第22回世界哲学大会 ソウルで開かれた 哲学のオリンピック

文化フォーカス
第22回世界哲学大会
ソウルで開かれた
哲学のオリンピック
第22回世界哲学大会が2008年7月30日から8月5日までの一週間、ソウルで開かれた。
88か国から集まった2098名の哲学者らが479のセッションに分かれて、計1875本にの
ぼる発表論文に対する討論を行う思索の大饗宴がソウル大学校で繰り広げられた。
イ・ミョンヒョン
(李明賢、ソウル大学校哲学科名誉教授、2008世界哲学大会組織委員会議長)
写真 : 韓国哲学会
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08年7月30日から8月5日まで、
舞台が西洋から東洋へと変わっただけ
ソウルで哲学のオリンピック
ではなく、思索の饗宴にふさわしく、
といわれる第22回世界哲学大
その内容も西洋と東洋が融合した
「世界
会が開かれた。世界哲学大会は1900年
哲学」
の名に相応しい内容になった。
にフランスのパリで初めて開催されて
これまでは、「哲学は西洋哲学」と
以来、
5年ごとに開かれる世界哲学界の
いう等式が一般的な常識とされていた
最大のイベントである。過去100年間、
が、そのような状況の中、東アジアの
主にヨーロッパ地域で開催されてきた
ソウルで開催された第22回世界哲学大
が、今回は初めて東洋のソウルで開催
会を通して、東洋思想も世界哲学のカ
たされた。
テゴリーに属していることを広く発信
韓国は2003年にトルコのイスタン
できるようになった。これは世界哲学
ブールで開かれた第21回大会で、西洋
大会の発表領域にもそのまま反映され
哲学の本家とも言えるギリシャと競合
て、東洋の儒学、老荘思想、仏教思想
した末、大会招致に成功した。今回の
が今大会では正式に発表領域に新たに
ソウル大会を契機に、世界哲学大会の
加わる成果につながった。
1~2
2008年7月30日に開かれた第22回世界哲学大会(WCP 2008)の開会式展。韓国組織委員会の
イ・ミョンヒョン(李明賢)議長とデンマークのピーター・ケムプ(Peter Kemp)国際哲学連盟会長が
開会演説を行っている。
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1 世界哲学大会に出席するために訪韓した
チョ・ガギョンニューヨーク州立大学校教
授。現象学分野における最高権威の一人で
ある。
2 アラン・ギバード(Allan Gibbard)ミシガン
大学教授。現存の最高倫理学者として
名高い。
3 ビトリオ・フェスレ(Vittorio Hosle)
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© ニュースバンクイメージ
© ニュースバンクイメージ
米ノートルダム大学教授は批判的理性の
復元を主張した。
4 ティム・スキャンロン(Tim Scanlon)
ハーバード大学教授。人と人の間の関係を
探求する倫理学者兼政治哲学者だ。
5 ピーター・ケムプ(Peter Kemp)
国際哲学連盟(FISP)会長。
これまで西洋の大学の哲学教科課
哲学はすべての理論的学問を指す通称
れまでの人類の哲学的遺産を再検討し、
程には東洋思想に関する科目は除外さ
のような代名詞であった。その後、近
これから人類文明に求められる新しい
れていたのが現状であった。この状況
代化を経て学問が分化されるにつれて、
青写真を考えてみる時間を設けたわけ
を考えると、今回ソウルで開かれた第
それぞれの領域に分けられた学問を研
である。もちろん大会の成果は手にと
22回世界哲学大会は「東西思想の融和」
究するようになり、今日の大学で見ら
って確認できる性質のものではない。
に向けたきっかけ作りになる一方、西
れるように、細かく分化された学問が
我々が今大会の意義を高く評価できる
洋哲学に偏っていた哲学の軸足が東洋・
現れるようになった。このような学問
のは、近づいてくる新文明の暁を見通
西洋を問わず、バランスをとっていく
の分化過程を経て、哲学の内部からも
しながら、人間の思索の枠を新たに修
ターニングポイントになったことで非
様々な変容が行われたが、哲学的探求
正する省察の時間が設けられたところ
常に有意義な
「出来事」
といえる。
は広く、深く、そして批判的アプロー
にある。
チに基づいて人間と世界のあり方を探
東西洋哲学のバランスを調節する
今大会への主要参加国と人員はア
索する学問的活動を続けている。
主要テーマと哲学者の面々
現在、人類文明は大きな転換期を
第22回ソウル哲学大会の主要講演
メリカの174名を始め、ロシアの166名、
迎えている。これまで人間は自然と様
は
「道徳哲学、社会哲学、そして政治哲
日本の134名、そして中国の126名、イ
々な形で関係を結びながら、暮らしの
学を考える」、「形而上学と美学を考え
ンドの64名、ドイツの53名など、特に
枠組みを絶えず変えてきた。農耕文明
直す」、「認識論、科学哲学、そして技
東洋の哲学者らが奮って参加した。
と産業文明を経ながら、人間と自然と
術哲学を考え直す」、「哲学史と比較哲
「哲学」
という言葉の語源だが、
「知
の関わり方は多様化してきており、そ
学を考え直す」など、4つのテーマに分
恵に対する愛」
という意味の古代ギリシ
れによって哲学も多様化してきた。今
かれて進められた。
ャ語の
「Philosophia」
から由来した。こ
回の世界哲学大会のテーマは
「今日の哲
さらに、
「葛藤と寛容」
「世界化とコ
の言葉が誕生した当時は、現在のよう
学を考え直す」
だった。現在、人類が直
スモポリタニズム」、「生命倫理、環境
に学問が分化される前であったため、
面している文明の大転換期を前に、こ
倫理、そして未来世代」
、
「伝統、近代、
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©連合ニュース
© 連合ニュース
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そして脱近代」、「韓国哲学」など、5つ
参加した。世界100以上の国々から2600
理性批判』は第2次世界大戦以降、ドイ
の分科に分かれて各分科を代表する学
余人の学者が参加した中、1700本以上
ツ語で書かれた哲学書籍の中で一番多
者のシンポジウムとともに、招待講演、
の論文が発表され、討論の場が繰り広
く売れた本でもある。そのほか、フラ
ラウンドテーブル・ミーティングなど、
げられた。
ンスのジャック・シラク(Jacques Rene
特に
「哲学史と比較哲学を考え直す
Chirac)政府で教育相を勤めた現代フラ
-伝統、批判、そして対話」
をテーマに講
ンスにおける代表的な政治哲学者であ
出席した哲学者の顔ぶれも世界
演したアラン・バディウ
(Alain Badiou)
は
るリュック・フェリー
(Luc Ferry)
と韓国
的であった。ドイツの哲学界を代表す
現代フランスの哲学界でもっとも影響
の哲学者として世界的に評価されてい
る若手哲学者、ヴィットリオ・ヘスレ
力のある哲学者である。スラボイ・ジジ
るキム・ジェグォン米ブラウン大学校の
(Vittorio Hosle)
米ノートルダム大学教
ェク
(Slavoj Zizek)
は彼をジャック・デリ
碩座教授も参加し、哲学的議論をさら
授、英米文学界の巨頭であるイギリス
ダ
(Jacques Derrida)
とジル・ドゥルーズ
に深めた。
のティモシー・ウィリアムソン
(Timothy
(Gilles Deleuze)
以来の、最も偉大な哲
Williamson)、現代フェミニズム理論
学者と評価したこともある。彼は数学
の発展に大きく貢献した最高のフェミ
の博士学位も持っていて、ドラマなど
過去2500年余りに及ぶ人類の思想
ニズム理論家、ジュディス・バトラー
の芸術や数学、政治、宗教など、ほぼ
世界の中で、特に西洋哲学は「絶対」を
(Judith Butler)
バークレー大学教授、形
すべての問題を網羅する膨大な体系の
目指す執拗な姿勢を貫いてきた。とこ
而上学分野で世界的に認められている
思惟で哲学界から尊敬されている。
「21
ろが、最近になって「絶対」を固守する
キム・ジェグォン(金在權)米ブラウン
世紀におけるニーチェ」
と呼ばれるペー
には人間は無能または不可能であると
大学碩座教授、アフリカの芸術と文化
ター・スローターダイク
(Peter Sloterdijk)
認識するようになり、絶望したり虚無
を世界に発信したタネラ・ボニ
(Tanella
は既存の哲学的アイドルを破壊してい
に陥る傾向が現れている。このように
Boni)
コートジボアール共和国ココディ
く大胆な思惟展開で注目される哲学者
「絶対」と「虚無」という両極の精神的揺
ア大学校教授など、世界の碩学が大勢
である。1983年に出版された『冷笑的
多様な場を通じて、最近の学会の動向
を紹介する機会となった。
和解と疎通に向けた大きな一歩
れが人類の思想界を支配しているのだ。
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1 第22回世界哲学大会の出席者たちが
数カ国の出版社の出展した図書展示会を
観覧している。
2 ティモシー・スキャンロン教授が2008年
8月4日に開かれたソウル市長主催の
レセプションで語っている。
3 2008年8月5日の閉会式をもって、
第22回世界哲学大会は終わった。
1
宇宙の中で人間は一体どんな存在であ
世界哲学大会が人類が直面してい
るのか。その位置づけを改めて点検し、
る今日の諸問題を認識させ、新しい考
その地位にふさわしい人間の暮らしの
え方と行動の枠を探索するための省察
枠組みを見出すこと、世界哲学大会は
の種を蒔いた契機になったならば、こ
人類の今日と明日を憂える人々に投げ
れこそソウル世界哲学大会における最
かけられた哲学的課題を解決するため
高の収穫であるだろう。傲慢と貪欲か
の場であるのだ。
ら自由になれる精神がなければ、持続
今、人類はこれからも地球という
可能な新文明が誕生できないばかりか、
惑星で生存し続けるかという文明史的
新しい哲学の種も育たない。今日を生
挑戦に直面している。一言で言えば、
きていく、思索して哲学する人々は平
現在人類は自然との統合的コミュニケ
和にコミュニケーションする新文明の
ーションに失敗しているだけではなく、
誕生のために何ができるのかを深く考
相違の文化圏を隔てる高い障壁のため、
えなければならない。
他人とのコミュニケーションに失敗し
新しい文明は新しい哲学を求めて
てしまい、地球レベルの文明そのもの
いる。ソウルで開かれた第22回世界哲
の存続が脅かされる危機を迎えている。
学大会は、この文明的チャレンジに対
今我々が取り組むべきことは、自
する我々の答えを模索できた貴重な時
然との和解、そして文化の壁の中に閉
間であった。今日を生きて行く,思索し
じ込められた他者を和解の道に導ける
て哲学する人々は平和にお互いに疏通
統合的思考とオープン・マインドを持
する新しい文明の出産を助けるために
つ方法を模索することであると信じて
何をしなければならないはずなのかを
いる。
悩まなければならないでしょう。
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ソウルで開かれた第22回世界哲学大会は
「東西思想の融和」
への契機となる一方、
西洋哲学に偏っていた哲学の軸足が
東洋・西洋を問わず、バランスをとって
いくターニングポイントになった点で、
非常に有意義な
「出来事」
だったと
いえる。
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