事務局解説版

「下水道の真の価値を知ってもらうための提言書」(解説版)
日本下水道協会総務部広報課
はじめに
「下水道事業の本質や可能性が国民に理解されていないのではないか」、「時代の変化に
下水道広報は追いついていないのではないか」との問題意識の下、日本下水道協会では平
成 22 年7月、
「下水道の真の価値を国民各層に知ってもらう研究会」(略称、
「真の価値研」)
を設置した。真の価値研では、普段、下水道とは縁の薄い各界の委員も参加して、下水道
広報に足りないものは何か、下水道広報の改革の道筋を確かなものにするにはどうすれば
よいのかについて、議論・検討を重ねた。
真の価値研は都合 8 回開催し、本年3月、
「下水道の真の価値を知ってもらうための提言
書」(以下、提言書)を取りまとめ、日本下水道協会に提言した。
提言書の構成は、以下とおりである。
第1章 発足の経緯
第2章 議論の推移
1.事業環境の変化/2.社会的要請の変化/3.国民意識の変化/4.広報活動のズ
レ
第3章 結論と施策
1.我々が変わる/2.伝える内容を厚くする/3.わかる言葉で伝える
第4章 次年度の課題
1.具体的な継続へ/2.2年目の決意
資料 委員から出された意見等
提言書では、下水道を取り巻く事業環境や国民意識の変化で、従来の広報活動にズレが
生じてきた点を指摘したほか、
「結論と施策」において、下水道事業者自身の意識変革など
「三つのチェンジ」を盛り込み、具体的で実効性のある広報活動の必要性を提言している。
真の価値研では、提言書をパワーポイント版で作成したが、事務局ではさらにわかりや
すく伝えたいことから、文章版(解説版)を作成した。
第1章「発足の経緯」
真の価値研の発足の経緯として、次の3点を挙げている。一つ目は、
「国民の理解は低調」
という点である。下水道普及率が 70%を超えるようになった現在、
「下水道はあって当たり
前で、事業としては終わっている」という間違った認識がいつの間にか国民に定着するよ
うになった。一般的には、
「下水道=水洗化」という単純な理解が蔓延し、下水道事業の水
循環、資源・エネルギー、水ビジネス等の本質や多面的な可能性については、国民に理解
されていなかったことである。
二つ目は、
「事業優先度が低くなっている」という点である。下水道普及率が上がり、ま
た地方分権改革の流れの中で、平成 21 年度からは下水道事業は補助金制度が廃止され、一
括交付金制度に変わった。このような状況においては、下水道の価値が理解されなかった
り、下水道事業への関心が薄れると、他の分野の事業よりも下水道事業の優先順位は下が
り、ライフラインとしての下水道が危機に瀕することとなる。
三つ目は、
「水ビジネスの可能性」である。水は国内外における成長戦略の柱とされてお
り、大きな期待が寄せられており、そのことをもっと広報すべきということである。
このように、下水道のライフラインとしての重要性や水ビジネスの可能性などが国民に
十分理解されておらず、正当に評価されていない現状を懸念し、自分たちの広報活動の実
効性不足を反省しつつ、その原因と打開策を模索するために、業界の枠を越えた委員が真
の価値研に参集して、議論を重ねた。
第 2 章「議論の推移」
ここでは、下水道事業を取り巻く環境の変化、社会的要請の変化、国民意識の変化、広
報活動のズレについて議論した。
1.事業環境の変化
下水道広報が時代の変化に追いついていないということを検証するため、まず下水道事
業を取り巻く環境はどのように変わってきたのかを現状分析した。
下水道事業は、普及率向上を目指し、建設に邁進していた時代はすでに終わり、事業経
営、維持更新の時代を迎えている。また、基礎条件である人口は、2004 年をピークに減尐
傾向が始まり、経済も低成長の時代に入り、国・地方財政も悪化し、予算も減尐の一途を
たどっている。さらに、地方分権の流れにより、下水道財政は国主導・補助金制度から地
方自治体が使い途を選択する社会資本整備総合交付金、地域自主戦略交付金制度となり、
地方・住民が道路、河川、公園、下水道、交通、農村整備等から事業を選択・判断する時
代となっている。
つまり、これまでの下水道事業は、国のリーダーシップのもと、関係者一丸で建設に邁
進した結果、急速に普及率を向上させてきたが、社会経済、制度等の下水道を取り巻く事
業環境が大きく変化したことにより、今後の下水道事業は、それらと折り合いながら、事
業を継続しなければならない。
そして、地方・住民が事業を選択し、判断する時代となった今、住民の意向は事業の決
定に際して重要な要素となるが、その前段には情報公開・伝達があり、広報は住民が「知
り、考える」ための重要な業務であり、これまで以上に広報の役割が大きくなってきてい
る。
2.社会的要請の変化
従来の下水道に期待された役割は「トイレの水洗化」や「汚水処理」であり、さらには
「雨水排除」であった。下水道が普及・建設されると、生活環境が改善し、浸水が防除さ
れ、生活は快適になった。しかしながら、現在の下水道に期待される役割はそれだけでは
なく、
「水循環」
、
「地球温暖化対策」、
「資源・エネルギー化」、
「国際貢献」、
「都市の豪雨対
策」など重要で、多岐にわたっており、環境問題がクローズアップされた今こそ、その実
力を発揮すべきである。
下水道に期待される役割の変化
3.国民意識の変化
国民の下水道に対する意識はどのようなものかについても分析した。東京都足立区が長
年実施してきた「住民の社会資本整備への要望」アンケートによれば、昭和 50 年代には上
位だった「下水道整備への要望」が、昭和が終わり平成を迎える頃に下水道の普及が高く
なるとともに急速に下がり、そして平成9年からは、社会資本整備への要望項目から「下
水道整備」の項目が外されることとなった。下水道は生活の表面には登場しなくなり、い
つの間にか「終わったもの」、「あって当たり前のもの」となってしまい、国民の関心から
離れてしまった。
4.広報活動のズレ
以上のような下水道を取り巻く事業環境の変化に対して、現在の下水道に関する広報活
動の実効性について検証してみた。その結果、現在の下水道広報活動には大きなズレがあ
り、これにより広報力が低下している。この要因としては、①下水道界においては、事業
体ごとに縦割りで行われていること、②各事業体に広報の専門部署がないこと、③下水道
事業は地域独占、無競争により行われており、広報を必要としなかったこと、④そのため
に広報を軽視する傾向がある、ことを指摘した。
さらに、広報活動においては「専門用語の羅列」
、
「見える化不足」、
「ばらばら」
(下水道
界がばらばらに広報してきた)、
「前例踏襲」、「ワンパターン」を繰り返しがちだった傾向
があったことを指摘した。そして、このことが下水道広報力の低下を招き、住民に下水道
事業の重要性が伝わらず、住民は下水道に無関心・無理解となり、首長や議会が下水道事
業に無関心となり、結果的に下水道事業に逆風が吹くことが懸念される。そうすると、さ
らに広報力が低下するという「負のスパイラル」が繰り返し起きていたという問題意識が
下水道広報活動の負のスパイラル
共有された。この「負のスパイラル」を断ち切る必要がある。
また、下水道を取り巻く事業環境や社会からの要請は変化し、国民の意識、理解も変わ
り、これまでの「建設推進」、「水洗化」、「普及率向上」という広報テーマを変えるべきで
あると指摘した。
第3章「結論と施策」
(三つのチェンジ)
今後の下水道広報のあり方として、真の価値研では「三つのチェンジ」というキーワー
ドを設定し、
「我々が変わる」
、
「伝える内容を厚くする」、
「わかる言葉で伝える」を提案し
た。
「我々が変わる」は、広報の主体である下水道関係者自身が変わる必要性を説いた。
「伝
える内容を厚くする」では、コミュニケーションに必要なコンテンツの多様化などを指摘
した。また、
「わかる言葉で伝える」は、情報を伝えたい相手を念頭に入れた情報の伝え方
について考え方を示した。
つまり、これまでの下水道広報は、専門用語を羅列し、前例を踏襲したワンパターン広
報や広報を連携すべき組織が、それぞればらばらに行っていたこれまでの広報活動の傾向
を反省し、まず広報セクション、さらには下水道関係者全員の意識を変えることを第一歩
として、わかる言葉で下水道の本質とさまざまな可能性を伝えていくことを明確にした。
下水道広報の三つのチェンジ
1.我々が変わる
私たち下水道関係者自身が変わる必要性があることを説いた。そして、広報部署だけが
広報するのではなく、他部署を巻き込むことがスタートだとした。広報マインドは決して
広報部署だけのものでなく、強い組織には広報マインドがあふれており、正しい情報の共
有と発信を他部署へと広げて組織全体の広報力向上を図るべきとし、その第一歩が下水道
関係者全員の意識改革で、それができなければ、何も始まらない。
そして、次のステップとして、組織内や組織間の連携・分担の重要性を指摘し、
「下水道
広報の総力戦」を展開すべきことを提案した。つまり、これまで国や地方自治体、下水道
関係団体等がそれぞれに広報活動を展開してきたが、今後は、下水道関係機関での連携や
役割分担、情報交換・情報共有を進め、より効果的な広報活動を展開する必要があるとし
た。
下水道広報の総力戦
2.伝える内容を厚くする
次に、真の価値研では、
「下水道の価値とは何だろう」という根本的な点についても議論
した。繰り返しになるが、一般的には「水洗トイレを使えること」や「汚れた水をきれい
にすること」が挙げられ、さらに詳しい方は「雨水を排除して都市を水害から守る」と答
えるが、それだけでは下水道を語り尽くせていない。ここでは、
「暮らしを支える下水道」、
「循環を守る下水道」、「成長戦略の牽引役としての下水道」という三つの視点を示してい
る。
一つ目の「暮らしを支える下水道」では、下水道は家庭の生活排水を処理しているだけ
の施設ではない点を強調している。家庭からは家庭排水、工場からは工場排水、また居酒
屋に行けば営業排水も出るなど、さまざまな活動を通じ、年間 137 億t/年もの排水が国
内で発生している。また、一人当たりの水使用量も、40 年前の 1965 年が 169 リットル/
日だったのに対し、2007 年には 303 リットル/日と 1.8 倍に増加している。豊かな生活の
さまざまな場面で下水道が支えている。
二つ目の「循環型を守る下水道」では、下水道がある場合と下水道がない場合を比較し
ている。下水道がない社会の中で生活すれば、生活排水は垂れ流しになり、衛生問題、環
境問題が顕在化するほか、街の中から雨水を排除できないため、水害を防げず、国民の資
産喪失にもつながりかねない。
下水道があることで排水が適切に処理され、衛生、環境が保たれるほか、処理水や汚泥
などの資源の有効利用により、より豊かな社会の形成が期待できる。下水道が個人のみな
らず社会全体を守る役割を担っていることを伝えている。
三つ目の「成長の牽引役としての下水道」では、環境エネルギー大国や観光立国などさ
まざまな戦略が打ち出され、国の施策が向けられている中、海外の水やエネルギー事業の
支援などの側面からも下水道事業への期待が高まっている。日本の成長戦略の中で、下水
道は欠くことのできない要素であることを指摘した。
3.わかる言葉で伝える
真の価値研では、情報を伝えたい相手を念頭に入れた情報の伝え方について説いた。こ
れまでの下水道広報は、情報の対象者である国民をひとくくりにして、ワンパターン広報
を行ってきたが、これからは国民を一様にとらえず、男女、職業、老若、地域、小学生、
主婦、著名人、NPOなどグループやかたまりに分類し、相手の関心のあるテーマで、相
手に応じたわかりやすい言葉できちんと伝えるべきだとした。
その中で、広報として大切なこととしては、
「信頼関係」、
「データ主義」
、
「見える化」、
「専
門用語排除」を挙げた。
「信頼関係」とは、継続した関係の中で広報は威力を発揮することから、一過性の対象
ではなく、顧客として時間をかけて良好な関係をつくるべきである。
「データ主義」は、目標や効果をできるだけ定量化し、だれにでもわかる形にし、その
結果、下水道の存在意義や重要性が理解されていく。
「見える化」は、下水道そのものが人の見えにくいところに存在することから、できる
だけ見えるような形にすることは当然であるが、百聞は一見に如かず、わかっているつも
りの事柄を目に見える表現に変換し、国民への理解とコミュニケーションを図っていくこ
とが重要である。
「専門用語排除」は、下水道広報には専門用語が存在することが多いことから、それを
できるだけわかりやすい言葉に代えて説明することが不可欠である。
つまり、コミュニケーションは関係づくりであり、継続した関係の中で、相手に合わせ
た言葉で理解を図ることが必要で、それを明確な目標と反省が支えることとなる。
その結果、下水道は単に水洗化や汚水処理だけではなく、「暮らしを支える」や「水循環
を守る」
、
「成長を牽引する」に必須の施設・機能であることを関心のあるグループに伝え、
きちんと理解されれば、そこから情報の発信が始まり(二次発信者)
、さらに対話が始まり、
コミュニケーションがだんだんと広がり、情報が一層広く伝わっていくこととなる。
コンテンツとターゲットとの関係図
第4章「次年度の課題」
1.具体的な継続へ
真の価値研では、今回の提言書の取りまとめが終着点とは考えておらず、逆にこの提言
をスタートラインと位置付け、具体的な取組みに着手していくこととなる。まずはセクタ
ーを越えた下水道広報の中枢となる「広報フォーラム」の活動を軌道に乗せることとした。
広報フォーラムは、下水道界の広報担当者の情報交流及び連携の母体として位置付け、下
水道界が下水道広報の総力戦を展開するベース基地となるもので、本協会が事務局となり、
運営する。
広報フォーラムの活動
真の価値研の2年目の課題
また、真の価値研の2年目の活動としては、提案した具体的広報施策案の議論を進め、
広報フォーラムと両輪となり、できることから実行し、進捗を確認・評価し、下水道広報
の持続的なスパイラルアップを目指すこととなる。具体的な広報施策としては、本協会ホ
ームページ上に「下水道情報プラットホーム」(仮称)を構築し、下水道に関するあらゆる
情報を集めて整理し、ネット上のいわば仮想図書館をつくることを提案した。その他の具
体的な広報施策としては、水源から下水道をたどり、水循環を一気に体験してもモデルコ
ースを設置する「新機軸見学コース」のほか、
「キッザニア参加」、
「大人の社会科見学」、
「プ
レスリリース 10 倍計画」
、などを提案した。そして、アイディアや課題を出しっ放しにせ
ず、できることから実行する。
下水道情報プラットホームのイメージ
2.2年目への決意
真の価値研は、時代の変化に下水道広報は追いついていないのではないか、という問題
意識から設置され、下水道広報の改革の道筋を確かなものにするにはどうしたらよいかに
ついて、議論・検討を重ねた。そして、下水道界が一丸となって、下水道の多様な価値を
再確認し、国民のそれぞれの層に狙いを定めてお知らせすることにより、国民生活と地球
環境の永続的な維持向上を確保するという方向に収斂していった。
提言書の取りまとめが新たな下水道広報を展開するスタートラインと位置付け、具体的
な取組みに着手していく。まずは、広報フォーラムの活動を軌道に乗せることとし、この
提言に共鳴いただいた方々や組織の積極的な参加を期待する。
おわりに
下水道事業に携わるすべての方々には本提言書を参考に、まずは組織全体の広報力向上
を図っていただきたい。そして、提言書を参考に具体的な広報施策を企画立案・実行し、
下水道の多様な価値を国民に伝え続けていくことをお願いしたい。そのことが、下水道を
サスティナブルなものにするための第一歩であると信ずる。