫性がなくバラバ
ラになってしまうことが多かったのだ。
プロダクトデザイナーの深沢は著書である「デザインの輪郭」でこう語っている。
『デザインは日々生まれている。そして、ほとんどの日本のデザイナーは、短命なデザインに携わっ
ているといえる。次から次へと目まぐるしく変わる機能に合わせて、デザインも新しく変えていかな
ければならない。反対にいつも変わっていくものだから、デザインへの期待をあきらめて、新しけれ
ば何でもいいと思っているかもしれない。ユーザーはいいデザインが欲しいのではなくて、一番新し
い製品が買いたいのだ。そういうふうに仕組まれたシステムなのだ。新製品の開発サイクルはどんど
ん早まっている。このシステムを誰も変えることができない。これが日本の経済を大きく成長させて
きたことも事実である。』(深澤
2005
174頁)
1990年代に入ると、市場に投入される製品数があまりに多くなってきたために、多
様な製品を効率的に開発するだけでは、好業績を維持することが難しくなってきた。この
ような、変化が激しく、コモディティ化が進む状況のなかでは新製品、デザインもすぐに
淘汰されてしまう。
製品の氾濫によって消費者は混乱し、選択が困難になったのだ。そこで、「売るためのデ
ザイン」から「ブランディングのためのデザイン」にシフトしなければならないのである。
要するに、デザインの目的はブランド構築だ。
製品開発とブランドの関係について、青木(2004)では以下のように述べている。
『製品開発とは、技術力をベースとした「モノの開発」であり、そこでは、どのような機能の製品を、
どのような品質とコストでつくり、結果的に、どれだけの市場シェアを獲得するかが問題となる。こ
れに対して、ブランドの開発(構築)とは、基本的には『意味の開発』(モノへの意味づけ)であり、そこ
19
では製品開発のアウトプットとしてのモノ(製品)を、どのような生活空間(たとえば、使用場面)と関連
付け、どのような便益や価値を期待してもらい、どれだけ強い絆を築けるか(そして、結果的に、どれ
だけのマインド・シェアを獲得できるか)が問題となる(それゆえ、
「成長の仕組み」ないし「売れる仕
組み」の中でも、製品開発が「作る仕組み」に軸足を置いているのに対して、
「ブランド構築」が目指
すのは「売れ続ける仕組み」づくりであるともいえる)』。(森永
2010
5頁)
このように、製品開発とブランド構築は別のものとして議論が進められてきた。しかし、
製品開発の段階でブランド構築が必要になっているのである。そして、その融合こそがデ
ザインの役割だといえる。デザインには、企業と消費者のコミュニケーションの側面があ
る。そのコミュニケーションをよりよいものにし、消費者との関係を築くのがデザインだ。
つまり、ブランド構築に沿ってデザインを短期的な経済的価値ではなく、長期的な情報価
値的なものとして捉えていかなければならないのである。
<パナソニックデザイン社の例>(2008年10月にデザインカンパニーに社名変更)
以下は、川島(2005
142頁~155頁)を参考にしたものである。
2002年に新設され、松下電器の各事業部や子会社に分散していた約260人(当時)
のデザイナーを、社内分社としてまとめた。今までの事業部統制のもとで、分散していた
デザインの方向をひとつの方向にまとめるべく、デザインのアイデンティティを作ること
から始まった。つまり“松下らしい”デザインとは何かを明確にすることであった。これ
を作るにあたって、デザイン会社のフオレ社とコラボレーションした。
まず、松下電器におけるデザインの価値とは何かを突き詰めたものが、「Progressive=継
続的な革新」
、「Timeless=時代を超えた価値」、「Sensitive=高い感受性」である。
これは、企業理念として掲げても遜色がないような内容だ。このデザイン価値には長期
的な視点が含まれており、ブランド構築の中心となっている。さらに、このデザインアイ
デンティティを支え、消費者に伝えていくために、デザイン言語=“松下らしい”デザイ
ンを設定した。
デザインアイデンティティづくり
Charming Simplicity
Progressive
単純明快なフォルム
目を引く特徴
Sense for Detail
Timeless
Sensitive
細部へのこだわり
Natural
Harmony
絶妙なバランス
Charming
Sense for
Natural
高い感性品質
全体と部分の調和
(川島 2005
147頁)
を基に筆者作成
Simplicity
Detail
Harmony
パナソニックデザイン社では、ブランド構築の面から製品デザインの特質を決定してい
る。デザインの価値はブランド=“らしさ”を作るためにあり、デザインの目的をブラン
20
ド構築としている。デザインにはアイデンティティがあり、企業にもアイデンティティが
ある。そして、企業のアイデンティティを製品に浸透させる必要がある。企業にとって製
品デザインとは通してアイデンティティを表現し、消費者が製品を通じて企業のアイデン
ティティを知り、形成していくということだ。つまり、企業とデザインは一貫したものが
必要である。
その例として、MUJI=無印良品とウンナナスクールの例を取り上げる。
<MUJI=無印良品>
ブランドジャパンの認知度調査では、29位(2008年
日経 BP コンサルティング調
べ)にランキングされるブランドである。海外の売り上げも順調に推移している。ここでは、
無印良品がいかにしてブランド価値を世界の市場に対応させていったのかを分析する。
日本では無印良品といえば、その名が示すように、不当な価格で販売されるモノに対
するアンチテーゼで始まったのだが、英国の MUJI の購買層はミドルクラスであるという。
特に芸術家といったような美に関する感度が非常に高く、
「価格」が購買に際して絶対的な
決定要因ではない人々にファンがいる。このファン達は、このブランドの提言する、無駄
をなくす、質素、さりげないといった、日本文化に深く根ざす精神に共感するからだ。つ
まり、カタチとしてのデザインではなく、「ものづくりのあり方のデザイン」がこのブラン
ドの成功要因である。これにより、日本の精神性との関わりを強くアピールするために、
最初は「MUJI」だけのロゴタイプであったが、近年ではその隣に「無印良品」のタイプを
必ず添えるようにした。製品デザインを通じて、ブランドのアイデンティティを消費者に
浸透させることができたのだ。デザインは、ブランドという輪を作る一つの鎖であり、ブ
ランド価値を世間に表現する手段である。個々に独自性のある製品を生み出しても、全体
から眺めたときに企業の一貫性がないといけない。(モゾタ
2010
195頁~196
頁)
<ウンナナクール>
ウンナナスクールとは2001年にスタートした新ブランドで、ワコールグループの子
会社である。以下引用。
『ウンナナスクールは、商品や広告のみならず、ショッピングバッグのツールも、絶えず新しいデザイ
ンをお客様に提供している。
渡邉は語る。
「ショッピングバックひとつとっても、ブランドとしての統一感を保ちながら、新鮮な発見があるよう
にデザインしています。手に取ってくれた人を、ちょっとだけ驚かせたいんですよ」
渡邉の言葉を、植原はこう受ける。
「あるルールのもとにデザインしていくと、ルールがわかってしまった途端、見る人はつまらなくなる。
少しだけルールを外したものを混ぜたほうが、見る人は想像力が湧いて面白いと思ってくれる。それはい
21
つも意識していますね」
植原は、ウンナナスクールやランチのデザインが機能しているのは、ドラフトならではのスタイルに起
因していると考えている。
「グラフィックなどの広告デザインは、ぱっと見て伝わるというスピーディーなコミュニケーションが
求められる。一方で、モノとしての商品のデザインは、手に取っているうちに愛着が湧くとか、スローな
コミュニケーションで良い場合も多い。」
ウンナナスクールは7周年を迎えた。商品や広告のデザインは絶えず新しい試みを繰り返してきたが、
やはり経過とともにブランドの鮮度は少しずつ落ちてくる。』(山下
関田
2008
127頁~1
55頁)
この例を分析すると、デザインを通してのブランディングが実施されているといえる。
デザインによってブランドアイデンティティを示している。ここで着目するのは、デザイ
ンとブランドに共通した概念として“生き物”であるということだ。一度、デザインが受
け入れられたとしてもそれだけでブランドを確立できるわけではない。いくら斬新なデザ
インを生み出しても、ブランド構築ができなければ意味がないのだ。デザインとブランド
というのは対になって機能していくのである。
まとめ
「ブランドは魂であり、デザインは身体である」
コモディティ化市場が拡大すると、いずれは価格競争に到達する。そこで、差別化の手
段として注目されたのがデザインである。一見、消費者心理の認知の部分において、独特
のデザインというのはわかりやすくかつ、有効な差別化のように見える。しかし、奇をて
らった一時のデザインというのは淘汰されてしまう。デザインもコモディティ化の例外で
はないのだ。デザインの最大の特徴は企業と消費者を深く結び付け、ライフスタイルを創
造していく点にある。そのことを踏まえた際に、短期的ではなく、長期的な視点でデザイ
ンを捉えていくことが必要だ。つまり、”売るためのデザイン”から”売れ続けるためのデ
ザイン”を目的としなければならない。独特なだけではない、一貫性のあるデザインが求
められているのだ。企業はその「らしさ」を作るために、様々な変革を行ってきた。部門
の再編成や、デザイナーの意識改革がそうだ。この「らしさ」こそが企業のアイデンティ
ティでありブランドである。ブランドには製品が欠かせない。その製品にアイデンティテ
ィを吹き込んでいるのがデザインだ。つまり、このデザインという武器を企業の戦略の中
核となすには、ブランディングのためのデザインが欠かせないのである。
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上記の「ブランドは魂であり、デザインは身体である」というのは、当時のパナソニッ
クデザイン社社長の植松氏による言葉である。
「魂=ブランド」は「身体=デザイン」で表
現し、「魂=ブランド」を守るために「身体=デザイン」がある。デザインの目的はブラン
ドを守り、構築することである。両社は切り離すことができないのだ。
参考文献
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マーケティング入門』
日本経済新聞出版社。
原研哉(2003)『デザインのデザイン』岩波書店。
深澤直人(2005)『デザインの輪郭』TOTO 出版。
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ブリジット・ボージャ・ド・モゾタ、川内奈々子、岩谷昌樹、長澤伸也(2010)『戦略
的デザインマネジメント』同友館。
森永泰史(2010)『デザイン重視の製品開発マネジメント』白桃書房。
山下和彦・関田理恵(2008)『企業力とデザイン』ピエ・ブックス
川島蓉子(2005)『松下のデザイン戦略』PHP 研究所。
恩蔵直人(2007)『コモディティ化市場のマーケティング論理』有斐閣。
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デザインで不況に克つ」『日経
ビジネス』3月2日号、p.42-p.53。
今井丈彦、丸尾弘志、廣川淳哉(2010)「ソニー・デザイン」『NIKKEI DESIGN』2
80号、p.24-p.59
延岡健太郎、伊藤宗彦、森田弘一 「コモディティ化による価値獲得の失敗;デジタル家電
の事例」(2006)
坂本和子(2010)「デザインマーケティングの研究」
日比恒平(2006)「製品デザインの重要性についての考察」
nikkei BP net
http://www.nikkeibp.co.jp/archives/350/350019.html
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