Daniel Kaufmann, Aart Kraay, and Massimo Mastruzzi“Governance

2005 年 8 月 12 日
国際基督教大学
近藤正規
開発援助の新しい潮流: 文献紹介 No.56
Governance Matters IV: Governance Indicators for 1996-2004
Daniel Kaufmann, Aart Kraay, and Massimo Mastruzzi
(May 2005, The World Bank)
援助におけるガバナンスの重要性が強調されるようになって久しい。米国のブッシュ政
権は2期目に入り、途上国の民主化推進とガバナンス強化をこれまで以上の強力に推進し
ており、世界各地で起きているテロ活動も途上国のガバナンス改善の重要性を強調する結
果につながっている。援助の有効性という観点から見ても、世銀による一連の研究はガバ
ナンスの良い国ほど援助が成功しているという事実を実証している通り、ガバナンスの改
善なしに援助の有効活用は有り得ないことが明らかになってきている。
しかしこのガバナンスの改善といった場合に、それが所得や識字率、平均寿命といった
目に見える指標ですぐに表されることが難しいだけに、これまでガバナンスの指標化の試
みは、世銀や米国、英国、OECDなどのドナーによってさまざまな形で行ってきた。本
報告書は、そうしたガバナンス指標の中でも、そのさまざまな側面を統合した指標として
は最も良く使用されるものを開発した、Kaufmann らによる世銀の研究グループによる最
新の報告書である。
【要旨】
本報告書は、同じ著者によって1999年以来継続して行われてきた、ガバナンス指標に関
する一連の研究の最新版であり、ガバナンス指標の最も新しい国別値を示すと共に、これ
までに指摘されてきたその指標についての問題点を反映した上で、その指標を改善し、指
標自体の妥当性の検討を行っている。
本報告書は、以前の一連の報告書と同様に、各種データ・ソースから得た数百のデータ指
標を 6 つのガバナンスの側面(①市民の声の反映と説明責任、②政治の安定と暴力の排除、
③政府の効率性、④規制・政策の妥当性・有効性、市場に友好的でない政策の排除、貿易
や民間セクター開発における規制の排除等、⑤法の支配、⑥汚職の撲滅)に分類し、最後
にこれらの6つの指標を一つに統合している。さらにこれまでの 8 年にわたるデータを時
系列に分析してガバナンス水準変化の検証も試み、国によっては制度改革が短期間でも実
現可能であることを実証している。
【背景】
援助の効率性を上げるためには、ガバナンスの改善が最も重要であることは、1990 年代
以降、援助コミュニティに共通した認識となりつつある。特に米国 Bush 政権は2期目に入
り、援助におけるガバナンス重視をさらに強めており、Wolfowitz を新しい総裁に迎えた世
銀においても、同様の流れは強まるばかりである。
しかしながら途上国の現実に目を向けると、2004 年度版の世銀報告書「Annual Review
of Development Effectiveness」においても指摘されているように、これまで公共セクター
の制度改善のために多くのプロジェクトが実施されてきたにもかかわらず、現在までのと
ころガバナンスの改善や汚職の減少に関する実績はきわめて少ないと言わざるをえない。
そもそもガバナンスの良好な国に対して援助を増加させるにしても、ガバナンスを指標
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化して客観的な尺度を設ける必要があり、米国のように独自の指標を開発して使用してい
る国もあるが、世銀や国連のような多国間開発機関の場合、その指標の客観性その他の問
題点によって、ガバナンス指標を援助の実際に用いることに対しては、困難が常につきま
とう。実際、同じ著者によって行われてきたガバナンス指標は、実際の世銀による IDA の
資金配分においても使用されていない。その理由は、データの客観性にある。ガバナンス
というきわめて数値化しにくいものを指標化するにあたっては、どうしてもアンケートな
どによる主観的な方法に頼らざるを得ないところがある。さらに、世銀の融資対象となる
全ての国をカバーするに当たっては、国によってデータの入手が困難なところが出てくる
のは当然で、しかもそういった国ほどガバナンスに問題がある場合が少なくない。またガ
バナンス指標の構築に当たっては、フリーダムハウスや TI などによって作成されたデータ
を二次的に使用しているため、これらのもととなるデータの測定の妥当性や継続性などに
ついても一つ一つ吟味しないといけなく、そうしたことから、これまで Kaufmann らによ
って作成されたガバナンス指標は、他のドナーはおろか、世銀内部においても実際に使用
されていない状況となっている。
こうした背景のもとで、数年ほど前に、世銀 Kaufmann らの指標に代わるような、新し
くより客観的なガバナンス指標の開発が、英国政府の資金援助のもとに世銀と OECD の
DAC の研究者によって行われた。この指標はいわゆる第二世代指標と呼ばれ、その構築に
あたっては、指標の識別とデータ収集において、まず新しいデータを収集する努力がなさ
れた。さらに新しい指標は既存の客観的なデータ・ベース(予算の不安定性や歳入源不安定性
など)により構成された。また、データはビジネス調査や地方分権に関するデータベース、
世銀の世界開発報告書のバックグラウンド・リサーチやその他のドナーの指標も用いられ
た。しかしながらこの第二世代指標も、それを構成するいくつかの指標に予算や歳出にお
ける年別の偏差があったり、議会に報告されるガバナンス評価の監査の遅れがあったりす
ることにより、その質が問われることとなり、筆者の知る限り結局、第二世代ガバナンス
指標の構築は失敗に終わり、むしろ Kaufmann らによる世銀指標の方がむしろまだ良いと
いう認識が、関係者の間で持たれている様子である。この Kaufmann らによる指標は、世
銀の援助の実務においては使われていないものの、さまざまなリサーチにおいてガバナン
スの値を得るためのソースとしては使用されるようになってきているからである。こうし
た背景のもとで、Kaufmann らの世銀の研究グループは、これまでに彼らが扱ってきたガ
バナンス指標の改善を行うとともに、今回も新しいガバナンス値を公表している。
【内容】
本報告書の構成は以下の通りである。第 1 章の序文に続いて、第 2 章ではデータの説明を
行っている。そこでは 12 の新しいデータソースを取り入れ、過去のデータ値もそれらを用
いて更新している。それらを下に述べる 6 つのカテゴリーに整理・集積し、国別のデータ
を出すとともにその信頼水準を検証している。
次に、過去8年間で各国のガバナンス指標がどう変化したかを検証し、さらに全世界の
集計データの推移も分析している。(実際には、データは二年おきに集積されているため、
1996 年、1998 年、2000 年、2002 年、2004 年の 5 つの年のデータである。
)なお、この章
での分析はいずれも高度な統計分析は行っておらず、グラフ上で容易にわかるような大ま
かな基準を使って検証している。その結果、数としては若干ではあるが、確実にガバナン
ス水準が変動している国があるという結果を明らかにしている。
第 3 章では、より統計学的に精緻な手法を用いてガバナンス指標の値の変化を検証して
いる。まず、それぞれの入力データ(ガバナンス指標)の変化を検証すると、それぞれの
測定誤差が大きいため、統計上の優位性を確立するのは危険である、と主張している。そ
の後、本シリーズ提案の 6 つの集積データについても同様に測定し、集計データを使った
方が変化を正確に測定できると提示している。
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第 4 章では、ガバナンス測定のために使用されている主観的データと客観的データとを
比較し、その両方が必要であることを説明している。これはガバナンス指標が主観的であ
るというこれまでによくなされてきた批判に対応するものである。
第 5 章では、所得とガバナンスの関係、つまり、ガバナンスが所得に及ぼす影響につい
て検証している。「後光効果」をコントロールした上で、ガバナンスが所得に及ぼす影響は
高いと結論付けている。
本報告書でも、統計上の留意点をあげている。ガバナンス水準を測定することは極めて
困難で誤差が大きいため、以前同様に各種データソースの集約値を使用している。今回の
指標においては、データソースを更に増やしたため誤差は小さくなったが、未だ相当の誤
差は残存し、データ解釈には注意が必要であると筆者は言及する。一方、誤差は主観的デ
ータに特有のものではなく、客観的なデータにも存在する。また、例えば投資家はある国
の税制度等の法的枠組みだけではなく、国の腐敗度に対する認知といったものに関心を示
すため、制度的環境は重要な要因である。そのようなデータには現場の声が必要であるた
め、主観的なデータを用いることも重要であると強調している。
また、所得とガバナンスの間には強い関係性があるという結果が出ている。筆者らによ
るとこれは、高所得国は主観的にガバナンスが良い、という一般認識による「後光効果」
によるものではない、と統計結果から主張する。さらに、サハラ以南アフリカの諸国で頻
繁に見られる貧困国における低いガバナンス水準については、貧困であるがためガバナン
スが悪いのだ、という釈明は間違っているとしている。
【書評】
ガバナンスは、経済開発に必要であるとともに、開発援助効率の向上に影響するという
認識が、アカデミック・政府・援助コミュニティの間で共有されており、現在のガバナン
ス水準および時系列で過去からの水準変化を各国毎で把握することは重要である。本報告
書は、そのような背景の下に 1999 年に始まった世銀のガバナンスに関する一連の研究で用
いられているガバナンス指標の更新である。
本報告書は、現時点で最新のガバナンス値を国別に提供しているという点だけでも十分
意義があるが、それにも増して重要なのは、これまでの8年間のデータの蓄積をもとに、
時系列分析を行っていることである。その時系列分析の結果、本報告書は、国によっては
短期間でもガバナンスを大きく改善している国があることを主張しているが、その数は必
ずしも多くはないことは留意すべきである。本報告書はさらに、貧困度とガバナンスの因
果関係を分析し、貧困であるがゆえにガバナンスが悪いのではなく、ガバナンスが悪い国
が貧困に陥っている傾向があることを明らかにしている。
これまで8年間にわたって行われてきた Kaufmann らによるガバナンス指標は、その客
観性の不足などを始めとした批判を受けてきており、上記の通り世銀での実際の資金援助
配分にも用いられるには至っていない。本報告書ではこれまでの批判に対応して、データ
ソースを増やして指標そのものを改善すると共に、批判に対して計量経済学的に自らの指
標を弁護しているようである。ただし、その手法はあくまで計量経済学的であり、批判を
行っている各方面を満足させられるようなものであるかは、若干の疑問であるように見受
けられる。今後ともこの指標は、各種のリサーチにおいては参考にされるものの、世銀の
援助の実際面で用いられることはないのではないか、と考えられる。
次に、本報告書は、近年援助コミュニティの注目を集める投資環境整備、あるいは民間
セクターの開発を意識しており、以前の Governance Matters III(2003)までは余り見ら
れなかった「一国への投資要因」
(例えば世銀・IFC による「Doing Business in 2004」OUP)
を念頭に置いていることは興味深い。また、Governance Matters III では、誤差幅の測定
のために、米国の同時テロにより一層ガバナンスに対する姿勢を強化した米国援助を踏ま
えて、米国 MCA による対象国選定においても用いられている基準を一部取り入れた。この
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ように、近年の援助潮流を取り入れた研究がなされていることがこの研究シリーズの評価
できるところであり、今後の一層の研究成果が期待できる。
最後に本報告書のガバナンスの最新データは、報告書本体には国別に表示されていない
ものの、世銀のホームページよりダウンロード可能である。日本としても、実際の援助の
国別配分には用いないまでも、その主要援助対象国のガバナンス指標をここから調べてお
くことは意味があろう。
以上
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