第9回九州山口薬学会ファーマシューティカルケアシンポジウム 医療政策と病院経営 第1回 ランチョンセミナー「抗がん剤曝露対策update!―医療安全全国共同行動 行動目標W―」 [共催:日本ケミファ株式会社] 抗がん剤曝露の現状とその実践的対策 いま取り組んでほしいこと! 抗がん剤曝露対策において、2015年は大きなターニングポイントとなった。医療の質・安全の向上をめざす 各種団体が参加する「医療安全全国共同行動」に、 「行動目標W」として「抗がん剤曝露のない職場環境の実現」が 付け加えられたほか、薬物療法における曝露対策合同ガイドラインが発表されたからである。 2016年2月に開かれた第9回九州山口薬学会ファーマシューティカルケアシンポジウムにおいて、同志社女子 大学薬学部教授・中西弘和氏が、抗がん剤曝露の現状とその対策の他、実践的な曝露対策などについて紹介した。 DATA 第9回九州山口薬学会ファーマシューティ カルケアシンポジウム ランチョンセミナー4 「抗がん剤曝露対策update!―医療安全全国共同行動 行動目標W―」 ●日時:2016年2月28日 ●会場:九州大学医学部百年講堂 ●座長:浅原稔生氏 (産業医科大学病院 薬剤部長) ●演者:中西弘和氏 (同志社女子大学薬学部 教授) ●共催:日本ケミファ株式会社 抗がん剤曝露対策update! ―医療安全全国共同行動 行動目標W― 同志社女子大学薬学部教授 中西 弘和 氏 エビデンスに基づいた抗がん剤曝露対策を解説 リスクを正しく理解して対策の重要性を再認識 がん治療における薬剤師の業務 で、薬剤師業務は、患者の状況把握、 曝露対策の勧告・ガイドライン が ん 医 療 の 考 え 方 や 実 践 は 、個 化 学 療 法 のレジメン評 価、化 学 療 法 取り扱いを注意すべき危険薬とは、 人 からチ ー ム へと大 き な 変 化 をと 施行後の副作用モニタリングと処方 1990 年に米 国 病 院 薬 剤 師 会 が 提 げ 、現 在 は さまざま な 職 種 が 協 力・ 提 案 、緩 和 医 療における症 状コント 唱し、2004年に米国国立労働安全 協 働し、診 断から治 療、緩 和、そして ロー ル、栄 養 管 理 、患 者 へ の 情 報 提 衛 生 研 究 所(NIOSH)が定 義し2年 患者家族のケアにまで行うことが多 供や 患 者 教 育 など幅 広くなった。さ ごとに改訂される。2014年のリスト くなった。 らに今 後 は 抗 が ん 剤 曝 露( 被 曝 )防 では、抗がん 剤が102剤、非 抗がん この ような 現 在 の が ん 医 療 の 中 止が必須となる。 剤 が47 剤 、生 殖 障 害を持 つ 薬 剤 が 提供: 1 ■図表1 行動目標W を互いに共有すること」だ。 行動目標W:抗がん剤曝露のない職場環境を実現する 抗がん剤など危険性薬物の環境曝露を減少し職員被曝を防止する 推奨する対策 1. 調製時の吸入曝露防止のために、室外排気型の安全キャビネットを設置する 2. 取り扱い時の曝露防止のために、閉鎖式接続器具を活用する 3. 取り扱 い 時におけるガウンテクニック( P P E:呼 吸 用 保 護 具 、保 護 衣 、保 護 キャップ、保護メガネ、保護手袋の着用)を徹底する 4. 取り扱いに係る作業手順(調剤、投与、廃棄等における曝露防止策を考慮した 具体的な作業方法)を策定し、関係者へ周知徹底する 5. 取り扱い時の吸入曝露、針刺し、経皮曝露した際の対処方法を策定し関係者へ 周知徹底する (以下、いずれも図表資料提供は中西弘和氏) ■図表2 なかなか二重にできない手袋 一方、国内では、1991年に日本病 院薬剤師会が、抗悪性腫瘍薬の院内 取り扱い指針を作成していた。2005 年 になって 同 会 が 抗 が ん 剤 調 製 マ ニュア ルを作 成したが、曝 露に対 す る情 報が認 識されるきっかけになっ たとは言えない。そこでわれわれは、 2008年に抗がん薬調製ガイドライ ンを策定し、ISOPPが作成した欧米 で使用されている抗がん剤取り扱い の標準書を和訳と共に、日本の薬剤 ニトリル製 手 袋を推奨 透過実験結果 ラ テック ス エタノール 37分 イソプロピル 20分 ニトリ ル エタノール 240分 イソプロピル 360分以上 師へ情報提供を行った。 医療安全共同行動 行動目標W 次 第 に 国 内 で も 抗 が ん 剤 による 職 業 的 曝 露に対する認 識が広まり、 2014年には厚生労働省の課長通知 が出された。これにより、各病院は抗 がん剤の曝露対策を行わなければな らなくなったのである。同年には、抗 がん剤曝露対策協議会が設立され、 さらに活 動は加 速した。昨 年には医 学会(ISOPP)が、抗がん剤取り扱い 療安全全国共同行動の行動目標Wと のガイドライン (標準書) を発刊した。 して、 「 抗がん剤曝露のない職場環境 危険薬の定義 ISOPPは1986年に設立された学 を実現する」が追加された。従って今 ①発がん性 会で、Oncology Pharmacistsが集 後、抗がん剤の曝露対策は病院の機 ②催奇形性または他の発生毒性 まり、そ の 知 識や経 験を互 いに共 有 能評価の項目になってくるだろう。こ ③生殖毒性 するための活動をしている。2006年 れまでの9つあった行動目標に10番 ④低用量での臓器毒性 にクアラルンプールで開催された学 目の目標として追加されたが、それは ⑤遺伝毒性 術 大 会には、 2名 の日本 人 薬 剤 師が 17項目からなり、 1から5までは「推 ⑥上記の薬剤と類似する毒性を 参加し、発表を行った。これに先立ち 奨する対策」として可能な限り迅速に 有する 2004年には、当時の日本薬剤師会 対応すべきである (図表1)。 ① ~ ⑥ の中の1つ以上を満たす 第5学術小委員会が日本における抗 一 方 、抗 が ん 剤 曝 露 対 策 協 議 会 もの がん剤曝露の実態調査・啓蒙・対策を は、医師、薬剤師、看護師が協働して 初めて行った。しかし、当時はなかな 対 策を図って行くことを目 的として これらの 危 険 薬 の 対 策は、古くは か認知されることがなかったのが現 おり、理 事 長は国 立がんセンター 名 1981年のオーストラリア・カナダ病 状であった。 誉 総 長 の 垣 添 忠 生 氏 、私 は 教 育 委 院薬剤師会策定のガイドラインにさ この状況を打破すべく、われわれは 員 長 を 務 めて いる。当 会 では 、ホー かのぼる。2004年にはNIOSHが抗 2009年4月、ISOPPの日本支部と ムペ ージ上でアンケートを実施して がん剤職業的曝露に関するアラート してJSOPPを発足させた。その趣旨 おり、その結果を発表してきた。また を発し、世界に向けその危険性を注意 は、ISOPP同様「がん治療を専門とす 2016 年6月4日には 、名 古 屋にて 喚起した。2007年には国際がん薬剤 る薬 剤 師が集まり、そ の 知 識や経 験 第8回JSOPP学術大会が開催され 40剤で、 合計189剤が示されている。 2 る。皆様にはぜひご参加 、 ご協力をお 願いしたい。 本講演では、産業医科大学病院の 浅原稔生氏が座長を勤めた。 抗がん剤曝露の現状 多 く の 抗 が ん 剤 は 、細 胞 毒 性 ( c y t o t o x i c i t y )を 有し、特 徴とし 会場となった九州大学医学部百年講堂。 て変異原性(Mutagenicity)、発が ん性(carcinogenicity)、催奇形性 (Teratogenicity)を有する。これら の危険性を認識することは、われわれ 医療従事者、さらには患者やその家 族に対しても重要なポイントだ。 医療従事者への抗がん剤曝露の危 険性が高いのは、抗がん剤の受領と 保管、抗がん剤の調製と投与、汚染し た抗がん剤の処理、抗がん剤の廃棄、 化学療法を受けた患者排泄物の取り 扱いが主である。 調 製 時 の 問 題として、日本で販 売 を落下させてみたところ、 すべての高さ 露防止の観点からは、安全キャビネッ されている抗がん剤のバイアルの調 で明らかにシュリンク包装ありのバイア トはクラスⅡB、100%外排気型が望 査をしたが、その結果、 メーカーの報 ルが割れにくかった。曝露対策の面から ましい。アイソレーターは物の出し入 告とは異 なり、ほぼすべての 抗がん すると、 このようなシュリンク包装付き れに手間取り、抗がん剤に汚染されて 剤 バイア ルに微 小 の 抗 が ん 剤 の 残 の薬剤を使用することに意味がある。 いることもある。それゆえ、100%外 留が認められた。従って、抗がん剤を 排気型の安全キャビネットが実用的・ 扱うときにはニトリル製 の 手 袋を着 抗がん剤の曝露対策の実践 効率的である。 用する必要がある。 ■調製時 抗がん剤調製時:調製時には、術衣、 最近、 国内の抗がん剤でも、 バイアル 安 全 キャビ ネット:現在、多くの施設 ディスポ帽子、マスク、アイソレーショ をシュリンク包装しているもの、外装容 で使 用しているが、蒸 発した 抗 が ん ンガウン、 2重の手袋を装着する。プ 器を装着しているものが販売されるよ 剤は、キャビネット内のHEPAフィル ラスティックゴーグルはできればつけ うになった。シュリンク包装のあるバイ ターを通過してしまう可能性がある。 るのがよい。推奨のアイソレーション アルとないものとで、バイアルの耐破 室 内 循 環 型 の 安 全キャビネットであ ガウンは特に蒸れるので、内側に着替 損性を評価したことがある。70㎝、 135 ればHEPAフィルターから吹き出し、 えられるものを着用するのがよく、ガ ㎝、 180㎝の高さから各々のバイアル 室内に循環するので危険である。曝 ウンは3時間ごとの取り替えが推奨さ れている。エタノールはラテックス製 ■図表3 輸液表面の抗がん剤汚染 (イメージ) の手袋を37分で通過するという実験 結果がある。ニトリル製はラテックス 製に比較して装着感が悪いが、ニトリ ル製を使用してほしい(図 表2)。 調 製 後 の 輸 液 の 表 面にも 抗 が ん 剤 が 付 着して い る可 能 性 が あ るの で、監 査する際にも手 袋などの 曝 露 対策が必要だ(図表3)。 シクロホスファミドを用いた自験に 3 ■図表4 プライミングの準備 抗がん剤混合前に、ルート内を注射液で満たす ■図表5 抗がん剤曝露を抑えるプライミング法 減させるために2回流す必要がある。 抗がん剤A 男 性 は 洋 式 便 座 に 座って 排 尿 す べ き だ 。男 性 の 立 位 の 排 尿 で は 、約 抗がん剤B 生理食塩液 2,000滴もの尿が周辺に飛散すると 言われているからである。さらに、患 ①生理食塩液100mLでルート確保 50mL以上残す ②③A、 Bの抗がん剤点滴を側注 ④主管の生理食塩液を50mL以上注入 ⑤抜針後は、すべてつながったまま密封して廃棄 者のリネン、衣類は他のものと分けて メインルート 患者へ 2回洗濯することが望ましい。 自分の子どもが医療従事者だったら 小規模ではあったが、抗がん剤治療 を行っている患者に対し、 「抗がん剤に 4 XG- 441 おいて、 シリンジを用いた調製では、調 ることがあるので、ルート上部でクラ よる曝露のリスクについて説明が必 製後の手袋や輸液バッグに汚染が認 ンプする必要がある。 要かどうか」を調査したことがあった。 められた。ところが閉鎖式接続器具を 投与が終了しても、ルート内に抗が 98%の患者が「必要」と答え、誰に説 用いた調製では手袋にも輸液バッグ ん 剤が残っているので、50mL程 度 明・伝えてほしいか」という問いに対し にも汚染は認められなかった。 しかし、 の生理食塩液でルート内をウオッシュ ては100%の患者が「自分へ」 と回答し 閉鎖式調製器具にも問題点がある。器 アウトしてから抜針するとよい。びん た。その理由としては、 「がん闘病で家 具の取り扱い方次第では、抗がん剤が 針は抜かず、抜針した金属針は輸液 族に迷惑をかけているのだから、 さらに 漏れる可能性があるので注意したい。 のゴム栓に再 度 刺し、密 封 容 器に廃 曝露というリスクを与えたくない」 とい ■投与時・投与後 棄すること (図表5)が必要である。 う声が多かったのが印象であった。 患者のベッドサイドでのプライミン 抗がん剤治療を受けた患者の 尿、 抗がん剤の曝露問題、対策を考え グを抗がん剤調製後の輸液で行うこ 糞便、 汗にも抗がん剤が残留する。尿 るとき、自分 の 子どもが医 療 従 事 者 とは、曝露のリスクが高い。輸液に抗 中には1~7日、糞 便には2~7日間 だったら、現 状 の 環 境 の 中で医 療 従 がん剤を混合する前に、点滴ルート内 も抗がん剤が排泄されるリスクがあ 事者として関わらせることができるか を生理食塩液などであらかじめ満た る。抗がん 剤 の 種 類によって期 間が と問うてほしい。 すこと (図表4)が推奨されている。 し 異なることを理解し、対策を行うこと 自分自身に対しては、曝露してもと かし、調製後に点滴ルートを垂直に垂 が必要である。最近のトイレは節水型 思う人がいるかもしれない。 しかし、わ らした状態で放置すると、バッグ内の が普及しているので、抗 がん剤治療 が子だったらと思うと、認識が変わる 抗がん剤がルート内を下部に移動す を行っている患 者は曝 露リスクを低 かもしれない。 (談) 提供: 2016年4月作成 6D1
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