2011年度 総括研究報告書 (全ページ)

厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)
総括研究報告書(1/3 年)
住民からの不当暴力やクレーム等に対峙する
保健従事者の
日常活動を保証する組織的安全管理体制の構築に関する研究
研究代表者 中板育美 国立保健医療科学院 主任研究官(保健師)
分担研究者
平野かよ子 東北大学大学院教授(保健師)
佐野信也
防衛医科大学校 進学課程准教授(医師)
鳩野洋子
九州大学大学院教授(保健師)
米澤洋美
福井大学医学部看護学科地域看護学講師(保健師)
野村武司
獨協大学法科大学院教授(弁護士)
研究協力者
松浦 美紀 新宿区役所 (保健師)
池戸 啓子 新宿区役所 (保健師)
山内 裕子 宮崎県都城保健所 (保健師)
奥山 智絵 元東大和市役所 (保健師)
A.問題の所在
医療施設内での患者および家族からの暴力への対応は、国内外において医療安
全の角度からの検討がなされ
策の提言
3~7)
1~4)
ているが、地域保健従事者の対する安全確保方
としてはなお少ないのが現状である。これまでには東京都・特別区
の保健師を対象とし地区活動で遭遇する危機的な状況に関する調査 5 ) と全国保健
師長会九州ブロックが行った保健所の精神保健福祉担当保健師のストレスに関す
る調査研究 2 ) があるが,地域保健従事者の危機的な状況の実態把握を始め,回避の
あり方についてはあまり検討されていないなど,安全確保体制・方策等にかかわ
る具体的な提案は少ない。
先行の厚生労働科学研究(H20-22,主任研究者,平野かよ子)から,新たに浮上した
課題を整理した。
1)身体的暴力もさることながら,理不尽なクレームや暴言等の心理的暴力に属
する行為に苦慮している
2)地域保健福祉従事者は,住民による暴力を病状/障がいから生じる行為と考え
たり,従事者側の不適切な対応に由来するものと自責的に考える傾向がいま
なお存在し,報告をしない(泣き寝入り)可能性がある
3)これらの背景には,保健医療専門職の職業アイデンティティに由来する使命
感や,労働環境の安全性保持の向上を追求する意識や加害者対応に関する法
律知識の乏しさがある
これらの課題の放置は,住民からの過剰な威嚇や不当クレーム,モラルを欠い
た問題行動(ネットを使うなど)などの暴言や暴力への対処の負の循環を招き,
1
職員に業務の妨害,精神的負担,明らかな心身のマイナスの影響(ストレス反応)
を与え,日常活動の質の担保を著しく阻害することになりかねない。
B.研究目的
地域保健福祉従事者の職務に関連する「暴力」に対する理解を地域保健福祉活
動現場において共有し,個々の地域保健福祉従事者のインシデントレポート報告
の意義を確認するとともに,実態をタイムリーに報告する仕組みを構築するため
に,地域保健版インシデントレポートの開発をおこなう。
C.研究内容
①文献レビュー
②日本公衆衛生学会の自由集会の場を利用したグループ討論
③地域保健福祉現場において地域保健福祉スタッフが経験した「暴力」の事例
分析
④地域保健版インシデントレポートの開発
⑤地域保健 Web 版インシデントレポートの試行
D.研究対象
②日本公衆衛生学会の自由集会の場を利用したグループ討論
平成 23 年 10 月 20 日の日本公衆衛生学会の自由集会「ひとりで耐えていませ
んか。住民からの暴力」の参加者
③地域保健福祉現場で働く地域保健従事者が経験した「暴力」の事例分析
自治体で発生した保健師等が受けた暴力等被害の事例について,研究主旨に
賛同し,事例提供に合意を得られた自治体の保健師
⑤地域保健 Web 版インシデントレポートの試行
住民からの不当なクレーム,暴言・暴力を受けた経験のある全国の地域保健
福祉従事者または当事者の所属する機関の管理者。
なお,24 年度は,インシデントレポート入力ならびにコ ン サ ル テ ー シ ョ ン
事業について、協力を得られたモデル自治体(都道府県または政令指定都市 /中
核市)(25 年度以降は,知見を反映させた改訂版で全国に拡大していく予定)
E.倫理的配慮
本研究は、国立保健医療機関
倫理審査委員会の承認を得ている。
(IPH-IBRA#12009)
F.期待される効果
1)住民からの不当クレーム,暴言,暴力に関するレポート提出が進むことで,
暴力への理解を深め,自らの未熟さに責任を感じて精神的苦痛を強いられる
ことから脱することができる。
2)負の循環から脱出することで,活動を正当化する法的根拠についての認識
2
が高まり,個人的対応スキル並びに組織的体制(「住民の排除」にならない
仕組みづくり)が整う。
3)委縮しない活動や業務遂行の効率向上に寄与する(ことが期待される)。
G.結果及び考察
1)事例分析
地域保健福祉スタッフが住民から受けた暴力の実際および,日常的に展開され
ている入院措置業務に伴う潜在的危機の実態を示す事例について,組織的対応
のありよう,被害者となったスタッフ個人の心理的サポートのあり方などに関
する示唆を得ることを目的に,事例分析を行った。対象は A 市保健所保健師,B
県保健所保健師 2 名で,3 人から事例報告をうけ,研究班メンバー(保健、医療、
法律の各分野)でのディスカッションを通して事例を分析した。
事例1)精神障がい者に対する「家庭訪問場面」において保健師が甚大な暴力被
害を受けた事例
事例2)警察からの連絡/通報により対応した精神疾患患者の救急対応事例
分析事例のように,保健師の家庭訪問という所外での活動の最中に甚大な暴
力被害にあうことがある。もちろん頻繁な出来事ではないにしても,受ける被
害は重度になりやすく,受けた職員は,深甚なるダメージをうけることになる。
職場における労働者の安全と健康の確保(労働安全衛生法第 3 条)の観点から
も,またこのような体験により,日常の保健師活動が委縮した活動になってし
まうことを防ぐためにも,職場全体での暴力被害に関する情報の共有や再発の
防止に向けた安全確保体制について検討し,良質な組織的職員の安全・安心を
護る体制を整える必要がある。
2)自由集会の場を利用したグループ討論
日本公衆衛生学会の自由集会(平成 23 年 10 月 20 日)の「ひとりで耐えてい
ませんか。住民からの暴力」に参加者は 33 名であった。対象者 33 名に対し、
①先行研究での暴力に関する実態調査結果説明
②精神科医からの暴力のメカ
ニズムと必要な対応についてのレクチャーを行ったあと,5つのグループに分
かれて,①住民からの暴力体験の実態について
織の対応
②それに対する個人の対,組
③今後の課題について,グループ討論を実施した。
その結果,受けている暴力には、先行研究同様に言葉による暴力が多かったが,
匿名性や間接的という情報発信のしやすさから,組織の悪名を不特定多数に発
信するといった IT 時代が生んだ新たなクレームの形もみられた。また,市町村
が,対人保健サービスの多くの実施主体となっている現在,市町村保健師が受
ける住民から受ける暴力の実態についても,グループ討論で話題となっていた。
中には,暴力被害後の職員への心のケアについて,市が保健所に相談している
事例もあったことから,都道府県のみならず,市町村への暴力に対する認識を
啓発する取り組みは早急に取り組むことが重要である。
課題としては,改めて暴力に対する認識の薄さとともに、保健従事者だけでは判断でき
ないなど組織的理解を促す必要性が示唆された。保健従事者の暴力に対する認識を,
3
組織全体で共有できる普及啓発を次年度以降,積極的に行う必要がある。
3)地域保健 Web 版インシデントレポートの試行
インシデントレポート地域保健版の内容について,種々のレポートや文献を
参照したうえで被害の多い分野/領域,被害にあった場所,時間帯,対応,重症
度,被害,通報の有無,組織対応の有無とその内容,その後の仕事への 影響な
どを項目とした。
4)インシデントレポートならびにコンサルテーション事業の Web 活用
インシデントレポート・コンサルテーションの Web 化に伴う工夫点・配慮
・WEB ページは,会員制とし,氏名記入欄は設けず,地域・個人が特定される
ことはないプログラムとした。
・レポート入力は,住民からの不当クレーム、暴言、暴力を体験した当事者自
身であることが望ましいことと,入力環境に配慮した環境整備を組織に依頼し
た。また,当事者が心身的にも入力困難な場合には,無理をさせず/せず,当事
者直属の管理的立場の方に入力を依頼した。
Key Words:不当クレーム,暴力,地域保健福祉従事者,組織体制,インシデ
ントレポート
4
厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)
分担研究報告
地域保健・医療・福祉従事者が体験する職場暴力
―看過ごされてきた領域―
分担研究者
佐野
信也
防衛医科大学校
准教授
研究要旨
職場暴力(Workplace violence; WPV)に関する日英語文献を総説した。日本では,
労働者が職場で体験する暴言暴力被害に関する全国的調査は行われておらず, 地
域保健・医療・福祉の分野で働く人々の WPV についての調査も実施されていない。
米国公報や ILO のガイドラインを参照すると,地域保健・医療・福祉の職種では,
非致命的な WPV が他の職種よりも高頻度に生じており,とくに介護職種の WPV
の頻度が高いことが示されている。調査対象や調査範囲は限定的であるが,わが
国にも同様の傾向の存在を示唆する調査報告が存在する。地域保健・医療・福祉
という職域の勤務環境は,病院等の固定した施設における勤務形態と異なり,家
庭訪問等を通じて援助対象者の生活場面に入らなければならないこと,援助対象
者本人が必ずしも自発的に治療や支援を求めてくるとは限らないこと,また現場
でスタッフをバックアップしてくれる同僚や警備員がいないことが多いことなど
の特性を有し,それらが WPV を招きやすくしている可能性がある。それにもかか
わらず,とくに地域保健,在宅介護・看護分野の WPV に関する実態把握が不十分
である要因を検討した。すなわち,「患者中心医療」という概念のもとに,医療施
設では制度化され一定の保険収入の対象にもなっている医療安全対策,とりわけ
インシデント・アクシデントレポートの普及により,医療従事者の被る WPV も医
療安全環境を脅かすインシデントの一種と理解されつつある一方で,地域保健・
医療・福祉領域では,医療安全を重視する社会的ムーヴメントが未だ十分には波
及しておらず,レポートシステムも試行段階にあることなどの要因が考えられ,
患者・クライアントの安全管理と勤務スタッフの安全管理は表裏一体であること
を認識する必要性を指摘した。
現場において,本来の権利概念を履き
研究協力者
違えた,ときに理不尽な患者・クライ
平野かよ子
東北大学大学院
教授
アントからの要求が,これらの職に従
鳩野
洋子
九州大学大学院
教授
事する者への暴言・暴力の形をとって
米澤
洋美
福井大学
講師
現れることがある。このような暴言・
野村
武司
獨協大学
教授
暴力は,円滑なサービス提供や診療を
中板
育美
国立保健医療科学院
妨げ,職員の燃えつきや離職に繋がる
要因となる 1~4)。
上席主任研究官
A.はじめに
こうした職務関連暴力は,医師,看
生命倫理概念の普及や医療における
護師等病医院に勤務する狭義の医療従
自律性(Autonomy)を重視する社会的
事者のみならず,保健師,ソーシャル
潮流の中で,保健・医療・福祉の活動
ワーカー,在宅看護(介護)スタッフ
5
の間においても,速やかな対応を要す
が暴力の一形態であるとすべての調査
る重要な労働安全衛生ないし公衆衛生
において認められているわけではない
学的課題であるが,わが国においてこ
5)
の問題への社会的関心や調査研究はこ
と密接に関連する「職務満足度(job
れまで主に前者を対象としたものが多
satisfaction)」に対する心理的暴力の影
く,地域社会において患者やクライア
響は大きいことが広く知られている
ントの生活の場に立ち入った活動を必
7~9)
要とする各職種者が職務に関連して体
いて編まれたガイドラインでは通常,
験する暴言・暴力ストレスに関する調
身体的,心理的両面における攻撃的言
査研究は希少である。小論では,欧米
動,脅迫的・威嚇的言動,性的嫌がら
及び日本の先行調査・研究を要約整理
せ,執拗なつきまとい行為,相談内容
し,地域保健・医療・福祉(以下「地
と直接関係ない反復的な電話等々,広
域活動」と略記)従事者が体験する職
範囲の侵害行為を WPV に含めている。
場暴力被害に関する実態や対応に関し
例えば日本看護協会が 2006 年に発
て今後取り組むべき事項について考察
行した「保健医療福祉施設における暴
したい。
力対策指針-看護者のために-」 10)に
ものの,職業的「燃えつき」現象 6)
。最近の調査・研究,それらに基づ
B.「職場暴力」(Workplace
おいては,
「暴力」を「身体的暴力,精
Violence;以下 WPV)の定義
神的暴力(言葉の暴力,いじめ,セク
身体に加えられる攻撃,暴力につい
シュアル・ハラスメント〈以下セクハ
てはその有無も程度も評価しやすく,
ラと略記〉,その他いやがらせ)」と規
排除されるべきであることに異論はな
定し,職場において特に看護者が受け
いだろうが,暴言,すなわち心理的な
る可能性のある暴力的行動を具体的に
脅威に関しては可視的評価が困難であ
例示している。カナダの Hesketh KL ら
る。スタッフの必ずしも適切とはいえ
9)
ない発言や態度に触発された患者やク
に規定して,WPV を包括的にとらえ,
ライアントの暴言であればなおさら,
同国内の 3 州における医療機関におい
それをインシデント・アクシデントと
て看護師が体験した WPV に関する広
して報告しにくい事情も生じる。実際,
範な調査を実施している。
攻撃的な言葉や態度による心理的暴力
6
は,表 1 のように 5 つのタイプを簡潔
表1
看護師が体験する職場暴力の類型-1 9)
暴言・暴力の種類
1
2
3
具体例
身体的暴力
唾を吐きかけられる,かみつかれる,叩かれる,体を押
physical assault
されること
威嚇的態度
傷つけるぞという意味のことを言葉で伝えたり,紙に書
threat of assault
いて渡したりすること
相手の心を傷つける態度や発言
同僚の前で侮辱したり,指さしたり,屈辱的なことを言
emotional abuse such as hurt
う。あるいは無理強い行為
-ful attitudes or remarks
4
言葉上の性的嫌がらせ
聞かれたくない個人的なことについて,あるいは性的内
verbal sexual harassment
容(女性のスリーサイズなど)について何度も尋ねるこ
と
5
性的暴力
どんなやり方にせよ,無理やり体に触ったり,抱きしめ
sexual assault
たりすること,また強姦を含むあらゆる性行為の強制
したがって本論においても,職場で職務
必ずしも患者や相談者,クライアントか
遂行中に行われた身体接触の有無を問
らの被害に限定されない。WPV の包括
わないあらゆる心理的,身体的攻撃的言
的理解のために,加害者と被害者の関係
動,および休日などで職場を離れている
性に注目した米国労働安全衛生研究所
時間にあっても,職務上知り合った人物
(National Institute for Occupational
からの同様の言動をすべて「職務関連の
Safety and Health: NIOSH)
「医療および
暴言・暴力」として検討の対象とする。
対人サービス職部会」による職場暴力の
職場で働く人々が体験する暴言・暴力は,
タイプ 11)表 2 にあげておこう。
表 2 医療および対人サービス業における職場暴力の類型-211)
タイプ
Ⅰ
犯意のある暴力
内
容
加害者は,その仕事あるいは被雇用者と何ら法律に則った関係性にはなく,
暴力とともに何らかの犯罪行為を行っていることが多い。この場合の犯罪に
は,強盗,万引き,不法侵入,テロ行為などがある。職場で起こる殺人のほ
とんど(85%)は,このカテゴリーに該当する。
Ⅱ
顧客/依頼人
加害者は被害者の従事する仕事において契約関係を結んでおり,職務的サー
からの暴力
ビスを受けている間に暴力的となる。このカテゴリーに含まれる加害者には,
顧客,依頼人,患者,学生,受刑者,その他その仕事のサービスを受け取る
側ならどのような人物も含まれる。顧客/依頼人による暴力的事例の多くは,
養護(介護)施設や精神医療施設などの医療・保健・福祉分野で生じており,
被害者は患者を世話する立場にある人々であることが多いと考えられてい
る。他にも警察官,刑務所吏員,飛行機の客室乗務員,そして教師などが,
7
この種の職場暴力にさらされる可能性がある職種の例としてあげられる。こ
のカテゴリーに該当する事例は,職場内殺人全体の 3%を占める。
Ⅲ
勤務者間暴力
加害者は,その仕事の被雇用者(上司,同僚)あるいはそれに以前就いてい
た被雇用者(上司,同僚)であり,職場で他の被雇用者あるいはそれに以前
就いていた被雇用者(上司,同僚)を攻撃したり脅かしたりする。勤務者間
暴力による職場内殺人は全体の 7%を占める。
Ⅳ
個人的関係性に
加害者は通常その仕事には関係ないが,狙われた被害者と個人的な関係があ
由来する暴力
る人物である。このカテゴリーに該当するのは,ドメスティック・バイオレ
ンスの被害者が仕事中に襲われたり,脅迫されたりする事例であり,職場内
殺人全体の 5%を占める。
C.
地域保健・医療・福祉職種の WPV
力に関する調査や議論脚注 1が最近行わ
の実態調査
れているが,地域保健・医療・福祉領域
(1)日本の公的調査
で体験される WPV を,個々の職種の特
厚生労働省(以下厚労省)は労働安全
殊性との関連性において他職種と比較
衛生に関する種々の調査を実施してい
分析した調査研究は未だ提出されてい
るが,WPV を主対象とした全国調査は
ない。
行われていない。警察庁が公開している
(2)米国および ILO の公的資料から
統計資料においても,職場でどのくらい
したがって,WPV と職種の関連性を
暴力犯罪が発生しているかの分析は行
鳥瞰するには,国情,社会背景の異なる
われていない。
欧米の公報を参考にせざるを得ない。
主に病院における WPV に関しては,
銃火器の所有が許され,暴力犯罪が多
井部らによる「医療機関における安全管
いとされる米国においても,WPV とい
理体制のあり方に関する調査研究
う問題が注目されるようになったのは
(2006)
」12)の結果を参照して,同年 9
1990 年代に入ってからである。1980 年
月に「医療機関における安全管理体制に
代に,NIOSH が外傷による労働者死亡
ついて(院内で発生する乳児連れ去りや
事例の調査を開始し,予想外に多い職場
盗難等の被害及び職員への暴力被害へ
における労働者死亡が明らかになった。
の取り組みに関して)
」が医政局総務課
その後職域別発生率,暴力や侵害行為の
長通知(医政総発第 0925001)として発
1
職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議
ワーキング・グループ:いわゆるパワー・ハラス
メントの問題はもちろんわが国においても労働
安全衛生上の重要課題であり,積極的な議論が行
われる必要がある 13,14)。最近公開された同ワーキ
ンググループ報告書 15)を見ると,厚労省による
「個別労働紛争解決制度施行状況」年次統計が存
在し,パワー・ハラスメントの現況について重要
な考察資料となっている。本論の立場から要請し
たいことは,警察庁による犯罪統計部署と協力し
て,労働安全衛生の視点から,WPV の実態がわ
かるように調査分析項目を組み直すことである。
簡されているが,これには院外業務にお
ける暴言暴力の実態や対策は触れられ
ていない。
一方,新たな視点として,表 2 のⅢに
該当する職場におけるいじめや嫌がら
せ(いわゆるパワー・ハラスメント)と
いう上司や同僚からの心理的・身体的暴
8
内容別発生率,また被害者及び加害者の
のように非致命的暴言・暴力について注
プロフィール等に関する詳細な全国調
視するよう求めている。以下に抄訳して
査を数年毎に実施し,2005 年の集計報
示す。
告
16)
によると,職場で毎年平均 1,700 万
「1996 年から 2000 年までの間,医療
人が受傷し,1992 年から 2004 年までの
関係の諸々の職場において,69 名の殺
13 年間に 800 人以上が WPV により死亡
人が起こっている。職場における殺人事
している。そしてこれらの情報を元に,
件こそ以前より耳目を惹くようにはな
WPV から労働者を保護するための多く
っただろうが,殆どの職場暴力は,命に
の勧告やガイドラインが公表されてい
かかわるほどではないものである。2000
る。
年においてすべての職場で発生した致
WPV の中で殺人事件に関する予防や
命的ではない暴力・暴力的言動全事例の
対策はもちろん最重要課題であるが,保
48%は医療及び社会的サービス提供と
健・医療・福祉を含む対人サービス業に
いう職域で起こっている。これらの多く
おいては,患者やクライアントからの致
は,病院,介護施設,在宅介護サービス
命的にはならない水準の暴力,脅しやス
において発生している。看護職種者,介
トーカー行為などの心理的暴力の方が
護職種者,看護補助者,付き添い者など
はるかに多く発生している。これらの侵
が,致命的ではない暴力による被害を受
害行為は人々の心身の健康を侵害する
けている。
だけでなく,この分野における職務を本
(中略)医療及び社会的サービスを提供
質的に遂行不能にし,燃えつきや離職を
する職に就く人々は,勤務中に暴力的言
著しく助長するという点で重視されて
動にさらされやすい。BLS が集計した暴
おり,米国や国際労働機関(International
力行為,暴力的言動によって何らかの傷
labor organization; ILO)では,とくに対
害が生じた事象の発生率(フルタイム勤
人サービス職種における WPV に関して
務者 10,000 人ごとの事例数)は,2000
は,特別の枠を設けて検討している
17)
。
年において,民間企業 private sector 全体
米国労働安全衛生局(U.S. Department
では 2 であったのに対して,医療従事者
of Labor Occupational Safety and Health
全体では 9.3 であった。社会的サービス
Administration; 以下 OSHA)が 2004 年
提供の職に就く者でこの率は 15 であり,
に公表した「医療保健及び社会的サービ
介護施設で働く者では 25 に達していた。
ス分野で働く人々に対する WPV 防止の
(図1)」
(抄訳引用終わり)
18)
ためのガイドライン」 の前文では,次
9
図 1 産業種別に見た致命的でない攻撃や暴力行為の発生頻度(米国,2000 年 18)
①民間企業全体
②保健医療サービス業全体
③社会的サービス
①
②
③
④
④介護・療養施設
(常勤職員 1,000 人当たり)
出典:米国労働省労働統計局(2001)
[2000 年の労働災害,疾病調査から]
WPV に関する最新の米国の公報として,
生率を職種別にみると,バーテンダー
米国司法省による 2009 年までの集計
(16 歳以上の労働者 1000 人当たり
19)
79.9),法律執行機関(47.7),技術・工
された暴力犯事例データベース
業学校の教師(54.9)に続いて,精神医
(National Crime Victimization Survey:
療・保健分野(20.5)が高値を示してい
NCVS)から被害者が 16 歳以上の雇用さ
る。これらと合わせて本論の関心である
れている労働者を対象として抽出・分析
医療・保健・福祉分野の部分を抜粋して
されたものなので,非致命的暴力とはい
表 3 に示す。表 3 で注目されるのは,介
え,警察への届け出あるいは警察の出動
護職の WPV が突出して高いこと,暴力
に至った相当の重篤な被害事例に限定
被害を受けた医療スタッフの中では職
されるであろう。しかし,発生率はとも
場内で被害をより多く受けたのは医師
かく職種別の「危険度」について比較す
だけであることである。前者については,
る資料にはなる。
次項で述べるような勤務環境,クライア
がある。この報告は警察等により認知
この報告によると,16 歳以上の労働
ントや患者との関与構造が関連してい
者が被る非致命的な WPV は,非致命的
ると推察される 20,21)。後者の理由につい
な暴力犯罪全体の約 15%を占め,2002
て報告書ではとくに考察されていない
年から 2009 年までの間には 1000 人あた
が,職種別の性別比率の違いや私生活環
り 6 人から 4 人へと約 35%減少してい
境の相違など多くの要因を考慮しなけ
た。2005 年から 2009 年までの WPV 発
ればならないだろう。
10
表 3 WPV と non-WPV 発生率(米国
職種
WPV
2005-2009)19)
non-WPV
WPV全体における
16歳以上の労働者にお
職種別比率(%)
ける職種別比率(%)
全体
5.1
16.4
100%
100%
医療全体
6.5
15.0
10.2%
8.2%
医師
10.1
7.7
1.1
0.6
看護師
8.1
13.8
3.9
2.5
医療技術者
11.1
12.2
2.3
1.1
その他
3.7
17.5
2.9
4.1
20.5
17.2
3.9%
1.0%
専門職
17.0
12.8
1.4
0.4
介護職
37.6
4.4
0.7
0.1
その他
20.3
24.1
1.8
0.5
教育職全体
6.5
8.8
9.0%
7.2%
技術・工業学校
54.9
0.05未満
0.7
0.1
法律執行機関全体
77.8
3.5
9.1
0.6
小売業全体
7.7
24.3
13.2%
9.0%
79.9
38.7
1.9
0.1
精神医療全体
バーテンダー
注 1)non-WPV:16歳以上の労働者が,職場外で,仕事と関係なく被った暴力被害
2)発生率は16歳以上の労働者千人あたり
3)全国犯罪被害調査,致死的労働災害に関する全国調査では本表とは異なる職業類型を採用
4)出典:全米犯罪被害調査(2005-2009)
:National Crime Victimization Survey
地域精神保健の場 20)を例に採ると,彼
D. 地域活動領域の職場特性
以上参照した米国の統計情報から,一
らは,構造化しにくい関与体制のもと,
般企業と比較して,地域保健・医療・福
援助対象者のときに悲惨な生活の現場
祉領域で働く人々は暴言・暴力被害(と
を直視せざるを得ない。児童福祉司や保
くに非致命的なもの)が多いこと,とり
健師等が関与する Domestic Violence(DV)
わけ介護職が高率の被害を体験してい
や児童虐待が行われている家族は,そも
ることが窺われるが,これはどのような
そも隠蔽された暴力の温床であり,また
要因によるものであろうか。
未治療ないし治療中断の精神病患者は
第一に,保健師,在宅看護・介護を担
症状の一部として暴力的行動を包含し
う看護師あるいは介護福祉士,PSW,児
ている。
童福祉司等の働くフィールドの特性に,
こうした援助対象者はしばしば重度
第二には,彼らが援助を提供する対象者
の家族病理を有した家族の成員であり,
の特性の両者に由来すると推定される。
病識が欠けている上に,対象者を医療に
繋げていくためのキーパーソンを対象
11
者の周辺に見出し難いことが稀ではな
ではなく,援助対象から予想外の唐突な
い
20,22)
。したがって,保健師,児童福祉
攻撃的行動にもさらされやすい。
司,保健所からの往診医などは,援助対
これらの特性を,とくに WPV の生じ
象本人に関する情報が乏しいまま家庭
やすさという観点から病院(施設)内活
訪問を行わなければならない機会が稀
動と地域保健・医療・福祉活動の特性を
表 4 に比較列挙した。
表 4 地域活動領域の職場特性
病院(施設)内活動
地域活動
VS
・種々雑多な建物あるいは戸外
・堅固な建物
・原則として建物外の活動はない
・スタッフの移動距離が大きい場
活動の場
合もある
・施設内の構造(逃げ道)を知悉
・間取りも広さも出口も不詳
・限定的(確実な交代制)
・仲間(警備員)がいる
・応援依頼が容易
活動時間
・しばしば不規則
・しばしば一人/女性のみ
対応スタッフ
・応援依頼に手間がかかる
・主訴がある
・主訴を表明しない場合も患者を
連れてくるキーパーソンがいる
・診断・評価の手段(検査機器等)
・主訴が曖昧(または関わりに拒
否的)
患者/援助対象
の特徴,診断評価
が豊富
・しばしばキーパーソンが不在
・診断評価はスタッフの知識経験
に依存
・事前情報が乏しいまま,家庭訪問(往
・患者が病院を訪れる
治療/援助方法
診を含む)を実施しなければならない
ことが稀ではない
しかしながら,医療機関に繋がりにくい
ずしも主訴として表明しない生活上の
病識の乏しい患者,複合的問題を抱え,
欠損を評価し,医療のみならず生活万般
どこにどのように相談を持ち込むべき
に及ぶ社会資源を導入する糸口となる。
か途方に暮れているクライアント家族
例えば,看護師や保健師による長期的
に対する,家庭訪問を主とする保健師,
な家庭訪問が子どもの虐待を予防し,養
児童福祉司,PSW らによる家族介入は
育状況を改善するという報告 23,24)があ
きわめて重要な方法である。
り,また,現在のところ十分には機能し
援助対象の生活の現場を直接観察で
ているとは言い難い精神科患者移送業
きることは,診察室では見えない多側面
務(精神保健福祉法第 34 条)が,今後
の情報を主治医にもたらし,対象者が必
日常業務化されていく際にも,保健師等
12
の事前家庭訪問の重要性はますます増
査を表 5 にまとめた。一覧してわかるよ
大していくと予想される。したがって,
うに,地域活動現場における WPV に関
各職種者の地域活動,家庭訪問などに際
しては,「東京都特別区保健婦,保健士
して生じうる WPV を予防し,万一生じ
会」25)による保健師を対象としたもの以
た WPV に適切に対応するための方策を
外にまとまった調査はない。そもそも,
洗練させるためには,今後全職種別
3-(1)項で述べたように,わが国で
WPV の調査を踏まえた上で,各職種別
は,地域保健・医療・福祉領域のみなら
の詳細な実態把握が要請される。
ず,WPV に関する全国規模の調査が行
われていないが,地域保健,在宅医療・
F. 地域保健・医療・福祉職種における
介護等の現場で働く人々の精神保健に
WPV の実態把握には何が必要か
関しては,最近まで多くの調査報告が存
医療従事者が体験する WPV に関する
在するので,ここから検討しよう。
比較的多数例を対象としたわが国の調
表 5 日本の調査
13
(1)地域活動スタッフの精神保健に関
関する望月の調査 38)などがあり,いずれ
する調査
も WPV 自体の発生率について詳述され
保健師に関する仕事内容・職場特性と
てはいないものの,それぞれの職種者の
ストレスの関連性に関する報告は比較
的多い
燃えつきの要因として,患者(利用者)
30~32)
その中で,医療従事者の中で
やその家族による粗暴な態度,あからさ
は医師や看護師よりも保健師のバーン
まな暴力被害や暴言が挙げられている。
アウト・スコアの方が高いことを指摘す
(2)介護現場における WPV
る報告
33)
もあり,これは海外の報告
34)
1997(平成 9)年に介護保険法が成立
をわが国で検証した結果にもなってい
る。その要因として,菅原ら
し,在宅介護,看護(在宅ケアと総称す
30)
,片桐ら
る)の現場は新たな局面を迎えた。これ
33)
は,保健婦(引用文献の記載のまま;
に先立つ 1993 年には日本介護福祉学会
以下同)が医療行為と重複する援助行為
が設立されているが,在宅介護を担当す
についても,しばしば医師等他の医療職
るスタッフは介護福祉士のほかに比較
と十分相談・連携できずに自ら判断して
的簡易な教育プログラムにより認定さ
行わなければならないことや,行政組織
れる訪問介護員(ホームヘルパー)も含
の枠組みの中では実施することを断念
み脚注2,その勤務環境や職場安全は医療
せざるを得ない場合もあることが,その
機関における水準には達していない。
達成感,職務満足感を低下させることに
このような中で,長野県は,2007(平
つながっている可能性を指摘し,河原田
成 19)年同県介護福祉士会に所属する
32)
介護福祉士 2,535 名と訪問看護ステーシ
務職との間でときに生じる互いの理解
ョン連絡協議会加盟事業所の看護師 610
不足が高いストレス体験の一因となっ
名を対象として「介護・看護労働者の実
ている可能性を指摘している。
態・意識調査」39)を実施し,この中で利
は,医療専門職である保健婦と行政事
最近では,子どもあるいは高齢者に対
用者等からの WPV,とくにセクハラ被
する虐待事例や DV 被害者への支援を
害について詳しく調査している。この調
通じて,援助対象者のトラウマ体験を目
査は回収率が 27.3%と比較的低いとい
撃あるいは聴取する機会が多い保健師
う制約はあるが,介護現場における
は,二次性外傷性ストレスを被りやすい
WPV の現況の一端を示している。調査
立場にもあることを指摘した山下らの
2厚労省は
2005 年,介護に携わる者の資格を介
護福祉士に一本化する方針を打ち出した。しかし
現況では 2 級以上のホームヘルパーの需要は依
然として高い。2012 年 5 月現在ホームヘルパー
の上位資格として介護福祉士があり,さらにその
上位資格として『認定介護福祉士』制度が日本介
護福祉士会で検討されるなど,介護職員のキャリ
アパスの形成過程にある。また 2007 年から介護
職員基礎研修が開始されたことに伴い,1 級課程
は 2012 年をめどに,介護職員基礎研修への統合
が予定されている。
報告 35)がある。
そのほかの職種に関する最近の調査
報告は,社会福祉士の燃えつきに関する
田辺らの調査 36),児童福祉司の職場スト
レスに関する高橋らの調査 37)地域包括
支援センターに勤務する保健師,社会福
祉士,介護支援専門員の職場ストレスに
14
結果によると,利用者やその家族から暴
問した時に被害を受けやすいことが判
言・暴力を受けたものは回答者の 47.3%,
明した 40)
暴言・暴力被害のうち身体的暴力は
この被害当事者同僚らによる最初の
43.3%,言葉の暴力は 80.5%であった。
調査の後,調査者の一人松浦は,同事件
またセクハラ被害を受けたものは回答
被害者を含み職務中に暴力被害を体験
者の 40.9%あり,そのうち身体接触を伴
した 3 名の保健師に詳細なインタビュ
うものが 75.2%に達している。これらの
ーを試みている 41)。この報告には,質問
結果は米国の公報(図 1,表 3)の知見
紙アンケートでは明らかにし難い被害
が日本でも該当することを示唆してい
体験者の相矛盾した感情の推移,とりわ
る。
け職場の同僚や上司の対応への反応等
介護現場における暴言・暴力は認知症
が克明に記されている。
の利用者によるものが,病院内のそれよ
対象となった保健師 3 名には,自己の
り高率であることが推定される。
対応への罪責感・自信喪失感が強く,加
認知症や譫妄状態のような精神・身体疾
害者への怒りの感情が少なかったこと
患の一症状として,すなわち悪意のない
が共通していた。その一方,加害者の家
加害者による暴言・暴力でも職務への意
族,治療担当医療機関,職場の上司等へ
欲や職務満足度は低下し,早期離職要因
怒りが転嫁されていたことは,精神科患
となることが知られている
27)
が,この間
者であること等の加害者の属性よりも,
の事情は施設内 WPV に限らないだろう。
被害者たる保健師の側の職業意識の強
(3)保健師の WPV
さに根差している可能性が指摘されて
「東京都特別区保健婦,保健士会」に
よる調査
いる。さらに,とくに重傷を負った被害
25)
およびその契機となった事
者(事例 1)が二次的に体験した一種の
件とその後の対応について再見しよう。
被ネグレクト感(事件後見舞いに来た同
同調査は,治療中断統合失調症患者宅
僚や上司は腫れものに触るように接し,
への家庭訪問に際して,保健師が患者に
事件の状況について一切聴かれること
刃物で刺されて重傷を負うという 1999
はなく,また職場でもかなりの期間検討
(平成 11)年の事件に端を発している。
会も開かれなかったこと等)により職業
この事件を契機として,当該自治体(新
人のみならず個人としての自尊心が棄
宿区)は「暴力被害防止ガイドライン」
損された経緯が描かれ,心的外傷学
を策定するために,速やかに WPV の実
(psycho-traumatology)の視点からも貴
態把握を試み,同自治体の 45 名の保健
重な文献となっている。
師を対象としてアンケート調査が実施
対象を都の特別区全体に広げて実施
された。その結果,約 9 割が暴力または
された調査(表 5 の 1)では,調査時か
その脅威を体験し,暴力被害の半数以上
ら遡り過去 3 年半の体験を調査し,261
は家庭訪問時に発生し,とくに単独で訪
名(26.1%)が「危機的状況」を体験し
ていると回答した 25)。
15
その後当該自治体(2002)[新宿区衛
WPV はしばしば深刻な「職業性スト
42)
生部・新宿区保健所] ,次に東京都健
レス」とその反応症候を惹起するが,そ
康局医療サービス部精神保健福祉課
もそも医療従事者の体験する職業性ス
43)
(2003) がそれぞれガイドラインを策
トレスに関する調査研究は,1970 年代
定し,さらに 2007 年には,全国保健所
の米国における「燃えつき」現象への注
所長会の研究班による,
「保健所精神保
目が端緒とされている。すなわち,精神
健福祉業務における危機介入手引」
44)
分析の教育を受けた Freudenberger が
『Staff burn-out』45)として記述し,その
が発行されている。
これらのガイドラインに共通する骨
予防策や対応策を考察したときの staff
子は,1)事前教育,2)事例報告の活
とは,無料の福祉診療所や種々の社会的
性化と情報共有(機関・施設内/間)3)
シェルターで働くボランティアや専門
組織的対応(個人の責任に帰さない,個
職等であった。
人的対応に任せない)
,4)反省(事例
その後の調査研究は教師やソーシャ
を学習素材として予防に活かす)5)組
ルワーカーを含むものの,Medline およ
織的・継続的な対応,6)他機関(とく
び医学中央雑誌による公刊論文の推移
に精神科医療機関と警察)との日常的連
を見ると 21),公刊された日英語論文数の
携の重視などである。
推移は次第に医療施設に勤務する,とく
3 つのガイドラインを見比べると,当
に看護職員の職業性ストレスや燃えつ
該自治体によるものが必須項目に絞り
きに関するものが多くなっている。
簡潔明瞭さを企図しているのに対して,
つまり,最初は『地域医療・福祉』領
後の二者はより包括的,網羅的な記述と
域における対人サービス業の職業性ス
なっており,精神保健福祉法などとの整
トレスとその反応が注目されたわけで
合性が企図されている。
あるが,次第に病院等『医療施設内』で
(4)地域活動スタッフにおける WPV
看護職員が体験する職業性ストレスに
に関する報告が少ない理由
関する実態調査や予防・対応策へと探求
a)医療従事者(対人サービス業)にお
の主領域が移っていったように見える。
ける職業性ストレス調査は地域活動の
こうした動きの要因はいくつか推定さ
現場から始まり,病院勤務の看護職に広
れる。
がった
例えば,1)施設内で働く看護職員の
すでに指摘したように,病院等施設内
数が多く,組織化率も高いために,勤務
で発生する WPV に関する調査は数多く
環境改善の組織的努力の一環として職
行われ,それに伴い医療安全,労働安全
業性ストレスに関する調査が実施され
衛生双方の視点から予防や対応に関す
やすかったのではないか。また,2)患
る検討が繰り返しなされている一方で,
者,家族との接点が多く,感情負荷の高
地域保健・医療・福祉職種における WPV
い職務(感情労働)に従事すること,つ
に関する報告は少ない。
まり,仕事の質としては,暗黙の裡に女
16
性性を発揮すること(母性的,抱擁的関
が備えられていたかもしれないが,病院
与)が期待され,
「感情管理」を自明視
のように,一定の権限を持つ外部の評価
されてきた
46)
ことへの反動が生じたの
者に厳しくチェックされる機会はなく,
ではないか。
事業所の収入に反映されることもなか
これらに加えて,3)とりわけ保健,
った。
福祉領域における「医療安全」への取り
もう少し詳しく述べよう。
組みに関連する制度的,構造的な未熟性
この十数年,「患者中心医療」のかけ
が基礎にある可能性を指摘したい。
声の中で,医療過誤,医療事故の存在を
b)医療安全への取り組みの制度化が医
隠蔽することを許容せず,減らしていか
療機関内 WPV 把握を容易にした可能性
なければならないという社会的ムーヴ
メントが生じ,厚労省は,平成 13(2001)
すなわち,最近十数年,医療事故を低
減させるための医療安全への取り組み
年,医療安全対策ネットワーク事業を開
が重視され,それが形式的な目標にとど
始した。
まらず,医療監視(医療法第 25 条第 1
この事業により同省に「ヒヤリ・ハッ
項の規定に基づく立入検査)の重要項目
ト事例収集・分析検討会」が設置されて
脚注3
に含まれるようになり
,同様に医療
活動を開始し,この年から平成 16 年度
機関におけるインシデント・アクシデン
集計分までがコード化されて WEB 上に
トレポートが制度化されたことが,施設
公開されている 47)。この調査はあくまで
内で生じる WPV への配慮をより恒常化
医療過誤・事故に相当する事例収集が目
させやすくしているのではないかとい
的なので,収集された事例は,以下の 5
う可能性である。
項目に区分され,コード化されている。
その一方,保健所,保健センター,在
① 処方・与薬,②ドレーン・チューブ
宅医療・看護・介護を担う往診医院,訪
類の使用・管理,③医療機器の使用・管
問看護ステーションや地域包括支援セ
理,④輸血,⑤療養上の世話等であり,
ンター等においては,個々の公的機関,
医療従事者が被る WPV は含まれていな
事業所それぞれに「事故報告」等の様式
い。
平成 16(2004)年 4 月からは,財団
法人日本医療機能評価機構が事例収集
2007(平成 19)年 4 月の第 5 次医療法改正に
伴い,すべての病院,診療所又は助産所において
医療の安全を確保するための措置等を講じなけ
ればならなくなった。調査項目の中では,安全管
理体制,院内感染防止対策,食中毒対策,無資格
者による医療行為の防止,臨床研修を修了した旨
の医籍への登録,診療用放射線の安全管理対策の
徹底について重点的に指導を行っている。医療従
事者の暴力被害等も含めたインシデント・アクシ
デントレポートの提出は,この安全管理体制に含
まれている。この改正に先立って,2006(平成
18)年の診療報酬項目に「医療安全対策加算」が
新設され,2010(平成 22)年度の改定では点数
が若干アップされている。
3
および広報・啓発事業を委託された。こ
の年からは,CSV 形式脚注4によるデータ
報告のための入力プログラムが厚労省
WEB 上でダウンロードできるようにな
っており,その収集データ項目がヒヤ
4
Comma-Separated Values の略。主にテキストデ
ータをカンマ区切りで並べたファイル交換フォ
ーマット
17
リ・ハット事例報告すなわちインシデン
た社会情勢と折り重なって生じたもの
ト・アクシデントレポートのいわゆる
ではないかと推定される。
「厚労省標準」を構成しており
48)
,その
加えて,電子カルテの導入により,イ
後必ずしも同事業に参加していない医
ンシデント・アクシデントレポートにつ
療機関においてもインシデント・アクシ
いても業者がソフトを開発し,オンライ
デントレポート項目として準用されて
ン化されるようになったことも,記入し
いる。
やすさ,集計事務の簡易化,データ管理
このようにして構成された項目群を
および共有しやすさ等につながり,勤務
含むレポート導入当初は,当然ながら医
スタッフが「WPV も医療事故の一環」
療過誤や事故に関する報告に限られて
と捉えることによって,WPV 経験者の
いたが,ある時期から,院内で医療従事
過剰な自責感や報告への躊躇い 41)が相
者が患者やその関係者から被る暴言・暴
対化され,結果的に WPV 報告への心理
力事例も含まれるようになったのでは
的抵抗感を減じさせているのではない
ないだろうか
脚注5
。
だろうか。
恐らく 1998(平成 10)年以来のわが
実際,著者の勤務する防衛医科大学校
国自殺率の高止まりに端を発する労働
病院が採用している WEB 版レポートシ
者一般のメンタルヘルス対策の一環と
ステムでは,「インシデントの場面,内
して,旧来のバーンアウト調査(職場の
容」のプル・ダウン項目に「暴言・暴力」
メンタルヘルス向上施策)が再活発化し,
が含まれており,2009 年から当院医療
一方で患者からの暴言暴力事件がマス
安全委員会の中に設置されている「暴力
コミ等によって注目されるようになっ
暴言対応小委員会」において,これを活
用して WPV 被害者へのコンサルテーシ
ョンやケア,教育啓発の素材としている。
5日本医療機能評価機構の病医院機能チェック項
一方,平野らの調査 51)によると,保健
目に医療従事者が被る WPV に関する項目は含ま
れていないが,日本医師会が提供している「病
院・医院のためのインシデント・アクシデントレ
ポート書式(モデル)
」48)には,
「接遇」の項目
が設定されておりこの中に,①診察拒否,②診療
中トラブル,③盗難・紛失,電話応対トラブル,
④窓口応対トラブル,⑤患者間トラブル,⑥無断
離院,⑦禁止品持ち込み,⑧暴言,⑨暴行,⑩自
傷,⑪自殺・自殺未遂,⑫訪問者による乱暴,⑬
院内器具設備の破壊,⑭その他の各小項目が含ま
れている。東京都は 2000(平成 12)年 8 月から
全都立病院のインシデント・アクシデントレポー
トを集計公表している 49)が,2002(平成 14)年
の集計項目にはすでに上記日医版の「接遇」項目
が含まれている。因みにこの集計によると,医師
によるレポートで全事例のうち「接遇」に該当す
るものは,H19 年集計 1.6%,H20 年集計 2.2%
であり,看護師によるレポートでは H19 年集計
0.7%,H20 年集計 0.6%であったが具体的内容
の記述はない。
所,保健センター等で暴力発生時の職場の
対応マニュアルが用意されているのは
19%であった。そのうち 35%がいわゆる
行政に向けられる暴力等行為に対応する
ための「不当要求行為等マニュアル」「行
政対象暴力対応マニュアル」を流用してあ
り,保健・医療・福祉の職場特性を考慮し
た修正は施されていなかった。
在宅介護の領域では WPV の実態把握
はさらに遅れており,平成 20 年度厚労
省補助金を受けた三菱総合研究所によ
る全国調査 52)では,事故報告の基準及び
18
様式を規定している自治体は,回答した
実施されていないが,米国公報や ILO
31 都道府県(回答率 66%)のうち,い
のガイドラインを参照すると,非致
ずれも 77.4%であり,同様に回答した
命的な WPV は他の職種よりも高頻度
889 市町村(回答率 49.3%)のうち,そ
に生じている。とくに介護職種の
れぞれ 40.5%,54.7%であった。同研究
WPV の頻度が高い。わが国の限定的
では,介護事故情報収集分析について,
調査においても米国の状況を追認す
医療事故情報の収集に準じた電子入力
る報告がみられる。
ツールを開発し,報告及びデータ解析を
3) 地域保健・医療・福祉の職場特性を
容易にしているが,介護従事者の WPV
病院等の施設と比較すると,前者で
被害を報告項目に含ませてはいない。
は家庭訪問等を通じて,プロフィー
多くの推定を挟むものの,以上の経緯
ルの知られていない援助対象の生活
を考慮すると,地域保健・医療・福祉領
の現場に立ち入らなければならない
域における WPV の実態を把握し,予
こと,援助対象者が必ずしも治療や
防・対応策を洗練させるためには,本領
支援を積極的に求めているとは限ら
域の公的機関および各事業所において,
ないこと,施設外活動をバックアッ
患者,利用者の安全管理と勤務者の安全
プしてくれる同僚や警備員がいない
管理を統合させた職域共通のインシデ
場所で働かなければならないことな
ント・アクシデントレポートシステムを
どが WPV を被りやすくする可能性が
用意し,恒常的にチェックできる態勢の
ある。
整備が要請される。
4) 地域保健・医療・福祉に就く各職種
地域保健・医療・福祉領域の従事する
者の WPV に関する日本の文献を要約
多くの人々が安心して働くことができ
して示した。
る環境を作ることは,地域で在宅医療,
5) 地域保健・医療・福祉における WPV
介護を受ける多くの患者,障碍者の安全
の実態把握が不十分である理由とし
確保と表裏一体である。地域保健・医
て,2000 年代に入る頃から浸透した
療・福祉における WPV を抑止する方策
「患者中心医療」概念のもとで,政
を開発するために,過去にあった深刻な
策的,制度的に取り組まれた医療安
WPV 被害体験
42)
が再現されるのを契機
全を重視する社会的ムーヴメントが
として待つことはもはや許容されない。
未だ病院等狭義の医療施設内に留ま
っていること,同様に医療施設では,
G.まとめ
制度化されたインシデント・アクシ
1) 日本には,労働者が職場で体験する
デントレポートの普及が医療従事者
暴言暴力被害(Workplace violence;
の被る WPV も医療安全環境を脅かす
WPV)に関する全国統計はない。
インシデントと理解される方向性が
2) 地域保健・医療・福祉の分野で働く
仄見える一方,地域保健・医療・福
人々の WPV についての全国的調査も
祉領域では未だに試行段階にあるこ
19
となどに基づいている可能性を指摘
9) Hesketh KL, Duncan SM, Estabrooks
した。
CA et al: Workplace violence in
6) 患者・クライアントの安全管理とス
Alberta and British Columbia hospitals.
タッフの安全管理は表裏一体である
Health Policy 63:311-321, 2003
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21
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22
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班」
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る危機介入手引,2007
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なし
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Commercialization of Human Feeding.
なし
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51) 平野かよ子他:保健師等の地域保健
従事者の地域住民からの暴力等に対
する危機管理の在り方に関する研究
平成 20-22 年度 総合研究報告書,
2010
52) 三菱総合研究所:高齢者介護施設に
おける介護事故の実態及び対応策の
あり方に関する調査研究事業
報告
書.平成 20 年度厚生労働省老人保健
23
厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)
分担研究報告
地域保健版インシデントレポートの開発
主任研究者
中板育美
国立保健医療科学院
上席主任研究官
研究要旨
保健師等地域保健に関わる従事者(以下,保健師等)に対する住民からの暴力に
対し,種々の課題が指摘されているにもかかわらず,医療施設内での患者および
家族からの暴力に対する対応の検討と比較すると,地域保健においてのそれは ガ
イドラインもさることながらインシデントの報告システムはなお乏しいのが現状
である。そこで保健師等が働く環境における「暴力被害」実態を明らかにし,対
応策の組織的検討を促す目的も含め,インシデントレポート地域保健版の開発を
行った。その結果,インシデントレポートの報告を通常業務に位置付けていくた
めには,暴力に対する定義づけや保健師等地域保健スタッフの暴力に対する認識/
意識の向上にむけた取り組み,さらにインシデントレポートを提出する環境整備
についてきめ細やかさが重要であることが示唆された。
研究協力者
会九州ブロックが行った保健所の精神保
佐野信也
防衛医科大学校
准教授
健福祉担当保健師のストレスに関する調
鳩野洋子
九州大学大学院
教授
査研究
平野かよ子
東北大学大学院
教授
5,6 )
などがあるが,保健師等の危
機的な状況への遭遇の実態や回避のあり
米澤洋美
福井大学
講師
方についてはあまり検討されていないな
野村武司
獨協大学
教授
ど,地域住民からの不当クレームや暴
奥山智絵
元東大和市役所
保健師
言・暴力に対する安全確保体制・方策等
にかかわる具体的な提案は少ないのが現
A.はじめに
状である。先行の厚生労働科学研究
(H20-22,主任研究者,平野かよ子) 7 ~ 10)
看護職は日常生活援助を院内あるいは
家庭に赴いて展開するため,暴力や性的
から改めて浮上した課題を整理した。
嫌がらせなどを受ける可能性が高いこと
1)身体的暴力もさることながら,理不尽
はすでに指摘されており,医療施設内で
なクレームや暴言等の心理的暴力に属す
の患者および家族からの暴力への対応に
る行為に苦慮している
ついては,国内外において医療安全の角
2)保健師等は,住民による暴力を症状か
度からの検討が数多くなされている
1~ 4)
。
ら生じる行為と考えたり,従事者側の不
一方,保健師等地域保健従事者(以下,保
適切な対応に由来するものと自責的に考
健師等)に対する安全確保方策の提言と
える傾向がいまなお存在し,報告率が低
しては,これまでには東京都・特別区の
い可能性がある
保健師を対象とし地区活動で遭遇する危
3)これらの背景には,保健医療専門職の
機的な状況に関する調査と全国保健師長
職業アイデンティティに由来する使命感
24
や,労働環境の安全性保持に関する意識
D.用語の定義
や加害者対応に関する法律知識の乏しさ
1)暴力(不当クレーム,暴言・暴力)
がある
本研究で言う暴力(不当クレーム,暴
これらの課題の放置は、住民からの過剰
言,暴力)とは,
「理不尽なあるいは非常
な威嚇、クレーム、モラルを欠いた問題
識なしつこい訴えや要求」,「類似の内容
行動(ネットを使うなど)などの暴言や
の頻回の電話」,「大声で怒鳴る」,「拳
暴力への対処の負の循環を招き、職員に
を振り上げるなどして威嚇する」,「名
業務の妨害、精神的負担、明らかな心身
指しで攻撃するなどの暴言」,「殺すぞ・
のマイナスの影響(ストレス反応)を与
訴えるぞ・覚えてろよなどの脅迫的言動」,
え、日常活動の質の担保を著しく阻害す
「身体的暴力」,「器物損壊行為」,「所
ることになりかねない。
内への居すわり」,「個人への付きまと
B.研究課題
い行為」,「性的なハラスメント」など
新たに浮上した課題/疑問に対し,本研
のように広く捉えている。
究における研究課題は以下の通りである。
2)インシデントレポート
1)議論の余地のない暴言・暴力はもち
本研究におけるインシデントレポート
ろんだが,判断に困惑する事例が組織的
は,住民からの理不尽な行為にさらされ
に表面化されていない/しないという現
ている実態をまずは広くとらえて自覚す
実は看過されるべきではなく,抜本的対
る視点の啓発が目的の一つにあることか
策について考察を行うこと。
ら,インシデントとアクシデントの区別
2)クレームを不当ととらえるか否かの
については行わずにすべてをインシデン
段階,あるいは不当ととらえたクレーム
トレポートとした。
への対応の段階で,個別的,チーム的,
E.方法
組織的な個別対象への対応技法の違いが
既存の医療安全にかかわるインシデン
ある現実に対し,洗練が必須であること
トレポートの項目や精度を解釈し,参照
を,実例に即して論証すること
したうえで,新たな地域保健版レポート
3)それらの結果を通して,暴力に対す
(案)を作成する。開発の際には,保健医
る現場スタッフ,管理スタッフの理解を
療行政等の体制整備の実用の促進につな
深めるための精緻なスキーム(情報)の
がるよう配慮すること,また,インター
提示を行うこと
ネットなどの手法を利用し,レポートの
C.目的
目的に応じて,定性的方法を情報収集で
研究課題に取り組むに当たり,地域住
きうる体制に配慮することとした。
民からの「暴力」に関わる被害について
方法は,グループダイナミクスを利用
の実態(基礎資料)の提示を行うための
したディスカッションを繰り返し,イン
ツールとなるインシデントレポート地域
シデント項目のアイテムプールの作成を
保健版とその収集システムを開発する。
行い,そこから項目を取り出して(案)を
(これにより可能な限りリアルタイムで
作成,プレテストを実施して,項目を精
被害情報を収集し,保健師等が住民から
練した。
受けている暴力の実態やそれに対する対
F.結果
応の実際,困難や課題を分析する)
1.不当クレームおよび暴言暴力に対応
25
するインシデントレポート
以下の点を配慮して作成した(資料 1)。
医療安全の観点から多くの医療機関が,
・報告すべきか否かに迷うようなケース
医療事故防止には取り組んでおり,医療
の多様性を提示し,組織的共有を促すた
機関においては,医療安全管理マニュア
めには事例の詳細を収集する必要がある。
ルに基づく医療事故インシデントレポー
・暴力被害を受けた後の職員の支援につ
トの提出は,今や常識となってきている。
いての体制整備が目的の一つであること
「患者や家族からの暴言暴力」の組織的
を考慮すると,当事者に対する職場/組織
報告は,医療事故の一部としてなされて
の対応について当事者の立場からの要望
いるところは散見するが,個別に患者か
も聴取する必要がある。
らの暴力被害をレポートで収集している
・クレームについては,クレーム対応力
機関はそう多くはない(表 1)。暴力被害イ
を高めることで住民(患者)との関係構
ンシデントレポートを医療事故と区別し
築のチャンスという側面はある。しかし
11 ~
不当と判断せざるを得ない対応困難なク
12) は,そうでない機関と比較すると,経
レームがヒアリングやワークショップで
験的に危機に遭遇しており,暴力の定義
少なくはないことが推察されており,ま
を提示,暴力発生時や対応,職員のメン
ずはそのようなクレームがもたらされる
タルヘルスや対応について詳細に問う項
実態を把握し,それによるダメージの程
目を設定されている(表 1)。また,本研究
度を知り,その最小化を図るための方策
で取り上げている「不当クレーム」に特
を検討する必要がある。従って,「不当」
化すると,暴力被害の一部に明確に定義
についても当事者の主観的判断を優先し
づけているレポートは見当たらないが,
て聴取できる形にする。
て用意している医療機関や保健機関
クレームに対する職員側の適切な対応の
(資料1参照:インシデントレポート
ありようについては,接遇として重視さ
地域保健版「住民からの不当クレーム,
れており,研修の必要性や実施につなげ
暴言・暴力に関するインシデントレポー
ている医療機関は多い。
ト」)
2.地域保健版の作成について
26
表1
暴力被害に関するガイドラインの中のインシデントレポートの有無と項目(抜粋)
項目
A
B
C
D
E 保健機関
F 保健機関
県立病院
大学病院
都立病院
個人病院
(区)
都道府県
トの有無
有
医療事故
と区別
有
医療事故
と区別
有
医療事故
一環
有
医 療 事
故と区別
有
暴力被害に
特化
■報告者
○
○
○
○
○
職種
○
○
○
○
年齢
○
○
○年代
インシデントレポー
無
ガイドのみ
■被害当事者
勤務年数
○
職位
○
○
○
勤務形態
○
○
○
■暴力行使をした者
時間帯(曜日)
○
○
○
○
○
場所・場面
○
○
○
○
○
加害者の性別
○
○
○
○
加害者の年齢
医療事故
の対象と
して記載
○
○
○
医療事故
の対象と
して記載
疾患/障害
暴力形態
○
○(定義を
例示)
経過・頻度
○(暴言に
ついて詳
細に定義)
○(医療事
故の一部
の接遇の
一つ)
○(医療事
故と区別
して提示)
○定義を例
示
○
○
○
○
○
○
○
○
■被害状況
物理的
(人、物)
精神的(心理的)
被害の重症度
○
自
■対応
○
由
同席者の有無
組織判断/対応
○
○
記
○
載
○
一斉放送の有無
組織対応満足度
○
警察連絡の有無
■本事象の原因
○
○
○
3.インシデントレポート収集(Web ペ
報告を Web 活用で行うこととした。その
ージを活用)
際に以下の3点を配慮した。
本研究では,インシデントレポートの
①プライバシーへの配慮
27
・会員制 Web プログラムとする。すなわ
暴力被害を,最初に直接受けた方とした。
ち,一般公開はされない形にした。
(複数のスタッフが同時に被害を受けた
・インシデントレポート入力画面の最初
場合には,そのうちの1人が代表して記
の記入要領には,
「個人特定はしないこと」
入してもらうよう指示した。)また,当事
「数的処理で行い関連学会等での報告に
者の精神的なダメージが大きく記入でき
は使用すること」
「暴力防止体制づくりへ
ない場合などは,上司による記入を依頼
の資料として活用すること」を明記し、
した。なお,当事者以外の記入の場合に
画面にて同意を得た上で入力開始画面に
は,
「当事者の所属,職位等」欄と「記入
移るよう設定した。
者の所属,職位等」欄に記載を依頼して
・入力されたインシデントレポートは、
区別できるようにした。
CSV にて管理者および研究班員のみが閲
覧可能にした。
4.Web ページを活用してのコンサルテ
・レポート入力最終画面に,
「入力内容は
ーション事業について
事後閲覧できませんので,入力終了後の
コンサルテーション事業は、依頼され
画面で,
「印刷」ボタンをクリックして印
た相談内容については、精神科医、弁護
刷保存しておいてください」という注記
士、保健師が個人的に返信をおこない,
を挿入した。
その管理は個人のパスワードで行うこと
②インシデントレポートの記入しやすさ
とした。相談しやすさとして,相談者が
・各都道府県/政令指定都市など自治体の
選択するメールアドレスは,個人用端末,
担当部署および保健師等に研究主旨を説
携帯電話アドレスでも可能になるように
明したのち,各衛生部長あてに,研究計
した。
画書と依頼文書,調査票(インシデントレ
以上について,Web 入力版マニュアルを
ポート)を送付し,組織的理解を得た。
作成した(資料 3)
・被害にあった当事者のありのままの気
G.考察
持ちをインシデントレポートに反映され
1.暴力の定義について
るよう配慮し,管理者に対し,下記のよ
筆者らが行った全国規模の地域保健領域
うに「入力におけるお願い」をした(資
における住民からの暴力に関する実態把
料 2)。
握
「なるべく不当クレーム,暴言・暴力の
させ,活動に負の影響を及ぼしている背
被害に遭った当事者に回答をしていただ
景には,理不尽なクレームがあり,対応
きたいと考えますが,その際,当事者の
に疲弊している様子が把握された。また,
思いのままに,自由に回答いただける環
境を整えてくださいますようご配慮いた
住民からの理不尽なクレームや暴力に対
だければ幸いです。」
の胸のうちに収めている傾向が強いこと
③アンケートの答えやすさ(質問項目)
も知り覗うことができた。さらに本研究
7~ 10)
から,地域保健福祉従事者を困惑
し,保健師等には自責感情が働き,自分
なるべく正確な事例件数を出すために
でのワークショップや事例分析を通して,
も,どの程度までを「当事者」と設定す
不当クレームも含めて,職場復帰不能に
るかなど言葉の定義に配慮した。当事者
なるほどの心身ダメージを負わせるよう
は,原則として,不当クレーム,暴言・
な重篤な事例が頻発しているわけではな
28
いが,心身に重い負担を負わせた事例の
通じて,よりきめの細かい対応策を考案
裾野には,より軽度の事例があることを
しようというのが本研究の目的の一環で
知った。それらの多くは,本人にも組織
もある。
にも日常的に看過されている可能性も共
「不当クレーム」という言葉にはすでに,
有した。これは,医療現場に限らず,明
「不当」と判断するプロセスが入り込ん
らかな事故(accident)の背景には何十
でおり,その基準についても議論を要す
倍かの回避された有害事象(occurance,
ると考えるが,判断に迷う事例が看過さ
sentinel event ) が 存 在 す る と い う
れてしまう弊害を本研究では重視し,
「不
Heinrich の法則
当クレーム」という言葉を含め,判断は
13)が作動しているとい
う考えと合致する。
当事者の主観に任せた 14~ 16)。今後は,そ
本来であれば,保健師等にとってクレー
れにより報告された事例を含めて,評価
ム対応は,それそのものが職務に含まれ
分析する中でクレームの「不当性」を再
ることを否定するつもりはないが,理不
評価する必要もある(表 2)。
尽なクレームにより,恐怖心を抱くこと
以上のことから,本研究の暴力の定義
になり,その結果,住民対応に負の感情
について,「暴言暴力」,「不当クレーム」
を抱くようになってしまうことは,公衆
ともに言葉のみの採用では,その暴力性
衛生活動の主体的かつ積極的活動には不
について判断に迷うことも考慮し,正確
利益と考えた。そこで,暴力被害に含め
に実態を把握するために,具体例を提示
て不当クレームについてもぞの実態をま
し,より軽度の被害も収集できるよう配
ずはリビューし,詳細に分析することを
慮した。
表2
クレームの捉え方
従来の認識
新たな観点での認識
クレームの発生
あってはならないもの・汚点
常に起こり得る
クレームの原因
注意すれば防止可能
誰でも対象になる可能性あり
調査範囲と対象
個人的・局地的・限定的
組織的・業務全体
調査目的
原因特定・原因究明
再発防止
責任所在の明確化
クレーム収集
クレーム発生現場
クレーム発生現場
対応窓口(院内/所内全体)
クレーム事例の管理
各自で処理・保存・管理
体系化し保存
組織共有・公表・改善策提示
クレーム活用手段
殆どなし
業務改善・対応スキル改善
引用)医業経営情報レポート:患者満足度向上に有用なクレーム対応のポイント(中板加筆)
3) を
2.インシデントレポート地域保健
る職場の暴力に関する実態調査
版作成と Web 活用について
ベースに種々の文献や全国の医療安
インシデントレポートは,日本看
全委員会での経験(報告等) 12,17 ~ 20)
護協会が行った保健医療分野におけ
を踏まえ作成した。暴言,暴力,不
29
当クレーム事例を全て「インシデン
る。もちろん,ケアの工夫や対応技
ト」に含め,内容的には,当事者の
術の向上などでの改善は期待される
背景,加害者の背景,暴力被害重度
ものも多いだろうが,まずは,作為
基準レベル(5 段階),対応の詳細,
的か否かに関わらず,暴力行為を通
組織的対応の有無,事象の原因の分
じたコミュニケーションのあり方に
析などで構成されている。インシデ
「NO」を言う姿勢を個人的にも,チ
ントレポート提出には,個人あるい
ーム的にも,組織的にも醸成してい
は単一部署のみの課題ではなく,組
く必要があり,そのための教育/普及
織の問題として扱われるために必要
啓発は重要な取り組みの一方策とい
な事例の共有や透明性の確保,組織
える。その一環としてのレポートの
的支援,組織対応としての改善など
組織的用意は教育的意義があると考
の意義があることから,日々,多忙
える。また,保健師等援助職も,自
な業務の中でも短時間で,しかも上
らの技量や記憶力に万能感を抱くこ
司の検閲なしに報告ができる入力方
となく,注意力や記憶力も持続ある
法として Web 入力を設定した。
いは永続的ではないという前提
22)
を
認識し,インシデント事例が,各々
3.暴力によるコミュニケーション
が外部環境の影響を受けたり,心理
に対する新たな認識の促進とインシ
学的環境の影響を受けることも知識
デントレポート
として持ち合わせる必要がある。そ
先行調査
3,7 ~ 10,21 )
により,患者及び
のためにも,一つ一つの事例が重要
住民からの暴言・暴力について「仕
視される環境整備が必要であり,レ
方がないと思った」あるいは「病態
ポート提出は,分析・評価とともに
的に仕方がないから」「障がいの一
対策を考えるという意味で,私たち
部であるのに適切に対応しなかった
援助職の責務と考えることもできる。
せい」など,特に疾患/障がいによる
暴力について自責感情を抱く場合が
多いことがわかっている
21)
4.インシデントレポートを提出す
。
る環境整備について
故意の脅しや威圧,自己の利益を得
既述したように,保健師等の保健医療
るためのものなど,暴力行為が明ら
福祉職を対象としたインシデントレ
かに作為的であれば,警察通報や法
ポートの報告は,仕組み化されていな
的な対応なども取りやすく,援助職
いのが現状である。たとえインシデン
が受ける精神的負担も軽減されるだ
トレポートの報告システムがあって
ろうが,判断能力の低下や不穏状態,
も,前述のように,援助職の責務とし
幻覚がある場合などのように,作為
ての意識醸成も乏しければ,インシデ
的に暴力行動を行っているものでは
ントレポートが主体的かつ積極的に
ない場合は,我慢も含めて症状のケ
提出されるかについては,課題が残る
ア と し て の 看 護 の 役 割 /機 能 だ と 考
23,24)
えてしまう。それにより保健師等の
内の安全管理体制や安全風土とは,必
援助職は,暴力被害の行き場のない
ずしも関連せず,むしろ組織の中でイ
やるせなさに打ちのめされそうにな
ンシデントレポートの報告が簡便で
- 30 -
。レポート提出の動機づけと組織
Health Administration:
あることや非懲罰性が影響している
と言われている
23)
Guidelines for Preventing
。確かに,同僚や上
Workplace Violence for Health
Care& Social Service Workers.
司から「ほかに方法はなかったの」
「ど
うして避けられなかったのか」などの
2004
3)社団法人日本看護協会:保健医療
質問に,二次的な被害を受けたという
5)
保健師の声もある 。Griffin らの調
査結果でもインシデントレポートの
分野における職場の暴力に関する
報告の動機づけは知識を介して行動
実態調査.日本看護協会出版会,
につながるとされている
25)
2004
。
地域保健版インシデントレポート
4)佐々木美奈子,原谷隆史:病院で
の定着には,我々の職務特性から潜在
働く看護婦のハラスメント被害に
的に暴力傾向が予測される対象との
ついて.産業精神保健,10(1):29-39,
接触が多いことを改めて認識すると
2002
5)地区活動で保健師が遭遇する危機
ともに,それに伴いインシデントレポ
ートを報告する意義や効果が理解さ
的状況と職場体制についての調査.
れるための啓蒙活動がまずは必要で
東京都・特別区保健婦会保健婦問
あろう。同時に,レポートそのものを
題検討委員会.保健婦雑誌.58(3).
簡便化することや「被害にあった保健
224-229.2002
6)小坂みち代,他.精神保健福祉活
師等の未熟性を暗に指摘する」「住民
の攻撃性について相談しづらい職場
動と保健師活動.平成 17 年度地域
の雰囲気」「起きた被害を隠す」とい
保健総合推進事業報告書.2005.3
7)平野かよ子,鳩野洋子,中板育美,
った組織内での暴力被害者に対する
意識的・無意識的懲罰性を払しょくし
末永カツ子,妹尾栄一,反町吉秀.
ていくことが求められる。
地域保健従事者が住民から受ける
H.結語
暴力の実態(1)保健所.第 68 回
インシデントレポートの分析を通し
日本公衆衛生学会抄録集.p 600.
民から受ける多様な不当クレームや
2009
8)鳩野洋子,内野由佳里,平野かよ
暴言・暴力の実態を通じて暴力に対
子,中板育美,末永カツ子,妹尾
する認識を深めるための方策および,
栄一,反町吉秀,川関和俊.地域
個別的,チーム的,組織的な個別対
保健従事者が住民から受ける暴力
象への対応技法を導き,暴力に対す
の実態(3)精神保健福祉センタ
る現場スタッフ,管理スタッフの理
ー.第 68 回日本公衆衛生学会抄録
解を深めるための精緻なスキーム
集.p600.2009
て,地域保健版地域保健従事者が住
9)中板育美,平野かよ子,鳩野洋子,
(情報)の提示を行っていく。
I.引用文献
内野由佳里,末永カツ子,妹尾栄
1)国際看護師協会:職場における暴
一,反町吉秀,地域保健従事者が
力対策ガイドライン.1999
住民から受ける暴力の実態(2)
2)U.S. Department of
児童相談所第.68 回日本公衆衛生
Labor,Occupational Safety and
学会抄録集.p600.2009
- 31 -
10) Hirano Kayoko,
SuenagaKastuko,Nakaita Ikumi,
.html (2012/4/28accessed)
20)東京都病院経営本部:
Hatono youko,Sorimachi
http://www.byouin.metro.tokyo.jp/h
Yoshihide,Workplace Violence
okoku/anzen/incident_accident_rep
from Citizens(1):Public Health
Center,41 st APACPH Conference
ort.html: (2012/4/28accessed)
21)栗 田 か ほ る . 看 護 の 場 に お け る
108 頁.2009
暴 力 ─大 学 病 院 に お け る 実 態 調
11) 松 浦 美 紀 , 木 村 久 子 , 高 尾 良 子
査 か ら ー 看 護 管 理 .6 ( 10 ).
他:保健婦の相談・訪問活動にお
P.805-810. 2006
ける暴力被害の実態-新宿区の保
22)医療安全推進者ネットワーク.日
健婦へのアンケート調査から.東
本医師会.
京都衛生局学会誌 105 号:396-397,
http://www.medsafe.net/medsafe
2001
.html(2012/4/28accessed)
12)新宿区衛生部・新宿区保健所:相
23)山岸まなほ,宮腰由紀子,小林敏
談業務における暴力被害防止ガイ
生:病院職員の安全風土とインシ
ドライン,2002,2012
デントレポートの提出に影響する
13)五十嵐寛.リスクマネージメント
要因.日本職業・災害医学会会誌
とは.精神看護エクスペール1リ
JJOMT 55(4).194-200
スクマネージメント(第2版).中
24)高橋弘枝.山川正信.病院職員が
山書店.東京.pp2-14.2009
患者及び家族から受ける暴力被害
14)谷山悌三.悪質クレーマー.スト
防止に関する研究.大阪教育大学
ップ病医院の暴言・暴力対策ハン
25)Griffin MA, Neal A : Perception
ドブック.相澤好春監修.メジカ
of safety at work : aframework
ルビュー社.東京.pp163-167.
for linking safety climate to
2008
15)荒井俊行.法律家の立場から 医
safety performance,knowledge
and motivation. J Occup Health
Psychol.5.347-358, 2000.
療現場における患者による暴力.
看護 60:50-53.2008
16)山田佐登美.患者等からの暴力に
J. 研究発表
どう対処していくか.医療安全
1.論文発表
なし
20:84-88.2009
2.学会発表
なし
17) 東 京 都 健 康 局 医 療 サ ー ビ ス 部 精
K. 知的財産権の取得状況
神保健福祉課:相談業務従事者向
なし
け 暴力被害防止ガイドライン.
2003
18)全国保健所長会「精神保健福祉研
究班」
:保健所精神保健福祉業務に
おける危機介入手引,2007
19)日本医師会:
http://www.med.or.jp/anzen/manual
- 32 -
33
厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)
分担研究報告書
保健従事者に対する住民からの暴力の実態と対応
分担研究者 鳩野
洋子
九州大学大学院医学研究院保健学部門
教授
研究要旨:
保健従事者が住民から受けている暴力やそれに対する対応の実態,困難と感じている事
項について把握することを目的とした。
方法は,日本公衆衛生学会の自由集会の場を利用したグループ討論である。グループか
ら得られた意見に関して,意味内容を損なわないよう配慮して整理した。
受けている暴力には様々な種類があり,身体的暴力の中には,生命の危険性が高い暴力
があった。そのほか電話や対面での言葉による暴力をはじめ,ブログに情報を流すといった
ものもあった。対応としては,人的,物理な対応の工夫のほか,組織内での情報の共有や,
組織内外との役割分担が行われていた。課題として,暴力の捉え方の問題や認識の薄さとと
もに,対応方法がわからないことや,暴力を受けた場合でも組織内でその辛さを共有できな
い状況があること,また,スーパービジョンや警察等との連携といった問題が挙げられた。
新しい形の暴力や市町村における暴力への対応への支援への検討を加えつつ,地域保
健従事者に対して暴力への認識を高める啓発を積極的に行う必要性が考えられた。
そこで保健従事者がこれらの状況を
研究協力者
中板
育美
認識したうえで自らの状況を振り返る
(国立保健医療科学院
ことを通じて,保健従事者が住民から
主任研究官)
受ける暴力の実態とその対応や課題を
佐野 信也 (防衛医科大学准教授)
野村 武司
検討することを目的とした。
(獨協大学 教授)
B.方法
A.目的
1)対象 平成 23 年 10 月 20 日の日本公
住民からの暴力に対して,保健従事
衆衛生学会の自由集会「ひとりで耐え
者は暴力を受けてもそれを暴力として
ていませんか。住民からの暴力」に参
は認識せず,自分自身の対応スキルの
加した 33 名
問題としてとらえる状況があることが
2)方法
先行研究から明らかになっている
1)
。
自由集会に参加した対象に対
して,①先行研究での暴力に関する実
しかしこの認識は広く共有されている
態調査結果
とは言い難い状況にあること
メカニズムと必要な対応,についての
が考え
られる。
②精神科医からの暴力の
報告を行った上で,参加者に5グルー
プに分かれてもらい,①暴力の実態
33
②それに対する対応
③課題
につい
があった。
て意見交換を実施してもらった。意見
2)対応の状況について(表2)
交換の内容は各グループ毎に記録をし
対応に関しては,年配のスタッフに
てもらった。
3)分析方法
変わる等の<人的な対応方法の工夫>,
記述された内容に関して,
個室に入らない等の<物理的な対応の
その意味内容を損なわないよう配慮し
工夫>,庁内でクレームを回覧する等の
ながら文言を整理し,意味が類似して
<上司への報告・組織内での事例の共有
いるものについてまとめた。
>,本庁への相談等の<組織内での役割
分担>警察へ相談等の<外部組織との役
C. 結果
割分担>,警察 OB を配置するという<
具体的な記述の文言を整理したもの
抑止力のある人材を配置>が記述され
は「」で,これらを意味内容の類似性
ていた。このうち<外部組織との役割分
に基づいてまとめたものを<>で示した。
担>の中で保健所の参加者から「市町村
1)暴力の実態について(表 1)
から相談の電話が入る」という発言も
暴力の実態については表 1 に示した
あった。
とおりである。身体的,精神的,性的,
3)課題
社会的それぞれの暴力が語られた。ま
(表3)
課題として 8 つの事項が整理された。
た,
「車のタイヤが切られる」という分
暴力への対応以前の課題として,
「暴力
類しがたい記述も見られた。
の定義が分からない部分もあった」等
身体的暴力の中には,
「日本刀をもっ
の<暴力の捉え方>,これと関連した「所
てのりこんでくる」といった,生命の
内で言い伝えのような話しはあったが,
危険性の高い暴力もあった。このよう
表に出てこなかった」等の<暴力に対す
な対面で行われる暴力に対して「支援
る認識の薄さ>があった。
する対象に対して守りに入ってしまい,
暴力を受ける危険性あるいは受けた
支援が表面的になってしまう」という
際の課題として,
「保健師だから対応で
記述がみられた。
きるのは当たり前という考え方がある」
最も記述が多かったものは,言葉に
等の<組織内での暴力に対する認識の
よる暴力であり,特に電話を通じての
不十分さ>,「上まで報告するものとそ
暴言が多かった。電話での暴力に対し
うでないもののきまりがない。個人の
て「続くと電話にでることが嫌になる。
判断になっている」等の<組織的な対応
そんな中で電話をとるので委縮した対
ができていない>,「自分の対応がまず
応になるという悪循環になり苦しい」
かったためと考えて,気持ちを閉じ込
という記述もあった。
めていた」等の<辛さを共有できない>,
また,近年の社会状況を反映してい
「文書の開示請求への対応がよくわか
ると考えられたもとして,社会的暴力
らない点がある」等の<対応方法がわか
の中に分類した「ブログに情報を流す」
らない> が気記述されていた。
34
そのほか外部の支援として,
「次の対
組織体制整備に関する工夫が語られた。
応を考えるときにスーパーバイズが必
その中の<外部組織との役割分担>の中
要」という<スーパーバイズ>,
「警察と
で,市町村から保健所に相談が入る事
のネットワークづくり」と述べられた<
が語られた。これは先行研究が保健所
他機関とのネットワークづくり>があ
1)
った。
の
,あるいは政令市で実施されているも
2)
のみであったため,本調査で得ら
れた新たな視点であった。小さな自治
D.考察
体では,暴力予防のための研修やマニ
受けている暴力の種類は様々であっ
ュアルの整備等について自所内だけで
たが,生命の危険につながるような暴
実施する事は困難であると考えられる
力もあった。また,生命の危険には至
事から,市町村,特に規模の小さな市
らずとも,繰り返しの暴言等により業
町村での暴力に対する意識啓発や体制
務に対する意欲の喪失や提供するサー
整備に向けた方策も検討される必要性
ビスの質の低下につながることへの辛
が考えられた。
さが語られた。保健専門職が安全が護
課題に関しては,様々な点が語られ
1)
られる環境の中で働くことは労働者と
たが,得られた内容は先行研究
とほ
しての権利であり,管理者はそれを担
ぼ同様であった。その課題解決に向け
保する責務がある。また暴力による意
た順序性を考えると,<暴力に対する認
欲の低下はサービスの質を保証する点
識の薄さ>がまず解決すべき事項であ
からも課題を有する事項である。その
ると思われる。ただし,本調査で実施
ため,暴力を個人の問題としてではな
したグループワークの経過をみても,
く,組織的に対応されるべき事項とし
暴力を暴力として認識してもらうこと
ての認識が周知される事が重要と考え
は,知識を伝達すれば困難ではないと
られる。また,暴力の中に,先行研究
思われる。それは本人が直接ではなく
1)
ではなかった IT を使ったものが語ら
とも,身近な誰かに生じている事象で
れた。暴力の内容も時代とともに変化
あり,認識しやすい事象であるためで
していることも考慮に入れる必要が考
あろう。本研究全体の目的の一つは,
えられた。
暴力に対する認識の普及啓発である。
対応の工夫に関しては,<人的な対応
2年次においては,この普及啓発の方
方法の工夫><物理的な対応の工夫>の
策に関して,より具体的な検討を行う
暴力の発生が予想される場での具体的
必要がある。
な被害を最小限にする工夫のほか,<
上司への報告・組織内での事例の共有>
E.結論
の今後の体制づくりに向けての対応,<
・保健従事者が住民から受けている暴力
組織内での役割分担><外部組織との役
やそれに対する対応の実態,困難と感じ
割分担><抑止力のある人材を配置>の
ている事項について,把握した。
35
・受けている暴力には,言葉による暴力が
多かったが,ブログに情報を流すといった,
新しい形の暴力もみられた。
・対応では,個人的な対応,物理的な対
応,組織としての対応があった。
・課題では暴力に対する認識の薄さととも
に,保健従事者だけでは判断できない課
題もあった。
・保健従事者の暴力に対する認識を啓発
する取り組みを積極的に行う必要がある。
F.引用文献
1)厚生労働科学研究「保健師等の地域保
健従事者の地域住民からの暴力等に対
する危機管理のあり方に関する研究」平
成20年度~22年度総合研究報告書.
2)東京都・特別区保健婦,保健士会 保
健婦(士)問題検討会
地区活動におけ
る危機的状況および職場の体制につい
ての調査 2001
G.研究発表
なし
36
表1
グループワークで語られた暴力の実態
項目
身体的暴力
精神的暴力・言葉
による暴力
内容

窓口にアルコールを飲んだ人が来て暴れる。

カウンター越しに殴られる

日本刀を持ってのりこんでくる人もいる

もの(灰皿)を投げられた

首を絞められた

長い電話。1時間は話した上で来所し,
「上を出せ!」とどなる。

言葉じりを捉えてずっと文句を言う。

車をチェックするなど,いつも監視している。

メールや電話で特定の名前を出して明らかな誹謗中傷を言う。

いろいろな課で個人名を出して「辞めさせてやる」という

特別扱いを求める。上司が対応するまで行う。

対応時には特に何もなかったにも関わらず,後から上司や他課に文
句を言ってくる。

同行した学生にあたる

住民だから役所にはどういうことを言ってもいいという態度で接
してくる

女性が相談役である所を狙って嫌がらせ電話。男性職員にかわると
切れる
性的暴力
社会的暴力
その他

対象者からペニスを出される。

電話ごしで自慰行為

保健師に恋愛感情を持ち,週末ごとに電話をしてくる。

ストーキング。プレゼントを持ってくる。

役所以外に文句の電話をかける

ブログに情報を流す。削除するのが困難

車のタイヤが切られる。
37
表2 グループワークで語られた暴力への対応
項目
内容

年配スタッフにかわる,男性にかわる,経験のある人に変わる

精神の患者さんがのりこんで来た場合は,2人で対応し記録をとり
上へ回す
人的な対応方法

家庭訪問を男女ペアで実施
の工夫

精神の初回面接は所内で実施する

若い男性の訪問には一人でいかない

窓口でかわった様子があれば,他の職員が警察に TEL できる体制を
作っている。

個室に入らない

ブザーを持つ

部屋では入口の近くにいる
上司への報告・組

一番トップまで報告している 組織的にやらないと難しい。
織内での事例の

庁内で今日のクレームと回覧が回ってくる。
共有

記録をとり必ず回す
組織内での役割

所内には味方がいる。所内での役割分担
分担

本庁への相談

警察への相談

主治医との連携をして対応

市町村からの相談 TEL が入る(保健所)

警察 OB を配置
物理的な対応方
法の工夫
外部組織との役
割分担
抑止力のある人
を配置
38
表3 グループワークで語られた暴力への対応における課題
項目
暴力の捉え方
内容

病気だからと考えるか,クレームと捉えるか

暴力の定義が分からない部分もあった。今回で少しわかった気がす
る。

本当の相談か,そうでない相談かの見極めが難しい

所内で言い伝えのような話しはあった。表に出で来なかった。

住民の健康危機管理も大切だが,組織内の対応も考える必要がある
暴力に対する認
識の薄さ
と思った。

日常的に意識化することが大切と思う

場で暴力が話題になることが少ないので,まずは語ることから始め
ることが大切ではないか
組織内での暴力
に対する理解の
低さ
組織的な対応が
できていない
辛さを共有でき
ない

職場で言いにくい雰囲気,自分が未熟だと認めなければならない…
というような気持ちが働いてしまう

PHN だから対応できるのは当たり前という考え方がある

保健師だけでない,他職種との共有が必要

上まで報告するものと,そうでないもののきまりがない。個人の判
断になっている。

分散配置になり,保健所のように,対応等が引き継がれていくよう
になっていない。

仲間に話してはいるが PHN どまり。

自分の対応がまずかったためと考えて,気持ちを閉じ込めていた。

1人職場だと共有しにくい。

病気,PD などだからと自分を納得させようとするが傷ついている
自分はいる。

攻撃タイプの人に大声を出されたり,否定されたとき悩んでしま
う。
対応方法がわか

らない
スーパーバイズ
他機関とのネッ
「IC レコーダーでとっている。マスコミに言う」などという場合
に,どう対応すればいいかわからない

文書の開示請求への対応がよくわからない点がある

距離の取り方(近い方が良いと聞いていたが)警察から注意

次の対応を考えるときにスーパーバイズ(起こったことを蓄積して
いく)はいらない

警察とのネットワークづくり
トワーク
39
厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)
分担研究報告書
事例分析-住民からの暴力が保健師にもたらしたものと展望分担研究者 米澤 洋美(福井大学) 平野かよ子(東北大学大学院)
研究要旨
自治体で発生した精神保健領域において保健師等が受ける暴力等被害の事例および,
保健所による日ごろの入院措置業務に伴う潜在的危機の実態についての事例報告から,
組織管理体制の在り方および被害の実態についての分析を行った。
その結果,保健師という専門職としてひとりで対応せざるを得ない状況下で個人の力量
にゆだねられた対人支援の現状があった。暴力等の被害を防止する上では,日頃からの
暴力等被害に備えた危機管理を組織ぐるみで推進する必要があり,さらに,暴力への対
応には,一組織内での努力では限界があり,公衆衛生のみならず司法等の立場から多面
的に相談に応じ,問題の所在を明確にし,課題解決を支援する機関あるいは機能が求め
られることが示唆された。
研究協力者
松浦美紀(新宿区)
ュアル」であり,地域保健福祉に関わる
支援者としての視点としては十分ではな
池戸啓子(新宿区)
いことが報告されている 1)。
山内裕子(宮崎県)
また,保健所が担う精神障がい者の入
中板育美(国立保健医療科学院)
院措置業務等の役割の中で,移送時等危
佐野信也(防衛医科大学校)
機介入時に暴力等の被害に遭遇する危険
鳩野洋子(九州大学大学院)
性も潜在的に存在している。
野村武司(獨協大学大学院)
これらの暴力被害は,日ごろの現場職員
A.はじめに
の努力によって発生を未然に予防してい
昨今,地域保健福祉の分野において住
るところも少なくない。地域保健福祉の
民と接する従事者が住民からの暴力等に
領域の支援者が住民からの暴力の発生を
より危機的状況に遭遇することが多くな
ってきている
予測し,かつ,暴力の発生時に適切に対
1)。中でも精神保健領域に
応でき,また未然に発生を防ぐためには,
おいて担当保健師は,暴力等の危機的状
支援者個人の努力だけではなく組織全体
況に遭遇する機会が多く,被害を受ける
の課題として取り組むことが喫緊の課題
危険性も高いと想定される。しかしなが
である。
ら先行研究からは「暴力を予防し,発生
時の対応が示されたマニュアルがある」
B.目
と回答した保健所は 35.0%で,その多く
的
自治体で発生した精神保健領域にお
が都道府県の策定した「不当要求行為等
いて保健師等が受ける暴力等被害の事例
対応マニュアル」や「行政対象暴力マニ
および,保健所による日ごろの入院措置
40
業務に伴う潜在的危機の実態についての
業所で暴力行為があって通所できなかっ
事例報告から,組織管理体制の在り方お
たり措置入院を繰り返したりしていた。
よび被害の実態についての分析を行った。
被害者となった保健師はケースの新担
よって,今後,地域保健福祉領域に携わ
当として家族とともに初めてお宅を訪問
る従事者が住民から受ける暴力の防止に
し,いきなり飛び出してきた当事者に刃
関する示唆を得ることを目的とする。
物で刺され,警察・救急車を呼び搬送さ
れ緊急手術を伴う重傷を負った。
C.対
象および方
法
2)事件発生直後の組織の状況
自治体所属の保健師(A 市保健所保健
あまりに甚大な被害を伴う事件であっ
師,B 県保健所保健師)を対象に,当事
たため,上層部では話し合いがなされて
者による事例報告後,保健,医療,法律
いたようではあるが,詳細は現場の保健
各分野の研究班構成メンバーとのディス
師に伝えられなかった。
カッションを行ったやりとりから事例分
当時は,組織が機能不全となり引き続
析を行った。
き訪問活動を行っている当該職場以外の
現場に対して組織的な指示や報告,当面
D.結 果
の防止や予防に関しての話し合いはなさ
【事例紹介】事例1:精神障がい者に対
れなかった。事件について『触れてはい
する「相談場面」において保健師が甚大
けないこと・何もなかったように振る舞
な暴力被害を受けた事例(表1)
う』という雰囲気があり,現場の保健師
が事件の詳細を知るのは 1 年ほど経過し
医療中断中の精神障がい者への家庭訪
問時に,面識のない保健師が刃物で傷つ
てからであった。
けられ重傷を負うという事件の発生を契
3)当時の保健師の様子
機にした事例である。事件発生直後から
入院中の保健師に同僚らはお見舞いに
の組織としての対応や「暴力被害の実態
行ったが,事件の詳細を本人に聴くこと
調査」
「暴力被害ガイドライン」策定とそ
ができなかった。後に被害者である保健
の後の研修会の実施に至るプロセスを紹
師自身も『お見舞いには来てくれるが,
介する。
“何があったの”と聞いてもらえないこ
1)ケースの概要と訪問時の状況
とが歯がゆくつらかった』と話している。
治療中断中の精神疾患患者で 10 年ほど
現場の保健師達は,上司への不信感,
前から地区担当保健師がかかわっていた。 自分にも起こるかもしれないという不安,
しかし,前任保健師も事件発生の 1 年前
事件の被害をうけた保健師が発するメッ
から本人に会えずにいた。過去には,作
セージに対して自責の念を抱き
,受け止められずにいた。被害を受けた
4)その後の組織としての取り組み
保健師はその後退職し,そのほか当時の
(1)保健師の相談・訪問活動における
保健師も複数退職した。
暴力被害の実態調査の実施2)
41
今回の事件を契機にして,A 市におけ
をためこんでいで,そこで初めて自分の
る保健師による支援活動の中で表面化さ
気持ちを言葉することができた。程度の
れていない暴力被害の実態について把握
差こそあれ,全員が被害者であったこと
を行った。
が理解できた。
その中で,保健師経験 3 年以上の者は
事件5年後に行ったガイドラインに基
すべて暴力被害の経験や危険を感じたこ
づく PTSD に関する研修においても,事
とがあり,保健師活動が暴力被害の危険
件に対して動揺する保健師が数名おり,
性が高い業務であることが推察された。
事件の影響の大きさがうかがえる。この
(2)ガイドラインの策定および職員研
ガイドラインの中には,相談業務や暴力
修の実施
3-4)(表1)
被害に関する基本的事項に加え,具体的
この事件を契機にして,A 市では「相
暴力被害に対する防止策ならびに暴力被
談業務における暴力被害防止ガイドライ
害発生時の対応等書かれている。これら
ン(2002 年 2 月)
」を策定し,同 5 月に
に基づいて,職場環境チェック表や暴力
はガイドラインに基づいて研修を実施し
被害防止チェック表等の様式も整備され
ている。
た。これらのガイドラインに書かれてい
事件発生当初は,事件の詳細について
ることが,管理職等の組織へ説得等の根
現場保健師に知らされないことで『触れ
拠となり,建物等のハード面の改修など
てはいけないこと,特殊な事例』との雰
をおこなっている。また,その後保健師
囲気が現場にあったが,徐々に『これは
が精神障がい者に閉じ込められる事件が
特殊なことではない,皆のものにしない
発生した際は,ガイドラインに基づき対
とだめになってしまう』との思いが強く
応がなされ,当該事件で不足していた組
なり,それをどのように進めたらいのか
織的対応も適切に行われ,組織としての
について海外の文献等を調べ勉強した。
認識も大きく変わった。
そこで徐々に理解できたことは,
「上司も
(3)現在の課題
部下を守れなかったことに深く傷ついて
事件発生から 10 年以上を経過し,当時
いたこと」がわかり,誰かを責めるので
の状況を知らない保健師も増えてきてい
はなく,被害者である保健師も事件のこ
る。
とを語り聞いてもらいたいと思っている
事件を風化させないためにガイドライ
ことを理解するに至った。
ンを見直すことや研修会の必要性を感じ
しかし,公式の場で被害者である保健
たため,尚一層の対策に資するために
師が話す機会はなく,退職に際した保健
2012 年 1 月に「保健師等の相談業務にお
師の集まりで話してもらった。
ける暴力被害防止の手引き(第 2 版)
」と
事件発生から 3 年経過したガイドライ
名称を変更し活用していくこととしてい
る 4)(表2)。
ン策定後の初めての研修では,当時を経
験した者のすべてが『何が起きたのか,
なぜ起きたのか』との不安,怒り,困惑
42
表1 A市における保健師が受けた暴力被害とその後の対応
時 期
1999年
事件発生直後
事件発生から1
年後
2000年
2002年2月
2002年5月
2004年
2006年
2011年度
内 容
担当保健師が精神疾患患者から刃物で切り付けられ重傷を
負う事件が発生。
事件は,トップシークレット扱いとなり,組織構成員に対す
る報告は無かった。
現場保健師が事件の詳細を知る。
A市保健師の相談・訪問活動時における暴力被害の実態調査
相談業務における暴力被害防止ガイドライン策定
事件後最初のガイドラインに基づく研修会の開催
ガイドラインに基づく研修
・保健師向け研修
・管理者向け研修
ガイドラインに基づく研修
ガイドラインに基づく研修
保健師等の相談業務における暴力被害防止の手引き(第2版)
へ名称変更
表2 保健師等の相談業務における暴力被害防止の手引き(第2版)
1 相談業務における暴力被害に対しての
基本的考え方
2 相談業務に関する基本的事項
3 暴力被害に関する基本的事項
4 相談業務における暴力
5 具体的防止策
6 暴力被害発生時の対応
参考
1第三者からの相談でおさえておきたいこと
2訪問前におさえておきたいこと
3セックス通話者からの電話対応
様式
1職場環境チェック票
2暴力被害防止自己チェックリスト 等
事例2:B県における保健所の精神疾患
患者への対応
事例2は,B県C保健所管内における
保健師と経験1-3年の保健師である。
警察は数年前から『精神疾患患者は
保健所が責任を持つ』という考え方
精神疾患患者への保健所保健師の対応
で,保健所が24時間体制で措置入院
事例である。特に警察からの連絡によ
にも対応している。
り対応した事例をもとに精神科緊急対
C 保健所管内には,24 時間受け入れ
応の現状を紹介する。
てくれる病院はなく,措置鑑定を行う
1)B県保健所保健師による精神保健の
2 名の指定医も保健所で時間外に探し,
現状
受け入れ病院を確保することが託され,
精神担当保健師は,リーダー1名の他
非常に困難な状況で対応している。こ
1名の2名体制で担当している。50代の
43
のような中で,若い保健師も当番制で
(内,3例要措置,1例措置不要)
携帯電話を持たされ,24 時間呼び出さ
医療保護入院
れる。経験のある保健師との 2 人体制
任意入院
4例
ではあるが,夜間・土日は若い保健師
受診のみ
4例
が一人で対応することもある。初回の
後日受診等
4例
ケースでもその場に赴き,判断し対応
15例
受け入れ
している。自傷他害のケースでも保健
体制 管内(19事例)
所が対応している。
平日
2)休日対応の隙間に起きた暴力被害
平日【時間外】
2事例
の実例
土日
3事例
ケース:夫と二人暮らしの女性
管外(12事例)
休日に夫から『入院したい』と警察に
平日
連絡が入り,警察から保健所に連絡が
平日(時間外)2事例
あった。夫は本人が同意していると伝
土日
14事例
8事例
2事例
えたものの,保健所に連れて行くとい
うので,保健師2名が保健所に向かうこ
4)精神対応事例にみられる課題
ととしたが,経験の長い保健師が到着
(1)措置対応か否かの判断が困難
するまでの間に,若い保健師は夫婦に
現法律では措置入院のための診察を
暴言を吐かれ,どつかれるなどの暴力
受けさせるか否かは保健所長の判断で
被害を受けた。
あり,自傷他害の範疇も判断基準がな
現場では『精神担当になったら仕方
いためにその場の状況判断にゆだねら
ない』との風潮も見受けられるが,若
れている現状にある。指定医によって
い保健師がどのように受け止めている
も判断基準が異なり措置入院にならな
のか心配である。
いことも多い。
3)C保健所管内における精神科緊急対
(2)患者移送,搬送について
応状況
5)
措置入院等の患者搬送は,都道府県
警察からの連絡により対応した事例を
の役割になっている。警察に協力要請
検証した。
はするがすべて保健所で搬送できる体
対象者
制が取れるわけではない。
31例(平成22年度)
性別;男性
20名 (64.5%)
女性
11名
年齢;20-29歳
また,医療保護入院の場合は家族の
(35.4%)
3名 ( 9.6%)
ことで家族による移送は困難な場合う
(25.8%)
30-39歳
8名
40-49歳
5名 (16.1%)
協力を得るが,家族も高齢化している
どもみられる。
(3)指定医の診察について
50-59歳
10名
(32.2%)
C保 健所 管内 では 日曜 日の 救急 当番
60-69歳
5名
(16.1%)
以外は24時間受け入れ体制をとってい
(45.1%)
る病院はない。時間外は1時間かかる管
家族構成;単身
14名
同居
16名
(51.6%)
外の病院に受診させるが搬送が絡んで
不明
1名
( 3.2%)
くる。2名の指定医を時間外に探し,か
対応状況;24条通報届出
つ,受け入れ病院を保健所がその都度
4例
44
確保することは困難である。また病院
しれないなどといった職務上の安全が
は鑑定はするが入院はさせられないと
脅かされる環境であったといえる。自
断られることもある。
分の身は自分で護るしかないのかとの
(4)家族関係の希薄化
身体的,精神的ストレスを与える結果
核家族化や一人暮らしの増加,転出
となり,そのことを公言することもは
入等で生活歴や家族状況の把握が困難
ばかられ,緊張感の高い職場になって
な事例が増加している。加えて高齢な
いた可能性がある。
家族が精神疾患を抱えるケースに関わ
職場の安全・安心の確保には個人で
っている事例が増えてきており家族で
自分の身を護るだけでは限界があり,
の対応が困難となっている特徴がみら
組織としての職員の安全・安心を護る
れる。
体制の確立が欠かせない。これは働く
者の就労上の安全を護ることは労働安
E.考
察
全衛生法(第3条)にも規定されており
1.我 が国 の 保 健師 等 の 暴 力被 害 を 通し
事業主による快適な職場環境の実現を
て組織管理の在り方を考える
通じて職場における労働者の安全と健
【事例1から】
康の確保が述べられている。
本事例では,あまりに甚大な暴力被
職場全員での情報の共有や再発の防
害が生じたため組織全体が誰も何も語
止に向けた安全が確保される対応につ
らないという機能不全に陥り,その後
いての迅速な見解が求められるといえ
の研修会で被害者である保健師および
よう。
現場の保健師達,組織の管理者それぞ
《具体的対応策》
れ が 思 い の 丈 を 言 葉 に す る ま で に 3年
具体的対応策としては,事件発生の
を要している。
2,3日(少なくとも1週間)後に行わ
本事例を事例発症の経過とともに4
れるグループ技法がある。これは2~
段階にわけ,(1)暴力被害発生直後
3時間をかけて,出来事の再構成,感
の対応,(2)暴力被害発生後の対応
情の発散(カタルシス),トラウマ反
(3)暴力被害が予想される場合の対
応の心理教育に有効とされる。しかし
応(日頃からの準備)(4)暴力を受
その半面,ニューヨークテロ事件の予
けた従事者へのケアについてそれぞれ
備調査では,実際のトラウマ体験を語
組織管理の見地から考える。
らせることよりも,安全感の確立や日
1)暴力被害発生直後の対応
常生活の再建に重点を置いた危機介入
がなされたとの報告もある 5)。発生直後
事件発症直後から,現場保健師が事
件の詳細を知るまでに1年を経過して
の対応については未だ見解の分かれる
いる。その間『上層部では話し合いが
ところで,慎重な対応が求められると
持たれたようだが』何が起きているの
いえる。少なくとも暴力を行った加害
かも知らされず,触れてはいけなとの
者に対する対応や同様のケースへ対応,
雰囲気が現場には漂うこととなる。職
暴力が繰り返される事例には,ひとり
場全体の動揺が大きく,部下には全く
の担当者に負担がかからないよう体制
詳細を知らされなく,かえって不安を
の見直しを行うことが求められる。
煽り,自分も同様の被害を受けるかも
(2)暴力被害発生後の対応
45
甚大な暴力被害を契機にし,事件発
《個人情報保護》
生直後は誰も何が起ったのかすらも口
暴力に対するガイドラインの作成や
にすることもはばかられる状況から,
アセスメント表の改善には,ケースの
文献等を調べ勉強することで,徐々に
過去の暴力暦の情報をどこまで記録に
『これは特殊なことではな い, 皆のも
残せるのかについて個人情報について
のにしないとだめになってしまう』と
の課題がとりただされている。現場で
の思いを強くし,その中で,徐々に上
は個人情報保護を懸念するあまり,個
司も部下を守れなかったことに深く傷
人情報保護審議会にかける前に断念し
ついていたことを理解し,誰かを責め
ている自治体も多い。まずは,個人情
るのではなく,被害者である保健師が
報保護審議会でその必要性について説
研修会で事件のことを語れるようにし
明を行い,審議してもらうことが重要
た。
と思われる。
《組織的対応・ガイドラインの策定》
《物理的・人的環境の整備》
組織として起きたことを共有し,誰
さらに,暴力対応のガイドラインを
にでも起こりうる危険性として認識し, 根拠にして危険なハード面の改修につ
その後暴力被害の実態調査を実施して
いて上司に説得ができたと述べている
いる。そのことで,今回の事件だけで
ように,1事例にとどまらすマニュアル
はなく表に表れていない被害の実態を
やガイドラインとして策定したものに
把握することができ,相談業務におけ
は,物理的環境整備は人的配置それぞ
る暴力被害防止ガイドラインの策定に
れにおいても改善を要求する根拠とな
至っている。
りうる。また,複数訪問や男性職員と
研修会を契機にして,組織として問
の同行訪問等の安全策を盛り込むこと
題を認識することとなり,管理者のリ
ができれば旧来,個人の支援能力にゆ
ーダーシップで暴力対応のガイドライ
だねられていた面においても職員の安
ンが作成されたことにより,暴力防止
全を提示することができると考えられ
は決して個人の資質や能力だけにゆだ
る。
ねられるものではないという職場内の
(3)暴力被害が予想される場合の対
メッセージを含むものとなってよう。
応
ガイドラインを作成することは,昨
《暴力のアセスメント》
今の保健師の分散配置化や一人配置の
本事例では,担当が替わる前の1年間
職場に対しても“ひとりで解決しよう”
のケースの状況が把握できずにいた。
と思わずに組織の一員としての対応に
また,過去にも暴力の経緯があり措置
徹するためにも重要である。専門職と
入院の経験もあった。これまで保健師
してできてあたりまえで,対応ができ
による単独訪問や,これまでの暴力被
ないことは恥ずかしいとの想いが未だ
害の有無を検討しないで家庭訪問や相
強い職場は多い。全ての職員がガイド
談支援を行うことが多く見受けられる
ラインやマニュアルを活用できるよう
が。対象者への暴力の危険性を正確に
な研修や意見交換の機会が求められる。 アセスメントし,少しでもそのリスク
を認めたならばリスク回避に向けて,
46
もしくはリスクを最小限にするための
も職場に対する安心・安全につながる
対策をもって臨むように組織として対
ものといえよう。自身も同じ立場に遭
応することが今後ますます求められよ
遇しても護られていると思えるかどう
う。
かが離職防止にも繋がるといえる。
また管理者は部下が訪問しているケ
2)暴言暴力に対する保健医療従事者
ースを絶えず把握し,複数訪問や他職
の実情と検討
種との同行訪問を支持できるよう職場
【事例2】
間で共有するなど,リスクを最小限に
事例2では,県下の保健所保健師に
するための日頃からの取り組みの徹底
よる精神疾患患者に対する緊急対応の
が今後ますます必要になるといえる。
実際から暴力暴言の被害をうける危険
(4)暴力被害を受けた従事者への
性と防止に向けた対応について考察す
ケア
る。
本事例では,甚大な暴力被害を受け
(1)精神疾患患者の緊急対応をとり
心身両面に深い傷を負う形となった。
まく保健師の状況
被害を受けた保健師は,『お見舞いに
本事例では,警察に『精神疾患患者
は来てくれるのにどうして誰も何が起
は保健所が責任を持つ』という意識が
きたかについて聴いてくれないのか』
強く,警察の協力が得がたい状況が日
との想いを強くし,それがつらかった,
常的に発生しているといえる。精神保
と後日話している。職場では事件発生
健福祉法の中でも第24条に警察官の努
から1年間あまり事件について触れる
めとして「警察官は職務を執行するに
こともはばかられるような状況になり, あたり,異常な挙動その他周囲の事情
全ての職員が被害者になっていた。
から判断して精神障害のために自身を
心身ともに大きなダメージを受けるこ
傷つけまたは他人に害を及ぼすおそれ
とで心理的外傷後ストレス障害(PTSD)
があると認められるものを発見したと
にいたる場合も予想され,出来事に対
きは,直ちに,その旨を最寄りの保健
する直後の自覚的反応が「強い恐怖,
所長を経て都道府県知事に通報しなけ
無力感または戦慄」をともなうもので
ればならない」と規定されているが,
あれば,誰でもPTSDの危険性を有して
保健所と警察の連携協力に対しての記
いるといえる。
載はない。しかしながら指定医による
早い段階で身近な同僚や上司と話し
措置診察場面までの移送や措置になら
合う機会を持つことができ,いつでも
なかった場合等に,警察の積極的なか
話を聴く用意があることや,配置換え
かわりや協力は,24時間体制で保健師
や役割の交替について柔軟に対応でき
は対応していることや,経験の少ない
るよう事前に組織として取り決めてお
保健師も土日には一人で対応すること
くことが,暴力を受けた従事者の被害
を鑑みると,あって然るべきものと考
を最小限にとどめるためには重要であ
える。精神疾患患者の家族が高齢化し,
る。
関係が希薄化する中で家族としての力
加えて,被害を受けた従事者への組
量が低下していることも踏まえると,
織をあげてのかかわりが,他の職員へ
保健所だけの力や家族の力に依存する
の万が一,自分が暴力を受けた場合で
対応から,関係機関で協働して対応す
47
ることがもっと積極的に論議される課
題と考える。個別機関あるいは個人の
G.引用・参考文献
力量や努力で暴力や暴言に対応するこ
1)地域保健福祉領域において従事者
とを見直すべき記事にあると考える。
が住民からうける暴力防止のため
(2)措置入院にならないケースへの
のマニュアル,平成 20 年度~平成
対応
22 年 度 厚 生 労 働 科 学 研 究 費 補 助
警察からの連絡を受けた精神科緊急
金:保健師等の地域保健従事者が住
対応事例31事例で,実際に措置入院に
民から受ける暴力等の危機管理の
なったのは3事例であった。措置診察中
あり方に関する研究報告書(研究代
に落ち着くケースも多い。今後の精神
表者:平野かよ子),平成 23 年 3 月
障害者アウトリーチ推進事業により,
2)松浦美紀他:保健婦の相談・訪問
通報に至らないようにフォローされる
活動における暴力被害の実態
新
体制が推進されることを期待したい。
宿区の保健婦へのアンケート調査
F.まとめ
から
105 号
東京都衛生局学会誌
P396-397 2001 年 10 月
自治体で発生した精神保健領域にお
いて保健師等が受ける暴力等被害の事
3)山口久美子
施設別に見た危機に
例および,保健所による日ごろの入院
対する予防と介入
措置業務に伴う潜在的危機の実態につ
地域生活を支えるための援助
いての事例報告から,組織管理体制の
機管理を踏まえた援助体制の構築
在り方および被害の実態についての分
精神科臨床サービス
析を行った結果,保健師という専門職
P510-514
としてひとりで対応せざるを得ない状
精神障害者の
危
4(4)
2004 年 10 月
4)保健師等の相談業務における暴力
況下で個人の力量にゆだねられた対人
被害防止の手引き(第 2 版)
支援の現状があった。
区健康部
新宿
平成 24 年 1 月
暴力等の被害を防止する上では ,日
5)高野吉輝他:精神科緊急対応事例
頃からの暴力等被害に備えた危機管理
の検討~警察からの連絡を通して
を組織ぐるみで推進する必要があり,
~ www.msuisin.jp/upimg/20110617155506F_1.pdf
その取り組みが暴力被害発生時の被害
6 ) Rose S, Bisson J, Wesley S:
を最小限に抑え,不幸にも被害を受け
Psychological
debriefing
for
た者のPTSD等の後遺症の予防に繋がる
preventing posttraumatic stress
ことが示唆された。
disorder(PTSD)(Cochrane Review).
In: The Cochrane Library, Issue 4.
さらに,暴力への対応には,一組織
Oxford: Updated Software; 2002
内での努力では限界があり,上部の行
政機関なり,専門機関等組織外から公
衆衛生のみならず司法等の立場から多
H.研究発表
面的に相談に応じ問題の所在を明確に
なし
し,課題解決を支援する機関あるいは
機能が求められると考えられる。どこ
で活動しようとこのような支援の得ら
れる仕組みの検討が期待されよう。
48
49
厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)
分担研究報告書
保健従事者に対する暴言暴力への対応と法的問題
分担研究者 野村
武司
獨協大学大学院法務研究科
教授
研究要旨:
保健従事者に対する暴言・暴力に対する対応や対策に係る法的課題を把握、整理する
ことを目的とした。
暴言、暴力自体が刑法犯に当たるとしても、現実に、それを暴力・暴言と認識・判断し、これ
を適切な方法で通報、抑止するためには、暴言・暴力を予防するという観点も含めて、組織的
に対応するとともに、適切な制度設計が必要である。そのための課題整理である。方法は、研
究会での事例報告、日本公衆衛生学会の自由集会の場を利用したグループ討論での事例の
中から法的課題を抽出する方法で行った。
研究協力者
情報保護の問題が取り上げられた。
中板育美(国立保健医療科学院
主任研究官)
D.考察
佐野信也(防衛医科大学校准教授)
(1)個人情報保護は,現代では,個
鳩野洋子(九州大学 教授)
人のプライバシー(私事)を暴露,のぞき
A.目的
見られないということにとどまらず,個
保健従者に対する暴言・暴力の予防,発
人情報の利用,提供のルールを定めるも
生したときの対応,対処の方法についてのコ
のである。また,あらゆるしくみは情報
ンサルテーションについて制度設計するに
の流れで整理できることから,制度設計
あたり,これらについての法的課題を把握,
において,これを整理するとともに,そ
整理する。
こで扱われる個人情報の利用,提供を適
法に根拠づけることが必要となってくる。
B.方法
住民に接する保健従事者の多くは,地
平成 23 年度中に行われた本研究会,お
方公務員であることから,ここでは,個
よび平成 23 年 10 月 20 日の日本公衆衛生
人情報保護条例を念頭にその一般的ルー
学会の自由集会「ひとりで耐えていませ
ルについて簡単に触れて考察をしておき
んか。住民からの暴力」での参加者との
たい。
意見交換において把握された内容をもと
(2)個人情報保護に関する法律や条
に整理することとした。
例は,個人情報に対する開示等の請求権
を定めるとともに,個人情報の取り扱い
C. 結果
について規制をするものである。後者の
法的課題という点では,とりわけ個人
点でいえば,現在の個人情報の取り扱い
49
のみならず,それまで行われかつこれか
けるものとしてまずはとても重要なもの
らも継続される個人情報の取り扱い(保
である。
有を含む)の見直しを促すものである。
実際の個人情報の収集に際しては,個
その意味では個人情報を取り扱う自治体
人情報の収集の範囲が取扱目的の達成の
や事業者にとっては,行っている業務そ
ため必要な限度を超えてはならないこと
れ自体に大きな影響を与えるものである
(条例 8 条 1 項)
,取扱目的を明示すると
が,他方で,こうした個人情報の取り扱
ともに(同条 4 項)
,本人から収集するこ
いが,差し当たりそれが内部的なものに
とを原則とし(同条 3 項)
,適正かつ公正
とどまる限り,対象となる個人に同時的
な手段により収集しなければならないと
に直接の権利侵害を及ぼさないことから, している(同条 2 項)
。また,原則として
個人情報の取り扱いの「ルール」に「必
絶対的に収集を禁止するいわゆるセンシ
要性」が優先される形で,違法な取り扱
ティブ情報についての取扱い制限の規定
いがなされても,そのまま放置されてし
が用意されている。
まう危険性があるのもこの法制度の特徴
次に,利用および提供であるが,
「個人
である。とりわけ,個人情報は自由に利
情報を収集したときの取扱目的以外の目
用できれば便利であることに間違いがな
的に当該個人情報を利用し,又は提供し
く,個人情報の取り扱い業務が慣例にな
てはならない」(9 条)として,目的外利
っていたり,その必要性が強く意識され
用を例外とする目的拘束の原則が明示さ
ていたりする場合には,法律や条例の制
れており,オンライン結合については,
定にもかかわらず,現実の利用が優先さ
「公益上の必要があり,かつ,個人の権
れる傾向にある。その意味で,この仕組
利利益を侵害するおそれがないと認める
みを正確に理解する必要がある。
ときでなければ」
(10 条 1 項)として,よ
(3)個人情報の取り扱いのルールを
り厳しい限定規定を設けている。
考える上で,個人情報の収集の際の3つ
(4)以上のような個人情報の取扱の
の原則(目的明確化の原則,本人収集の
ルールは,これを運用する実施機関の職
原則,必要最小限の原則)と,その利用・
員がこれを理解し,これを遵守すること
提供に際しての原則(目的拘束の原則)
が重要であることはいうまでもないが,
が重要である。
いわば行政機関内部の情報取扱いを法規
ある自治体(逗子市条例,括弧内で何条
で定めたものに過ぎない。その意味では,
であるかを示しておく。)の条例を例にと
これをどのように担保するかが重要であ
れば,まず,実施機関が,個人情報を収
る。既述の通り,個人情報の取り扱いが,
集するときは,あらかじめ個人情報を取
差し当たりそれが内部的なものにとどま
り扱う目的を明確にしなければならない
る限り,対象となる個人に同時的に直接
としている(8条 1 項)
。この収集の際に
の権利侵害を及ぼさないだけに,ともす
定める「取扱目的」は,収集以降の当該
ると「必要性」が優先され,違法な取り
個人情報の利用や提供を原則的に決定づ
扱いがなされても,そのまま放置されて
50
しまう危険性があるからである。
外利用・提供の規定)。
この点,神奈川県条例では,個人情報
①
法令等の規定に基づき利用し,又は
の取扱いに対応する消去を含む利用停止
提供するとき。
の請求権(34〜36 条)を定めるほか,
「個
②
人情報保護審議会」を随所に関与させる
は提供するとき,又は本人に提供すると
ことでこれを図っている。個人情報取扱
き。
事務の登録に際して総じて意見の述べる
③
ことができると同時に(7 条 3 項)
,セン
守るため緊急かつやむを得ない必要があ
シティブ情報の例外的取扱い(6 条)
,収
ると認めて利用し,又は提供するとき。
集の定型的例外規定以外で判断の要する
④
本人外収集(8 条 3 項 7 号)および本人外
の逮捕,交通の取締りその他公共の安全
収集通知の例外的省略(同条 5 項)
,定型
と秩序の維持のために公安委員会又は警
的例外規定以外での判断を要する目的外
察本部長が利用し,又は提供するとき。
利用および提供(9 条 1 項 5 号),オンラ
⑤
イン提供の開始(10 条 2 項)などがこれ
の意見を聴いた上で必要があると認めて
に当たる。個人情報の取扱が,内部的な
利用し,又は提供するとき。
性格を持つだけに,こうした第三者機関
⑤は,上述の審議会による例外判断の規
の関与の意義は高く,重視する必要があ
定であるが,それ以外については,①法
る。
令,②本人同意,そして③④が必要的例
本人の同意に基づき利用し,若しく
個人の生命,身体又は財産の安全を
犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者
前4号に掲げる場合のほか,審議会
(5)以上が個人情報保護制度におけ
外規定という形で整理されている。この
る個人情報の取扱いにかかる仕組みの概
うち,②については,自己決定という点
要であるが,本人外収集,目的外利用・
で個人情報の本則に従うものであり,③
提供といった例外的取扱いについて触れ
は緊急の対応である。
ておく。個人情報は,あらかじめ定めら
他方,行政機関個人情報保護法では,
れた収集目的に従い,本人からその範囲
これらとは別に次のカテゴリーがみられ
内でこれを収集するとともに,収集後の
る。①行政機関が法令の定める所掌事務
利用や提供もこの目的に拘束されるのが
の遂行に必要な限度で保有個人情報を内
原則である。この原則が,原則として意
部で利用する場合であって,当該保有個
味を持つためには,こうした原則に対し
人情報を利用することについて相当な理
て定められた例外規定とその運用が重要
由のあるとき,②他の行政機関,独立行
であることはいうまでもない。原則が原
政法人等,地方公共団体又は地方独立行
則であるためには,例外が例外にとどま
政法人に保有個人情報を提供する場合に
っていなければならないからである。
おいて,保有個人情報の提供を受ける者
例えば,神奈川県条例では,本人外収集,
が,法令の定める事務又は業務の遂行に
目的外利用・提供の例外規定として,次
必要な限度で提供に係る個人情報を利用
のものを置いている(以下は,9 条の目的
し,かつ,当該個人情報を利用すること
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について相当な理由のあるとき。③
音,保健従事者側による録音の問題点な
(略)
・・・本人以外の者に提供すること
どの質疑がなされた。また,情報の共有
が明らかに本人の利益になるとき,その
と個人情報保護の関係についての質問,
他保有個人情報を提供することについて
疑問が多く出されている。今後本研究会
特別の理由のあるとき。これらは,いわ
で展開されるコンサルテーションも含め
ば個人情報の必要性を優先させるだけの
て,こうした個人情報保護のルールを十
規定であり,その意味では個人情報保護
分踏まえた上で,情報の流れを整理し,
の原則を大きく揺るがすものである。
制度設計を行うことが重要である。
E.結論
F. 研究発表
上記,研究会及び公衆衛生学会自由集
会では,たとえば,現場でのやりとりの
相手側によるICレコーダー等による録
1.論文発表
なし
2.学会発表
なし
なし
G. 知的財産権の取得状況
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