高齢者のせん妄 - JHospitalist Network

Clinical ques,on 2014年10月06日 JHOSPITALIST Network
高齢者のせん妄
亀田総合病院 総合内科 後期研修医 安藤尚子 監修 佐田竜一 分野:精神科 テーマ:予防・診断・治療
症例
腎盂腎炎で4日前に入院した84歳女性 血液培養陽性で合計14日間の治療予定 入院2日目の夜より、大きな声を上げる、 噛み付くなど暴れて落ち着かない 既往歴:高血圧 認知症 慢性腎不全 病棟よりコール 「先生、○○さんがせん妄なんです。 何とかしてください!」 Clinical Ques,on
1.  せん妄の診断はどのようにすべきか 2.  せん妄はどのように治療するべきか 3.  予防法は? せん妄; 環境別の頻度
入院環境
一般内科
老年内科
ICU
脳卒中後
内
科
発症率
入院環境 発症率
11-­‐14% 外 心臓手術後 11-­‐46%
20-­‐29% 科 非心臓手術後13-­‐50%
19-­‐82%
高齢者入院患者の 10-­‐27%
20-­‐29%に発症
せん妄の影響 事故・転落数の増加 発症<1年の死亡率上昇
施設入所率の増加
RR 1.3 RR 1.9 RR 2.5 Lancet 2014; 383: 911–22 せん妄 DSM-­‐5基準
A 注意を向け、集中し、維持し、他に転じる能力や、環境認識の障害がある
B その障害は短期間のうちに出現し、1日のうちで重篤さが変動する傾向がある C
新規の認知機能障害の発現がある (記憶欠損・見当識障害・言語障害・知覚障害・視空間能力障害 など)
D
AとCの障害は、既存の、確立された、あるいは発症しつつある認知症では十分
に説明できず、昏睡など重篤な覚醒水準の低下を背景に生じたものではない E
その障害が、別の身体疾患、物質の中毒・離脱、毒物への暴露などの直接的
な生理学的結果によるものか、複数の病因により引き起こされたものである
A-­‐Eをすべて満たすものをせん妄と診断する
1)身体疾患や中毒・離脱の結果として生じ 2)急性で変動する新規の意識障害・認知機能障害で 3)昏睡等、他の意識障害が除外できるもの
精神科治療学 28(8); 978, 2013 一部改変
せん妄の分類
離脱せん妄(アルコール・ベンゾジアゼピン系薬剤)
せん妄
一般身体疾患によるせん妄
興奮・幻覚・妄想など、過活動性を認める 過活動性せん妄 低活動性せん妄無表情・無気力・傾眠など、低活動になる
混合性せん妄 過活動/低活動が混在
離脱せん妄と低活動性せん妄を 見逃さない事が重要!!
N Engl J Med 2006;354:1157-­‐65 Lancet 2014; 383: 911–22 1つのせん妄発症には 複数の因子が関与!
せん妄の危険因子: 準備因子
患者背景
直接因子 単独でせん妄
の原因となる
因子
誘発因子 せん妄を助長
する因子
•  高齢、慢性期の脳血管障害、認知症 etc
•  中枢神経疾患:脳血管障害、腫瘍、髄膜炎 etc.
•  代謝性疾患:高血糖・低血糖、肝/腎不全 etc.
•  内分泌疾患:甲状腺・副腎機能不全 etc.
•  依存薬物の離脱:アルコール、抗不安薬 etc.
•  感染症
•  薬剤:抗コリン薬、睡眠薬・抗不安薬、steroid、 H1/H2blocker、opioids etc.
•  入院による環境変化、睡眠妨害要因
•  精神的ストレス:不安、抑うつ etc.
•  身体的ストレス:痛み、痒み、頻尿、身体拘束、
カテーテル挿入 etc.
Delirium: J.Lipowski; Oxford University Press, 1990 改変 直接因子の特定
もし最初の症例が、、、 「バイタルはどうですか??」 「血圧75/40、脈拍120、SpO2測定できません」 という状況だったら、、、 Ø 何らかの原因によるショックを背景とした意識障害か
もしれない! Ø せん妄を疑ったら、まずは意識障害を起こしう
る直接因子の検索と加療を優先!! Ø 漫然と対症療法のみで経過を見てはいけない CAMでの診断アプローチ (Confusion Assessment Method)
1. 
2. 
3. 
4. 
精神状態変化の急性発症 or 変動性の経過 注意機能障害がある 混乱した思考がある 意識レベルの変化がある 1と2は必須、さらに3または4があればせん妄と診断 【65-­‐98歳の2施設における内科病棟入院患者56名の前向きcohort】 CAMの偽陰性率を、精神科医のDSM-­‐ⅢRに準拠したせん妄診断と、 GeriatricianのCAMによるせん妄の診断を比較して検証 感度
特異度 陽性的中率 陰性的中率
施設①
100%
95%
91%
100%
施設②
94%
90%
94%
90%
Ann Intern Med. 1990; 113(12): 941-­‐948 せん妄の治療
Cochrane Database Syst Rev. 2007 18;(2):CD005594 Psychiatry and Clinical Neurosciences 2007;61:67-­‐70 •  まずは直接因子の治療が最優先 •  その上で、どうしても必要なら薬物治療 日本でせん妄に適応外使用が認められている抗精神病薬※
経路
一般名(商品名)
注意点
リスペリドン(リスパダール®) 腎障害(<Ccr50)の場合、 半減期21h
排泄遅延による過鎮静 クエチアピン(セロクエル®) 経口
半減期 3h ペロスピロン(ルーラン®) 半減期 2h
急激に耐糖能を悪化させうるた
め糖尿病では原則禁忌 国産薬で、有効性は小規模の報告
のみ 腎障害・糖尿病でも使用可能
静注 ハロペリドール(セレネース®) Parkinsonismが頻発 筋注 半減期 24h
経口不能なときのみ使用
※ 唯一保険適応なのは『脳梗塞後のせん妄』に対するチアプリド(グラマリール®)のみ
離脱せん妄との区別
Ø 離脱せん妄には抗精神病薬は無効、かつ痙攣
の閾値を低下させ有害となる可能性があり、治
療の際は一般身体疾患によるせん妄との区別
が重要 <せん妄と診断したらこれを確認!> 1) ベンゾジアゼピン系薬剤内服歴・内服量と最終内服日時 2) アルコール依存症を疑う病歴の確認、飲酒歴、 最終飲酒日時、過去の離脱症状出現歴 Am Fam Physician 2005; 71: 495-­‐502, 509-­‐10 UpToDate2014; Management of moderate and severe alcohol withdrawal syndromes
アルコールとベンゾジアセピン離脱
アルコール離脱の症状と時間経過
症候
臨床所見
振戦、不安、頭痛、発汗、動悸、 小離脱
食思不振、消化器症状
痙攣 全般性強直間代性痙攣が一般的
幻覚 幻視、幻聴、触覚の異常
振戦 せん妄、易怒性、頻脈、高血圧、 せん妄 発熱、発汗
最終飲酒〜発症までの時間
6-­‐36時間
6-­‐48時間
12-­‐48時間
48-­‐96時間
ベンゾジアゼピン離脱
症状
振戦、不安、精神病症状、痙攣 24-­‐48時間以内が多い (半減期による)
知覚障害(幻視・幻聴・異常感覚) Am Fam Physician 2005; 71: 495-­‐502, 509-­‐10 UpToDate2014; Management of moderate and severe alcohol withdrawal syndromes UpToDate2014; Benzodiazepine poisoning and withdrawal
治療開始後の注意点①
•  副作用のモニタリング 嚥下機能障害・筋強剛などの錐体外路症状、 過鎮静に注意 ※過剰にParkinsonismの副作用が出現する場合、 レビー小体型認知症(DLB)である可能性を検討する •  DLB患者の30-­‐50%に抗精神病薬への過敏性 → 投与によりParkinsonismを過剰に誘発しやすい •  誘発リスク:定型抗精神病薬>非定型抗精神病薬 •  抗精神病薬投与でDLB患者の死亡率が2-­‐3倍↑ BMJ 1992; 305: 673-­‐8 UpToDate2014; Prognosis and treatment of demen,a with Lewy bodies 治療開始後の注意点②
•  不要になったら終了 抗精神病薬の投与は認知症高齢者の 死亡率を上昇させる → せん妄が改善したら速やかに減量・終了
認知症高齢者において、非定型抗精神病薬投与群では 非投与群と比較して有意に死亡率が上昇 30日目の死亡率 HR1.31([CI]=1.02-­‐1.70) 180日目の死亡率 HR1.55([CI]=1.15-­‐2.07) Ann Intern Med. 2007; 136(11): 775-­‐86 Am J Psychiatry 2012; 169: 71-­‐79 せん妄の予防①:非薬物的介入 Ø 非薬物的介入が最も重要! <Hospital Elder Life Program (HELP) > • 
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見当識の是正 (時計やカレンダーの設置、昼夜を区別) 活動性の向上・早期離床(リハビリ導入など) 精神に影響しうる薬剤の中止減量 適切な睡眠・補液・栄養 視聴覚機能の補助(眼鏡、補聴器など) 家族のケアへの介入(付き添いなどへの協力の依頼) Lancet 2014; 383: 911–22 N Engl J Med 1999; 340: 669–76 せん妄の予防①:非薬物的介入 【HELP施行によるせん妄発症率の差を検証】 73-­‐85歳の一般内科病棟入院中の患者852名 Ø せん妄発症率:介入群 9.9%vs非介入群 15% Odds比0.61[(95%CI)0.41-­‐0.93]; P=0.02 Ø せん妄の合計日数:105 vs 161; P=0.02 Ø せん妄のエピソード数:62 vs 90; P=0.03
N Engl J Med 1999; 340: 669–76 せん妄の予防②:薬物的介入
•  『効果的な薬物介入は無い』と言われていたが・・ Lancet 2014; 383: 911–22 【ラメルテオン(ロゼレム®)のせん妄予防効果検証】 67人の多施設プラセボ対照RCT ICU 24人、救急病棟43人、65-­‐89歳の入院患者 脳卒中21人、感染症12人、骨折14人、心不全/心筋梗塞8人、 その他12人
→せん妄発症率 介入群3%vsプラセボ群32% (P=0.003) RR 0.09 [(95%CI)0.01-­‐0.69] NNT 3.44 高齢入院患者のせん妄を予防できる可能性がある
JAMA Psychiatry. 2014; 71(4): 397-­‐403
この症例の経過
Ø 診断:日中は落ち着いており、夕方頃から症状出現 → 急性発症の意識障害で変動あり、せん妄と診断 Ø 関与する因子の把握: → 認知症が準備因子、腎盂腎炎が直接因子、 入院が誘発因子 腎盂腎炎の治療経過は良好 Ø 治療:飲酒歴なし 腎機能低下あり、糖尿病なし → リスペリドンは避け、クエチアピンを選択 リハビリなどで離床を図る → 第9病日より減量し、第12病日に投与終了 その後も安定し第16病日に退院 Take Home Message
•  意識障害+日内変動がせん妄診断のポイント •  直接因子をしっかり探し、その加療を優先 •  薬物治療の前に必ず離脱せん妄を除外 •  薬物治療開始後は副作用を評価 •  リスク因子を減らし可能な限り予防につとめる