完全版 - 凸版印刷株式会社

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シ リ ー ズ 1 C O L O R S
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電子の技術が切り取る風景
プリンターズリソース
vol.5 Jul.15, 2003
PRINTER'S RESOURCE
デジタルカメラの普及率は、年々上昇している。一眼レフ
タイプのデジタルカメラはすでに登場から 10 年以上が経ち、
最近ではプロのカメラマンも使いはじめている。昨年末にキ
ヤノン株式会社(以下キヤノン)から発売された「EOS-1Ds」
はついに有効画素数 1,110 画素(総画素数 1,140 万画素)を
実現し、画質の面でも通常の 35 ミリフィルムに追いついた
と言える。今回のプリンターズリソースでは、デジタルカメ
ラの仕組みと特性をキヤノンの清水さんと久間さんに解説し
ていただいた。印刷原稿として通用する品質を備えた、プロ
キヤノン株式会社(右より)
カメラ開発センター 主幹研究員 清水雅美氏(製品開発担当)
カメラ開発センター 主幹研究員 久間賢治氏(画像設計担当)
用デジタルカメラに使われている最新の技術は、どこまで進
んでいるのだろう。
*
通常のカメラでフィルムに当たる役割を、デジタルカメラ
ではセンサーと呼ばれる電子部品が担っている。1990 年に
CCD センサー
イーストマン・コダック社から発売された「DCS-100」以後、
(Charge Coupled Device)
このセンサー部分には CCD(Charge Coupled Device 電
荷結合素子)が多く用いられてきた。フォトダイオードをラ
バケツリレー方式で信号を
読み出し、最後に増幅
イン状または平面上にならべた CCD センサーには、長年の
技術の蓄積と実績があり、構造の簡略化と高性能化が可能
だったからだ。しかし一方で消費電力が大きく、またその構
造からデータ取得の高速化が困難という欠点もあわせもっ
ていた。
近年では低価格のデジタルカメラやカメラ付き携帯電話が
普及し、性能よりも低価格を優先するために CCD センサー
に比べて安価に製造できる CMOS(Complementary Metal
Oxide Semiconductor 相補型金属酸化膜半導体)センサー
CMOS センサー
増幅
増幅
アンプ
アンプ
の採用が増えている。CMOS センサーは駆動に必要な電圧
(Complementary Metal
Oxide Semiconductor)
画素毎に信号を増幅し、
順次読み出す
が低く、駆動する容量負荷も小さいため、消費電力は最大時
でも CCD の約 1/3 で、データ取得の高速化も容易という特
徴がある。しかしその反面、ノイズが発生しやすく感度が低
いなどの欠点もあり、高画質を条件とするプロ用の一眼レフ
タイプには用いられてこなかった。
CCD センサーと CMOS センサーは、画像を電気信号と
して読み出すときの方式に違いがある。CCD センサーは、
それに対して CMOS センサーは、画素一つひとつに対応
画素ごとの電気信号を隣の画素に渡していくバケツリレー
するアンプ(増幅器)が用意され、電気信号は増幅されてか
式で信号を読み出し、最後に電気信号を増幅するとともに
ら取得される。しかしこの方式だとノイズまで増幅されてしま
DSP(Digital Signal Processor)という半導体で画像処理
う上、画素ごとにばらつきがでてしまうので最終的な画像が
を行っている。
ノイズだらけの見苦しい物になってしまう。
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電子の技術が切り取る風景
そこでキヤノンでは、画素一つひとつに対応する電気信号
キヤノンが開発した
CMOS センサーの
データ取得工程
を格納するバケツが空の状態のときにノイズ信号だけを読み
とり、撮影後のデータとの差を計算することによってノイズ
を軽減している。
この他にも様々な技術が開発されており、CCD センサー
と CMOS センサーとの性能の差は埋まりつつある。実際、
キヤノンの一眼レフデジタルカメラ EOS DIGITAL シリーズ
では CMOS センサーも採用されているが、プロ・アマを問わ
ず幅広いユーザーから高い評価を得ている。
*
このようにデジタルカメラの解像度を向上させるためにセ
ンサーの開発は進んだが、規則正しく並べられたこの微小な
センサーには、どうしても独特の現象がつきまとう。
「偽色」
または「モアレ」と呼ばれる現象で、被写体とセンサーが干
渉しあうことで、現実にはない色や模様がデータに発生して
しまう。例えば細い縞模様の洋服だとか、レンガ壁の建築物
を撮影したときに生じるノイズがモアレである。そこで多くの
デジタルカメラでは CCD センサーまたは CMOS センサーの
ベイヤ配列を持った
カラーフィルター
(模式図)
前に「ローパスフィルター」という光学部材を設置する。
ローパスフィルターとは、人工水晶やニオブ酸リチウムを
利用した複屈折板(結晶構造などにより、光の偏光面により
屈折率が異なる)で、意図的に解像力を低下させて光学的に
モアレの軽減を行う。この設定は非常に微妙なために、設定
が強すぎると解像力が落ちてしまいピントがぼけたような写
真になってしまうので、使いものにならない。初期のデジタ
ルカメラの中にはこのバランスが悪く、どうしてもピントが合
わないカメラも存在した。現在では光学的なローパスフィル
ターだけでなく、画像処理でモアレを取り除くデジタルカメ
ラも存在する。
スキャナーの項でも述べたが、CCD センサーや CMOS セ
ンサーに色分解の機能は無い。そこで赤(R)緑(G)青(B)
の三原色が市松模様状に並んだベイヤ配列を持ったカラー
フィルターを設置し、撮影と同時に色分解を行っている。ベ
イヤ配列では 1ピクセルから得られる色は R・G・B のいず
れかの色でしかないため、不足する色を補間して得る必要が
センサーの色域を
表す色度図
生じる。デジタルカメラのメーカー各社はその補間の方法を
独自に開発し、画像の優劣を競い合っている。
取り込まれたデータは映像エンジンと呼ばれる信号処理
プロセスで、我々が見られるような画像データに変換される。
このプログラムには各社の色再現に関する特徴が出ており、
フィルムと同じようにデジタルカメラで撮影した画像データ
は、メーカーによって微妙に違っている。
*
キヤノン「EOS-1Ds」ではプロ用デジタルカメラという性
すでにフィルムに匹敵する実力を持ち始めたデジタルカメ
格を考え、印刷原稿として使用するために RGB から CMYK
ラ。印刷原稿として入稿される点数も、フィルムやプリント
へデータ変換することを前提に色再現が設計されている。こ
といったアナログ原稿を凌駕しつつある。しかし一方で最適
れは、できるだけ色の階調が残るように、また記憶色にあわ
な仕上がりにするための条件はフィルムほど寛容ではなく、
せるために彩度の強調を行わないように、つまり素材を重視
デザイナーはカメラマンや印刷現場への指示は細心の注意
した色再現である。
「EOS-1Ds」の CMOS センサーは、実質
を払わなければならない。デジタルカメラを利用する際には、
的に人間の目と同等の色空間の色情報を取得する事が可能
各々のカメラの特徴を理解すると、仕上がりについてコント
だという。センサーの持つ色空間を「sRGB」
「Adobe RGB」
ロールしやすくなる。
といった色空間に圧縮する際に、素材重視の特徴的な圧縮
次回のプリンターズリソースでは、デジタルカメラの画像
を行う方法を開発しているのである。
データを主流としたデジタル入稿と、中間メディアを完全に
廃したフルデジタル印刷フローの活用方法をレポートする。
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電子の技術が切り取る風景
カラーフィルターとセンサーの関係
CCD センサー用分光チャート
CCD や CMOS といったセンサーがカラー画
タイプは化合物の光学的な特性である位相差を
像を取得できるのは、センサーの前に RGB の
利用するので、理想的な光の吸収を実現できる。
カラーフィルターが配置されているからだ。従っ
しかし製造工程が複雑で高価なため、医療器具
てカラーフィルターの性能が、デジタルカメラ
などの一部にしか用いられていない。デジタル
の性能を左右すると言っても過言ではない。そ
カメラに用いられるカラーフィルターは、生産
こで、実際にカラーフィルターを製造している
コストや耐光・耐熱性を考慮して、有機顔料を
凸版印刷株式会社エレクトロニクス事業本部の
使用したものが主流となっている。
金沢、原、池田の各氏に、カラーフィルターと
CCD センサーや CMOS センサー自体のもつ
センサーの関係についての解説をお願いした。
性能は微妙に異なるため、その性能を 100%活
かすには各々に応じた特性が必要になる。例え
ば感度が高い CCD センサーの場合には、色の
分離性が高い代わりに、光の透過率が低い顔料
CMOS センサー用分光チャート
を使うことができる。しかし比較的感度が低い
CMOS センサーの場合、色の分離性よりも光の
透過率が優先される。そこで凸版では、
センサー
に応じて数種類のカラーフィルター用顔料を用
左より、原敬一氏、金沢憲司氏、池田則男氏
意している(右図参照)
。
*
デジタルカメラのセンサーの解像力は、現在
凸版印刷では印刷技術の応用であるフォトリ
の大きさでも充分だといわれている(コラム参
ソグラフィーを用い、1960 年代からメサ型トラ
照)
。凸版印刷では現在、一辺が 2.4 ミクロンの
ンジスタ製造用マスクや、テレビブラウン管用
カラーフィルターを実現しているが、2005 年
シャドウマスクを製造してきた。同じ技術を使っ
までにはさらに小さい一辺が 1.8 ミクロンのもの
て 1983 年からはビデオカメラ用のカラーフィ
を可能にする予定だ。
この極小カラーフィルター
このような極小のカラーフィルターに使われ
ルターの生産を開始、現在ではデジタルカメラ
はデジタルカメラではなく、カメラ付き携帯電
る顔料には、色の分離性の他にも必要な特性が
やカメラ付き携帯電話用のカラーフィルターを
話に用いられる予定だという。
ある。それは粒子の微細性と分散性だ。CCD セ
量産している。
凸版印刷で生産されるカラーフィ
ある予想ではカメラ付き携帯電話の画素数
ンサーや CMOS センサーにとって、カラーフィ
ルターの主流は、CCD センサーまたは CMOS
は本年中に 100 万画素を突破し、2005 年には
ルターの色ムラは大変な悪影響を及ぼす。とは
センサーの上に並んだわずか数ミクロンの受光
200 万画素クラスのものが登場すると言われて
いってもわずか数ミクロン四方の面積を、均一
に染色するのは至難の技だ。そのため顔料の粒
素子に対応し、カラーフィルターを直接形成す
いる。携帯電話はデジタルカメラに比べて極端
るオンチップ型のカラーフィルターである。
に小さいので、CCD センサーや CMOS センサー
子をできるだけ微細にし、分散性を向上しなけ
カラーフィルターに使われる色材には大きく
も小型化が求められ、
それにあわせてカラーフィ
ればならない。凸版印刷の研究所ではインキ開
分けて、有機染料、酸化チタン(TiO2)や酸
ルターの小型化も必須となる。200 万画素とい
発の経験を生かし、その性能を発揮できる顔料
化シリコン (SiO2) といった無機化合物、有機顔
えば、現在デジタルカメラの中流機にあたる画
の開発を進めている。
料の三種類が使われている。
この中でカラーフィ
素数だ。今後報道など一部の分野で、カメラ付
カラーフィルターの製造には様々な技術を必
ルターの色分解性能が最も優れているのは、無
き携帯電話で撮影したデータが、印刷原稿とし
要とするが、それが印刷技術の応用だというの
機化合物を利用した多層膜フィルターだ。この
て使われる可能性が出てくるだろう。
は興味深い事実である。
参考文献
「どこまで小さくなるのか?」
デジタルカメラの解像度は、すなわちセン
ンサーには一辺が 3 ミクロンの大きさしかない
サーの画素数である。キヤノン EOS-1Ds に使
素子が開発されている。しかし小さくすればす
われているのは、1,110 万画素、35.8 ミリ×
るほど光のあたる面積は小さくなり、感度が低
23.8 ミリの CMOS センサーで、一つの素子の
下しノイズが発生しやすくなるという欠点が現
一辺が 8.8 ミクロンである。これは 35 ミリの
れ、プロ用のデジタルカメラに用いるには問題
リバーサルフィルムの解像度に匹敵する。
がある。しかし近い将来、数千万画素を持ちな
技術的にはこれより小さい素子を持つセン
がら高感度で美しいスーパーセンサーが開発さ
サーを開発することも可能で、携帯電話用のセ
れるのは、間違いないだろう。
P R I N T E R ' S R E S O U R C E vol.5
2003年7月15日発行
発行
凸版印刷株式会社
東京都千代田区神田和泉町1番地 〒101-0024
http://www.toppan.co.jp
© 2 0 0 3 T O P PA N / G A L A
キヤノン ホームページ(http:/ /canon.jp)
「EOS-1Dsの開発」
(日本写真学会誌 第66巻 第3号 p.242-p.246,
平成15年6月)
「オンチップフィルター資料」
(凸版印刷株式会社 エレクトロニクス事業本部)
発行責任者
樋澤 明
企画・編集・制作
凸版印刷株式会社 GALA
TEL.03-5840-4411
http://www.toppan.co.jp/gala
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