やまがた6次産業ビジネス・スクール の取り組み

特 集
の前にも基盤整備されながら耕作放棄されている土地
研究開発グループの受託事業の中から 第4回
が目立って増えてきた。先祖から苦労して耕してきた
やまがた6次産業ビジネス・スクール
の取り組み
フィデア総合研究所 理事 加藤 和德
土地が、荒れている。このままでは景観のみならず、
地域そのものが崩壊するのでないかという強い危機感
を覚えたという。
大泉さんは、
「農業をしたい」という思いよりは、む
しろ「ふる里の土地を守りたい」という思いに突き動
かされて、それまで30年間勤めた職場を中途退職し就
農することを決意した。1年間県立農業大学校で技術
研修を受けた後、2
00
6年より町内の3
.
5
㌶の農地を借り
受けて専業農家となった。
「農業ほど人材を必要とする産業はない」とは、“6
次産業”の提唱者として知られる今村奈良臣氏の言葉
だが、現在の農業・農村の状況を見るにつけ、その重
みはいよいよ増しているように感じられる。
山形県内では、6次産業化を実践する人材の養成を
目指して「山形第6次産業人材創生コンソーシアム」
(事務局:フィデア総合研究所、 以下「6次コンソー
シアム」)が中心となり、20
09年度より「やまがた6次
産業ビジネス・スクール」(以下「6次スクール」)を
開校しており、今年度で4期目を迎えている。本稿で
図表1 西川町の農業就業人口推移(販売農家)
(人)
1,800
1,600
1,400
1,200
1,000
800
600
400
200
0
65歳以上
366
15∼64歳
441
479
1,300
509
995
733
546
445
526
443
345
118
74
1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010年
371
186
資料:農林業センサス
は、スクールの修了者の活動にも触れながら、現在の
農業を取り巻く環境を概観し、改めて人材育成の意義
や課題、今後の方向性などについて考えてみたい。
図表2 西川町の耕作放棄地の推移
農村の現状を考える手がかりとして、始めに、
「6
次スクール」の第一期修了者であり、現在、西川町の
入間地区で農業を営む大泉忠昭さん(56歳)の事例を
大泉さんは西川町で9代続く農家の長男だが、学卒
現在は、従業員を常時雇用し、間伐材を乾燥させた
業を始めてみると、予想以上に近隣の高齢者などから
薪の販売や、地域の取り組みを知ってもらうために短
耕作依頼の引き合いが多く、就農2年目には経営面積
期農業体験の受け入れも行っている。今後は地元の主
が2倍の7㌶になり、3年目には10
㌶の農地を引き受
婦などと協力して米粉パンの製造や、
菜種油の製造・販
けることになった。
売にも取り組む予定だ。さらに近い将来には直売所の
想定外の状況の中で、当初描いていた事業計画の大
整備なども計画している。
幅な変更の必要に迫られ、事業計画を再度練り直すた
地域に賦存する農地や環境、山林、人材、エネルギー
めに、折しも2009年より開校した「6次スクール」に
など、地域に眠る資源を掘り起こし、それらを総動員
入校したという。
して中山間地のマイナスをプラスに転化していく発想
そ の 後 も 経 営 面 積 は 増 え 続 け、2
010年 に は20
㌶、
こそが、6次産業化の意義であり、醍醐味であること
2011年からは、延べ約100名の地主と賃貸契約を結び
を考えさせられる事例である。
2011年には、大泉さんが社長となり農業生産法人「株
2.農業経営者人材の重要性
80
式会社月山じょいふるふぁーむ」の設立に踏み切った。
60
引き受けた農地を永続的に守っていくために、法人化
前項で紹介したような農業・農村の衰退は、もちろ
は必然的な選択だった。大泉さんは「一人で続けられ
ん西川町だけに限った現象ではない。
る時間には限界がある。法人として農地の集積を図り、
全国の農業就業者数の推移を見ると、1
99
0年には4
82
いずれは若い人に営農を任せていきたい」という。
万人だったものが、その20
年後の2
010
年には26
0
万人へ
この間、2010年には山形県農林水産業創意工夫プロ
とほぼ半減し、農業就業者の平均年齢は65
.
8
歳となっ
ジェクトの採択を受け、2011年には内閣府の農村六起
た。山形県の農業就業者数も、19
90
年の14
万3千人か
ふる里起業家認定を受けている。
ら、2010年には6万4,
335人へと5
5%減少し、平均年齢
85
40
48
20
0
紹介したい。
規模の目標を5㌶程度と定めていたが、いざ地域で農
25
㌶の農地を管理している。
(ha)
100
1.疲弊し衰退する地域農業?
そばの刈り取り作業中の大泉忠昭さん
大泉さんの就農当初の計画としては、5年後の経営
17
20
26
1980
1985
1990
1995
94
55
2000
2005 2010年
資料:西川町農業委員会
後、農業は継がずに県内で公務員となった。
西川町は朝日連峰や月山の山懐に抱かれた自然豊か
419人まで減少し、そのうち65歳以上の高齢者が8割以
大泉さんの現在の経営は減農薬・減化学肥料による
は65
.
2
歳である。しかも、年代別では7
0
歳代の就業者
な町だが、他の市町村と同様に急激な人口減少が進み、
上を占めるに至った(図表1)。この間、耕作放棄地
水稲栽培が中心だが、その他にソバや古代米、飼料米
が最も多く、70歳以上が2万8
,
6
83人で県内就業者の
大泉さんが就職した1
9
7
5年には1
0,
016人だった町の人
も増え続け、1980年の17㌶から2010年には5倍超の94
の生産、切り餅や、こくわのジャム、ジュースなどの
44
.
6
%を占めるのに対し、50歳未満は7,
1
84
人で1
1.
2%
口は、20
1
0
年には6,
2
7
0
人に減少し、その間、65歳以上
㌶(町内の田畑の11%余り)に拡大した(図表2)。結
加工・販売も行っている。販売は市場などを通さず全
に過ぎない。
の高齢化率は1
3
.
6
%から県内最高レベルの36.
3%まで
果として、町の農業粗生産額は1980年の12億7千万円
量直接販売だが、当初、顧客の開拓にあたっては、首
全国の農業総産出額は、ピーク時の198
4年には1
1兆
上昇した。
から、2006年には6億2千万円へと半減した。
都圏や仙台圏の町内出身者などの組織や集会を丹念に
7,
171億円だったものが、2
0
10
年には8兆1,
21
4億円へと
このような時代の流れの中で、大泉さんは10年ほど
回り、自らの取り組みについてプレゼンを繰り返し、
30%余り減少した。山形県の産出額は1
98
5年がピーク
前から、あえて自ら就農することを考え始めた。自宅
思いを共有してくれる人をお客様として開拓してきた。
で3
,
3
58
億円だったが、その後、米の需要縮小や価格低
その努力が実り、就農4年目からは財務内容も黒字に
迷から、米を中心に産出額の減少が続き2
01
0年には
転じたという。
1
,
9
86
億円と約40
%減少した(図表3)。
農業分野に限ってみれば、1975年に1,
600人余りいた
※注1
農業者(販売農家
)は、2010年には約4分の1の
※注1 販売農家:経営耕作面積が30
㌃以上、または農産物販売金額が50万円以上の農家
2
3
図表3 山形県農業産出額の推移
階を迎え、また、グローバルな競争の中で農産物の価
これまでにも増して、農業者にはグローバルな感覚
格も低迷する中では、小規模な家業的営みだけでは限
と、消費者ニーズや環境を自ら判断するための情報分
界に来ているといわざるをえない。
析力、高度な経営能力が求められる時代になってきて
今後は、「家」という枠組みを企業という枠組みに
いるのである。
(億円)
3,500
3,358
3,066
3,000
2,691
2,500
1,903
1,056
951
1,500
1,000
563
295
10
551
379
24
460
140
1985
110
1990
野菜
花き
畜産
その他
2,125 2,152 2,045 2,097
2,022 1,986
1,298
459
果実
2,372
1,530
2,000
米
919
814
854
812
再編し、主に他人労働、雇用労働を基本とし、経営と
して組織を管理・運営していく近代的な仕組みに転換
697
していく必要がある。
539
496
388
40
352
74
1995
359
59
326
76
2000
490
424
461
450
462
453
304
67
318
61
2005
327
68
316
61
2006
334
70
324
53
2007
335
60
333
53
2008
360
318
57
57
330
335
52
47
2009 2010年
3.
「6次スクール」の概要
また、今後の農業が発展していくためには、今まで
「6次スクール」は2009年の7月より開校した。
のような圃場での生産に特化したモデルだけでは限界
この事業は、もともと2008年の秋に経済産業省の「人
がある。生産→加工→小売→消費という流通システム
材育成パートナーシップ事業」の委託を受け、半年間
を短縮し、農業者が得る付加価値を増大させていく取
のカリキュラム作成や体制作りなどの準備期間を経て
り組みが求められる。
スタートした事業である。
この間、全国の耕作放棄地は、1990年の22万㌶から、
農林水産省の試算によれば、食品関連製造業や流通・
当時、山形県内では山形大学工学部において、食品
人協会や食産業クラスター協議会などの産業団体、山
2
0
1
0
年には40
万㌶へと1
.
8
倍に広がり、県内では3,
214
㌶
飲食業を含めた農業・食料関連産業の国内生産額は
加工業を中心に食農産業の担い手を育成する大学院
形県など、県内の食農ビジネスに関わる「産・学・官」
から7
,
4
4
3
㌶へと2.
3
倍に拡大した。
95.
3兆円であり、これは国内生産額876兆円の約11%を
コース(食品MOT「食農の匠」)が開講されており、
の主要なメンバーが「6次コンソーシアム」を組織し
このような現在の農業構造がそのまま継続していけ
占め、わが国最大の産業分野のひとつである。しかし、
また、県立農業大学校では2009年度より「農産加工経
実施している。各機関からはそれぞれ主体的・
積極的に
ば、高齢化による農業者のリタイアに伴い、数年後に
第1次産業(農・漁業)の生産額は1
1.
3
兆円であり、
営学科」の開講も予定されていた。しかし、農業大学
参画していただいており、
「6次スクール」の活動を
は担い手はさらに加速度的に減少する。農地の荒廃が
これは農業・食料関連産業全体の1
1.
83%を占めるに過
校は新卒者を対象にしており、一方、大学院コースに
これまで継続できたのも、それぞれの担当者のボラン
一層進み、近い将来日本の食料の大部分を外国に依存
ぎない(図表4)。
農業者などが入学するのは、一般的にはやや敷居が高
タリーな協力や尽力に負うところが大きい。
するという事態に陥る可能性さえ皆無とはいえない。
農業・食料関連産業全体が生み出す付加価値を視野
い。したがって、すでに社会人となった農業者や、6
ちなみに、「6次スクール」の取り組みは全国的に
わが国の食料自給率が先進国中最低(2011年カロリー
に入れ、農業者が独自に、あるいは信頼のおける他事
次産業化を目指す経営者・会社員などが改めて企業経
も注目を浴びており、内閣府の「6次産業化人材WG」
ベース39
%)といわれるなかで、国民の食料供給の基
業者と手を組んで加工・販売まで主体的にコミットし
営などについて体系的に学ぼうとしても、その機会に
をはじめ、高崎経済大学や佐賀県議会など、県外から
盤となる国内農業を守り、基幹的な産業として発展さ
ていけば、農業のビジネスチャンスは大きく広がる。
乏しかったのが実情である。
「6次スクール」では、こ
も多数の視察やヒアリングを受けている。これも、関
せていくために、今何をすべきか。農業の構造変革は、
これからの日本の成熟社会において、消費者の欲求が
れらの意欲を持つ人々を対象に、現状の教育機関では
係する機関が重層的に協力し、一丸となって人材育成
今や待ったなしの瀬戸際の段階を迎えている。
高度化・多様化することはあっても、国内産の安全・安
対応できない中間的な社会人養成コースとして、経営
に取り組んでいる点が評価されてのことと思われる。
そもそも、戦後の日本農業は、農地改革によって地
心で美味しい農産品へのニーズが大きく減退すること
や起業について実戦的かつ体系的に知識や技術を習得
カリキュラムの内容であるが、ひと口に6次産業と
主制度を解体し、
「個々の農家が農地を所有し、耕作し、
は考えにくい。農業経営者が「社会が必要とするモノ
するための機会を提供していくことを目的としている。
いっても、その領域は無限と言っていいほど広く、ま
家族労働で経営する」というあり方のもとでスタート
やサービスを自らの志をもって創造する」というスタ
実施体制は、図表5に示すように、フィデア総合研
た、
「6次スクール」の受講者がスクールに求めるニー
した。そのため、従来の農業は家業的な性格が強く、
ンスで商品開発や市場開発(創造)に挑戦していけば、
究所が事務局となり、山形大学などの教育機関、農業
ズや問題意識も、その立場や経験、職業などにより、
農業経営はムラ社会や生活(家計)と一体化し、しか
農業は極めて魅力的なビジネス分野になり得るだろう。
支援センター、農業会議などの産業支援機関、農業法
さまざまである。そこでスクールでは、例年7月から
も家族労働を基本として成り立ってきたため、生活と
ただし、このような方向へ農業を変革していくため
経営の機能が未分化のまま推移してきた傾向が強い。
には、企業家マインドや経営感覚を持ち、地域のリー
つまり、従来の農業においては、農家は「生産者」で
ダーとなる農業後継者を、農業・農村の中にどれくらい
産業支援機関
はあっても「経営者」としての意識に乏しかったのが
多く輩出できるかがポイントとなる。行政などによる
実情である。
農業への支援施策はこれまでハードを中心に行われて
しかし、現在のように就農者が減少し、機械化、施
きたが、今後の日本の農業を発展させようとすれば、
やまがた農業支援センター
山形県農業会議
山形県企業振興公社
山形県中小企業団体中央会
設化によって効率化を目指すだけでは対応不可能な段
農業の経営者人材の育成が絶対条件である。
500
0
資料:農林水産省「生産農業所得統計」
図表4 農業・食料関連産業の国内生産額 95.
3兆円(全産業の10.
9%)
農・漁業
11.3兆円
関連製造業
36.8兆円
関連投資
2.3兆円
関連流通業
24.2兆円
11.83%
38.57%
2.35%
25.37%
資料:2
0
0
9
年度 農林水産省大臣官房統計部「農業・食料関連産業の経済計算」
4
飲食店
20.9兆円
21.89%
24年度「6次スクール」での宮城県農場視察
図表5 「やまがた6次産業ビジネス・スクール」実施体制
産 業 界
山形県農業法人協会
やまがた食産業クラスター協議会
山形県グリーン・ツーリズム推進協議会
日本政策金融公庫農林水産事業
事業統括リーダー
フィデア総合研究所
カリキュラム開発リーダー
山形大学農学部教授
細野武司
小沢 亙
山形第6次産業
人材創生コンソーシアム
教育機関
山形大学
山形県立農業大学校
事務局:フィデア総合研究所
行 政
山形県
5
翌年2月にかけての8ヶ月間、主に水曜日を中心に週
受講者にとって、講義で得られる知識や情報はもち
スクールで学んだスキルが、その後のビジネス展開
一回程度(20
1
2
年度の場合は延べ34回、1
35時間)の講
ろん大切だが、世代も経歴も違う人々と8ヶ月間机を
に大きく活かされていることがうかがえる結果だが、
義を用意し、スクール入校と同時に各人の問題意識に
付き合わせ、自分の夢やビジネス構想について議論を
コンソーシアムとして、引き続き修了者の活動をフォ
応じて「履修届」を作成してもらい、講義を自主的に
交わすことは、日常では得られない貴重な体験になる。
ローし、事業化の実現までサポートできる一体的な体
選択する方式をとっている。そして、最終的に90時間
また、
通常は接触の少ない大学教授や、
コンサルタント、
制を作りあげていくことが今後の課題である。
以上受講した場合に「修了証」を交付し、さらに一定
経営者などの話を間近に聞き、顔見知りになることも
の要件を満たした場合には山形大学との協定により、
その後の事業実現に向けた大きな励みとなる。修了者
学長名の「履修証明書」を授与するという2段階の方
の感想を聞くと「スクールでいろいろな人と知り合え
式をとっている。ただし、いずれの場合もビジネスプ
たことが、最大の収穫だった」と語る人が少なくない。
ランの作成・提出を要件としている。
「6次スクール」の最終的な目標は、当然ながら、単
「6次スクール」を開校してから今年度で4年目を迎
また、受講者が科目を選択する際の参考として、各
なる学習に終わるのではなく、受講者がそれぞれのビ
えているが、その間、状況も少しずつ変化してきた。
科目を
「基礎・共通科目」
(必須)
「農業ビジネス管理コー
ジネスプランを実践し地域経済の活性化に寄与してい
スクールを開始した当時、“6次産業”という言葉
ス」
「食品ビジネス管理コース」
「交流・観光ビジネス管
くことである。そこで、1期~2期の修了者を中心に、
はまだあまり一般的ではなかったが、2011年に民主党
を図れば、互いの強みが相乗効果を発揮して効果的に
理コース」
「ビジネスプラン作成」(必須)に区分して
その後のプランの実施状況を確認したところ、図表7
政権のもとで「六次産業化法」が施行されたことに伴
事業を展開できると思えるケースが多い。
示し、それぞれの問題意識に応じた科目選択が可能と
に示すように、約74%の受講者がすでに新規事業に着
い、各県に「6次産業化サポートセンター」が設置さ
また、農業後継者が経営感覚を高めるためには、直
なるように配慮している。
手しているか、もしくは準備中であるとの回答を得た。
れた。6次産業という言葉もメディアなどで頻繁に取
売所やスーパー等で、直接、自分で売り場に立ち、消
講師の選定にあたっては、大学教授を中心とした理
また、すでに新規事業に着手している人のうち、スクー
り上げられるようになり、各機関でも従来以上に関連
費者の生の声を聞くことが大切である。昨年1
0月には
論に重点をおいた講義と、6次産業の経営者やコンサ
ル受講中に作成したビジネスプランと関連した事業を
するセミナーなどが数多く開催されるようになった。
「6次スクール」初の試みとして、仙台の「東北ろっ
ルタントによる実践的な講義をおおむね半分程度ずつ
展開しているとの回答が76%であった。
しかし、現状では各機関がそれぞれのミッションの
けんパーク」を借り切り、2日間にわたり「山形秋の
下に、独自に研修会などを開催している状況である。
収穫フェア」を開催した。消費者に直接売るという経
もとより6次産業化を担う人材育成のニーズは多様
験が初めての受講者もおり、戸惑う場面もあったが、
組み合わせ、適宜、宿泊研修や現場視察なども織り込
図表7 修了者のビジネス着手状況
みながら、理論から実践までの内容をバランスよく習
4.
「6次スクール」を中核とした
6次産業化ネットワーク
24年度「6次スクール」仙台での販売実習
であり、その段階や形態によって、一様に対応するこ
「生産したものを有効に売るのではなく、
有効に売れる
とはできない。また、支援する組織にはそれぞれの特
ものを生産する」というマーケティングの基本的な考
性があり、ひとつの組織で農業者の多岐にわたる支援
え方へ意識を変えていくためにも、いろいろな売り方
ニーズに対応していくことは困難である。
に挑戦し、消費者から直接情報を得ることは、極めて
したがって、それぞれの段階や目的に応じた人材育
有効な手段である。
成の場が県内で体系的に準備されていることが望まし
さらに、農業者以外の友達、大学などの研究者、市
い。そのためには、現在のように各機関が独自の内容
場関係者、量販店のバイヤー、税理士、会計士、異業
毎週の講義に参加するのは大変なことだろうが、それ
でそれぞれに提供しているサービスや機能を一度整
種従事者などといった人達と関わる機会を持つことも
ぞれが高いモチベーションを持つ人達であり、平均的
理・調整して、相互に連携を図ることや、事業化の支
経営感覚を磨くために大切なことである。
な出席率はおおむね8割程度と良好である。
援も含めて不足の部分を補い、より効果の上がる仕組
「6次スクール」の受講者はこれまですでに延べ150
みを構築していく必要がある。この点、本県ではすで
人を超えている。スクールで学んだ経験や、そこで生
に「6次コンソーシアム」の活動があり、これを足が
まれた受講者同士の繋がりを無駄にしないためにも、
かりに、たとえば「6次産業化サポートセンター」な
今後、県外での直売イベントや、受講者を中心にした
得できるように工夫している。
その他
(断念を含む)
受講者の年齢や職業は、図表6に示すとおり、さま
11.4%
ざまだが、全員が現役の社会人である。年代は20代か
プランの
見直し中
ら60
代まで、職種も農業者をはじめ、建設業や食品メー
14.3%
カーの社長・社員、行政・団体職員、自営業者などバラ
着手している
エティに富み、山形県内全域から参加している。
60.0%
準備中
14.3%
責任ある職を持つ社会人が、8ヶ月間にもわたって
図表6 年代別・職業別 やまがた6次産業ビジネス・スクール受講生の推移
年 代 別
職 業 別
6
2009年度
2010年度
2011年度
2012年度
延べ人数
2
0
歳代
7
7
9
5
28
3
0
歳代
12
19
14
3
48
どが中心となり、支援機関のネットワークをさらに拡
相互交流の場を定期的に設けていきたいと考えている。
4
0
歳代
12
10
6
5
33
充させて、それぞれの強みを相互補完的に発揮してい
いずれにしても、「6次コンソーシアム」が主催す
5
0
歳代
8
7
5
7
27
くことが重要だろう。
る「6次スクール」が契機となり、農業経営者同士の
6
0
歳代
7
7
1
3
18
合計
46
50
35
23
154
一方、農業経営者の側においても、6次産業化を目
ネットワーク、そしてそれを支援する側のネットワー
指す人材が集うプラットホームのような場があれば、
クが形成されていけば、県内の6次産業化推進の大き
農業
23
18
16
8
65
企業
16
19
10
10
55
それぞれのビジネスパートナーを探すうえで大きな支
な原動力になるだろう。
行政・団体
5
8
6
4
23
えとなる。農業者は普段、個人あるいは個社で、それ
現在の農業がおかれた現実を直視し、農業経営者と
その他
2
5
3
1
11
ぞれ単独で仕事に取り組んでいるが、「6次スクール」
その関係者が一体となって地域農業を変革していくた
合計
46
50
35
23
154
でのプラン発表会などを聞くと、連携・共同して事業化
めに、残された時間は多くはない。
7