第8回 IT 革命とニュービジネス・電子商取引

情報化社会と経済
IT 革命と情報化社会
第8回
IT 革命とニュービジネス・電子商取引
1、IT 革命と電子商取引
1990 年代に入ってインターネットが民間部門
にも普及してくると(第4回~第5回)、インタ
ーネットに対応したソフトウェアの開発、インタ
ーネットに接続するサービス(プロバイダ)など
のビジネスが登場する。またインターネット上の
検索サイトやインターネットを使った商取引=
電子商取引もビジネスとして成立してくる。
電 子 商 取 引 ( Electronic Commerce や eCommerce、e コマース、または単純に EC と呼
ばれる)は情報通信産業(IT を供給する産業)
に止まらず、既存の企業(IT を利用する産業)
の取引までも情報化、電子化していく点で情報化
社会を象徴するものであろう。
電子商取引は大きく 3 つに分けられ、企業同
士の取引を B to B(Business to Business)ま
たは B2B、企業・消費者間の取引を B to C
(Business to Consumer)または B2C と呼び、
またネットオークションに見られるような消
費 者 同 士 の 取 引 を C to C ( Consumer to
Consumer)と呼ぶ場合もある。
インターネット人口の拡大とともに電子商取引市場も急速に拡大しており、特
にブロードバンドの普及とともに特に B2C の市場規模は急速に拡大している。
経済産業省が 2015 年 5 月に公表した、平成 26 年(2014 年)度の「電子商取引
に関する市場調査」
(別資料参照)によると、日本の消費者向け(B2C)取引は、
12.8 兆円(前年比 14.6%増)、EC 化比率は 4.37%、また企業間の電子商取引
(B2B)の市場規模 280 兆円(前年比 4.0%増)、EC 化比率は 26.5%、となっ
ている(図 8-1、図 8-2 参照、詳細は別紙講義資料参照)。
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IT 革命と情報化社会
図 8-1
図 8-2
企業間の電子商取引(B2B)の市場推移
消費者向け(B2C)の市場推移
経済産業省
電子商取引に関する市場調査(各年度)より
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2、電子商取引=e コマースの登場・拡大と巨大ビジネス(1990 年代)
(1)B2C の拡大と e コマースビジネスの登場・拡大
電子商取引、特に B2 C の拡大はそのままショッピングモールを開設する e コ
マースビジネスの拡大につながる。B2C は流通コスト、広告コストを削減し、
電子決済、電子マネーの普及などによって消費者にとっても支払いなどの点で
利便性が高い。消費者はバーチャル・ショッピングモールの Web ページから目
的とする店舗にアクセスし、そこのホームページで購入する「商品」を選び注
文し、代金の支払いのために必要な手続きをするのである。また、インターネ
ット上の「出店」は、巨大な店舗も広告コストも不要であるため、中小企業や
地理的にハンディのある地方の企業がビジネス・チャンスを拡大する可能性も
ある、だが、B2C の拡大は出店企業の競争も激化させ、その中で企業が生き残
るために Web 上の新しい技術、新しいビジネスモデルへの対応が常に求められ
る。これはコスト面まで含めて個別の企業には対応不可能なものであり、ただ
単にインターネット上にショッピングモールを開設するだけに止まらず、Web
ページの作成からマーケティング、さらには経営指導まで行う e コマースビジ
ネスの役割と市場を拡大させるのである。
(2)e コマースビジネス(米国)
1995 年に投資銀行化だった Jeff Bezos (1964-)
によって創設された Amazon(amazon.com)は書籍か
ら始まったラインナップを CD・DVD、家電製品、宝石、
衣服、アクセサリと拡大し、また斬新なビジネスモデル
が評価され多額の赤字を IT バブル全盛期(2000 年)に
は 100 ドルを超
える株価を記録し、IT バブル崩壊後(株
価は一時 10 ドルを割り込む)も 2003
年には赤字体質から脱却、欧州や日本に
加え中国の卓越網(joyo.com)を買収し、
売上高でも 1 位を堅持すると同時に、電
子書籍事業などの新ビジネスにも積極
的に投資をして業務を拡張している。
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Amazon の成長の要因は扱う商品
の拡大だけでなく、創立翌年に開始し
たアソシエイト制度(Associate:イン
ターネット上の広告において,広告主
が広告掲載者に対して,売上げに応じ
た手数料を支払うシステム)1、や顧客
を囲い込むために始めた販促サービス
(郵送料無料キャンペーンやプライム会員に対する配送サービス)などである。
米国では Amazon 同様の e コマースビジネスの e ベイ(ebay.com)の他、ウ
ォルマート(Wal-Mart)、ベストバイ(Best Buy)などのリアル小売業のネッ
ト事業進出・強化してきた2。e ベイはカリフォルニアのサンノゼに本社を置く
世界最大のオークションサイトである。1995 年に
Pierre Omidyar(1967-)が婚約者の熱狂的な Pez
dispensers 収集からヒントを得て、ネットで手に
入れた無料ソフトと自作のプログラムによってオ
ンラインでコレクターアイテムを取り扱うオーク
ションサイトを始めたのが起源。現在は世界で 1
億人以上の登録者を有し、CEO(2008 年まで)の Meg Whitman は、『フォー
チュン』誌より「世界最強の女性経営者」のトップに 2004 年、2005 年と2年
連続して選ばれている。なお日本にも進出を図ったが、ヤフーや楽天の前に力
及ばず撤退した。
例えば、Yahoo!などの検索サイトでキーワード検索すると、「amazon.co.jp ○○を探す
代引無料国内配送料無料」というメッセージが表示され、これをクリックするとアマゾン
のウェブページが表示されると具合である。本が売れれば検索サイトは手数料をアマゾン
から受け取ることが出来る。これにより、Amazon のウェブページへの入り口を多くする
ことが出来るのである。
2 クリック&モルタル
(実在の店舗)のセオリーにのっとり、リアル店舗とオンライン店舗・
物流システムを組み合わせた相乗効果によって、ウォルマートなどは小売店の認知度・購
買力を活用し、音楽配信などのネット小売を強化している。
1
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(3)e コマースビジネス(日本)
1997 年に銀行員だった三木谷浩史氏によって設立さ
れたインターネットショッピングモール・楽天市場3は、
出店者にネットショッピングのインフラを提供しさら
にネットビジネスのサポート行い、インターネットの専
門的な知識がなくても B to C を始められる事業として
スタートした4。当初は月額 5 万円の出店料をウリに店
舗数を拡大し5、ライバルを引き離すと「固定出店料」
と売上げに比例した「従量課金」の 2 本立てにシフトし、収益を拡大していく。
e コマース以外でも検索サ
イトのインフォシークやライ
コスジャパンを次々と買収、
ネット上での認知度を高め、
さらに J リーグやプロ野球事
業への参入(そして放送事業
への進出計画)による社会的
認知度の上昇が、新規出店の
営業においても大きな効果を
生み出している。その結果、
現在は「ネットショッピングの定番」としての地位を確立し、出店店舗数、売
上高、営業利益とも拡大を続け、Amazon とともに日本国内の電子商取引市場
で他企業を圧倒するシェアを占めている6。
1997 年 5 月に楽天市場を立ち上げた時に出店者はわずか 13 社、全体の取扱高も月額 30
万円で、
そのうち 20 万円ぐらいは実は社長自身が買って、社員が 5 万円ぐらい買っていた。
4 同社による RMS (Rakuten Merchant Server)システムの開発により、パソコンの基礎知
識と電子メールの使い方さえわかれば、簡単にショップページの開設ができるようになっ
た。さらに RMS は受注管理や顧客管理、電子メールの一斉送信までを網羅する画期的なシ
ステムで、楽天市場の成功は RMS の存在によるところが大きい。RMS システムの使用に
より、これまでショッピングモールヘの出店の障害となっていた「HTML や CGI、データ
ベースの知識がない」、「ネットワーク管埋者の人材がいない」、「特別なソフトウェアを待
っていない」、「情報を更新すると課金されてしまう」、「売上マージンがかかる」、「初期費
用がかかりすぎる」という要素をすべて解消し、担当者自身がページを制作・更新できるよ
うになった。初年度 5 万円ほどしかなかった売上は、たった1年の間に、契約ベースで店
舖数 370、全店舖の売上は 1 ヶ月で 1 億 2000~3000 万円に達した。
5 97 年当時、大企業のオンライン・モールへの出店料は月額 30 万~100 万であった。しか
し、楽天市場は月額 5 万円という破格の価格設定を行った。一定かつ少量の税を払えば誰
でも出店できた「楽市楽座」と全く同じ思想であり、これが楽天の「語源」である。
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2013 年時点で楽天市場 約 1.8 兆円、Amazon 約 1.4 兆円、ヤフー!ショッピング 0.32
兆円(東洋経済新報社調査による)であり、2014 年の楽天の発表によると 2.01 兆円に拡大
(前年比 13.7%増)となった。
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3、電子商取引の拡大と情報化社会の現実
電子商取引は生産者にとっては流通コスト、広告コストを削減し、電子決済、
電子マネーの普及などによって消費者にとっても支払いなどの点で利便性が高
い。また、インターネット上の「出店」は、巨大な店舗も広
告コストも不要であるため、中小企業や地理的にハンディの
ある地方の企業がビジネス・チャンスを拡大する可能性もあ
り、実際にも成功したケースは数多くある。
アルビン・トフラーが『第三の波』で描いた新しい生産方
式「大量生産を超えた注文生産」や、生産者と消費者の再融
合、
「生産消費者」
(prosumer)の登場、市場文明→超市場文
明への移行という理想社会論と(第2回)、現実の「情報化社
会」における電子商取引について、考えてみよう。
(1)電子商取引と競争の激化
電子商取引はビジネス・チャンスを拡大するが、電子商取引の拡大自体はビ
ジネス競争を激化させる。e コマースに取り組む企業
は自らの売上げを拡大するために常に新しい技術・新
しいビジネスモデルを導入し、これに対応できない企
業は生き残れない。SEO や SEM7に対する素早い対応
も必要で、今年対応できた技術が来年対応できるとは
限らない。e コマースに取組む企業は、常に技術革新
への対応、新しいビジネスモデルの提案が必要とされ
るのである。
また、電子商取引はネット上の取引であるが、インターネットに店舗を開設
し注文を受けても、それで取引が完了するわけではない。注文のあった商品を
配送し、代金を回収し、また受注状況に応じて迅速に対応ができるように適切
な量の在庫を取り揃えておく必要がある。電子商取引を成功させるためには実
際の取引と同様に物流プロセスの管理と SCM を拡大したロジスティクス8が不
可欠である。
例えば特定の検索エンジン(アメリカでは Google、日本では Yahoo)を対象として検索
結果でより上位に現れるようにウェブページを書き換える検索エンジン最適化(SEO:
Search Engine Optimization)や、さらにこれを使って Web 上でいかに集客効果を上げる
かという検索エンジンマーケティング(SEM:Search Engine Marketing)は Web 上での
売上げ拡大には欠かせない。
8 顧客のために、発生地点から消費地点までの効率的・発展的な「もの」の流れと保管、サ
ービス、および関連する情報を計画、実施、およびコントロールする過程。
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(2)電子商取引と信頼性の確保
電子商取引はネット上の取引であるために、商品の確認や決済、そして顧客
情報の流出などのトラブルが生じやすい。トラブルの放置は電子商取引全体の
信頼性の低下と市場の縮小につながる。そして、電子商取引を行う企業が顧客
との間で信頼性を確保し、顧客のニーズを満たしつつ市場を拡大していくため
にはネット上で顧客とのコミュニケーション(Web ページの頻繁な更新、掲示
板やブログ、メルマガなどの活用)を絶えず行うことである。またソーシャル
メディアを活用した「評価」も信頼性を確保するための重要な要素となってい
る(第 10 回参照)
(2)電子商取引と労働
「IT 革命」という言葉に代表される情報通信技術の革新は単なる技術的な変
化にのみならず、市場構造の変化、すなわちアルビン・トフラーの言う「生産
消費者」
(prosumer)の登場、市場文明→超市場文明への移行とは正反対に、市
場をより競争的にさせている。そして、生産過程における労働過程の強度の増
大へとつながっている。
1990 年代に入ってからのアメリカ経済の「復活」の背景には「情報スーパー
ハイウェイ構想」に象徴される IT 技術革新とそれによる労働生産性の上昇があ
ったのであるが、それは単なる生産の技術的な変化だけではなく、IT 革命=情
報通信技術の発達による市場即応型生産システムの「完成」による労働過程の
強度の増大があったのである。労働者は生産過程において IT によって代替され
るか、IT によって強化された労働過程に従事するか、といった選択に迫られる
ことになる。そして IT 革命が作り出した情報通信網によって市場における競争
にオンラインでさらされることになったのである。
日本においても 1990 年代後半から「IT 革命」が強調され IT への積極的な投
資が進められるのは、今度は日本が「シリコン・バレー型生産方式」を導入す
ることに他ならず、日本の生産システムと労働過程、そして労働者の雇用に確
実に大きな変化をもたらした。
確かに IT 技術を駆使した電子商取引は、自分の欲望する商品をオンラインで
生産させ、市場がより競争的になることは価格の低下にもつながるのであるが、
市場に登場する大多数の「消費者」が得る所得は生産過程おいて「生産者」=
労働者として存在することによって得られるものであり、IT 革命=情報通信技
術の革新は消費過程の華やかさとは裏腹に、生産過程においては非常に過酷で
厳しい競争、そしてリストラが待ち構えているのである。
この生産システムの変化は具体的にはまず、個別企業においては生産過程へ
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の IT 技術の導入による企業業務の情報化・オンライン化(SCM などはその代
表的なものである)や、それと結びついた企業間(B2B)や企業と消費者間(B
2C)などの電子商取引となって現れる。特に後者(B2C)の進展がまた前者の
IT 化、情報化を進め、それと結びついた労働過程の強度を増大する。労働過程
が市場の変化にオンラインで即応することによる労務管理・生産管理がなされ
るのである。B to C の典型的な成功例であるアマゾンの販売システムは消費者
にとっての利便性を向上させるが(同時にアマゾンに莫大な利益をもたらすが)、
これを支えているのは物流センターで厳しいノルマとコンピューターの監視の
下、低賃金・過酷な労働条件で働く雇用が不安定な労働者層である9。
日本市場に浸透し、急成長を遂げつつあるアマゾンジャパン。徹底した秘密主義の裏側では、
何が進んでいるのか。元物流業界紙編集長の著者が物流センターの作業員として半年間働き、
その内部事情をリポートした。明らかになるのは、見事なまでのアルバイト活用術である。時
給 900 円のアルバイトたちは広大なスペースを走り回り、指示された本を探し出して抜き出す。
ノルマは「1 分 3 冊」
。毎月、個人の作業データを基にした成績表が作られ、成績が良くないア
ルバイトは 2 カ月ごとの契約更新時に契約が打ち切られる。厳しいノルマとコンピューターの
監視によって、アルバイトたちが一瞬たりとも気を抜くことがないよう、管理しているのであ
る。
「アマゾン・ドット・コムの光と影」の商品説明 by Amazon より
横田増生「アマゾン・ドット・コムの光と影―躍進する IT 企業・階層化する労働現場」
(情報センター出版局)参照。
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