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総合図書館コレクションガイドシリーズ;2
鴎外文庫
†概要
「鴎外文庫」 は、関東大震災で壊滅した東京大学図書館の復興のため大
正15年1月に遺族から寄贈された森鴎外の旧蔵書で、約1万8千冊が総合
図書館に所蔵されています。(鴎外文庫寄贈のいきさつは、山田珠樹著
『小展望』(E26:1732)所収の「鴎外文庫寄贈の顛末」を参照)
文庫の概要は、“晩年の考証学者としての鴎外をよく示している蔵書とも
云うべく、種々の分野に亘っているが、就中伝記書を中心とする諸種の記
録、歴史書が主な構成である”(『東京帝国大学学術大観』所収「附属図書
館」より)とあるように、国史関係文献を中心に、江戸古地図や武鑑などの
ほか、ドイツ留学中に収集したと思われるゲーテ全集などの洋書がありま
す。
木下杢太郎は鴎外を「テエベス百門の大都」と評し、“文学と自然科学と、
和漢の古典と泰西の新思潮と芸術家的感興と純吏的の実直とが孰れも複
雑な調帯の両極を成している”(木下杢太郎著『芸林間歩』所収「森鴎外」)
と、鴎外を窮めようとすることの困難さを嘆いています。
「鴎外文庫」は、鴎外自身が手にとった書物であり、さらに鴎外自身の書入
れをしたものもあります。 「テエベス百門の大都」といわれた鴎外の思想を
読み解く上で、大変重要な資料となっています。
以下に、「鴎外文庫」を象徴する資料群をご紹介します。
□伝記書およびその資料
史伝『渋江抽斎』を書くにあたって収集した資料として
『渋江家乗』(A00:6575)がある。これは、渋江家系図
を始め抽斎に関わる資料をまとめた自筆初案草稿本
である。和綴装丁で題箋は鴎外の筆による。この他に
『渋江抽斎』に関しては、抽斎遺子渋江保による『抽
斎年譜』(H20:511)、『抽斎没後』(H20:514)、『抽斎の
親戚ならびに門人』(H20:555)などがある。また、『伊
沢蘭軒』の資料として自筆写本『蘭軒著述目録』
(A10:177)や『伊沢文書』(H20:446)などがあり、『興
津弥五右衛門の遺書』の資料として『興津家由緒書』
(H20:432)などがある。これらは、鴎外自身が写し綴
じて執筆の際の資料とした貴重な資料群である。なお、
『抽斎年譜』、『抽斎没後』、『抽斎の親戚ならびに門
人』を翻刻したものに、『森鴎外「渋江抽斎」基礎資
料 』 松木明知編(913.6:Mo45 )がある。
森鴎外(1862-1922)
「鴎外全集」岩波書店刊(E22:366)より
□武鑑
鴎外がとくに情熱を傾けて蒐集したものに『武
鑑』(H20:866∼1211)がある。『武鑑』は江戸時代
に出版された武家の名鑑。内容は、本姓、本国、
系図、姓名、家紋など。武家社会研究には欠か
せない史料のひとつである。
鴎外は、この『武鑑』収集の際に、渋江抽斎の印
譜と出会い、史伝『渋江抽斎』が生まれたことは
有名である。現存最古といわれる鴎外考証によ
る『明暦武鑑』をはじめ、『武鑑』は総合図書館
準貴重書室に保存されている。
□古地図
鴎外文庫には、江戸古地図180点が収められ
ている。鴎外は地図についても関心が深く、座
標によって地名を検索することのできる地図
『森林太郎立案 東京方眼図』が春陽堂から出
版されている 。『長禄江戸図』(J81:82)(左
図)は、鴎外の模写によるものである。鴎自ら
題簽を記している資料も多い。
南葵文庫と共に総合図書館の古地図の二大コ
レクションとなっている。
『長禄江戸図』 鴎外写本 大正4年(1915)( J81:82 )
■注:資料の後に記載されている数字とアルファベット(913.6:Mo45、E26:1732等)は当館の請求記号です。和書(A00)、
洋書(A100)は、貴重書です。
「鴎外全集」岩波書店刊(E22:366)より
□鴎外写本、自筆稿本
先に挙げた『渋江家乗』のように、鴎外は自ら写本し、大半の書物の
表紙を渋茶色の紙で装丁し直し、題箋を書いている。愛書家鴎外の
書籍に接する姿勢がうかがわれる。写本のほかに、日常生活やドイ
ツ留学時代を綴った自筆のノートが残されている。小倉時代の雑記
帳『塵塚(ちりづか)』(A90:443)の中には、鴎外の食物の好悪など
が書かれ日常生活を垣間見ることができる。また、ドイツ留学時代の
研究ノート『Noticen 1884-86』(A100:1654)は、日本兵食論研
究に従事していた当時の実験データを記録したもので、ほとんどドイ
ツ語で書かれている。
また、蔵書の内の『宗旨雑記』(A00:6455)の裏打ち紙から小倉時
代に母に宛てた自筆の手紙も発見された。これは、発見した柳生四
郎氏(当時の図書館司書)により複写されたものが『小倉時代の森鴎
外未発表書筒 』 (E26:1574 )として書庫に保存されている。
□書き入れ本
ドイツ留学中に買い求めた洋書の多くには、鴎外の
書き入れ本がある。数え六歳で四書五経を学んだと
いわれるだけあり、洋書に漢文の書き込みが見られ
る。レクラム文庫版ゲーテの『ファウスト』
(A100:1581)には、多くの語注が施されている。また、
ハイゼ・クルツ共編の『ドイツ短編集』全24巻
(E400:313)には、読後感と読了日付が書き込まれ
ており、これによって鴎外の留学時代の読書歴を知る
ことができる。『ハイネ全集』全6巻(A100:1653)は、
全集としてはゲーテ全集と並んで書き込みが多い。
□鴎外印譜
総合図書館に寄贈された鴎外蔵書に
は、寄贈印の代わりに中村不折の筆
による「鴎外蔵書」(右図)の印が新た
に押された。鴎外の墓碑銘「森林太郎
墓」も中村不折の筆である。
□古医学書
鴎外蒐集の古医学書は、「鶚軒(がっけん)文庫」、
「南葵文庫」、「青洲文庫」、「緒方洪庵記念文庫」と
並び総合図書館の豊富な古医学関係の蔵書の一
翼を担っている。鴎外文庫の古医学書は、『皇国名
医伝』(V11:724)、『先哲医話』(V10:9)等の医
学史から医経、経方、本草、臨床など多岐にわた
る。
□鴎外とオペラ
留学時代の鴎外がオペラ劇場に通ったことを示す
オペラ台本も鴎外文庫に所蔵されている。
台本の余白にドイツ語や漢文でメモが残され、鴎
外が熱心にオペラに通った様子が窺える。
「タンホイザー」(E400:931)、「さまよえるオランダ
人」(E400:929)、 「フィガロの結婚」(E300:584)な
どの書き込みには、上演の場に居合わせた感動が
記されている。
鴎外生前の印は、「森文庫」、「医学博士森林太郎図書
之記」など多種のものが押印されている。鴎外の蔵書
印に関する詳細は、『鴎外印譜』中井義幸編著
(020.8:N71:58)を参照。
□鴎外文庫の利用
個々の資料は、カード目録またはOPAC(一部)で検索することができます。「鴎外文庫目録」は、参
考調査カウンターに備えてあります。請求記号をお調べのうえ、書庫カウンターへ閲覧をお申し込み
ください。貴重書については、事前の申し込みが必要です。
貴重書について、請求記号についてなどご不明の点は、参考調査係(tel:03-5841-2647,fax:035841-2611,[email protected])へお問い合わせください。
■その他の参考文献
『東京大学総合図書館所蔵鴎外文庫展展示目録』(A10:1614)、「鴎外作『渋江抽斎』の資料」一戸務『文学』第1巻5号84-96
(ZE:93 )、鴎外文庫と武鑑」柳生四郎『日本古書通信』31(1)1,1966(ZA:738)、「森鴎外小倉時代の手紙」柳生四郎『UP』
2(10)31-33,1973(ZA:1137)、 「『鴎外文庫』について」中井義幸『図書館の窓』31(1)1-3,1992(ZA:709)、 「鴎外文庫に
寄せて」篠原妙子『図書館の窓』38(1)11-13,1999(ZA:709)、『漱石が聴いたベートーヴェン : 音楽に魅せられた文豪たち』
瀧井敬子著(910.26:Ta72 )