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USJI ウィーク
セミナー6
「現下の世界的金融危機および
危機が日本、米国、アジア太平洋地域に及ぼす影響」
2011 年 2 月 11 日(金)10:00-12:00
セミナー6では、日本、米国、アジア太平洋地域を中心に現下の世界的金融危機
が世界経済にどのような影響を及ぼしているのかが議論され、貿易と金融の両部
門での影響が明らかにされました。
中逵啓示氏
(USJI 運営アドバイザー/立命館大学国際関係研究科教授)
中逵教授からは、大きくどのような文脈で世界的経済危機が起きているのか、そ
の概要が示されました。第1に、世界経済では貿易と資本の移動の分野で自由化
が進んでいます。第2に、デリバティブ・証券化商品等の先端的金融商品の変容
に伴い極めて複雑な資本取引が現れ始めています。第3に、主要国の間での世界
的経常収支不均衡の問題があります。これらの複雑な関係と世界的不均衡が現下
の世界的金融危機を語る上での重要な経済文脈となっています。状況を複雑にす
る別の要因としては、貿易、金融等の異なる部門間の相互関連性と債務国・債権
国間の強い相互依存性が挙げられます。そうした状況下で、一貫性のある政策を
策定し政策領域での世界的な相互関連性に対処する必要が生まれています。
樋原伸彦氏
(USJI 運営アドバイザー/立命館大学経営学部准教授)
「金融危機からの回復に対する世界的不均衡の差し迫った影響」
樋原教授からは、金融緩和の影響に重点を置いた発表が行われました。
樋原氏は冒頭、経常収支の不均衡を示すいくつかの数字を紹介しました。米国と
日本・中国・中東諸国の間でみられる経常収支残高の格差は 2006-2007 年に比
べ縮小しているものの、依然として大きな規模に留まっています。全般的には、
先進国の赤字を新興国・開発途上国が吸収する形が 2000 年以降続いています。
この現象を説明するものとして樋原氏は2つの仮説を紹介しました。1つ目の仮
説はベン・バーナンキの提唱する「世界的過剰貯蓄説」で、新興国の国内貯蓄が
1997-1998 年の金融危機後に増加したことが世界的不均衡の大きな要因となっ
ているとする見方です。2つ目の「資産欠乏説」では、1990 年代初頭に日本の
資産の大部分が崩壊したことで優れた金融資産の供給が不足に陥り、そのことが
主な原因となり世界的不均衡が起きていると考えられています。
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世界的不均衡の広がりを受け、日本は、「失われた 10 年」を経た経済を活性化
するために着手した量的緩和政策を継続させ、米国もリーマン・ブラザーズの倒
産後、積極的な緩和政策を講じました。
キャリートレードとは積極的緩和政策に対し金融市場で行われる取引です。鞘取
りを意識する投資家の間では、為替リスクを負いながら利回り格差から利益を得
ようとする行動がしばしばみられます。企業や投資家は、低金利の(外国)通貨
に投資し、投資収益をより金利の高い通貨で運用することを好みます。日本の銀
行が国内投資家よりも外国に対しより多くの資金を貸し出したのはそのためです。
この点を証明するため樋原氏は日本の銀行の融資総額に占める対外融資の割合を
グラフで示し、その割合が 2009 年初頭の 0.10-0.15 から 2010 年後半には 0.25
以上にまで増加していることを説明しました。 その結果、信用経路を通じた信
用緩和政策の国内経済に対する推定効果が限定的なものとなっています。緩和政
策効果の大部分は外国経済に流れる傾向にあり、研究が示すところによると、日
本の緩和政策はキャリートレード等の活動を通して米国の資産バブルに寄与する
ことになりました。キャリートレードのための通貨は米ドルとユーロで資金調達
されているとも推測されています。
「ドルのリサイクル制度」(ブレトンウッズ II 体制)は 1990 年代後半に始動し
ているようです。米国はユニークな仲介者としての機能を果たしているのかもし
れません。
デイビッド・ウェインステイン氏
(コロンビア大学経済学部 Carl S. Shoup 日本経済教授/
日本経済経営研究所共同ディレクター)
「貿易金融と大貿易崩壊」
ウェイステイン氏は冒頭、総需要や財政政策といった従来の理論的根拠では
2008 年の金融危機で起きた世界の実質輸出の減少を部分的にしか説明すること
ができないのではないかと述べました。「残る部分をどう説明するのか」が同氏
の研究課題です。さらに、米国、日本、欧州諸国では国内製造価格に対し輸出価
格が上昇しています。このことから、米国の輸出が負のショックを受け、米国の
輸出競争力が妨げられているとの情報を読み取ることができます。そこで、次の
ような問いが生まれます――これらの国で輸出需要が弱まっているのだとすれば、
なぜ製造価格は上昇するのか?
ウェイステイン氏は自身の研究から次の結論を導き出しました――企業の輸出力
を抑制する重大な金融ショックが存在する。すなわち、消費者の側で購買意欲が
薄れただけでなく、企業の側でも資金不足のため生産抑制を余儀なくされた状況
が浮き彫りとなったのです。ウェイステイン氏は、銀行の資金供給と輸出需要の
間には明らかな因果関係があると指摘します。
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貿易金融とは、信用(売掛債権)を担保とした借り入れまたは対外貿易不良債権
に対する保険の購入またはその双方を指すものです。伝統的な貿易金融の契約で
は、輸出者は(1)運転資本融資、(2)与信枠、(3)前払い値引き、(4)
不良債権保険を手にします。
目的は、第1に、リスク管理にあり(国際貿易においては国内取引よりも不良債
権処理が難しくなる)、第2に、運転資本のニーズに応えることにあります(国
際貿易は国内取引よりも通常2カ月長い時間を要するため運転資本のニーズが高
くなる)。
ウェイステイン氏は続いて、貿易金融で信用状が輸出者、輸入者、運送業者、通
知銀行、発行銀行の5つの主体間でどのように機能しているのかを説明する複雑
な事例を紹介しました(詳細は同氏の発表資料を参照)。金融危機下では、これ
ら5つの主体のいずれかの1つが債務不履行に陥れば混乱状態が生まれます。銀
行と貿易会社は相互に関連しあうため、銀行が問題に直面すればその影響はシス
テム全体に波及します。
リーマン・ブラザーズによる債務不履行は金融機関の間での信頼低下につながり、
貿易関連融資の平均スプレッドは危機により 70 ベーシスポイント増の 107 ベー
シスポイントにまで膨れ上がりました。実際、2008 年に起きたリーマン・ブラ
ザーズの倒産は、あおぞら銀行やみずほ銀行といった日本の一部の銀行に極めて
大きな影響を及ぼしました。
ウェイステイン氏は、1993 年、1998 年、2008-2009 年に日本の輸出が大きく
減少したことをデータとグラフを使って説明しました。これらの3つの年はいず
れも経済危機の発生と重なります(1992 年のローン危機、1998 年の日本長期
信用銀行の破綻、現下の金融危機)。さらに、1997 年、2008 年、2009 年には
日本の銀行への市場評価(「時価簿価比率」)も低下しました。
ウェイステイン氏によると、出荷期間の長期化や債務不履行リスクの増大等が原
因となって貿易の金融依存度はとりわけ大きくなっています。以上の点をまとめ
ると、日本の輸出は 2008 年と 2009 年にそれぞれ 18%、19%と大きく減少し、
減少の4分の1は貿易金融での障害によるものであるということになります。
従来のマクロな力は輸出がなぜこれほど減少したのかを説明する重要な要因では
ありますが、それだけでは大幅な輸出減を説明することはできません。銀行資本
の減少、すなわち金融危機の際に銀行が金融ショックを輸出者に転嫁する可能性
を持つメカニズムは、統計的に有意な輸出減少原因となっています。
ミレヤ・ソリス氏
(アメリカン大学国際サービス学部准教授)
「日本のアジア太平洋地域主義戦略――世界危機を経て」
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金融危機が日本に及ぼす影響
ソリス教授からは始めに金融危機が日本に及ぼした影響の概要が示されました。
ソリス氏によると、日本の輸出を鈍らせ、貿易赤字を生みだし、輸出主導型成長
の脆弱性を露呈させた主な原因は貿易ショックにあります。また、東アジアにお
ける高水準の域内貿易で以ってしても日本を外部ショックから守ることができな
いことも貿易ショックから明らかになりました(いわゆる「デカップリング理
論」では、東アジアは独立した経済圏を形成することで地域を世界経済の変動か
ら保護することができるとされている)。
金融危機への日本の対応――グローバル主義と地域主義の再均衡化
ソリス氏は次に 1997-1998 年のアジア金融危機と近年の世界的金融危機の2つ
の危機に対する日本の対応を比較しました。アジア金融危機の際には、(1)金
融・貿易の分野で地域外交が展開され(チェンマイイニシアティブ、数々の自由
貿易協定(FTA))、(2)危機の原因に関する見解が米国との間で一致せず、
(3)国際通貨基金(IMF)に強い懐疑心を持つ日本がアジア通貨基金の設立を
提案する――という状況が生まれました。そこでは、日本がグローバルな機関に
懐疑的になり地域戦略を推進するようになったとみることができます。一方、世
界的金融危機では、(1)危機の源についてより多くの合意が形作られ、(2)
日本は IMF やグローバルな機関を支持するようになり、(3)地域統合の動き
が行き詰まる――ことになりました。現在の日本はグローバルなイニシアティブ
や機関により大きく傾いています。
日本の東アジア統合ビジョンにけん引力はあるのか?
日本の地域貿易ビジョンは東アジアで積極的に支持されていません。日本のビジ
ョンは(1)投資やサービス等の分野での世界貿易機関(WTO)プラスの複数
のコミットメント、(2)経済協力憲章、(3)農業の自由化と外国人労働者受
け入れの自由化に対する消極的姿勢――に現れています。 日本がビジョンの対
象とするのは従来の東アジアの枠を越えたインドやオーストラレーシアを含むよ
り大きな地域です。日本のビジョンが受け入れられていない原因としては次の3
つが挙げられます。(1)農業の自由化と外国人労働者の自由化に対する消極的
姿勢でビジョンの魅力が弱まっている。(2)中国(ASEAN+3)が提唱する対
抗プロジェクトには南アジアやオーストラレーシアが含まれていない。(3)
FTA の内容に関し東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の間でより大きな意見
の一致がみられている。
米国による地域への再関与
ソリス氏は、米国がようやく足並みをそろえるようになり、米国の東アジア通商
政策の見通しが高まったと指摘します。その結果、域内の各国は戦略の再編に乗
り出すようになりました。最も顕著な効果として捉えられているのが環太平洋パ
ートナーシップ(TPP)への参加に向けた日本の取り組みです。米国の3つのイ
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ニシアティブとしては、東南アジア友好協力条約(TAC)への署名および東アジ
アサミットへの参加、韓国との FTA(KORUS)の再交渉、TPP への参加決定―
―が挙げられます。TPP については、非参加国により大きなリスクが生まれる
ことを考えれば貿易協定の締結に向かう地域の一体的な動きは成功を収める可能
性もあるとソリス氏は考えます。それでも、東南アジア諸国が貿易協定に賛同す
るかは現時点では明らかではなく、マレーシアの今後の動向を注視する必要があ
ります。
日本はアジア太平洋地域統合に参加するのか?
TPP は「東アジア共同体」からより大きな「アジア太平洋」トラックへの転換
を象徴するものとなっています。そこで問われるのが「日本は実際に TPP に参
加することができるのか」という点です。日本の国内には、WTO が引き続きこ
う着状態に陥る中、特恵貿易協定で取り残されるのではないかとの見方が広がっ
ています。それでも、内政状況や組織的な農業勢力、さらにはねじれ国会という
現象により、日本の TPP 参加には乗り越えるのが非常に難しい障害が生まれて
います。(1)「負け組」(農家)にどのような補償を提供するのか、(2)国
内の不安定さは障害となるのか――がカギとなる2つの課題です。
油木清明氏
(経団連 21 世紀政策研究所米国代表)
油木氏は日本の「開国」と TPP への参加に楽観的な見方を示しました。油木氏
は日本人の目は世界的金融危機で覚めたと考えます。民主党はオーストラリアと
の FTA 交渉を再開させ、6月に締結することを目指しています。また、日本政
府関係者からは「すべての物品を貿易交渉の対象とする」との考えが述べられて
います。これらはいずれも予期していなかった動きです。油木氏はそうした動き
の背景として次の3つを挙げました。(1)不安定な政治情勢により生まれた、
政治形勢を一変し優勢に立ちたいという願い。(2)TPP 参加への国民の支持。
(3)日本に明るい将来をもたらすには農業改革が必要との認識が広がったこと。
日本の農業は既に縮小し始めています。油木氏は改革は避けられないと考えます。
油木氏は、日本がオーストラリアとの間で6月に FTA を締結することができれ
ば、TPP への管総理のコミットメントは訪米の際に信頼を得ることになると指
摘しました。
中戸祐夫氏
(立命館大学国際関係研究科教授)
中戸教授はウェイステイン教授にマクロ経済要因と経済危機下での貿易金融の脆
弱性の間にはどのような関連があるのかと質問しました。
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樋原教授に対しては、過去 20 年を振り返っても世界的不均衡は存在していたこ
とを指摘し、世界的不均衡はどの時点から阻害要因となり始めたのか、システム
はどういった状況で正常に機能しなくなるのか、との問いを投げかけました。
最後に、中戸氏は日本の TPP 参加の可能性に悲観的な見方を示しました。中戸
氏は、日本は現在でも WTO の通商政策を重視していると考えます。日本の FTA
の目はアジアに向けられています。難しい国内情勢を考慮すれば TPP の前進は
極めて難しいと言えます。
質疑応答
ウェイステイン氏は、自身は既存のモデルを否定しているのではなく、大恐慌
期の信用収縮に関するバーナンキの分析を発展させているのだと述べました。米
国と同様に日本では輸出が国内総生産(GDP)に占める割合はわずかとなってい
ます。従って、日本の輸出需要が減少したということだけで、国際的な信用収縮
がこれほど強く日本に直撃した理由を完全に説明することはできません。近年の
危機については、イングランド銀行や欧州中央銀行、連邦準備銀行の対応に比べ
日本銀行の対応は皆無であったと言えます。その結果、円高となり、G7 の中で
日本だけが GDP 成長の低迷に見舞われることになりました。このようなことか
ら、日本の対応は諸外国とは異なるものであったと言うことができ、金融政策が
金融危機への有効な対処手段なのだとすれば、日本はその分の跳ね返りを受けた
ことになります。
オバマ大統領の「輸出倍増計画」については、ウェイステイン氏はそれがどの
程度実現可能なのか、そもそも実現可能なのかは明らかでないと考えています。
今後は貿易金融の規制が重要となります。
ソリス氏は、日本の TPP 参加に期待を寄せ、今後、TPP が原動力となって日本
の文化面での改革が進む可能性もあると指摘しました。同時にソリス氏は日本の
国内経済に内在する制約要因について現実的な見方を保っています。日本の国会
では浮動票の大半が農家有権者の手にあるとソリス氏は述べます。そうした状況
は、農業の再編ではなく農業従事者への補償の増加をもたらす結果となりました。
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