フリーソフトを活用した火災数値シミュレーション

JARI Research Journal
20150501
【研究速報】
フリーソフトを活用した火災数値シミュレーション
Numerical Simulation of Fire Dynamics Using Free Software
山田 英助
*1
Eisuke Yamada
Abstract
In the field of scientific simulation, the use of free software, which usually opens its source
code, has been attracting attention recently. Free software is an effective way to reduce
software-licensing costs. The Fire Dynamics Simulator (FDS), which is a large-eddy
simulation (LES) code for low-speed flows including fires, is a successful open source project
for scientific simulation. To perform fire experiments safely, it is important to predict the fire
dynamics before the experiments. In this study, a bonfire test of high-pressure
hydrogen-storage tanks is calculated with FDS. It was found that the temperature of the
thermal-pressure relief valve at the edges of the tank rose when a wall and an entrance were
placed properly around the tank.
1. はじめに
誰でも無償で利用できるフリーソフトウェアは,
専門性の高い科学技術計算の分野でも多用されて
いる.それらの多くは,ソフトウェアの設計図で
あるコードが公開されたオープンソースソフトウ
ェア(OSS)でもあり,能力があれば誰でも改変が
可能である.最も有名なOSSであるLinuxは,改
変および派生しながら世界中に普及しているオペ
レーティングシステム(OS)であり,科学技術計算
に利用されることの多いスーパーコンピューター
(スパコン)の基盤システムとしても運用されてい
る.計算速度の世界上位500位までの9割以上のス
パコンのOSとしてLinuxは利用されている1).
数値流体力学(CFD)の分野で有名なOSSとして
有限体積法をベースとしたOpenFOAMがある2).
燃焼反応を含む複雑な三次元の流体解析など汎用
性の高い利用が可能である.コードはオブジェク
ト指向型言語のC++で構築されており,内容の理
解および改変が容易になっている.
有限要素法をベースとした流体,構造,電磁気,
熱伝導,音響などの物理現象を解析するOSSとし
*1
一般財団法人自動車研究所
FC・EV研究部
博士(工学)
てElmerが有名である3).ソルバー部分はFortran
で 主 に 開 発 さ れ て い る が , Graphical User
Interface(GUI)も同時に開発されており,ユーザ
ーの利便性も考慮されている.
OpenFOAMやElmerなどで解析した結果は,適
切に可視化することで理解が深まる.この重要な
可視化の処理を実行できるOSSとしてParaView
が有名である4).並列処理により巨大な3次元デー
タの可視化が可能で,大規模並列計算の結果処理
に貢献している.
他にも様々な科学技術計算用の優れたフリーソ
フトウェア,OSSが研究開発され,CAE(コンピ
ュータ支援工学)で利用されている.現在は,OS
を含めた科学技術計算に必要なソフトウェアをす
べて無償で準備することも十分可能であり,CAE
に関する費用を大幅に抑制することができる.コ
ードが公開されているため,解析手法などの学術
的な議論にも明確な判断がOSSでは可能で,商用
ソフトウェアとは違った利用価値が提供される.
流体現象を非圧縮性とみなせる速度域(音速の
約0.3倍以下)における火災現象を有限差分法(放
射モデルは有限体積法)ベースで解析するOSSと
してFire Dynamics Simulator(FDS)が開発され
ている5).直行格子のみしか扱えないので,複雑
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な形状を模擬することは出来ないが,火災による
物体の消失や煙の挙動などが容易に模擬できる.
また,専用の可視化ソフトウェアSmokeviewが,
FDS の 利 便 性 を 高 め て い る . OpenFOAM や
Elmerのように汎用性は決して高くないが,火災
現象の解析には有効なソフトウェアである.本研
究では、FDS(Ver. 6.1.2)を利用して火災現象を模
擬し,安全な試験手法の判断にFDSが活用できる
かを調査した.
2. FDS による火災解析
2. 1 開放状態における水素タンクの火災
高圧水素タンクの火災試験を模擬した数値シミ
ュレーションの構成状態をFig. 1に示す.最下部
の中心を原点として定義している.FDSは直行格
子しか扱えないため,本来は円柱形状の水素タン
クを角柱としてモデル化している.その水素タン
クは下部からヘプタンのプール火炎により熱せら
れる.タンクの両端2点を熱作動式の安全弁
(TPRD)を想定した位置として,温度がどのよう
に変化するかを調査した.
計算領域をxとy方向に108,z方向に90で等分割
し,直方体の格子を約100万個生成して火災の解
析を行った.
水素タンクおよび地面の物性をTable 1に示す.
どちらも厚さは3cmで,水素タンクは一般的な炭
素鋼,地面は石膏とした.ヘプタンの容器は厚さ
1cmで水素タンクと同じ物性値を採用した.
Table 1 Properties of each material
Density
Conductivity
Specific heat
kg/m3
W/(m K)
kJ/(kg K)
Tank
7850
45.8
0.46
Ground
1440
0.48
0.84
境界条件は壁面境界の地面を除いてすべて流出
境界である.ヘプタンの反応熱は364.9kJ/kgとし,
総括反応モデルで解析した.初期条件として領域
全体を温度5°Cの大気条件とした.計算開始とと
もにヘプタンの燃焼が開始し,火炎が成長する.
火炎の成長過程を経て,初期条件の影響がほぼ
無くなり火炎が十分に成長した10秒後の中心断
面の温度分布をFig. 2に示す.計算領域の中央部
に火炎の生成による高温領域が確認できる.タン
ク両端の温度変化を示すFig. 3では,火炎の成長
にともなう温度上昇はほとんどない.
[K]
1000
500
0
Fig. 2 Temperature distribution at 10 s
1650
Measurement points
Tw(‐1.05, 0, 0.4)
Te(+1.05, 0, 0.4)
1450
Heptane Pool
Hydrogen Tank
0.5
y
650
2.0
0.1
z
850
0.1
0.5
3.0
Te
1050
0.4
0.4
2.4
Tw
1250
450
0.5
3.0
250
x
0
Fig. 1 Configuration of Bonfire Simulation (Unit: m)
2
4
6
8
10
Fig. 3 Temperature change at TPRD
- 2 -
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(2015.5)
2. 2 タンク周囲の壁の影響
試験中の安全性の確保とTPRDの作動を促進す
るために,Fig.4に示すように水素タンクを壁で囲
った状態の計算を行った.壁の物性はタンクと同
じ一般的な炭素鋼の物性値を採用した.
Wall
0.05
0.55
1.8
1.829
Hydrogen Tank
Heptane Pool
10秒後の温度分布をFig. 5に示す.壁等の物体
は輪郭だけを表示している.左側に設置した入口
から大気が流入した影響で,高温領域が全体的に
右側に移動していることが確認できる.入口部の
拡大した分布をFig. 6に示す.入口から大気が流
入し,右側へ流れている様子が確認できる.
TPRDの位置における温度変化をFig. 7に示す.
計算開始1秒後に約600Kまで上昇しており,Fig.
3と比較して,火炎の成長過程に壁の影響が現れ
たと考えられる.3秒後には入口から離れた位置
の温度(Te)が急上昇し,1000Kを超えて振動して
いる.入口からの大気流入により,壁が無い場合
に中央部に存在していた火炎が移動して作用した
と考えられる.約800Kの範囲で振動しているのは,
乱流の影響と考えられる.一方,入口に近い位置
の温度(Tw)は,低い状態で推移しており,そこで
はFig. 3と同様に火炎が存在しないことを示す.
Fig. 4 Configuration of Wall (Unit: m)
1650
[K]
Tw
Te
Temperature [K]
1450
1000
500
1250
1050
850
650
450
250
0
0
2
4
6
8
10
Time [s]
Fig. 5 Temperature distribution at 10 s
Fig. 7 Temperature change at TPRD
[K]
1000
500
0
Fig. 6 Velocity vector and temperature distribution near the
entrance at 10 s
2. 3 壁の開口部の影響
壁に設置した入口からの大気の流入が火炎生成
位置に大きく影響を及ぼしていることが前節で確
認できた.温度上昇が低かったTwでも,温度が上
昇するように入口を中央に設置し,その影響を調
査した.入口開口部の大きさはFig. 4に示したも
のと同一である.
10秒後の温度分布をFig. 8に示す.中央部の入
口の影響により,入口の左右に分かれて温度上昇
部が現れている.火炎は中央部の奥方向に移動し
ていることが確認できる.入口部の拡大した分布
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をFig. 9に示す.中央の入口から大気が流入し,
左右両側へ流れている様子が確認できる.それに
伴い,タンク両端での温度上昇が確認できる.
[K]
1000
TPRDの位置における温度変化をFig. 10に示す.
計算開始1秒後に約600Kまで上昇しているのは,
前節と同様に壁の影響と考えられる.約3秒後に
は両方の位置で1000Kを超えており,入口を中央
部に設置した効果が現れている.約5秒後には,
約550Kを中心に温度は振動している.中央部に設
置した入口からの大気流入により,全体的に火炎
が奥方向に移動したため前節より低い温度になっ
ている.
500
3. まとめ
タンクの火災シミュレーションをフリーソフト
のFDSで実施した.壁と開放の入口をタンク周囲
に設置することで,流れの状態が大きく変化する
ことが確認できた.入口開口部からの大気流入に
より火炎はその流れに沿って奥の方向に移動し,
その周辺に高温領域が形成される.熱作動式の安
全弁(TPRD)の作動を促進させるためには,入口
から離れた場所にTPRDを設置することが効果的
であると考えられる.
直行格子しか扱えないFDSでは,円形などの構
造を精度よく模擬することは困難であるが,火炎
と流れの状態の概要を把握するには十分な能力を
示している.実際の火災試験の実施前,FDSで安
全性の検証などに参考となる解析結果を得ること
が可能である.
0
Fig. 8 Temperature distribution at 10 s
[K]
1000
500
0
Fig. 9 Velocity vector and temperature distribution near the
entrance at 10 s
1) Top500:http://www.top500.org/ (2015.4.1)
1650
Temperature [K]
2) OpenFOAM:http://www.openfoam.com/(2015.4.1)
Tw
Te
1450
参考文献
3) CSC:https://www.csc.fi/web/elmer(2015.4.1)
1250
4) ParaView:http://www.paraview.org/(2015.4.1)
1050
5) fds-smv:http://code.google.com/p/fds-smv/(2015.4.1)
850
650
450
250
0
2
4
6
8
10
Time [s]
Fig. 10 Temperature change at TPRD
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(2015.5)