コレステロール吸収の分子機構とコレステロール吸収阻害薬 (坂上元祥)

コレステロール吸収の分子機構とコレステロール吸収阻害薬 (坂上元祥)
著者: 兵庫県立大学環境人間学部
神戸大学大学院医学系研究科ゲノム薬理学/糖尿病内分泌内科
坂上元祥
1. はじめに
高LDLコレステロール(LDL-C)血症は動脈硬化性疾患の独立した危険因子であることが立証されており、さらに薬物治療によってLDL-Cを低下させることは動脈
National Cholesterol Education Program Adult Treatment Panel(NCEP ATP)
IIIを基準とした場合、コレステロール降下目標の達成率は低リスク群では良好な成績であるが、高リスク群や心血管イベントの二次予防群での達成率はそれぞ
2. スタチンと相補うコレステロール吸収阻害薬
スタチンを増量してもそれほど効果が上がらない理由としてコレステロール吸収の亢進があげられる。通常コレステロールは1日あたり食事から400~500mg、
コレステロール吸収阻害薬としてこれまで陰イオン交換樹脂が使用されてきた。陰イオン交換樹脂は消化管で胆汁酸と結合するので、食事や胆汁由来のコレ
スタチンと陰イオン交換樹脂を併用すると、コレステロールの吸収と合成が同時に抑制されるので、それぞれを単剤で用いた時おきる補償機構が働かず、よ
Fig. 1 スタチン投与によるコレステロールの流れへの影響
スタチンを投与すると肝臓でのコレステロールが低下し、転写因子のSREBPsを介して肝臓でのLDL受容体の発現が増加する。この結果血清コレステロール値が低
Fig.2 陰イオン交換樹脂投与によるコレステロール/胆汁酸の流れの変化
陰イオン交換樹脂が小腸で胆汁酸を吸着すると、脂肪のミセル化が低下し、コレステロールの吸収が抑制される。また、回腸からの胆汁酸の再吸収が低下する
3. 小腸におけるコレステロールの吸収の分子機構
コレステロール吸収の分子機構の解明はコレステロール合成系に比べ遅れていた。これまでATP-binding cassete (ABC) A1
transporterやスカベンジャー受容体(SR-B1)
が小腸のコレステロール吸収に関係すると考えられてきた。ABC-A1遺伝子はTangier病の原因遺伝子であるが、この遺伝子を破壊したマウスでは血中コレステロ
#1)。
スカベンジャー受容体(SR-B1)を破壊したマウスはRigottiらによって作製された。血中コレステロールレベルはヘテロマウスで31%、ホモマウスで125%増加
#2,#3)。この結果から、SR-B1も小腸のコレステロール吸収機構に関係が無いことが明らかになった。
4. Niemann-Pick C1 Like 1 タンパク(NPC1L1)の発見
新たにコレステロール吸収に関わる分子を単離するため、Altmannらはgenomic-bioinformaticsという手法を用いた。ラットの空腸粘膜や腸管細胞からcDNAラ
domain、transmembrane domain
などコレステロールトランスポーターが持っていると想定されるドメイン構造を持つ遺伝子を検索した。その結果、1つの遺伝子が候補として上がってきた。遺
type C diseaseの原因遺伝子のNPC1と50%程度相同であり、小腸において高い遺伝子発現を示した(#4)。
この遺伝子の機能を解析するためNPC1L1を破壊したマウスを作製し、コレステロール吸収について解析した。コレステロール吸収率は野生型やヘテロノック
coenzyme A:cholesterol acyltransferase
(ACAT2)の阻害薬を開発する過程で発見され、強いコレステロールの吸収抑制効果をもつezetimibeをこのノックアウトマウスに投与し、効果を解析した。ezet
Fig.3 Cholesterol absorption in NPC1L1 knockout mice.
NPC1L1破壊マウス(青), ヘテロ破壊マウス(ピンク), 野生型マウス (緑) のコレステロール吸収率を示す. (B)のNPC1L1破壊マウス(茶)
と野生型マウス(黄) はezetimibe (EZE)10 mg/kg) の投与を受けた.
※Niemann-Pick type C diseaseとは?
Niemann-Pick type C disease
はNPC1またはNPC2遺伝子の変異によって起こるコレステロール蓄積とそれにともなうスフィンゴミエリンの蓄積症である。脂質異常蓄積のために幼児期に小脳
5. 肝細胞に発現するNPC1L1の役割
マウスなどのげっ歯類ではNPC1L1の発現は主に小腸粘膜に限られるが、ヒトにおいては肝臓にもNPC1L1が発現している。その発現は肝細胞のcanalicular
membraneにあり、胆汁からのコレステロールの再吸収機構に関係すると考えられていた。これを検証するため、肝細胞にNPC1L1を発現させたトランスジェニッ
#5
)。胆汁中へのコレステロールの排泄は肝細胞に発現するABCG5とABCG8によって行われていると考えられている。肝細胞に発現するNPC1L1はABCG5及びABCG8のカ
6. ezetimibeの臨床効果
ezetimibeは投与されると吸収され肝臓でグルクロン酸抱合をうける。その後腸管循環を繰り返すしながら小腸のNPC1L1を阻害する。また、他の薬剤や微量栄
ezetimibeを単独で投与するとLDL-cholesterolが約18%減少し、この減少率は陰イオン交換樹脂と同等かやや上回るものである。一方、スタチンに追加して投
7. 小腸上皮におけるカイロミクロン合成に関わる分子
小腸粘膜にコレステロールが吸収されてカイロミクロとなり、リンパ管に送り出される過程には、acyl coenzyme A:cholesterol
acyltransferase (ACAT2)とmicrosomal TG transfer protein
(MTP)が関わっている。ACAT2は小腸粘膜に取り込まれた遊離型コレステロールをコレステロールエステルに変換する酵素である。MTPはB48を含むカイロミクロ
cassete (ABC)G5とABCG8である。(Fig.4)
Fig.4 コレステロール吸収まらカイロミクロン合成に関わるタンパク.
空腸においてミセル化されたコレステロールはコレステロールトランスポータであるNPC1L1によって取り込まれる。次にカイロミクロン(CM)の合成にはコレス
coenzyme A:cholesterol acyltransferas (ACAT)2とトリグリセリト(TG)をアポB48が存在するCMへ輸送するmicrosomal TG transfer protein
(MTP)が関係する。 取り込んだコレステロールや植物性コレステロールの排泄にはATP-binding cassete (ABC)G5とABCG8が関係する。
8. 開発中のコレステロール吸収阻害薬
ACAT阻害薬とMTP阻害薬が開発されている。ACAT阻害薬は小腸でのカイロミクロン合成や肝臓でのVLDL合成を抑え、さらにマクロファージ由来のfoam
cellsも抑制するとされている。しかし、ACAT阻害薬であるpactimibeやavasimibeを用いた大規模臨床試験ではLDL-C値の降下作用は弱く、かえって上昇すると
#6)。
MTP阻害薬も小腸からのカイロミクロンと肝臓からのVLDLを減少させ、血液中の脂質レベルを大きく改善すると報告されている。動物実験ではコレステロール
#7)。VLDL合成抑制による肝の脂肪化は重要な問題であり、臨床応用には更なる研究を重ねてゆく必要がある。
回腸において胆汁酸の再吸収を担当する apical sodium bile acid
transporter(ASBT)の阻害薬も開発されている。回腸での胆汁酸の再吸収率は90%以上であるが、実験動物にASBT阻害薬を単剤で用いるとLDL-C値が40-50%程度低
#8)。
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