1 小学校教科内容論算数(第 3 回-第 4 回) 山田智宏 (Tomohiro Yamada) 1 自然数の乗法 乗法には「ある量 A が B 個分あるとき、その全体の量を求める」「二つの量 A と B 双方に比例し、二つの量が共に 1 であるときに 1 となるような量を求める」 「基準とする量が A で、割合が B であるときの量を求める」などの意味がある。そ してその量を A × B, A ∗ B, A · · · B あるいは AB と書き、これを A と B の積とい う。なお、国によってはこれを B × A, B ∗ A, B · A あるいは BA と書くこともあ る。後に述べる交換法則によりこの 2 つの記法は同値となる。 B が自然数のときに限っていえば「ある量 A が B 個分あるときの全体の量」あ るいは「基準とする量が A で、割合が B であるときの量」としての積 AB は B 個 z }| { A + A + ··· + A により表される。 したがって乗法は帰納的に A × 0 = 0, A × B + = A × B + A により定義すること ができる(このように加法を繰り返すことを累加という)。 Example 1.1. 4×1 = 4, 4×2 = 4×1+4 = 4+4 = 8, 4×3 = 4×2+4 = 8+4 = 12. しかし、この定義を使って乗法の諸性質を証明することは若干手間がかかる。そ こで、加法について集合を用いて定義したこともあるので、乗法についても集合論 的な意味を考えたい。 まず、和の定義のところで説明した S ∐ T を一般化し、n 個の集合の和 S1 ∐ S2 ∐ · · · ∐ Sn を定義する。各 Si の要素 a ∈ Si に対し、それが i 番目の集合 の要素であることを示すラベルをつけ、(a, i) とし、そのようなもの全体の集合を `3 `n i=1 = i=1 Si とする。たとえば S1 = {1, 2, 3}, S2 = {2, 3, 4}, S3 = {3, 4, 5} のとき {(1, 1), (2, 1), (3, 1), (2, 2), (3, 2), (4, 2), (3, 3), (4, 3), (5, 3)} である。 ` |Si | = ai (i = 1, 2, . . . , n) となる集合 Si に対し、和 a1 + a2 + · · · + an = | ni=1 Si | となる。 ¯ ¯` ¯ ¯ b そこで |S| = a であるとき Si = S(i = 1, 2, . . . , b) とすると常に ¯ i=1 Si ¯ = a × b となる。 1. 自然数の乗法 2 これはさらに一般化できる。(s, t)(s ∈ S, t ∈ T ) となる組 (s, t) 全体の集合を S と T の直積といい S × T であらわす。そうすると |S| = a, |T | = b のとき常に |S × T | = a × b となる。 このような直積による乗法の定義は、 「二つの量 A と B 双方に比例し、二つの量 が共に 1 であるときに 1 となるような量を求める」ことに相当する。 Example 1.2. あるものを横に 3 つ、縦に 4 つ並べると全体の個数は 3×4 = 4×3 = 12 個である。 累加と直積は同値である。実際、 |S × {1}| = |S| であり、また a ̸∈ T のとき S × (T ∪ {a}) = (S × T ) ∪ (S × {a}) より |S × (T ∪ {a})| = |S × T | + |S| である。 A × B という表現において、 B を掛ける数あるいは乗数、 A を掛けられる数あ るいは被乗数という。 直積により乗法を理解するのは乗数と被乗数が対称的な関係となり、両者を区別 する必要がないことが直観的に見えやすいという利点がある。 1 つの式に乗法と加法・減法が含まれている場合、乗法を先に計算する。ただし () などで囲まれている部分は優先して計算する。 たとえば 1 + 2 × 3 = 1 + 6 = 7, (1 + 2) × 3 = 3 × 3 = 9 である。 Remark 1.3. 乗法によって答えが得られる文章題において、式として表記すると きに乗数と被乗数の順序がしばしば問題視される。 例えばあるものを 3 人が 5 個ずつ持っているときの総数は 5 + 5 + 5 = 15 (個) であり 5 × 3 = 15 により求められるのだが、これを 3 × 5 = 15 により求めること の是非が問題となる。 A × B を「ある量 A が B 個分あるとき、その全体の量」あるいは「基準とする 量が A で、割合が B であるときの量」と捉えるならば各人が持っている 5 個を 一 単位と捉え、 5 + 5 + 5 = 5 × 3 により求めるのが正しいように思われる。 しかし、 3 人が 1 個ずつ所持している状況を基準として、それを 5 倍すること によっても総数を求めることはできる。また直積的な定義を採用するならばどちら を乗数に採用するかは重要な問題ではなくなる。 また、単位を導入し、5(個)×3(人)= 15(個)という計算が正しく、これを 3 × 5 = 15 とすると個数ではなく人数の計算になると指摘されることがあるが、こ れは厳密には 5(個 / 人)×3(人)= 15(個)もしくは人数を無単位化(単なる割 合として把握)し、 5(個)×3 = 15(個)とすべきである。そして前者における乗 法の順序を入れ替えた 3(人)×5(個 / 人)= 15(個)も妥当であり、数学上の式 としては単に 5 × 3 = 15, 3 × 5 = 15 と表記される。単位自体は数学的な議論の外側 に位置する概念にすぎないわけである。 1. 自然数の乗法 3 すなわち、 A × B の意味をどう捉えるか、そして式と文章題において問われて いる状況をいかに対応させるかは一意的でなく、特に式と状況をいかに対応させる かということは数学的な議論の外側に位置する論点といえる。 したがって上の例を 3 × 5 = 15 として計算してもよいとすべきであると思われる。 1.1 基本的な諸法則 乗法に対しては、よく知られている通り、次の法則が成り立つ。 1. (結合法則) (A × B) × C = A × (B × C). 2. (交換法則)A × B = B × A. 3. (分配法則)A × (B + C) = A × B + A × C, (A + B) × C = A × C + B × C. Proof. 以下、 S, T, U を |S| = A, |T | = B, |U | = C となるものとする。 1. (S ×T )×U の要素は ((s, t), u)(s ∈ S, t ∈ T, u ∈ U ) の形のものであり、S ×(T ×U ) の要素は (s, (t, u))(s ∈ S, t ∈ T, u ∈ U ) の形のものである。これは明らかに一対一 に対応するから (A × B) × C = |(S × T ) × U | = |S × (T × U )| = A × (B × C) で ある。 2. S × T と T × S は (s, t) ↔ (t, s) により一対一に対応するから A × B = |S × T | = |T × S| = B × A である。 3. 前半のみ証明する(後半は前半部分および交換法則から明らか)。T, U を共通部 分を持たない集合とする。S × (T ∪ U ) = {(s, t) | s ∈ S, t ∈ T ∪ U } = S × T ∪ S × U より A × (B + C) = |S × (T ∪ U )| = |S × T ∪ S × U | = A × B + A × C. このような法則を利用することで、これまでに述べた 10 進表記に関する性質や 和・差の計算に関する方法を導くことができる。 なお、累加からこれらの法則、とりわけ交換法則を導くのはかなり面倒であるこ とに注意する必要がある。 累加により、1 桁の数同士の積は「九九の表」として知られている表 1 で与えら れることがわかる。 n 個 z }| { 結合法則より A × A × · · · × A は掛け算の順序に関係なく一定の値を取る。それ を A の n 乗といい An とかく。 1. 自然数の乗法 4 表 1: 1 桁の数の乗法 a, b 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1.2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 3 0 3 6 9 12 15 18 21 24 27 4 0 4 8 12 16 20 24 28 32 36 5 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 6 0 6 12 18 24 30 36 42 48 54 7 0 7 14 21 28 35 42 49 56 63 8 0 8 16 24 32 40 48 56 64 72 9 0 9 18 27 36 45 54 63 72 81 数の表記 N = ak dk + ak−1 dk−1 + · · · + a0 , ai ∈ {0, 1, . . . , d − 1}, ak ̸= 0 の形に自然数 N を あらわす方法を N の d 進表記という。 表記する際は 0, 1, . . . , d − 1 に対応する d 個の記号を用意し、 ak から a0 までに 対応する記号をこの順に並べて表記する。 ここでは ak dk + ak−1 dk−1 + · · · + a0 を ak ak−1 · · · a0 と書くことにする(下線を付 することにより、積の表記と区別する)。d = 10 のときが通常用いる 10 進表記であ る。このとき d を基数、表記の文字列としての長さ k + 1 を桁数という。 N = (d − 1)dk + (d − 1)dk−1 + · · · + (d − 1) のとき等比数列の和の公式より N = (d − 1)(dk + · · · + d + 1) = dk+1 − 1 より N + = dk+1 となる。実際 (d−1)(dk +· · ·+d+1)+1 = (d−1)(dk +· · ·+d)+d = d((d−1)(dk−1 +· · ·+1)+1) (1) となるが、右辺の中の (d − 1)(dk−1 + · · · + 1) について同様の議論を繰り返すことで (d − 1)(dk + · · · + d + 1) + 1 = dk+1 (2) となる。 一般に N = ak ak−1 · · · a0 , al ̸= d − 1, al−1 = · · · = a0 = d − 1 のとき N + = ak dk +ak−1 dk−1 +· · ·+a0 +1 = ak dk +ak−1 dk−1 +· · ·+al dl +(d−1)(dl−1 +· · ·+d+1)+1 (3) l−1 l であるが、 (d − 1)(d + · · · + d + 1) + 1 = d であるから N + = ak dk + ak−1 dk−1 + · · · + al+1 dl+1 + (al + 1)dl (4) つまり N + = bk bk−1 · · · b0 , bi = ai (i = k, k −1, . . . , l +1), bl = al +1, bl−1 = · · · = b0 = 0 (5) と d 進表記可能である。つまり任意の自然数は d 進表記可能である。 1. 自然数の乗法 5 また自然数の d 進表記は一意的である。仮に N = ak ak−1 · · · a0 = bk bk−1 · · · b0 と 二種類の表記があるとし、 ai ̸= bi となる最大の i を l とする。 al > bl としても一 般性を失わない。このとき 0 = ak ak−1 · · · a0 − bk bk−1 · · · b0 = (al − bl )dl + (al−1 dl−1 + · · · + a1 d + a0 ) − (bl−1 dl−1 + · · · + b1 d + b0 ) (6) ≥ dl − (d + 1)(dl−1 + · · · + d + 1) = 1 となり 0 ≥ 1 となって矛盾してしまう。 筆算の手法は一般の d 進表記についても適用可能である。 Example 1.4. 5 進法における 2014 は 10 進法においては 2 × 53 + 1 × 5 + 4 = 250 + 5 + 4 = 259 である。また 5 進法における和 1222 + 242 は 2 + 2 = 4, 2 + 4 = 11, 2 + 2 + 1 = 10, 1 + 1 = 2 より 1222 + 242 = 2014 となる。 1.3 一般の積の計算 分配法則と交換法則を使えば Ã n ! Ã m ! m n X X X X ai × bj = ai bj i=1 j=1 (7) i=1 j=1 となることがわかる。 Pn Pm よって A = an · · · a1 a0 = i=0 10i ai と B = bm · · · b1 b0 = j=0 10j bj の積 A × B は Ã n ! Ã m ! m n X X X X i j 10 ai × 10 bj = 10i+j ai bj (8) i=0 j=0 i=0 j=0 と、1 桁の数同士の積 ai bj であらわせる。 これらの 1 桁の数同士の積は表 1 から求 められるので、これにより積を計算することはできる。しかしこの方法、 A, B の 桁数が多い時には煩雑である。そこでまず各 i について A × bi を求め、それから積 A × B を求めたい。 0 ≤ b ≤ 9 に対して (10n an + 10n−1 an−1 + · · · + 10a1 + a0 ) × b = 10n (an b) + 10n−1 (an−1 b) + · · · + 10a1 b + a0 b を求めたい。そこで 10fi + ei = ai b とおくと、 (10n an +10n−1 an−1 +· · ·+10a1 +a0 )×b = 10n+1 fn +10n (en +fn−1 )+· · ·+10(e1 +f0 )+e0 となる。ここで ci , di (i = 0, 1, · · · , n + 1) を c0 = e0 , d0 = 0 および ck = ( ek + fk−1 + dk−1 , ek + fk−1 + dk−1 − 10, dk = ( 0 if ek + fk−1 + dk−1 = 0, 1, . . . , 9 1 if ek + fk−1 + dk−1 = 10, 11, . . . , 19 (9) 1. 自然数の乗法 6 により定める(ただし最後は cn+1 = fn +dn , dn+1 = 0 により定める)ことで (10n an + 10n−1 an−1 + · · · + 10a1 + a0 ) × b = 10n+1 cn+1 10n cn + · · · + 10c1 + c0 を得る。 an an−1 · · · a2 a1 a0 ×) b f0 e0 f1 e1 ··· fn−1 en−1 fn en cn+1 cn cn−1 · · · c2 c1 c0 のように計算するのである。 一般の場合は A×(10m bm +10m−1 bm−1 +· · ·+10b1 +b0 ) = 10m (Abm )+10m−1 (Abm−1 )+ · · · + 10Ab1 + Ab0 となることを用い、右辺の各項を先に示した方法で求めることで 計算できる。 通常行われている an an−1 ··· a2 a1 a0 ×) bm · · · b2 b1 b0 Ab0 Ab1 Ab2 ··· Ab1 Ab0 A×B のような計算によって積を求めることができる。
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