展望台

展望台
山北 和之
─ある現場からの報告─
隣国侮るべからず
もうおよそ3年ほど前になりますが、日本船
舶海洋工学会により水槽試験の現状と展望に関
するシンポジウムが開催され、その中で最近の
計測技術や計測施設が紹介される機会を得て、
艦装研としてもフローノイズシミュレーターで
の最新の計測技術の紹介をさせて頂きました。
この種のシンポジウムにはできるだけ参加する
よう努めていますが、それは同業の人たちとの
意見・情報交換の場として大変有益だからです
し、 今 後 の 船 舶 海 洋 分 野 の 国 際 的 な 動 向 を
キャッチする上でも不可欠と考えているからで
す。
目を引かれた講演はいくつかありましたが、
その中で、とくに筆者は中国での水槽試験事情
の紹介が新鮮で面白いと感じました。講演者は
日本にも留学していたことのある上海交通大学
の先生で、発表内容はもちろん商船分野に関す
るものでしたが、それでも一国の実力、技術を
向上させようという国全体としての熱意が伝
わってきました。国内に数多くの実験施設を矢
継ぎ早に建設し、稼働施設では休日も返上する
勢いで試験を行っているとのこと。上海交通大
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防衛技術ジャーナル October 2013
学は江沢民元国家主席の母校としても有名です
されているようです。中国国内にも色々と大き
が、このような昭和30年代から40年代にかけて
な問題があり、戦略的対応で克服をはかってい
の日本もかくやと思わせる現在の隣国事情に接
るようですが、彼らは技術の面でも万事に戦略
し、軽い驚きを感じました。プレゼンされた写
的に行動しており、順調にいけば今わが国が
真で見た限りでは実験装置などにはバラック
保っている(?)とみられるリードがいつ逆転
セットに近いものも散見され、決して洗練され
されてもおかしくない状況にあると思われま
ているとはいえませんでしたが、今の熱意で正
す。将来何かあるとしても、技術者である私た
しい方向に努力を継続すれば、今後、彼らにと
ちにはうかがい知れない理由以外ないのではな
り技術的な障害は何もないと思われます。
いでしょうか。
元々、原子力潜水艦も有人宇宙船ももってい
小職はこれまで技本の予算の仕事にかれこれ
る国ですから、部分的にはかなり高い技術力を
通算で10年間分関わってきました。このためか
もっていることは承知していましたが、新幹線
私には研究開発事業の取り組みに対する考え方
事故車両の事件とか技術の安易な模倣傾向など
に保守的な傾向があると思っています。しか
の報道に接し、その国の多くの技術がモラルも
し、今後は技術のフロントランナーとして突拍
含めてまだ発展途上にあると思い込んでいたか
子もないことまで考え、提案していかなければ
も知れません。確かにそういう面もあるので
ならないのではないかという気持ちです。また
しょうが、今回たまたま知ったあの仕事ぶりを
日本では昔から現場の実力でさまざまな局面を
見て少し考え直す機会となりました。一技術分
切り抜けてきましたが、これからは技術に裏付
野における見聞を敷衍するのも乱暴ですけど、
けられた戦略をもって対応していく必要も感じ
隣国では空母も建造しており、技術においては
られます。と同時に、現場レベルでの彼らとの
試行錯誤で得ていく知識、経験が大変重要なこ
コミュニケーションも絶やしてはいけません。
とからも、われわれも襟を正しておくべきと考
艦装研としてもベストを尽くしていくつもりで
えた次第です。
すが、技術を担当する部署として部隊を始めと
ふえん
また最近、中国の船舶海洋技術研究状況を視
する現場や、各幕、防衛技術協会、民間会社な
察してこられた恩師のお話を伺う機会があった
どとも密接に連携をとりつつ、そのお力をお借
のですが、先の情勢認識に大きな変更はありま
りしていきたいと考えております。
せんでした。それによれば、日本と大分違うの
あまり立派なことばかり言っていると、お前
は、彼らは国立の研究所でありながら外部の仕
からそんなことを言われたくないという声が聞
事をどんどん請負い、商売をしているとみられ
こえてきそうですのでここらへんで切り上げま
ることです。これは計測精度と守秘などの観点
すが、これまでの技本生活でああすれば良かっ
で外部からも信用を得ている訳ですし、何より
たこうすれば良かったという自戒と反省から
も自らの実力がつくと同時に組織内部で厳しい
色々と格好の良いことやら大きなことを並べ立
競争のあることも容易に想像されます。彼らの
てた次第ですので、ご海容お願いします。
目標は欧米の研究開発組織であり、少なくとも
筆者の守備範囲においては、日本には戦略がな
く、現在の日本から学ぶことは何もないとみな
(防衛省技術研究本部 艦艇装備研究所長)
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