5. 叙述関係 5.1. Object の間の階層関係 ここまで、それぞれの Object に関する情報の内部構造については論じてきたが、Object 同士の構造 については述べてこなかった。しかし、私たちは明らかに、自分の知っているモノ/コトをバラバラ の個物としてではなく、グループに束ねた上で把握している。そのグループは固定していることもあ れば、そのときそのときの必要に応じて自由に組み替えられることもあるだろう。グループとそのメ ンバーの関係には、大きく分けて次の3種類がある。 (216) a. b. c. 任意に指定されたメンバーから成るグループ いわゆる inalienable possession の関係にある部分と全体 何らかの性質に関して等質なメンバーから成ると想定されているグループ (216a)が表現されている例としては、たとえば(217)のようなものがある。 (217) a. b. ジョンが [A 商事 1 と B 物産 2]3 を 訴えた [それらの会社]3 は、次の日、新聞に取り上げられた。 ジョンが [ビル 1 たち]2 を 誘った [彼ら]2 は、もうそろそろ来るはずだ。 この場合のグループに関わる SR は次のようになっていると考えてよい。 (218) a. b. x1:name=A 商事 x2:name=B 物産 x3:{x1, x2} x1:name=ビル x2:{... x1 ...} (217a)の場合には、メンバーを数え上げることによって新たに定義されたグループである。これに対し て、(217b)の場合は、具体的にどのようなメンバーがこのグループに含まれているかは表現されていな いが、世界知識によって同定できるグループなのであろうと推測される。(218)は、linguistic SR である が、同様に個々の Object からグループを形成する操作が Information Database において行われているだ ろうと考えている。 (216b)については、まだほとんど考えが進んでいないが、たとえば次のような例文における x1 と x2 の関係を考察する際に必要になるのではないかと考えている。 (219) a. b. c. d. ジョン 1 が手 2 を洗っている 君のジャケット 1 は、袖 2 がやぶけている この車 1 は、エンジン 2 がいい ○○商事 1 は、営業部 2 でもっている 「ジョン」と「手」は、全体とその一部の関係ではあるが、しばしば inalienable possession(分離不可 能所有)と呼ばれる関係であり、inalienable possession は、多くの言語で他と異なる特徴を示すことが 知られている。(219a-d)を同種のものとみなしていいかどうか、これらをグループとメンバーの一例と 考えるべきかどうか等、問題はいろいろあるが、仮に、(219a-d)の該当部分の linguistic SR を(220)とし、 abduction によって(221)の理解に至ると考えておく。 (220) a. b. c. d. (221) a. x1:name=ジョン x2:category=手, whole=_ x1:category=ジャケット x2:category=袖, whole=_ x1:category=車 x2:category=エンジン, whole=_ x1:name=○○商事, category=商事会社 x2:category=営業部, whole=_ x1:name=ジョン x2:category=手, whole=x1 p.36 (SR-110604.doc) b. c. d. x1:category=ジャケット x2:category=袖, whole=x1 x1:category=車 x2:category=エンジン, whole=x1 x1:name=○○商事, category=商事会社 x2:category=営業部, whole=x1 以下で特に取り上げたいのは、(216c)のタイプのグループである。(216c)のタイプのグループには、 (222)のようにメンバーの具体例をあげてグループ全体の特徴を推定させる場合と、(223)のようにグル ープ全体の特徴を述べてメンバーを推定させる場合の2つがある。 (222) a. b. (223) a. b. ジョンが [A 商事 1 や B 物産 2]3 を 訴えた。 僕は、[それらの会社]3 を聞いたことがなかった。 ジョンが [A 商事 1 とか B 物産 2 とか]3 を 訴えた。 [それらの会社]3 は、その後、大変だったらしい。 [数人の若者]1 がやってきた。 [女の子たち]2 が全部持って行ってしまいました。 (222a,b)とも、linguistic SR としては、(224)のように書くしかないと考えている。 (224) x1:name=A 商事 x2:name=B 物産 x3:{x1, x2, ... }, category=_ (222)の場合、グループとしての category があることは想定されているが、それがどのようなものであ るかは表現されていないので、手がかりとなるメンバーの具体例から推測するしかないのである。 これに対して、(223)の場合には、グループとしての category が直接表現されている。 (225) (223)の linguistic SR a. x1:category=若者, 人数=数人 b. x1:category=女の子たち この場合には、x1 はグループ全体しか指さないので、そのメンバーの特性を記述したいときのために 次のような表記法を用いることにする。 (226) a. b. xnm+1 は xnm のメンバーを表す。 上付きの 0 は、省略してもいいことにする。(すなわち、xn=xn0) (226a)により、xn1 は、xn0 のメンバーであり、xn2 は xn1 のメンバーということになる。図示すると、た とえば次のようになる。 (227) x42 x41 x40 問題 5.1 接続助詞「と」「や」「とか」が名詞に接続して名詞句を形成する際の制限の違いを記述しなさ い。 p.37 (SR-110604.doc) 5.2. 叙述関係 「A は B だ」という叙述関係(predication)は、人間の認識/判断を表わす基本的な形式である。主 部(A)で Information Database の中のどの範囲に注目しているかを示し、述部(B)において、その範 囲の中から注目するべき情報を取り出して示したり、その範囲を見渡して認識したことを述べたりす る。 この構文の構造と解釈は次のように考えたい。 (228) a. [メアリ 1 は大学生だ 2]3 b. c. x1:name=メアリ a2:category( )=大学生 e3:Predicate=a2, Subject=x1 (229) a. b. [メアリ 1 はかわいい 2]3 x1:name=メアリ a2:_( )=かわいい e3:Predicate=a2, Subject=x1 ここで、それ自身の意味内容がなく、単に(Predicate, Subject)という項構造を持つ要素としてφを仮定 している。φは、すなわち、2つの要素の間に叙述関係を構築するための要素である35。 以下の章で見るように、この叙述関係という統語関係を仮定すると、いろいろな言語現象を説明す ることができる。まだ、Subject と Predicate をコンパクトに位置づけることができないが、とりあえず、 次の推論規則を定義の一部としておきたい。 (230) 推論規則 Op:.... | αq ⇒ Predicate=αq, Subject=Op (230)の推論規則は、αがβに対する修飾関係として成り立つならば、αが Subject でβが Predicate と いう叙述関係が成り立つということを述べたものである。したがって、修飾関係のときに関わった推 論規則は、ここでも同様に活躍することになる。叙述関係は、(230)以外の推論規則で成り立つものも あるが、それは以下で説明する。 5.3. 総称文と[-D] 叙述関係を述べる典型的な文に総称文(generic sentence)がある。総称文とは、(216c)の「何らかの 性質に関して等質なメンバーから成ると想定されているグループ」が関わるものであり、そのグルー プの「特徴」と思われるものを述べた文である。 総称文は、(231)のようにグループとしての特性を述べるものと、(232)のようにそのグループのメン バーの特性を述べるものとに分けることができる。 (231) a. b. c. くじらは哺乳類だ ベンガルトラは絶滅に瀕している 男性は、平均寿命が短い (232) a. b. c. 大学生は忙しい 象は鼻が長い ブラジル人はリズム感がいい 35 4.1節では、項構造に格助詞の情報が付加されているために、それをチェックした要素の指標が項構造の中に書 き込まれるということを仮定したが、このφにおいては、格助詞の情報とは無関係に指標が項構造の中に書き込 まれると仮定している。これは、現時点では、この要素の特徴であると考えるしかない。 p.38 (SR-110604.doc) (231)の場合、(228)と同様に、「哺乳類」が an を導入すると分析することも可能かもしれないが、そう すると、たとえば、すべての人間について、哺乳類/脊椎動物/霊長類等の category が書き込まれる ことになり、それは Information Database のあり方として、あまり望ましくないと考えている。そこで、 次のように考えたい。 (233) a. [くじら 1 は哺乳類 2 だ]3 b. c. linguistic SR x1:category=くじら x2:category=哺乳類 e3:Predicate=x2, Subject=x1 (234) 推論規則 Op ⊆ Oq ⇒ Predicate=Oq, Subject=Op 「くじら」が「哺乳類」に属するという知識は、個々のモノに関する知識ではない。このように、概 念同士の包含関係等は、(3)の図の「Concepts」というモジュールに格納されていると考えている。 これに対して、(232)の場合には、概念としての「大学生」が「忙しい」という概念の下位集合であ るわけではない。その人の Information Database の中で「category=大学生」という項目を持つモノを見 渡したときに、他のモノと比べて「忙しい」という value を持つモノが(感覚的に有意に)多かったと いうことを表わしている。必ずしも、「category=大学生」という項目を持つモノがすべて「忙しい」 という意味ではない。「代表的なメンバー」を選ぶと、それが「忙しい」という value を持っていると いう意味である。したがって、このような文の場合には、Predicate は、グループ全体の特性ではなく、 グループの「代表的なメンバー」の特性を述べている。これは、5.1節で導入した記法を使うと、次の ように表現できる。 (235) a. b. [大学生 1 は忙しい 2]3 x1:category=大学生 a21:状態( )=忙しい e3:Predicate=a21, Subject=x1 これは、叙述関係の Predicate において特徴的に見られることであり、次のような Partitioning という 操作を仮定することにする。 (236) Partitioning 叙述関係の Predicate となる要素(および、その領域のすべての構成要素)の上付き数字 (superscript)を+1 にする。(もともと上付き数字がなかった場合には 0 とみなして+1 にす ると、その結果、1 になる。) (237) βの領域とは、βとβの項とその修飾要素すべてを含む部分、と定義する36。 Partitioning が適用は、義務的ではなく任意である。(231)の場合には、Partitioning が適用しないからこ そ、適切に意味の計算ができるのである。 2.2節で[+D]という素性を導入した。[+D]の素性を持った表現は、Information Database の中の要素と 同定しない限りは、情報処理の進行に支障をきたすが、[+D]を持っていないものについては、同定で きたときに同定し、また、自分の Information Database の中に該当物がなさそうだと判断すれば、新し い指標番号の Xn, En を準備し、それと xn, en を同定することで、ことばによって得た情報を「新規情報」 として Information Database に書き込んでいく。しかし、総称文における Subject は、特定のモノとの同 定が意図されてないので、[-D]という素性がついていると考えておきたい。 36 いわば、これは、βの最大投射という概念に相当する。 p.39 (SR-110604.doc) (238) a. b. c. ソファは、場所をとる。 感想文を書くのは面倒だ。 対面販売は、人件費がかかる。 [-D]があらわれるのは、総称文だけではない。(239)で使われている下線部の表現は、文によっては、 Xn, En と同定される用法も可能であるが、それぞれの文の述語が指定している役割として[-D]が指定さ れている。 (239) 対応する Xn が同定不可能な役割を持つ場合: a. 新しいプリンタがほしい。 b. ジョンは、ほっそりした女の子が好きだ。 c. この病院は、准看護婦を募集している。 d. どうにかして秘密裡に処理することが必要だ。 e. 迅速な対応が望まれる。 語によっては、[-D]を持つことができないものや、[-D]を持つ用法が極めて限られているものもある。 (240) a. b. c. 固有名詞 ア系列指示詞 (普通名詞としての用法ではない場合の)役職語 (241) a. b. c. 普通名詞+タチ ソ系列指示詞 (「ボーイフレンド/ガールフレンド」という意味ではない場合の)彼/彼女 (240)にあげたものは、[+D]が指定された語であるから、[-D]を持てないのは当然であるが、(241)のよ うに、[+D]を指定されていない語の中にも、通常、[-D]を持たないものがある。たとえば、タチについ ては、次のような観察が知られている37。 (242) a. b. ?*この病院は、准看護婦たちを募集している。 ジョンは、ほっそりした女の子たちが好きだ。(≠(238a)) (243) a. b. イタリア人は、陽気だ。(「一般的に」の意になる) イタリア人たちは、陽気だ。(「特定の人たち」の意になる) また、(238)の名詞をソ系列指示詞にすると、次のようにはっきりと解釈が変わる。 (244) a. b. c. ジョンは、そのほっそりした女の子が好きだ。 そのソファは、場所をとる。 その対面販売は、人件費がかかる。 ただし、ソ系列指示詞の中には、次のように Xn, En と同定されない用法が許されているように見える 場合がある。 (245) a. b. c. d. e. 私のデザインのモットーは、その人らしさを演出することです。 今日は、その道の専門家と呼ばれる方10人に集まっていただきました。 最近のアイドル歌手は、その辺にいる女の子と変わらない。 ジョンは、いつもその場限りの言い訳をする。 人を雇うからには、それ相応の給料を用意しなければならない。 (Ueyama 1998: 211, (78a-e)) (245)の用法は、ソ系列指示詞の機能を考える際に重要な鍵になると考えているが、現時点では単に現 象の指摘にとどめておく。 言語により、細かい例外があったり、特定の用法に伴う標識がある場合はあるだろうが、たとえば、 「特定の本」と「本一般」とを、必ずまったく別の語彙でしか表現しないとか、「人としての医者」 と「医者であること」を必ず別の語彙で言い分ける言語を私は知らない。それぞれ、かなり違う対象 37 ただし、東村(2010, 口頭発表)が指摘するように、(242), (243)の対立は、(たとえば(113)と比べて)それほどは っきりしたものではなく、例文を工夫していくと、その差はどんどん小さくなってしまう。~タチについては、 まだ、その本質がはっきりわからない語であり、[-D]に関する観察も予断を持たずに見直していく必要があるだろ う。 p.40 (SR-110604.doc) ではあるが、人間はそれらを関係づけて認識する傾向があることを示していると思う。 (246) category を表わす普通名詞: a. 中学生がやってきた。 b. その年齢で、中学生の子供がおられるとは思いませんでした。 c. 中学生は、保護者同伴でないと入場できません。 5.4. 様々な叙述関係 5.4.1. 推論規則4が関わる叙述関係 (247) a. b. ジョンは、メアリが家出した。 僕はウナギだ。 この文では、「ジョン」と呼ばれている人の特性として、「メアリが家出した」という事象をあげて いる。私たちの頭は、このような叙述が理解できる仕組みになっていると考えざるをえない38。 5.4.2. 項でない名詞句の生起 日本語の場合、英語などの言語とは異なり、項以外の名詞句も生起可能であることが知られている。 (248) a. b. 象は鼻が長い。 姉はジョギングが日課だ。 (249) a. b. 象 1 は鼻 2 が長い 3 x1:category=象 x2:category=鼻, whole=_ a3:_( )=長い|x2 e4:Predicate=a3, Subject=x1 このことは、日本語の場合、2つの要素と項関係を結ぶφ(Predicate, Subject)という要素が Numeration にあらわれることができるが、英語の場合にはそのような要素がない、と考えることで説明できる39。 (250) a. b. [夏 1 は [ビール 2 が最高だ 3]]4 x1:夏 x2:ビール a3:_( )=最高だ|x2 e4:Predicate=a3, Subject=x1 叙述関係は、多重になる場合もある。(251)では、それ自身叙述関係である e5 がさらに e6 という叙述 関係の要素になっている。 (251) a. [先進国 1 は[男性 2 は平均寿命 3 が短い 4]5]6 b. c. x1:category=先進国 x21:category=男性 v31:平均寿命( ) 38 (247)をそのまま叙述構文として表現できない言語もあるだろうが、それは、その言語の仕組みの問題であって、 私たちの理解の仕組みの限界を示していると解釈するべきではない。 39 英語における叙述関係がどのようになっているかについては、できれば後述する。 p.41 (SR-110604.doc) a41:_( )=短い|v3 e5:Predicate=a41, Subject=x2 e6:Predicate=e5, Subject=x1 d. (252) a. b. a41:平均寿命(x21)=短い 平均寿命は、男性は、先進国が短い 茶色は、今年が流行です。 5.4.3. attribute 名を表わす名詞が Subject の場合 (253) a. b. c. d. 犯人は、たいてい現場に戻ってくる。 発案者は、まず、自分で実行してみるべきである。 母親が強い家庭のほうが安定していると言う人もいる。 犯人は、たいてい意外な人物だ。 (254) a. b. c. 年齢は肌に出ます。 今回は、年齢は関係ありません。 a1:年齢(X[-D] )=_ (255) a. b. c. 犯人は罰せられなければならない。 名前ははっきりと書くべきです。 v1:犯人(E[-D] ) v1:名前(X[-D] ) (256) a. b. c. 犯人を知ってしまうと、つまらなくなる。 今回は、名前は関係ありません。 a1:犯人(E[-D] )=_ a1:名前(X[-D] )=_ 5.5. Movement による叙述関係の形成 5.5.1. 英語における叙述関係 英語においては、5.4節で扱った(247)や(248)のような文が許されないことが知られている。 (247) a. b. ジョンは、メアリが家出した。 僕はウナギだ。 (248) a. b. 象は鼻が長い。 姉はジョギングが日課だ。 上の分析によれば、このような文が生成可能なのは、それ自身の意味内容がないが(Predicate, Subject) という2つの項をとる機能範疇が存在するためであるから、英語には、そのような機能範疇が存在し ないということになる。 従来の研究において英語で仮定されてきたのは、項を1つとる機能範疇であった。そのかわり、機 能範疇はたいてい移動を引き起こす統語素性を持つと想定されてきた。たとえば、βの中に含まれた 要素αが EPP 素性を持っていれば、φの SPEC の位置にαが移動する。 (257) ここで注目されるのは、(257)が結果的に I という機能範疇が2つの項をとった形になっているという ことである。つまり、英語と日本語の大きな違いとして(258)があることになる。 (258) a. 日本語:Merge ででも移動ででも叙述関係が形成できる p.42 (SR-110604.doc) b. 英語:移動でしか叙述関係が形成できない INFL がやはり(Predicate, Subject)という項構造を持っているとすると、VP が Predicate、αが Subject ということになり、これは、これまでの文法研究が描いてきた像と矛盾しない。むしろ、1990 年代以 降の生成文法における英語の分析では、「主語」の IP-spec への移動は義務的であるとしながら、その 移動は純粋に統語的な理由で引き起こされるものであるとされ、linguistic SR にどのような影響がある かは追究されてこなかった。確かに、 英語の場合、IP-spec の位置は、いわゆる仮主語と呼ばれる、linguistic SR に関与しない項目が占めることからもわかるように、(257)の移動そのものは、叙述関係の形成が引 き金となっているわけではない40。しかし、いったん、linguistic SR に関与する項目が(257)のような移 動をすれば、それは linguistic SR にも影響を及ぼすのである。 5.5.2. 叙述関係と分配読み (257)のαが単数の Object である場合には、叙述関係の有無は伝達される情報の実質的な違いをもた らさない。しかし、Subject に相当するものが複数であり、(236)の Partitioning が適用された場合には、 叙述関係の有無は、大きな意味の違いをもたらしうる41。 たとえば、(259)のような文を考えてみよう。このままの構造ならば、SR は(260)のようになる。 (259) [3人 1 の男の子]2 が[2人 3 の女の子]4 をパーティ 5 に誘った 6 (260) a1:人数( )=3人 x2:category=男の子|a1 a3:人数( )=2人 x4:category=女の子|a3 x5:パーティ e6:category=誘った, Goal=x5, Theme=x4, Agent=x2 (260)によると、x4 の女の子たちは2人ということになるが、あらためて(261)を読み直してみると、「そ の女の子たち」は6人いる可能性もある。 (261) [3人の男の子]2 が[2人の女の子]4 をパーティに誘った。 [その女の子たち]4 は、みんな喜んでいた。 この解釈こそ、(259)において叙述関係が形成され、Partitioning が適用した結果生まれるものなのであ る。このように、「男の子がそれぞれ、2人の女の子を誘った」というような読みを、しばしば分配 読み(distributive reading)と呼ぶ。 「3人の男の子が」が Subject となり、Partitioning が適用されたとすると、次のような linguistic SR になるはずである。 (262) a1:人数( )=3人 x2:category=男の子|a1 a31:人数( )=2人 x41:category=女の子|a31 x51:パーティ e61:category=誘った, Goal=x51, Theme=x41, Agent=x21 40 May 1985 で提案されている Quantifier Lowering が正しいとすると、英語において顕在的に(257)の移動が起こる 理由は叙述関係形成とは独立のもののため、LF において(257)の移動をキャンセルして叙述関係を形成しない選択 肢もあるという可能性がある。 May, Robert (1985) Logical Form: Its Structure and Derivation, The MIT Press, Cambridge. 41 これは、従来、QR(Quantifier Raising:数量詞繰り上げ)という操作によって説明されてきた現象である。 p.43 (SR-110604.doc) e7:Predicate=e61, Subject=x2 (262)は、すなわち(263)ということである。 x2:category=男の子, 人数=3人 x41:category=女の子, 人数=2人 x51:パーティ e61:category=誘った, Goal=x51, Theme=x41, Agent=x21 e7:Predicate=e61, Subject=x2 (263) この場合、「2人」というのは、x4 に関わる性質であるには違いないが、x4 というモノ全体の性質で はなく、そのメンバーである x41 の性質である。つまり、これらの Object Information から理解されるの は、(264)のような関係で「誘った」というコトが起こったということである。 (264) 3人の男の子 2人の女の子 さらに、(263)では x4 の女の子たちが全部で6人いるということが明示的に記述されているわけでも ないということに注意してほしい。むしろ、これは Inference の結果、計算されて導かれることである。 無理に図で書くならば、(263)で示されているのは(265)のような状況である。 (265) x20:3人の男の子 x41:2人の女の子 これだけの関係がわかれば、x20 全体としては女の子が6人いるということが明示的に述べられていな くても、(266)のように、いくつかの推論の結果、計算して導くことができるのである。 (266) a. b. c. e61 は、x21 と x41 との間に成り立つ関係である。 x20 は「人数=3人」という性質を持っているので、x20 のメンバーの数は3であろうという ことが推測できる。 すると、x40 のメンバーの数も3であろうと推測される。 p.44 (SR-110604.doc) d. e. x41 は「人数=2人」という性質を持っている。 そうすると、x40 全体の人数としては2人×3=6人ということになる。 つまり、SR としては、x40 についての直接の記述は含んでいないが、x41 についての記述があることに よって、間接的にその全体像が「理解」されていると考えればよい。(261)において「その女の子たち」 の人数が6人であるという理解がされるのは、そのためである。この場合、通常は「その女の子たち」 が「代表となる男の子が誘った2人の女の子」という意味にはならないので、次のような原則がある ことになる。 (267) Numeration では、原則的に、上付き数字が指定されることはない。 ここで、重要なのは、x40 と x41 とでは、注目している側面は異なるものの、同じ x4 というモノにつ いて述べているということである。(261)では、厳密に言うと、「2人の女の子」は「その女の子たち」 の先行詞とは言いにくい。「2人の女の子」は x41 に相当し、「その女の子たち」は x40 に相当してい るからである。しかし、これは、ソ系列指示詞の特性の違反にはなっていない。 (67) モノを指示するソ系列指示詞は、Numeration において、その談話ですでに使われた番号の指 標をになわなければならない。 言い換えれば、直接の「先行詞」がないにも関わらず「その女の子たち」というソ系列指示詞を用い ることができるのは、その表現が担っている指標が、「2人の女の子」という表現によって、すでに この談話の中に持ち込まれているからなのである。 また、(262)では、「パーティ」に相当する部分が x51 になっている。この文脈では、「パーティ」が 複数あるのか1つしかないのかは不明であるが、もし複数ある場合、明らかに、e61 という個別の事象 としては、パーティの全体ではなく、その中のどれか1つに誘った、という解釈が妥当なので、(262) の表示が適切であると言える。では、「パーティ」というものが特定の(つまり、同定された、単一 の)モノの場合でも(262)の表示でいいのだろうか。メンバーが1つしかない集合というものは十分に 想定可能なので、x5 が単一の(もしくは不可分の)モノである場合には、x5 も x51 でも結果的に同じも のを指すと理解してよいと考えている。したがって、そのような場合も、linguistic SR としては(262) のように仮定しておいて、特に不都合はない。つまり、表示上では Partitioning が起こっていても、私 たちがそれを感知できない場合もありうるということである42。 5.5.3. 分配読みを派生する LF では、(262)のような linguistic SR を派生する LF はどのようになっているだろうか。 1つの可能性は、 5.2節と同様に、それ自身の意味内容がなく(Predicate, Subject)という項構造を持つ機能範疇による派 生である。 (268) この場合、1つの問題は、「誘った」の Agent の項となる項目である。4章で述べたように、動詞の項 は音を持つ持たないに関わらず生起する必要がある。ただし、その項目が Subject と同じ Object に関す る表現でなければ、(266)の推論が成り立たなくなる43。しかし、だからといって、Numeration の段階で、 42 同様に、その領域内に「ジョン」というモノがある場合にも、上付き数字が増えることになる。同定の結果、 「単数(もしくは不可分)」のモノだということになれば、上付き数字が増えても解釈には影響が及ばないとす る。Partitioning の操作の定義の中で「同定されているかどうか」に言及しないのは、Partitioning が SR を導き出す 際の操作であるのに対して、同定という操作は、linguistic SR が Working Space に入った後に起こるものだからで ある。 43 (266)のような推論が関係ない場合(すなわち分配読み等が関わらない場合)には、動詞の項と Subject が一致す p.45 (SR-110604.doc) Subject になるものと同じ指標を持ったφを準備しておくのは、先回りし過ぎているようにも思う。(268) では、そのかわりに、このφを無指標で Numeration に入れておくことにした。無指標の項目は、Object Information に対応することができないので、(268)の場合の linguistic SR は次のようになる。 (269) a1:人数( )=3人 x2:category=男の子|a1 a31:人数( )=2人 x41:category=女の子|a31 x51:パーティ e61:category=誘った, Goal=x51, Theme=x41, Agent=_1 e7:Predicate=e61, Subject=x2 もちろん、このままでは(266)の推論が成り立たないが、(270)を仮定すれば、その結果、(262)と同じに なる。 (270) Predicate の中の空欄は、Subject である Object によって埋めて解釈してもよい。 もう1つの可能性は、Merge の段階では(259)であり、その後、LF で移動が起こって叙述関係が形成 されるというものである。 この場合には、Merge の段階で動詞の項構造の中に指標が書き込まれるため、 (270)は関与しない。 (271) 技術的には、(271)の構造を導くにあたって、その動機が「3人の男の子」側にあるのか、φ7 側にある のかということが問題になりうるが、(271)のような移動をする名詞句は、Numeration の段階で P とい う素性を持っているということにしておく。 問題 5.5.3 次のそれぞれの場合の LF 構造を書いて、その SR を書きなさい。 (272) a. [3人 1 の男の子 2,P が2人 3 の女の子 4 に5本 5 のバラ 6 を贈った 7]8 b. [3人 1 の男の子 2 が2人 3 の女の子 4, P に5本 5 のバラ 6 を贈った 7]8 c. [[3人 1 の男の子 2,P が2人 3 の女の子 4, P に5本 5 のバラ 6 を贈った 7]8]9 5.5.4. LF 移動に対する制限 もし、上のような LF 移動が可能ならば、次のような構造も派生されていいはずになる。 る必要は特にない。たとえば、(247a)はその例である。 (247) a. ジョンは、メアリが家出した。 p.46 (SR-110604.doc) (273) a. b. a3:人数( )=2人 x4:category=女の子|a3 a11:人数( )=3人 x21:category=男の子|a11 x51:パーティ e61:category=誘った, Goal=x51, Theme=x41, Agent=x21 e7:Predicate=e61, Subject=x4 c. x4:category=女の子, 人数=2人 x21:category=男の子, 人数=3人 x51:パーティ e61:category=誘った, Goal=x51, Theme=x41, Agent=x21 e7:Predicate=e61, Subject=x2 この場合には、「人数=3人」というのが x21 の特性ということになるので、男の子が全部で6人いる 解釈となる。 問題は、(259)の文で実際にその解釈が可能かということである。 [3人 1 の男の子]2 が[2人 3 の女の子]4 をパーティ 5 に誘った 6 (259) これは実はこれまでの日本語研究においても意見の分かれているところであり、無理にまとめると次 のようになる。 (274) a. b. (259)に対する解釈として、(262)と(273)を比べると、はっきりと(262)のほうが優先的な解釈 である。 (273)が絶対に不可能かというと、それほどでもない。 もし、Merge 後の構造が(259)にあるとおりならば、(262)と(273)が非対称的であることは合理的な説明 がしにくい。1つの可能性は、Merge 後の構造として、日本語では、(259)よりも(268)が「優先的に」 好まれると仮定することである。そうすれば、次の制約で(273)のような SR の派生を防ぐことができ る。 (275) ある叙述関係βの Predicate 内の要素αは、βを含む Predicate の Subject になることはできな い。 (273)が派生するのは、Merge 後の構造として(259)が選ばれたときだけであると考えるのである。 英語においては、従来、(276)の文において、女の子が6人である分配読みも、男の子が6人である 分配読みも、さほど優先性に差がないということが言われてきた。 (276) Three boys invited two girls to a party. この観察が正しいとすれば、英語の場合、顕在的に(257)のような移動が起きているにも関わらず、LF において、その作用をキャンセルすることが比較的簡単におこなえることになる。このことは、注40 で言及した Quantifier Lowering の分析とも関係することであろう。 5.6. まとめ 述語論理学を用いた意味論では、次のような「意味」のとらえ方が標準的であった。 (277) a. ∀(P(x)→Q(x)) p.47 (SR-110604.doc) b. c. Every student came. every(x=student)(x came) (278) a. b. c. ∃(P(x) & Q(x)) Some student came. some(x=student)(x came) このとらえ方では、「複数のモノ」は、いわば常にコトとしてしかとらえられないことになる。しか し、明らかに私たちは「複数のモノ」を認識することができる。 3人の学生がやってきた。そいつらは、騒がしかった。 (279) 量化子というものは、その定義上、指示的ではない概念であるため、量化子を用いたとらえ方をして いる限り、(279)のようにソ系列指示詞を用いることができるということが、深刻な問題となってしま う44。 この問題は、operator という概念を利用して意味を表示しようとするところに端を発している。逆に、 (279)の「3人の学生」がモノを指示していると考えれば、上の問題は生じない。モノ x は、そもそも 単数を基本にしているとは限らず、私たちが「ひとまとまり」と思っているもの何でもありうると考 えるべきなのである。 (280) a. b. c. 3人 1 の学生 2 がやってきた 3。[そいつら 2 は、騒がしかった 4]5。 a1:人数( )=3人 x2:category=学生 | a1 e3:category=やってきた, Agent(x2) a4:_( )=騒がしかった e5:Predicate=a4, Subject(x2) x2:category=学生, 人数=3人, _=騒がしかった e3:category=やってきた, Agent(x2) 従来は、「指示的」ということと「同定可能」ということとが混同されてきたきらいがある。ここで 示してきた SR のシステムでは、モノ x に相当する、ということと、その x が同定されるということと は、まったく独立の概念である。この章では、従来、operator を用いて表わしてきた意味関係に代わる ものとして叙述関係と Partitioning を導入した。 44 同様の現象は英語においても観察されるものであり、これまでも議論の対象になってきた問題である(cf. Evans 1980)。しかし、英語においては、代名詞の先行詞が言語的に表現されなければならないという制約がないため、 この照応関係は、純粋に言語的な関係であるとみなされていないことが多い(cf. Cooper 1979)。 Evans, Gareth (1980) "Pronouns," Linguistic Inquiry 11-2, pp.337-362. Cooper, Robin (1979) "The Interpretation of Pronouns," in F. Heny, H. Schnelle, eds., Syntax and Semantics vol.10, Academic Press, New York, pp.61-92. p.48 (SR-110604.doc)
© Copyright 2024 Paperzz