<図1>

1. 弁逆流から心機能へ
<図1>
図1の上段に正常(A)と心不全(B)の左室圧波形を示す。左室が収縮・拡張
不全を生じると、圧波形の上昇速度・下降速度が緩やかとなる。Bの波形はAに
比べて波形の立ち上がりも下降脚も、ともに緩やかであり、収縮性、弛緩性とも
に低下している。そのため圧の時間微分波形をみると(図の中段)、最大・最小
値も低下する。このように元気のない心室の圧波形は一目でわかるのである。左
室内圧の変化が心腔内の血流速度に反映される端的な例として僧帽弁逆流がある。
図の最下段は連続波ドプラで記録した僧帽弁逆流の流速波形である。左は左室収
縮不全のない症例、右は収縮不全のある症例である。右の症例では左室圧波形と
同様に流速の上昇と下降がゆるやかとなっており、僧帽弁逆流の血流速波形が左
室圧波形を反映している。僧帽弁逆流を見たら左室圧波形を思い出してほしい。
僧帽弁逆流の流速は左室―左房間の圧較差を正確に反映する。臨床においても
連続波ドプラ法で得られた最高流速(V)に簡易ベルヌイ式(⊿P≒4V2)を適用
してその圧較差⊿P を計測できるが、これを利用して左室圧の上昇速度、下降速
度(左室圧の時間微分値)を推定できる。
<図2>
左室圧の立ち上がり方を見ると収縮不全かどうかがわかると述べたが、定量的
に評価するには左室圧の一次微分(dP/dt)の最大値を計測する必要がある。
そのためにはカテ先マノメーターを用いた左心カテーテル法による左室圧の記録
が必要であった。しかし、僧帽弁逆流を利用して連続波ドプラ法で簡単に推定で
きる方法がある。dP/dt≒⊿P/⊿tとすると⊿Pは簡易ベルヌイ式により求め
られる。⊿tについては、逆流速度が 1.0m/s から 3.0m/s まで加速するのに要し
た時間を計測に用いる。われわれが使用している心エコー装置の計測プログラム
では⊿tを自動計測してdP/dtを算出している(図2)。正しくは MR の流速
は左室圧のみではなく左室と左房の収縮期圧較差に依存するが、左房圧の変化は
左室圧に比べて無視できるほど小さい。
図2の症例では僧帽弁逆流の記録時に心室性期外収縮が発生している。逆流シ
グナルの波形をみると、洞調律心拍に比べて、期外収縮心拍で流速の立ち上がり
が緩やかで最高流速も低値である。実際計測してみると、洞調律時には 1280mm
Hg/s であったのが、期外収縮時には 640mmHg/s に低下している。一般に心室性
期外収縮時は左室圧発生の低下がみられるが、この症例では僧帽弁逆流の連続波
ドプラ波形が左室圧の質的な違いを鋭敏に反映している。
<図3>
図3では左心不全の有無による僧帽弁逆流の流速波形を比較している。図2で説
明した方法を用いると、左の左心不全例ではdP/dt=800mmHg/s、右の左心機
能正常の僧帽弁閉鎖不全患者では 1067mmHg/s であった。左心不全の患者では
軽度の逆流も含めればたいていの症例で僧帽弁逆流がみられる。この方法は、軽
微な僧帽弁逆流で収縮早期のシグナルしか得られない場合であっても適用できる。
<図4>
大動脈弁逆流の流速は拡張期の大動脈・左室間の圧較差に依存する。拡張末期
には、左室拡張末期圧=拡張期血圧 ―(大動脈・左室間圧較差)の関係が成り立
つ。もし大動脈弁逆流シグナルが連続波ドプラ法で記録できれば大動脈・左室間
の圧較差が計測できる。図4の症例では良好な大動脈弁逆流シグナルが記録され
ており、検査中の血圧実測値(50mmHg)から簡易ベルヌイ式により求めた圧較
差 32mmHg を差し引くことにより、本例の左室拡張末期圧は 18mmHg と推定さ
れる。
補足であるが、ドプラ検査において検査時の血圧をあわせて記録しておいたほ
うがよい場合がある。MR,AR とも逆流速度、ひいては逆流量は明らかに血圧に
左右されるが、ドプラ法の種々のパラメータも血行動態を反映して極めて鋭敏に
変化するので、外来受診時と検査時の心拍数、血圧、投薬内容などが異なれば正
確な結果の解釈ができないこともある。