ベーチェット病による鎖骨下動脈瘤に対する血行再建術 −筋肉弁による

日血外会誌 13:441–444,2004
■ 症 例
ベーチェット病による鎖骨下動脈瘤に対する血行再建術
−筋肉弁による吻合部被覆を施行した 1 例
島田 晃治 中山 卓 林 純一
要 旨:ベーチェット病による鎖骨下動脈瘤に対し瘤切除およびに人工血管による血行
再建術を施行した.吻合部の筋肉弁被覆ならびに術後に免疫抑制剤とステロイドの投与を
行い,術後10ヶ月後まで吻合部瘤再発を認めていない.症例は66歳男性で,39歳時にベー
チェット病と診断され種々の血管病変を認めていた.52歳時に右鎖骨下動脈瘤を指摘され
経過観察されていたが,65歳時に増大傾向を認めたため手術目的に当科紹介入院した.全
身の血管病変の精査の後,瘤切除・人工血管による血行再建術を施行した.吻合部瘤再発
の予防のため吻合部は筋肉弁で被覆し,術後ステロイドと免疫抑制剤の投与を行った.術
後経過は良好で10ヶ月後まで再発を認めていない.(日血外会誌 13:441–444,2004)
索引用語:ベーチェット病,鎖骨下動脈瘤,ステロイド療法,免疫抑制療法,筋肉弁被覆
痺を認めベーチェット病と診断され,ステロイドを使
はじめに
用し症状は改善した.43歳時に左鎖骨下動脈閉塞を認
ベーチェット病は皮膚,粘膜,眼,神経,血管など
めた.52歳時に胸痛が出現し,精査で左冠動脈回旋枝
に特異的な病変を呈する全身性の炎症性疾患である1,2).
(#11)の閉塞を認めた.この時右鎖骨下動脈の拡大を
ベーチェット病の動脈病変に対する血行再建術におい
指摘された.55歳時に左膝窩動脈瘤破裂で左下腿切断
ては術後の吻合部瘤の発生が大きな問題であり吻合部
術を施行された.58歳時に左顔面神経麻痺,左顔面の
瘤再発を防ぐために様々な手段が試みられている.
知覚低下を認めベーチェット病の再燃と診断されステ
今回,我々はベーチェット病による鎖骨下動脈瘤に
ロイド療法が行われ症状は軽快した.65歳時右鎖骨上
対する血行再建術に際して,吻合部の筋肉弁被覆およ
窩に拍動性腫瘤を自覚し,近医で鎖骨下動脈瘤の増大
び術後のステロイド・免疫抑制療法を行い良好な経過
傾向を指摘され手術目的に当科紹介入院した.
を示した症例を経験したので報告する.
現 症:身長153.8cm,体重53.6kg.血圧:右上肢136 /
63mmHg,左上肢109 / 52mmHg.右鎖骨上窩に 3 cm大
症 例
の拍動性腫瘤を触知した.右肘部で上腕動脈の軽度拡
患 者:66歳,男性.
張を認めた.左上肢には易疲労性を認めた.口腔内ア
主 訴:右鎖骨窩拍動性腫瘤.
フタ,陰部潰瘍は認めなかった.
家族例:特記すべきことなし.
血液生化学検査所見:白血球の増加は認めず,炎症
現病歴:39歳時に口腔内アフタ,陰部潰瘍,左片麻
反応は陰性であった.
胸部CT(Fig. 1):右鎖骨下動脈は胸郭を出た直後で
新潟大学大学院医歯学総合研究科呼吸循環外科学分野
(Tel: 025-227-2243)
〒951-8851 新潟県新潟市旭町通1-757
受付:2003年 7 月 2 日
受理:2004年 3 月12日
2.5cm大に拡大し動脈瘤を認めた.左鎖骨下動脈は近位
で閉塞していた.
血管造影検査(Fig. 2)
:右腕頭動脈造影で鎖骨直下に
紡錘状の動脈瘤を認めた.
27
442
Fig. 1
日血外会誌 13巻 3 号
Preoperative CT scan finding.
Fig. 2
Preoperative angiography.
以上よりベーチェット病による右鎖骨下動脈瘤と診
断し手術を行う方針とした.炎症反応を認めなかった
ため,術前のステロイド・免疫抑制剤投与は行わな
かった.
手術所見:鎖骨上,鎖骨下の横切開で鎖骨下動脈を
露出した.動脈瘤周囲には線維性の強い癒着を認め
た.動脈瘤周囲を完全に剥離し動脈瘤を切除した.鎖
骨下動脈の再建は 8 mmのリング付きePTFEグラフト
(約
5 cm)
を用いて5-0ポリプロピレン糸の連続縫合を用いて
端々吻合で血行再建を行った.吻合部瘤再発の予防目
的に中枢側吻合部は胸鎖乳突筋で,末梢側吻合部は大
胸筋で作製した筋肉弁を用いて被覆した
(Fig. 3)
.胸鎖
Fig. 3
乳突筋は鎖骨付着部を切離し周囲を剥離して筋肉弁を
作製し,大胸筋は鎖骨付着部の外側約 3 分の 1 を切離
し筋肉弁を作製した.それぞれの筋肉弁は5-0ポリプロ
ピレン糸でグラフト周囲に縫合・固定した.切除した
Schematic drawing of muscle coverage of anastomotic
site. Proximal anastomotic site was covered with sternocleidomastoid muscle and distal site was covered with
pectoralis major muscle. Each muscle was freed from
clavicula and dissected with care of leaving feeding arteries.
動脈瘤は真性瘤で病理学所見では内膜の肥厚,中膜の
破綻,外膜への炎症細胞の浸潤を認めベーチェット病
の血管病変の所見であった.
考 察
術後経過:術後 2 日目よりプレドニン30mg,エンド
キサン50mgの内服を開始した.経過は良好で術後 2 週
ベーチェット病は皮膚,粘膜,眼,神経,血管など
間目のCT・血管造影で吻合部瘤の発症を認めなかった
に特異的な病変を呈する全身性の炎症性疾患である1,2).
(Fig. 4)
.血液検査でも白血球数の正常化・炎症反応の
臨床的な血管病変としては動脈の閉塞性病変,動脈
陰性化を認め,エンドキサンを減量した.退院前の右
瘤,静脈炎などが見られる3,4).動脈病変は静脈病変よ
上肢血圧は140 / 66mmHgであり術前後で変化は認めな
り頻度は低いとされるが,動脈瘤の破裂が生命予後に
かった.退院後はプレドニン・エンドキサンを減量し
重要な因子であるとされている5,6) .
10ヶ月後まで吻合部瘤の発症を認めていない.
ベーチェット病の動脈病変に対する血行再建術にお
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2004年 4 月
島田ほか:血管ベーチェット・鎖骨下動脈瘤の血行再建
443
いては術後の吻合部瘤の発生が大きな問題となる.
ベーチェット病の動脈病変は病理組織学的には内膜の
肥厚,中膜の破綻,外膜および血管外への炎症細胞の
浸潤などの
「panvasculitis」
の病態を示す7).動脈瘤壁の電
子顕微鏡による詳細な観察で内皮細胞の変性・壊死や
弾性線維の減少などを認めており8),脆弱化した血管壁
が新たな吻合部瘤の原因になるものと思われるが吻合
部瘤形成の本態は未だ不明でありその対策として様々
な試みがなされている.
Tüzünらは腹部大動脈瘤術後の吻合部瘤による大動脈
腸管瘻を防ぐため 7 例に大網によるグラフトの被覆を
Fig. 4
Postoperative CT angiography.
行い,この致命的な合併症を回避できたと報告してい
る9).これは吻合部周囲の死腔を埋めることで瘤形成を
予防しようというものであり,今回我々も同様の目的
で吻合部の筋肉弁による被覆を試みた.中枢側吻合部
期に吻合部瘤の発症を認めた場合には考慮すべき方法
は胸鎖乳突筋を用いて,末梢側は大胸筋の一部をそれ
と思われる.
ぞれ充分に剥離することで筋肉弁を作製し吻合部を完
結 語
全に被覆し,周囲の死腔を埋めることが可能であっ
た.
ベーチェット病による鎖骨下動脈瘤に対して瘤切
ベーチェット病に対する血行再建術後,吻合部を含
除・人工血管による血行再建術を施行した.吻合部の
めた再発防止にはステロイド療法およびに免疫抑制剤
筋肉弁被覆と術後のステロイド・免疫抑制剤投与を行
投与が有効であるとされている10,11).Huongらは術後に
い,急性期の吻合部瘤の発症を回避しえた.筋肉弁に
ステロイドと免疫抑制剤の両方またはいずれかを使用
よる吻合部の被覆の有効性は明らかではないが,吻合
した群では非使用群に比べて有意に再発率が低かった
部瘤防止のために試みる方法の 1 つであると思われた.
と報告している.両者を併用した群はステロイド単独
遠隔期の吻合部瘤発生に関して厳重な経過観察が必要
投与群と比べて 2 年間では有意に成績が良好であった
と思われる.
が,6 年間では差は認めなかったという12).本症例では
文 献
術後にステロイドと免疫抑制剤を併用したことが急性
期の吻合部瘤発生を回避しえた一因かもしれない.
1) Behçet, H.: Über rezidivierende, aphthöse, durch ein Virus
吻合部再発や遠隔期のグラフト閉塞が高率で発症す
verursachte Gaschwüre am Mund, am Auge und an den
ることから,遮断時の末梢動脈圧の低下が軽度であれ
Genitalien. Dermatol Wochenschrift, 36; 1152-1157, 1937
ば血行再建をせずに動脈の結紮のみとする方法もある9)
(in German).
が,本症例では対側の鎖骨下動脈閉塞により対側上肢
2) 稲葉午朗:Behçet病の改訂診断基準.リウマチ,24:
135-141,1984.
の易疲労性を認めたためQOLを考慮し血行再建を行う
3) Koç, Y., Güllü, I., Akpek, G., et al.: Vascular involvement
方針とした.また,近年ステントグラフトによる治療
in Behçet’s disease. J. Rheumatol., 19: 402-410, 1992.
がベーチェット病による動脈瘤および吻合部瘤の治療
4) Hamza, M.: Large artery involvement in Behçet’s disease.
に有効との報告がある13,14)が,ベーチェット病では動脈
J. Rheumatol., 14: 554-559, 1987.
穿刺部の仮性瘤形成の可能性があり動脈の穿刺は禁忌
5) Urayama, A., Sakuragi, S., Sakai, F., et al.: Angio-Behçet
とされている.本症例では患側の上腕動脈の軽度の拡
syndrome. Proceedings of the International Comference
張を認めたため穿刺部の動脈瘤形成の可能性があるこ
on Behçet’s disease. Inaba, G., ed., Tokyo, 1982, Univer-
と,ステントグラフトの遠隔成績が未だ明らかでない
sity of Tokyo Press, 171-176.
ことから血管内治療は選択しなかった.しかし,遠隔
6) Bradbury, A. W., Milne, A. A. and Murie, J. A.: Surgical
29
444
日血外会誌 13巻 3 号
aspects of Behçet’s disease. Br. J. Surg., 81: 1712-1721,
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における血管炎−その本質と特異性−.臨床科学,
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disease: endovascular management of a ruptured periph-
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Effectiveness of Muscle Flap on Vascular Anastomotic Sites
in a Case of Behçet’s Disease
Koji Shimada, Takashi Nakayama and Jun-ichi Hayashi
Division of Thoracic and Cardiovascular Surgery,
Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences
Key words: Behçet’s disease, Subclavian aneurysm, Steriod, Immunosuppressive therapy , Muscle flap
A 66-year-old man with Behçet’s disease, noticed a pulsatile mass in the right supraclavicular fossa. CT scan and
angiography revealed a right subclavian aneurysm. The aneurysm was resected and the subclavian artery was reconstructed by a prosthetic graft, covering the anastomotic sites with muscle flaps. After operation, the patient was treated
with a combination of corticosteroids and immunosuppressive drugs. Ten months after the operation, the graft was
patent and free from anastomotic aneurysm. Covering the anastomotic site with a muscle flap may be effective to avoid
anastomosis in arterial reconstruction in Behçet’s disease.
(Jpn. J. Vasc. Surg., 13: 441-444, 2004)
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