第 9 回 国際政治・外交論文コンテスト 応募作品

第 9 回 国際政治・外交論文コンテスト 応募作品
「日本の再生のために今、一番重要なこと」
柘植 康文
1.はじめに
3 月 11 日に発生した東日本大震災は日本列島に未曽有の被害を与え、世界経済も欧州債務危
機に代表されるように金融危機以来、回復しきったというのには程遠い状況にある。このような状
況下で日本の復興、再生を考えるとき、私たちはどのような社会であれば、私たち自身に希望と
活力がもたらされるのかを根本から考えなければならない。私は、必要に応じて助け合いながら
安全に暮らしていける、努力をすれば報われて生活水準が良くなっていく、そういった実感が人々
の間に幸福感や活力を生み出す、と考えた。こうした考えに基づけば、経済成長と安全・公平の
両立を達成する施策こそが今の日本に最も求められているものであるということがわかる。経済
成長と安全・公平はしばしば対立する概念のように捉えられるが、必ずしも対立するものではない。
安全・公平が保障されない社会に長期的な経済成長を期待することは難しい。逆に、経済成長が
実現されなければ市民の生活水準や社会の安定性が低下することは避けられない。こう言った面
から経済成長と安全・公平は、表裏一体のものであると捉えられる。そこで、ここでは今後の経済
成長を生み出す要素とその向上策を探るとともに、経済成長を妨げない形で安全性・公平性を向
上するための策を論じる。
2.今後の経済成長を生み出す要素とその向上策
経済成長を実現するためには、より価値の高いものをより多くの人に購入してもらわなければなら
ない。現代では、より価値の高いすなわち価格の高い製品・サービスを生み出すためには、コンセ
プトと自社独自のコア技術を向上することが重要になっている。これは新興国で急速に技術が進
歩したことで、比較的高度な技術を要する製品分野でも安価で高性能な製品を作れるようになっ
たからである。ここでいうコンセプトとは、想定する利用者が製品・サービスを購入する際に求めて
いる価値の集合体である。つまり、コンセプトには製品の性能の高さだけでなく、デザインやアフタ
ーサービスなどの全てが含まれる。例えば、アップルはそのデザインと理解しやすいインターフェ
イスによってブランドを確立し、さらに itunes や App store といったソフトサービスまで提供すること
で ipod、iphone という大ヒット商品を生み出した。日本企業の中でもファナックやコマツは、機械だ
けでなくその後のオペレーションまで請け負うことで世界的なプレゼンスを確立し、成長を続けて
いる。こうした企業は、自社の製品に独自のコンセプトを持たせるとともに、そのコンセプトの実現
を支えるコア技術の保護と向上にも注力している。
経済成長のもう一つの源泉となる市場の拡大を実現するためには発信力とネットワーク力が求め
られる。たとえ顧客にとって価値の高い製品を生み出したとしても、顧客が多くの製品の中から本
当に価値のある製品を見分けるのは難しい。そこで、相手に魅力を効果的に伝える発信力と、市
場に製品を浸透させるためにキー・パーソンとなる人物と接触するためのネットワーク力が重要に
なるのである。こうした力は、海外市場で事業を展開する際にはより大切になる。ただ、こうしたコ
ンセプトとコア技術、発信力とネットワーク力と言ったものが有用になる条件としては、製品・サー
ビス自体の質が一定以上の水準にあることが前提になっていることも忘れてはならない点であ
る。
製品を高付加価値化するためのコンセプトやコア技術と、製品を販売する市場を拡大するための
発信力とネットワーク力を高めるためには人材の育成・交流、規制緩和、知的財産権の保護とい
う三つの方策が必要である。中でも長期的に最も効果的だと考えられるのは人材の育成であり、
官民一体で総力を挙げてこれに取り組むべきである。しかし、景気後退期に企業から人材への投
資を引き出すのは簡単ではない。そこで、人材に積極的に投資を行った企業には法人税引き下
げを行うなどの施策を導入することが考えられる。人材育成の効果は短期的には見えづらいが、
長期的に見れば必ず当該企業はもちろん日本経済の成長にもつながるはずである。
また、海外との人材交流の促進も重要である。人材交流は、情報や文化の共有によって個々の
人材のスキルアップにつながるとともに、技術進歩や革新的なアイディアにもつながる。また、日
本の新たな魅力の発掘や世界に日本人と日本贔屓の外国人のネットワークが世界に形成される
という面もある。こうした人材交流の取り組みを実現するためには、日本側が相手にメリットを提供
できることが重要である。つまり相手国からぜひ招きたいと考えられるような有能な学生の育成と、
海外の人々が日本を訪れたくなるような日本全体での価値の向上とその効果的な発信が必要に
なる。
次に、規制緩和についてである。成長戦略を検討する際、規制緩和を巡る議論は盛んに行われ
ており、昨今では TPP への交渉参加表明をめぐって国内で激しい議論が行われている。今後、人
口減少が進んでいく日本国内で市場を拡大していくことは簡単ではない。そこで、日本がより力強
い経済成長を持続していくためには、輸出の増加が不可欠である。日本経済は輸出依存などとし
ばしば揶揄されるが、実際には総務省統計局によれば日本の輸出依存度は2008年度時点で約
16%と他国と比べて低いものになっている。輸出増加のためには、条件面での公平性や食品の
安全基準などに注意を払いながら TPP や ASEAN+3、FTA などの人・モノ・金の交流を促進する
枠組みへ参加することが欠かせない。規制緩和が必要な分野は、こうした貿易面だけにとどまら
ない。外国人労働者の受け入れや医療・介護などの多くの分野においても非効率な規制の存在
がしばしば指摘されている。国民が生活する上での安全を十分に考慮したうえで、必要のないも
のは撤廃していくことが求められる。
最後に、知的財産戦略についてである。優れた技術を開発した場合には、それを保護し、開発し
た技術者や企業が恩恵を受けるための取り組みが欠かせない。そのため、官民が合同で効果的
な知的財産戦略を採用する必要がある。そこでは、開発した技術のうちで価値のあるものを見抜
き、徹底的に守るための戦略とノウハウが求められる。さらに、国際展開んを考えると ISO などの
国際標準規格の取得も開発段階から検討することが重要である。優れた技術であっても、国際規
格に合わないからと参入できないことも少なくない。
3.経済成長を支える形での安全性・公平性の向上策
ここまで、経済成長の方策を考えてきたが、ここからはどのような施策を用いれば上記の方策と対
立しない形で、安全性と公平性をより向上していくことができるのかについて考える。まず、安全性
の面では、経済・文化面で他国との交流を深化させ、相互依存の促進によってエネルギー・食料
面での安全保障の充実を図る策が考えられる。どのような手段を用いたところで当面、エネルギ
ーと食料の自給率を飛躍的に高められる見通しはない。そのため、国家として有事に備えるため
に最低限の自給率を明確に定めてその水準を保つための政策を打ち出すとともに、技術や資金
の提供と言う形で資源保有国との相互依存を進め、信頼関係を深めていく必要がある。こうした
相互依存の深化と信頼関係の醸成は、外交や軍事安全保障における他国との関係の向上にも
つながるはずである。エネルギーにおいては、しばらくは安全を最優先しながらも原発にしばらく
は依存せざるを得ないだろう。それと同時に、再生可能エネルギーにおける開発に官民をあげて
取り組み、原発と石油エネルギーへの依存度を徐々に引き下げていかなければならない。再生可
能エネルギー分野を主導する国家になることは、国民の生活の安全を守ることになるだけでなく、
将来的な日本の経済成長にもつながる。
ただ、こう言った安全の確保という言葉が規制による既得権益の保持のために利用されることは
防がなくてはならない。例えば、FTA などの規制緩和によって農業が破壊されるという議論が盛ん
になされるが、高効率な生産システムと高付加価値な農作物を輸出していく仕組みが官民合同で
整備されれば日本の農業全体が壊滅することはない。日本は単純にものを安く作って大量に売る
という面では、新興国に太刀打ちできない。それでも、近年コメなどの分野では中国などの新興国
の高所得層向けの輸出が盛んになっている。農業に限らずどの分野であっても基本的に個人と
企業は経済的自立を求められるべきであり、それを教育やビジネス環境の整備などによって支援
することこそが国家に求められる役割である。そして、自由な競争の結果として、生活を維持でき
なくなった人々に対しては補償と再雇用のための就業支援といったセーフティネットとなる制度を
充実する必要がある。
次に、公平性の問題である。公平性の問題は、主に世代間と地域間の格差にある。世代間格差
のうちで最も重要な問題は、年金制度の財源不足によるものである。現在の制度では、若い世代
ほど負担が重くなるのに支給される額が少ないという状況に陥る。これまで色々な改革が試みら
れているが、信頼されうる制度になっていないため、納付率も低下している。信頼を取り戻し、納
付率を高めるための現実的な案としては、老後の生活保障として、最低限の必要な支給額を定め
て保障するとともに、その他の部分は積み立て方式に移行することなどが考えられる。ただ、この
ようにしても既に納付を終えた人への支給をどのように賄うのかという問題がある。こうした状況
で信頼を回復するためには、どのような制度にするにしても議論と制度内容の透明化に加えて、
若い世代と中高年の世代の双方が老後の最低限の生活を保障されたという安心感と、不当な扱
いを受けていないという納得感を共有できるものであることが重要である。
地方では、経済状況の悪化はより深刻なものになっているが、巨額の財政赤字の存在を考えれ
ば中央政府から多くの財政的な支援を期待できる状況にはない。しかし、地方経済の活性化は日
本全体における経済成長と公平性の実現という面で欠かせない。では、どのようにすれば事態を
打開できるのであろうか。地方においても上記のような四つの能力を磨き、世界に高付加価値な
製品・サービスを供給することの重要性は変わらない。それに加えて、地方では住民自身がその
街の魅力や独自の価値を発見・創出し、磨いていかなければならない。さらに、その魅力や独自
の価値を地域の若者に伝えていく取り組みも必要である。具体的には、小・中学校で地域の特産
品や工芸品、先端技術等に触れるワークショップを実施することや海外の都市と提携して、人材
交流を促すことなどが考えられる。そうすれば、日本全国、世界へと自らの地域をアピールする策
が見えてくるはずである。
4.おわりに
経済成長と安全・公平の両立は決して簡単なことではない。しかし、私たちの生活水準を物心両
面からより豊かなものにしていくためには、この両立は必要不可欠であり、実現不可能なものでも
ない。その際に財源が限られた状況下での行政にとって重要なのは国民の生活を保護し、公平
性を保つために商品・サービスの品質や社会保障などの分野で最低限の基準を明確にしながら、
自由で開かれた国として競争と進歩、連帯を促す基盤を整備することである。こうした基盤整備を
行う上で、人材の育成への注力と国内外での人材交流、過剰になっている規制の緩和は特に重
要である。