1 平成22年度 若手教員海外派遣研修報告書 魅力ある専門学科としての

平成22年度 若手教員海外派遣研修報告書
魅力ある専門学科としてのファッション文化科のあり方
名古屋市立桜台高等学校
教諭 野崎 聡子
1 海外先進事例調査期間
平成22年8月29日~9月12日 15日間
2 調査国
イギリス,フランス,ベルギー
3 調査のねらい
近年,分野を問わず若者のものづくり離れが進み,産業社会の人材不足が懸念されて
いる。これは,社会全体の価値観や生活環境の変化によるものと考えられ,高等学校教
育においても,このものづくり離れを阻止するためにはどうすればよいかが大きな課題
である。本校ファション文化科では,ものづくりの夢を実現させようとする多くの生徒
を支援するため,被服分野において基礎的・基本的な知識や技術を習得させることを重
点に置いた様々な教育活動を行ってきた。しかし産業社会のグローバル化・情報化が進
む今,これまでの教育活動だけでは社会の変化やニーズに対応できないのではないかと
考えるようになった。今まで本校で培ってきた技術力の指導に加え,発想力や感性の育
成を強化することで,より多くの生徒の自己実現が支援できるようになるのではないか
と考えた。そこで,ファッション業界に即戦力のトップデザイナーを排出し続けている
ロンドン芸術大学セントラル・セントマーチンズや,パリのESMOD,ベルギーのア
ントワープ王立芸術アカデミーなどを視察し,世界の最先端をいく発想力や感性の育成
の教育方法を学び,その指導方法を取り入れることで,魅力ある専門学科にしていきた
いと考えた。
4 調査先及び調査内容
(1) イギリス(University of the Arts London Central Saint Martin’s College of Art and Design)
ロンドン芸術大学セントマーチンズのサマーショートコース「Fashion Thinking in
3D」(4日間)を受講した。このコースはファッションを立体から考えていくという
ものだ。本来,服作りに必要なパターン・ミシンを一切使わないことで,技術に頼ら
ない発想の仕方を鍛えるのが狙いとされている。コースの内容は 5 段階に分けられ,
講師の指示のもと授業が進められた。「I like,I don’t like」では,自分がフィー
リングで好きだと感じるものと嫌いに感じるものを雑誌から切り抜き,スケッチブッ
クにスクラップした。この作業をすることで,自分自身を知ることができる。次にス
クラップしたものの中から掘り下げたい発想を選び,身の周りにあるもの(プラスチ
ック,紙,リボン,新聞 etc.)を使い,立体にして表現する「Crazy material draping」
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を行った。10 種類以上のアイディアをドレーピン
グし,その工程を写真に収めるよう指示された。
ボーンやアルミホイル,雑誌や広告,スーパーの
ビニール袋など様々な素材を用いてドレーピング
している受講生が見受けられた。完成したドレー
ピングを,今度は布地を用い立体に表現するため
のアイディアを考え,「Garments without seams」
すなわち,縫い目が存在しない作品をドレーピン
グで作っていった。その後,2 日間の作業の中間
【クレージーマテリアルドレーピング】
クレージーマテリアルドレーピング】
発表として,お互いに質問しあいながら,考えを
出しあってさらなるアイディアを生み出す
「Brainstorming」を行った。人体の曲線にとらわ
れないボディーラインを追求した作品や,バルー
ンが空へ飛んでいく様子を服全体に表現した作品
などの発想に対して,教員や受講生から質問や意
見が出された。もらったアドバイスを基に,さら
にクオリティを高め,別のアプローチ方法を取り
【ブレインストーミングの様子
ブレインストーミングの様子】
の様子】
入れた作品を創造していくよう指示され作業した。
最終報告の場である「Group discussion」に備え,プレゼンテーションの準備も同時
進行で行った。プレゼンテーションの見せ方も自由で,受講生がそれまで撮りためて
きた写真をポートフォリオとしてまとめ,デザイン画を描くなどの工夫をしていた。
自分の好きなもの嫌いなものを知り,それを立体として組み立て,他者からアドバイ
スをもらうことで,どのように発想力を鍛えていったらよいかを学ぶことができた。
(2) フランス(ESMOD PARIS international)
ESMOD PARIS international を視察した。ESMOD は世界で初めて誕生したファッショ
ンの専門教育機関で,世界 14 カ国 23 校のネットワークを持つ。校舎・設備を見学し,
今年 6 月に行われた卒業 show を鑑賞しながら,カリキュラムの説明を受けた。ESMOD
では,デザイン発想・パターン・縫製の全てができてこそ,本当のプロフェッショナ
ルになれるという理念に基づいてカリキュラムが作られている。そのため,1,2年
生はデザインとパターン,縫製に関する基礎的技術や知識を身につける。3 年生にな
ると,メンズ,プレタポルテ,オートクチュール,ランジェリー,子供服,アクセサ
リー,コスチュームの専攻に分かれ,半日の時間が授業に充てられる。また 6 月の卒
業 Show の半年前から,Fashion Show に向けた準備が始まる。その年のテーマに基づ
きパーソナルポートフォリオ審査会などを経て,
1 人の学生が 4 体の作品を製作する。
最終審査会では,各業界で活躍するプロを審査員として 15 人以上招き,審査を行っ
ている。Show までに 4 回行われる作品の仮審査会で学生は,教員から受ける指摘を自
分なりに理解して考え,作り直し続けていかなければならない。厳しい審査会を通過
した作品だけが,卒業 Show に出ることができる。学生のうちから,こうした厳しい
環境に身を置くことで,感性が磨かれていくのではないかと感じた。
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(3) ベルギー(Royal Academy of Fine Arts,Artesis Hogeschool Antwerpen)
【アントワープ王立アカデミー】
【学生のアトリエ
学生のアトリエの様子
アトリエの様子】
の様子】
アントワープ王立アカデミーは,世界中から今,最も注目されているファッション
専門教育機関である。このアカデミーの在学生 2 人にお会いし,アトリエと作品を見
せていただいた。学生が口をそろえて言っていたのは,
「教員は何も教えない」とい
うこと。
「教えない」ということが学生自身の考える力を引き出し,発想力や感性の
育成につながっているのだと感じた。学生は,6 月に行われる Fashion Show に向け
て個人のテーマを掘り下げるためのリサーチをし,それに基づいてポートフォリオの
制作をする。このアカデミーは,デザイナーを育てるための徹底した教育を行うため,
パターンの授業はカリキュラムに存在しない。個人でテーマを掘り下げていくための
リサーチ作業を繰り返していく。作品作りにおいてもグループディスカッションは行
わず,教員と学生が 1 対 1 で向き合い,作業を進めていく。卒業できるのは,60 人中
1~2割程度で,卒業後は業界の即戦力として,また世界で活躍するトップデザイナ
ーとして羽ばたいていっている。このアカデミーでは,
「自分自身の内なるものをさ
らけ出し表現していく」ということを徹底的に教え込まれるのだと思った。
5 研修成果の還元実践例
(1)服飾手芸【対象:本校 1 年生】「I
I like I don't like」
like
①実践のねらい
好き・嫌いなものを収集・分析し,分類した上でマップにまとめることで,自分
自身の好みを理解する。また今回作成したマップをもとに,3 学期に製作するパッ
チワークのデザイン発想に役立てる。
②実践の様子
ファッション雑誌や図書館で借りてきた図鑑,広告などさまざまな媒体から自分
が好き・嫌いと思えるものを収集し,なぜそれが好きなのか又は,嫌いなのかを分
析し 5 種類以上に分類した。「なぜ,好きなの?」「なぜ,嫌いなの?」という問
いかけに真剣に考え込んでいる生徒の様子が見受けられた。
(2)家庭情報処理【対象:本校 2 年生】「I
I like I don’
don’t like」
like
①実践のねらい
情報機器(Photoshop)を活用しながら,好きなもの
を収集・分析し,分類してマップを作り,パーソナル
ブックにまとめることで,
自分自身を理解する。
また,
他者のパーソナルブックを相互評価することで,個性
を認識しファッションショーへの足がかりを作る。
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【情報機器を用いたマップ作り
情報機器を用いたマップ作り】
情報機器を用いたマップ作り
②実践の様子
ファッション雑誌やインターネット・広告な
どの媒体から,自分が好きと感じたものをスキ
ャナーなどの機器を用いてパソコンに保存した。
その資料を分析・分類分けの後フォルダ分けを
行った。フォルダごとに,ふさわしいキーワー
ドを 5 つ考え,マップ全体の構成がビジュアル
【パーソナルブックの相互評価
パーソナルブックの相互評価】
パーソナルブックの相互評価
として伝わりやすいよう,またキーワードの書体にもこだわり,Photoshop のソフ
トを用いてレイアウトしていった。出来上がったマップ 5 枚をパーソナルブックと
なるクリアファイルに入れ,机に並べた。クラスメイト全員のパーソナルブックが
見られるよう時間を区切り,相互評価を行った。自分の作ったものと見比べること
で他者の個性を認め合うと共に,自分の個性をより理解することができた。
(3) 家庭情報処理【対象:本校 2 年生】「 Crazy material draping」
draping
①実践のねらい
パーソナルブックから掘り下げたいと思うマ
ップを参考に,クレージーマテリアルドレーピ
ングを行う。立体からファッションを考えるこ
とでこれまでの経験にない,多様なデザイン発
想の方法を学ぶ。
②実践の様子
【クレージーマテリアルドレーピングの様子】
新聞紙やエコバック,ハンガーなど身近にあ
るものを用いて,クレージーマテリアルドレーピングを 2 時間で行った。平面か
らファッションデザインを考えることに慣れている生徒は最初戸惑いを見せたが,
10 分もたたないうちにボディーに直接,立体を形成させることを楽しんでいる様子
であった。パーソナルブックの中から,掘り下げて立体に表現したいと思うものを
それぞれに選び出し,10 種類以上の立体物を写真に撮りためていった。授業中は,
クラスメイトの様子をうかがうことなく,黙々と作業をこなしている様子が印象的
であった。
6 研修を終えて
私は今まで 40 人一斉に行う授業の中で,個人から豊かな発想力を引き出すことが非
常に困難だと感じていた。しかし今回の海外研修で,発想力や感性の育成は,自分の内
面を見つめなおさせ整理させることから始まっていくのだと気づかされた。また,教員
が問題解決のためのアドバイスをしないということが,生徒自身の考える力を育成して
いるのだと感じた。研修成果の還元実践を通して私が一番感じたことは,生徒の内に秘
めているパワーの強さだ。授業を受ける生徒たちの「もっとやってみたい,もっと知り
たい」という知的欲求のエネルギーに私は圧倒された。内なるものを表現できることの
喜びと,ものをつくり出すことの喜びを同時に実践させていくことで,魅力ある専門学
科としてのファッション文化科のあり方が見えてきたように思う。
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