筑波大学第51回CSCセミナー 南アフリカの社会政策形成と市民社会組織: エイズ政策を事例として 牧野久美子(アジア経済研究所) [email protected] はじめに:南アフリカの民主化の二つの側面 政治的民主化 – 非人種的民主選挙、差別禁止、市民的自由 社会的経済的民主化 – 極端な格差や貧困の解消、不利を被ってきた人々の 生活向上 – 憲法に盛り込まれた社会的経済的権利:住宅、医 療、食料、水、社会保障など →社会的経済的民主化に関わるイシューとしてのエイズ エイズ政策形成における市民社会組織の役割に注目 2006年6月20日 於:筑波大学 2 1 南アフリカの市民社会組織:歴史的概観 リベラル白人主体の活動→黒人意識運動による批判 1970年代末以降、黒人主体の市民社会組織が反アパ ルトヘイト運動と結びつきながら成長。労働運動、住民 自治組織(シビック)、学生、青年、女性、宗教団体etc. 1994年のANC(アフリカ民族会議)政権成立→国家と 市民社会の新たな関係をめぐる混乱、人材流出、財政 危機 1990年代後半以降、土地、住宅、保健、社会保障な ど特定イシューに焦点をあてた市民社会組織が次々形 成される →TAC(トリートメント・アクション・キャンペーン)もその一つ 2006年6月20日 於:筑波大学 3 民主化後の南アフリカ政治:いくつかの論点 3度の総選挙、手続き的民主主義の定着 参加型民主主義の後退と左派の周辺化 – グローバリゼーションを背景とした新自由主義化 – ANC一党優位状況を背景とした集権化 組織化された利益の実現 – COSATU(南ア最大の労働運動)の政治的影響力 は一見するほど失われていない(e.g.労働法改正)。 – 組織化が困難な貧困層(≠組織労働者)の利害は 政策に反映されにくい 2006年6月20日 於:筑波大学 4 2 南アフリカにおけるHIV/AIDS拡大 UNAIDS/WHO Fact Sheets (2004 Update) – 感染者数:530万人(cf.人口約4500万人) – 成人感染率:21.5% – エイズによる1年間の死者数:37万人 – エイズによる孤児の数:110万人 感染者の横顔 – 感染経路は異性間の性交渉が多い – 感染者の過半数が女性 – 感染拡大の社会的要因としての貧困・格差 – 一部の感染者は比較的裕福→治療格差 2006年6月20日 於:筑波大学 5 トリートメント・アクション・キャンペーン(TAC) 1998年結成。「HIV/AIDSと共に生きる人々が適切な治 療を受けられるようになること」が目標 エイズ治療:1990年代後半にARV(抗レトロウイルス薬) によるエイズ治療が先進国で普及。南アでも私費治療 はほぼ同時に始まる→TACは公立病院でのARVによる 母子感染予防、およびエイズ治療の実施を目指す 代表のザッキー・アハマット:1962年生まれの「カラード」。 反アパルトヘイト運動、ゲイ・レズビアンの権利運動を経 て、TACを立ち上げ。個人的にARV服薬ボイコットも 活動内容:政策提言・モニタリング、啓発活動等 感染者、ケア提供者、医療従事者etc.のネットワーク 2006年6月20日 於:筑波大学 6 3 ARVを求めて:TACの活動(1) 2001年初:製薬企業の連合体が南ア政府を訴えた改 正薬事法裁判に関連づけて、途上国の医薬品アクセス の障害としての知的財産権問題をクローズアップ 2001年8月:母子感染予防プログラムの全国実施を求 めてTACが南ア政府を提訴 →副作用の恐れ、財源不足を理由として全国実施を拒 む南ア政府の主張は合理性を欠くとの司法判断 →政府にプログラムの全国実施を命じる判決(2001年 12月高裁判決、2002年7月憲法裁判決) 2006年6月20日 於:筑波大学 7 ARVを求めて:TACの活動(2) 2002年後半:TACとCOSATUが政府にエイズ治療計画 策定を共同で求める。TAC幹部が参加したNEDLACタ スクフォースでエイズ治療計画を検討、年内に枠組み合 意がなされたが政府が署名拒否 2003年2月、国会開会にあわせ2万人がデモ行進。 COSATUがロジや動員を支援、国会に提出したメモラン ダムには多くの市民社会組織が署名 同年3月、TACが市民的不服従運動を開始(4月に中 断)。COSATUはこれに反対して参加せず 同年8月、エイズ治療実施を閣議決定、2004年から実 施。TACは他の市民社会組織と進捗状況をモニター中 2006年6月20日 於:筑波大学 8 4 TACと南ア政府の関係 改正薬事法裁判では「共闘」→実は同床異夢 母子感染予防をめぐる裁判以降、南ア政府とTACの関 係は険悪に – 「欧米製薬企業の手先」 – 「白人がアフリカ人を煽動して政府に反抗させている」 TACは特定政治家を批判しつつも政権の正統性そのも のは尊重 – ザッキー・アハマットはANC党員 – 市民的不服従運動のみ逸脱→ズマ副大統領(当 時)の説得を受け入れて中断、最終決断は政府に委 ねる 2006年6月20日 於:筑波大学 9 考察(1)誰が? 市民社会組織の代替的な政策提案が政府の当初方 針の修正・転換を促した →誰が、何を、どうやって? 誰が? – 当事者+支援者・専門家 – 特定イシューごとの柔軟な市民社会組織ネットワーク。 TAC以外にも、ACESS, BIG Coalition, New UDFな ど – COSATU:三者同盟を維持しつつ他のネットワークに 参加→相互のメリットと限界 2006年6月20日 於:筑波大学 10 5 考察(2)何を? 何を? – マクロ経済政策や政治体制の大枠を尊重 ⇔よりラディカルな社会運動 – 特定イシューに関して、単なる抗議ではなく代替案を 提示 – 提案内容の「合理性」に関する理論武装 – 外国産の政策アイデアの南アの文脈への移し替え →何が南ア人民の利益であるのかを判断する権限を めぐる政府との対立 2006年6月20日 於:筑波大学 11 考察(3)どうやって? どうやって? – 法廷闘争:社会的経済的権利条項を根拠 – 公聴会参加、意見書提出、諮問委員会やタスク フォースへの参加・インプットなど:民主化によって開か れた制度的チャネル – 集会、デモ行進、座り込みなど:非制度的手段も状 況に応じて使い分ける – ANC/政府内部の意思決定への関与:COSATUの 役割が大きい部分 – 反アパルトヘイト運動のシンボルや手段の援用 →ANC/政府の強い反発を引き起こす 2006年6月20日 於:筑波大学 12 6 まとめ 民主化後の新しい国家・市民社会関係 – ANCの政権党化に伴う国家への吸収 – ANCの「裏切り」を糾弾するラディカルな社会運動 – 政権の正統性を認めつつ、特定イシューに関する異 議申し立てやWatchdogの機能を自任 →民主化によって開かれた機会を利用しつつ、反アパ ルトヘイト運動を想起させるシンボルや手段を用いる 市民社会組織の政策形成関与 – 政策決定権はないが、アジェンダ設定のレベルで一定 の影響力をもつ – 政策分野による違い 2006年6月20日 於:筑波大学 13 7
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