「生きる力」をどう評価するか

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生きる力」をどう 価するか
磨こう!
子ども自身の「自己評価活動」能力を
名古屋外国語大学教授
石田 勢津子
専門領域は教育心理学・学習指導。
名古屋大学大学院教育学研究科博
士後期課程単位取得満期退学。博
士(教育心理学)。著書に『自己
学習システムの機能と役割』
(風
間書房),『児童の心理学:ベーシ
ック心理学3』
(有斐閣),
『オー
ストラリアの小学校:総合学習・
学校生活・地域社会』
(揺籃社),
『学校教育の心理学』
(名古屋大学
出版会)など多数。
れるといえる。
生きる力」の2つの側面
ただ, 生きる力」の認知的な面の評価は,こ
生きる力」をどう評価するかについて
える
れまで各教科で用いられてきた客観的なテストや
際には, 生きる力」とは何かを明確にする必要
その成果の出来・不出来によって,一応の評価は
がある。そもそも評価とは,目標に照らしてなさ
可能である。しかし,態度的側面の評価は,何を
れるものであり,目標がはっきりしないことには
規準にし,どのように客観化して判断するかを明
評価のしようがない。
確に示すことが容易でなく,学習成果やテストだ
教育課程審議会の答申や学習指導要領をみると,
生きる力」の具体的な評価の観点として, 課題
設定の能力」
「問題解決の能力」
「学び方・ものの
え方」
「学習への主体的・ 造的な態度」
「自己
の生き方」
(総合的な学習の時間), 学習活動へ
の関心・意欲・態度」
「総合的な思
けで測ることができない点に,その難しさがある。
本稿では,とくに態度的な側面に焦点を当てて
「生きる力」をどう評価するかを えていく。
生きる力」とメタ認知
力・判断」
心理学において使われる用語に, メタ認知」
学習活動にかかわる技能・表現」
「知識を応用し
という言葉がある。メタ認知とは,人が自らの情
総合する能力」
(教科の学習), コミュニケーシ
報処理活動をモニターし,制御するためのもので,
ョン能力」「情報活用能力」
(各学校の特色ある学
自らの認知ないし活動そのものを自覚することで
習)などがあげられている。
あると えられている。すなわち,自分が今行っ
これらの評価目標は,とくに教科の学習や各学
ている認知的な活動(たとえば,問題を解いてい
校の特色ある学習などにおける 知識や技能の獲
る,新聞記事を理解しようとしているなど)を,
得といった認知的なもの> と, 学び方や生き方
より高次な視点から客観的に見つめ,その全体的
といった態度的なもの> に分けることができる。
な意味づけや活動の調整を行うことを指している。
もちろん,これらは,密接にかかわっており,明
このメタ認知は,具体的に,次のようことができ
確に区別することはできないかもしれないが,こ
ればよいとされている。
の両方が達成されて初めて, 生きる力」が養わ
① 自分の認知あるいは能力の限界や幅がわかる。
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② 自分にとって何が問題かを明確にできる。
はいうまでもないが,どのような形でとらえるこ
③ 問題に対する適切な解決法を予測し,計画を
とができるであろうか。
立てる。
④ 自分の認知行動を調整することができる。
したがって,このようなメタ認知は,自分の認
メタ認知能力は,自分の行動や認知を自分自身
でコントロールする能力である。これを実際の学
習場面にあてはめてみると,
知過程をモニターしながら,自分自身でコントロ
① 教師から与えられた課題を自分の学習目標と
ールしていくという意味で, 生きる力」におい
して受け入れたり,あるいは自ら学習課題を設
て欠くことのできない能力であるといえよう。
定することができる。
生きる力」の根底にあるもの
さらに, 生きる力」にとって,もっとも基本
的で重要なことは,自分自身を肯定的に受容でき
る(自分を好きになれる)こと,自分に自信が持
② 学習過程で目標達成のためにどのような情報
や活動が必要なのか,自分の行動を観察・チェ
ックしながら調整できる。
③ さらに,学習結果について,これで十分かど
うか判断し自ら評価できる。
てるようになることである。さまざまな問題場面
といったように,自分自身の判断や評価を伴った
に直面したときに,自分自身を信じて積極的に取
活動を行うことができるかどうかの問題となる。
り組もうとする態度は,自己を肯定的に受け止め
こういった判断・評価を適切に行えることが,
ているかどうかにかかっている。このことは,見
子ども自身が自主的に学習を推し進めていく力と
方を変えれば,動機づけの問題でもある。一見,
なり,それが自信になり,自己肯定感を高めるこ
同じような行動をしているように見えても,積極
とになると えられる。このような,自分自身の
的に興味を持って楽しく行っているか,それとも
学習目標や行動,その結果を判断・評価する活動
しかられたくなくて仕方なくやっているのかによ
を, 自己評価活動」と呼ぶことができる。この
って,その後の行動は大きく異なってくる。それ
自己評価活動を適切に行うことができるようにな
ばかりではなく, 生きる力」そのものも違って
ることが, 生きる力」を育むのである。
くる可能性がある。自らの能力を信じ,それを発
生きる力」は,学習の成果だけでは測れない
揮し,自分自身をより高めようとする動機を育て
し,学習に対する子どもの取り組み方,そのプロ
ることが, 生きる力」につながるのである。
セスを直接的に評価したとしても不十分である。
生きる力」と自己評価活動
生きる力」は,メタ認知能力,さらには自己
を肯定的に受け入れ自らを高めようとする動機を
もつことであるといえる。
それでは,こういった能力や動機は,問題解決
やレポート・作品などの学習成果に反映されるの
子どもの自己評価活動のあり方そのものが「生き
る力」の現れであり,これを評価することが必要
である。
自己評価活動とは
ここで,自己評価活動とは,具体的にどのよう
な活動をさすのか,もう一度明確にしておきたい。
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6 生きる力」をどう評価するか
表
磨こう!
子ども自身の「自己評価活動」能力を
自己評価活動のメカニズム
自己評価活動は,上の表に示しているように,
課題の自己目標化」→「学習行動の自己観察」
→「内的な判断・評価」→「自己評価反応」
という過程を含んでいると えられる。
子どもの自己評価活動が十分に行われていれば,
十分に身についていないといえる。
自己評価活動をどのように評価するか
これまで, 生きる力」を評価するために,さ
まざまな方法がとられているが,自己評価活動を
教師から与えられた学習目標・課題を,自分の能
中心に据えたものはあまりない。授業の終わりに,
力やレベルに応じた形で受け入れていることがで
自分自身の学習過程を振り返り,教師の関心・意
きているだろうし,学習行動の適切さや集中度も
欲・態度などの評価の参 にするために行われて
増してくる。自己評価活動が適切に行われていな
いる,いわゆる「自己評価」と呼ばれている方法
い場合には,目標設定や行動に対してだけではな
がある。しかし,この方法では,自己評価活動を
く,自分の学習結果に対する評価も不適切となり,
評価することは難しい。この「自己評価」は,確
その後の学習行動に影響する。たとえば, 間違
かに子ども自身で学習過程や成果を評価している
った理解をしているのに,自分では正しいと判
ように見えるが,先に述べたような明確な形で自
断・評価している」場合は,自分のつまずきに気
己評価活動を行っているとは限らない。したがっ
がつかない。逆に, 正しく理解しているに,自
て,子どもの動機づけや満足度を検討することは
信をもてずに,判断・評価を適切にできない」場
できるが,あくまで教師の評価の補助的なものと
合には,学習はなかなか進まず,自主的な学習行
して取り扱われることが多い。これでは,自己評
動は生じにくい。両者とも自分の行動を判断・評
価活動を評価したことにはならない。
価する基準が不適切であり, 生きる力」はまだ
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表に示したように,自己評価活動は,1つのフ
ィードバックシステムとなっているものである。
知識量とか技能の獲得といった学習の成果として
自己評価活動を明確な形で行わせ,その自己評価
客観的に示すことが可能な側面だけではなく,自
活動が適切かどうかを,教師は評価するのである。
己評価活動を適切に行うことによって高められる
たとえば,従来から用いられている学習カードや
メタ認知能力,さらには自己肯定感という態度的
最近注目されているポートフォリオ(portfolio)
な側面としてとらえることができる。そして,こ
を活用することによって,自己評価活動そのもの
の自己評価活動の適否を評価の対象にすることが,
を評価することが可能である。ポートフォリオと
生きる力」を評価し,育てることになる。
は,元来,紙ばさみとか書類入れという意味であ
最後に,子どもたちが適切な自己評価活動を行
り,子どもの学習活動の成果を示す資料を集めた
えるようになるために,自己評価活動を明確な形
ファイルのことである。いわゆる数量的な評価に
で行わせる場を設けることはいうまでもないが,
なじまない学習活動において,子どもが学習に用
自己評価活動に対する教師の適切な指導や助言の
いた資料・メモ・レポートなどを収録することに
重要性について指摘しておきたい。すなわち,教
よって,教師が子どもの学習活動を指導したり,
師の評価結果を,何らかの形で子どもたちにフィ
客観的に評価するための資料として使われている。
ードバックすることが,子どもが自分自身で学習
しかし,これらの資料を,子どもたち自身の自己
活動をコントロールし,適切な評価活動を行う手
評価活動を明確に行わせるためのものとして位置
がかりとなるのである。
づけ,学習活動や成果だけでなく,子どもたちの
自己評価活動を単に教師の評価の対象とするだ
自己評価活動を評価するために活用することがで
けではなく,子どもが自己評価活動を適切に行う
きる。ポートフォリオは,子ども自身にとっては,
ための情報として使えるようにしなければならな
学習過程で自らの学習活動を随時モニターし,評
い。評価をしただけでは, 生きる力」を育てる
価するという自己評価活動を行うための絶好の資
ことはできない。自己評価活動が次の学習に生か
料である。加えて,子どもたちは自己評価活動を
されるような学習環境を整えることが求められる。
することによって,自分自身で学習活動を修正し
たり,推し進めたりする力を養うことができる。
こういった方法で,教師はポートフォリオを評
価するだけでなく,時系列にしたがって蓄積され
る子どもの自己評価活動の視点や適切さを評価す
ることができる。ポートフォリオに対する教師の
判断・評価と子ども自身の自己評価活動との一致
や相違の程度を評価の対象とするのである。
生きる力」を評価し,育てる
以上のように, 生きる力」は問題解決能力,
「生きる力」の評価の源
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