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IT教育
生徒の興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる「国際ビジネス」の授業展開の一試み
− 企業が公開するレート変換システムの活用を通して −
宮城県石巻商業高等学校
概
木下
博昭
要
「国際ビジネス」を学ぶ目標の一つに国際的な資金の流れ,外国為替の仕組みや役割
を理解し,為替相場の変動による為替リスクの問題に適切に対応する能力と態度を培う
こととある。本研究は単元「外国為替と国際金融」において,外国為替の授業にITを
活用し,実感の伴う実習を通して国際社会や経済の理解を深めさせ,国際ビジネスの諸
活動に対する興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる授業展開の一試みである。
1
主題設定の理由
学習指導要領では商業科目「国際ビジネス」の目標を「企業の経営,経済活動に関する基礎的・基
本的な知識を習得させ,国際社会の一員としての心構えを身に付けさせるとともに,国際的なビジネ
スの諸活動に適切に対応する能力と態度を育てる」としている。また,留意事項のなかで「企業経営
や国際経済の現状や課題については,具体的な事例を通して理解させること」を挙げている。
今日の通信技術の発展に伴い,自由に海外の情報を得たり,手軽に外国商品を購入したりすること
ができる。また,海外旅行も身近になり,本校でも米国ハワイ州への修学旅行を実施している。旅行
前に,米ドルへの換金をしたり,トラベラーズ・チェックの購入,国内にいながら事前にハワイのお
土産を注文したりするなど,高校生が身近なところで外国との関わりをもつようになった。ビジネス
活動においても海外との商品取引が日常化し,外国為替の変動が国内商品価格に大きな影響を与えて
いる。
「国際ビジネス」の授業では外国企業や外国商品の国内参入について,生徒の興味・関心は高い。
コンピュータを用いて,商品毎,日毎の売上数量や売上高などの数値を集計しグラフ化するなどの技
能は高いが,反対に既成の表やグラフデータなどから変化の特徴をとらえ,事象の背景を読み取り適
切に表現することは苦手なようである。国際事象や国際経済に関する知識・理解も不十分である。取
り上げる題材が音楽関連など興味のある事象に対しての反応は良好であるが,それ以外の分野に対す
る反応は消極的である。
興味・関心を高めるため,新聞記事から時事問題を引用したり,バイク通学者やガソリンスタンド
でアルバイトをしている生徒がいることからガソリンの価格変動など身近な社会現象を例に用いたり
して説明しているが生徒は受け身の姿勢であり,教師からの一方的な授業展開になっている。
単元「外国為替と国際金融」の授業において,ITを活用し,東京証券市場からの為替情報を参考
に,自国通貨を外国通貨と換算する実習を取り入れることで,主体的に授業に取り組ませることがで
き,国際ビジネスに関する基礎的・基本的な知識を習得することができるのではないかと考えた。
生徒の興味・関心が高い自動車や身近な食品であるハンバーガー等を題材に取り入れ,円高・円安
の関係をとらえさせる。海外旅行の際に行う外国通貨との両替を例に,国際取引での代金決済は,基
軸通貨(米ドル)を中心にレート換算し,外国為替手形で支払うことを理解させる。併せて,通貨価
値の変動が国内商品価格に与える影響についても理解させたい。教科書では理解しにくい為替レート
の具体的変化や動きを,感覚としてとらえさせるため,企業がWebサイトで無料で公開している通
貨の交換比率換算ができるシステムを使用したいと考えた。特別な準備や手続きも必要なく,Web
サイトにアクセスするだけで使用可能である。証券市場との連動により相場価格の情報が早く,通貨
金額の入力のみで外国通貨の現在価格に換算して表示されるため新聞と違い価格の変動が視覚でとら
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生徒の興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる「国際ビジネス」の授業展開の一試み
えやすいという利点がある。さらに,読み取ったデータと過去のデータを表計算ソフトを使用し,集
計・グラフ化させる実習を通して価格相場の動向を読み取らせる。それにより,為替相場の変動によ
る商品価格の変化等,為替リスクの問題に適切に対応する能力と態度を培うことで,予測する力を育
むことができると考える。併せて,通貨価格の変動の原因を探らせ,海外の政治的・経済的背景を調
べることで学習に広がりを持たせることもできる。
以上の観点から,今回の試みが「国際ビジネス」の授業に対する興味・関心を高め,学習内容の理
解を深める上で有効な手段であると考え本主題を設定した。
2
研究目標
商業科目「国際ビジネス」の単元「外国為替と国際金融」において,諸外国の社会や経済を理解し,
国際ビジネスの諸活動に対する興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる授業展開に,企業の
活動を教材として取り入れる。手段として,企業が公開しているWebサイトを活用することの有効
性を明らかにする。
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研究仮説
商業科目「国際ビジネス」の単元「外国為替と国際金融」において,以下のようにITを活用し実
感を伴わせることで,諸外国の社会や経済を理解し,国際ビジネスの諸活動に対する興味・関心を高
め,主体的に学習に取り組ませる授業展開ができるであろう。
(1) 国際ビジネスの諸活動を具体的なイメージとしてとらえさせるため,説明においてプレゼンテー
ションソフトを活用する。
(2) 円と米ドルの関係と為替変動に伴う為替リスクを理解させるため,表計算ソフトを使用して,模
擬取引の実習を行う。
(3) 外国為替レートの変動をとらえさせるため,企業がWebサイトで公開している外国通貨の交換
比率換算システムを使用する。
(4) 外国為替レートの変動の流れをとらえさせるため,過去の資料や現在の動きと関連するデータを
表計算ソフトを使用し,集計・グラフ化する実習を行う。
(5) 外国為替レートの変動の原因を探るために必要な情報を収集させる。その際,インターネットを
使用した場合は,情報の発信元の確認と内容の信ぴょう性を書籍等で確認させる。
4
研究対象と研究方法
4.1 研究対象
宮城県石巻商業高等学校 第3学年 国際ビジネス選択生徒
(国際経済科 7名,会計科 15名,情報処理科 5名,合計
4.2 研究方法
(1) 文献研究
① IT教育についての先行研究・文献の調査
② 商業教育についての先行研究・文献の調査
(2) 意識調査・実態調査の実施と分析
① 国際ビジネスの諸活動について
② 国際社会や経済活動について
③ 外国為替レートの変動について
④ 円高・円安の理解について
(3) 授業実践と検証
① ITを意図的,効果的に組み入れた指導計画の作成
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27名,男子のみ)
生徒の興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる「国際ビジネス」の授業展開の一試み
②
③
④
⑤
⑥
5
指導計画にそった教材の作成
授業実践
授業実践後の生徒の意識調査
授業実践取り組み後の変容の把握・分析
仮説の検証
研究概要
5.1 研究主題・副題について
5.1.1 「生徒の興味・関心を高め」について
本校の生徒が日常,何気なく目にしている商品の中にも外国製の商品が多く流通している。学校生
活の中でも,時計や財布などの小物類などに,外国製の商品が存在している。しかし,商品価格が外
国為替の変動に影響を受けていることを意識して購入することは少ないであろう。また,高額な商品
の購入と違い,少額な日用品などについては,購入の際,意識して生産国を見ることも少ないと思わ
れる。これからは,外国製品を購入する際に円高・円安の利点や生産国を意識するよう,ITを活用
し,生徒が興味・関心のあるWebサイトを活用したり,直接見ることのできない取引の説明にプレ
ゼンテーションを活用することが興味・関心を高めることに有効であると考えた。
5.1.2 「主体的に学習に取り組ませる」について
生徒の多くは,将来企業に就職すると思われる。組織の一員として企業の方針に従って仕事をする
のは当然であるが,現代のように情報化,国際化が進み,めまぐるしく変化していく社会では,職務
を忠実に遂行していくだけでは不十分である。これからの企業においては,受け身の姿勢ではなく常
に問題意識をもち,職務上見いだした問題に対して,分析し予想を立て,最良の方法で解決までたど
り着くことが大切である。また,商品のニーズなど,時代の変化に主体的に対応し,新しいものを創
造していく力が必要である。しかし,生徒には疑問などに気が付いても調べたり,探ったりする積極
的な姿勢が身に付いていない。そこで,調べたり探ったりする活動の支援として,手軽に検索するこ
とのできるWebサイトを活用したいと考えた。
5.1.3 「国際ビジネスの授業展開」について
ITの普及により情報が瞬時に世界中に伝わることで,より経済のグローバル化が進展した。今後
ますます外国との接点が増え,国際社会や経済を理解する必要性が高まるであろう。ビジネス活動に
おいても,ITが普及した影響を受け全世界を単一の市場としてとらえている。これからのビジネス
活動を進める上ではITを活用する能力は必要であり,授業に取り入れる有効性を感じた。具体的に
は,教科書では体験できない場面をシュミレーションし,ビジネスの業務に近付けた疑似体験をする
ことで学習内容の理解が深まると考えた。
5.1.4 「企業が公開する」について
ビジネス活動において,必要な情報を収集・処理・分析する作業は必要であるが,自らこれらの作
業を行うには多くの時間と専門的な知識が必要となり,限られた時間で行うことは困難である。IT
の発展により,多くの企業がWebサイトを開設し,消費者向けに独自に収集し分析した情報を公開
している。その情報は,参考になる事項も多く,新聞やテレビ,ラジオなどより速報性がある。企業
が公開するWebサイトを教材として活用することで実際の経済の動きを視覚でとらえることができ,
授業をより実践に近付けることができると考えた。今回,授業で活用するのは,Web検索会社が東
京証券市場と連動して公開している外国為替のWebサイトである。
5.1.5 「レート変換システムの活用を通して」について
為替レートの換算は非常に手間のかかる作業である。常に変動している相場を意識し,瞬間的に変
換することは現実的に不可能である。また,実際の取引では銀行間決済のため,自分で換算する機会
は少ない。レート変換システムを利用することにより入力作業も簡単で計算も短時間にできるため,
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計算に対する抵抗を感じることなく学習を進めることができる。今回の単元では,投資目的の外国為
替や換算の手法を学ぶ事が目的ではない。そのため手間のかかる作業を最小限にとどめるために使用
することが有効であると考えた。
国際取引では,基軸通貨である米ドルを基準として相場がとらえられており,商品の代金決済には
自国通貨を外国通貨に交換して支払うことになる。また,代金決済には外国為替手形を使用しなけれ
ばならないが,自国通貨と外国通貨との交換比率(為替レート)は,毎日の各国通貨に対する需要と
供給の関係で決定され,原油や穀物等の取り引き価格の変動と何ら変わりはない。さらに,外国為替
の相場変動は経済や社会の変化にも影響を受けている。外国為替の授業を通して世界の経済や政治の
動向にも視野を広げさせたい。
5.2 実態調査
5.2.1 調査のねらい
「国際ビジネス」の授業を実施するにあたって,生徒の国際ビジネスの諸活動に対する興味・関心
及びこれまでの経営や経済に関する学習で得た基礎知識を把握するため。
5.2.2 調査の対象
宮城県石巻商業高等学校 第3学年 国際ビジネス選択生徒
(国際経済科 7名,会計科 15名,情報処理科 5名,合計 27名,男子のみ)
5.2.3 調査の内容
(1) 国際ビジネスの諸活動について
(2) 国際社会や経済活動について
(3) 外国為替のレートの変動について
(4) 円高・円安の理解について
5.2.4 調査の方法
質問紙法 アンケート様式
5.2.5 調査日時
質問1 貿易の仕事に興味・関心がありますか
平成19年7月10日(火)
質問2 外国為替取引に興味・関心がありますか
5.2.6 実態調査の結果と考察
(1) 国際ビジネスの諸活動について
質問1 4%
26%
30%
41%
図1は,国際ビジネスの諸活動に対する興味・関心の調査結
質問2 4%11%
30%
56%
果をまとめたものである。研究対象の生徒は1年次に商業科目
0%
20%
40%
60%
80%
100%
「ビジネス基礎」を履修しており,ビジネスに関する基本的な
学習は終了している。また,本校教務部主催の選択教科説明会
ある 少しある あまりない ぜんぜんない
を受講し,学習する内容を理解した上で選択科目群7科目の中
図1 国際ビジネスの諸活動について
から「国際ビジネス」を選択している。質問項目は学習単元の
中心的な内容にあたる国際取引や,金融の国際化や変化の現状
に関係するものとした。
質問3 リスクヘッジを知っていますか
「興味・関心」が「ある」「少しある」と回答した生徒は,
質問4 世界の金融市場が24時間営業している意
味を知っていますか
質問1の「貿易の仕事」について,30%。また,質問2の「外
国為替取引」については15%であり興味・関心の低さが確認で
質問3 4% 15%
81%
きた(図1)。
(2) 国際社会や経済活動について
19% 15%
質問4 7%
59%
次に国際的な企業活動の学習を深める観点から,企業経営や
0%
20%
40%
60%
80%
100%
国際経済の現状や課題について,単元の学習内容と関係の深い
知っている
すこし知っている
国際的な資金の流れを認知しているか,調査をおこなった。
あまり知らない
ぜんぜん知らない
「知っている」「すこし知っている」と回答した生徒は,質問
図2 国際社会や経済活動について
3の「リスクヘッジ」について4%。質問4における「世界の
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金融市場が24時間営業している意味」について26%であった。この結果から,これまでの学習では,
日本と海外との経済的な関係に対する知識・理解が十分ではなかったと考えられる。ビジネスの国際
化にかかわる身近な事例を通して,ビジネスの諸活動に必要な企業経営や国際経済に関する基礎的な
知識を習得させる必要性を感じた(図2)。
質問5 為替レートが日々変動していることを知って
(3) 外国為替のレートの変動について
いますか
質問5において,為替レートの変動についての調査をしたと
ころ,日々相場が変動していることを「知っている」「すこし
7% 19%
44%
30%
知っている」生徒は26%であった。このことから為替レートの
0%
20%
40%
60%
80%
100%
変動についても知識・理解が十分でない実態が把握できた(図
知っている
すこし知っている
あまり知らない
ぜんぜん知らない
3)。
図3 為替レートの変動について
(4) 円高・円安の理解について
質問6と質問7において,国際間取引の基本とも言える,基
質問6 1$に対し100円から110円になった状態
軸通貨である米ドルと日本円の関係を理解しているのか,調査
4%
96%
した。中学校の社会科公民分野での取り扱い内容であるが,授
業展開において,理解状況を確認するために調査をした。1ド
0%
20%
40%
60%
80%
100%
ルあたりの日本円の変化を例に挙げ円高・円安の関係を正しく
円高
円安(正解)
図4 円安について
理解してるか質問をしたところ,正解した生徒は4%であった
(図4,5)。このことから,基礎知識の定着していない状況
質問7 1$に対し100円から90円になった状態
で学習を進めても,興味・関心を高める事は期待できないと考
えられる。こうした状況を改善するためには,復習することが
4%
96%
大切であるが,時間の関係上,十分な時間を取ることは困難で
0%
20%
40%
60%
80%
100%
ある。家庭での学習を考えることもできるが,できれば授業中
円高(正解)
円安
に短時間で,要点のみを学習し,今後の学習につなげていく展
図5 円高について
開を考える必要がある。また,今回の調査で「他の科目より学
びやすい」「他の選択科目が嫌いだから」「検定に関係ない科目だから」などの理由で授業を選択し
ている生徒が多い実態もつかめた。
5.3 指導対策
研究仮説と実態調査の結果をふまえて,次のような指導計画を立てた。
(1) ITを取り入れた指導計画案全12時間(4時間抜粋)
評価の観点 関・意・態 外国為替について,興味・関心を持っているか。
思 ・ 判 外国為替を理解し,問題点などを考えようとしているか。
技 ・ 表 外国為替の現状や課題を,事例などで説明できるか。
知 ・ 理 外国為替を国際経済・国民経済の立場で理解できているか。
時数
3/12
4/12
学習内容
ITの活用場面[生徒の活動]
(1) 外国為替市場におけ
為替レートの違いをインターネットを使用し,視覚
る需要と供給
でとらえさせる。
(為替レート)
[インターネットで得た情報を使用し,レート換算を
(円高の例)
する。]
(円高ドル安のメリッ
ト)
円高・円安の関係をプレゼンテーションソフトを使
用し説明する。
[円高・円安の計算を表計算ソフトを使用して実習す
る。]
指導上の留意点
為替のレートは需要と供給の関係で
設定され,他の商品と同じであること
を気付かせる。
円高・円安の利益・不利益を認識さ
せる。
(2) 為替レートの変動
(変動為替相場)
相場の変動を視覚でとらえさせ,実
感をもたせる。
[前回の授業で使用したレート情報と比較させ,通貨
変動の実際をインターネットを使用し確認する。]
[Webサイトを使用し通貨の変換をする。]
[表計算ソフトを使用し模擬取引をする。]
[過去の為替相場情報を収集する。]
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(為替相場の歴史)
[過去の為替相場情報を収集する。併せて相場変動に
影響を与えている株,原油,商品などの相場情報も収
集し表計算ソフトで,集計・グラフ化する。]
固定相場制から変動相場制への移行
の経緯を歴史的に確認させる。
米ドルが基軸通貨であることを認識
させる。
(3) 為替リスク
(為替リスク)
(リスクヘッジ)
「表計算ソフトを使用し価格の計算をする。」
身近な例を用いて為替リスクを説明する。
リスクヘッジの例をプレゼンテーションソフトを使
用し説明する。
「空売り」にも触れる。
リスクヘッジの必要性について理解
させる。
投機としてのリスクヘッジにも触れ
る。
(4) 直物取引と先物取引
直物為替と先物為替の違いをプレゼンテーションソ
(直物取引)
フトを使用し説明する。
(先物取引)
先物取引が投機の対象になっている
ことも説明に加える。
5/12
6/12
(2) 指導内容の焦点化
外国為替の機能と仕組みを学習する単元におい
て,外国為替レートの変動をITを活用しての指導
のねらい,生徒に身に付けさせたい「将来を予測す
る力」を明確にし,具体的な内容を焦点化する。W
ebサイトを使用する上での留意点を踏まえ,併せ
て相場の変動に影響を与えている要因との関連性を
考慮しながら指導する。また,今までに学習した商
業科目との連携を図り,指導内容を高度化,専門化
させることで,より実践に即した指導を行うことが
できる(図6)。
(3) ビジネスの諸活動における働きや仕組みを実感
図6 研究構想図
の伴った理解につなげる工夫
これまでの授業においても,補助教材として教科
書に例示してある図や表を説明に用いているが,説
明にITを取り入れると,生徒も強い関心を示すこ
とが多い。Webサイトを活用し模擬取引等,実習
を取り入れることは,単なる学習にとどまらず,疑
似体験を通してより実践に近い形で,国際ビジネス
の諸活動を動きとしてとらえるには有効であると考
える。本研究においては,企業がWebサイトで公
開するレート変換システムを活用し為替レートの変
換実習を行わせることで,臨場感をもたせるだけで
なく,実感の伴った学習につなげることで理解を深
めさせたい(図7)。
http://quote.yahoo.co.jp/m3?u
(4) 表計算ワークシートの活用
図7 レート変換システム(Webサイト)
外国為替の変動を実感としてとらえさせるため,
米ドル,英ポンド,ユーロ,ルーブル等,主な通貨の日々の相場変動を記録する表計算ワークシート
を作成する。新聞から収集したデータを表計算ワークシートに継続して記録することで変動の流れを
つかむことができる。併せて為替の変動に関係があると考えられる日経平均株価,原油価格,とうも
ろこし等の穀物類の相場価格も記録させることで,外国為替相場が需要と供給以外の要因にも影響を
受けている実態をつかませることができると考える(図8)。
(5) 学習を支援するIT教材の作成
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本校生徒の実態として,コンピュータを使用した実習授業への興味・関心の高い生徒が多い。「国
際ビジネス」における学習の理解を深めるため,学習を支援するIT教材を使用した模擬取引の実習
をすることにした(図9)。また,収集した情報を集計,グラフ化させることで為替の変動が価格に
与える影響を実感し,商取引における為替リスクの実際を学ばせることで,状況の変化に柔軟に対応
する力の育成につなげることができると考える。
5.4 授業実践
図8
表計算ワークシート(一部抜粋)
図9
表計算ソフトを使用した教材(一部拡大)
5.4.1 実施科目及び単元名
(1) 実施科目「国際ビジネス」3単位3年生選択科目
(2) 実施単元名 第4章「国際経済と企業経営」
第2節「外国為替と国際金融」
2.為替レートの決定と変動 4時間扱い(本時2/4限目)
5.4.2 本時の指導
(1) 本時の目標 外国為替には相場があり,毎日変動していることを理解する。
(2) 学習過程
時間
段階
5
導入
学習内容
学習活動[ITの活用場面]
2.為替レートの決定と変動
本時の授業内容の確認。
本時の授業内容を確認する。
→
壊
1973年2月,固定為替相場崩
毎日の各国通貨に対する需要と
供給の関係で決まる為替相場を理
解させる。
為替レートの変動を視覚として
とらえさせ,実感をもたせる。
40
展開
データの発信元と信ぴょう性を
確認させる。
過去の変動時の情報なども併せ
て収集させる。
5
まとめ
授業の内容をまとめる。
次の授業について説明する。
(2)為替レートの変動が理解できる。
(変動為替相場)
[前回の授業で使用したレート情報と比較
する。]
[インターネットを使用し,為替レートの
変動を確認する。併せて,日本円と他の国
の価格の相場をWebサイトを使用し通貨
の変換を行う。]
[表計算ソフトを使用し模擬取引を行い,
為替相場の変動が商品価格に与える影響を
確認する。]
[価格の変動の要因を探るために,Web
サイトと書籍を使用し関連する原油相場や
金相場,商品相場の過去のデータを収集す
る。]
授業の内容を振り返る。
- HK7 -
留意点【評価の観点】
授業の目標を把握させ意欲を高
める。
スミソニアン体制の崩壊した
理由にも触れる。
【関・意・態】為替レート変動
に興味,関心をもっているか。
【知・理】 レート変動を理解し
ているか。
【技・表】 必要な情報を収集す
ることができるか。
【思・判】 為替の変動の原因に
ついて考えようとしているか。
外国為替も安いときに多く需
要され,高いときに多く供給さ
れ,商品の需要と供給の関係と
同じであることを理解させる。
次の授業に意欲をもたせるよ
うにする。
生徒の興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる「国際ビジネス」の授業展開の一試み
5.5 授業実践の結果と考察
本時では,「外国為替レート」という外国取引に関する東京証券取引所のデータを活用して,価格
変動の要因が他の商品と同じ需要と供給の関係により決定されることを確認したが,各国通貨の需要
と供給は食料や資材と異なり実態がとらえづらいため,ITを活用した実感の伴う体験が有効であっ
た。単元のまとめにおいて実施したアンケートを活用し,その結果から授業実践の分析を行った。
「大変よかった」「よかった」と回答した生徒は100%であり,ITを活用した授業内容に興味をもっ
て取り組んだ様子がうかがえた(図10)。為替レートの変動に
質問8 ITを活用した授業はどうでしたか
ついても30%の生徒が「できた」と,70%の生徒が「だいたい
できた」と回答しており,全員が授業内容を概ね理解できたと
52%
48%
とらえることができる(図11)。また,円高・円安の関係を正
しく理解しているかの調査においても,全員が正解したことか
大変よかった
よかった
通常の方がよい
ら,理解度の高さを裏付けることができる。
図10 ITを活用した教材について
ITを活用したことで,明らかに生徒の意識は高まり,自分
でも為替取引をしてみたいという興味が強まったようである。
質問9 為替レートが日々変動していることを
為替レートの変動の要因を探るために,「原油価格」「日経平
理解できましたか(知っていますか)
均価格」「金」「トウモロコシ」等の過去の取引価格の推移を
70%
30%
考察させた。グラフを活用したことによって価格の変動が政治
(7%) (19%)
(44%)
(30%)
や経済の現象の影響を受けている実態がとらえやすくなり,併
0%
20%
40%
60%
80%
100%
せて,変動の比較を通して,市場の動向が外国為替レートの変
できた(知っている)
だいたいできた(少し知っている)
動と互いに影響していることを実感することができたと思われ
あまりできなかった(あまり知らない)
ぜんぜんできなかった(ぜんぜん知らない)
る。また,後日の授業において,ITを活用し,過去の為替レ
図11 為替レートの変動について
ートの変動と原油価格の変化をグラフで比較したところ,米ド
ルレートが本年6月に一旦下がり一時持ち直したが,7月前半から大幅な下落が見られた。この動き
対し生徒は興味を示し,なぜ下落したのか疑問をいだいた。解決の糸口として,具体的に6月,7月
の何日に動きがあったのか,Webサイトを使用し調査をさせたところ,本年6月22日に若干動きが
あり,7月10日を境に大幅な下落が始まった事が確認できた。生徒から「米ドルが下落したのだから,
アメリカに原因があるのではないか」との発言があり,授業時間が残り少ないことで全員で調べるこ
とにした。日本でも経済関係のニュースになったこともあり,「サブプライムローン問題」に原因が
あるのではと生徒は考えたようである。しかし,なぜ下落が6月22日と7月10日から始まったのか,
授業時間内では原因を突き止めることはできなかった。そこで,次回の授業まで図書館や自宅の新聞
で調べるよう課題を出した。さらに授業の予定を調整し次の時間も調べることにした。原因の調査は
難航したので,ヒントとして,あらかじめ用意しておいた「サブプライムローン問題」を解説してい
るWebサイトを示した。その結果,本年6月22日に米国大手証券会社傘下のヘッジファンドが「サ
ブプライムローン問題」に関連した住宅ローン担保証券の運用に失敗していたことが明らかになった
こと,7月10日に米国格付け機関が「サブプライムローン問題」を組み込んだ住宅ローン担保証券に
対する格下げを発表したことが原因であることを調べることができた。原因を調べる活動を通して,
主体的に取り組む姿勢が見られ,授業後の生徒の表情から,達成感と同時に充実感を得た様子をうか
がうことができた。また,関連する事項のデータの収集をする中で,建設会社に内定を得ている生徒
は鉄などの資材,石油関連の会社に内定している生徒は原油,魚市場に内定している生徒は食料,自
宅が電気関係の生徒は銅などの価格の変動にも興味を示し,休み時間等も積極的に調べる生徒の姿も
見られた。今回の学習が自分の生活に即した経済現象として実感できたことで,主体的な学習につな
がっていることが分かった。ITを活用しリアルタイムな情報を教材とすることが,生徒の興味・関
心を高め主体的に学習に取り組む姿勢の育成に効果的であった。さらに,生徒から「外貨の取引は銀
行以外でもできますか」との質問を受けたので,Webサイトを使用し調べることを進めたところ,
証券会社や外国為替証拠金取引(FX)の専門業者でも取引ができることが分かった。また,外貨預
0%
20%
質問9
10月18日(木)
(前回・質問5)
7月10日(火)
- HK8 -
40%
60%
80%
100%
生徒の興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる「国際ビジネス」の授業展開の一試み
金と並ぶ外貨投資方法の一つであり,最低限必要な資金(証拠金)で設定倍率(業者により異なるが
10倍から20倍の設定が一般的)に応じた外貨取引ができる外国為替証拠金取引(FX)をWeb上で
疑似体験のできる学習プログラムが,専門企業数社のWebサイトで使用料無料で公開されていた。
個人情報の入力を要する企業のものは生徒自身で自主的に避け,メールアドレスの登録のみで利用で
きる企業を選び,早速生徒全員が登録して学習していた。
6
質問10 貿易の仕事に興味・関心がもてましたか(ありますか)
研究の成果と今後の課題
質問10
30%
56%
15%
6.1 研究の成果
(4%) (26%)
(30%)
(41%)
ITを活用した授業実施後のアンケート調査結果を,授業実
0%
20%
40%
60%
80%
100%
施前の調査結果と比較した。国際ビジネスの諸活動に対する興
もてた(ある)
すこしもてた(すこしある)
味・関心の調査では,「もてた」「すこしもてた」と回答した
あまりもてなかった(あまりない)
ぜんぜんもてなかった(ぜんぜんない)
生徒は,質問10の「貿易の仕事」については86%であり,前回
図12 質問1と質問10の比較
の調査で「ある」「すこしある」と回答した生徒が30%であっ
質問11 外国為替取引の仕事に興味・関心がもてましたか
たことから,大部分の生徒の興味・関心が高まったことが確認
(ありますか)
できる(図12)。質問11の「外国為替取引」についても92%で
33%
59%
7%
あり,前回の調査での15%から,高い数値の伸びを見せた。I
(4%)(11%)
(30%)
(56%)
Tを活用しWebサイトからの豊富な情報を教材に取り入れ,
0%
20%
40%
60%
80%
100%
情報の比較検討がスムーズに行えたり,表計算ソフトでの模擬
もてた(ある)
すこしもてた(すこしある)
取引実習を通して実感の伴う学習を実施したりすることが,興
あまりもてなかった(あまりない)
ぜんぜんもてなかった(ぜんぜんない)
味・関心を高めることに有効であったと考えられる(図13)。
図13 質問2と質問11の比較
また,国際社会や経済に対する知識についての調査では,質
問12の「リスクヘッジ」について,「できた」「だいたいでき
質問12 リスクヘッジを理解できましたか(知っていますか)
た」と回答した生徒は78%であり,前回の調査では4%であっ
たことから大幅な数値の伸びを見せた(図14)。質問13の「世
56%
22%
19% 4%
界の金融市場が24時間営業している意味」についても,「でき
(81%)
(4%) (15%)
た」「だいたいできた」と回答した生徒は96%であり,ITを
0%
20%
40%
60%
80%
100%
活用し新聞等と組み合わせ,言葉による説明と同時に,視覚か
できた(知っている)
だいたいできた(すこし知っている)
あまりできなかった(あまり知らない)
ぜんぜんできなかった(ぜんぜん知らない)
らも情報が入ることによって,複雑な学習内容も容易に理解す
図14 質問3と質問12の比較
ることができ,知識を深めることに効果的であったと,とらえ
ることができる(図15)。
質問13 世界の金融市場が24時間営業している意味を
今回の授業実践後のアンケートの感想をみると,外国為替に
理解できましたか(知っていますか)
対する興味・関心が高まり,「深く知りたい」(表1)などの
52%
44%
4%
生徒がいたことや外国為替証拠金取引(FX)を疑似体験でき
(7%) (19%)
(15%)
(59%)
るWebサイトの学習プログラムに生徒全員が登録して学習し
0%
20%
40%
60%
80%
100%
ていたことからも,主体的に学習する姿勢の育成に有効である
できた(知っている)
だいたいできた(すこし知っている)
ことが実証できたと考えられる。
あまりできなかった(あまり知らない)
ぜんぜんできなかった(ぜんぜん知らない)
本研究では,ITを活用し為替レートの変動を教材とした。
図15 質問4と質問13の比較
教科書と板書だけでの説明では,生徒は50分間集中して授業を
聞くことは難しい。しかし,ITを活用しイラストや文字,企業のWebサイトを効果的に使うこと
によって,実感が伴い,具体的な事象としてとらえることができたと思われる。学習を通して為替の
変動に適切に対応し外国取引における為替リスクを回避するための「将来を予測する力」を育むこと
にも有効であると考えられる。ITを活用することで,生徒が,自ら課題を見つけ,課題解決に向け
て主体的に学習に取り組む,授業展開ができたと思われる。今回の授業実践の成果は,今後,商業科
目のみならず他の教科でも活用が期待できる。
10月18日(木)
(前回・質問1)
7月10日(火)
質問11
10月18日(木)
(前回・質問2)
7月10日(火)
質問12
10月18日(木)
(前回・質問3)
7月10日(火)
質問13
10月18日(木)
(前回・質問4)
7月10日(火)
- HK9 -
生徒の興味・関心を高め,主体的に学習に取り組ませる「国際ビジネス」の授業展開の一試み
6.2 今後の課題
今回の実践授業においてはWebサイトを活用し,為替レート 表1 学習後の生徒の感想
の変換と情報収集の実習を行い,平行して表計算ソフト上での商 ・円高・円安はいつも逆に考えていたのが今日
品有高帳を利用した模擬取引実習を取り入れた。学習のねらいに
の授業で分かった。
迫るために,段階的な思考を促す展開を計画したが,展開を意識 ・コンピュータを使った授業は外国の為替取引
しすぎたため,十分な情報収集や深く考える時間がたりない窮屈
のことがよく分かり興味を持ち,もうちょっ
な内容になってしまった。そのため実習と説明に追われ生徒には
と深く知りたいと思いました。
疲れる授業であったようだ。主体的に学習に取り組ませるために ・インターネットを使うことにより新鮮な情報
は,生徒が「知りたい」と感じた事項を調べるための時間も必要
を見ることができ大変良かったと思いました。
であり授業中に自由に調べる事のできる時間を設定する等,IT ・パソコンを使った授業はとても分かりやすく,
の活用は50分間の授業において終始活用するのではなく,展開の
プログラムも組んであったので,ただ教科書
ポイントとして活用することが望ましいと考えられる。このこと
を使うより効果的で楽しかったです。
から以下の課題が明確になった。
(1) 生徒にITを活用し主体的に取り組ませるためには年間指導計画の各単元,各項目の内容を生徒
が段階を追って学習できるように整理し,要点のみに絞って活用をするとより効果が上がると思われ
る。今後は,ITの活用を精選し,50分間の授業内で余裕をもって学習が深められるよう,年間指導
計画と指導案の作成を研究していく必要がある。
(2) 生徒の興味・関心を高めるためには,導入を工夫し引き付ける事象を取り入れることが必要と思
われる。そのためには,生徒を理解する上で,何学年を対象にした授業なのか,関連する商業の専門
科目がどの段階まで学習を終了しているか,授業を実施する時期は進路選択の段階か,進路が決定し
ているのか等,現在の生徒の実態調査を多角的に行いより一層の生徒理解が必要である。
(3) 現在では,まだ本研究において身に付けさせたい力が,生徒個々に確実に身に付いているとは言
えない。学習の段階で生徒に身に付けさせるべき力が確実に身に付いているかを確認する方法も工夫
していく必要がある。そのためには一斉指導の中で,生徒個々の感じたことや気付いたことを発表さ
せる時間を授業に取り入れる等,生徒個々の考え方が授業に反
質問14 授業を通して他の事項にも関心が
もてましたか
映できるような授業展開を工夫していく必要があると考える。
(4) 今回の実践授業を通して,為替レートの変動に関連して価
22%
74%
4%
格が変動する貿易商品で,新たな興味・関心を生み出すことに
つながっている事例が多くあった。例えば原油価格の変動につ
0%
20%
40%
60%
80%
100%
いては,取引価格の決定が1「ドバイ価格」と「オマーン価格」
多くのことにもてた もてた もてなかった
で決定されていること,シンガポール市場での取引価格の影響
図16 学習の広がりについて
を受けていることなど,関連する事項への興味・関心が広がっ
ていった。そうして気付いた関連項目について学習を深め,課題解決の方法を身に付けさせ,さらに
授業後の自己学習につなげるための新たな手だてを講じていく必要を感じた(図16)。
本研究は3年生の選択商業科目の授業を対象にしたものであるが,ITを活用した単元構成や各段
階での指導の手だては,他の学年にも応用できるものと考える。この実践結果を踏まえ,来年度以降
は機会をとらえて,他の科目の授業にもITを積極的に取り入れ,さらなる可能性を探り検証を積み
重ねていきたい。
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1
主な参考文献
文部省:「高等学校学習指導要領解説 商業編」
吉野弘一:「商業科教育法−21世紀のビジネス教育−」
伊藤歩 他5名:「国際ビジネス指導資料」
伊東光晴 他9名:「国際ビジネス」
日本に輸入される原油の約90%は中東産原油(ドバイ・オマーン原油)である。
- HK10 -
実教出版
実教出版
実教出版
実教出版
1997
2002
2007
2007