念願のピレネー横断 トレッキング

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念願のピレネー横断
見てはと指導され、右だけで見ると不思議になん
ともなくなる。結果は﹁左複眼﹂で、左の目の筋
肉︵六本ある︶のどれかが傷み、右と焦点を合わ
片 井 巌
左眼帯して何とかトレッキングに参加することが
調が悪くなるということで、原因が分かったので
とか合わそうと無理をしてストレスが発生し、体
せられないようになり物が二つに見え、体はなん
今年の道標のテーマーは、﹁もう一度行きたい
できた。
トレッキング
思い出の山﹂であるが、行きたい山は沢山有りす
︵ピレネーの紹介︶
憶の確かな昨年に行ったピレネートレッキングを
ピレネーは、 皆さん良くご存知と思いますが、
ぎるので、どれを選ぶべきか難かしく、比較的記
書いた。
︵第一日目∼二日目︶
フランスとスペインの国境にあり東西に約四三〇
関空発十一時二十五分パリ行で、パリのドゴー
紀行文はたくさん記載されるので、コースの中
されたもの。西部は一000m級のなだらかな山
ル空港で乗り換え、 フランス中部の都市トウ︱
㎞に伸びている山脈です。地質学的にはアルプス
地だが、中央部から東へ二000m級の山が増
ルーズ 航空機メーカのエヤバスがある に二十時
の世界遺産と、 コースの興味が持てる所の解説
︵予測しなかった事前のトラブル︶
え、最高峰であるアネト山︵三四〇四m︶以下三
頃に着く。 山脈より古く、古生代∼中生代に浅海の地層が堆
出発は,二〇一〇年六月一〇日から一〇日間の
000m級が一〇座以上散在する。
飛行機はほぼ満席で、エコノミークラス症候群
と、いろいろ興味のある事などを書てみる。興味
行程でしたが、四月末頃に少し風邪をひいたらし
ピレネーを選んだ理由は、ヨーロッパの山郡で
にならないように、ペットボトルを持ち込み︵空
積し、その後大陸移動により圧縮力で山脈が形成
く、体がだるく微熱が出たが、まー一週間ほどで
は、スイス、チロルにはそれぞれ二∼三回も行っ
で︶機内で水を入れて頻繁に飲み、水分不足を補
をもってもらえば幸いです。
治ると、たかをくくっていると、一月経っても治
ていることと、フランス、スペインの山村を見た
いう。起きている時は席を立ち、軽いストレッチ
)
らない。 ピレネー行きはダメか?と心配になり、
い思いで、一度ピレネーに行きたいと兼ねてから
ウールーズから専用車で約二時間南東にあるキリ
をしながら約十二時間を何とか無事に過ごす。ト
(
かかりつけの医院で胸のレントゲン、採血の検査
の念願であった。 から遠くを見ると物が二つに見えると言ってまし
たね! 一度悪い方の目︵左︶を閉じて右だけで
︵トレッキング開始︶
をした。結果異常なく、主治医曰く、貴方は以前
最高峰アネト山 3404 m
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の人が訪れる。
聖地となる。今では世界各国から年間五00万人
た。その内に世界各国から巡礼して訪れる最大の
飲んだ人の病気が、次々と治るという奇跡が起き
て地面を掘ると、泉が湧きだした。その泉の水を
ある洞窟で、聖母マリアに遭い、その御告に従っ
八五八年にこの小さな村の貧しい少女が、河畔に
﹁ルルド﹂は、奇跡の﹁ルルドの泉﹂がある。一
スト教の巡礼地でもある﹁ルルド﹂に着く。
〇㎝、幅三㎝ほどのプラスチック製のマリアさん
︵マリアさんの入れ物とは、 土産物屋に高さ二
リアさんの入れ物に入れて持ち帰る。
えして、泉の水を頂く。皆さん飲むだけでなくマ
人も沢山おられた。我々も大きなローソクをお供
おり、沢山の巡礼者が集まる。なかには車椅子の
に洞窟がある。洞窟の前で何時もミサが行われて
大きな立派なカトリックの教会があり、その横
客が沢山溢れており驚いた。
中であったが、そんな時間に街には巡礼者、観光
日本ではスイーツとしてのクレープは見るが?
野菜を包んで食べる。これが非常に美味しい。
フランスのクレープは蕎麦粉のクレープで肉や
昼は、名物の蕎麦粉で作ったクレープを食べる。
ルルドから車でアルジェレ・ガゾストに行き
跡が怒らないのかと落胆する。 とを期待したが、未だに良くならない。私には奇
れ日本に持ち帰った。なんとか目の病気が治るこ
私も沢山飲んで、マリアさんの入れ物二個に入
︵第三日目︶
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お姿をした入れ物︶ そば粉のクレープ
確かに我々着いたのは二十二時三〇分ごろの夜
泉の湧く洞窟
長いローソクを供える
世界遺産のサンテイャゴ・デ・コンポステー
れている。
ポステーラへの巡礼の道として世界遺産に登録さ
ガヴァル二︱村周辺は、サンテイャゴ・デ・コン
に落ちている滝は世界でも珍しいと思う。
︵四二二m︶あり圧巻である。四〇〇mもほぼ垂直
ガヴァル二︱の滝はヨーロッパで一番高い滝で、
世界遺産のガヴァルニー大渓谷を散策する。
歴史は一〇〇〇年以上の歴史のある巡礼の道
〇〇㎞以上にもなる。
〇〇㎞もあり、フランスの東北の端からでは二〇
ゴの道﹂ガ主要である。スペインの中だけでも八
る。スペインの中は北部を西に横切りサンテイア
道﹂と主要な道は四箇所がスペインに向かってい
モージュの道﹂
﹁ルピユイの道﹂
﹁トウールーズの
巡礼路はフランスの中では﹁トウ︱ルの道﹂﹁リ
キリスト教の三大聖地に数えられている。
遺骸があるとされ、ローマ、エルサレムと並んで
翌日は、 天気が悪くリフトが止まっているの
フトで下りホテルに帰る。
取り、天気が悪くなったので北壁を遠望して、リ
に向かう。川沿いで展望の良いところでランチを
レット小屋で一休み、湖畔の道をピニュマール峰
一七三〇mまであがり、コープ湖の湖畔にあるウ
ピニュマール峰北壁を眺めようとリフトに乗り
︵第四日目∼六日目︶
益が無いのではないだろうか?。
巡ったが、やはり全行程歩いて巡らなければ御利
ある。私もマイカーと船を利用して3回に分けて
ロッパ各国また多くの国からピレネー山脈を越え
て行く。一九九三年に世界遺産に登録されて人気
を高めている。一度少しでも歩いてみたと思う。
サンティアゴ・デ・コンボステーラ巡礼の道
日本には、有名な四国八十八ヶ所の巡礼の道が
ビニュマール峰遠望
で、今でも年間約一〇万人が、フランス及びヨー
ラの巡礼の道について少し解説しておこう。
スペインの西端の海岸にあるキリスト教の聖地
で、キリストの十二使徒の一人である聖ヤコブの
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カヴァルニーの滝
レドン湖畔周辺を散策し湖畔にある小屋で泊まる。
れる︶
。見学の後、車でニューヴエレ国立公園のオ
き試食をさせてもらった︵結局ホワグラを買わさ
周辺の山村で﹁ホワグラ﹂を作っている農家に行
て、近くにある大きな鍾乳洞を観光する。その後、
で、ピック・ドゥ・ミデイ︵二八七二m︶は諦め
る凄さである。
と言えば、巨木というか老木というか、目を見張
あるアラン谷をハイキングする。樹齢千年のブナ
スペイン・ピレネー山中の千年近くのブナ林の
来たなーと思った。
違いなんとなく明るい感じで、あースペイン行に
スペインに入ると、やはりフランスの田舎町と
り出した。 それを見たサラセン軍が、 あれほど
計を考え、太らした豚を惜しげも無く城の外に放
敗北かという時に、女性の領主﹁カルカス﹂が一
人に五年間も城を包囲され食料がなくなってきて
名前の由来は、AC・三〇〇年頃に、サラセン
と言うことが解った次第。
で溢れており、さすがフランス二番目の観光地だ
翌日は、カタルーニャ地方独特の素朴な広い渓
ルカッソンヌ﹂としたと言う伝説がある。
て撤退し城が救われた。その偉業をたたえて、﹁カ
太った豚を捨てるとはまだまだ食料は豊富だと見
六日目は、ニューヴィエレ国立公園の三箇所の
湖を眺めながら周辺をハイキングして、専用車で
国境を越えてスペインのカタルーニャ地方の村
谷の中にある教会まで約四時間ほどハイキングする。
フランスの南西部にあり二五〇〇年の歴史を誇り
どの有名な観光地である。
カルカッソンヌを見ずして死ぬな!と言われるほ
いところ︵年間二〇〇万人︶で、ヨーロッパでは
モンサンミッシェルについで二番目に集客率の多
カルカッソンヌは、フランスの観光地の中で、
界遺産のカルカッソンヌを観光する。
最後の日は、ツアー最終を飾るにふさわしい世
は、とお薦めしたい。
トタウンかと思うぐらいである。 一度行かれて
た。山村などは人影を見るのも少なくて、ゴース
た感じである。 本当に素朴で物静かな感じがし
く、氷河も、残雪も少ないので日本の山とよく似
ピレネー山郡は、アルプスと違い急峻な山は少な
帰国した。
終わり、トウールーズから、パリ経由で関空へと
あっという間に九日間のトレッキングツアーが
︵九日目・最後の日︶
BC・六〇〇年にはローマ帝国の都市として栄
え、地中海と大西洋を結ぶ要諦でもある。
古くから様々な国から攻撃を受け、次々と城壁を
築き、今の城塞都市となった。城壁は三㎞にもあ
り、塔の数は五十三個もある。
今は城壁の中に住宅、店舗が存在してちょっと
した都市である。我々が行った時も沢山の観光客
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﹁ヴィエラ﹂に入る。
︵七日目∼八日目︶
世界遺産・カルカッソンヌ