スイスの都市間鉄道サービス改善に向けた取り組み :RAIL2000 プロジェクトとその後の SBB の研究開発 加藤 浩徳(東京大学大学院工学系研究科助教授,元スイス連邦工科大学客員研究員) 1. はじめに 以前より,欧州では鉄道を重視した長距離幹線交通 となった.2004 年 12 月に第1フェーズが完了したところ である. ネットワーク政策が実施されてきた.こうした動きとも相ま って,近年,スイスでは都市間鉄道のサービス改善のた めの大規模プロジェクトが実施されてきている.ここでは, (2)第1フェーズの概略 2004 年 12 月に,パターンダイヤをベースとした全国 RAIL2000 と呼ばれている都市間鉄道プロジェクトとその 幹線鉄道ダイヤシステムが導入された.ここでは,いわ 後のスイス鉄道株式会社(SBB)のインフラ投資に関す ゆるハブ駅と呼ばれる主要駅が設定され,ハブ駅での る取り組みを紹介することとしたい. 相互乗換可能なダイヤが構築されている.これは,スイ ス国内の主要都市が,相互に約1時間の距離にあると 2. RAIL2000 プロジェクト いう事実に基づいている.ハブ駅間の鉄道所要時間は, (1)プロジェクトの背景 1時間未満に短縮され,かつハブ駅において,全ての 中央ヨーロッパの南西に位置するスイスは,欧州内で も,公共交通サービスが充実している国の1つである. 方向の乗換が可能となるよう乗換時間が設けられてい る. スイス連邦鉄道株式会社(SBB)は,約 3000km の鉄道 このダイヤを実現するために,走行時間短縮のため ネットワークを持ち,旅客数が 2.53 億人/年,年間旅客 の新規インフラ建設を行う一方で,車両の高速化も進め 収入が 33.22 億スイスフラン(いずれも 2004 年現在)と られた.投資の総額は40億ユーロにも達している. いう,スイスの公共交通システムの中心的な存在である. RAIL2000 プロジェクトの具体的目標は,自家用車に対 ところが,スイスにおいても,1970 年代初頭には,他国と 向できる利便性を持った都市間鉄道サービスの実現で 同様に,道路需要の急増による交通渋滞が深刻な問題 ある.そのために,高頻度かつ高接続性が追求された. となっていた.これに対し,SBB は,20 年間にわたり, まず,スイス中央部の東西幹線軸(ベルン-チューリッヒ 300 億スイスフランの投資を通じて,鉄道サービスを改 間)では,30 分間隔のサービスが実現された.ハブ駅へ 善することを計画した.この一部にあたる,都市間幹線 の進入・進出では,運転時隔2分が実現されている.ベ 鉄道サービスの改善を目的とした構想が,RAIL2000 プ ルン・オルテン間の新規路線では,時速 160km/h の高 ロジェクトである.このプロジェクトは,2つのフェーズか 速運行が,やはり運転間隔 2 分で行われている.次に, らなり,1987 年 12 月に行われた国民投票によって,第1 乗り継ぎ利便性を向上するために,30 分の倍数を基準 フェーズが承認され,54 億スイスフランが投じられること とする,ハブ駅間でパターンダイヤが採用された(図-1). Node 00/30 Schaffhausen Basel Node 15/45 Romanshorn Olten Zürich Biel Luzern Bern Lausanne Genève St.Gallen Arth-Goldau Chur Interlaken Ost Visp Lugano 図-1 対称形のパターンダイヤの例 出典:SBB 提供の資料による 図-2 毎時同パターンで乗継可能ハブ駅の配置 出典:SBB 提供の資料による 具体的には,列車が毎時 0 分と 30 分,あるいは毎時 15 る.スイス連邦工科大学(ETH)オペレーションズリサー 分と 45 分の少し前にハブ駅へ到着するようダイヤが設 チ研究所の協力を得ながら,高速自動線路スロット生成 定され,相互の乗り継ぎを可能とした(図-2).また,新 システムを,ペトリネット理論を援用したシミュレーション 型車両が導入され,曲線区間の多い路線については, モデルによって構築しているところである. 振り子式車両も投入された.RAIL2000 プロジェクトによ (3) 高速自動ダイヤ生成システムの開発 って,列車本数が 12%増強され,列車キロは 14%増加さ 計算機によるダイヤ生成は時間のかかるプロセスで れた.また,鉄道ネットワーク内の 90%の列車に対して, あり,また,最適な運行ダイヤに対してかなり無駄のある 新たなダイヤが適用された. ダイヤしか出力できないという限界がある.これに対し, SBB は,鉄道運行に関する厳密な記述と高速探索を可 3. 上下分離政策下における柔軟な線路容量コントロ ールに向けて 欧州の上下分離政策の導入によって,鉄道インフラ 能とする探索アルゴリズムの開発を進めている.基礎調 査分析の結果,特定の貨物列車を対象とした運行ダイ ヤの自動生成によって,所要時間を8%短縮することに 保有会社は,顧客である複数の鉄道運行会社のニーズ 成功している. に応えなければならなくなっている.SBB のインフラ部門 (4) 戦略的なインフラ計画プロセス でも,こうした顧客のニーズに柔軟に対応するための方 鉄道インフラ保有会社は,将来の需要の変動および 策を検討しつつある.必要な線路容量をできるだけ早く インフラ投資に対する諸リスクを考慮しながら,最適なイ かつ正確に割り出すために,より統合的なシステム構築 ンフラ供給計画を立てることが求められている.ところが, に向けた研究開発を行っているところである.具体的に 現時点では,サービス設計,インフラストラクチャーの設 は,大きく次の4つの観点から検討が進められている. 計,ダイヤの作成,車両運行の4つが完全に独立して (1) 運転手への情報提供による運行の定時制確保 意思決定されてしまっている.そこで,これに対して,線 現在の鉄道運行システムでは,各列車の運転士は, 路需要に関する厳密な記述と,特定のシナリオに対応 一定のダイヤには沿っているものの,ある程度各自の判 したダイヤを高速に生成できるツールの活用によって, 断で自由に運転をしている.そのため,列車の通過時 総合的に計画するための手法開発を目指している.現 刻を全ての走行地点においてチェックすると,ダイヤに 時点ではまだ開発途上であるが,将来的には,インフラ 定められる標準的な通過時刻から,実際の通過時刻が への投資ニーズを現在の2/3に削減していく目標を掲 前後にかなりぶれていることがわかった.そこで,通過 げている. 時刻の分散を最小化するため,JR の事例等を参考にし ながら,運転手に対して関連するデータを提供するフィ ージビリティスタディを行った.実際の車両を用いたテス 4. おわりに SBB による都市間鉄道サービスの改善施策の特徴は, トが行われ,45 分間のテスト走行時間において,全ての 駅での乗り継ぎ利便性向上を強く念頭に置いた,ダイヤ 地点で±3.5 秒以内の分散に抑えるという目標に対して, 編成改良を中心とした投資計画となっている点である. 平均 2.3 秒の精度をもって運行可能であることが示され SBB 提供のデータによれば,RAIL2000 プロジェクトによ た.現在は,どうやって正確な情報を収集し,かつ運転 るダイヤ改正後 6 ヶ月間で,ネットワーク全体の平均で 手に提供するかが検討されているところである. 8%の旅客数の増加があり,特に改良した路線について (2) 主要平面交差地点における運行コントロール は,約 20%もの増加があったと報告されている. 現在は,主要な平面交差地点における列車の通過 乗り継ぎ利便性向上による効果が特に大きいのは, 時刻が十分にコントロールされていない.そのため,運 スイスの都市間鉄道サービスの運行頻度が,我が国と 行上最もボトルネックとなりうる重要な箇所で,非効率な 比べて低いことも背景にあるが,これは別に我が国の鉄 運行パターンが生じている.SBB は,これをコントロール 道サービスでも当てはまる駅が無いわけではない.また, するために,厳密な運行ルールの構築に取り組んでい 鉄道内だけでなく,鉄道とその他の交通機関の乗り継ぎ も含めて,総合的な交通ネットワークとしての乗り継ぎ利 便性を向上させることの潜在的な効果の大きさをも物語 っているように思われる.この点でも,スイスの取り組み 事例は,我が国の交通戦略検討にとっても学ぶべきとこ ろがあるように思う. 謝辞:本稿は,2006 年 3 月に行った SBB でのインタビュ ーと,2006 年 2 月のスイス連邦工科大学(ETH)オペレー ションズリサーチ研究所のゼミでの議論をもとに作成し たものである.情報提供にご協力頂いた SBB の Stalder 氏,ETH の Luthi 教授,Huerlimann 博士に深く感謝する. また,鉄道総合技術研究所信号通信技術研究部の平 尾祐司氏ならびに東京大学大学院工学系研究科電気 工学専攻の古関隆章助教授には,本稿に貴重なコメン トをいただいた.ここに感謝の意を記したい. 参考文献 1) Stadler, O. and Laube, F.: Reorganisation of processes to gain competitive advantages: The case of RAIL2000 and beyond, mimeo. 2) SBB: Rail 2000-A public transport network for the third millennium, http://www.sbb.ch/rail2000. 3) 平尾祐司:スイスにおける ERTMS/ETCS レベル2の導入, 鉄道と電気技術,Vol.16,pp.26-32,2005. 4) 波床正敏,中川 大:わが国の幹線鉄道網政策の課題と展 望 -日本版 Rail2000 の可能性-,土木計画学研究・講演 集 Vol.32 CD-ROM,2005.
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