BOLETIM INFORMATIVO INTERNO(GRATUITO) A ・C・A IWATE KENJINKAI DO BRASIL 185 Rua Thomaz Gonzaga 95 - M Liberdade São Paulo SP Brasil CEP 01506-020 TEL/FAX (55 -11) 3207-2383 E-mail : [email protected] www. iwate.org.br ひがし に ほ ん だ い し ん さ い 2014 年5月発行 ま る ね ん 東日本大震災3・11 から丸 3 年 と う ほ く け ん つ い と う し き 東北 3 県で追悼式 がつ にち つき ひ た 3 ひがし に ほん だい しん さい まる ねん 月 11 日は、東日本大震災から丸 3 年 に ほん せ かい かく ち ぎ せい しゃ の月 日 が経 ち、日 本 や世 界 各 地 で犠 牲 者 ついとうぎょう じ 追悼 行 事がおこなわれた。 にち ご ご じ いわ サンパウロでも 11 日 午 後 2 時 から岩 て みや ぎ ふく しま けん きょう さい だい しん さい 手・宮城・福島の3県 共 催で「大震災 3 しゅう ねん つい とう ぎょう じ みや ぎ けん じん かい おごそ 周 年 追 悼 行 事 」が、宮 城 県 人 会 で厳 か おこな へいじつ っかわ やく めい に行われ、平日にも関わらず約 130 名が、 ひ さい ぎ せい しゃ もく とう ひ さい ち そう き ふっ こう 被 災 犠 牲 者 への黙 祷 や被 災 地 の早 期 復 興 いわ て ふっこうじょうきょう せつめい き がん た だ ふくかいちょう を祈願した。 岩手の復 興 状 況 を説明する多田 副 会 長 かい かい じ ち だ いわ て けん じん かい ちょう しん さい けん ほん かく ふっ こう すい しん ねん さん りく そう ぞう じつ げん 開会の辞で千田 岩 手 県 人 会 長 は、震災で 県では「本 格 復 興 推 進 年」とし「ふるさと三 陸 創 造」を実 現 命 を奪われたた方々の冥福を祈り、在 住 日 するため県 民 が一 系 人にとって「ふるさとを思う心は一つ」 、 つになって参 画 し 被 災 者 が「当 り前 の生 活 」に戻 れる事 を祈 ます。と多 田 マウ 願 したいと語 り、続 いて犠 牲 者 に対 し 1 分 ロ 副 会 長 が 代 読。 間の黙祷を捧げた。 ポ語訳も披露した。 いのち うば かたがた めいふく けいじん おも ひ さい しゃ あた がん まえ かた かん いの もくとう さ の ひろあきしゅせきりょう じ とお せい かつ つづ こころ さん かく ひと もど ぎ せい しゃ けん みん ざいじゅうにっ こと た き たい ふく かい ちょう ぷん ご やく ささ はな しゅうねん だ だい どく ひ ろう むら い みや ぎ けん ち じ ついとう 佐野 浩 明 首 席 領 事は「遠く離れたブラジルで、3周 年の追 悼 村 井 宮 城 県 知 事 行 事 は、日 本 政 府、国 民 にとってもあ か ら は、 災 害 廃 ぎょう じ に ほん せい ふ こころつよ かた りがたく心 強い」と語った。 けん れん だい ひよう ぶつ か わい あきら あき た けん じん かい ちょう とうほくじん わたし しょ り ほん ねん ど かん りょう み こみ ふっ きゅう 棄 物の処理が本 年 度 完 了 見込で、復 旧 に 県 連 代 表 の川 合 昭 秋 田 県 人 会 長 は、 おな さい がい はいき こく みん む しんさい ぎ せいしゃ せい か すず き ふくかいちょう だいどく 同じ東 北 人として私たちは、震 災 犠 牲 者 向けた成果を鈴木 副 会 長 が代読。 や被災された方々の事を決して忘れませ 原 発 事 故 もあった福 島 県 の佐 藤 知 事 は、 ひ さい かた がた に ほん がん ばれ こと けっ げん ぱつ じ こ わす ふうひょう ひ がい とう ほく あら さんぎょう そうしゅつ と く なが やま ふく しま けん じん かい にも取 り組 んでいると、永 山 福 島 県 人 会 メッセージがあった。 いわ て じ たっ そ たく や ち じ 「各 県 知事のメッセージ」 岩手の達増 拓 也知事は、ブラジルは せ かい かっ こく ね づよ さ とう ち じ 「風 評 被害は根強い」 。新たな産 業 の創 出 ん。 「日 本 頑 張 れ!東 北 がんばれ!」と か く けん ち ふく しま けん み まい ぎ えん きん さま ざま し えん あらた ちょう ち じ ひ ろう 長 は知事のメッセージを披露。 みや ぎ いわ て ふっこうじょうきょう えいしゃ いわ て えいぞう た だ じめ世 界 各 国 からお見 舞 いや、義 捐 金 や様 々 なご支 援 に改 めて 宮城や岩手の復 興 状 況 のスライドを映写。岩手の映像は多田 感 謝 致します。震災3年目を「安心・暮らし・なりわい」の 3 っ 副 会 長 が説明した。 かんしゃいた げん そく しんさい もと ねん め ふっ こう あんしん き ばん く ぜん りょく けっ か さい の原 則 に基 づき、復 興 の基 盤 つくりに全 力 をつくし、結 果、災 がい はい き ぶつ しょ り てんさき しき ち め ど か せつ ふくかいちょう せつめい お ぐら しゅう ぼう さい けん きゅう いん つか ひがし に ほん だい しん さい 小 倉 タダシ州 防 災 研 究 員 がスライドを使い、東 日 本 大 震 災 い きょうくん こうえん 害 廃 棄物の処理に目途がつき、仮設から移 の教 訓についての講演があった。 転 先となる敷地の用地約 6 割を取得。さら 中 沢 宮 城 県 人 会 長 は「ブラジルと 東 に水 産 業 の水 揚 げ量 は平 年 の 7 割 まで回 日 本 大 震 災 」と題 しスピーチ。最 後 は すい さん ぎょう みず あ ふく よう ち やく りょう しん さい ご いち ぶ うん こう わり へい ねん しゅとく わり かい さん りく てつ どう 復。震 災 後 一 部 運 行 していた「三 陸 鉄 道 」 がつ ぜんせん ふっきゅう あか わ だい なか ざわ みや ぎ けん じん かい ちょう に ほん だい しん さい さん れつ しゃ ぜん いん だい ふっ こう ひがし さい ご はな さ 参 列 者 全 員 で復 興 ソング「花 は咲 く」 がっ しょう なが やま ふく しま けん じん かい ちょう さん れつ しゃ も4月には全線が復 旧 しますと明るい話 題 を合 唱 。永 山 福 島 県 人 会 長 が参 列 者に を提 供 。 謝 意を示し閉会した。 ていきょう ( 1 ) しゃ い しめ へいかい だ い し ん さ い ね ん ひ さ い ち い ま 大震災から3年被災地は今 り く ぜ ん た か だ き ょ だ い 陸前高田に巨大ベルトコンベア ねん がつ にち ご ご じ ぷん ひがし に ほんいったい おそ 2011 年 3 月 11 日午後2時 46 分、東 日 本 一 帯を襲った M9.0 だい じ しん つづ はっ せい きょ だい つ なみ えん がん ぶ だい さい がい の大 地 震、続 いて発 生 した巨 大 津 波 により、沿 岸 部 は大 災 害 が はっ せい し ぼう めい ゆく え ふ めい ふ しょう ごう 発 生。死 亡 15.885 名。行 方 不 明 2.623 名、負 傷 6.148 名、合 けい ねん がつ か げんざい すう じ で 気仙川をまたぐ「希望の架け橋」 計 24.656 名(2014 年 4 月 10 日 現 在)の数字が出ています。 いわ て けんぜんたい けんなん ぶ りくぜんたか た し はし 岩手 県 全 体では 6.018 名。県 南 部の陸 前 高 田市では、約 1.800 ぎ せい か はし い かん せい さい せき つち れる」が完成。砕石や土 した 名が犠牲になり、下 き せき いっぽんまつ ふ きん まち を「奇跡の一 本 松」付 近 あと かた に運 ばれ、ここから「嵩 しゃ しん の写真のように町の みっ しゅう ち ゆめ 橋・夢の架け橋とも云わ やく はこ 密 集 地 は、跡 形 も ひ がい あ ち く はこ 上げ」地区にダンプで運 う ないほどの被害を受 けました。 かさ つち はん しゅつ りょう びこむ。土 の搬 出 量 は ねん あれからもう3年 め むか 目 を 迎 え た。 ( 1) ぺーじ しる 頁 に記 したように いわ て サンパウロの岩手、 みや ぎ¥ ふく しま けん 宮 城、福 島 の3県 きょう さい しん さい ぎ せい 共 催で震災犠 牲 しゃ しゅう ねん つい とう しき 者 の3周 年 追 悼 式 おごそ おこな さんれつしゃ ひ さい ち ふっこう いの を厳かに行われ、参 列 者が被 災 地の復興を祈った。 ひ さい ち ふっ こう む にち かく じ ぎょう きゅう しゅう ふく ふっ いずれも被 災 地は復興に向けて、各事 業 が急ピッチで修 復 復 こう いそ だい こう じ ひと で ふ そく し ざい こう とう にゅう 興を急いでいるが、大 工 事のため人手不足、資 材 高 騰のため 入 さつ ふ ちょう おお じゅう きょ たか だい い てん たか だい ち しゅ 札 不 調 が多い。住 居は高 台 移転を余儀なくされたが、高 台 地 取 とく さいがいきんきゅう と ち しゅとくほうせい び ととの きょじゅう ち もんだい かいけつ 得も災 害 緊 急 土地 取 得 法 整 備が整い、居 住 地 問 題も解決され おも ると思う。 り く ぜんたか た どう し しんさいぜん ご しゃしんうえ あとかた な しん すい ち く かさ あげ しゃ しん ひだり なっている。同 市 では浸 水 地 区 を嵩 上 げするため写 真 左 のよう さん りん ひょう こう きり くず け せん がわ に、気 仙 町の山 林 標 高 120m を 40m まで切崩し、気 仙 川をま ぜんちょう こう じ はりめぐ きょだい き ぼう か たぎ、全 長 3kmも張巡らせる巨大ベルトコンベア「希望の架け はか ふっ こう か そく なま こう じょう かん せい げっ かん 。プラントの月 間 また復興を加速させる「生コン工 場 が完成」 せいぞうのうりょく せいぞう 製 造 能 力 は 1 万 8000 立方メートルで、 製造したコンクリートは、 りくぜんたか た し ない こうきょうこう じ きょうきゅう しゅ ぼうちょうてい すいもん 陸 前 高 田市内の公 共 工 事のみに供 給 する。主に防 潮 堤や水 門 せい び り よう 整 備に利用される。 こう じ しゅう へん ち し 「陸 前 高田市」 は、震 災 前 後(写 真 上)のように、跡形も無く け せん まち まんりっぽう 1 日に 1 万 立 方 mで工事のスピードアップを図る。 ほこり うみ ぞ はな でも工 事 周 辺 地 は「埃 」だらけですが、海 沿 いを離 れると うめ さくら つばき すいせん はる はな こころ あか おお わ だ つたえ 梅、桜、椿、水仙と春の花で心が明るくなると大和田さんが伝え し ゃ しん じょう ほう りく ぜん たか た し し ない ざい じゅう おお わ だ か ている。「写 真 ・ 情 報 」 陸 前 高 田 市 HP、市 内 在 住 の大 和 田 加 よ こ おお わ だ さく ねん ひ さい ち けん れん しょう へい とう かい 代 子 さん(大 和 田 さんは昨 年 被 災 地 から県 連 が招 聘・当 会 とも こうりゅう 交 流 した) 3 ANOS DO HIGASHI NIHON DAISHINSAI A cerimônia em memória aos 3 anos do tsunami, foi realizada no dia 11 de Março no MiyagiKenjinkai e foi organizado pelos Kenjinkais de Iwate, Miyagi e Fukushima. Estiveram presentes autoridades da comunidade Nikkey, representantes da Defesa Civil, IPT e também o Consul Adjunto Sr. Sano. Os governadores das 3 Províncias enviaram mensagem de otimismo que foram lidas pelos representantes dos respectivos Kenjinkais. ( 2 ) 県人会の動き 2 月 ・ 3 月 ・ 4月 2 月 6 日 IBC 岩手放送中村好子さんから「第 3 回いわて紅白 23 袰岩毅理事の母親の 49 日法事に千田夫妻出席 歌合戦」ビデオの送付あり。 27 県連代表者会・及び第 48 回県連定期総会に会長出席。執行 7 袰岩毅理事の母ふみえさん逝去の報。8 日多田副会長夫妻、 部の一人に千田会長が第 3 会計に推薦指名された。交流会 平野マリアさん会葬に出席 に多田副会長も出席 8.9 千田会長夫婦、平野夫妻で県人会旅行を計画しているカ 29 自閉症指導教育専門家である三枝たか子夫妻来館 ナネイァ海岸(南に約250㌔)を視察 4月1日 イーハトーブ・トロント岩手県人会代表 菊池 幸工 16 2 月度役員会開催。議題は主に本年度行事の日程調整など さんから先月サンパウロに滞在と、住所一部訂正を要請。 17 県人会ニュース 184 号を約 400 部国内外へ発送 次回は県人会に連絡とメール 18 賛助会吉田会長と松本副会長へ豪雪のお見舞い電話を入れる 2 県連執行部会に会長出席 20 岩手日報社報道部専任部長 工藤哲氏より、要請のあった寄稿 7 県連作製「大震災被災者招聘現状報告会」のビデオを県庁、 文「コッパ ド ムンドを前に」と題した原稿を発信 招聘者 ‐ 大和田加代子さん(陸前高田市)へ発送 22 多田副会長は日本語会話教室を開始。 10 山中正二ベレン県人会長来館。氏へ県知事からの「賀詞」 27 県連代表者会に千田会長出席。議題 日本まつり、留研生実 を伝達 態調査、2013 年度県連報告書、ふるさとめぐり、総会など 12 役員会開催 議題は4月の誕生会、5月 - 運動会、わんこそ 28 日から5日まで国民的お祭りカーニバル開催。 ば大会、7月 - 日本まつり , 会館整備など 岩手、宮城、福島県共催で 3 月 11 日行われる大震災3周忌 18-21 日は、パスコアーチラデンテスの連休でした に対する、県知事のメッセージを国際課へ要請 23 ☆ 県より平成 25 年度高齢者賀詞と記念品 2 名分届く 25 昨年県連が被災地から招聘した , 陸前高田市の大和田加代子 3月 10 日 岩手日報に掲載された「世界は今・県人リポート」の さんから諸活動のニュースあり PDF 版の送信が工藤哲報道専任部長からあった 27 第 54 回会員交流誕生会開催。約 60 名が参加 11 宮城県人会で、岩手、宮城、福島県人会共催で、東日本大震 和歌山県人会 60 周年式典に昆野会計出席 災 3 周年追悼式を行う。130 名程が参加 ★ 青森県十和田市在住の坂上美奈子さんから、昔お世話になっ 12/13 、3・11 大震災追悼式の新聞記事を関係者へ発信 た紫波町日詰出身の「高橋幸太郎」さんの消息依頼あり 県連執行部会に会長出席 24 県連代表者会に会長出席 Nomura, Eiichi Takeda, Kimio Oikawa. 会費納入者名 (Anuidade Pagante) Maio : Etsuko Yamaguti Yamada, Mitikazu Nagamatsu, (年額 R$80.00 Anuidade de 2014 ) Hirohisa Taguchi (2013 e 2014), 1月 小崎敬子、石井克美、岩崎雄亮(NY/ 賛助会員), 2月 峰きよこソフィア、多田登、多田孝則マウロ、菊地義治、 来館者数 1 月 349 名、2 月 322 名、3 月 405 名、 千田輝海、阿倍安忠、吉田みちこ、橋本敏郎、石崎一喜、 4 月 384 名、 和田司、中村健三、 3月 高橋凡児、佐々木寛一、袰田重 雄、昆野昭仁ワシントン、 昆野とし子、岩淵克明(2013 年・ 2014 年) 、佐々木ジョゼルイス進、及川たけおアルツール、 菊地満、大志田寿、 千葉キク、中島悟、 4月 三枝たか子 (2013-2014 /日本賛助会員) 、平野マリア、 山田幸孝、 図書貸出 1 月 616 冊 128 名、2 月 540 冊 119 名、 3 月 520 冊 114 名、4月 481 冊 111 名、 尋ね人 高橋幸太郎さん 伊藤範夫、小関多田シルレイ、野村美津子、武田栄一、及川公雄、 岩手県紫波町日詰出身で、 30 数年前に単身移住されました。 5 月 山田山口えつこ、松永通一、田口裕久(2013/2014)、 現在の年齢は80才近いとのこと。 ANUIDADES RECEBIDAS Janeiro : Keiko Koaki, Ishii Katsumi, Yusuke Iwasaki (SC- 青森県十和田市在住の 「坂上美奈子」 さんが、 高校時代青森 NY), Fevereiro : Sofia Kiyoko Mine, Nobori Tada, Mauro サンパウロを弟さんと訪ねるので、 もし高橋さんの所在が分かればと Takanori Tada, Yoshiharu Kikuchi, Teruumi Chida, Yasutada 県人会に問い合わせがありました。 ご存知の方は岩手県人会まで Abe, Mitiko Yoshida, Toshiro.Hashimoto, Kazuki Ishizaki, ご一報願います。 岩手県人会 ℡ (11) 3207-2383 県三戸郡で高橋さんにお世話になった。 8月25日から3週間ほど Tsukasa Wada, Kenzo Nakamura, Março : Bonji Takahashi, 逝 去 袰岩毅理事(故父勇平は現宮古市川井村出 Kanichi Sasaki, Shigeo Horota, Washington Akihito Konno, Toshiko Konno, Katsuaki Iwabuti (2013-2014), Jose Luiz 身)の 「母 ・ ふみえさん (81才)」 は、病気療養中の Susumu Sasaki, Arthur Takeo Oikawa, Mitsuru Kikuchi, ところ、去る 2 月 7 日逝去されました。 Hisashi Oshida, Kiku Chiba, Satoshi Nakashima, Abril: Takako Saegusa (SC-JPN 2013-2014), Maria Hirano, Yukitaka Yamada, Norio Ito, Shirley Teruko Tada Ozeki, Mitsuko 内海 博 氏 (91 才・昭和 8 年渡伯、母は江刺区岩 谷堂出身)は、4 月 6 日逝去の報。合掌 ( 3 ) きょうかいかいちょう き く ち め い よ し み 菊地さん 名誉市民賞 し ぎ き め 協 会 会 長 2期目。 ん し ょ う きく ち じ へいしょう じ どうきょういく がっきゅう せつりつ 菊地さんは、 「自 閉 症 児 童 教 育」の「学 級 、PIPA」設立や、 にっぱくゆうこうびょういん うんえい りつ し えん に ほん じんりょく じ へいしょう じ どう やくぶつ つか じ 日 伯 友 好 病 院の運営に尽 力 。自 閉 症 児童に薬物を使わず自 か い サンパウロ市議会から じ へいしょうきょういくせんもん か ようせい 立 支援するため、日本サイドに自 閉 症 教 育 専 門 家を要請し、 あおぞらがっきゅう き どう の びょういんけんせつ つく 青 空 学 級 を軌道に乗せ、SUS 病 院 建 設などに尽した。 きく ち しょう ごう とも かつ どう たづさ かた がた わか 菊 地 さんは、称 号 は共 に活 動 に携 わった方 々 と分 かちあい あい さつ びょう き しゅっ せき で き つま たいと挨拶。病 気のため出 席 出来なかった妻マリーザさんに ささ かんしゃ ひょう きく ち 支えられたことに感謝を表した。 菊地さんおめでとう!! YOSHIHARU KIKUCHI É HOMENAGEADO NA CAMARA MUNICIPAL YoshiharuKikuchi, Ex-Presidente の むら し ぎ めい よ し みん じゅしょう do IwateKenjinkai do Brasil e atual きく ち 野 村 市議から名誉市 民 賞を受 賞 する菊地さんとアミーゴス がつ か よる し ぎ かい お いちの せき しゅっ しん Presidente do Enkyo, foi homenageado e recebeu o título de cidadão きく 3 月 24 日 夜、サンパウロ市 議 会 に於 いて、一 関 出 身 の菊 ち よし はる しゃ しん みぎ Paulistano. A homenagem ocorreu にっ ぱく えん ご きょう かい かい ちょう いわ て 地 義 治さん(写 真 右、サンパウロ日 伯 援 護 協 会 会 長 ・岩手 けんじんかいめい よ かいちょう の むら no Salão Nobre da Camara Municipal し ぎ すいせん 県 人 会 名 誉 会 長 )に、野村アウレリオ市議 推 薦により「サン めい よ し みん しょう ぞう てい しき し ぎ かい おこな か ぞく パウロ名誉市 民 賞 」の贈 呈 式が市議会ホールで行われ、家 族 ともだち やく めい きく ち ねん さい まる らい はく no dia 24/03, いわ やアミーゴス(友達)約 300 名が祝った。 かい はつ せい ねん たい por iniciativa いち いん 菊 地 さんは 1959 年 19 歳 で「開 発 青 年 隊 」の一 員 として い みん せん しゅう くん れん じょ こう しゅう d o Ve r e a d o r う 移 民 船アルゼンチナ丸で来伯、パラナ州の訓 練 所で講 習 を受 ねん し い てん じ えい ぎょう どく りつ A u r e l i o とう けん け、1965 年 サンパウロ市 に移 転 し自 営 業 として独 立。当 県 じんかい だい め かいちょう き ねんかいちょう かたわ N o m u r a ふく 人 会の6代目 会 長 として4期8年 会 長 をつとめ、その傍ら福 し き かん かつ どう さん か げん ざい (PSDB). にっ ぱく えん ご 祉機関でボランティア活動に参加。現在サンパウロ日 伯 援 護 け ん れ ん だ い て 県連第 い き そ う か い し ん や く い ん せ ん し ゅ つ 48 回定期総会 ・ 新役員選出 と どう ふ けんじんかいれんごうかい しん 3 月 27 日、ブラジル都 道 府 県 人 会 連 合 会は新 そう げつれいだいひょうしゃかい だい かいてい 装されたホールで月 例 代 表 者 会と、第 48 回 定 き そうかい かいさい 期 総 会が開催された。 ぎ だい ねん ど じ ぎょうほうこく かいけいほうこく しつ 議題は、2013 年度事 業 報 告、会 計 報 告と質 ぎ おうとう ねん ど じ ぎょうほうこく よ さんあんしん ぎ 疑 応 答。2014 年度の事 業 計 画、予 算 案 審 議が しょうにん やくいんかいせん あり、それぞれが承 認され、役 員 改 選があった。 き つと その だ あき のり けん れん かい ちょう か ご しま たい 2 期務めた園田 昭 憲 県 連 会 長 (鹿児島)の退 にん あい さつ ふく かい ちょう つと ねん かん みな ささ 任の挨拶で、副 会 長 も務めた6年 間 皆さんに支 こと しゃ い えられた事に謝意があった。 やくいんかいせん もとはしとっとりけんじんかいかいちょう けんれんかい 役 員 改 選では、本 橋 鳥 取 県 人 会 会 長 を県 連 会 ちょう れん めい ゆい いつ かい いん 長 とする連 名 シャッパが唯 一 だったため、会 員 た すう はくしゅ しんやくいん せんしゅつ 多数の拍手で新 役 員が選 出 された。 しんしっこう ぶ かいちょう もとはしみきひさ とっと り ふくかいちょう さかもと 、副 会 長 =坂 本アウグ 新 執 行 部は、会 長 ・本 橋 幹 久(鳥 取) にし さだ お 、杉 本 教 雄(静岡)、市 川 利 スト(栃木)、高野ジョルジ(山梨) しゅつ 雄(富山) 、山田 康 夫(滋賀) 、原 島 義 弘(千葉) 、木 原 好 規(和 名。 とち ぎ お と やま か やま たか の やまなし やま だ やす お だい かい けい し が すぎもとのり お はらしまよしひろ みなみ しずおか ち ば いちかわとし き はらよしのり ふく おか だい かい け わ た ろ くま もと だい しょ き か わい あきら あき た だい しょ き みち こ あお もり もと はし しん かい ちょう だい かい けい ち だ ひろ あき 道 子(青 森 )、また、本 橋 新 会 長 により、第 3 会 計 に千 田 曠 曉 いわ て だい しょ き すぎやま きょう と すいせん にんめい (岩手) 、 第 3 書記に杉山エレーナ(京 都)が推薦され任命された。 しっこう ぶ せ だい ふりわけ いっせい めい に さんせい めい 執 行 部世代の振分は、一世は 7 名、二・三世 7 名となっている。 かん さ やくとうひょう せいかん さ ほ じゅう おおにしひろ み ひろしま かん さ ほ お 監査 役 投 票 では、正 監 査補 充 に大 西 博 巳(広島) 、監査補に尾 ぐん ま た ば おき なわ せん ちな かく けん じん かい ちょう せ だい いっ せい めい に さん せい めい NOVO PRESIDENTE DO KENREN たま しろ 丸 哲 司(熊 本 )、 第 1書 記 =川 合 昭 (秋 田 ) 、第 2 書 記 =玉 城 お ぶち たみ お 出 された。因みに各 県 人 会 長 の世代は一世 24 名、二・三世 23 歌山) 、第 1 会 計 =南 アゴスチンニョ(福岡 ) 、第 2 会 計 =田 呂 まる てつ じ ひょう ご 西 貞 夫(兵 庫 ) 、小 渕 民 雄(群 馬 ) 、田 場 ジョルジ(沖 縄 )が選 Foi realizado no dia 27/03 a 48ª Assembleia Geral do Kenren, com a eleição da nova Diretoria para o biênio 2014-2015. O novo Presidente é o Sr. Mikihisa Motohashi (TottoriKenjinkai), em substituição ao Sr. AkinoriSonoda (KagoshimaKenjinkai). ( 4 ) つた だ い とを伝えた。 か い か い い ん 第54回会員 おいかわきみ お し アチバイアの及 川 公 雄氏から こ たく さん う り ゅ う た ん じ ょ う か い き てい きょう う 沢 山 の切 りバラの提 供 を受 け 交流誕生会 かざ テーブルを飾った。 Fじ むら ふく かい ちょう おん ど かん ぱい 藤 村 副 会 長 の音 頭 で乾 杯 し、 かい いん もち よ りょう り ちゅう しょく かい 会 員 持 寄りの料 理で昼 食 会を せき じょう おこなった。 くさ ね き きん は けん じ へい しょう きょう いく せん もん か さえ ぐさ 席 上 、JICA 草 の根 基 金 派 遣 自 閉 症 教 育 専 門 家 の、三 枝 た こ ふ さい しゃしんみぎ か子ご夫妻を(写 真 右) しょうかい あいさつ 紹 介しご挨拶をいただ いた。 すう じ あわ ビンゴでの数 字 合 わ かいいん いっ き いちゆう せに会員は一喜 一 憂し、 がつ にち にち よう しょう ご こう れい だい かい かい いん こう りゅう たん 4 月 27 日(日 曜 ) 正 午 から恒 例 の「第 54 回 会 員 交 流 誕 じょうかい やく にん ひさ ぶ しゅうかい たの 生 会」がおこなわれ、約60 人が久し振りの集 会を楽しんだ。 ち だ かい ちょう しん ねん かい ご しゅ しゅ かつ どう がつ にち いわ て みや 千 田 会 長 は新 年 会 後 の種 々 活 動 では、3 月 11 日 に岩 手、宮 ぎ ふくしま けんごうどう ひがし に ほんだいしんさい しゅうねんしき かいさい ひ さい ち 城、福島の 3 県 合 同で東 日 本 大 震 災 3 周 年 式を開催、被 災 地で じょ じょ ふっ こう か そく ねん む ぜん しん けん かい がい たん とう ぶ しょ かん きょう は徐 々 に復 興 加 速 年 へ向 け前 進。県 の海 外 担 当 部 署 が「環 境 せい かつ ぶ わか もの じょ せい きょう どう すい しん しつ 生 活 部 若 者 女 性 協 働 推 進 室」 い どう つた に移 動 になったことが伝 えられ た。 へい せい おお しょう ひん はい ふ 多 くの 賞 品 が配 布 され た。 がつ がつ う 1 月 か ら 4 月 生 ま れ たんじょういわ の誕 生 祝いでは、ケー かこ すうめい かいいん いわ う かい き もち キを囲み 20 数名が会員からお祝いを受け、会から気持ちだけの き ねんひん おく 記 念 品が贈られた。 さい ご あい こう しゃ じ まん ひ ろう ご ご また、最 後 にカラオケ愛 好 者 が自 慢 ののどを披 露 し、午 後 4 じ さんかい 時 散 会した。 ど かい がい い じゅう こう れい 平 成 26 年度 海 外 移 住 高 齢 しゃ さい けん ち じ おく 者(75 才)へ県知事から贈られ が し かい ちょう ふじ むら みつ る「賀詞」が、会 長 から藤 村 光 お ふく かい ちょう でん たつ ち だ かいちょう ひだり ふじ むら 夫 副 会 長 へ伝達された。藤村さ が し 千田 会 長 (左)から「賀詞」 んは身 に余 る光 栄 と感 謝 の挨 拶 表 彰を受けた藤 村 副 会 長 があった。尚、山 中 正 二 ベレ ひょうしょ う ふじむらふくかいちょう み あま こう えい なお けん じん かい ちょう しゃ しん みぎ うえ がつ かん しゃ あい さつ やま なか しょう じ か らい かん でん たつ ン県 人 会 長 (写 真 右 上 )へは4月 10 日 来 館 のおり伝 達 したこ し えん ニューヨークで ひがし に ほ ん だ い し ん さ い つ い と う し き 「東日本大震災追悼式」 りくぜんたか た し こく にち ご 3月9日の午 ご 後、ニューヨー ク、マンハッタ ンのニューヨー にっけいじんかいかん ク日 系 人 会 館 とうほく けん で、東北6県と ほっかいどう けんじん 北 海 道の県 人 かい こうせい 会で構成される かい しゅさい ひがし に ほんだいしんさいついとうしき 「ほくほく会」 おこな ふくしまけんじんかい ざい そうりょう じ くさ か すみ お たい し むか ひ さいけん 在ニューヨーク総 領 事、草賀 純 男 大 使を迎え、被 災 県である、 いわ て みや ぎ ふくしま かくけんじんかい かいいん ちゅうしん やく めい しゅっせき 岩 手、宮城、福島の各 県 人 会の会員を中 心に約 100 名が出 席し た。 すす かく ひ さいけん げんじょう おこな こうれい ほり え たかし げん ち よう す かいかいいん どうそうかい どうそうかい じ な ぷん ふっこうじょうきょう たびたび しゅさい いわさきゆうすけ やまさきあや こ ひ さい ち し えん いわ て けんじんかいめい よ かいちょう おん ど ぎ せいしゃ みな ぷんかん もくとう ささ 亡くなりになった犠 牲 者の皆さんへの 1 分間の黙祷を捧げた。 だい ぶ こうれい しゅっせき こ きょう 第2部も恒例となったコンサート。出 席した人たちは故 郷 ふっこう ねが あ べ そう ま しゅっしん みやざき の復興を願いつつ、阿部公美さん(相馬 出 身)のピアノ、宮 崎 のぶ こ ひがし に ほんだいしん ト、東 日 本 大 震 さい き けっせい 災を機に結成され こんせいがっしゅだん ていた。 げん ち ほっかいどう 14 時 46 分、岩 崎 雄 亮 NY 岩手 県 人 会 名 誉 会 長 の音頭で、お の活 動 内 容、現地の復 興 状 況 を、および度々ボランテイヤー かつどうないよう つた かつどうほうこく の歌声に耳を傾け よ みや ぎ けんじんかい ための「道 走 会」の活 動 報 告をおこなった。 さんから寄せられた、コミュニティカフェ「りくカフェ」など よし だ かず こ ほうこく 会 会 員で「道 走 会」を主宰する山 崎 綾 子さんは、被 災 地支援の ハーモニー「とも」 りくぜんたか た し と カイプで現地の様子を伝えてもらった。また、北 海 道ゆかりの り、今年も岩手 県 人 会の藤 島 誠 さんが、陸 前 高 田市の吉田 和 子 ふじしままこと けんない みや ぎ けんあらはまほうれんいんじゅうしょく たん の ほうねん パン・コーラル・ いわ て けんじんかい い な しろしゅっしん の堀江 貴 さんは、宮城 県 荒 浜 宝 蓮 院 住 職 、丹野 峯 稔さんにス 毎年、各被 災 県の現 状 レポートを行うことが恒例になってお こ とし お がわ か よ こ ふっこう た混 声 合 唱 団ジャ まいねん げんじょうほう 各 地で進められている復興への取りくみの報告を、宮地 県 人 会 信 子さんのフルー 主 催の「東 日 本 大 震 災 追 悼 式」が行われた。 さいとう み か こ かいいん 告をし、福 島 県 人 会の小 川 佳世子さん ( 猪苗 代 出 身 ) が、県 内 かく ち がつ ほうもん 支援で陸 前 高 田市を訪問している斉 藤 美夏子 会 員からの現 状 報 うたごえ ( 5 ) みみ かたむ ん ご き ょ う し つ さ い か い 日本語教室再開 ご わ (会話) か い せんせい きゅうめい し ん ら い し ゃ か い た だ ほ 多田マウロ先生と 九 名の生徒たち に わ 新来者にポルトガル語会話も せい と きょう ほん さん こう かい わ き ほん てき に ほん ご おな た教 本 を参 考 に、やさしい会 話 や基 本 的 な日 本 語 で、同 じよう こと ば い み ちが せつめい な言葉の意味が違うことを説明している。 に ほん しん らい しゃ ご かい わ ふ じ ゆう かた にち じょう また、日 本 からの新 来 者 に、ポ語 会 話 の不 自 由 な方 に日 常 に つか かい わ こう ざ かい し 使う会話 講 座も開始した。 た だ ふくかいちょう がつ にち ど よう び わか ひと AULAS DE JAPONÊS AOS SABADOS に 多田マウロ副 会 長 は、2 月 22 日(土 曜 日)から、若い人に日 ほん ご きょうしつ Jovens interessados na cultura e no aprendizado do idioma さいかい 本 語 教 室を再開した。 じゅ ぎょう い ぜん やま だ まち まつ もと もと きょう し Japonês,reúnem-se aos sábados a tarde para aulas de き そう 授 業 は , 以 前 山 田町の松本トミさん(元 教 師)から寄贈され だ い か こ う は く う た が っ せ ん 第3回いわて紅白歌合戦 県人会からメッセージ け ん じ ん か い ねん く い conversação. As aulas começaram no dia 22/02. いち ねん がつ うた おさ せい いっ ぱい うた 2013年 暮 の12月 こうはく いわ て けん みん いわて紅白」!!」 と披露。 だい かい 山上さんは中 川 愛 子 社 中 の皆さ 28日、岩 手 県 民 ホール やま かみ こう はく うた で「第3回いわて紅 白 歌 ひ ろう こうかいなまほうそう しゅざい かいかいせんげん ちゅうがくせい しょうがくせい しゅだい か 太 鼓、小 学 生の「あまちゃん主 題 歌」のファンファーレがあり、 しん さ いん しょうかい 達 増 拓 也 県 知事など審査員の紹 介があった。 だん せい か しゅ ぶし なかがわ ねん かん しゅ ぎょう さく ねん ぜん こく みん の下 で 3 年 間 修 行 、昨 年 全 国 民 おくむら な ほ み たっ そ たく や けん ち じ やまがみ もと とう かい 50 周年を取材)奥 村 奈穂見アナウンサーの開 会 宣 言で、中 学 生 たい こ なん ぶ (山上さんは中川さん を披露した。 司会の菊池 幸 見(当 会 しゅうねん ま んが応援で舞い「南部よしゃれ節」 より公 開 生 放 送された。 きく ち ゆき み がん ば なか がわ あい こ しゃ ちゅう みな おうえん いわ て 合 戦 」が IBC 岩 手 放送に し かい くだ ひ ろう にち がっ せん と ちらも一年の唄い収め、精 一 杯 唄い飛ばして下さい。「頑張れ! ふく だ もり おか やま かみ まもる みん よう たいかい う さ もと きょう ゆうしょう 謡6大会すべて優 勝 した) だんせいさい ご ふく だ だい きょく なん ぶ せみ うた 男 性 最 後は、 福田さんの大ヒット曲「南部蝉しぐれ」を唄った。 しょう ぶ あか ぐみ しろ ぐみ ねっ しょう あか ぐみ しん さ いん とく てん おお さて、勝 負は赤 組 白 組と熱 唱 したが、赤組の審査 員 得 点が多く ぎゃくてん み うら 男 性 歌 手 は福 田 こうへい(キャプテン・盛 岡 ) 、三 浦 わたる、 なか むら たか ゆき よう たっ そ ち じ あかぐみ ゆうしょう おく 逆 転。達増知事から赤組キャプテンに優 勝 トロフィーが贈られ いわ て か しゅ おお ふく だ 、ゲスト宇 佐 元 恭 中 村 貴 之、アンダーパス、山 上 衛 (民 謡 ) (福田さんは た。岩手にもプロ歌手が多いことをしらされた。 一、 女 性 歌手は大 沢 桃 子(キャプテン・大 船 渡) 、 白澤みさき、 4 月に新 曲 『峠越え』 を発売しヒットしている) いち じょせい か しゅ みなと おおさわもも こ かなさわ み さき おおふな と ふじおか ゆ い しらさわ みんよう がつ しんきょく とうげ こ はつばい みず た りゅう こ みやさと湊、金 澤 美咲、藤 岡 祐衣(民謡) 、ゲスト水田 竜 子。 しゅつえん ふく だ やまがみ なかがわあい こ さくねんとうかい 出 演した福田さん、山上さん、中 川 愛 子さんは、昨 年 当 会 55 3 º KOHAKU UTAGASSEN DE IWATE 周 年 やパラグアイ・NYなど、郷 土 芸 能 使 節 の一 員 として来 Este Kohaku nasceu após a catástrofe do tsunami com objetivo 伯、本場の民 謡 民 舞・歌謡と皆さんを楽しませて頂いた。 de dar apoio e incentivo ao povo de Iwate, principalmente elevar しゅう ねん はく きょう ど げい のう し せつ ほん ば みんようみん ぶ か よう みな ふく だ たの さい しょ らい いただ きょく かぜ うた 福 田 さん最 初 の曲 は「風 やまず」を唄 い sua auto estima.Realizado pela IBC Television no dia 28/12/2013, 菊 池 アナが、昨 年 福 田 さんはブラジルでも com apenas cantores profissionais de Iwate, o Kohaku deste ano 唄 ったことを紹 介。県 人 会の千田 会 長 ・会 chegou a sua terceira edição, com destaque para o cantor Fukuda 員 一 同 のメッセージを 紹 介。「去 る8月 県 Kohei, que esteve presente no nosso evento de 55 anos de きく ち さく ねん ふく だ うた しょう かい けん じん かい いん いち どう じんかい じん かい いち いん ち だ かい ちょう かい しょう かい しゅうねん さる がつ けん かく ち けん 人 会 55 周年やパラグアイ各地、イグアス県 しゅう ねん そう りつ しき てん きょう ど げい のう し せつ いま わ だい ひと ふく 人 会 50 周 年 創 立 式 典 で、郷 土 芸 能 団 皆 さんと今 話 題 の人「福 だ もり 田 こうへいさん」に式典を盛 りあげ いただ て頂きました。 なん ぶ せみ 「こうへいさんの『南 部 蝉 しぐれ』 おお か よう たい へん した は、多 くの歌 謡 ファンに大 変 親 しま うた あか ぐみ しろ ぐみ れ唄 われております。紅 組、白 組 ど fundação. Fukuda Kohei foi o capitão da equipe Shirogumi e 3 dias depois no dia 31/12, fez a sua estreia no famoso Kohaku Utagassen da NHK. ( 6 ) いっ こう き た か み し い と う の う ぎょう し さ つ 北上市の伊藤さんら農業視察 たか はし あん ない おり かい さい き こく と 一 行 は高 橋 さんの案 内 で、折 から開 催 されている「カーニ かんしょう よくみっ か びん バル」を鑑 賞 。翌 3 日の便で帰国の途についた。 さい かい しん せき ざい じゅう い とうえい き 伊 藤 栄 喜さんと再会した、親戚モジ在 住 のエウジェニアさ い じゅう ち ざい い とうつとむ おく あね んは、イグアス移 住 地 在 伊 藤 勉 さんの奥さんアンナさんの姉 しゅっしん な まえ き も だとのこと。また、アルゼンチン出 身(名前を聞き洩らした) にっけいじょせい とつ の日 系 女 性は、サンパウロに嫁いでいる。 き こく ご いっ こう たか はし とし ひこ きた かみ し ちょう ほう もん のう ぎょう し さつ けん 帰 国 後 一 行 は、高 橋 敏 彦 北 上 市 長 を訪 門、農 業 視 察 研 しゅう ほう こく とも ねん けん じん かい しゅう ねん たか はし し 修 の報 告 と共 に、2015 年 のピラポ県 人 会 55 周 年 に高 橋 市 ちょう しゅっせきようぼう つた 長 への出 席 要 望があったことを伝えた。 ご じつ きた かみ し わ が ちょう ふじ ね た くさり みつる らい かん い とう えい 後日、北 上 市和賀 町 藤 根の田 鎖 満 さんが来館し、伊 藤 栄 き ちち おや めい えい み しょう がっ こう せん せい ざい こう ちゅう 喜 さんの父 親 名 は「栄 美 」さんで、小 学 校 の先 生 で在 校 中 か わい せん せい すう ねん まえ らい はく じ た くさり 可 愛 がられたという。先生 は 20 数 年 前 来 伯 時 に田 鎖 さんが あんない ブラジルを案内したという。 た くさり おも で い とう れん らく ま ちが 田 鎖 さんの思 い出 を伊 藤 さんに連 絡 したところ、間違 いな ちち ふじ ね しょう がっ こう せん せい ほう もん ほん にん い父 は藤 根 小 学 校 の先 生 だった。ブラジルも訪 問 し本 人 は たかはし ち だ かいちょう い とう ち だ ふ じん ぜんれつひだり 前 列 左 から、高橋さん、千田 会 長 、伊藤さん、千田夫人、 こうれつひだり や え がし かん の 後 列 左 から、八重樫さん、管野さん がつ か にち ねん さい な れんらく た くさり 2008 年に82才で亡くなったと連絡があり、田 鎖 さんにつた た くさり がつ にち ほう にち がつ なか ころ きた かみ し い えた。 田 鎖 さんは3月31日に訪日。4月 中 頃 北 上 市に行 れんらく いわ て けん きた かみ し わ が ちょう みな めい たか くので連絡してみようとのことでした。 3 月 2 日(日 ) 岩 手 県 北 上 市 和 賀 町 の皆 さん 3 名 を、高 はしぼん じ そうだんやく ともな らいかn 橋 凡 児 相 談 役が伴い来館した。 いっ こう い とう えい き さん じょ かい いん らい はく かい め かん の かず 、菅 野 一 一 行 は、伊 藤 栄 喜 さん(賛 助 会 員・来 伯 3 回 目 ) なり かい はつ のう さん せい さん ぶ のう さん か ちょう や え がし かず たか 政 さん(せいぶ開 発 農 産 の生 産 部 農 産 課 長 ) 、八 重 樫 一 孝 どう のう さん だい ず こ むぎ たん とう しゅ にん (同 農 産 の大 豆、小 麦 担 当 主 任 )で、アルゼンチン・パラグ い じゅう ち だい ず さい ばい し さつ アイはピラポや、イグアス移 住 地 など大 豆 栽 培 などを視 察 けんしゅう ち いきけんみん こうりゅう はか 研 修 し、地 域 県 民との交 流 を計った。 にしだてせいこうけんじんかいちょう きたかみ し おにけんばい けい ピラポ(西 舘 世 公 県 人 会 長 )では、北 上 市の「鬼 剣 舞」が継 しょう い とう おに めん おく にし 承 されており、伊藤さんも「鬼の面」を贈ったことから、西 だてかいちょう こくさいこうけん かんしゃじょう おく 舘 会 長 から国 際 貢 献で感 謝 状 を贈られた。 右手前が、エウジェニアさん、次いでアルゼンチン日系人 サンパウロは高橋さんの案内で地方を視察。市内は日 本 移 VISITAS NO KENJINKAI 民 史 料 館を見学し、県 人 会で千田 会 長 夫 婦、多田 副 会 長 02/03 – Sr. Eiki Ito de Kitakami-shi ,Iwate-Ken, juntamente と懇談した。 com o Srs. Kazunari Kanno e KazutakaYaegashi. Eles vieram たか はし みん し りょう かん けん がく あん ない けん じん かい ち ほう し さつ ち だ かい ちょう ふう ふ し ない に ほん い た だ ふく かい ちょう こんだん visitar as plantações de soja no Paraguai e Brasil. じ へ い しょう し ど う せ ん も ん か 自閉症指導専門家 さえ ぐさ こ せ ん せ い ら い は く 三枝たか子先生来伯 さえぐさ たいざいちゅう ふく かい め 三 枝さんはウルグアイ滞 在 中 も含め4回目で、サンパウロでは にっぱくえん ご きょうかい きく ち よしはるかいちょういちのせき じ へいしょう じ どうきょういく 日 伯 援 護 協 会(菊地 義 治 会 長 ・一 関)の、自 閉 症 児 童 教 育 し せつ あおぞらがっきゅう し どういん きょういくせんもん か みな さいかい 施設「青 空 学 級 」指 導 員の教 育 専 門 家である。皆さんとの再 会 おも かた かんげいゆうしょくかい おこな や思いでを語りあった。ささやかな歓 迎 夕 食 会も行 った。 だん な まもる てい ねん たい しょく じ ゆう たち ば おく 旦那さんの守さんは、定 年 退 職 され自由な立場で奥さんをサ けんぶん しゃしん け しょうりゃく ひだり ひら の さえぐさ こ さえぐさまもる 写真(敬 称 略 ) 左から平野あけみ、三枝たか子、三 枝 守 、 ち だ てる こ ち だ ひろあき ふじむらみつ お ひら の みのる た だ 千田 照 子、千田 曠 曉、藤 村 光 夫、平野 稔 、多田マウロ、 がつ にち ど よう さえぐさ こ こんかいはじ らいはく まもる あいさつ らいかん 旦 那さん「守さん」が挨拶に来館した。 なお こんかい がつ たいざい 尚、今回は 11 月まで滞在されるとのこと。 29/03 – Sra. TakakoSaegusa e esposo. Sra. Takako veio 3 月 29 日(土曜)、三枝たか子さんと、今 回 初めて来伯された だん な かた ポートしながら、ブラジルを見聞たいと語っておられた。 novamente ao Brasil como voluntária Senior da JICA, para trabalhar na entidade PIPA (Enkyo) que cuida de criança tistas. ( 7 ) PODE SER ABERTO PELA ECT ブラジル岩手県人会ニュース 1 85 号 2014 年5月発行 TEL/FAX (11) 3207-2383 www iwate.org.br e-mail [email protected] Rua Thomaz Gonzaga 95-M Liberdade São Paulo Brasil CEP 01506-020 ブ ラ ジ ル 岩 手 県 人 会 Associação Cultural e Assistencial Iwate Kenjinkai do Brasil 県人会活動今後の予定 Atividades de Iwate - Kenjinkai 5月18日 (日) 第 10 回東北6県北海道ブロック運動会 場所 (Local) Colégio Santa Amália Rua Fiação da Saude 480 Metro Saude SP 5月25日 (日) 午前11時より、 県人会恒例の第8回 「わんこそばまつり」 が行われます。 会場 岩手県人会館 前売り券 R$ 18.00 県人会でどうぞ 当日 R$ 20.00 8º Wanko - Soba Matsuri dia 25/5/2014 11 a 16h Local A C A IWATW - KENJINKAI Rua Thomaz Gonzaga 95 - 1 andar Liberdade SP 7月4日 ・ 6日 「第17回日本まつり」 出店 場所 イミグランテ展示場 17º Fstival do Japão dia 4 a 6 de Julho Local Exposição de Imigrante
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