第 30 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書 (28) 2013 年度 pp.28∼32(2015.4) 循環器生活習慣病における心臓リハビリテーションの抑うつ不安に 及ぼす影響 ―在宅型運動療法の有効性の検討― 河 野 隆 志* 前 田 貴 記** THE IMPACT OF CARDIAC REHABILITATION ON DEPRESSION AND ANXIETY IN PATIENTS WITH CARDIOVASCULAR DISEASES AND LIFESTYLE-RELATED DISEASES Takashi Kohno and Takaki Maeda Key words: rehabilitation, depression, cardiovascular diseases. Fit を用いて在宅型心臓リハビリテーションを行 緒 言 い、運動耐容能に加えて、抑うつや不安などの精 循環器疾患と抑うつなどの精神疾患が高率に併 神状態に対する影響を評価することを目的とする。 発し、併発すると予後を悪化させることは、国際 研 究 方 法 的に高いエビデンスで確認されている5,9)。循環器 疾患に合併する抑うつへの介入として、薬物療法 A.対象者 や精神療法の組み合わせが行われてきたが、近年 2013年12月から2014年12月までに、慶應義塾大 は心臓リハビリテーションの効果が注目されてい 学病院において初回 ST 上昇型急性心筋梗塞のた る。心臓リハビリテーションが、運動耐容能およ め冠動脈インターベンションによる治療を受けた び長期予後を改善することが報告されてきた 連続25症例を抑うつ不安に関するスクリーニング が のための観察研究の対象とした。そのうち同意の 、精神的な効果を及ぼして生活の質をも改善 7,8) する可能性が示唆されている 。しかしながら、 3,10) 得られた13名を在宅型心臓リハビリテーションの 外来での心臓リハビリテーション施設は充足して 運動介入研究の対象とした。心不全に対して運動 おらず、退院後心臓リハビリテーションを継続す 療法を施行されたことがある症例、認知症や精神 る体制の確立は急務である。 疾患の既往がある症例は除外した。本研究は慶應 家庭用ゲーム機 Wii の健康管理用ゲームソフト 義塾大学医学部倫理委員会の承認を得て行われた である Wii Fit は、自宅で容易に操作することが でき一定の運動効果をもつことが既に実証されて いるが、その心臓リハビリテーションにおける効 (承認番号:20130354,20130390)。 B.プロトコール 1 (急性心筋梗塞症例の抑う つ・不安評価) 果は不明である。本研究では、循環器生活習慣病 25症例を対象として、患者背景因子(年齢,性 患者、特に急性心筋梗塞患者を対象として Wii 別,身長,体重,BMI,既往歴,梗塞部位,薬物 * ** 慶應義塾大学医学部循環器内科 Division of Cardiology, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan. 慶應義塾大学医学部精神神経科 Department of Neuropsychiatry, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan. (29) 療法)に加えて、以下の尺度を用いて抑うつ・不 れ、医学的監視下で安全性を確認した後に施行さ 安の評価を行った。 れた。それぞれのプログラムは 4 種類のパターン 1)Hospital Anxiety and Depression Scale から構成されており、 1 日に 1 パターンの運動を 行い、 4 つのパターンを順番に繰り返し、 1 週間 (HADS) 1,2) HADS-Anxiety(HADS-A) お よ び HADS-De- に最低 5 日は行うよう指導した。運動強度・時間 pression(HADS-D)に分けて評価。 に加えて自覚的運動強度(Borg 指数)を記録した。 2)Patient Health Questionnaire-9 (PHQ-9) メモリ型パルスオキシメータを使用して、運動中 先行研究を参考にして、有意な抑うつ・不安を の酸素飽和度・心拍数変化を確認し運動の安全性 有する症例として HADS-A および HADS-D 8 点 を確認した。評価尺度として以下を用いた。 以上 、PHQ-9 10点以上 を有する頻度を検証した。 1)HADS C.プロトコール 2 (在宅型心臓リハビリテー 2)PHQ-9 4,6) 2) 6) 3)最大酸素摂取量(VO2max) ションの安全性検証および治療効果) ● 急性心筋梗塞症例のうちで、運動の導入が困難 主要評価項目は、抑うつ・不安スコアとして退 な症例は除外し、退院前に研究への協力を要請し 院後 3 か月、ならびに 6 か月に評価を行う予定で 参加の同意を得られた13例を対象として、心肺運 あったが、研究期間内に退院後 6 か月までの結果 動負荷試験で運動耐容能を評価した後に、在宅型 が得られた対象者が半数未満であり、今回の報告 心臓リハビリテーション施行 (在宅型心臓リハビ では、退院前および退院後 3 か月までの結果につ リ)群と通常治療(コントロール)群の 2 群に無作 いて検討を行うこととした。 D.統計処理 為割り付けを行い比較検討した。在宅型心臓リハ ビリテーションは、心肺運動負荷試験結果に基づ データは平均±標準偏差で示した。メンタルヘ く運動処方をした後に、Wii Fit による2.0、2.5、3.0、 ルス関連尺度および運動耐容能の経時的変化は、 3.5、4.0 METs の運動療法プログラムから選択さ 対応のある t 検定で比較した。在宅型心臓リハビ Age(years) 63.4 Height (cm) 166.2 7.3 Weight (kg) 71.9 13.9 Body mass index (kg/m2) 25.9 3.6 Gender, male/female 13.5 23/2 8~ (16) HADS-A Comorbidity, ( n %) 4 ~ 7(32) 15 (60) Hypertension (32) 8 Diabetes Mellitus 17 (68) Dyslipidemia Smoking 8(32) Cerebrovascular diseases (12) 3 HADS-D 8~ (24) 0 ~ 3(48) 4 ~ 7(28) 12 (48) Anterior infarction Medication after admission, ( n %) 10 ~(12) β-blocker 25 (100) ACE-inhibitors/ARBs 22 (88) Statins 25 (100) Calcium antagonists ~ 3(52) PHQ-9 (4) 1 HADS-A 4.2 3.7 HADS-D 4.0 3.1 PHQ-9 3.8 3.6 図 1 .対象者特性 Fig.1.Participant characteristics. 5 ~ 9(24) 0 ~ 4(64) score(%) (30) リテーションの効果判定は、二元配置分散分析(群 スコアである HADS-D が 8 点以上の症例は 6 名 (24%)、PHQ-9が10点以上の症例は 3 名(12%) ×時期)を用いて検討した。 それぞれ認めた。 結 果 B.心筋梗塞後の抑うつ、不安、運動耐容能の 経時的変化 A.急性心筋梗塞症例における抑うつ・不安の 評価 運動療法による介入研究への協力を要請し参加 プロトコール 1 における対象者背景を図 1 に示 の同意を得られた13症例を対象として、退院前 す。平均年齢は63.4±13.5歳で、10名(40%)が (ベースライン)と退院後 3 か月における質問表 70歳以上であった。不安スコアである HADS-A 評 価(HADS-A,HADS-D,PHQ-9) お よ び 心 肺 が 8 点以上の症例は 4 名(16%)認めた。抑うつ 運動負荷試験(VO2max)を用いた運動耐容能評価 4 4 3 3 2 1 0 PHQ-9 P = 0.166 0 3 months 3 2 1 1 Baseline * 4 2 Baseline (n = 13) 3 months 0 . VO2max P < 0.001 40 5 * ml/(kg・min) 5 HADS-D P = 0.012 score 5 score score HADS-A P = 0.162 ● Baseline (n = 13) 30 20 10 0 3 months Baseline 3 months (n = 13) (n = 13) 図 2 .抑うつ、不安、運動耐容能の経時的変化 Fig.2.Serial change of depression, anxiety, and exercise capacity. * Means significant difference between groups. A 施行日 6 月30日 7月1日 7月2日 7月5日 7月6日 7月7日 7月9日 7 月10日 7 月11日 7 月12日 7 月14日 7 月20日 7 月22日 プログラム 番号 1 2 3 4 1 2 3 4 1 2 3 4 1 開始前 SpO2 98% 98% 98% 97% 97% 97% 97% 98% 97% 98% 98% 96% 98% 開始前 脈拍 65 63 66 67 66 65 64 66 69 68 76 74 76 中断 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ 終了後 SpO2 98% 98% 98% 98% 98% 98% 98% 98% 98% 98% 97% 98% 98% 終了後 脈拍 68 83 78 74 75 69 77 76 70 83 87 81 85 Borg 指数 11 11 11 11 11 11 11 11 11 11 11 11 11 B Exercise group Control group Group effect Period effect Interaction effect Baseline 3 months Baseline 3 months HADS-A 4.2 3.5 3.5 3.1 3.8 2.9 3.2 2.7 ns ns ns HADS-D 4.5 3.4 1.7 1.7 2.4 2.4 1.7 1.8 ns ns ns PHQ-9 3.3 2.6 1.8 2.2 3.8 3.9 2.1 2.6 ns ns ns 14.2 1.9 25.1 4.7 15.6 5.9 23.6 9.0 ns 0.007 ns Questionnaires Physical activity VO2max ● 図 3 .在宅型心臓リハビリテーションの効果 Fig.3.Effect of rehabilitation on anxiety, depression, and exercise capacity. (31) を行い、その経時的変化を図 2 に示す。HADS-A に少数例での検証にとどまっている点があげられ および PHQ-9は、ベースラインと比較して退院 る。高齢者比率が高いため運動介入がそもそも難 後 3 か月で低下する傾向を認めたが統計学的有意 しく在宅型心臓リハビリテーションに対する同意 差は認めなかった。ベースラインと比較して、退 を得られず、無作為割り付け前に多数の症例が脱 院後 3 か月に HADS-D および VO2max は有意に改 落した(12名,48%)。第 2 にアドヒアランスの 善した。なお、死亡、心血管イベント(心不全, 問題である。生活習慣病を対象とした本研究では、 虚血性心疾患)は観察期間中には認めなかった。 特に高齢者でアドヒアランスが十分に確保できな ● C.在宅型心臓リハビリテーションの効果 い点が明らかとなった。退院後 2 ∼ 4 週後までは コントロール群 7 名、在宅型心臓リハビリ群 6 比較的良好なアドヒアランスが確保できるが、そ 名に無作為割り付けを行った。在宅型心臓リハビ の後に週に 5 日のリハビリを継続することが難し リ群の 2 名は自宅でリハビリをせずに初回外来時 く、何らかの工夫が必要と考えられた。第 3 に、 に脱落と判定し、コントロール群 9 名(在宅型心 本研究の対象患者群は、平均的に自然経過でメン 臓リハビリ脱落例含む)と在宅型心臓リハビリ群 タルヘルスの状態が改善する集団であり、介入効 4 名で比較検討した。在宅型心臓リハビリテー 果を検討するうえでの難しさが示唆された。以上 ションを施行した症例の実際の記録例を図 3 A に の問題点からも、現時点で在宅型心臓リハビリ 提示する。リハビリ中に中止が必要となる心拍数 テーションの循環器疾患における効果を無効と結 上昇(運動時140拍 / 分以上)や酸素飽和度低下 論付けるのは難しく、引き続きの症例蓄積に加え (SpO2 90%以下)は認めなかった。コントロール て、他の循環器疾患への適応の拡大、特に慢性的 群および在宅型心臓リハビリ群ともに、運動耐容 に精神的問題を抱えていることが予想される重症 能の改善は認めたが、HADS-A、HADS-D および 心不全症例などを対象に今後も有効性を検証する PHQ-9の変化は両群間で差を認めなかった(図 必要があると考えた。 3 B) 。 総 括 考 察 循環器生活習慣病のなかでも急性心筋梗塞にお 本研究は急性心筋梗塞患者を対象として、抑う ける在宅型心臓リハビリテーションの効果につい つ・不安の併発を検証するとともに、在宅型心臓 て検討した。精神的問題に対する効果は明らかに リハビリテーションを導入して、患者の精神状態 されなかったが、少数例での検討である点、アド に影響を及ぼすか否かを検討した。退院前の質問 ヒアランスが十分に確保できなかった点、自然経 表調査では、25名中 6 名(24%)で HADS-D が 過でメンタルヘルスが比較的改善しうる集団で 8 点以上、 3 名(12%)で PHQ-9が10点以上を あった点などが問題として明らかとなった。以上 認めた。急性心筋梗塞患者が精神的問題を抱える の問題点を踏まえて、今後も在宅型心臓リハビリ ことは普遍的なものであり、潜在的なうつ状態の テーションの有効性を検証することが必要と考え 患者が一定数存在することが想定された。うつ状 た。 態が心疾患患者の生存率低下に関与するとさ れ 、メンタルヘルスには十分に留意する必要が 5,9) あり、質問表を用いたスクリーニングが必要であ 謝 辞 本研究に対して助成を賜りました公益財団法人明治安 田厚生事業団に深く感謝申し上げます。また、本研究を ると考えられた。 遂行するにあたり御助言いただきました、慶應義塾大学 運動介入が抑うつ改善および予後に良い影響を 医学部循環器内科 香坂俊特任講師、田村雄一助教、勝 与えることが近年報告されているが 3,10)、我々が 俣良紀助教に厚く御礼申し上げます。 用いた Wii Fit による在宅型心臓リハビリテー 参 考 文 献 ションによる介入では明らかな効果が確認できな 1)Barczak P, Kane N, Andrews S, Congdon AM, Clay JC, かった。しかしながら本研究の問題点として第 1 Betts T(1988): Patterns of psychiatric morbidity in a (32) genito-urinary clinic. A validation of the Hospital Anxiety score for diagnosing depression with the Patient Health Depression scale(HAD). Br J Psychiatry, 152, 698-700. Questionnaire(PHQ-9) : a meta-analysis. Can Med Assoc 2)Bjelland I, Dahl AA, Haug TT, Neckelmann D(2002) : J, 184, E191-E196. The validity of the Hospital Anxiety and Depression Scale. 7)O Connor CM, Whellan DJ, Lee KL, Keteyian SJ, Cooper An updated literature review. J Psychosom Res, 52, 69-77. LS, Ellis SJ, Leifer ES, Kraus WE, Kitzman DW, 3)Blumenthal JA, Babyak MA, O Connor C, Keteyian S, Blumenthal JA, Rendall DS, Miller NH, Fleg JL, Landzberg J, Howlett J, Kraus W, Gottlieb S, Blackburn G, Schulman KA, McKelvie RS, Zannad F, Pina IL; HF-AC- Swank A, Whellan DJ(2012): Effects of exercise training TION Investigators(2009) : Efficacy and safety of exer- on depressive symptoms in patients with chronic heart fail- cise training in patients with chronic heart failure: HF-AC- ure: the HF-ACTION randomized trial. JAMA, 308, 465- TION randomized controlled trial. JAMA, 301,1439-1450. 474. 8)Piepoli MF, Davos C, Francis DP, Coats AJ; ExTra- 4)Kroenke K, Spitzer RL, Williams JB(2001): The PHQ-9: MATCH collaborative(2004): Exercise training meta- validity of a brief depression severity measure. J Gen In- analysis of trials in patients with chronic heart failure(Ex- tern Med, 16, 606-613. traMATCH) . BMJ, 328, 189. 5)Lichtman JH, Bigger JT Jr, Blumenthal JA, Frasure-Smith 9)Suzuki T, Shiga T, Kuwahara K, Kobayashi S, Suzuki S, N, Kaufmann PG, Lesperance F, Mark DB, Sheps DS, Nishimura K, Suzuki A, Omori H, Mori F, Ishigooka J, Taylor CB, Froelicher ES(2008) : Depression and coro- Kasanuki H, Hagiwara N(2011) : Depression and out- nary heart disease: recommendations for screening, refer- comes in hospitalized Japanese patients with cardiovascu- ral, and treatment: a science advisory from the American lar disease: prospective single-center observational study. 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