「幸せの黄色いハンカチ」 「あなたと一緒になってもう二十年余 でもわたしにはいつ もついこのあいだ出逢ったばかりのように思える」と、新聞の 投稿詩 注 でうたっている人がいました。 「我家までの階段の数 は六十段余 あなたが帰ってくるときその階段はわたしの鍵 盤になる」そして「ピンポーンという合図とほとんど同時に走 り出している あなたに挨拶するときはいつも眩しい」と…… 結婚して 20 年以上たった配偶者を「眩しい」と言い切って いる所が余計に眩しい気もしますが、この詩はきっと「待つこ との密かな喜び」をうたっているに違いありません。いとしい 人が帰ってくる。そのために家をかたづけ食事の支度もして、 もしかしたらテレビでも見ているかも知れないけど、耳では階 段を上ってくるいつもの足音を探している。そんな光景が見え ます。 でも、この詩ほどではないにしても、日本中で無数の人が、 それぞれにとってとても大切な人の帰りを待っているのです ね。駅から帰るいつもの道で、玄関灯がつき始めた時、私はふ と、映画「幸せの黄色いハンカチ」のラストシーンを思い浮か べました。 倍賞千恵子さんでしたっけ。高倉健さん演じる主人公の帰り を待って、天に届くほど高く、万国旗のように沢山の、黄色い ハンカチを掲げていた、あのラストシーンです。 この家でも、あの家でも、玄関灯がパッと輝き出すのを見て、 まるで、幸せの黄色いハンカチがそれぞれの家で舞っているよ うに思えて、私は家路を急ぎました…。えっ。わが家の玄関灯 がついていたかですって。それは、ご想像におまかせしましょ う。 注 産経新聞 1993 年 9 月 3 日 三浦じゅん子さんの詩より
© Copyright 2024 Paperzz