B 印刷・製本工程の革新と効率化 - 一般社団法人 日本書籍出版協会

契約」ならびに「資源有効利用促進法」の「容器包装識別表示」に関するガイドライン
を作成し,再利用について周知をはかっている。
B 印刷・製本工程の革新と効率化
B ― 1 印刷・製本技術の変化と出版物
❖戦後の復興―全集・新書・週刊誌ブーム
戦後,言論・出版の自由が保障され,国民は活字の飢えから解放され書籍・雑誌が
(角川書店)をはじめとする全集,あるいは新書ブー
強く求められた。
『昭和文学全集』
ムに支えられて出版界は大きく復興への道を進んだ。当時,印刷は活字組版による
活版印刷が主流で,製本はといえば,戦争の影響で,動力で動くものは断裁機と糸
かがりの機械ぐらいしかなく,折り,貼り込み,丁合いなどほとんどが手作業と,まさ
に手づくりに戻った感があった。
印刷様式に変化がみられたのが,1956年(昭和31)の出版社系週刊誌の誕生とあ
いつぐ創刊であった。まず『週刊新潮』をはじめとし,
『週刊文春』,
『週刊現代』が創
刊され,57年には『週刊女性』が,ついで『女性自身』が誕生して,59年の美智子妃
のご成婚,いわゆるミッチーブームが起こった。それにともない大手印刷会社には,
従来の活版印刷と並行して,オフセット印刷4色機,グラビア印刷8色機などが続々
導入された。導入には,この週刊誌ブームにともない,従来とはちがった大量部数
対応という意味もあった。
製本会社でも,これまで手作業であった折り,貼り込み,丁合いなどの工程に徐々
にではあるが,機械が導入されるようになった。綴じ方式では,多くの週刊誌に中
綴じが採用された。しかし,機械が十分にあるわけではなく,これまでの雑誌,とく
に婦人誌に多く見られた平綴じの機械を改良してこれに対応するというような工夫
もなされた。まさに週刊誌時代の到来へ向けて印刷,製本の両方の業界が大きく動
いたときであった。
65年ごろには無線綴じの機械も導入された。まずは輸入機が導入されたが接着
剤が原因でうまくいかず,国産機がその分析,改良などを重ねて実用機を生み出し
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ていくが,それを支えたのが,電話帳の製本と,優れたホットメルト の開発であった。
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2 ――― hotmelt。製本用ホットメルト接着剤の通称。
10│生産・製作
○
271
これで主たる並製本の方式である平綴じ,中綴じ,無線綴じがÖい,
この後の雑誌,
ムックなどの製本に大量に使われていくことになる。
❖百科事典とともに,高品質印刷,上製本工程が整備
また一方,週刊誌などの並製本の拡大とは別に,しっかりとしたつくりの堅牢な上製
本が続々刊行された。それは1961年(昭和36)ごろから69年ごろにかけて起こった
百科事典ブームである。おりしもこの時期は高度経済成長下でもあり,分割支払い,
いわゆる割賦販売が各業界で流行った。出版業界にも導入され,多くの「販社」が
でき,それがこのブームを大きく下支えをした。印刷では,製版またはオフセット印
刷の技術の粋を集めた高品質印刷物が大量に出版された。製本では,上製本のピ
ークの時期ともいえるほど多くの刊行があった。このころまでには製本業界の機械
化も拡大されてきた。それまでの分業(たとえば,折り,丁合い,表紙貼りなどは外
注するなど)
や,また工程的にバラバラに作業していたものが,機械化により1台の機
械で,丸み出し,バッキング,背固め,イチョウプレスなどがライン化できるようになっ
た。71年ごろには,大手製本会社だけでなく中小製本会社にも機械が導入され,普
及した。それにより百科事典にとどまらず,全集,画集,豪華本などが次々と刊行さ
れ,家庭にはかならずといっていいほどガラス戸付き書棚にこれらの本が飾られて
いた。
❖雑誌の時代
1970年(昭和45)から71年ごろには,雑誌のカラー化,ビジュアル化,ワイド化がはか
られた。これは,多分にテレビの普及が原因とも思われるが,
『アンアン』,
『ノンノ』
の創刊以降どの雑誌もワイド化され,アンノン判,アンノン族などの言葉も生んだ。さ
らに,フルカラー,オールグラビア化へ突入し,まさに雑誌の時代の頂点を迎えた。
大手印刷会社は等しくグラビア印刷機の導入をはかり,グラビア印刷全盛となった。
雑誌誌面の大胆さ,写真の多さがきわだち,製作過程においても写真分解スキャ
ナーなどのエレクトロニクス化がはかられた。このころには,製本会社も主たる工程
の機械化が完了し,以降,現存する製本会社ではほとんどの工程が機械化,全自動
化となるが,これに乗り遅れた会社は衰退せざるをえなかった側面もある。
深みのあるグラビア印刷特性により,雑誌の品質の高さは世界に誇りうるもので
あった。書籍あるいは72年に登場したムックとともに,その後80年ごろまでは,総じ
て
「雑高書低」
,雑誌の時代が続いた。
❖技術革新
1973年(昭和48)のオイルショック以降の日本経済は景気低迷を余儀なくされ,不況知
らずの出版業界も,95年の1.9%成長からマイナス成長時代に入った。しかし,印刷
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II│テーマ別年史
関連業界は,新技術開発の嵐となり,デジタル化への第一歩を踏み出した。高性能
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なレイアウトスキャナー ,これまでの活字に対応するCTS組版およびCTSデータベ
ース,また活版印刷での亜鉛版,銅版に対応する樹脂版の開発(一方には,環境問
題への考慮もあった)も進んだ。また,輪転機から折り出され,多様な加工が可能
なシステム,ビデオ画像から印刷への工程,グラビア新システムの網グラビア機など
続々と開発された。大手印刷会社では,全自動制御のA3倍判,48ページ面付けの
8色グラビア輪転機を導入稼動させている。製本関連も依然,上製本の全盛が続
いたが,一時期のような右肩上がりの伸びは影をひそめた。このころには,全自動
化,高速化された製本機が次々に開発されている。
❖デジタル化
印刷(プレス)部分のエレクトロニクス化,デジタル化は着々と進み,1980年(昭和55)の
CTS組版からいよいよ前工程(プリプレス)部分のデジタル化の兆しが見え始めた。組
版の流れでいうと,活字組み,モノタイプ組み,写真植字組み,電算写植組み,CTS
組版を経て,85年にはアメリカでアップル社がマッキントッシュを発売,PS
(ポストスクリ
プト)に対応したレイアウトソフト,プリンターが登場しDTPがスタートしたといわれて
いる。日本への登場は,90年(平成2)ごろ,93年にはレイアウトソフトのクオークエクス
プレスが 3.1J にバージョンアップし,本格的なDTP時代が始まった。この年を境に
印刷に関する既存の価値観や概念が大きく変化した。この技術革新に従来からの
活字印刷会社,写真植字製作会社,版下製作会社などで対応できず廃業したところ
も多かったことは記憶に新しい。
このことは,著者から出版社への原稿引き渡しにも現れており,書協の生産委員
会が行った「書籍の出版企画・製作に関する実態調査」では,著者からデジタルデー
タで原稿の引き渡しを受ける割合が2001年(平成13)で64.3%であったが,05年で
は75.7%と増加している。出版社の編集・制作面でも,いままで印刷会社の色校正
刷りまで待たなければ全体の確認ができなかったものが,瞬時に確認ができ,また
修正ができるようになった。その後,多くの出版社は,03年ぐらいまでに,ほとんど
の出版物がDTP化となった。いわばコンテンツのデジタル化が実現したことになる。
❖出版形態変化の外的要因
このコンテンツのデジタル化は出版形態の変化をもたらし,電子出版という出版形態
( 岩波書店)の
を可能とした。DTP 化が本格化する1987 年(昭和 62 )には『広辞苑』
CD‐ROM化が実現,電子辞書としてスタートした。DTP化の進捗とともに,家電メ
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3 ――― レスポンスというのは,このスキャナー名だが,このころから画像修正という意味で使われている。
10│生産・製作
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273
ーカーのハードに電子化されたコンテンツを提供することも,紙にコンテンツを印刷
(新潮社)
,
して刊行することと並行して多くの出版社で試行され,
『新潮文庫の100冊』
(主婦と生活社)
や各種辞書・事典類など,多様な展開がみられた。
『家庭の医学百科』
CD‐ROM同様,紙のない印刷という点で出版業界にさらに大きな影響を与えた
(平成7)
が
「インターネット元年」
といわれてい
のが,インターネットの登場である。95年
るが,いまや「ネット社会」といわれるほどの普及をみせている。これが97年を境に
今日まで出版市場が低迷していることと無関係ではない。書籍では,上製本の刊行
も極端に少なくなり,コストとの関係でつくりに手間のかかることは避け,またページ
数が薄くなるなど,周辺産業への影響が大きい。こうした流れのなかで,並製本で
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の無線綴じ技術において,新しい糊の使用で接着強度が強化されたPUR製本 が
登場した。本の強度の面からも,さらにリサイクルへ向けた環境面からも,これから
の製本のあり方を示唆している。
❖業界の今後
製作面での印刷のデジタル化は,プレス,プリプレスを含め着実に進行し,近い将来
には色校正機の廃止,修正ストリップフィルムや製版フィルムの廃止も予想され,そ
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れは色校正のDDCP 化,刷版のCTP 化などへ大きく動き始めていることが示して
いる。
2003年(平成15)11月に雑協は,日本雑誌広告協会・日本広告業協会とともに「雑誌
広告デジタル送稿推進協議会」を立ち上げ,雑誌広告の電子化,電子送稿化をスポ
ンサー,代理店の理解を得つつ推進することにした。
一方,今後は出版社の編集作業のデジタル化(写真分野ではデジタルカメラの普
及)
,DTPの完全化がきびしく求められることになる。また,印刷のデジタル化もさる
ことながら,製本業界においても製本機のコンピューター化,高速化,省力化がさら
に進んでいる。
今後,コンテンツの完全デジタル化にともない,電子書籍と同様に電子雑誌の試
みが進められている。出版業界は,著作物などのコンテンツを書籍や雑誌による提
供だけではなく,ネットワークでの提供など多様な形態での提供に対応することが求
められている。
B ― 2 印刷原版の所有権問題
❖さまざまな所有権訴訟
出版・印刷の両業界の間では印刷様式の変化にともない,印刷原版や製版用フィル
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II│テーマ別年史
ムの所有権をめぐって問題がしばしば発生し,書協・雑協はともにその対応に苦慮
してきた。
その嚆矢をなすものは,写真銅版の所有権帰属に関する裁判で,1958年(昭33)2
月東京地裁は,
「印刷の為に作成した写真銅版は印刷業者の所有に帰すのが商慣
習」とし,
「特約のない限り,右銅版保存も印刷業者の義務ではない」との判決を下
した。原告である出版社は不当として東京高裁に控訴,書協では小玉国雄事務局
長が鑑定人となって「所有権は出版社に帰属する」との鑑定書を提出した。この件
では,東京高裁で和解の運びとなったが,ここでは印刷会社が,写真銅版の所有権
が出版社にあることを確認している。
印刷原版の所有権問題の多くは,
製版用ポジフィルムの所有権の帰属訴訟である。
注目されるのは,その後の流れとして印刷会社側に有利な判決が出されていること
(昭和55)
7月には,出版社が印刷会社を相手にしてグラビア印刷のポジ
である。80年
フィルムの所有権帰属について争ったが,東京地裁は「原告(出版社)が単に本件各
ポジの作製費用を含む印刷代金を支払ったからといって,直ちに本件各ポジの所
有権が原告に帰属すべき理由はない」との判決を下した。書協生産委員会は従来
の商慣習と異なった判決が出たことを重視し,対応策を協議した。
この印刷原版所有権問題に大きな影響を与えたのが,90年(平成2)3月印刷会社
の版下フィルム紛失に端を発した「売掛代金請求事件」である。ここで被告の出版
社側は,印刷会社側の売掛金の一部と,みずからに所有権があると主張した版下の
対価との相殺を求めた。しかし,第一審の東京地裁判決では被告の主張を認めず,
「印刷の発
原告の売掛代金請求を認めた。同年12月の控訴審の東京高裁判決は,
注・受注の関係は,印刷物の完成を目的とする請負契約の性質を有するものであり,
印刷業者としては,注文に係る印刷物を完成させ,これを注文者に引き渡すことに
よって,契約に基づく義務の履行を終えるものであると解される。そして,いわゆる
版下は,注文者がこれを提供する場合は別として,印刷工程において印刷物完成
のための手段のひとつとして製作されるものにすぎないから,当事者間の合意,商
慣習,その他特別の事情の存しない限り,印刷業者としてはこれを注文者に引き渡
す必要はない」
と控訴人たる出版社の主張を認めなかった。
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4 ――― PUR製本とは,PUR
(Poly Urethane Reactive)
接着剤を使用した製本方法。現在,製本に一般的に使用されてい
(Ethylene Vinyl Acetate)
系接着剤より接着強度,耐熱耐寒性,リサイクル性,耐インキ性に優れている。
るEVA
5 ――― digital direct color proofの略。印刷用フィルムをつくらず,デジタルデータを高品質のカラープリンターで出力した色
校正紙。
6 ――― computer to plateの略。フィルム製作を省略して,デジタルデータから直接刷版をつくること。
10│生産・製作
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書協はこの高裁判決が出た機会をとらえ,生産委員会を中心に研究会をもち,印
刷会社との契約のあり方など問題点の整理を行い,出版社と印刷会社との印刷請
負契約においては,通常当事者間で製版フィルムの所有権が出版社にあるとの合意
があり,それが商慣習になっていることを確認し,必要に応じ,契約書などで明確に
することとした。
❖適正なルールづくりへ
1995年(平成7)年6月の「コミック雑誌製版フィルム引渡事件」の東京地裁判決では,
「請負契約において,製版印刷製本を全体として請負っており,合意した代金が支
払い済みである以上,製作された製版フィルムの所有権は注文者である原告にあ
るべきもの」と出版社の主張を認めたものの,控訴審の東京高裁では前記高裁判決
を踏襲する方向が出され,和解となった。
また,97年には「住宅専門誌製版フィルム破棄事件」が発生し,書協は東京地裁
の嘱託調査に対して,
「①製版用ポジフィルムの所有権は注文者である出版会社に
帰属すること,②出版会社の指示にもとづき完成された組版面にしたうえで,製版用
ポジフィルムが作製される。印刷原価中大きな部分を占める組版などの製版関係
の費用を節減でき,初版時と同様な品質を保持できるため,製版用ポジフィルムの
保管は出版物の製作上必要不可欠なものであること,③製版用ポジフィルムを保管
することが商慣習上常識となっていること,④印刷会社は,出版会社に無断で出版
物を複製することは著作権の侵害となり,しかも製版用ポジフィルムを他に転用する
ことができず,原材料としても再使用ができない」旨の回答を行った。一方,
日印産
連は同嘱託調査に対し,
「所有権は印刷会社に帰属し,その保存,廃棄は印刷会社
の裁量に任され,これが商慣習となっている」と回答した。2001年(平成13)7月に同
地裁判決が出され,出版業界と印刷業界で見解が対立し,共通の商慣習は確立し
ていないとし,原告の出版社側に「(印刷会社が破棄した)フィルムを作成し直すこ
とまで求める権利はない」
との判決を下した。
印刷データのデジタル化が進むなかで,02年には日本印刷工業会から書協・雑協
に印刷会社でのフィルムレス工程における「出版印刷用ポジデジタルデータの保管
運用に関するガイドライン」が提案され,これについて意見交換を行い,
「取引当事
者間の契約で適正なルールが形成されることが望まれる」
ことを確認した。
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II│テーマ別年史