ハードウェア/ソフトウェアの 両面で成熟が進む

Part 2 technical trend
〔第2部―技術動向〕
ハードウェア/ソフトウェアの
両面で成熟が進む
無線ICタグ開発の現状
RFID(Radio Frequency Identification:無線ICタグ)の実用化に向けた取り組みは、
技術的な観点からはハードウェアとソフトウェアの2つの分野に大別される。
ハードウェア面は、無線IDタグの実体となるチップやリーダの開発である。
一方、
ソフトウェア面は、無線IDタグに記録する識別コードの体系の工夫から、
そのコードを利用するためのサーバ・サイドの各種支援ソフトウェアや、
膨大な情報のやりとりが予想されることからネットワークの改善まで視野に入ってくる。
RFIDのハードウェア
無線ICタグは、ハードウェアの観点
ていない。現時点でも必要に応じて
圧がかかる、というイメージである。ア
さまざまな機能を持つチップを製造可
ンテナはICチップを動作させるために
能な状況にある。
不可欠の要素であり、実のところアン
テナの存在が無線ICタグの実用上の
からは、ICチップとアンテナから構成
される。
ICチップには、
無線通信機能や
送出されるID情報が記憶されている。
アンテナとパッケージング
サイズを制約しているともいえる。ICチ
アンテナは、通信のために使われる
ップは縦横それぞれ1mm以下という
ICチップの機能面に関しては、現状
のに加え、ICチップに電源供給を行な
極小サイズのものが実用化されている
はほぼ実用段階に達していると見てよ
う役割も担う。無線ICタグには、電源
が、アンテナと合わせた“インレット”の
い。現状での開発努力は、主に製造コ
を内蔵するものとしないものの2種類が
サイズは数cm角という大きさになるの
ストを低下させることや、チップサイズ
考えられるが、現在注目されているの
が一般的である。
をより縮小するという方向に向かって
は電源を内蔵しないタイプのタグであ
アンテナに関する問題点は、金属部
いる。特に重要なのは価格で、目標と
る。ICチップを動作させるために必要
材に対する対応である。現状では、ア
しては1個数円のレベルを目指して開
な電源は、アンテナを介してリーダな
ンテナ部分が金属に接触してしまうと
発が進められている。現状のコストは
どの読み取り側機器から供給される。
通信不能になるし、リーダと無線ICタ
タグ1個あたり数十円というレベルであ
リーダが作る電磁場内にアンテナが入
グの間が金属で遮蔽されても読み取り
り、この価格では数百円程度の価格で
ることで起電力が生じ、ICチップに電
不能になる。日用品の個別管理という
販売される安価な商品の個別管理に
は使えないため、利用範囲が限定され
てしまう。価格が下がれば下がるほど、
利用範囲が拡大すると期待されるた
サーバ
ICタグ
め、低価格化への取り組みは、地味で
はあるが重要な要素である。
電波
細かく見ると、ICチップにはどの程
度の情報を記録できるのか、製造後に
記録されたID情報を書き換えることが
ICチップ
小型アンテナ
電波によって内部メモリにアクセスし、
非接触でデータの読み書きを行なう。
リーダ/ライタ
サーバによってICタグのデータを管理し、
さまざまな用途への活用を行なう。
できるのか、といった要素があるが、い
ずれも技術面では大きな問題とはなっ
36
Open Enterprise Magazine Nov 2004
図1 RFIDシステムの基本的な構成 (DNP ICタグ事業化センターのWebサイトより)
Feature Story
特集
無線ICタグの可能性
局面で考えると、缶詰や缶飲料への対
取ることができる点がバーコードに対
である。この情報を利用して、たとえば
応が困難になるわけだ。
する大きなアドバンテージだと考えら
商品のトレーサビリティを実現するに
この問題に対しては、インレットの工
れている。しかし、電波の到達範囲が
は、別途追加の情報が必要である。た
夫によってアンテナをあらかじめ絶縁
短いとこのメリットも半減してしまう。逆
とえば、BSE(牛海綿状脳症)の発生を
しておく方法などが考えられている。
に、むやみに長くても、今度は読み取
受けて、食品の安全性を消費者が確
たとえば、日立製作所は今年9月にミ
る必要のない情報まで飛び込んできて
認できるようにという圧力が高まってい
ューチップのインレットをラミネーション
しまう可能性もあるが、実用上は数m
る。スーパーの店頭で販売されている
技術を応用して製造することで、金属
程度の到達距離が欲しいという声が多
パックされた牛肉が、どこの牧場で飼
への貼付にも対応できるタグを開発し
い。これを受ける形で、新たにUHF帯
育されていた牛で、どのように解体さ
ている。日立が発表したのは、耐水性
ICタグが利用可能となる見通しであ
れ、店頭に届けられたか、という情報
を実現した「薄型ラミネートタグ」
、さら
る。具体的には、950∼956MHzにで
を必要に応じて随時参照できるな仕組
に強度を高めた「高強度ラミネートタ
きる空き領域を新たに無線ICタグ用に
みが求められるようになってきているの
グ」、金属部分への貼付に対応した
割り当てる計画であり、これが実現す
である。この情報をすべて無線ICタグ
「金属専用薄型タグ」
、手軽に貼付でき
れば最大通信距離が最大10m程度と
に格納するのは、現実的ではない。そ
るように片面に粘着テープを貼り付け
現状に比べて大幅に長くなると見込ま
のため、実際にはバックエンドのデー
た「シールタグ」の4種類である。
れている。
タベースと連携させ、履歴などの関連
金属専用薄型タグでは、アンテナを
2層構造とし、金属に直接貼り付けた
情報は外部のデータベースに記録して
ソフトウェア面での動向
場合でも25cmの通信距離を確保する
ことに成功している。
線ICタグから読み取られるID情報は、
無線ICタグに関するソフトウェア面
での動向として最大の関心事になるの
無線周波数の問題
いくという使われ方になる。つまり、無
データベースの検索キーとして使われ
ることになるわけだ。
が、コード体系の問題である。無線IC
トレーサビリティの実現などを考えれ
現在、日本国内で無線ICタグに利用
タグでは、従来のバーコードの置き換
ばわかるとおり、1つの商品も、流通過
可能な周波数には、13.56MHz帯と
えから、将来的には物流における個別
程でさまざまな業者による加工などを
2.45GHz帯がある。13.56MHz帯は、ワ
管理や、トレーサビリティの実現など、
受けることになる。その履歴を適切に
イヤレスカード・システムに割り当てら
さまざまな応用が期待されている。個
管理するには、複数企業をまたがって
れた周波数帯で、2.45GHz帯は無線
別管理を実現するには、当然1つ1つ異
共通のコードで処理できないと効率が
LAN等にも使われているISMバンドで
なるIDを付与する必要がある。現在
悪い。この意味からも、ワールドワイド
ある。無線ICタグでは、アンテナで受
のバーコードが、基本的には商品種別
で共通に使えるコード体系の確立が求
信する電波から給電を行なう都合上、
ごとに割り当てられ、同種の製品を
められているのである。
使用する周波数によって通信可能距離
個々に区別するところまでは行なって
現在、無線ICタグの標準化に向けた
が変わる。給電方法の違いもあり、
いないのに対して、割り当てるコードの
動きは複数あるが、中でもワールドワ
13.56Mhz帯を使用した場合は最大約
数が膨大になることは容易に想像でき
イドでの標準仕様に最も近い位置にあ
80cm、2.45GHzを使用する場合は最
る。このとき、重複が生じないようにあ
るのがオートIDと密接な関連を持つ
大約1.5mという到達距離になると言わ
らかじめ割り当て体系を明確に決めて
EPCグローバルである。
れている。
おかないと、有効性が損なわれること
バーコードでは光学的に読み取るた
になる。
EPCグローバルは、日本国内ではこ
れまでJANコードを扱っていた財団法
め、リーダとコードを正対させて1つず
無線ICタグでは、必要な情報すべて
人 流通システム開発センターが運営す
つ読み取ることになる。しかし、無線
をタグに格納することまでは想定され
ることになったため、バーコードの後継
ICタグでは電波到達範囲内にあれば、
ていない。タグに格納されるのは、あ
規格としてスムーズに受け入れられる
複数のタグからの信号をまとめて読み
くまでも識別に必要となるID情報のみ
素地ができあがった。
Open Enterprise Magazine Nov 2004
37
Part 2 technical trend
〔第2部―技術動向〕
EPC
大なIDは不要だという考え方もあるこ
タはまず認証局を利用した認証を受け
とから、EPCグローバルではシリアル
ることが求められている。
EPC(Electronic Product Code)
は
番号を短縮した64ビットの体系も用意
ユビキタスIDシステムで利用される
EPCグローバルが採用するコード体系
している。IDのビット数が少なくなれ
コード体系はucodeと呼ばれている。
であり、無線ICタグであるオートIDシ
ば、ICチップの製造コストが下がるこ
128ビットを基本長とした可変長の体系
ステムで使用される。EPCは64ビットま
とが期待できるので、普及の初期段階
で、128ビット、256ビット、384ビット、
たは96ビットのコードで、96ビットコード
では64ビット・コードがまず利用されて
512ビットの体系が考えられている。ビ
を使用した場合には、およそ2億2,680
いくと予想される。
ット長の長さを活かし、バーコードで
使用されているJANコードなどをその
万の企業を識別でき、各企業は1,600
万のオブジェクト・クラス
(製品種別)
を
Ubiquitous ID
まま内部に格納するメタコード体系と
なっている。
設定し、さらに各オブジェクト・クラスご
オートIDと対立する規格として注目
とに680億のシリアル番号を使用する
を集めたUbiquitous ID(ユビキタス
既存のJANコードをそのまま流用
ことができるとされている。メーカーが
ID)は、最終目標としてユビキタス・コ
し、追加のビットを使用して個別にID
製品個々に個別にIDを付与することを
ンピューティングの実現を掲げるが、現
を割り当てる空間が用意されているた
考えても、当面は十分な数のIDが確保
実のレベルではオートID/EPCグロー
め、現在JANコードを利用して商品管
されていると考えてよいだろう。
バルの取り組みとよく似た活動を行な
理を行なっている業界では自然な移行
っている。
が実現されると期待されるが、一方で
EPCの番号の割り当てはEPCグロー
最低でも128ビットというコード長から、
バルが管理し、企業ごとにIDを割り振
アーキテクチャ上の特徴としては、リ
っていく。各企業は、オブジェクト・クラ
ーダの役割を果たす「ユビキタス・コミ
ICチップのコストダウンが期待通りに進
スやシリアル番号を重複しないように
ュニケータ」がインテリジェントなデバ
むかどうかの懸念もありそうだ。
割り振っていくことで、ワールドワイドで
イスだと想定されており、これが主体的
ユニークなIDであることが保証される
にコードの読み取りからデータベース
データベースとバックエンド・システム
ことになる。
の検索などを行なう。また、セキュリテ
オートIDでは、当初からインターネッ
ィに配慮して、ユビキタス・コミュニケー
ト上でRFIDを活用することを想定し
ただし、現時点では96ビットもの長
ているため、バックエンドのシステムも
ネットワーク対応を前提として機能分
割されている。ここでは、その構成を
EPCチップ
EPC(Electronic Product Code)
Auto-ID RFID tag
64∼96bit長で製品を
表現する安価なタグ
概観してみよう。
まず、無線ICタグから送出されるID
RFIDリーダからのイベントを
集約管理するサーバ
各種業務
アプリケーションなど
Savant
情報はリーダで読み取られ、サバント
(Savant)
と呼ばれるソフトウェアで前
処理を受ける。サバントは、リーダから
ONS(Object Name Service)
EPCからPMLが格納されている
サーバへのアドレスを導くサービス
送られた情報を集約/整理する役割
Application
を担う。無線ICタグでは、仕組み上同
じIDを複数回重複して読み取ってしま
うこともあり、適切なフィルタリングを行
ONS
なわないと逆に情報が混乱してしまう
EPCIS(EPC Information Service)
EPCに関連する情報を
提供する各種サービス
さまざまなアプリケーション
例:情報家電冷蔵庫
EPCIS
可能性もある。サバントはリーダの情報
を整理して必要な情報だけを後処理
に回すことで、情報の質を確保し、無
図2 オートIDのシステム構成図
38
Open Enterprise Magazine Nov 2004
駄な処理を回避することで後処理の負
Feature Story
特集
ユビキタスIDセンター
ユビキタスIDセンター
ユビキタス・コミュニケータ
eTRON CA
eTRON
Ubiquitous ID
Resolution
Server
ユビキタス情報
サービスセンター
eTRON
ucodeタグ
Product
Information
Service Server
非接触通信
製品
eTRON
無線ICタグの可能性
いる。Oracle Sensor-Based Services
は 、Oracle Database 10g、Oracle
Application Server 10g、Oracle EBusiness Suite 11iといった同社製プ
ラットフォームにRFID対応機能を盛り
込み、実務への活用を目指すものだ。
無線ICタグの実用化によって、データ
ベース・アプリケーションの重要性がさ
eTRON認証番号プロトコルによる通信
固定不能プロトコルによる通信
品化に取り組む動きだといえる。
図3 ユビキタスIDのシステム構成図
荷を軽減する重要な役割を担う。
次に、EPCコードをキーに引き出さ
れるデータを記述するための言語とし
体的な実装はまだ整備されているわけ
関わる詳細情報などを記述するため
当面の課題
ではなく、ベンダー各社が製品化を急
いでいるところだ。
て、PML(Physical Markup Language)
が規定されている。PMLでは、モノに
らに高まることを見越し、いち早く製
RFIDシステムに関しては、実用化に
向けた当面の技術的な課題はほぼク
ベンダーの対応
サン・マイクロシステムズ
(サン)では、
リアされており、現在は実際の業務利
用の場面を想定した実証実験が繰り
の標準仕様を規定しており、データベ
今年後半の投入を目標に、RFIDシス
返されている段階だ。ここで、リーダの
ースにはPMLで記述された情報が格
テムのためのミドルウェア製品群「Sun
適切な配置や読み取り距離の設定、一
納されることになる。
Java System RFID Software」の開発
度に読み取れるIDはいくつなのか、と
を 進 めて い る 。サバントや O N S 、
いった具体的なノウハウが蓄積されつ
するPMLデータが格納されたサーバ
EPCISといった基本的なサーバ・ソフ
つあるところだ。
を見つけ出すには、ONS(Object
トウェアが一括して提供されることが
当面の課題は、UHF帯の利用を想
Name Service)が利用される。ONS
期 待 さ れ る の に 加 え 、Java RMI
定した新しいICチップ/リーダの普及
は 、インター ネットに お け る D N S
(Java Remote Method Invocation)
や、ICチップの低価格化などになるだ
(Domain Name System)
と同様の役
や JMS( Java Message Service)、
ろう。また、ワールドワイドでの利用を
割のサーバだと考えてよいだろう。
Jiniなどを使用し、異なるプラットフォ
目指したコード体系として、EPCと
ーム上でのデータやメッセージの交換
ucodeが並立している状況なので、統
を可能にするよう配慮されているた
合されるにせよ、棲み分けが図られる
を見つけ出して返答する。EPCISには
め、複数企業間で異なるプラットフォー
にせよ、何らかの決着を見ないと普及
PMLで記述された関連情報が格納さ
ム上に構築されたシステム間での情報
の障害となる可能性も残っている。
れており、要求に応じて引き出すこと
連携が実現されるはずだ。
読み取られたEPCコードから、対応
O N S は 、E P Cコードに 対 応した
EPCIS( EPC Information Service)
現時点では、本格的な普及が始まる
ができる。実際には、
トレーサビリティ・
また、オラクルでは、RFIDに必要な
までにはまだ数年を要すると見込まれ
アプリケーションや出入庫管理アプリ
機能をまとめて提供する統合ソリュー
るが、半導体を活用した技術の性格
ケーションといった具体的な業務アプ
ションとして「 Oracle Sensor-Based
上、普及が始まれば急激に低価格化が
リケーションを用意し、これがサバント
Services」を発表している。RDBMSを
進み、一気に一般化することが考えら
からEPCコードを受け取り、ONSを検
中核製品とするオラクルでは、無線IC
れる。そのため、ERPやSCMなど、既
索してEPCISと通信し、PMLで記述さ
タグの実用化に伴うデータの急増にい
存のバックエンド・システムの構成を見
れた情報を引き出して処理を行なう、
ち早く対応し、EPCグローバルやユビ
直し、来るべきRFID実用期に備えて
という流れになる。この体系は、アー
キタスIDセンタに参画して標準化に関
システムを適切に準備しておく必要が
キテクチャは示されているものの、具
与する一方で製品提供も着々と進めて
あるのではないだろうか。
Open Enterprise Magazine Nov 2004
39