11 月来日!! 日本フィル次期首席指揮者ピエタリ・インキネンに聞く 広瀬(H):新しく、シベリウスの交響曲全集を日本フィルと収録されました。すでにナクソスレーベ ルから、ニュージーランド交響楽団との演奏がリリースされております。両者の違いを教えて下さい。 インキネン(I):二つを並べて聴き比べてはいませ んが、解釈という意味では、自分の解釈には類似点 が当然あるでしょう。ただ、オーケストラの性質が まったく異なりますので、かなり違う演奏に聴こえ るはずです。録音された場所も違いますから、音の 移行にかかる時間が違ったり、テンポそのものが異 なったりするでしょう。それに、二つの演奏のあい だに何年もの年数が空いていることも影響している でしょうね。この間に私もさまざまな経験を重ねて いますので、それらが交響曲の録音に影響している はずです。大きな違いは、ニュージーランドでの収 録はスタジオで、日本フィルとの演奏はライヴでの 録音であること。ライヴの場合は、スタジオのようにきれいで完璧な録音をすることに主眼が置かれ るわけではありませんから、その意味でもかなり違いがあると思います。 H:11 月に演奏される『歴史的情景第 1 番』は、おそらく多くの日本人にとってはあまり馴染みのな い、フィンランディアとの関係でよく言及される作品ですが、この作品の魅力、そしてシベリウスと いう人物がフィンランドにおよぼした影響について教えて下さい。 I:日本フィルとのシベリウス・プロジェクトでは、かなりの作品をこれまでに取り上げることができ ました。いくつかの交響曲に比べれば、自分にとって「まだまだ新鮮な」作品がたくさんあります。 『歴史的情景』は、第 1 番も第 2 番も、情景を描写するとても美しい音楽で、『クレルヴォ交響曲』や 『レンミンカイネン』のように、かなり荒々しい、劇的な物語が背景にあるそれ以前の曲と違って、 やや古めかしい雰囲気を漂わせているように感じます。極めて美しいシベリウスの音楽です。 フィンランドはもうすぐ独立 100 周年を迎えます。ロシアがどちらへ向かうか大いなる情勢不安定 の時期、そうした中にあって、あるべきタイミングでシベリウスが登場したのです。さまざまな芸術 家や作家や画家などが集まった強いコミュニティが、シベリウスの家があったアイノラの近くにあり、 この重要な時期に彼らのような「国民のアイデンティティに力を与える人たち」がいたことが、重要 な鍵となりました。そうした芸術家たちの中でも、シベリウスはもっとも有名で、かつ重要な存在で あったと思います。 フィンランド語には SISU(シス)という言葉があります。 これは「意志の力」を意味し、それは、強い文化遺産・文化 の独立から生まれるのです。もしシベリウスという存在がお らず、独立に貢献することもなく、音楽がその中で重要な役 割を果たしていなければ、現在あるような、これほどの数の オーケストラや音楽機関システムが全国に広く存在する状態 は考え難いのです。シベリウスがいなければ、おそらく私も 今日ここに座ってはいないでしょう。 H:11 月にはご自身でバッハの『二台のヴァイオリンのための協奏曲』も演奏なさいますね。ヴァイ オリン奏者としての意気込みをぜひ伺いたいです。 I:以前に比べれば大幅に頻度は減りましたが、いまでも、 ヴァイオリンは定期的に演奏しています。オーケストラ の首席奏者と演奏するために、最近は主にモーツァルト の『協奏交響曲』やバッハの協奏曲を弾いています。そ ろそろ、コンサートマスターの扇谷さんと、舞台に出て もいい時期になったのではないかと思います。ヴァイオ リンを演奏できる状態になるのに準備期間が必要なので すが、いまの私の多忙なスケジュールでは、練習時間を 見つけるのが大変。最近では、一時期にまとめて取り組 み、弾ける状態にもっていき、演奏し、そのあとはしば らく休み、またコンディションを整えて、いくつかコン サートをこなし、また休む、という弾き方が主になってきています。このような新しいルーティンの ようなものができあがっており、いまのところ、これがうまく機能しています。 H:チャイコフスキー『交響曲第 5 番』も演奏されますね。2008 年に初めて日本フィルに登場された ときは、チャイコフスキーの第 4 番から始められたわけですが、チャイコフスキーという作曲家につ いて考えていることをお聞かせください。 I:チャイコフスキーはもっとも人気の高い作曲家のひとりであり、『第 5 番』は音楽史上もっとも人 気が高く、成功した交響曲のひとつで、私もキャリアの早い時期から指揮してきました。チャイコフ スキーの交響曲では、『第 6 番「悲愴」』がもっとも作曲家の「心」に近い作品で、とりわけその最終 楽章は、内に押し込められた葛藤が叫びとなって現れた作品でしょう。シベリウスにとって『交響曲 第 4 番』がそうであったように、極めて私的な。でも、演奏者にとっても聴き手にとっても、すべて が揃った完璧な作品というのは『第 5 番』ではないかと思うのです。 「悲愴」のほうが、多くの意味で、 音楽的重要性は高い作品ではありますけれど。すべてを備え、且つ、肯定的な高揚感をもたらしてく れるのは 5 番です。 ****** H:来年、首席指揮者に就任される折には、ワーグナー・ガラを 2016 年 9 月に指揮されます。また 2012 年にも『ワルキューレ』第 1 幕を指揮されました。ワーグナーが大変お好きでいらっしゃるのは なぜでしょうか。私はとてもうれしいのですが(笑)。 I:ワーグナーを好きになるかどうかは、DNA の中にその因子を持っているかどうかなのだと 思います(笑)。妙な言い方かもしれませんが、ワ ーグナーを好きであっても、その音楽を聴いて 「血が沸く」のでなければ、演奏しない方がい いと思います。知り合いのバイロイト祝祭管弦 楽団のメンバーはワーグナーのことを、専門家 と同じくらい、隅々まで知り尽くしています。 ワーグナーをやるには、そのくらい熱狂的でなくてはならない。とくに《ニーベルングの指環》は、 おそらく人類が成し得た最高の成果であり、これを越えるものを作るのは難しいでしょう。その物語 は時間を超越しており、柔軟である故に、さまざまなかたちで見せることが可能であり、だからこそ 流行遅れになったりすることがないのです。 H:インキネンさんは知る人ぞ知るラーメン好きでいらっしゃいますが(笑)、今回の来日でおいしいラ ーメン屋さんは見つかりましたか? I:東京では新しいお店を開拓する時間がなく、いつも一風堂に行きます。九州ではいろいろな種類の ラーメンがあって、混乱するほど。どれも美味しく、味もさまざまで、お気に入りを選ぶのが難しい。 ただ、九州での問題は、毎日食べてしまうこと(笑)。最近の来日では、一週間に 1 回、多くても 2 回 にしています。美味しい店があれば、次回のためにぜひ教えて下さい。 ****** H:横浜定期演奏会にいらっしゃる皆様にメッセージをいただけますか。 神奈川県民ホールは初めてで、どんなホールかまだ経験していませんが、会場は違っても横浜の聴衆 は同じで、横浜は定期的に訪問している都市ですから、横浜の定期会員の皆さまとヴァイオリンの演 奏を共有できることを楽しみにしています。
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